入学準備(5)
宗一郎の言葉通り、空をゆく蝶の後を追いかけ、ひたすらに走る。あまりのスピードに、通りを歩く魔法族の誰もがぎょっとしているが、それどころではない手塚の耳には入らない。
教科書を買うために向かっていたフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店から大通りを逆走する。流れゆく景色は、奇天烈な装いの店が多いが、数時間前と異なり、何の興味も惹かれない。
泣いていなければいいが、と案じながら、走り続ける。手遅れかもしれないが。
大通りを走り抜け、何度か曲がり角を曲がり、別の大通りへと飛び出た瞬間、紙の蝶がパッと消えた。その現象に驚く。何故消えたのだろうと疑問に思ったのも束の間で、手塚の目に鮮やかな着物が飛び込んできた。
――――そして。
「紫乃!!」
振り返って、大泣きをする幼馴染に、全速力で走って来た手塚は膝から崩れそうになりながらも、駆けよったのだった。
安堵から涙腺が決壊してしまった紫乃が落ちつく頃。ようやく、手塚は紫乃の傍に居てくれた少年少女らに礼を述べることが出来た。
ひっくひっくとしゃくりながらも、黒縁眼鏡の少年が乾、そしておっとりとした日本人形のような女の子が紅梅だと聞いた。そして、何処か見覚えのある、傍らの厳めしい顔つきの少年について手塚が訊ねようとしたところ――――、
「東京のジュニアテニストップの、手塚国光だな?」
手塚がなぜ「みっちゃん」と呼ばれているか、どういうわけか興味津津な乾が、紫乃から理由を質問し、ガリガリとノートに書き殴る横で、厳しい目つきの少年が話しかけてきた。
「……そうだ。お前は確か」
そうだ、彼は。
「神奈川の、真田弦一郎だ。二年間よろしく頼む」
「ああ、こちらこそ」
真田は一方的に手塚を知っていたようだったし、手塚も知っていたので、名前を名乗られてようやく手塚も気づいた。彼もまた、神奈川では有名なジュニアのテニス選手だからだ。
――――真田 弦一郎。
神奈川のジュニアでトップは誰かと聞かれれば、「幸村精市」である。しかし、今までは幸村精市が注目されがちであったが、幸村と肩を並べかねない存在として知られ始めているのが、真田弦一郎という少年である。何せ、幸村以外には負けないのだ。注目されないほうがおかしい。
いまのところ、幸村に敗北を喫しているものの、狂気じみたこの二人の“高め合い”は、大人顔負けの苛烈さであり、神奈川においてはトーナメントを開けば、彼ら二人で他の選手を蹴散らしてゆく。結果的に、1位・2位はこの二人の独占状態であり、完全に固定化しているのだ。
日本のジュニアテニス界に留まらぬほどに名を知らしめる二人のことを、手塚が知らないはずはなかった。
手塚もまた、日本ジュニアテニス界では有名すぎるほどに有名だ。日本テニス界の至宝――――それこそが、手塚の背負う二つ名なのだから。
そんな真田がホグワーツに入学するとなると、実りある2年間になりそうだ、と期待に胸も膨らむ。実力ある選手と切磋琢磨することは、より一層に研鑽を積むことが出来るからだ。
「どこのメーカーのものだ? 良さそうな品だが」
「ああ……これは……」
ふと、真田の視線が手塚の杖――――もとい、テニスラケットに移ったのを見て、手塚は言い淀む。杖がラケットになる、と結論としては簡単であるが、そこに纏わる出来事のすべてを、どのように説明して良いものか。
悩みながらも、とりあえず手塚は会話を続けた。
「真田は、学用品類はもう購入したのか?」
「いや、まだ何も。これからだ」
「そうか……。なら、そのうちわかる」
ものすごく投げやりかつ適当な答えだったが、これ以上ない正解な答えはないだろう、と手塚は確信している。
真田ほどのプレーヤーであれば、間違いなく「わかる」はずだ、という理由のない絶対の確信が。
「は?」
「お前ほどのテニスプレーヤーなら、多分同じことになると思う」
「どういう意味だ」
当たり前であるが、訝る真田に手塚は遠い目をした。
「すまん、説明が難しい。俺は完全にマグル出身でな……魔法が起こす色々に、そろそろ許容量が一杯一杯で……」
「そ、そうか……」
その返答を聞けば、彼もまたそれなりの苦労はしていることが実感できた。おそらく、彼もマグルなのだろう。なぜか親近感が沸く。
「すまん、そのうち慣れるとは思うんだが」
「いや、俺も似たようなものだ。先程も銀行のトロッコでひどいめに……」
「……? 銀行で、トロッコ?」
「ああ、知らんのか……まあ、そのうちわかる」
意図せずとも似たりよったりの答え。同じ心境であることを感じ取り、なんとなく握手を交わした。よかった、同志がいて。
しかし、次の瞬間にはキリリと真面目な顔つきで真田はハッキリと提案する。
「あと……このような幼い者を連れてくるのであれば、手でも繋いでおいたほうがいいと思うぞ」
そう言う真田は、紅梅という少女としっかり手を繋いでいる。
二人の関係性など手塚は理解できないが、テニス雑誌で知る真田からは想像がつかないと言うか、苛烈な試合と評される彼の傍に、おっとりとした少女がニコニコと“普通に”居る事実が驚きである――――が、野暮なことは聞くまい。
幼馴染のようなものだろう、と適当に、しかし妥当な結論をつける。
とりあえず紫乃が苦手にしそうな男子だな、とは思った。実際、真田と視線が合った紫乃が、怯えたのが見えた。
「紅梅は当たりが柔らかいので大丈夫だったようだが、他の者であれば名前を名乗れたかどうかも怪しい様子だった。もしもの時のために、迷子札なども持たせたほうがいい。できれば首から下げておけ」
「ああ、……そう、だろう、か」
「当たり前だ、このように小さい者を。保護者はきちんと責任を持たんか」
――――なんだか、嫌な予感のする台詞である。
そして、その予感を裏打ちするように紅梅が言う。
「そやねえ。うちらでもはぐれそぉやのに、こないちぃちゃかったら、危ないえ。ほらしーちゃん、うちも弦ちゃんと手ぇ繋いで貰とるし、恥ずかしないえ?」
言いながら、真田と繋いでいる手を見せる紅梅は、完全に幼児に対する口調だった。
手塚だけでなく、言われた紫乃でさえ「どうすればいいのかわからない」と言いたげな表情となったのは、無理もない。二人とも、紫乃のことを同い年とは思っていないことは明白だ。
同い年だと自己紹介をしなかったのだろうか――――と、そこまで考えて、同い年なのに同い年だと強調する意味はない。つまりは、言わずに自己紹介した結果、何かを誤解されているのだと気づく。
紫乃と視線が合った。「どうしよう」と物凄く困っている様子がわかった。
「また迷子になったら、怖い怖いやもん。そやし、みっちゃんとお手て繋いどこ?」
「う、え、えっと……」
戸惑いを隠しきれず、あわあわとする紫乃と、難しい顔をして黙り込む手塚。対する真田と紅梅は、これ以上ない名案だ、と言わんばかりの提案をしたと思っているのだろう。
「僭越ながら、口を挟んでも?」
――――そんな最中での乾の発言は、手塚からすれば助かったと思う一言であった。
「紅梅さんと真田は、藤宮さんのことを随分小さい子のように思っているようだけど」
「えっ?」
手塚とはちがった目元の見えない眼鏡のせいで表情はわからないが、どことなく楽しそうな調子であることはわかる。反して、手塚は苦虫を噛み潰したような表情となった。
「俺のデータが確かなら──、藤宮 紫乃という名前の女子は、今回のホグワーツ魔法魔術学校への日本人留学生の一人だ。つまり」
パタリ、と乾がノートを閉じたのが合図だった。
「彼女が俺達と同い年である確率、100パーセント」
その間、たっぷり二秒ほどだっただろうか。
「あぅ、えっと、その、……今年、ホグワーツに入学する、藤宮紫乃、です……」
沈黙を破ったのは、ものすごく申し訳なさそうな紫乃の自己紹介である。よろしくお願いします、と消え入りそうな声が続いた。
誰も何も悪くないのだが、申し訳なさそうにする心境は、なんとなく理解できる。
「えぇと……」
「……かんにんな?」
「あ、あやまらないで……」
むしろ、居たたまれない。穴があったら入りたいところである。
紫乃の複雑な心境を察したのか、真田も紅梅もそれ以上に何か言うのはやめた。
「ふむ、迷子札……」
「み、みっちゃん!?」
その一方、さきほど真田から提案された「迷子札」は名案かもしれない、と手塚は思い始める。何かあった時に保護してもらえる――――と思ったが、今にも泣きそうなほどにショックを受けている紫乃の表情から、即座に切って捨てた。
嫌がることを強要すると、この幼馴染は意外と拗ねるのだ。それもかなり。
それから、乾もまた紫乃と同じく迷子であることを大暴露し、全員を唖然とさせた後。改めて軽く自己紹介をし合った。おっとりと話す少女、紅梅が上杉紅梅で、黒縁眼鏡の少年は乾貞治という。
紅梅が話しているのは関西弁かと聞いたところ「京都弁どす」とにっこり笑ったので、「これがナマの京都弁なんだ……!」と半ば紫乃が感動していた。正確に言うと、紅梅の話す言葉は花街ことばといって、京都の住民でさえわからない、今や芸妓などの花街の人間が話す言葉である。
そして、乾はというと――――。
「そういえば、気になったんだが……乾が、さっきから言っているデータとはなんだ?」
「知りたい?」
眼鏡をキラリ、と光らせて、ニヤァと笑った乾に、質問を間違えたなと手塚が後悔したのは言うまでもない。
理論立てて説明してもらったが、いかんせんゴチャゴチャと理論じみた話を展開し始めたので始末に負えない。まとめてみると相手選手のプレイを分析し、解析し、データ収集をすることで自身のプレイに反映させる、と言うものだ。きっと、相手選手の苦手コースを攻めたりするとか、そういったものだろう。
紫乃はポカンと口を開けて、感心している様子だが、さっきの「みっちゃん」というあだ名の由来なども収集してた辺り、彼の言うところのデータ収集はテニス関係に留まらないことは理解出来た。
「ああ、ようやく追いついたよ」
「! おじいちゃん!」
手塚が手に入れたラケット――元は杖――をじっくりと検分しはじめた乾を放って、真田から「幸村精市」もまたホグワーツに入学する新入生であることを聞いていた手塚は、聞き知った声に紫乃と振り返る。
「良かったね、紫乃ちゃん。国光君に会えたようだね」
「良かった、良かった」と言う宗一郎の表情からは心配していたという疲労感はなく、手塚が紫乃を見つけるという事実が当たり前であり、その結果を知っていて喜んでいる風であった。
魔法界の存在を知ってから、この幼馴染の祖父は、実は全てを知っているのではと思うほど、泰然としているように手塚は感じていた。まるで先の一手を見越して動く、盤上を前にした棋士のような、そんな雰囲気すらあるのだ。
日曜日に、国一と縁側で囲碁を嗜む好々爺の姿しか知らなかった先日とは、雰囲気がまるで違うのである。
「国光君、ありがとう。……おや、その子たちは?」
ひとしきり紫乃を抱きしめていた宗一郎は、手塚の傍にいる真田たちに気づいた。
真田はというと、さすがに狩衣姿は雑誌やテレビでしかは見たことがなかったのか、実際に着ている老人を前に、ほんの僅かに驚いている様子だった。
軽く事情を説明すると、宗一郎はパアッと表情を輝かせ、「そうかそうか!」と満面の笑顔である。
「紫乃ちゃんのお祖父ちゃんです。みんな、ありがとう」
「いえ……」
丁寧にお辞儀をする真田と紅梅、二人を見て空気を読んだ乾がペコリと頭を下げたのを見て、ますます宗一郎は笑みを深めた。
「ホグワーツでも紫乃ちゃんと仲良くしてあげてください。人見知りはするだろうけれど、優しい子だから」
「はい」
「へぇ」
「勿論です」
「ありがとう」
祖父の言葉に、紫乃は恥ずかしくなったのか手塚の後ろに隠れてしまった。
手塚以外の三人は、紫乃が悪い子ではないことをたった数十分とはいえ感じていたので、元気よく応じる。
「……ふむ、なるほど。君たちがね……どうりで輝きが違う。皆、良い目をしているね」
そう言って、宗一郎はポンポンと真田の頭を撫でた。見知らぬ他人から触れられるのは良い気はしないが、とても穏やかで優しそうな老人が相手とあっては、真田も照れ臭そうであった。
「さて。これ以上、引き留めるのは申し訳ない。我々はこれで失礼するよ。三人とも、本当にありがとう」
宗一郎の言を皮切りに、手塚と紫乃も改めて頭を下げた。
「あ、ありがとう! また新学期!」
「しーちゃん、ほなまた」
「本当に世話になった。ホグワーツで会おう」
「ああ」
「次会う時に、データは取らせてもらうよ手塚」
眼鏡を光らせ不気味に笑う乾は気にしないことにして。その場を後にする。
今度こそはぐれないように、と紫乃に確認せずに、ぎゅっと手塚は紫乃の手を握りしめた。戸惑ったような声が聞こえたが、ぎゅううっと強く握り返す感触は、ほんの少し照れくさかった。
「教科書は後回しにして、先にお昼ご飯にしようか」
手塚が逆走してきた大通りを再度歩く。のんびりとそう言った宗一郎に、手塚も紫乃も反論することなく頷いた。朝も早かった上に、紫乃は大泣きしたし、手塚は全速力で走った。二人とも、お腹はぺこぺこだったのだ。
二人の反応を見た宗一郎は、すぐに近くのパブに入ることにしてくれたようだ。数年前にダイアゴン横丁に来た時、その店のパブ・ランチが美味しかったのだと言う。
イギリス料理について述べられるとき、イギリス料理で一番美味しい料理として「朝食」が挙げられる。フル・ブレックファストを称賛する際には作家であるサマセット・モームの言葉が引き合いに出されることが多い。
イギリス以外の欧州、つまり大陸式の朝食であるコンチネンタル・ブレックファストが質素であることに対し、イギリスの朝食は質・量ともに素晴らしいものだとされている。
宗一郎が入ったパブは、ダイアゴン横丁でもかなり大きいパブらしく、利用客も老若男女問わずといった様子である。そのため、ランチタイムであってもイングリッシュ・ブレックファストを提供してくれるという。時間帯も、イギリスではまだランチの時間よりは早いので、ちょうど良い。
せっかく、天気もいいことだし、ということでテラスでの昼食となった。運が良かった、と三人で喜んだ。
たっぷりとしたボリュームでありながら、とても美味しい食事を堪能し、パブを後にする。
その後すぐに、当初、向かう予定であったフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店へ立ち寄り、ようやく教科書を購入することが出来た。好奇心から手塚は教科書を捲ってみたのだが、一頁目から挫折しそうになった。家庭科の教科書を初めて開けた時の心境と似ている。
入学前に何度も読み込むしかない、と決意し、教科書を閉じた。隣で「わからないことがあったら、私も手伝うよ。パパのね、ノートもあるから」と紫乃が一生懸命に励ましてくれるのが救いである。
「これで、全部だね」
教科書の量がさほど多くはなかったが、追加料金を支払えば自宅へ配達してくれるらしく、それならばと宗一郎はあっさりサインしてしまった。
「そこまでしていただくわけには……!」と手塚が止めたのだが、のほほんとした調子で「いいから、いいから」と言われてしまっては食い下がることも出来ない。サービス料はいくらしたのか教えてくれないという徹底ぶりである。
奨学金の手配といい、何から何までこの老人には世話になりっぱなしで、手塚は恩義を感じるのと同時に申し訳なくなってくる。
だが、困ったような手塚の様子に気づいた宗一郎は「いつも紫乃ちゃんと仲良くしてくれているお礼だよ」と言って譲らない。
紫乃と仲良くすることは義理でも義務でもない。手塚が勝手にしていることだったし、他の女子生徒の誰よりも、紫乃と居る方が楽しいし、好きだからだ。お礼だとも思えない。
ますます難しそうな顔の手塚に、宗一郎は思わず笑みをこぼした。
「そうだね、じゃあ……国光君のプロデビュー戦に、僕たち家族を呼んでほしい」
「え?」
「それまで僕も妻も長生きするから。だから三人分だ。三人分のチケットを用意して欲しい」
手塚がテニスのプロ選手になるという夢を、決して疑うこともなく、まるでそれが現実であるように言った宗一郎に、手塚は胸が熱くなった。
「楽しみだね、お祖父ちゃん」と、紫乃も今から遊園地にでも行ける、というぐらいに嬉しそうだった。藤宮家の誰もが、手塚を疑わないで、夢を応援してくれる。
――――より一層、手塚は藤宮家に感謝の念を抱いたのだった。
「大人はね、子供にお金とかそういう心配をさせたくないものだし、して欲しいとも思わない生き物なんだよ。返して欲しいとも、思わない。出来れば、君の未来の子供たちに同じことをしてあげて欲しい、くらいに思っている」
胸に沁み渡るような、深い声で。手塚と紫乃の手を引いて、老人は続ける。手塚のペンダコと肉刺による掌とは違った、年を重ねた皺くちゃの掌は、宗一郎の人生を感じさせた。
「これから二人の入学するホグワーツは、日本では考えられないことを学ぶだろうと思う。脅すわけじゃないけれど、信じられないトラブルだって起こるだろう。けれど、決して、負けないで欲しい」
願いを込めるように、ぎゅっと強く握りしめられる。
「くじけそうになっても、それでも立ちあがって、乗り越えて欲しい。あらゆる壁やあらゆる問題に。そんな子供を大人は……親は、わかっていても見送らなくちゃいけない。だから、大人のできることは、自分の子供が少しでも頑張れるようにと願うしかない。その最もわかりやすい形が、単純にこうしたお金なんだよ」
伊達に年は食っていない。
年長者の言う言葉に間違いはないし、そして重みが違うと改めて感じ入る。
「それにね、年老いたジジイの楽しみなんて、可愛い孫たちにお金をかけることだ。このくらいしかお金の使いどころがないんだよ。老い先短いジジイの、数少ない趣味だ。好きにさせてやってくれ」
年を感じさせない壮齢さは、満面の笑みを浮かべるその瞬間に年相応のそれへと変えた。ここまで言われて、遠慮をする方が礼儀として欠ける。それを受け入れられない程、手塚は狭量でなければ、融通が利かないわけではない。真面目すぎるほどに真面目で、堅いと時には評される彼だが、柔軟さが全くないわけではないのだ。
ぎこちなくも、けれど律儀にお礼を述べれば、これ以上ないくらいに嬉しそうな笑みが返って来た。
「おじいちゃん」
気恥ずかしいような、なんともいえない温かい気持ちになっていると、宗一郎を挟んで手塚の反対側を歩く紫乃が、にこにこ顔で祖父を呼んだ。
「なんだい、紫乃ちゃん」と、応じる宗一郎の声も柔らかい。
「大好き」
「ありがとう。僕も大好きだよ」
「みっちゃんも! 大好き!」
「…………ありがとう」
恥ずかしい上に、躊躇いもなく恥ずかしいことを言われたのでその場から遁走したいような、そんな気持ちになったけれど、嫌なわけではなかったので、手塚はそっと視線を地面に伏せることで表情を隠したのだった。
「あとは帰るだけだが、せっかくのイギリス。しかも魔法界最大のショッピングモールだ。どうせなら色々見て、たくさんのお土産を買って帰ろうか」
どこまでも甘やかな言葉だったけれど、今度こそ手塚は遠慮することなく、紫乃と一緒に元気よく返事をしたのである。