嵐の懇親会3
「そっかー。魔法草や魔法薬学に関しては、俺、色々聞きたいこと出てくると思うから、よろしく言っとくね」
「ほう?」
クッキーをかじりながら言った清純に、数名、興味深そうな顔を向けた。
「なにか作りたいものがあるのか?」と聞いた蓮二に、清純は頷く。
「フェリックス・フェリシスっていうんだけど」
「──“幸運の液体”か」
「なんか、えろぅキヨはんっぽい名前のお薬やけど、どういうもん?」
ほんわか微笑みながら、紅梅が首を傾げる。
清純は日本にいる頃から『ラッキー千石』というあだ名で呼ばれるほど、運が強い。テニスにおいてもその力は発揮されていて、劇的とまでは行かないが、要所要所でちょっとした幸運が舞い込むのだ。
しかも、清純は小手先よりも土台の基本をかなり重視するタイプのため、その幸運が訪れた時の爆発力は凄まじい物がある上、何しろ運なので予測がつかない。
そして何よりも、本人がハッフルパフにふさわしい努力家で、基礎を怠らないからこそ、まさに『運も実力の内』という言葉がふさわしい評価を博している。
「Felix Felicis──、別名“幸運の液体”。その名の通り、飲むと確実に幸運が訪れるという経口薬だ」
「さっすが柳君、詳しいね」
「どうも。……しかしこの薬、最も調合が難しい薬のひとつだ。なぜなら他のどの薬とも違い、高度な占いの技術が必要とされる」
「……お薬を作るのに、占いの力がいるの?」
きょとん、と、紫乃が首を傾げた。
「そうだ。何しろ、調合法が決まっていない。占いでその調合方法を探すんだ」
「おもしろい薬でしょ?」
清純が、からからと笑って言った。
「あのね、うちは曾祖父さんが魔法使いだったっていうのはまあわかってたんだけど、この間、この曾祖父さんが、フェリックス・フェリシスをつくる名手だったってことがわかってね?」
「ほう。興味深いな」
新しい知識の香りに惹かれ、蓮二が身を乗り出す。清純は続けた。
「何しろ確実に幸運を呼ぶ薬だから、みんな欲しがるわけよ。えらーい人も、わるーい人もね。それに疲れて、日本にやってきたんだって」
「──なるほど」
納得したのは蓮二だけでなく、皆頷いていた。
「曾祖父さんは俺が生まれる前に亡くなったから会ったことないけど、キヨは曾お祖父ちゃんそっくりねーってよく言われててさあ。で、なんかラッキーが起こる度に、曾お祖父ちゃんの力かしらーなんて言うもんだから、なんか親近感湧いてて。そのつながりで占いに興味を持ち始めて、星占いからタロット占い、こっくりさん、子供のおまじないまで、なんでも」
だから占いしてほしかったらいつでもどうぞ、と清純は笑った。
「で、ホグワーツから入学許可証が届いた時に、家族総出で、曾祖父さんのこと、色々調べたんだ」
そしたら、と、清純は小さくウィンクする。
「作り方は残されてないけど、日記が残ってた」
日記の内容には、日本に来てからの日々が綴られていたという。
「日本の女の子がメッチャかわいいから、日本に来て正解だったとか書いてあって、余計親近感が湧いたね」
「お前の一族は、皆そういう感じなのか?」
「あははー! そうかも!」
呆れた顔で言った弦一郎に、清純は、底抜けに明るく返した。
「そんでまー、親近感が増せば増すほどね、なーんかリスペクトしたいなーと思って。幸い、作り方はまあわかるし」
「……わかるのか?」
「わかるよ?」
蓮二が開眼までして言ったそれに、清純は、あっさりと返した。
「どうやってー、っていうのは、ないんだよね。何しろ占いでつくるものだし。でもまあ、わかるんだよ。説明できないけど。で、わかるんだから作ってみようかなーと」
「ちょぉ待って? えー、意味わからんのやけど……。え、つまり、フェリックス・フェリシスを作るための占いの方法が日記読んだらわかった、って事なん? 暗号とか?」
どうにもぼんやり抽象的な話に、蔵ノ介が疑問符を浮かべて問う。しかし清純は、ううん、と首を振った。
「いや? ていうか、占いに方法もなにもないよ。占いだもん。暗号とかもないない、ただの日記」
「あー……、スマン、ますますわからん」
「占いだからねー。当たるも八卦、当たらぬも八卦」
「……占い学は魔法界において最も古い学問のひとつだが、未だに最も不確定な分野でもある」
蓮二が言った。
「何しろ、正解がない。説明が出来ない。人によって違う。しかし確実に効果がある。だから皆が頼るのをやめられず、だがいつまでたっても解明できない。非常に直感的で、センスがものをいう分野だ」
「占いは統計学の一種、とも言われるが──」
貞治が言った。数字で何もかもを捉えようとする彼だけに、そこから薀蓄が始まるのかと思いきや、彼の眉尻は下がっていて、口元には苦笑が浮かんでいる。
「──調べれば調べるほど、統計を取れば取るほど、そうではないのだということがわかる。占いは占いでしかないんだ。理屈じゃない──、俺みたいなのにとっては、ちょっと鬼門だな」
そう言って、貞治は、お手上げ、というふうに肩を竦めた。
「そうそう、そういうこと。上手くできたらみんなにもあげるから、よろしくね」
清純が軽く言うので、皆少し戸惑う。
しかし女の子だから占いに多少親しみがあるのか、紅梅と紫乃が、「楽しみやねえ」「うん!」と軽く答えているので、ああ、そういう感じでいいのか、と少年らは、戸惑いつつも肩の力を抜いた。
“占い”は、眉唾だ、統計学だ、いやいやもっと別の──、と常に言われ続けながらも、現代においても多くの人が頼り、時の権力者ですら、お抱えの占い師がいることも珍しくない。
だがそれに頼りすぎていてはならず、もしそうすればダメになってしまうものなのだ。基礎を怠らず、努力を忘れず、その上で、ちょっとした方向性を示し、きらりと光る幸運を手に入れるための技、それが占い、おまじないである。
そして清純は、その真髄を、理屈でなく、直感で、しかし完全に理解している稀有な人物なのだった。
「俺としては、幸村君の力に興味あるんだけど」
「ん? 俺?」
精市が、微笑んで小首を傾げる。そのまま額縁に入れて絵画にしても良さそうな優雅さである。
「うん。なんか、ものすごく凄そうだけど、何がどうすごいのかすごすぎて全然予想つかない感じが」
清純が言ったのは言葉としては少しおかしかったが、その場の誰もが深く納得した言葉でもあった。
「あはは、何それ。……うちは割と単純なものだよ。まあちょっと、神様しか出来ないようなことが出来るだけで」
──どういうことなの。
と、皆の心が再び一つになった。しかし精市はにこやかに微笑んだまま、続ける。
「精霊とか、ちょっとした下級神とかにコンタクトが取れて、ある程度言うことを聞かせることが出来るっていうのが、うちの力だね。あとそれに付随して魔力が強かったりとか、マグルの血が混ざってもあんまり影響ないとかもあるけど」
「へ、へぇー……。どういうルーツなん?」
若干、おそるおそる、といった感じの様子で、蔵ノ介が尋ねる。
「え? 神」
「え?」
「いや、だから、祖先、神様。名前は言えないけど」
なんかそういう契約で下界に降りたとかでさー、と、精市は、まるで親戚のおじさんの所業を語るかのように軽く言った。
「だから俺、ほんとに“神の子”なんだよね。あはは」
明るく笑う精市に、全員、乾いた笑いを返すしか出来ない。
「神の血を引く一族か。噂というか箔付けかと思ったら、マジでそうだったとはな」
景吾が、呆れ顔にも見える半目になって言った。
「……こいつと接していると、つくづくそれを実感するぞ」
ぼそりとそう言った弦一郎は、何かを諦めたような、悟りきったような顔をしていた。
「『ポセイドン・アドベンチャー』という映画を知っているか? 前に兄と見たんだが」
「昔のハリウッド映画だろ」
「そうだ。その映画で、こういう台詞がある」
──主よ、助けてくれとは申しません。私の邪魔をしないで下さい。
「俺はこれを聞いた時、心の底から共感した。こいつと接していると、何をどうしてくれとは言わんから、頼むからいらんことだけはするなと──」
「ほんとお前は失礼だよね」
少し眉をひそめた笑みで、精市は言い返した。だが弦一郎も、似たような表情である。
「お前の日頃の行いを顧みてから言え」
「フフ……、相変わらずいい度胸だな真田……」
「ちょちょちょちょちょ、タンマタンマ。喧嘩はなしやで?」
冷や汗を流しながら、蔵ノ介が割って入る。すると、精市がきょとんとした。
「喧嘩なんかしてないよ。これが通常運行だから」
「心臓に悪いわ!」
蔵ノ介の叫びには、他の全員同意だった。
本人たちにとっては何でもない言い合いなのかもしれないが、周りにしてみれば、いつ流血沙汰の怪獣大決戦が始まるかと気が気ではない。
「……ていうか、真田。その言葉は、俺に対してっていうより、お前んち全体に言えることだろ」
「えっと……、どういうこと?」
清純が首を傾げる。すると、精市は呆れ顔で肩を竦めた。
「なんでそうなってるのかは知らないけど、真田の家は、聖からも魔からも影響を受けない。霊感がないわけじゃないけど、全く引きずられないんだ。真田だけじゃなくて、家族の人もだいたいそんな感じだよ」
「ああ……、お前は気付いていたのか」
「まあね。原因わかってるの?」
「うむ、ちょうど先日な」
今しがた不穏な空気を漂わせていたかと思えば、すぐさまこうして何でもないように会話する。本当に、仲がいいのか悪いのかよくわからないな、と、全員が感じた。
「……ホグワーツから入学許可証が来た時、つい最近亡くなった祖母が魔女であったことを知って、その血が俺に出たのだろう──と思っていたのだが、兄が調べていた結果が、ちょうど昨日手紙で届いてな」
弦一郎は、しっかりした口調で話しだした。
「うちの血筋は、武家の家系だ。家系図も残っている。古くは奉行所に務め、同心、与力の役目を預かっていた。今でも警察関係者を輩出することが多く、祖父も元警官だ」
「真田もか。……だから杖が十手なのか」
魔法族の家の話をただ聞くばかりでずっと黙っていた国光が、納得したように言った。国光の祖父も、元警官である。
「ああ、うちは剣術道場だが、その頃の名残で、捕縛術なども伝えている。──しかし武家になる前はどこかからの流れ者で、とある手柄で当時の地主か殿様に取り立てられ、武家になったそうだ」
「ほう。その手柄とは?」
蓮二が、興味深そうな顔で言う。すると、弦一郎は、少し気まずそうな顔で言った。
「……妖怪を殴って捕まえた、らしい」
ぶは、と噴出したのは、一人だけではなかった。
だがそれもそうだろう、それはつい先日、ピーブズをタコ殴りにした弦一郎と、全く同じ所業であるからだ。
「言い伝えなので定かではないが、悪さを繰り返す幽霊だか妖怪だかに、皆苦しめられていた。しかし人ならざるものなので皆どうすることも出来ず、辺鄙な田舎に陰陽師などを呼ぶことも出来ずに困っていたところに、我が家の祖先とされる流れ者がやって来た」
「……なんか、日本むかし話みたいなんだけど……」
ぷぷぷ、と、清純が笑いながら言うが、時代的にも、全くそのとおりであろう、と弦一郎は返した。実際、言い伝えられているだけで、証拠はない。
「祖先は妖怪を追いかけまわして捕まえて簀巻きにし、殴って説教した」
「なあ、それ真田君の話とちゃうん?」
「祖先の話だ」
笑いをこらえている蔵ノ介に、弦一郎は真顔で言った。その真顔がまたおかしかったらしく、蔵ノ介がブハァと噴出する。
「その甲斐あって改心した妖怪は、その土地の神となった」
小さいが、今も近くの神社にその祠があるらしい。
「そして元妖怪の神は、武家になった真田家をもっと盛り立ててやろうとしたのだが、祖先は断った」
「なんで?」
紅梅が、小首を傾げて尋ねた。
「うむ。何でも、神の力で得た栄光に頼っていてはだめになるから、らしい。実際、武家に取り立てられたのは、自分の力によるものであるしな」
弦一郎は、重々しく言った。その表情は少し誇らしげである。
「そこで、真田家の人間は一切神頼みが効かない代わりに、あらゆる呪いも受け付けないという約束がされた。そのおかげで、我が真田家は、自身の努力がそのまま誰にも邪魔されず、確実に実を結ぶ環境を手に入れた」
「アーン? 本当に、さっきの映画の台詞まんまじゃねーか」
景吾が言った。うむ、まあそうだな、と弦一郎が頷く。
「……つまり、“レベルを上げて物理で殴る”を地で行く家系なわけだ?」
清純の発言はゲームをしない者にはさっぱりわからなかったが、蔵ノ介は噴出し、精市は「まさにそれだよね」と真顔で頷いている。
そしてゲームには全く疎い弦一郎は、少し首を傾げてから、続けた。
「ともかく、……そのように勤勉に役目に励んだ結果、江戸時代には御家人として、神奈川奉行所預かりの与力を任されるようになり、明治の刀狩りの時期にお家芸である剣術の道場を開いて、家として生き残り、今に至る。……というのが、うちに伝わっている真田家の起源だ」
「なんや、えろぅ真田のおうちらしい話どすなあ」
ほんまにあったとしか思われへんわあ、と続けた紅梅に、誰もが同意した。
「そうか? ……まあ確かに、この話を聞いて俺も納得したがな。兄曰く、こういう家系であったところに魔女の祖母が嫁いできて、真田家の力が先祖返りしたのが俺なのではないか、ということだ」
「魔力は完全に遺伝だから、それは大いに有り得るな」
蓮二が、深く頷いて言う。
「俺もその話、多分本当だと思うよ。だってお前の家族の人も、みんなそんな感じだもん」
「……そうなのか?」
自覚が全くなかったらしい弦一郎に、精市は、呆れた顔で言った。
「うん。お前の家、精霊とか神様とか全くいないけど、妖怪とか幽霊も全然いないし。あんな不自然なくらいにニュートラルな空間、おまえんちぐらいだからね? あと、お前のお爺さんが、道にいた幽霊の背中バンバン叩いてなんか励ましてんの見たことある」
あれ幽霊だって全然気付いてなかったよね、と精市は言う。
「それは……、まあ」
「心当たりある?」
「……父は入婿だから、真田の血筋ではない。元々は霊感の強い人だったそうだが、婿入りしてから全く幽霊を見なくなったそうだ」
「へー」
「あと母は自衛官なのだが……、……合宿所に出る幽霊を張り飛ばした挙句に山のように訓練を課して、泣かせたという噂が……」
「真田君とこのお母はん、めっちゃ怖いな!?」
蔵ノ介が戦いた。
弦一郎の母は、陸上自衛隊の教官である。鬼教官として有名であり、弦一郎も、母からは、躾というよりは訓練に近いものを受けて育ってきた。
なので、あまりの母の恐ろしさにそんな噂が立ったのだろうと当時は思っていたが、今となっては、普通に実話だったのではと思えてきていた。
「そやし、それやったら、うちにも心当たりあるわ」
「なに?」
聞いたことないぞ、と弦一郎が言えば、紅梅は「そやかていま気付いたえ」と返し、続けた。
「しーちゃんが言うたとおり、うちは“陰”の気? が強ぉて、そのせいで、ピーブズみたいなんに目ぇ付けられやすいて言うたやろ?」
「うむ」
「そやから、うち、一人でどっか行くとか、絶対禁止されとったん。小学校の遠足も、行先によっては行ったらあかんて言われてなあ」
小学校の遠足は、行き先が有名な神社であることも多い。その場合、紅梅は行くのを止められ、その度に寂しい思いをしたという。──今思えば、行かなくてよかった、とも思うのだが。
「そやけど、真田のおうちに行くときは、ひとりやろ? ええんかてお祖母はんに聞いたことあるんよ。ほしたら、“真田やったら平気やろ”て言わはったん。あん時は、おまわりはんや自衛官はんのおうちやし、とかの意味で受け止めとったけど、ほんまはそういう意味やったんかなあて」
「あー、それはあると思うよ」
精市が頷いた。
彼曰く、真田家は、雑霊一匹入る隙もないらしい。そのかわり、幸運を呼ぶ座敷童なども、完全にシャットアウトしているが。
「ほぉかァ。ほんで、こっちに来る時もおんなし事聞いたんやけどな、それにも、“真田のぼんと一緒におったら平気やろ”て」
「魔除けかよ」
まあ魔除け顔だなとは思ってたけど、と相変わらずの暴言を続けた精市を、弦一郎がぎっと睨み、その“魔除け顔”に、紫乃がひっと声を上げた。
「……まあ、“紅梅をよろしく”とは言われたが……。そういう意味だったのか? なら、先日の一件は、離れてしまった俺のせいか……」
「えっ、そんなわけあらへんやないの。気にせんとって」
腕を組んで難しい顔をした弦一郎に、紅梅は慌てて言った。
「しかし、俺が離れなければ、あの不埒者に絡まれることはなかっただろう」
「そんなん、わからんわ。そやし、ちゃんと助けてくれたやないの」
「うむ……」
弦一郎は深刻な顔をしていたが、やがてきりっと引き締めた表情の顔を上げた。
「……そうだな。過ぎたことはどうにもならんが、これからは、なるべく側にいるようにしよう。二度はない」
「へぇ、おおきに」
紅梅は、本当に嬉しそうに微笑んだ。
「……いいかげん、イチャついてオチつけんのやめてくれない?」
精市がうんざり顔で言ったが、その心境は、他の皆もだいたい同じだった。