嵐の懇親会4
「あとは……、うちは剣術道場で、特に居合、抜刀術に特化している。捕物の技術も伝えているので、体術もそこそこやるし、十手や槍、苦無や寸鉄などの小さい獲物も使う。そういうところでの技術、知識は普通よりあるだろう」
 以上だ、と、弦一郎は、きっちりと自分の話を締めた。

「じゃ、あとはちゃんと、紫乃ちゃんと、手塚?」
 精市が仕切りなおす。

「俺も、乾と同じく完全にマグルだが……」
 この中で、間違いなく、最も魔法界の知識がなく、ルーツもはっきりしない国光は、困ったように言った。
「……ただ、祖父の母方の実家が、滋賀の……、甲賀のほうで」
「忍か」
 誰よりも早く、弦一郎が反応した。少し表情がわくわくしているのを見て、紅梅が「弦ちゃん、忍者とか好きやなあ」とのほほんと言った。

「そうか。忍者は本名や家系を持たない、草の者だ。魔法の力を持つ者が、そういった稼業で身を立てていたというのは、定説だからな」
「定説……、なのか」
「ああ。知らなかったか?」
 首を傾げた蓮二に、国光は頷いた。
 国光は、彼らが、定説、常識、と言うことも知らない。まあ、「そうなのか」と相変わらずわくわく顔をしている弦一郎がいるので、今回はなんだかあまり気にならなかったが。

「他には特に何もない。父はサラリーマンで、母は専業主婦だ。祖父は、真田のお祖父様と同じく元警官で、今は柔道の教官をしているが……、そのくらいだな。あとは……、釣りと登山が好きだ」
「意外にアウトドア派やな?」
 同じくマイブームを披露した蔵ノ介が、頷いて言う。
「──あとはテニスだ。それしかない」
「しか、ってこともないと思うけど……」
 清純が言うが、国光は表情を変えぬまま小さく首を振った。
 表情が変わらなさすぎて、思うところがあるのかないのか、清純の勘の良さを持ってしてもよくわからなかった。

紫乃はうちの向かいに住んでいるが、かなりきちんとした魔法族だ。今まで知らなかったのだが……、古い陰陽師の家系だ」
「おー、こないだから活躍しとるもんな!」
「か、活躍なんかしてないよ……」
 紫乃は、居心地悪そうにそわそわした。

「活躍したやないの。しーちゃんがおらんかったら、うち今頃ショートカットや」
「うんうん、その前にもピーブズ撃退してたし、紫乃ちゃんはなんだかんだ頼りになるよね」
 紅梅と精市が手放しで褒め、しかも誰も否定しないどころか頷いて同意を示すので、紫乃はますます小さくなった。

「えええええええっと、みっちゃんの言うとおり、うちは、陰陽師の家系で……。えっと、あんまり特別なところはないんだけど、あの、この間みたいなことだったら、なにか、力になれるかも、しれません……」
「なんで敬語やのんな」
 しかもだんだん声小さなっとるし、と、蔵ノ介が突っ込む。

「私のことはもういいよう! それより、ちゃんの話が聞きたいよ。芸妓さんとか舞妓さんとか、興味あるもん」
「そぉ?」

 紅梅が、おっとりと首を傾げる。
 だが紫乃が何やら必死なのと、誰もそれに反論しなかったので、紅梅はトリを務めることを、頷くことで了承した。

「うちも、今回はじめて知ったんやけどなあ。……芸姑は、日本で唯一の“公式魔女”どすのやて」
「公式魔女?」
 首を傾げる面々に、紅梅は「へぇ」と頷いた。

「外国からお客はんが来はった時、うちらが接待することも多おすのや。迎えるだけやのぉて、最近は行くこともありおすな。特にフランスが多いらしゅうて……。せやからホグワーツから入学許可証が来た時、お祖母はんは“来るんやったらボーバトンの方やと思たんに”て言うてはったわ。女子校やし」

 Beauxbaton Academy Of Magic──ボーバトン魔法アカデミーはフランスにある魔法学校で、イギリスのホグワーツ魔法魔術学校、ドイツのダームストラング専門学校に並ぶ、ヨーロッパ三大魔法学校の一校だ。
『ボーバトン』はフランス語で“美しい杖”を意味し、また、紅梅が言った通り、女子校であるところが最も大きな特徴である。

「一般的には、日本の文化を象徴しとる存在やし、芸姑いうたら日本の伝統的な接待のプロやから、外国からの大事なお客さんを迎えるんには一石二鳥のうってつけ──いうことなんやけど」
「なるほどな。実際には、日本文化の体現者で、接待のプロで、魔女でもある。一石三鳥の存在ってわけだな」
「そゆことどす」
 景吾の指摘に、紅梅は頷いた。

 マグルの世界では、魔法族のことは殆ど知られていない。
 そして日本はマグルと魔法族の差がなく、曖昧だ。そんな日本で、“外国からの魔法族の重客”を迎える際は、必ず彼女たちが駆り出されるのだ。

「血筋とかは──、おへんえ。芸姑は元々“河原者”や」
「“かわらもん”って、なに?」
「……ふむ。現代ではあまりいい意味ではないし、意味も多岐にわたるのだが……」
 紫乃が首を傾げると、蓮二が解説を始めた。

「まずはひとつ、平安、室町時代から、あまり尊くは思われない職業の者──多くは屠殺や皮革加工に従事する者が、河原やその周辺に居住していた。屠殺や革加工には、流水を常に必要とするからだ」

 人間図書館、知の探求者、賢者の一族の名に恥じぬ説明に、皆聞き入っている。

「そして河原には、……浮浪者、放浪者、凶状持ちの逃亡者、狂人、病傷人、不具者、捨て子、孤児──つまりは世の中から外れ、社会から蔑まれ弾き出された者達も住んでいた。そのため、“河原者”というのは、こういう者たちを指す総称であり、蔑称だ。日本語には、「橋の下で拾ってきた子」という表現があるだろう? それはここから来たものだ」
 割に重い意味なのだぞ、と蓮二は言った。

「アーン? それになんで芸姑が含まれるんだ?」
「芸姑だけではない。軽業者、手品師、鳴物師、講釈師──芸人全般を指す」
 蓮二がそう返すと、怪訝な顔をしていた景吾が、もっと怪訝な顔になった。蓮二は静かに微笑むと、続ける。

「……そういう者達が河原に住んだのは、河原が“番外”だからだ」
「番外?」
「そう。いつ川が氾濫して水に流されるかわからず、不安定な、まともではない土地。そのため河原には住所が割り振られておらず、非公式の処刑場として使われることもあった。だからこそ、先ほど言ったような者達が住み着いてもいたのだがな」
「アー……、なるほどな」
「いや、なにがなるほどなの? 全然わかんないんだけど」
 清純が、首を傾げる。
 しかし納得しているのは景吾だけで、ほかは皆、清純と同じような様子である。

「住所が割り振られてねえってことは、誰の土地でもない。どこにも属してねえ。つまり税がかけられねえ、場所代を取られねえってことだ。芸人が興行するにはうってつけだろうが」
「……なんであれでそこまでわかんの?」
 王様だから? と、清純は呆れ半分だ。

「そう、跡部の言うとおりだ。かつて、京の鴨川にはいくつもの見世物小屋が設けられ、能や浄瑠璃や歌舞伎は、ここから生まれた。そして河原者たちの興行があまりに人気が出たので、彼らはちゃんとした住所のある土地に囲い込まれ、役者は男だけしか出来ないようになった。元々、歌舞伎の創始者は女性なのだがな」
「えっ、そうなの!?」
 紫乃が、驚いた声を上げる。男だけでやる舞台というのが常識の歌舞伎の創始者が女性というのはなかなか驚きの情報で、紫乃だけでなく、皆驚いているようだった。そうでないのは、紅梅と、そして彼女から聞いて知っていた弦一郎だけだ。
「そう。出雲阿国という人だったと言われている。──そして女性は役者ではなく、舞妓や芸姑になって残った。そしていま、四条河原に南座が建っているのは、ここが歌舞伎の発祥の地だからだ」
 蓮二が続けた解説に、ホー、と、皆が感心顔で頷く。

「おが先ほど言った“河原者”というのは、このあたりの意味合いになる。──誰のものでもない、どこにも属さない者。数十年前以前の彼女たちの多くは、身売りで芸者になることが多かった。つまり家がない。親がない。どこにも属していない。そういうことだ」
「今でも、お屋形に入ったら、似たような感じにはなるえ」
 蓮二に任せていた解説を、紅梅が緩やかに引き戻した。

「お屋形に入って、おちょぼ──見習いになったら、お屋形に住みこんで、実家にはよう戻られへん。そんで、屋形の女将はんのことはお母はん、先輩のことはお姐はんて呼ぶん」
「擬似的な家族関係ってことか」
 景吾が言う。紅梅が頷いた。
「むつかしゅう言うたら、そうどすなあ。そやし、芸姑も舞妓も、結婚しとったらできんし、結婚するんやったら辞めなあかんのや。お嫁はんになって、旦那はんの家に入ってもうたら、もう河原者とおへんやろ?」

 なるほど、と、やっと全員が納得して頷いた。

「うちはそもそも屋形の子、家娘やし、両親もいてへんし。まあ、いまどき、なかなかの河原者どすえ」
 微笑みながら、紅梅はさらりと言った。
 内容はなかなか重いが、あまりにさらりと言うので、何のコメントも発せられない、そんな風な言い方だった。

「ほいでな。出雲阿国はんが起こしたお舞は男はんに取られて歌舞伎になってもうたよって、もう取られとうないんよ。そやから芸姑は、魔女になったんえ。どこにも属してへん、誰のもんでもない魔女。そうあり続けるための魔法を使て、魔女になったん」
「……どんな魔法なの?」
 紫乃が、おそるおそる、しかし同じ女だからか、興味の有りそうな風に言った。紅梅が、にっこりする。

「そやなぁ。……黙っとることと、綺麗なこと、やろか」
「へ?」

 清純と同じくらい、いやもしかしたらそれ以上に曖昧で正体のない表現に、全員が肩透かしを食らう。

「そやからうち、“呪文を使う”いうんが、えろぅ苦手でなあ。口ではっきり言うたらあかんてばっかり言われてきとおし」
「あー……、あれか? “ぶぶ漬けどうどす?”ちゅうやつか?」
 お隣さん、大阪府民の蔵ノ介が言うと、紅梅は「そうそ、それそれ」と、おっとりと言った。

 日本では割と有名な京文化だが、つまり、『ぶぶ漬け』とはお茶漬けのことで、お茶漬けをいかがですか、というのは、京都特有の隠語で、さっさと帰れ、と言われているのと同義である。
 最も極端なのがこの例だが、そうでなくても、京都人は笑いながらわかりにくい嫌味を言ったり、言っていることと求めていることが逆だったり、やたらに表現が遠回しであることが多いのは、日本人なら大抵知っている特徴である。

「……説明を代わろう」

 そう申し出たのは、太郎だった。
 全員が、彼の方をまた振り向く。

「おの言った通り、彼女たちは常に誰の者にもされないよう、どこにも属さぬように気を使い続けている。そのためには、黙っておくこと──つまり言質を取られぬことが重要だ。特に日本は、言葉に力があるからな」
 ──言霊。口に出した言葉には力が宿り、強制力が働くという、日本では根深い考え方である。
「だから彼女たちはとても聞き上手だが、自分からはほとんど何も話さない。話したとしても、遠回しだ。直接的な言葉を避けることで、品の良さを演出する意味ももちろんあるが」
「……なるほど。だから直接言葉を放って現象を起こす“呪文”のシステムに不慣れがあるわけですね」
 自身が今まで散々そのシステムに振り回されていただけに実感を込めて言った国光に、「そのとおりだ」と太郎は頷いた。

「座敷で、彼女らに対して身の上やら考えていることやらを、あけすけになんでもかんでも言ったり聞いたりするのはおすすめしない。“野暮”だからな」
「おおー……」
 清純は、非常に興味深そうに呻き、何度も頷いている。

「彼女らは、誰にも何も言わせないだけの力を持つ必要があった。それが彼女らの美しさであり、その美が作り上げた独自の文化。そして文化は魔法になった」

 ──魅力的であること。

 女性である彼女らの武器、魔法は、これに尽きる。
 魅力的であることで、皆に求められる。しかし誰かのものになってしまえば、その美しさはなくなってしまう。だから誰の者にもならないよう、囲ってしまわれないよう、皆が牽制し合い、時に援助する。
 そうして、「今後もご贔屓に」が成り立つのだ。

「彼女らの魔法は、はっきりした言葉や形を持たない。化粧、着物、立ち居振る舞い作法全般、身だしなみ、独特の言葉遣いと話術、そして舞」

 太郎が、紅梅に目線を遣った。紅梅は何も言わず、ただ微笑んでいる。

「はっきり言葉にするのは野暮だと言ったばかりだが、あえてそうするなら、彼女たちの魔法は、“魅了”の魔法だ。多くを魅了し味方につけ、“贔屓にしてもらう”ことで、誰のものにもならない。美しさを保ち、見事な芸を披露することで、代価を貰う。おの髪の件も、その力の一端が起こしたといえるな」
「まあ……、うちみたいにまだ中途半端やと、あないして“食われて”まうよって、そやからおちょぼと舞妓のうちは完全に屋形の子やし、勝手なことすなて言われるんよ」
 紅梅が、苦笑して言った。

「お祖母はんぐらいになると、逆に食うてまう勢いなんどすけど」
「まあ……、そうだな、あの方はな……」
 今度は、太郎が苦笑する。
「毒を持って毒を制すというのは、あの方のためにある言葉だな」
「まー。お祖母はんに言いつけますえ」
「よしてくれ。食われてしまう」
 ころころ笑う紅梅に、太郎は肩を竦めた。

「つまり、彼女たちが魅力的であればあるほど、芸姑としても、魔女としても、格が高いというわけだ」
「んー。“美魔女”ってやつ?」
 最近テレビでもよく聞くよね、と、清純が言う。
「そんな言葉があるのか? なるほど、それはなかなかぴったりだな」
 太郎が、感心したように頷いた。

「……そしておは、“どこにも属さない”女性たちが住む置屋で生まれ、物心付く前から、その真髄を躾けられて育っている。しかも師匠は、芸姑の頂点といっても過言ではない紅椿殿だ。京の魔女としては、これ以上ないほどのエリートと言ってもいいだろう」
「ええ……。エリートて。ただの丁稚やのに……」
「いやいやいやいやいや」

 以前と同じことを言って困った顔をする紅梅に、皆はつい一斉に首を振って突っ込みを入れる。
 そのさまを眺めて苦笑しつつ、太郎は続けた。

「技術の習得率も、かなりのものだ。楽器は太鼓、小鼓、大鼓といった鳴物、三味線は清元、常磐津、地唄、端唄、長唄、小唄。笛もやるな。琴や琵琶や胡弓もある」
「楽器だけで、そんなに……?」
 国光が、唖然とした様子で言う。
「そう、そして教養として茶道、華道、書道に日本画、独特の立ち居振る舞い全般、着物の知識、化粧のしかた、日本の古いしきたりや作法についても網羅しなければならない」
 ──この時点で、少なくとも、ホグワーツの必修科目よりはるかに多い。呑気に紅茶をすすっている紅梅本人以外、ぽかんとした顔をしていた。

「また京都の街については誰よりも詳しくなくては面目が立たんので、最低限、京都市内ならどこの観光案内でもできるレベルの知識が必要だ。最近は外国人観光客が多いので、英語を学ぶ者も多いな」
「そやし、たろセンセと知り合うたんよ」
 元々英語のセンセやの、と、紅梅が微笑んだ。

「そして、彼女らの“魔法”のメインである、日舞。能舞もやる。必修科目はこのくらいだが、個人的に修得するならば、和歌や俳句や連歌、川柳や百人一首。聞香、囲碁、将棋……」
「うちはそこまでまだやっとおへんなァ。将棋をちょこっとぐらいやろか。一応普通に学校もあるし、必修科目だけで精一杯でな」
「そらそうやろ! ちゅーか、学校行っててこんだけ習い事できとるんが意味わからんわ!」
 蔵ノ介が、力いっぱい突っ込む。
 紫乃がこくこくと頷いているが、リアクションとしては、皆似たようなものだった。