悪戯の行方、授業の成果10
 ホグワーツに突如、十体をゆうに超えるトロールが襲来──というだけで相当の大事件であるのに、その黒幕が、名前を言ってはいけないあの人、ことヴォルデモート卿であったこと。そして彼が、教諭であったクィリナス・クィレルの手引で校内に潜伏していたというのは、現場であるホグワーツ生徒たちだけでなく、魔法界全体を騒然とさせて余りある出来事であった。

 城の中をうろついていたトロールは教諭陣によって残らず倒され、そして太郎が天井裏で発見したトロール召喚の魔法陣を停止させたことにより、近くの教室に散り散りに避難していた生徒たちはそれぞれの寮に戻された。
 魔法省の職員を派遣しての検証などとともに、恐ろしい体験で怯えきっている生徒のケアのため、緊急処置として、翌日は丸一日休みになった。
 特にヴォルデモートが現れた闇の魔術に対する防衛術の教室にいたグリフィンドールとスリザリンの一年生たちは、まずマダム・ポンフリーによるカウンセリング、また魔法省職員たちからの事情聴取などを簡単に受け、さらに翌日も休みとなったが、それを羨ましがる者は誰もいない。

 ──とはいえ、日本人留学生たちだけは別である。

 まず全部で五体のトロールに立ち向かい、完全に戦闘不能にした、弦一郎、国光、蓮二、清純、紅梅たち。
 校内のトロールをやっと残らず戦闘不能にして外に飛び出した教諭たちは、黒焦げになったトロールをきちんと中庭に集め、その前でのんびりと休んで待っていた彼らに、一人残らず唖然とすることになった。
 更に、ヴォルデモート潜伏を暴いた事情を聴取すれば、子供たちの悪戯の延長の結果であったということが、マグルの記録装置というまさに動かぬ証拠で明らかになった。
 いや、それだけならまだしも、精市ら子供たちだけでヴォルデモート憑きのクィレルを完璧に拘束することに成功という、信じられない事態で事が収束していたのである。
 クィレルはかなり効果の高い聖水を思い切り浴び、精市に厳重に五感を奪われて一時的な全身不随状態な上、紫乃の陰陽術と周助の反魔術を何重にもかけられ、貞治が撮影した自白動画に加え、その真偽を景吾の“インサイト”で保証するという念入りな拘束状態で、そのまま魔法省に突き出された。
 おまけにニンニク臭さを消すポプリを蔵ノ介がそっと添えるという周到さに、「これほど楽な捕物は初めてだ」と、魔法省職員らの誰もが思ったほどであった。

 彼らはその時こそそれなりに疲労していたものの心身ともにぴんぴんしており、むしろ、何とも無いのに寮から出してもらえずテニスが出来ない、ということにばかり不満を募らせていた。

 トロールを五体に加え、あの名前を言ってはいけないあの人をやっつけた、という事実は、彼らをなお一層特別な存在にした。
 しかし当人たちはといえば、テニスができずに暇を持て余し、それぞれの寮で、ひどく退屈そうに、ただただ平然と過ごしているだけであった。

 そんな彼らのあまりの落ち着きぶりは、生徒たちの恐慌や興奮を少し落ち着かせた。
 グリフィンドールではのんびりと部屋に飾る鉢植えを並べる精市と蔵ノ介の姿は、興奮しきってその時のことを語りまくるロンや怯えまくって震えるネビルを少し落ち着かせたし、あの小動物の様な紫乃がのほほんとしている様を見て、ハーマイオニーはこの休日に一ヶ月分程度の予習と復習を進めることが出来た。
 他の寮でも、例えばスリザリンでは、いつもどおり優雅に紅茶のカップを傾ける景吾やその相伴に預かる周助の姿に「みっともなく狼狽えてはならない」とスリザリン生は表面だけでもクールな態度を心がけた。
 レイブンクローでは、今回の事件で得たデータをまとめ、色々なレポートを作成し、新たなるアイデアに繋げようとしている蓮二と貞治、外に出られないとはいえ出来る限りのトレーニングを黙々と行う国光に、誰もが「さすがだ」と感心するなど。
 ハッフルパフでは、普段穏やかであるがゆえに不安がりやすい皆を清純が明るい態度や占いで気を紛らわせていたし、弦一郎は魔法族からすると考えられないような筋トレをこなし、その姿から「さすがトロール四体を黒焦げにした男」と恐れられていた。とはいえ、談話室にて紅梅の膝枕でぐうぐう昼寝をしたりもしていたので、もれなく全員毒気を抜かれてもいたが。──稀に、「爆発しろ」とつぶやく者もいる。

 ただ、ハリーだけは、友人たちの話や暇つぶしに付き合いながらも、額の傷を時折おさえて、ぼんやりと遠くを見ることがあった。






「えー、オホン! 突然の事件で、皆そうとうに驚いたことと思う」

 そして緊急の休日が開け、朝食の後、最初のひとコマを特別に使って、大広間にて全校生徒と職員が集まっていた。
 無論、今回の事件の説明や今後の周知のためである。いつも賑やかな大広間は食事の時から不安げなささやき声で溢れており、そして校長のダンブルドアが口を開いた今、痛いほど静まり返っていた。
「だが、安心して欲しい。トロールを召喚していた魔法陣は魔法省が調べつくしたあと、サカキ先生が完璧に消してくださった。そしてそれを行った犯人も、しかるべきところに引き渡し、いま取り調べの真っ最中じゃ。ホグワーツから、危機は去っておる!」
 きっぱりとした宣言に、ホーッ、と、生徒たちから安堵の息が漏れる。

 その後、ダンブルドアやマクゴナガルから、保護者たちからの問い合わせ対応の進捗、まだ気持ちが不安なものは先生たちがいつでも相談に乗るということ、学校の防犯系統の結界などをかなり強化したこと。
 そして、新しい闇の魔術に対する防衛術の教諭を急いで探している、ということが説明された。
「次の先生は、まともだといいね」
 精市がこっそりとつぶやいたそれを聞いた者が、もれなく同意して深く頷いた。

「そして、今回の件で大いに活躍した者たちに、点数を与えようと思う」

 安堵のあとで告げられたわくわくする話題に、生徒たちの顔がにわかに輝く。
 誰に点数が与えられるかは皆すっかりわかっており、それぞれの寮のテーブルで、それぞれの寮に所属する留学生たちに、一斉に視線が集まった。

「まず最初は、ゲンイチロウ・サナダ! 驚くべきことに、トロール四体をすっかり黒焦げにして、城の中にトロールが進入するのを防いだことを称え、ハッフルパフに50点を与える!」
 ワアアアアア! と、ハッフルパフらしからぬ大歓声が響く。
 弦一郎は無言のままどっしりとした動作で立ち上がり、壇上のダンブルドアに対し、深々と頭を下げた。しかし着席したあと上げた顔は、満更でもない──というか、当然のことをしたまでと言わんばかりの、ご満悦気味な表情だった。
「続いて同じくハッフルパフ、キヨスミ・センゴク! たったひとり、機転を利かせて箒でトロールを翻弄し、見事にやっつけてみせた。20点を与える!」
「ラッキー!」
 明るい表情で立ち上がった清純は、両手でダブルピースをして、笑顔を振りまいた。まさにそのムードメーカー的な様子に、ハッフルパフの歓声が更に膨れ上がる。
「また、コウメ・ウエスギ! とんでもなく度胸のいる舞台で、素晴らしく魅力的な舞を披露したことを称え、20点!」
 今度は儂も見たいのう、とダンブルドアが付け加える。
 紅梅はすっと立ち上がり、とても美しく頭を下げた。その洗練された動作に歓声の質が変わり、やがて感嘆の篭った拍手のみとなった。

「次にレイブンクローじゃ。クニミツ・テヅカ! クィディッチ選手でもそうは飛べない高さまで、しかもサナダを乗せて二人乗りで飛んでサポートしたばかりか、素晴らしい箒のコントロールを見せた精神力に30点! クィディッチ・チームにスカウトできないのが実に残念じゃ!」
「ありがとうございます」
 静かにそう言って立ち上がり、国光もまた、きっちりと頭を下げる。オオオオオ、と、興奮の篭った歓声が、レイブンクローから上がった。
 そしてダンブルドアの言ったとおり、レイブンクローのクィディッチ・チームのキャプテンを始めとした選手たちが、「もったいない、実にもったいない……!」と、身を捩らんばかりに悲痛な声を上げている。
「また、レイブンクローらしい優れた頭脳を用い、冷静な作戦を立てたレンジ・ヤナギに30点! 恐ろしいほどの効き目の薬を作り出し、派手ではないが重要な活躍をしたサダハル・イヌイに同じく30点じゃ!」
 さすが我らが“教授”と“博士”! と、すっかり定着したアダ名で称えられつつ、二人が立ち上がる。蓮二は「どうも」と言いつつ、いつもどおりの何でもないような表情で頭を下げ、貞治は「薬じゃなくて“汁”です、先生」と、やや不満げに眼鏡を光らせていた。
 ちなみに貞治が作った真実薬もどきの“汁”はレシピが魔法省に提出されたが、マグルの化学薬品や調合技術などが使われており、更に清純の占い技術までが用いられて作成されていたため、解析に魔法省の専門家たちが嬉しいやら驚愕するやらの悲鳴をあげているところである。

「スリザリン! 素晴らしく効果的な反魔の術で犯人拘束に一役買ったシュウスケ・フジ! 30点!」
 にこにこといつもの微笑みを浮かべた周助が立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。スリザリン生の、ものすごい歓声が上がる。
「また、的確な判断力で指示を出し、犯人確保の流れを作っただけでなく、生徒たちの確実な避難を誘導したケイゴ・アトベ! 50点!」
 その途端に上がった大歓声は、スリザリンの生徒が五倍くらいに増えたのではないかと思うほどのものだった。
「ハッ、評価する程のもんじゃねえがな」
 そう言って立ち上がった景吾は、ただ片腕を上げて、興奮しきったスリザリン生を更に興奮させた。さらにその直後、指をパチンと鳴らしただけで全員をおとなしくさせる。
 指を弾くだけでこれだけの人数を黙らせる景吾も相当だが、彼の動作一つでピタリと揃って口を噤む彼らも相当である。
 だがこれほどのカリスマがあるからこそ、あの恐慌状態であっても、彼らは景吾の指示に従って、正しく避難できていたのである。

「最後に、グリフィンドール! まずはクラノスケ・シライシ! 適切なサポートと、素晴らしいポプリを用いて教室をいい香りにしたことを称え、15点を与える!」
「やー、どうもどうも」
 立ち上がってぺこぺこと頭を下げるという、何やら庶民的な態度の蔵の介。回りにいた、主に男子生徒達が、彼の背中や肩をバンバンと叩いていく。
「そして、シノ・フジミヤ! そして、セイイチ・ユキムラ!」
「ひえっ」
 大声で名前を呼ばれて、座っていた紫乃が、ビクンと飛び上がるような反応をする。そんな紫乃を落ち着かせるように、同じく呼ばれた精市が、彼女の頭をポンポンと優しく叩いた。
「シノ・フジミヤは、闇の魔術に対する防衛術の教室に張った、見事な結界。さらに陰陽術で犯人を捕獲した功績を称え、40点! セイイチ・ユキムラは、素晴らしく効果的な聖水を作ったことと、犯人を見抜いて追い詰めたことなど。またお茶目な悪戯のアイデアを称えて、50点じゃ!」
「ふわ、ふわわわわわわわ」
 拍手や歓声を上げるだけでなく、テーブルを打ち鳴らしたり、口笛を吹きまくったりして騒ぐグリフィンドール生に、紫乃がパニックを起こしかける。
 しかしあわあわと彷徨うその手を精市が取って立ち上がり、そのまま一緒に上に上げさせたので、紫乃は慌てふためいて履いたが、何とかぺこりと頭を下げることが出来た。

「そして、留学生たちだけでなく──、ハリー・ポッター!」
「えっ」

 すっかり留学生たちを称える時間だと思っていたハリーは、自分の名前が呼ばれて、心底驚き、眼鏡と同じくらい目を丸くした。

「最も恐ろしいものを前にしての並外れた勇気を称え、グリフィンドールに60点!」

 大爆発を起こしたような歓声。
 グリフィンドールの皆の狂乱ぶりに、ハリーは目を白黒とさせる。あまりに興奮しきった大騒ぎのせいで、ロンやハーマイオニーから抱きつかれたハリーは、立ち上がることも、頭を下げることも出来なかった。

「以上じゃ! では今日からまた授業が始まる。皆それぞれきちんとするように!」

 すっかり元気に大騒ぎしている生徒たちに、ダンブルドアは満足気にそう宣言し、踵を返す。
 教諭たちも自分の受け持ちの授業のためにばらばらに散っていき、まだ興奮冷めやらぬ生徒たちも、授業に遅れまいとそれぞれ小走りに分かれていった。






「……60点は多いよ。どう考えたって」

 昼食の際、ハリーは納得の行かない顔でそう言った。
 ちなみに午前の授業は魔法史で、授業を誰も聞いていないのはいつもどおりの事だったが、寝ている者は誰もいなかった。誰もが、今回のグリフィンドールの大量得点についての話題に夢中だったからだ。

「そうかい? でも、あの人に──、つまり、とどめを刺したのは君じゃないか」
 サンドイッチをもぐもぐやりながら、ロンが言った。しかしハリーの表情は晴れない。
「でも、僕はアトベの言ったとおりにしただけだし、とどめを刺したって言ったって、僕がそうしようと思ってしたわけじゃない」
「うーん、まあ、そうかもしれないけど」
「点がもらえたのは、嬉しいよ。でも、ユキムラやアトベや、トロールを四匹倒したサナダより僕のほうが点数が高いなんて、絶対おかしい」
 ハリーは、眉間の皺を深くした。皿に置かれたまま手付かずのマフィンを、ロンは「わかったから、とりあえずこれを食べろよ」と促す。

「点数が多くて文句を言うなんて、君ぐらいだぜ」
「──でも!」
「まあ、君の言うこともわからないことはないけどね。でも先生たちは現場を見ていたわけじゃないし──、その。君は、なんていうか、特別だから」
「……つまり、それは」
 ハリーの表情が、さらに険しくなった。

「僕が、“ハリー・ポッター”だから。そういうこと?」
「まあ……、言いにくいことだけど」

 気を悪くしないでくれよ、と、ロンは気まずげに言った。
 ハリーは俯き、フォークを持った手をぎゅっと固く握りしめる。
 マフィンを食べることなく、下唇を噛み締め始めたハリーに、ロンは心配そうな顔をして、サンドイッチを食べるのをやめた。

「ロン」
「うん?」
「僕は、……生き残った男の子だけど、英雄じゃない」

 噛みしめるように言ったハリーのその言葉を、ロンは、黙って聞いた。

「……僕は、普通だよ」
「まあ……。あいつらに比べたら、何もかもが普通かもね」
 ロンは、なるべくあっけらかんと言った。そして思いの外それが成功したので、ロンはぎこちない顔をハリーに向けることがなく、密かにほっとした。

「ハリー、君が英雄かどうかはわからないけど、僕は君の友だちだよ。ユキムラたちだって、多分同じさ。色々大変だろうし不安になるかもしれないけど、あんまり気にするなよ」
「……うん。ありがとう、ロン」
「僕こそ何にもしてないよ」
「そんなことない。ありがとう」
 ハリーはふるふると頭を振り、ロンをまっすぐに見て、微笑んだ。

「ありがとう、ロン。君はとてもいい友だちだ」

 はっきりとそう言ったハリーに、ロンは照れくさそうに、顔色を髪の毛のように赤くしたのだった。