ホグワーツ魔法魔術学校硬式テニス部・一日体験入部8
「やあ、ハグリッド!」

 ハリーが大きく手を振りながら声を張り上げると、小屋の前で何か小さい畑をいじくっていたハグリッドが、ひげもじゃの顔を上げて、ひげもじゃでもよくわかるくらいにニッコリと大きく笑った。
「よく来たな、ハリー! いい天気だなァ。おぉい、ケイゴ! ハリーが来たぞ!」
 ハグリッドが、どら声を張り上げる。そのどら声が向けられた先には、相変わらず美しく駆けるマルガレーテと、彼女によく似た色の髪を靡かせて一緒に走る景吾、そしてそれを、よだれの軌跡を描きながら追いかけるファングがいた。
 ハーッハッハッハッハ!! という、よく響く景吾の笑い声がする。大きな声なのに、格好ばかり上品ぶったドラコの嫌らしい笑い声とは比べ物にならないくらい品のいい、そして聞いている方が爽快な気持ちになるような笑い声だった。

 景吾はぐるりと一周そこらをマルガレーテと走ってから、そのままハリーたちのところにやって来た。

「やあ、アトベ」
「よう、ポッター。マルガレーテに何だって?」

 いきなり本題を切り出してくる景吾のてきぱきとした率直さに以前は目を白黒させがちだったハリーだが、最近慣れてきた。いや、むしろ話が早くて気持ちよくさえある。
 景吾と話していると、なんだか自分も頭の回転が早くなったような気がした。

「うん。体験入部の時、一緒に走ってくれたのに、ちゃんとお礼を言ってなかったなと思って」
 一応、アポは取った。精市に頼んだら、彼は当然のように蔵ノ介に使いっ走りを頼み、文句を言いつつも親切に言うとおりにしてくれた蔵ノ介が、「明日の昼に来いて」と伝言を受け取ってきてくれたのだ。
 場所がハグリッドの小屋だったので一応ロンも誘ったのだが、景吾に会いに行くということで、遠慮されてしまった。
 体験入部の時からというもの、すごい奴だ、とロンも景吾をそれなりに認めてはいるようなのだが、いかんせん、彼のスリザリン・アレルギーは根深いようだ。

「へえ。……だとよ、マルガレーテ」
 肩眉を上げて不敵に笑った景吾に返事をするように、マルガレーテがふんと鼻を鳴らした。髪の色などの外見的な点も似たところがあるが、尊大な態度なのに上品で、不思議に感じが悪くない様子も、景吾にとても良く似ている、とハリーは感じ、思わず笑みを浮かべていた。

「ええと、……マルガレーテ、この間は本当にありがとう。君のおかげで、とっても気持ちよく走れたし、一位にもなれたよ。あと、君の走る所、すごく綺麗だね。それだけ言いたかったんだ」

 ハリーが言うと、マルガレーテは高い鼻をツーンと高く上げて、ワォオウ、と細く、高く鳴いた。よろしくってよ、とでも言っているようだ。
「良かったな、ポッター。お前、マルガレーテに気に入られたぜ」
「えっ」
 くっくっ、と笑う景吾は、走って泥だらけだった高級そうなスニーカーが、いつのまにやらすっかりぴかぴかになっていた。3歩ほど下がったところに、泥のついた布を持った屋敷しもべ妖精がびしっと立っているので、彼、もしくは彼女の仕事だろう。

 ホグワーツにおける生活についてといい、この間の体験入部の時といい、彼らは本当に働き者だ、とハリーが感心していると、他の屋敷しもべ妖精たちが、どこからともなく現れた。
 そして美しいレースのような彫刻のされた小さめの丸テーブルと椅子をセッティングし、テーブルクロスをかぶせ、カトラリーをセットして、見事なランチの支度を、ものの2分程度で完成させてしまう。

「座れ」

 ぽかんとしているハリーを、景吾は、当然の顔をして昼食に誘った。



 テーブルの上に乗っている食事は、大広間で出ているものと同じだ。だがいかにも高級そうな、優雅なカトラリーにきちんと盛りつけられているため、とても高級そうに見えた。
 いつもの食事が大食堂のような様相なら、これはちょっとしたレストランのようである。セッティングの仕方で変わるものだなあ、とハリーはひとつ勉強になった気がした。
 ただ、いつもの食事なのに、ナイフとフォークをどれから使えばいいのかよくわからない。でもハグリッドのロックケーキも薄切りにして並べられているので、そう気を使わなくてもいいだろう、と勝手に判断したハリーは、同じものを食べているとは思えないほどきちんとした景吾の手つきを眺めながら、ランチを食べ始めた。

「ねえ、僕がマルガレーテに気に入られてるって、本当?」

 あまりマナーに気を使わなくても良さそうなスコーンをいつもどおりに頬張りながら、ハリーは訪ね、テーブルの下の地面にいるマルガレーテを見た。
 芝生が生えているところに、屋敷しもべ妖精がテーブルにかぶせてあるのと同じテーブルクロスを敷き、同じ柄の皿に盛った肉料理らしきものをそっと置くと、マルガレーテはそれを食べ始めた。まさに犬食いであるはずなのに、妙に品のいい食べ方である。長い首には、エプロンまで巻いてあった。だが、少しも滑稽ではない。
 その様子を、少し離れた所──マルガレーテが近寄るのを許さなかったようだ──から、ファングがうっとりと眺めている。そのだらだら流れているよだれは、マルガレーテに向けたものか、それともマルガレーテが食べている、ハリーの目から見ても美味しそうな肉料理に向けてのものか、ハリーには判断がつかなかった。多分両方だろう。

「ああ」
「どうして?」
「……アーン? どうしてって、そりゃあ、ちゃんと尊重して、評価もしてくれる奴は、マルガレーテも普通に好ましく思うだろ」
「……尊重?」

 それは、ハリーにとって、あまり聞き慣れない言葉だった。
 “尊重”も“評価”も、言葉の意味は知っているのだが、──使ったことのない言葉である。

「犬だからってお前はマルガレーテを軽く扱わなかったし、どころか、感謝して、ちゃんと礼まで言いに来たし、走る姿が良かったと褒めもした。それは、単に礼儀正しいとかいう以上のことだ」
「だって、マルガレーテは犬だけど、言葉が通じるもの。お礼を言ってもわかってくれるでしょ? それに、きれいなのは本当のことだし」
 ハリーが言うと、マルガレーテは食べるのを一旦やめ、ちらりとハリーを見た。
「ああ、そうだ。だがそれができるやつは、意外に少ねえんだよ」
 マルガレーテの様子を見て少し笑った景吾は、グラスに入った、澄んだ水を煽る。

「それどころか、同じ人間同士でも、やたらと他人を見下したりする奴は大勢いる。ひどいと暴力を振るったりもするな」

 ものすごく心当たりがあったので、ハリーは表情を歪めた。
 具体的には、ダーズリー家一同の顔と、ドラコの青白い顔が、ハリーの脳裏に浮かんでいる。どちらも、きれいな犬にお礼を言いそうな感じは全くしなかった。

「相手に意思があるってことを認め、それに耳を傾けて、その上で自分の意見を言う。それが相手を尊重したコミュニケーションってやつだ。知性のある者どうしのやりとり。それが出来ねえ奴は、まあ、動物以下ってことだな」
 ハリーは大いに納得した。
「まったくもってケイゴのいうとおりだ」
 ハグリッドが口を挟んだので、ハリーは、マルガレーテの反対側を見た。上品なテーブルに着くのは合わんと言ったハグリッドは、適当な布を敷いて、そこに座って、これでもかと肉を挟んだホットサンドを頬張っている。

「俺の好きな魔法生物たちだってそうだ。魔法生物は、たいてい言葉が通じる。そりゃあ程度の差はあるが、そこは工夫すればいい。ケンタウルスなんかそこんじょそこらの学者より知恵者だし、屋敷しもべ妖精ほど働き者な生き物はおらん。銀行はゴブリンがおらにゃ回らんしな」
「そうだね」
 まったく異論がなかったので、ハリーは大きく頷いた。
「僕のフクロウ──ヘドウィグだって、喋れないけど、とっても賢いもの」
「そうだとも」
 ハリーの反応に感動したように、ハグリッドは少し興奮した様子で続ける。

「例えば、ヒッポグリフって動物がいるんだがな。あれは礼儀にうるさいぞ。性格は誇り高く、侮辱したりすると怒って攻撃してくる。近づいて触ることを許してもらうにゃ、2、3秒目を合わせて、お辞儀をして、ヒッポグリフがお辞儀をし返してくれるまで待たにゃいかん」
「へえ」
「とても格好いい奴らだぞ──そのうち見せてやりたい。俺はバックビークって名前のやつを飼ってるんだ」
「会ってみたいな」
「おう、おう、そのうちな」
 ハリーがヒッポグリフに興味をもったことにとても気を良くしたハグリッドは、にこにこしながら、小さくはない残りのホットサンドを、一口で頬張った。

「──まあ、そういうことだ」

 景吾が仕切りなおした。

「意思と知性のあるもの同士なら、お互いに尊重しあいさえすりゃ、関係はうまくいくんだ。わかってねえやつが多いがな。この間の体験入部も、そのためにやったようなもんだ」
「どういうこと?」
「お前は魔法界のことをよく知らねえようだが、魔法族がマグルを見下してるのは気付いてるだろ。魔女狩りがあったとか、純血主義とか、そういうのを抜きにしてもだ」
「……うん」
 ハリーは、慎重な仕草で頷いた。

 ハリーは、マグルの家で育てられた。──それだけで同情される。
 ダドリーやその取り巻きから殴られたり、数人がかりで追い回されたり、ダーズリー夫妻から食事を抜かれたりといった処遇のことを言わずとも、マグルに育てられた、それだけで同情の対象になる。きっとひどい目にあったに違いない、と可哀想がられる。魔女狩りとか、純血主義なんて関係なくてもだ──、つまり、そういうこと。
 魔法族全体に、マグルが種族として自分たちより下であるという認識があることを、ハリーももう、よくわかっていた。一番仲良しで、もう親友と呼んでもいいようなロンにさえ、その認識があるのだ。
 そして、彼がそんな感覚を持っているからといってどうこう言えないくらいにその感覚が一般的であるということも、ハリーはわかっていた。

「何もしなくても尊重しあえるのが一番だが、うまく行かねえことは多い。だからああいうふうに、こっちは凄いんだぜ、軽く見て良い相手じゃねえぞ、……ってことを納得させて、わかりやすく、気持ちに抵抗なく“尊重”できるようにアピールするわけだ」

 確かに、あの体験入部からこっち、テニス部の面々──日本人留学生らに一目置いていない者はいない。
 跡部や幸村、榊といった有名な魔法族の苗字を持つ景吾や精市、太郎や、蛇女帝の孫である紅梅などを軽く見る者はもともと少なかったが、例えばイギリスではあまり有名でない白石家の蔵ノ介や、完全にマグル出身の清純、またドラコの件やピーブズの件などをやらかして只者ではないと思われているはずの弦一郎でさえ、しょせんはマグルだと陰口を叩く者──主にスリザリン生だが──が、ハリーの耳にもその陰口が入ってくる程度には存在した。

 だが体験入部を経てから、誰一人として、そんなことを言う者はいない。唯一ドラコがまだぐずぐず文句を垂れているのを聞いたが、もうあそこまで行けば立派なものだとすら思う。
「ま、それでもわからねえのには、多少の実力行使をすることもあるがな」
 にやり、と景吾が笑ったので、ハリーも少し苦笑気味に笑い返す。そう、“動物以下”の連中には、言ってわからないのもいるのだ。例えばダドリーとか、ドラコのような。だからこそ“動物以下”なのだろうが。

「お前だって、尊重されりゃあ嬉しいだろう」

 不意にそう言われて、ハリーは虚を突かれたような気持ちになった。

(尊重される)

 あの最低なダーズリー家で、ほんのひとときでも、自分は“尊重”されたことがあっただろうか。──いや、ない。
 そしてそれを思ってから、ああそうか、と、ハリーはすとんと腑に落ちた。自分があのダーズリー家が大嫌いだったのは、殴られるからとか、食事を抜かれるからとか、そういう些細な事が理由ではなかったのだ。

 彼らは、一度として、ハリーのことを、ひとりの意志ある人間としてみてくれたことがなかった。見る気もなかった。だからハリーは彼らが大嫌いだったのだ。

 そして11歳の誕生日、ハグリッドがやってきて、誕生日を祝ってくれた時、ハリーはどうしようもなく嬉しかった。
 なぜなら、生まれてきてくれてありがとう、おめでとうと心から言われたのは、──今ここに生きていることを認められ、尊重され、祝ってもらえたのは、今まで生きてきて、初めての事だったからだ。

 そして魔法界にやってきて、あのハリー・ポッターだの、生き残った男の子だの、英雄だのと言われても、困惑するばかりで嬉しくなかったのも、そのせいだ。
 彼らは単に興味本位のミーハーな気持ちからとか、魔法界が平和になったことに対してとか、──あるいは両親が亡くなり、マグルに育てられたハリーを同情して、様々な言葉を口にしていた。だがハリー個人を心から思っての言葉など、どこにもなかった。だから嬉しくなかったのだ。

 そうか、僕は尊重されたかったのか、とハリーは納得した。

 殴られたくないとか、食事を抜かれたくないとか、そういうことじゃない。特別扱いされたいわけでも、可哀想がられたいわけでもない。ただ自分は──

 ──凄いな、ポッター!

 オリバー・ウッドが、にっと笑って言った言葉を思い出す。
 凄いだなんて、初めて言われた。そしてハリーは、その言葉が、とても嬉しかったのだ。認めてもらえたということ。凄い、と評価されたこと。尊重された、一目置かれたということが、思わず全速力で走りだしてしまうほど嬉しかったのだ。

「そう、……そうだね。君のいうとおりだ、アトベ」

 ハリーは、重々しく言った。今までこんなに重い意味を含ませて言葉を言ったことがあるだろうか、というくらい、ハリーにとってずっしりと重い言葉だった。
 そのすぐ側で、ハグリッドは、何も言わず、しかし先程の勢いが嘘のようにもそもそとホットサンドを食べている。ただ、もじゃもじゃの髪と髭の間から突き出た耳が、ぴくぴくと動いていた。

「そうだ。尊重するってことは、とても大事なことだ」

 そう言って、景吾は、跡部家の話をした。
 跡部家が持つ力。『契約術』とも『王の力』とも言われる、人間、動物、魔法族、マグル、関係なく、忠誠を伴う契約関係を結ぶことで、眠っている潜在能力を引き出す力。

「この力は、俺が相手を押さえつけたり、相手から忠誠心を向けられるだけだったり、一方的なもんじゃ成立しねえ。つまり、お互いに尊重しあう必要がある。だから俺はそのあたりのことは徹底して気をつけてるつもりだし、この力がなくてもそうすべきだと思ってる。──“Adel sitzt im Gemut, nicht im Geblut.”」
「……なに?」
「ドイツの言葉だ。“高貴さは血筋にあらず、心にあり”。高貴ってのは、プライドがある、誇り高い、自尊心があるってことだ。日本語だと、自らを尊ぶ心って書く」
 景吾は、まるで王様の杖のように豪華できらびやかな杖を動かし、きらきらした軌跡でもって、ハリーには複雑な模様にしか見えない、“漢字”とやらを書いてみせた。

「つまり、血筋がどうこうじゃなく、自分自身の心を尊重することができるやつが本当に気品があって、立派だってことだ」
「自分自身を、尊重する……」
「そうだ」
 自分自身に滲ませるように復唱するハリーに、景吾は、はっきりと頷いてみせた。

「それに、自尊心ってのは、騎士にとっちゃ一番大事なことだぜ、グリフィンドール」

 そう言われて、ハリーは自分の格好を見下ろした。
 真紅と濃い黄色のストライプのネクタイに、ローブの胸に縫い付けられた、金色の獅子のエンブレム。勇気ある者、勇猛果敢な騎士道を有する者が集まる場所を示すしるし。
 その勇猛なしるしを見れば、なるほど、折れぬ勇気も騎士道も、高い自尊心がなければ成り立つまい、とハリーは納得した。

「……そうだね。そうかも。今はまだよくわからないけど、ちょっと考えてみるよ」
「ああ、そうしろ」

 景吾はフォークとナイフを置いた。
 すばやく屋敷しもべ妖精が現れ、美しいカップに食後の紅茶を注ぐ。ハリーのところまでとてもいい香りが漂ってきたが、景吾はひとくちだけ飲んで、あとはミルクを注ぐと、ぼちゃんとロックケーキをその中に突っ込んだ。

「美味いよなあ、これ」

 そう言って、景吾は、ミルクティーに浸したロックケーキを手づかみで頬張った。マナーなど適応させていたら食べられないロックケーキだが、景吾の仕草はやはりどこか上品だった。
 マルガレーテも、皿の上の肉をすっかり食べ終わっていて、屋敷しもべ妖精に、厳かにエプロンを外されている。その様子を見て、やはり彼らはよく似ている、とハリーは思った。

「アトベとマルガレーテは、そっくりだね」

 思ったままをまた言う。すると、マルガレーテの目がきらきらと輝き、犬の顔が笑ったような気さえしたので、ハリーは少し驚いた。クゥ、と甘く鳴く声は、「あなた、よくわかってるじゃないの!」とでもいうようだった。
「そりゃあ、俺様のマルガレーテだからな」
 そして景吾もまた、いかにも上機嫌に、そしてマルガレーテと同じように、形の良い鼻をつんと逸らして、誇らしげに言った。

「ハッ! それにしても、すっかりマルガレーテに気に入られたな」
「そう? それなら光栄だね。また一緒に走りたいな」
「いつでもいい。なあ、マルガレーテ」
 わん、とマルガレーテが凛々しく吠える。よくってよ、と言っているのが、ハリーにももうすっかりわかった。



 それからハリーは景吾と一緒にデザートを食べ、景吾とハグリッドから、犬との遊び方や挨拶の仕方、世話のやり方などを教わった。
 まずは相手を知ること、知ろうとすること。それが相手を尊重するための第一歩であるのだ、と景吾は言い、ハグリッドもそれにおおいに同意した。ハグリッドは動物に詳しく、そして関係を築くのが難しい巨大動物や、毒を持った魔法生物ともやりとりしたり、飼ったり、友達であったりするらしい。
 11歳の誕生日、生まれて初めてハリーを“尊重”してくれたハグリッドがそんなふうにたくさんの動物に囲まれているということが、ハリーはとても嬉しかったし、改めてハグリッドを尊敬した。
 そして、ハリーが動物に興味をもったことをハグリッドはとても喜んでくれ、ハリーは彼と一層仲良くなれた気がしたし、これからも仲良く出来る気がした。

「そういやあ、お前、朝練には来ないのか」

 これが嫌いな動物はなかなかいないらしい、アトベが作っている、魔法生物用の高級ジャーキーをハリーに土産と言って渡した景吾は、ふいに尋ねた。

「朝練って、テニス部とクィディッチ・チームがやってるやつ?」
「そうだ」
「だって僕、クィディッチ・チームのメンバーじゃないよ。それに、クィディッチ・チームには一年生は入れないって聞いた」
 ロンや、またドラコが散々言っていたので、ハリーも知っている。例外もあったらしいが、百年ほど前の話だという。
「そんなこたァ、どうだっていい。やりたきゃやればいいんだ」
 ラジオ体操は校庭で毎朝やってるしな、と景吾は付け足した。
 ダンブルドアが殊の外気に入ったラジオ体操は、朝食が始まる少し前に、校庭で毎朝開催されることになった。
 また、日本人留学生らの提案でスタンプカードが支給され、参加するとスタンプがもらえる。一週間連続でスタンプを貯めると寮に1点入るシステムになっているので、なにか特別な行為で点数がもらえなくても、持続すれば点がもらえるとのことで、なかなか盛況だ。
 そしてハリーも、このラジオ体操には参加している。朝から体を動かすのは、とても気持ちが良かった。

「そうだな、何ならテニス部に入ったっていい」
「えっ!」

 ハリーは心底びっくりして、ひっくり返った声を上げた。眼鏡の奥の緑の目が、まん丸になっている。

「ぼ、僕、君たちみたいになんてできないよ」
「アーン? そりゃ、最初からは無理だろうよ。だがお前はあの通り体力があるし、根性もあった。運動神経もいいほうだし、動体視力もいい。鍛えればいい線いくと思うぜ」
 他の奴らも言ってたぜ、とあっけらかんと景吾は言うが、ハリーは口をぱくぱくさせたまま、何も言えなかった。
 そんなハリーを見て、景吾は何を思ったか、にやりと不敵に笑う。

「まあ、お前の好きなようにやりゃァいい。まだ入学して二週間も経っちゃいねえんだ。他にやりたいことが出来るかもしれないしな」
「やりたいこと……」

 やりたいことだなんて、そんなことを考えるのも、ハリーは初めてだ。やってはいけないことなら、散々言い渡されてきたが。しかもどれもくだらないことだ。

「急がねえが、時は金なりだ。これだと思ったら行動しろよ」
「……うん」

 ハリーは、少し赤い顔で、こくりと頷いた。
 そして少し考えてから顔を上げ、景吾のアイスブルーの目をしっかりと見る。

「まだわからないけど、朝練には参加したいな。走りたいんだ」
「いいぜ。言っておく」

 景吾はあっさりと言い、マルガレーテが、歓迎するようにわんと鳴いた。
 ハリーはそれがなんだかとても嬉しくて、満面の笑みを浮かべたのだった。
一日体験入部1/8/終