黄玉の絆(3)
 お昼の後、グリフィンドールの時間割では午後の最終コマに変身術の授業が割り当てられていた。
 そのため、昼食を終えてからも午前中から引き続き勉強会は行われた。時間にすると二コマ分に相当するだろう。

 ダーズリー家に居た頃、こんな風に疲れるくらい勉強をしたことはなかったな、と凝り固まった肩をぐるぐる回しながら、ハリーは思った。
 あんなクモだらけの階段下の物置部屋なんかでまともな勉強が出来るわけもなく、学校の図書館がハリーにとっての勉強場所だった。だが、ダドリーとその取り巻きたちに見つかってしまったら、ハリーの貴重な勉強時間は奪われてしまう。ダドリーに追いかけ回されるまでの、制限付きの勉強だった。

 けれど、ホグワーツに来てからは違う。誰にも何にも邪魔されずに、こんな豪華な図書室で、しかも友達に囲まれて勉強している。

 誰もが当たり前と言うような環境が、ハリーにとっては当たり前ではなかったのだ。
 さっきからロンが「もう適当でいいじゃないか……そこまでやらなくたってさ……」とブツブツ文句を言って投げやりになっているが、こんなにのびのびと勉強が出来ることが嬉しいと思わなかったハリーにとっては、勉強することがとても楽しくて仕方がない。
 バキバキと鳴った関節は、やりきったという充足感を表しているようで痛みも気にならないのだ。

「かなり集中してたね、ポッター」

 ハリーの隣でサラサラと羽ペンを動かす幸村が言った。

「途中から周りの音なんも聞こえへん、くらいに根詰めとったな」
「え、そうかな?」
 言われて、ハリーは驚いた。そんなに集中していただろうか。
「だって、ほら」
 幸村がポケットから取り出した懐中時計の長針を見て、ハリーは純粋にびっくりした。
 変身術のレポートを書きあげよう、と意気込んで開始したのが午後1時だったのに、あっという間に1時間以上も経過していたのだ。まだ10分くらいしか経っていないと思っていただけに、驚きも尚更だ。

「ぜんぜん実感がないや……」
「体験入部のときの体力といい、今の集中力といい、やっぱりさ、ポッターはテニス選手としての素質を持ってると思うんだよね」
 バチン、と軽くウィンクをしてみせた千石に、ぱちぱちと瞬きする。
 ――――僕が、テニス選手だって?
 純粋な賞賛に、ハリーの頬はカッと赤くなった。
 体験入部の一件で跡部からは「体力がある」と認められていて、ホグワーツの現役クィディッチ選手から「すごい奴だ」と言われ、つい先日にはクィデッチ選手のシーカーにスカウトされた。
 けれど、ハリー自身は自分が「すごい」だなんて、ちっとも思わないし、シーカーとしての才能があるのかは未だ半信半疑だ。
 育ってきた環境が環境だっただけに、ハリー自身の自己評価はあまりにも低い。そのせいか、さらっと褒められてしまうと、どうしていいのかわからなくなるのだ。

「ええと、ありがとう……?」

 下を向いて、ぽそぽそと言ったお礼は、果たして聞こえているだろうか。聞こえていますように、と願いながら、耳まで赤くなった顔を見られないようにテーブルの上の参考書を片付ける。

「さて、あらかたレポートは片付いた?」
 羽ペンを動かしながら、幸村が視線は羊皮紙に向けたまま訊ねた。
「俺は全部終わったで」
「俺はもうすぐで書き終わるかな。紫乃ちゃんは?」
「私も、もうあとちょっと。次の授業までには仕上がるよ」
 声からして嬉しそうだ。ちら、とハリーが視線を寄越すと、るんるんと歌いそうな調子でレポートに取り組んでいる紫乃が居る。

「みんな早いねー」

 だらっとテーブルに頬をひっつけたまま、寝そべった状態で千石が感心したように言う。「疲れたぁ」と言う言葉通り、本当に疲れ切った表情だ。だが、悲壮感はないので、実りある時間だったのだろう。
「そう言う千石だってだいたいの目処は立ってるんだろ?」
「まあ。来週の提出には間に合うよー。さっき、ちゃんと真田くんに協力してもらって、参考になりそうな資料も色々見つかったしね」
 千石の横には分厚い本の山。占いの文字がタイトルに目立つので、やはり歴史上の魔法使いについてのレポートは彼の分野とも言える占いの分野に絞られた。
 かなり真剣に熟読したので、眼精疲労気味である。ぎゅっぎゅっと目頭を揉んでいる。

「で、その二人は?」
「二人とも本を探してるんじゃないかなあ? 真田君は防衛術の関係で本を探すって言ってたし」
「……あいつどんだけ防衛術好きなんだよ」
 「あいつの失神呪文、授業で習ってなくてもえげつないレベルなのに」、と呆れたように言った幸村に、その威力の凄まじさを知っている千石は苦笑いを浮かべるしかできなかった。何も語るまい。
 麻痺呪文でトロール四体をまとめて戦闘不能にした真田に、防衛術はもはや必要なかろうというのが彼らの総意である。

コウメならサナダと奥の本棚よ。はい、ロン。参考になるかと思って探して来たわ!」

 二人を呼びに行くか、という話が持ち上がりかけた時、よろよろとした足取りでハーマイオニーがやってきた。前が見えないほど、両手にたくさんの本を抱えてやってきた彼女は、よほど重たかったのか腕がぷるぷるしている。
 慌てて紫乃と千石が駆け付け、ハーマイオニーから何冊か本を受け取った。「ありがとう」と言ったハーマイオニーの横顔は疲労が見てとれる。

「この間の魔法史の授業は、魔女狩りについてだったから、その当時の時代背景をベースに書きすすめればいいと思うのよ」
 お姉さんのような口調でハキハキと喋るハーマイオニーに、ロンはお礼も言わずにじろっと一瞥しただけだ。
「……だからって、ねえ、君。こんな分厚い本を、しかもこんなにたくさん読めって? 冗談じゃないよ」

 結局、あれからウンウン唸り続けていたロンは、一行もペンが進まなかったので魔法史のレポートに早々に見切りをつけ、別の科目の復習をすることにした。お昼前のことだ。
 もう魔法史の文字さえ見たくない、というほど、レポートで嫌気が差したので、再度レポートをせっつくハーマイオニーを迷惑そうに見つめている。

 柳や乾あたりなら喜びそうだが、普通の生徒が大図鑑ほどもある書物を進んで読もうとは思わない。幸村たちも、さすがにロンに同情して苦笑する。
 好きな小説だったら話は別だが、誰も勉強が好きというわけではないのだ。だいたい、歴史学というものは大半の人間が興味を抱くわけではない。

「それに『ホグワーツの歴史』だって? こんなの読んでどうするのさ」
「その頃のホグワーツが、どのような措置をとったかがよくわかるじゃない。ほらこのページを見て。魔女狩りに遭った生徒の家族も避難できるように、一時的に学校が夏休みでも校舎を解放しているのよ」

 ピンズ先生の授業は、板書だけして後は教科書を読んでいるだけだった面々からすれば、どんなに眠い授業でもしっかり聞きこんだ上で、使えそうな資料を取捨選択できるハーマイオニーに感心する。
 いま初めて、絶対に必要ないだろうと思っていたホグワーツの歴史が、ようやく一つの糸に繋がったわけだ。
「そういう繋がりだったのか、あの授業……」
 果たして、呟いたのは誰だったか。魔法族の歴史とホグワーツの歴史を行ったり来たりする理由がわからなかったので、目から鱗である。

「読めないノートを見ても何も始まらないわ。だったら、覚えている知識を本で補って繋いで行けば――――」
「ほんとうに君はおせっかいだな!!」

 苛立ちも限界だったのか、乱暴に立ち上がったロンが叫んだ。
 びっくりして飛び跳ねた紫乃を始め、誰もがぎょっとして目を瞠る。

「いつだって君はそうさ! あれをしろ、これをやれ、こうした方がいい……ウンザリだよ! 僕がいつ君に頼んだっていうんだ! ああ、そうだよ、ハーマイオニー。君は頭が良いし、勉強ができる。僕と違って! 君からすれば僕はただのバカに見えるんだろうね!」
「違うわ! ただ、私は――――」
「そういう君のお節介に、僕だけじゃなくみんなウンザリしてるさ! 言葉にしないだけで!!」

 投げやり気味に叫んだロンに、紫乃はハッとなってハーマイオニーを見た。
 視線の先で、ボロリと涙がひとつ、零れ落ちる。
 それに気付いた瞬間、ロンが言い過ぎたと自覚し、「あ、いや、今のは、その……」と口をもごもごさせたが、時すでに遅しである。

「悪かったわね、お節介で! 私はどうせ……っ、どうせみんなの嫌われ者よ!!」

 バンと本をテーブルに叩きつけると、ハーマイオニーはワッと泣き出した。そして、「ハーちゃん!」と叫んだ紫乃を無視して、図書室を飛び出したのだった。
 あまりにも突然のことすぎて、紫乃を始め、誰も後を追いかける事ができなかった。

 残ったのは、あまりにも気まずい沈黙。


「今、グレンジャーが走って出て行ったが……」
「どないしたん? なんかあったん?」

 ハーマイオニーが出て行ったのとすれ違うように部屋へと戻って来た真田と紅梅。ロンは二人と目を合わせられずに不貞腐れたのだった。


「――――と、言う訳なんだけどね」

 その場に居なかったので事情をよくわからない二人に、分かりやすく千石が説明した。
 事情を知り、真田の言った一言は単純明快だ。「グレンジャーに非はないだろう」と、迷いのない断言だった。

「あれほど純粋な親切心で動ける人間もそうそういまい。そういう意味ではグレンジャーはハッフルパフ向きに思えるが」
「ハーちゃんはほんに親切なお人やさかい」
「けど!」
 二人でうんうん言い合う様子を見て、ロンが異論を唱える。が、言い差したものの、続きの言葉は出て来なかった。罪悪感があるからだ。
 その様子を見て、真田は呆れたように小さく息を吐いたが、あえて何も言わないでいる。

 組分けまでの列車からホグワーツに至るまでの道のりで、ネビルにあれこれと世話を焼いていたハーマイオニーの姿を知っている真田からすれば、彼女の行いが全て善意に基づくものであるかなんて、現場に居合わせなくともよく理解出来た。
 むしろ、苛烈なほどに苛烈な鬼教官の母親と比べるまでもないほど、優しいだろう、とも。どうでもいい相手ではないからこそ、ハーマイオニーは一生懸命だったのだろう。

「まあ、ウィーズリーの気持ちもわからなくはないけどさあ」

 ハア、と呆れたような口調で幸村が言う。

「俺も母親にあれやれ、これしろ、ってたくさん言われたらウンザリするよ」
「そう! それなんだよ、ユキムラ! 僕のママみたいにあいつうるさいんだよ!」
「でも。言い過ぎたってことくらいはわかるだろ?」
 うっ、と言葉に詰まるロンを見て、ハリーも「あれは言い過ぎだったよ」と嗜めた。
「それは、その……そうだけど、でも……」

 背の高いひょろっとした体躯が、居心地悪そうに身じろぎしている。もごもごと言い訳をしてみるものの、ロン自身もわかっているのだ。
 けれど、それをどうしても素直には認められないでいる。

「私ね、ウィーズリー君じゃないから、どうしてあんな怒ってしまったのか、その気持ちは理解できないよ。だけど」

 沈黙に耐えかねて、自身を正当化させようと「でも、いっつも“ああ”だと鬱陶しくもなるさ!」と癇癪を起こしたロンに、静かな声が響いた。
 ――――紫乃だった。

「だけどね、“みんな”って言葉は、よくないよ」
「それは、」
 「言葉の綾で」と続けようとしたロンを、紫乃は遮った。小動物のような、びくびくしているいつもの姿からは信じられないほどに落ち着いた声音だった。

「“みんな”って言葉、簡単だけど、でも一番傷くよ。“みんな”って誰なのかわからなくて、全員から嫌われているんじゃないかって、思う」
「そんな! それは大袈裟だよ!」
「大袈裟なんかじゃないよ。“みんな”なんて言われたら、その場から消えたくなる」
 そして、目の淵に涙を溜めていた紫乃は、顔を上げた。その拍子に、ぼろりと涙がこぼれた。

「だって、わ、私、気持ち、わかる。いじめられてたから」

 放たれた言葉は、耳を疑うような内容だったので、一瞬、誰も何も反応できなかった。
 ややあってから、動揺したような声が洩れ聞こえる。

「みっちゃんしか、いなかったの。みっちゃんだけが庇ってくれた。でもみっちゃんが居ないときは、私、一人ぼっちだった。何がいけなかったのか、いまでもわからない。私が悪いことをしたのか、たくさん、たくさん考えたの。でもわかんなかった。わからないのに、『“みんな”お前が嫌い』って、『“みんな”お前のこと気味悪いって思ってる』って毎日毎日、言われてた」

 痛みを堪えるように、苦しい何かを押さえ込むようにして吐き出された言葉に、絶句する。
 だが、紫乃の普段の姿を思い出して、誰もが納得した。極端に男子という生き物に怯えるのも、極度の人見知りも、紫乃の本来の性格ではなく、これが原因だったのだ、と。

 「そんなヒドイこと言うなんて……」と、痛ましそうに顔を歪めたのは千石だったが、みんな似たような表情だ。
 真田は、ピーブスの一件で、紅梅の髪についてハッフルパフの先輩が話していた際に、「男の子に髪の毛を引っ張られたりするの、すごくイヤだもん」と嫌そうな、悲しそうな顔で言っていたのを思い出した。険しい顔で頷いていた手塚の表情もよく覚えている。
 あれは、そういうことだったのか、とようやく納得すると同時に、自分の事ではないがムカムカする。いじめのような陰湿な行為が、真田は大嫌いだった。
 陰口が嫌いな幸村と白石は、言うまでもない。無性に腹が立ってしょうがない様子だった。

「だから“みんな”なんて言葉、ハーちゃん、すごく傷ついたと思う。わ、私はいま言われても、すごく、すごく傷つく。だから、こっちに来て、私はちゃんと友達が出来るのか、とても不安で……怖かった」

 涙腺が決壊したように、ボロボロと泣きながら、笑みを浮かべる。

「でも、たくさんの人が、私に優しくしてくれた。私と友達になってくれた。ハーちゃんも……」
 言いながら、しゃくりあげる。
「ハーちゃん、言ってた。お節介すぎて、小学校で、煙たがられてた、から、って。うっとうしかったら、言ってね、って私に……!」

 初めての寮生活を迎え、ホグワーツでの生活が一週間を過ぎたあたりで、ハーマイオニーはおずおずと切り出した。
 自分の性格をよくわかっている彼女は、お節介が過ぎて同じルームメイトである紫乃に負担をかけてはいないかと、不安だったのだ。

 けれど、紫乃にとってはその質問は信じられない内容だった。
 バスルームの使用についても、勉強になるような参考本についても、なんだってハーマイオニーはとても親切に教えてくれた。頼んではいないことでも、教えてくれるすべてが紫乃を思っての親切心だったので、「なんて優しいんだろう」と感動こそすれ邪険に思ったことは一度もない。
 どれほど感謝しているか、ハーマイオニーと友達になれてよかったかを伝えた時の、泣き出しそうな表情は忘れられそうにない。

「ハーちゃんも、言い過ぎちゃうこと、あると思う。わかってると、思うの。だからウィーズリーくんが、一方的に悪いなんて、言わないよ。でも、“みんな”って言ったこと、訂正してあげて、欲しい」

 ぐすぐすと鼻を鳴らす紫乃に、労るように紅梅がハンカチを差し出して、丁寧に涙を拭った。幼子にするように優しく背を撫でる姿は、泣いている妹を慰める姉のようである。
 バツの悪そうな顔で紫乃から視線を外したロンは、行き場を失った視線を自身の爪先に落とす。

 あんなつもりじゃなかった。ただ、ムカッとしてしまっただけなんだ。
 誰にも言えない言い訳が、心の中でこだまする。

「ロン、今すぐに謝るのは難しいかもしれないけど、」
「……わかってるよ」
 文字通り、涙ながらの紫乃の訴えに、反省できないほどロンは心が狭いわけでもない。促すようなハリーに、むすっとしたままだが、小さく頷く。
 カッとなったから言ってしまっただけで、本心から出た言葉ではなかったのだ。衝動に身を任せたことに、後悔している。

「グレンジャーさんも、ウィーズリーくんのためにて必死になりすぎてたとこあったさかい、周りが見えてへんかったんやろ。俺もオカンにウザイて言うてまうことあるわ。感謝してんねんけどな、イラっとしてまうねん」  苦笑しながら、白石が言う。
「賢い子やからわかってくれると思うし、ちゃんと謝ったら許せんような子と違うと思うで。仲直りしたらええやん」
 「な?」と柔らかく言った白石に、反発するロンの心も落ち着いてゆく。
「自分もアカンかったとこわかってるやろうし、じっくり考えて、それからホンマに悪いと思うねやったら、謝ったげたらええやんか」
「それが一番いいよ。今から探しに行って…………ああー……そっか、うーん……」
「どないしたん?」

 困った様子で言う幸村は、懐中時計を確認して次の授業まで時間がないことを告げた。これから寮に戻って教科書の準備をするとなると、ハーマイオニーを探しに行く時間が無い。
 ロンからあんなキツイことを言われて、ロンと鉢合わせするであろうグリフィンドール寮に戻っているとは思えないし、冷静さを欠いている彼女が泣き止んで授業に出て来れるとも思えない。
 なにより、まだ子供の年齢で、大人のように公私を分けて仕事をするというように気持ちの切り替えはできなくて当然である。
 「これがスネイプの授業だったら迷わずにサボるけど」ときっぱり言っていたので、あのスネイプの授業をサボれるなんて、とハリーは信じられない気持ちだったが、ユキムラだし、と変に納得していた。

「たわけたことを言うな。授業をさぼるなど、学生の本分をなんだと思っている」
「と、お前みたいにうるさい奴が居るから出るつもりだよ。だけどさあ!」
 厳しい口調の真田に、胡乱げな眼差しで幸村は答えた。
 イラっとしたような、非難するような視線は慣れっこだが、その視線の意味を理解できないほど真田も狭量ではない。授業は大事だが、泣いている女の子を放っていくのも気持ちとして良くないだろう。なんとなくそれはわかったので、真田は黙った。

「変身術はうちの厳しい寮監なんだから出ないわけにもいかない。なにより必須科目なんだし……とはいえ……」
「……私、探しに行きたい」
 か細い声は、心底ハーマイオニーを案じるそれだった。

「だって、絶対、ハーちゃん泣いてるよ……一人で」

 誰よりもその気持ちが理解できるからこそ、紫乃は顔をくしゃくしゃにさせた。
 せっかく泣きやんだのに再び泣き出しそうになっている紫乃を見て、背を撫でつづけていた紅梅が安心させるようにぎゅ、と手を握る。

「それやったら大丈夫や。うちが探しに行くさかいに」
「え、でもちゃん授業は?」
「ハッフルパフは今日なんもないん。やし、キヨはんと弦ちゃんとで図書室に来てたん」
 「そしたら偶然に皆と会うたし、一緒に勉強会さしてもろてんけど」、と続ける。
「もう少ししたら部室行って備品の確認やら何やらしよう思てたけど、時間はあるし、うち行くえ」

 にこり、と穏やかに微笑む姿は、まさに菩薩顔である。
 そう言って、「やし、授業行って、ハーちゃんのためにノートとったげて」と紫乃に言い聞かせる。誰よりも授業に真剣なハーマイオニーのことだから、欠席した時の授業に悩むだろうことは予測できる。
 でも、と躊躇う紫乃の肩をそっと撫でて、次いで、まるで駄々をこねる幼子を諭すかのように、よしよしと頭を撫でる。完全に幼稚園児を相手にする動作になってしまうのは致し方ない。

「ハーちゃんも、ウィーズリーはんも、お互いに冷静になる時間も必要やと思うん」
「…………うん」
しーちゃんの分も、うちがハーちゃんについてるし、大丈夫え」

 そこまで言われて、頷かないわけにもいかない。
 たっぷりと間を開けてから、こくりと頷いた紫乃に、にこにこした紅梅は後は任せたとばかりに紫乃の背をそっと押す。

「じゃあ、ごめん。ちゃん」
「へえ、うちのことは気にせんとって」
「ありがとう」
「スマン、上杉さん。ほな、藤宮さん、行こか」
「うん……」

 苦い表情のロンに付き添うようにハリーが立った。二人が席を離れるのを見届け、幸村たちも急いで片付け、慌ただしく席を立つ。
 ぞろぞろと連れだって図書室を後にするグリフィンドールの面々を見送った紅梅は、おっとりとした微笑みを浮かべながら真田と千石に向き合ったのだった。