ホグワーツ魔法魔術学校硬式テニス部・一日体験入部2
 翌日日曜日の午前は、三学年時以降の必要授業を特別にピックアップした、留学生用の特別カリキュラムが組まれている。

 月に一度は丸々休みの日もあるが、どうせホグワーツから出られるわけでもないので、ということで、皆過ごしやすいとは思えど、不自由さは感じていない。──“こちら”の生徒たちには、日本人は勤勉すぎる、と驚愕されているようであるが。

 最初の日なので、一週間分の全教科の軽い復習による習得確認。そして、ホグワーツで本来学ぶ七年の全体的なカリキュラムから、どこをピックアップして授業をするのかという、簡単なシラバス──学習計画表が配られた。
 留学生らにとっても、そしてどの学年の生徒にとってもわかりやすい組み立ての授業で、ハーマイオニーを含む勉強好きの生徒たちには、非常に満足のいく時間となった。

 午後からの留学生たちは、テニスコートでテニスをする者もいれば、読書をしたり、談話室でのんびり過ごしたり、日本にいる家族に手紙を書いたり、植物の手入れをしたり、また自分の部屋に篭ってデータをまとめたり、怪しげな実験をしたりと各々自由に過ごしたが、それでもやはり、皆一度はテニスコートでボールを打っていたのは、相変わらずというところだろう。

 しかしさすがに休日ということもあってか、いつもの真剣で地道な練習、とは少し違っていた。
 仕事の早い太郎のおかげで、紅梅紫乃のぶんのジャージと、更に同じデザインの、マルガレーテの首周りに巻けるスカーフまで──、スカーフなのは、スカーフになみなみならぬこだわりのある太郎だからかもしれない──、が用意されていたので、このマネージャー三人を中心にしての、軽いラリーが中心である。

 弦一郎が言ったとおり、紅梅はパワーがなく足が遅いが、基本的に運動神経が良く、日舞の成果で、ボディバランス、ボディコントロールが抜群に良かった。
 更に手首も柔らかく、球出しをさせれば、ほとんど指示通りのところに打てる。

 紫乃もまたパワーがないが、動体視力がかなり良い。あわあわしつつも九割型の球種を正しく判別したので、スコアや記録を取るのは紫乃に全面的に任せて大丈夫そうだ、ということになった。

 そしてテニス部が誇るブロンド美女・マルガレーテは、取りこぼしたボールをもれなく拾ってきてくれる上、本人も楽しそうなので、常時コート周りに居てもらうことにした。
 緑色のグラスコートに靡くブロンドが映えるな、と、景吾も満足気である。




 ──そんな休日を経て、ホグワーツ入学、二週間目が始まった。




 月曜日には、各寮の談話室に、『今週のお知らせ』が貼りだされる。
 一番みんなのリアクションが大きかったお知らせは、木曜日から始まる飛行訓練の授業が、グリフィンドールとスリザリン、レイブンクローとハッフルパフの合同である、という内容だった。

 スリザリン・アレルギーのロンは悪態をつき、ハリーもまた、箒で空を飛ぶということをとても楽しみにしていただけに、あのマルフォイと授業が同じということには、どうしても気が重くなった。下手な乗り方などしたら、きっと指差してからかってくるに違いない。
 しかし同じスリザリンでも、景吾や周助ら日本人組は決して嫌なやつではない、と、ロンはともかくハリーはそう思っているし、マルフォイが何か本格的に感じの悪いことをしでかしたら、あの二人はきっと黙ってはいないだろう、とも予想している。特に景吾は。
 それに、グリフィンドールにも、“あの”精市がいるのだ。

 彼らにおんぶに抱っこしてもらうつもりはないが、彼らの存在を思えば、マルフォイと合同授業というのも、ハリーはなんとかやっていけるような気がした。

「マルフォイと合同だなんて、気が重いけど」

 朝食のテーブルで、はぁ、と溜息をついて、ロンは言った。
「あいつ、クィディッチが上手いっていつも自慢してるけど、口先だけさ。もし箒から転げ落ちたりしたら、今までの滑稽な自慢話のことを、これでもかとほじくり返してやればいい」
 そう言って、ロンはジャムをたっぷりつけたスコーンを、口に放り込んだ。

 確かに、マルフォイはグリフィンドールのハリーたちにもわざわざ聞こえるように、よく飛行の話をした。
 一年生はクィディッチ・チームの両代表選手になれないのは残念だ、と聞こえよがしに不満を言い、長ったらしい自慢話は、何故かいつも、マグルの乗ったヘリコプターを危うく躱したところで終わる。
 箒やクィディッチのことをよく知らなくても、都合の悪いところをすべて省いているのだろうことが透けて見えるような薄っぺらい自慢話に、少なくとも、ハリーとロンは辟易していた。

「ねえ、二人共、今日はテニス部の体験入部に行く?」

 珍しく、ネビルが話しかけてきたので、二人は振り向いた。
「うん」とハリーは頷き、ロンも、「まあ、あまり気が乗ってるわけじゃないけど」と頷いた。ハリーが景吾に誘われたのは誰もが知っていることだが、ロンはハリーに誘われてのことだ。本人の言うとおり、誘われたから行くだけ、という感じだが。

「僕も行くんだ。僕、クィディッチは、というか、箒に乗るのはしたことがないし、きっとだめだろうけど……、マグルのスポーツなら、やれるかもしれないし」
 ディーン・トーマスも行くみたいだよ、と、ネビルは続けた。
 彼の頬は紅潮しており、表情ははにかんでいる。体験入部の情報に関して、ネビルは相当熱心に収集をしているようだ。

「まあ、そうかもね。聞いたところによると、ボールは小さいのが一個だけみたいだし、きっと単純なスポーツに違いない」
 ロンは、つまらなそうに言った。

 そしてその台詞が、体験入部に行くというディーン・トーマスと、サッカーについて大論争をやらかした時の台詞と全く同じだったので、ハリーは苦笑した。
 どうも魔法使いの子供は、“ボールの多さ”イコール、複雑さ、そして面白さ、ということらしい。
 なんとなくわからなくもないが、だからといってつまらないスポーツだと決め付けるのも、なんだか違う気がする──、が、ハリーはサッカーもテニスも、そしてもちろんクィディッチもきちんと観戦したことなどないので、ディーンとのサッカー論争の時も、今も、何も言わなかったが。

「あら、確かにルールは単純な方だけど、かなりハードなスポーツよ? 大丈夫なのかしら、あなたたち」

 朝食のトレイを持ったハーマイオニーが現れ、ハリーが黙っていたことを言った。
 ハーマイオニーは挨拶をしていないのをすぐに思い出したのか、トレイをテーブルに置いてから、「おはよう」と言った。

「おはよう。──君も体験入部に行くの?」
 ロンがなんだかむっつりと黙っているので、ハリーが尋ねると、ハーマイオニーはおしゃまなネコのように鼻をつんと逸らして、言った。
「私は練習に参加しないけど、紫乃紅梅の手伝いをするの。体験入部者の人数に対して、マネージャーが少なすぎるし。他にもマネージャーの手伝いの女の子はいるけど──、まあ、だいたいスリザリンの子みたい」
「あー……」
 金曜日の夕食の時、景吾にロックケーキを渡しに行って、スリザリンの女の子たちからさんざん睨まれたハリーは、深く納得した。きっとあの子達に違いない。

「ハードなスポーツったって、所詮マグルのスポーツだろ」

 ロンがそう言ったので、ハーマイオニーは、見るからにむっとした顔になった。だがロンの言い方はハリーも少し感じが悪いなと思ったくらいだったので、ハーマイオニーの反応は妥当だろう。

「……あなたたちが、マグルを差別とまではいかなくても、下に見てるっていうのはなんとなくわかってたけど」

 そう言われて、ロンも、そして「マグルのスポーツならできるかも」と言っていたネビルも、ばつの悪そうな顔をした。
 特に“例のあの人”のこと以来、『純血主義』はよくないことだという認識は表向き広がっているし、ロンやネビルも、そこまで苛烈な考えは持っていない。もし目の前でマグルが危険にさらされていたり、困っているとしたら、出来る範囲で手を差し伸べたりもするだろう。

 だが彼らにかぎらず、魔法族全体に、マグルが種族として自分たちより下であるという認識は、大なり小なりあるものなのだ。

 ハリーとて、マグルの家で育てられた、というだけで同情される。
 殴られたり、数人がかりで追い回されたり、食事を抜かれたりといった処遇のことを言わずとも、マグルに育てられた、それだけで同情の対象になる。きっとひどい目にあったに違いない、と可哀想がられる。──そういうことなのだ。

「……まあいいわ、ここで深い話が出来るような内容でもないし」

 ハーマイオニーが引いてくれたので、ハリーはひとまずほっとした。ネビルも、ばつの悪そうな顔をしているので、同じような気持ちだろう。ロンは、少し苦々しい顔をしているが。

「とにかく、テニスは軽く出来るようなスポーツじゃないわよ。マグルの世界では、こちらのクィディッチぐらい人気のスポーツなんだから」
 コホン、と、ハーマイオニーは一度咳払いをした。
「私はマネージャーをするのにルールブックをとりあえず全部暗記したけど、ルールを見るだけで、相当な体力と、脚力、腕力、握力、動体視力、総合的なボディ・バランスや器用さ、それに何より頭の回転の早さがないと一流にはなれないってことがわかるわ。試合は一対一だから、それを全部一人っきりでやるのよ」
「でも、マグルのスポーツだろ?」
「……話にならないわね!」

 ロンが眉を顰めて言ったが、ハーマイオニーの眉は、もっと顰められていた。

「マグルがやることをことごとくなめてかかるのは、あなた達の勝手だけど」

 ハーマイオニーは、怒っているようでも、悲しそうであるようでもある顔で、少し行儀悪く、荒く紅茶をカップに注いだ。

「考えてもご覧なさい。ユキムラやシライシ、レイブンクローの博士と教授や、ミスター・テヅカ! ハッフルパフのサナダやキヨ! そして“あの”キングオブキングスと、ミスター・フジ! 彼らが何よりも熱中して、プロを目指しているスポーツなのよ!? あなた達が舐めてかかって、簡単にこなせるものなわけがないじゃない!」

 そこまでハーマイオニーが言い切ると、ハリーは「それもそうだ」とこの上なく納得し、うんうんと深く、二度も頷いた。
 ロンはびっくりして呆気に取られ、そして先程まで頬を紅潮させてリラックスしていたはずのネビルは、いつものように、少し青ざめた顔で、あわあわとしはじめた。

「ね、ねえ、ポッター。僕、できるよね? テニス」
「僕もテニスのことはよく知らないから……、どうだろう」

 恐々と訪ねてきたネビルに、ハリーは少し困ったように首を傾げた。

「でも僕は、アトベに“体力がありそうだから来い”って言われたよ。それにハッフルパフのサナダは、毎朝四時に起きて、走ったり、筋力トレーニングをしたり、カタナを振り回して訓練してるって」

 よくわからないけど、とにかく体力は結構必要なスポーツなんじゃないかなあ、とハリーが言うと、その点に全く自信がないらしい、少しぽよんとした体型のネビルは、なお青くなった。






 一日の授業を終え、放課後。

 ハリーはロンとネビルとともに、指示されている“動きやすい格好”こと、なんだか身に付けるのは久々な気がする、Tシャツと、緩めのズボンに着替えた。
 そして、クィディッチ場の横のテニスコートに向かい──、ハーマイオニーは準備を手伝うため、授業の復習を後回しにして先に行ってしまっていた──、集まっていたなかなかの人数に、ほう、とため息をついた。

 受付INFO、と書かれた祇が貼られた簡単な机があり、白地に赤と黒の差し色のジャージを羽織った紫乃と、手伝いのマネージャーであることを表す腕章をつけたハーマイオニーが名簿らしきものを持って、手際よく体験入部者をさばいている。
 後ろには、相変わらずびしっとスーツを着た太郎が立っていて、時々指示を仰がれていた。

 三人は列に並んで名簿を確認され、管理のためだろう、掌にマグル製品の油性ペンで番号を書かれると、指示された方へ向かった。

「やあ、君たちも来たのか」

 おそらくサッカーをする時の格好をしたディーンがいて、話しかけてきた。
「君、サッカーとやらのファンなんじゃなかったっけ?」
 先日大論争をやらかしたロンが言うと、ディーンは頷いた。
「それは揺るぎないよ。だからサッカーじゃないのは残念だけど、テニスも人気のスポーツだし、テレビで試合をやってれば結構観てた。クラスメイトにもファンは多かったから、基本のルールや、有名どころの選手の名前ぐらいなら知ってる」
 へえ、と言って、ハリーはディーンの話に、興味深く耳を傾けた。近くに、少しでも詳しい者がいるのは、なんだか心強い。

「それに、ここに来る前は、しょっちゅう走り回ってたから、なんだか体が鈍る感じで、ムズムズしちゃってさ。とにかく体を動かしたかったんだ」

 魔法族って、クィディッチ以外のスポーツはあんまりしないんだな、と、ディーンはぐるぐる肩を回しながら言った。

「ね、ねえ。テニスって相当危険でハードなスポーツだって、本当?」

 ネビルが、恐る恐るディーンに尋ねた。
 “危険”などと言っている辺り、朝話した時から今までの間に、ネビルの中で、テニスは相当恐ろしい競技になっているようだ。

「はあ? ハードじゃないスポーツなんて、スポーツじゃないだろ」

 ディーンがけろりと言い、ハリーはもっともだ、と納得し、そしてネビルはまた青くなった。
一日体験入部1/2//終