黄玉の絆(5)
 ひんやりと冷たい感覚が頬に戻った。
 続いて、掌に、膝に、冷たさがじわりじわりと伝わって、どこかの石の床に横たわっていることを知覚する。  不意に自分が眠ってしまっていたことに気付いた紅梅は、起きなければと思い、瞼に力を込めた。寝起きは悪い方ではないので、あっさりと覚醒し、身体を起こした。

 其処は、薄暗くて冷たい部屋だった。
 ぱちぱちと何度目かの瞬きの後、周囲をぐるりと見渡してみたが、光の差し込まない地下のどこかの部屋なのかあまりよく見えない。紅梅は特別に暗い場所が苦手ではなかったので、「此処、どこやろ?」としか思わなかったが、ハッとして近くを探した。

「ハーちゃん……! はぁ、良ぅおした」

 紅梅のすぐ傍で横たわるハーマイオニーを見つけ、胸を撫で下ろす。呼吸はきちんとしているので、単に意識を失って眠っているだけだ。
 ゆさゆさと揺り動かせば、くぐもった声が洩れ聞こえた後、ハーマイオニーも目を覚ました。

「ん……コウメ……?」
「へえ。どこも痛いとこない?」
 石の床に倒れていたので、少しだけ身体が軋んでいた。
 頷いたハーマイオニーは、つい先ほどの紅梅と同じようにキョロキョロと視線を忙しなくさせた。

「此処は、どこかしら? さっきまで、私たち女子トイレに居たのに……」

 狼狽するようなハーマイオニーの肩に、紅梅は手を添えた。
 急に意識が遠ざかって、そして目が覚めたら知らない場所。ホグワーツの魔法薬学の教室と作りが似ていることから、おそらくはホグワーツ城内だろうが、こんな机も椅子も何もないがらんとした空間は初めてだ。
 ホグワーツには教師でさえ、いや、もしかするとダンブルドアでさえ知りえない隠し通路や部屋がたくさん存在すると聞いたことがある。それは、ホグワーツ魔法魔術学校の創設者たちの遊び心や、何かしらの意図があってのことだという。
 そうだとすると、この場所はその内の一室ということか。部屋と呼ぶには広すぎるこの空間は、あまりにも寂れていて、なんともいえない虚無感と焦燥を掻きたてる。

 誰も知らない部屋。
 そこまで考えて、ハーマイオニーは身震いした。
 肩に手を添える紅梅が、ハーマイオニーの震えを感じ取り、殊更に安心させるように笑顔を作った――――その時だった。

「――――ああ、目を覚ましたか」

 まるで雷にでも打たれたかのような衝撃が、二人の全身を襲った。それほどまでに衝撃的な声は、不快な音でも騒音でもなんでもなく、あまりにも美しすぎた。美しい声の余りに鳥肌が立つという経験など、短い人生ではあるが二人にとって未だかつてない体験である。
 静寂な空気を震わせる荘厳にして玲瓏たる声は、迦陵頻伽の調べが如し。

 ごくり、と喉で音がした気がした。無意識に息を呑み、深呼吸。
 魂を奪われるような声など、聞いたこともない。

「あ、あああ、あの、貴方は……?」

 どもりにどもった声で、ハーマイオニーは質問した。
 ひた、ひた、と素足で大理石の床を歩くその声の主は、徐々に二人に近づく。
 ――――そして、暗がりで見えなかったその声の主の容貌が、露わになった。
 ヒッ、と冗談でも何でもなくハーマイオニーは悲鳴をあげた。

 薄暗がりでもよくわかるほどの黄金の髪は、眩いばかりの輝きを放っているかのようなほどに美しく、長い。背は高く、手足も長い。髪が長いので女人かと見紛うが、骨格から男であると判別できる。容姿で判断できなかったのは、貌もまた信じられないぐらいに整っていたからだ。
 柳眉に、切れ長の髪と同色の黄金の双眸。紅など差していないのに、鮮やかに色づく唇。すっと通った鼻梁。この人が「私が神様です」と自己紹介した日には、あっさり信じてしまいそうなほどに、まさに神懸った美神の化身が佇んでいた。
 魔法の世界なので、もしかしてこの人は美の女神・ヴィーナスのご兄弟か親族の方か、と本気でハーマイオニーは考え込んだ。

 美神は、ハーマイオニーの質問に対し、たっぷりと間を置いた後に、身に纏っている深紅の漢服を翻し、鼻でフン、と嗤った。

「我の名を聞くよりも、貴様らの名を明かせ」
 すみませんでした、と即座に謝罪したくなるような断言である。
 慌てて「ハーマイオニー・グレンジャーです」とうろたえながら名乗るハーマイオニーに続き、「へえ、紅梅どす」と紅梅も自己紹介した。
 すると、またもや鼻で嗤う気配。

「愚かな」

 ピシャリ、と声が断じた。

「え? それは、どういう……」
「まあよい。貴様らが知らずとも良いことだ。しかし、我としたことが貴様らのようながんぜない子どもを選んでしまうとは」

 戸惑いを隠せないハーマイオニーの言葉など、聞き入れるつもりも答えるつもりもないらしい。苛立ちを孕んだ声は、淡々と自身を恥じ入っているようだ。
 その頃には、眉目秀麗な男の容貌を前にしても思考を遮断させられなくなった。目が慣れた、とも言う。

「我が領域内に我好みの“陰”の気配を感じ、我好みの白梅の香りがしたゆえ百余年ぶりに外に目を向けて見れば、我好みの射干玉の長い黒髪よ。光栄に思え。我の花嫁にしてやろうと連れてきてやったのだ」

 どこまでも尊大な物言いであったが、三拍の間を置いてから、ハーマイオニーは絶句した。
 黒髪とは、紅梅のことだ。蒼褪めて隣の紅梅を見遣るが、当人はやや驚いたようにきょとんとしているだけである。
 神様のように美しすぎる男だが、見も知らぬ大人の男から「嫁にしてやるから連れて来てやった」など、どう考えても危なすぎる発言である。

「しかし、どうだ。連れて来たは良いが、まさかかように幼い子どもであったなど……百余年、何も口にせず閉じこもっておれば我の力も衰えるは必然か……いや、しかしそうであってもこのような……」

 情けないと言いたげな声である。しかしそれは、子どもを拉致した行為について落胆しているのではなく、連れ去った女が子どもであったことについてである。
 自分本位すぎる物言いだが、怒りが沸いてこないのは何故だろう。物凄く理不尽なことをされたのに。何も酷いことをされていないからなのか、目の前の男が常軌を逸しているレベルに美しいからなのか。恐らくは両方だろう。
 愕然としているハーマイオニーの手の甲に、そっと紅梅は己の手を重ねた。

「勘忍え、ハーちゃん」
コウメ?」
「あんお人、うちが目的やったみたい。うちと一緒に居ったばっかりに、ハーちゃんを巻き込んでしもたん」
 しょんぼりと眉を下げて謝った紅梅に、ハーマイオニーは「そんなことないわ!」とキッパリ言った。
コウメは、私を心配して来てくれたんじゃない! 謝られることなんてこれっぽっちもないんだから!」
 言って、重ねられた紅梅の手を、ハーマイオニーはぎゅっと握りしめた。
「嬉しかったわ、本当に。あの人が誰で、ここがどこなのか、どうしてこうなってしまったかなんて何もわからないけれど、私のことを心配してくれたコウメを、今度は私が助けるから……!」

 決意したようなハーマイオニーの言葉に、とろんとした眼はやがて幸福を表すかのようにきらきらと輝いて、唇は緩やかな笑みが刻まれる。
 「おおきに、ハーちゃん」と紡いだゆったりした声は、確かな喜びをハーマイオニーに伝えていた。

「……まあ良い。過ぎたことを悔いても始まらぬ。致し方ないが、嫁にするのはやめて今すぐ貴様を喰ろうてやるか……それとも、紫の上のように、ゆくゆくは我の花嫁となることを誓うか。どちらか選ばせてやる」

 ぶつぶつと何かを呟いていた男であったが、最終的にハッキリと告げたので、ほのぼのとした二人の空気は打ち砕かれた。
 「喰らう」とはどういうことなのか。恐ろしすぎて聞くことなど、到底できまい。
 蒼褪めたハーマイオニーだが、紅梅に助けると言った。震えながら、声を引き絞る。

「い、嫌です! 困ります!」
「戯けが。誰が貴様に意見を乞うた。もとより、お前など傍から眼中にもない。我はそこな黒髪の娘にしか興味がないが、偶然に貴様までも連れて来てしまったに過ぎぬ」

 どこまでも冷たい声が響く。
 しかし、その言葉を聞き、ますますハーマイオニーは引き下がるわけにはいかなくなった。
 ぐっと奥歯を噛みしめ、どうやってこの状況を切りぬけてやろうか、と思案する。けれど、大切な友達がこのままこの男の手に渡ってしまうのは、絶対に阻止しなければならない。意気込めば意気込むほどに、身体は震えた。
 それはもしかしたら、紅梅の命さえ奪われるかもしれない、という恐怖があったからだ。
 いままでマグルの世界で生活してきたハーマイオニーにとって、命の危険を感じた機会などなかった。つい先日のクィレルの一件も、確かに肝は冷えたが、あの時は紫乃を始めとした日本人留学生たちが居た。

 けれど、いま、ハーマイオニーには紅梅しか居ない。
 紅梅は戦う術を持っていない。紅梅の持つ力は、戦うための力ではなく“魅せる”ための美しい芸術の魔法なのだ。
 もしかしたらその気になれば戦えるのかもしれないが、それが原因で紅梅が怪我でもしてしまったら、と考えたら、ゾっとする。

 一方、花嫁か命か、究極の二択を迫られた紅梅はと言えば、困りおしたなあと言わんばかりの表情である。どっちも勘弁願いたいところだが、頭を過った彼のことを思うと、花嫁なんて絶対に御免である。
 記憶にちらつく彼――――真田は、自分が花嫁になんてなったら、なんと言うだろうか。顔を真っ赤にして怒り狂ってくれるだろうか。そうだといいが。
 真田のことを考え、ふにゃりと笑みを零して。そっと瞼を伏せてから、紅梅は前を向いた。

「うち、どっちも嫌どす」

 男の柳眉が、ぴくりと動いた。
 烈火の如く怒るか、と警戒していた紅梅であったが、予想に反して男は微笑んだ。こんな場面だが、男の笑みはやはり美しい。

「……面白い。我の美しさを前に、花嫁と即答せぬ娘は貴様が初めてぞ。ますます気に入った」

 しもた、逆効果やった。そう紅梅が思ったが、妙に男は上機嫌となったので、今すぐに食べられることはなさそうである。
 だが、だからといってこのままこうして此処に居る訳にもいかない。

「喜べ、娘。我は貴様を未来の花嫁とすることに決めた。ゆえに――――」

 男の声が、止んだ。
 不思議に思って紅梅とハーマイオニーが見つめていると、忌々しいと言わんばかりに男の顔が顰められた。
 舌打ちと共に、バサリと衣を翻し、低い声が吠える。

「無理矢理に我が領域へと足を踏み入れは何者ぞ!」

 その言葉に、紅梅とハーマイオニーは顔を見合わせて、ぱっと目を輝かせた。




 水晶玉を持った千石を先頭に、一同が足を踏み入れたのは、グリフィンドール寮に最も近い女子トイレだった。
 女子トイレは、グリフィンドールの談話室のすぐ傍にある。談話室は、ホグワーツ城で最も高い東塔の八階に位置する。入口を守る太った婦人も此処で生徒を眺め、食事をしたり、時には本を読んだりして過ごしている。
 今は授業中だったので、寮生は誰もおらず、太った婦人が優雅にティータイムを楽しんでいた。

 その婦人は、一行が戻って来たのを見た時に「あら、また貴方たち?」と不思議そうにしていたが、全員で女子トイレへ直行したのを目にし、ぎょっとして制止の声を投げかけていた。
 ハリーとロンは屋敷しもべ妖精のような甲高いキーキー声を前に、とても居心地が悪かった。だって、女子トイレである。
 「まさか、入るなんて言わないよね?」と、こそっと質問したハリーに質問したロンであったが、ハリーが答えるよりも前に、千石が何食わぬ顔でトイレのドアを開けたのを見て仰天した。

「えっ、キヨ!?」
「ん? どしたの?」
「いやいやいやいや! 千石クン、普通に入ろうとしてっけど女子トイレやで!?」

 驚きから続きの言葉が出て来なくなったハリーとロンの代わりを、白石が代弁してくれた。
 だが、言われた千石は「うん、そうだけど?」とむしろ不思議そうな表情だ。間違っているのは此方側なのか、とうっかり思ってしまいそうである。

「いや、待て千石。白石の言う通り、藤宮はともかく、我々が足を踏み入れるのは……」
 躊躇いがちに真田が言った。
「別に女子って俺たちと違って立ってするわけじゃないだろ。個室なんだし。バッタリ遭遇したら、ゴメン間違えちゃったって言えばいいんだよ」

 戸惑う真田に、幸村がさらっと言い切った。あまりにも自然に言うものだから、同意しそうになったが、よく考えなくとも言っていることはかなりとんでもない。
 「えええ……」と引き攣った声を洩らしている白石と、何とも言えない微妙な顔の真田を前に、ハリーとロンは非常に安心した。良かった、常識人がちゃんと居て。
 しかし、この中で唯一の女子であるフジミヤはどう思うだろう、とおそるおそるハリーは紫乃を見たが、紫乃は真剣な表情で何かを考え込んでいた。

「ううん、キヨちゃんの占い、正しい。私も此処だと思う」
「俺も。何か、嫌な感じではないけど、妙だなと思うんだよね」

 そう言って、幸村は躊躇いも羞恥も何もなく、バーン!と豪快に扉を開けた。男前にも程がある。
 背後では、太った婦人が悲鳴をあげていた。

 そんな悲鳴を無視して、意を決した残る男子陣も女子トイレへと足を踏み入れた。
 個室トイレがいくつか並び、お手洗いがある。男子トイレと作りは同じだ。幸いなことに、いま利用している女子がいなかったので、誰もが心の底から喜んだ。鉢合わせなどしたら、変態扱いされかねなかった。

「私、さっき一人で女子トイレ全部見て回ってたんだけど、確かに、此処は何か変だなって思ってた」

 ポツリ、と紫乃が言う。

「変だなとは思ったけど、ちゃんとハーちゃんが居なかったからほうっておいたの。でも、キヨちゃんの占いでこの場所が浮かんだなら、此処に二人が居なくなった原因があると思う。ごめんね、変だと思ったのに、何も言わなくて……」
 言いながら、本当に申し訳なくなってきたのか、じわりじわりと涙が瞳を覆い始めた。

 紅梅の居ない今、隣で紫乃が泣く一歩手前まで追い込まれている状況を、もはや真田はどうしていいかわからず、心の中で大慌てである。
 大丈夫だと言ってやりたいところだが、ここで叫んでは確実に泣く。情けないが、真田は途方に暮れた。

「ううん、紫乃ちゃん。俺も自信なかったから、答えに裏付けをくれてありがと!」
 「泣かないでー」と軽く言いながら、努めて明るい口調で言う千石に、紫乃はこくんと頷く。
 二人の光景を眺めながら、誰よりも真田だけがホッとしていた。

「水晶玉と、念のためにタロットカードでも占ってはみたけど……どうも此処は入り口っぽいんだよねえ」
「入り口? え、まさか便器に顔突っ込むとかおっそろしいこと言わんといてや?」
「いや、それ、俺だって嫌だよ! 大丈夫! 違うから!」
 ナチュラルにえげつないことを言った白石に、千石が大袈裟なほどに首を振って否定した。

「水晶玉に浮かんだのは、“水”と“黒髪”と“部屋”だった。そしてカードは、“塔”。“水”と“塔”、それから居なくなった二人が女の子だったから……ここかなと思って」
 「“黒髪”は、たぶんちゃんかな」と千石が続ける。
「でも、他のカードには“愚者”の正位置も出てる。基本的な意味はいくつかあるけど、今の状況に当てはまるのかなって意味が、“冒険”と“地下”」
「……ここ、8階だよ?」
 思ったことをそのまま口にしたロンに、困り切った様子で千石が頷く。
「そうなんだよねえ。そんでさあ、何が怖いって、さっき言ってた“塔”のカード、逆位置で出てるんだよね」

 タロットカードには、正位置と逆位置というものが存在する。通常の状態が正位置であり、逆位置はカードの上下をひっくり返した状態で、正位置とは意味合いも何もかもが異なってくる。
 すかさず、「意味は?」と幸村が聞いた。

「逆位置の意味は、“崩壊”。さらに星の逆位置も出た。意味は、“見えない何か”」
「この場所の何かを壊して、見えない何かへ向かえば、その先に二人が居る……そういうことになるのかな」
 考えを口にしたハリーに、千石が頷いた。
「安易だけどね。でも、占いってそういうもんだよ。カードがすべてを教えてくれてるわけだから、裏の裏まで読まない」
「……そうなると、次に考えるのは壊さなくちゃいけない何か、ってことになるな」
 結論を出した幸村に、再び沈黙が支配する。


「――――鏡」
「フジミヤ?」
「鏡しかない、と思う……」

 小さな声は、やがてしっかりとした口調で続ける。

「鏡は、魔法の道具や魔除けにも使われるよ。一番、魔力を込めやすいから。日本では、神様へのお願いごとでも占いでも色んな事でも使うよ。さっきの勉強会の時に読んでた本に書いてあったんだけど、あの日本の卑弥呼も魔境を使って占いによって国を治めてたって」

 童話『白雪姫』にも登場する魔法の鏡のように、鏡は、合わせ鏡や悪魔などを見分ける道具として用いられることが多い。魔力を通しやすく、この点においてクリスタルと似ている。
 日本においては、神鏡として用いられることもしばしばある。神霊のご神体として神社の本殿に祀られている鏡もあれば、拝殿のご神前に供えられている鏡もある。霊気や神気も通しやすいとして知られているのである。このため、神降ろしの儀式などに鏡が用いられることもあるのだ。
 日本の三種の神器の一つ、八咫鏡という宝鏡を考えれば、なるほどと頷けるだろう。

 また、鏡ではなく神鏡に限れば、その意義は日本神道と繋がりが深い。なぜなら、太陽を鏡で指しているとされるからだ。
 鏡で陽の光を反射した時、その鏡はまるで太陽のように見える。日本神道では太陽神たる天照大神を最上の神と崇め奉るので、太陽を象徴する鏡を御神体とするのだ。

「だが、なんら変わったところは見受けられんが」
「いや、そう見えるだけだよ。たぶん、何かの魔法が仕掛けられているとしか考えられない」

 静かに異を唱えた真田に、紫乃に代わって幸村が反論した。
 そして5つの鏡の前にそれぞれ立ち、触ったり、コツコツと叩いたりして、じっくりと検分した幸村は「これだ」と、入口ドアから二番目の鏡の前に立った。

「強力な魔力と、それから何か俺と通じる力も感じる」
「……神気、だね。私にも、わかる」

 幸村は“神の子”だ。神にしか持ちえない神通力の残滓を読みとり、重々しく告げた彼に、紫乃もまた同意した。
 神の力が残っている――――それは、紅梅とハーマイオニーの行方不明の原因に、神にも近しい何かが関わっていることを意味していた。

「かなり強力な術だよ、これ。なんなの、魔法と東洋魔術組み合わせて練り合わせるって、こんなの見たこと……」

 見たこともない、と言おうとした幸村は、ハッとして紫乃に振り返る。

「魔法省日本支部の、京都本部の術式!」
「あっ! そうだよ、ゆきちゃん! これ、あれだよ!!」
「ちょい、待って。俺らにもわかるように説明してくれへん?」
 二人だけにしか分からない会話に、白石が挙手する。
「白石、知らない? 京都本部にある陰陽師専用通路!」
「オトンからなんかそういうのがあるとは聞いたことがあるわ」

 白石の父親は薬剤師として大阪の薬局で働いているが、非常勤で魔法省の魔法生物薬草課劇薬研究室にも勤務することがある。その父親に付いて何度か魔法省日本支部の京都本部へ来たことがあるので、陰陽師のみ利用できる特別な通路が存在することは知っていた。
 逆に、その存在を知らない真田たちからすると、そんなものがあるのか、と感嘆している。

「ダイアゴン横丁行く時、パブを通り抜けた先に壁に囲まれた中庭あったやろ? ほらなんかレンガの」
 ハリーはハグリットに、真田は榊に連れられてダイアゴン横丁を行ったことを思い出した。
 レンガを叩いて、レンガが崩れた先にダイアゴン横丁が広がっていたのだ。「あれの、日本版があるねん」と白石は続ける。

「魔法省はイギリス本国だけじゃなく、北米支部を始めとした五大陸にそれぞれ支部が存在してるんだ。日本支部は特別枠さ。なんせ島国で大陸続きじゃないから」
「それ、パパから聞いたことあるよ。日本はイギリス魔法とは全然違う東洋魔術があって、しかもなんだっけ? サコク?」
「鎖国と言う。江戸時代、諸外国との国交を絶っていた時期が百年ほどあった」
 真田の補足に目を丸くさせて、「100年も!? へえ、変わってるんだね、日本って」と驚いた。
「とにかく、そのサコクとかしていたから、他の支部と比べても、何から何まで勝手が違うんだって」
 魔法省勤務の父親を持つロンが言うので、ハリーは日本という国がますます神秘という、かとんでもなくすごい国というイメージが植え付けられてゆく。幸村に跡部といった面々の出身国というイメージがかなり影響しているがゆえに、である。

「だから、普通なら支部は1つが基本だけど、日本に限っては京都本部と東京出張所の二つが存在しているくらいだよ。ともかく、その日本支部の京都本部は、陰陽師の数が圧倒的に多くてね。陰陽師たちが移動するのに特別な通路を使用するんだ。ちなみに煙突飛行は使わない」
「え!? じゃあ、陰陽師はどうやって移動するの!?」
 煙突飛行を頻繁に利用しているロンからすれば、信じられない事実だった。
 ハリーは、その煙突飛行とやらを知らないが、ロンの反応を見て、煙突飛行というものが魔法族には当たり前の通路か何かなんだな、という結論で静かに聞いていた。
「陰陽師にしか使えない術と魔法で移動できる。煙突飛行と姿現しの間みたいな通路だよ」
「土御門家の三代前のご当主様が編み出したの。晴明様の遺した日本最古の陰陽道の書物、占事略決に記された術と魔法を融合して創られたのが、その通路なんだよ」
 だから、陰陽師にしか使えないの、と紫乃が締めくくる。

「そして、おそらくこの鏡に施された術は、その京都本部の通路と同じじゃないかってこと。通路を使うには、かなりの魔力と霊力が必要になってくる」

 コンコン、と鏡面を杖で叩きながら幸村は言った。

「腹の立つことに、たぶんこれ、魔力を注いだら俺でも気絶する」
「え、なにそれどんだけの魔力が必要なの!?」
 幸村の魔法力を知る面々からすれば、慄かずにはいられまい。
 術式に消費する魔力が、それほどに必要だということだ。

「それだけじゃなく、陰陽術も必要になってくるんだよ。俺は陰陽師じゃないから、京都本部の呪文を知らない。紫乃ちゃんにしか頼れない。でも、紫乃ちゃんに魔力と霊力の両方を放出しろなんて、口が裂けたって言えない。そんなことをしたら、紫乃ちゃんの命に関わってくる」

 魔力と霊力は、そのどちらもが術者の魂と肉体に密接に結びついている。要は、魔法族にとっての生命エネルギーのようなものだ。そのエネルギーが枯渇する、ということは、死に直結する。

 友達のためなら、それこそ死んでも力を使いかねない危うさを、幸村は紫乃から感じていた。
 友達の喜びは自分の喜び、と素直に感じることの出来る心優しい少女は、先ほど一人ぼっちの悲しい過去を吐きだした。初めて出来た友達のために、全てを投げ打ちかねない。
 だから、牽制の意味も込めて、「口が裂けても言えない」と言ったのだ。

「で、でも、そうなったら、二人のところに行けないじゃない……!」
 納得がいかない様子で食い下がる紫乃に、それでも幸村は首を縦には振らなかった。

 ここまで来たのに、鏡の向こう側へは行けないのか。
 諦めるしかないのだろうか、と歯を食いしばった。その時だった。

「俺、陰陽術のことは何にもわかんないけどさ。それ、魔力を注ぐ役と霊力……紫乃ちゃんと分けることはできないもんなのかな?」

 千石の質問に、「いや、たぶん出来るんじゃないかな」と幸村が答えた。
 すると、ぱっと目を輝かせ、「ならその魔力を注ぐ係、俺、やるよー」と軽い調子で答えた。

「俺さ、幸村君みたいになんかすごい何かが出来るわけでもないし、胸張って自信持てるのは占いくらいなんだよね。あ、もちろんテニスもなんだけど。でも、ちゃんとハーミーのところへ行くには、占いとテニスでなんとかなるとは思えない」
 苦笑して、「二人を迎えに行く王子様になれないのは残念なんだけどねえ」と肩をすくめてみせた。
「幸村君や紫乃ちゃんみたいに強力な術があるわけじゃないし、真田君みたいに腕っ節は強くないしね。それなら、俺がここで入り口を開く役目を引き受けた方がいいと思うんだよね」
「キヨ。それなら僕だって……」
「そうだよ、僕もだよ」
「君たちは、ハーミーを迎えに行ってあげなくちゃ。だって、ウィーズリー、特に君はハーミーにきっついこと言ったんだから、一番に謝ってあげなきゃ」
 ロンの肩をパンパンと叩きながら、やはり軽く千石は言う。

「千石クン、ええんか? 幸村クンかて気絶するて……なんやったら俺も、」
「白石君はさ、幸村君とも真田君とも違って、第三者として冷静に物事見れるでしょ? あの二人、喧嘩したら周り見えないし、そういうときのストッパーって必要だと思うから。それに、俺よりも杖の振り方とか呪文の発音とか超完璧じゃん? 絶対みんなと一緒の方が良いから!」
「……認めたくないけど的確すぎて何も言えないよ、俺」
「……そうだな。お前と喧嘩したら、死なばもろとも、くらいには周りが見えん」
「こっわ! 君ら、ほんと怖いんだけど! ま、まあ、とりあえず、そういうわけだから。俺、やるよ」

 進んで、自ら最もしんどい役を引き受ける千石に、全員が尊敬の眼差しを送った。調子こそ軽いけれど、誰よりも自分のことを客観的に見つめることが出来、なおかつ今できる最善を選びとろうとしている。
 女の子大好きな彼が、紅梅とハーマイオニーのことを迎えに行きたいと願っていることは、誰もが知っている。けれど、その役目をあえて降りて、辛い役目を引き受けると言ったのだ。

「気絶するくらいでしょ? 死ぬわけでも大けがするわけでもないんだから、なんとかなるって! 何度も言ってるけど、俺はラッキーが取り柄なんだから。ね? 起きたら、先生たち呼びに行って待ってるから」

 ここまで強く主張する千石の意思を無視するのは、千石の決意に失礼だ。
 そう感じた面々は、頷き合い、千石を見つめた。

「じゃあ、キヨちゃん。私と手を繋いで?」
「うわ、これ手塚君に恨まれそうだなー! ラッキー!」

 デレデレとしながら紫乃に言われた通りに手を繋ぐ。

「目を閉じて、集中してね。変身術の時みたいに杖の先に魔力を注ぐようなイメージで、杖を鏡に向けて」

 指示通りに、身体の内から指先に伝えるように、魔力を込める。
 指に熱い何かが伝導し、それが魔力だと感じる頃には、鏡に魔力が注がれる。
 その瞬間、鏡からすべてを奪われるような力を感じ取り、千石はぐっと歯を食いしばる。声を出せば、声すらも持って行かれそうな気がしたからだ。
 堪える千石を認め、紫乃は意識を集中させた。


“一つの魂が眠りについた”

 歌うような詠唱が、始まった。

“二つの息衝く命の炎が 三の宿命のもと 四龍の縁をより結ぶ”

 鏡面は煌めき、周囲の温度が二度ほど下がったような気がした。

“五つに紡ぐ星に導かれ 六つの花に抱かれし時にて 七曜は巡る――――!”

 パリン、と音がした。魔法の鏡以外のすべての鏡が割れ、どさりと千石の身体が崩れおる。
 支えたい気持ちを押さえ、紫乃はすかさず懐から干し桃――――あの植えた桃の木から生った実から作ったものだ――――を取り出し、鏡面へと擲つ。
 鏡面に叩きつけられる寸前に、紫乃が叫んだ。

「実よ、その真の姿を現せ! 黄泉比良坂の坂本の実、鏡に眠りし邪を封じ込めたまえ!!」

 そうして最後の鏡が割れた瞬間、「今だ!」と叫んだ幸村の合図に、全員が鏡に飛び込んだ。



「頼んだ、からね……!」

 仲間の姿を見送り、そうして千石は意識を失った。
 その気配を感じ、ハリーは振り返ったが、「振り返るな!」という真田の厳しい一喝に唇を噛みしめ、後ろ髪引かれる思いで前を向いた。
 苦い思いをしているのは、ハリーだけではないのだ。険しい面持ちのまま「千石」と呟く真田の横顔を、何も言わずに幸村が見つめていた。

 倒れた千石を放置することは心苦しかったが、一行はまっすぐの通路を走り抜ける。
 大切な友達を置き去りにすることに心痛んだ紫乃は、眦に薄らと涙を浮かべているが、いまは泣く時ではないと歯を食いしばって、先を急ぐ。
 ――――走り始めてから10秒にも満たぬ間に、それは起きた。


「へ?」
「え?」
「は?」

 一瞬の浮遊感。そして。

「ぎゃあああああああ!!!!」

 待ち受けていたのは“落下”であった。走っていたはずの地面が、突然にも消えたのだ。

 ロンの大絶叫が空間内で反響し、ぐわんぐわんと響いている。
 ここでも千石の占いが的中したことに、落下しながらも日本人留学生の一部は感心していた。残りの一部、というか紫乃は、真っ逆さまに落ちる現状に、口から魂魄が飛び出ている。半分、気絶していると言っても良い。
 霊力の半分を削がれた矢先に、衝撃的な現実にぶつかれば、こうなっても無理はない。この場の誰よりも早くに反応した真田が、紫乃の手を引いて掴んだ。
 「藤宮!」と怒鳴るように叫ぶ真田の声に、瞬間的に紫乃の意識は覚醒する。

「ご、ごめんなさい!!」
「いや、構わぬ! それよりも、俺のローブを掴んでいろ!」
「ハ、ハイ!」

 緊迫した状況下であったのが幸いしたのか、真田の怖さなどすっ飛んだ。上官の命に従う下官のように、紫乃は真田の言葉に従い、ローブをしっかりと掴んだ。
 真田の体格は、テニス部の誰よりもがっちりとしていて逞しく、まるで大きな木の幹にしがみついているかのようである。  頼りない少女の手が、ローブを握りしめたことを確認し、真田はうむと頷く。

「ど、どうするんだい!? この状況! 死んじゃうよ!!」
「ロン、落ち着いて! まずは冷静になるんだ!」
「ポッターの言う通り! とにかく、このままだと地面に激突コースだ!!」

 千石の占いでは、“地下”が出ていた。先ほどまで居た女子トイレは8階。8階から地下まで落下すれば、地面に叩きつけられて死ぬ。
 なんとかして落下で死ぬことだけは防がなくては、と浮遊感からせり上がる気持ちの悪さを堪えながら、熟考していた白石は、ピンと閃いた。

「みんな! 箒や!」

 その言葉を合図に、幸村も真田も即座に自分の杖を箒へ変えて跨った。
 身体が安定していない状況であったので、ローブから杖を取り出すのに時間のかかった紫乃は、真田を掴んで片手で探すことで体勢を安定させ、見事に箒を出現させることに成功した。

 一方、ハリーとロンは杖を箒に変える方法が上手くいかない。すかさず、白石が己の杖から変身させた箒を投げ寄越し、「幸村クン、堪忍!」と叫んで、幸村の箒に飛び乗った。

 箒を投げ寄越されたハリーは、箒さえ手に入れることが出来れば、そこからは早かった。
 まだグリフィンドールだけの秘密ではあるものの、1年生にして史上最年少で選ばれるだけあり、ハリーは箒さえあればどんな状況でも乗りこなせた。まさに、天賦の才と称するべきである。
 生まれた鳥がどうやって飛ぶかを知っているのと同じように、華麗に箒に跨ったハリーは、誰よりも正確に箒を操り、落下し続けるロンの身体を掴んだ。
 ロンは、自分が箒から落ちないよう、文字通り必死でしがみつく。



「し、死ぬかと……思った……」

 地下と思われる薄暗く光の届かない場所は、地面の下なだけあってほんの少し寒い。
 地面に足が着く頃、着陸した瞬間に、紫乃はぺたんと座りこんだ。膝ががくがくと笑っていて、立てない。それは、落下の恐怖ではなく、半分もの霊力が奪われ、コントロールが上手くいかないせいもあった。
 「立てるか?」と問うた真田に、こくりと頷いた。状況が状況だからか、あんなにおっかないと思っていた真田が、いまは怖くないことに気づき、紫乃は少しだけびっくりした。

 よいしょ、と立ち上がろうと地面に手を付けた時、ヌルっとした感触を感じ、「ん?」と首を捻る。
 付着した粘っこい液体の匂いを嗅ぐと、なんだか甘ったるい花の香りがする。

「どうしたの、紫乃ちゃん」
 なかなか立ち上がろうとしない紫乃を不思議に思った幸村が訊ねた。
「なんか、粘っこい何かに触っちゃって……甘い匂いがする」
「――――!! アカン、今すぐ此処から離れるで!!」

 警戒するような口調で言った紫乃の言葉を聞いた途端、白石が顔色を変えて叫んだ。
 しかし、誰もが反応するよりも早くに、触手が紫乃を絡め取った。

「きゃあああ!」
紫乃ちゃん!」

 見えない闇の所為で、敵の全貌が見えない。
 すかさず、幸村は杖を取り出して叫んだ。

──Lumos光よ!!

 照らし出された何かは、巨大な食虫植物のような植物で、口と思われる部位が、今まさに紫乃を飲み込まんとしていた。
 身動きの取れない紫乃は、抵抗すれば抵抗するほど触手が身体に食い込んでいるようで、悲鳴すらあげられない。
 光の周りには同じような植物が群がっており、助け出そうにも身動きが取れない状況だったが、ぎゅっと箒を握りしめたハリーは、飛び出した!

「フジミヤ! 僕に掴まって!!」

 弾丸のように飛び出したハリーは、颯爽と宙を舞い、滑空する。
 隼のような速度で舞い上がるそのスピードと複雑な動きを前に、触手たちはハリーを捉えようとするが、お互いに絡め合ってしまい自滅してゆく。
 紫乃を飲み込もうとしていた触手から逃げ回りながら、紫乃に手を差し伸べた。無我夢中で、ハリーの手を紫乃は掴む。

「ええで、ポッター! そのまま逃げまくれ! この植物は俺らに任しぃ!」

 ヒュン!、と間一髪で紫乃を救い出したハリーに、全員が拍手喝采する。
 白石の声に首肯したハリーは、紫乃を前に跨らせて、後ろから抱きしめるような体勢となった。後ろに跨られては、ハリーの箒さばきによる急な上昇と降下に、振るい落とされるかもしれなかったからだ。
 素直に従った紫乃は、顔を引き攣らせながらも、箒の柄を抱きしめるようにしてしがみついた。

「魔法草の一つに、悪魔の罠っちゅう植物がある。暗闇と湿気を好む蔓草で、生き物に巻きついて絞め殺そうとするえげつない植物があんねん。これはその亜種や」
「その名を悪魔の花と言ってね。悪魔シリーズの植物なんだ。この花は、甘ったるい粘液で獲物をおびき寄せ、その粘液を纏った獲物を蔓で絞め殺して食べる」

 さきほど、紫乃が言っていた粘っこくて甘い何かは、それだ。地面に粘液が沁み込んでいて、紫乃だけが座り込んだので、他の皆と違って広範囲に粘液に触れてしまった。そのせいで、悪魔の花が獲物だと認識してしまったのだ。

 にじり寄る触手はよく見れば、たしかに植物の蔓だった。
 「ヒッ」と悲鳴を飲んだロンの視線は、植物に向かう。巨大な花びらの中心には鋭い牙が見え隠れしている。あんなものに食べられたら死んでしまうのは確実である。
 一方、杖を箒から刀へと変えた真田は、刀を構えながら、兄に誘われて一緒に行った植物園の花を思い出していた。世界最大の花びらを持つラフレシア。あれに似ているな、とぼんやりとした感想を抱いた。

「さっきの落下といい、このえげつない植物といい、どんだけ趣味の悪い罠やねん」
「……それだけ、向こうは俺たちを近づけさせたくないようだ」
「だろうな……それで、どうするのだ。手はあるのか?」
「もちろん。真田、それにウィーズリー。二人はハリーの後を追って、今すぐに。でなければ火傷するから」
「ヤケド!?」

 もうこれ以上何に驚けばいいのかわからないでいたロンは、情けない悲鳴にも似た叫びをあげる。
 反対に、幸村の言動に今更驚きはしない真田は、火傷と聞いて幸村が火でも起こすのだろうと考え、水の呪文でロンと一緒に全身水浸しになった。そしてその考えと行動は正しい。
 水を浴びた二人に習って、幸村と白石の二人も頭から水を被る。ただ二人と違うのは、さらに植物の粘液を両手に付着させた。

 途端に、蔓は幸村と白石の二人を獲物と認識し、捕えようと一斉に蔓で襲いかかった。

 訳が分からないまま、ハリーたちの後を追うように箒に跨り飛び出した二人の背を見送って、幸村と白石は呪文を口にする。

──Incendio燃えよ!!

 煉獄の業火がとぐろを巻いて悪魔の花たちに襲いかかる。炎に呑まれ焼き尽くされる様を眺め、植物好きの二人が心痛まないはずがなかった。
 「ごめん」、そう言って、二人とも杖を箒へと変え、その場を後にした。