悪戯の行方、授業の成果2
 そのあとから厚意で駆けつけてくれた、ボランティア精神溢れる生徒たちも手伝って、三時間近い作業により、山のようなニンニクは、全て撤去された。
 そしてあらゆる場所を消毒し、貞治が作った消臭剤をこれでもかと使って徹底的に臭いを取り、蔵ノ介が調合した芳香剤を各所に設置する。

 精神的にも体力的にもかなりの重労働であったが、その甲斐あって、吐き気を催すニンニクの魔窟は、フローラルな香りが漂う、清潔な空間に変身したのだった。

「劇的ビフォーアフター!」

 精市がきらきらしい笑顔で叫び、皆がハイタッチをしたり、ハグしあったりしながら、歓声を上げる。
 有志によるボランティアの掃除で一体感が生まれた、学年も寮も問わない生徒たち──、という、この上なく健全、健康、模範的な光景に、様子を見に来ていた太郎や、彼が連れてきたマクゴナガル、フリットウィックら教諭陣も、非常に満足そうな表情で頷いている。
 ちなみに彼らはだいぶ最初の頃、具体的に言えば目に見えてぶら下がっているニンニクを廊下に積み上げ始めた頃に、太郎に連れて来られた。そしてその常軌を逸した状態を確認して、「これは徹底的に掃除をすべき」と、すぐさま発言し、掃除を手伝ってもくれた。
「発言力の有りそうな面々を率先して連れて来るあたり、榊監督も策士だな」とは、にやりと微笑みながらの蓮二の発言である。

「休日だというのに、たいへんすばらしい活動をしましたね。ここにいる全員に、5点ずつあげましょう」

 更には厳しいマクゴナガルが微笑みさえ浮かべてこう言ったので、再度の大歓声が、綺麗になった教室中に響いたのだった。



 九割以上がニンニク、しかもその半分が腐っているという山を、いつまでも放置している訳にはいかない。あまりにも大量なので、教諭陣が監督し、森の近くで処分することになった。
 燃やすと更なる悪臭が予想されるため、穴を掘って埋める作業となる。
 しかし体力自慢のテニス部員たち、次にクィディッチ選手であるフレッドやジョージらはまだしっかりしているが、他の生徒、特に魔法族出身の生徒らは掃除だけでくたくたで、とても穴掘りが出来る状態ではなく、リタイア。
 そのため、あとの作業は、教諭陣と留学生らに任せられることになった。

「では、あとは任せた」

 そう言ったのは、国光。
 準備の段階から、専門知識がない分、皆をまとめる役をこなしていた彼は、最後に、穴掘り組のまとめ役をこなすことになった。こちらのメンバーには、弦一郎、紅梅、蔵ノ介、景吾が与している。

「そちらもな。嫌な仕事だが、よろしく頼む」

 こちらは、国光とはまた違う方面でまとめ役──というよりも、“参謀”をこなしていた、蓮二である。
 そして彼と精市、周助、紫乃、貞治、清純、そして「先輩なので面倒を見る」と言ったフレッドとジョージは教室に残り、結界や聖水の設置という、仕上げ作業を請け負うことになった。

「いや、適材適所だ。もう少しなので、油断せずに行こう」
「みっちゃん、がんばってね!」
「ああ、紫乃も。──不二、よろしく頼む」
「うん、任せてよ」

 紫乃と周助は、陰陽術師と呪い返しのエキスパートということで、共同で、結界作りにとりかかっていた。今から、いよいよその設置に入るのである。

 そして国光らが教諭陣とともに、ニンニクの山を引きずって行ってしまったあと。
 紫乃と周助が、二人で協力しながら、教室全体に結界を張り始める。あとのメンバーは、聖水の設置──ということなのだが。

 蓮二と貞治、清純の後ろで、精市と、悪戯仕掛け人の双子がにやりと笑う。
 弦一郎がここにいたら、「嫌な予感しかしない」と言ったことだろう。そんな光景だった。






 ──翌日、月曜日。

 精市は朝から非常に機嫌が良く、うきうき、わくわくとした様子で朝食を取っていた。
「ゆきちゃん、ごきげんだね?」
 友達が楽しそうならば、自分も嬉しい。自然にそう感じる心根の持ち主の紫乃もまた、朝食を食べながら、にこにこと言った。精市は、満面の笑みで頷く。
「そりゃあ、なんといっても、今日はさっそく『闇の魔術に対する防衛術』の授業だからね!」
「メッチャ苦労して掃除したもんなー」
 ニンニク埋めるんも、えらい大変やってんで、と、蔵ノ介が、やや疲れた感じながらも、やりきった表情で言った。

 森の近くに持っていったニンニクは、森番のハグリッドにも手伝ってもらい、穴を掘り、念のため聖水で浄化しながら、土や藁、ふくろう小屋から出る糞などと混ぜて柔らかく埋め、におい防止にシートを被せておいてある。
 燃やせば悪臭が出るので埋めるということに落ち着いたものの、ただ埋めるのでは大変なだけなので、肥料にしてリサイクルすることを、蔵ノ介が提案したのだ。
 そもそももう半分腐っているので発酵も早そうであるし、発酵すればするほど、完全ににおいはなくなる。それに、このエコロジーそのものの有効活用法に、誰もが賛成した。
 更には、先日桃の木などを一緒に植えてから何かと協力的になってくれているスプラウト教諭が駆けつけ、腐敗進行の魔法をかけた上、巨大な蚯蚓をバケツ一杯ぶちまけてくれたので、少なくとも来月中には、栄養たっぷりのいい土が出来ていることだろう。

「ええ土が出来るて、スプラウト先生も喜んではったわ」
「新しく花壇を作るのもいいかもね」
「花壇! 素敵だね!」

 グリフィンドールの三人は、三人共植物が好きだ。一部マニアック過ぎる志向はあるものの、植物を愛する気持ちは同じである。
 そしてあの最悪な教室を掃除した結果、植物を育てるいい土がたくさんできるという結果に、三人とも、とても満足していた。皆の制服とローブはまたニンニク臭くなったが、そこは屋敷しもべ妖精の出番だし、やり甲斐のある仕事が貰えて、彼らも喜んでいた。

「……ねえ、なんで『闇の魔術に対する防衛術』を、そんなに楽しみにしてるの? ニンニク中毒にでもなったわけ?」

 そう言って怪訝な顔をしたのは、ハリーとともに、朝食を取りに来たロンである。
 少し寝坊をした彼らは、相変わらず朝早い日本人留学生らの会話が断片的に耳に入ったのだが、その内容の信じられなさに、つい口を挟んだのだ。

「ああ、そうか、君たちは知らないんだね」
「何を?」

 意味ありげに、そして堪え切れないような笑みで言う精市に、ハリーとロンは、首を傾げる。
 しかしそれも、しかたがない。昨日『闇の魔術に対する防衛術』の教室を徹底的に掃除した件については、関係した全員が口をつぐみ、他の者達が実際にその目で見て驚くのを見よう、という、サプライズの姿勢になったからだ。
 すべての生徒が辟易し、どうにかならないものかと思っていたあの教室がすっかり綺麗になったというのは、かなりの大事件だ。そしてそれを苦労して成した生徒たちは、自分のしたことにすっかり満足し、他の皆を驚かせよう、という精市の案に、一も二もなく、全員が乗った。

 教諭陣も、汚物処理にも等しい重労働を完全なるボランティアで、しかも「きちんと勉強したいから」という理由でやってのけた生徒たちに対し、ここ数年のうちでもトップの素晴らしい行為であると評価していたため、そのくらいの“遊び”は善意のうちとして、簡単に黙認してくれた。
「クィレル先生も驚かしたいので、先生にも今日まで黙っておいてください」というのにも、多少難色を示したものの、結局は了承してくれた。

 イギリスは、かなり悪辣な“ドッキリ”もテレビ番組にしてしまうような、やや残酷な国民性がある。
 しかしつまりは根っからのサプライズ好きなわけで、根っこに善意があるのなら、先生方も、割と簡単にその茶目っ気を受入れてくれるのだ。あの双子の悪戯仕掛け人が、その都度細々と減点されるだけでほぼ放置されているところからして、それは証明されている。
 そしてそういうところは、精市も割と好ましく感じていた。特に今回は、あの三頭犬に関する詮索を蔵ノ介に禁じられたぶん、全力で事に当たったと言っていいだろう。

 要するに、今日の一コマめからさっそく『闇の魔術に対する防衛術』があるグリフィンドール組とスリザリン組は、朝から皆と先生の反応が楽しみで、しかたがないのである。

「すっごくいいものが見れると思うよ」

 そう言って精市は、満面の笑みを向けた。
 ハリーはその様に「ユキムラのことだから、なにかすごいことをやらかすに違いない」と予感し、そしてロンは、若干不安になった。
 なぜなら、その、うきうきわくわくとした笑顔は、自分の双子の兄達が悪戯を企んでいる時と、まったくもって同じものであったからである。



 そして、気の重い顔で『闇の魔術に対する防衛術』の教室に入ったグリフィンドールとスリザリンの一年生たちは、例外なく仰天した顔をし、次いで、喜ばしい笑顔になった。

 あの悪臭を放つニンニクはひとつ残らず取り除かれ、においの染みこんだあらゆる壁や床、棚、机や椅子には貞治が作った強力な消臭剤を摺りこんだので、ニンニクのにおいは、もうまったく消えていた。
 それどころか、今までニンニクがぶら下げてあったところに、蔵ノ介が調合した、いい匂いのするポプリの袋が下げてあるので、女の子たちが「とてもいい香り」とうっとりするほどだった。

 そして、皆の目にはつかないところ──棚の裏とか、部屋の隅には、紫乃と周助が設置した、強力な魔除け──いや、魔封じの結界が設置してある。
 彼ら曰く、この教室に吸血鬼やゾンビや、ありとあらゆる害意を持った者が入った場合、その力を大幅に無効化し、外に出られなくなるらしい。
 最初、紫乃は普通に“寄せ付けなくする”タイプの、いわゆる魔除けの結界を張ろうとしたが、それだと捕まえることができないので、と周助が言ったために、このような、ねずみ捕り式の仕様になった。呪いを返して確実に犯人を仕留める癖の付いている、彼ならではの意見である。

 今までの様子が嘘のように、皆、笑顔になって席に着き、授業が始まるのを待っている。
「これなら、クィレルの授業がつまらなくても、快適に待っていられるな」と誰かが言った言葉に、誰もが同意した。

「結界、だいぶいい感じに定着してる。良かった」

 紫乃が、にこにこと言った。
 結界は古くなりすぎて弱まることもあるが、それは数百年単位での話だ。それより、張り始めのほうが少し弱い。一晩置いたおかげで、結界は部屋の一部として、しっかりと馴染んでいた。この分なら、ちょっとやそっとでは解除できないだろう。
「うん、聖水の効果でまた増幅してるね。いいかんじだ」
「芳香剤も評判ええみたいで、良かったわ」
 精市と蔵ノ介も、満足げに言う。

 またスリザリンのほうでも、周助が教室を見回し、にっこり微笑んで席に着いた。紫乃と同じく、結界の出来に満足が行ったようだ。
 景吾も機嫌が良さそうに悠々と座っているし、以前まで、この教室に入るなり「アトベ様のお召し物が……」「御髪が……」と嘆いていた取り巻きの女生徒らも、きゃっきゃと微笑んで、景吾の周りに陣取っている。

「“いいものが見れる”って、これかい、ユキムラ」

 すごいね! と、ハリーが思わず話しかけた。隣のロンは、まだぽかんとしている。
 精市は、輝く笑顔を浮かべた。

「うん。……それにね、みんなも聞いて欲しいんだけど、……実はまだ、クィレル先生にこの事を言っていないんだ」

 その台詞に、全員がこれでもかと目をまん丸くし、──そして次いで、子供らしい笑顔になった。とてもおもしろいことを言われた、という顔だ。
 この時ばかりは、仲の悪いグリフィンドールとスリザリン共に、まったく同じ反応であった。あのドラコや、クラッブやゴイルでさえ。

「君は最高だな、ユキムラ!」
「ありがとう」

 誰というわけでなく、全員から寄せられた賞賛に、精市も彼らと全く同じ笑みを返す。

「楽しみだなあ、早く先生来ないかなあ」

 一番前の席に陣取り、脚をぶらぶらさせてそわそわと言う精市に、紫乃が「喜んでくれるといいね!」とにこにこする。
 他の方法の“サプライズ”なら、「先生をびっくりさせるなんて」と、紫乃は完全に怖気づいていただろう。
 しかしあの教室の醜悪さは常軌を逸しており、また、精市や蓮二が「教室をあんな風にするなんて、クィレル先生は心に問題を抱えているか、そうでなかったら、なにかやむにやまれぬ事情があるに違いない、気の毒に」などと神妙に言い続けた結果、紫乃はそれをすっかり信じ、

「教室が綺麗になれば、先生もきっと気分が良くなるよね」

 ──と、つまり、“吸血鬼に対する恐怖のあまり、クィレル先生はちょっと錯乱している”、“教室を綺麗にしてちゃんとした結界を張れば、安心してくれる”という善意の考えに落ち着いてしまっていた。
 その様子を見た面々は、ぼそりと「洗脳……」「思考誘導……」などと呟いていたが、精市がにっこり微笑んで圧力をかけてきたし、やること自体には全く賛成なので、誰も何も言わなかった。

 それに、「部屋を綺麗にして怒る“人”はいないだろう」と思っているのは、まったくもって彼女の素である。

 ──そして始業のベルが鳴り、少しして、教室のドアが開けられた。