部長・副部長4
 ややして、グリフィンドール、スリザリン組も部室に現れた。
 レイブンクロー、ハッフルパフ組は課題を片付け、紫乃紅梅は、お茶を淹れるために給湯スペースへ。

「では、まず候補を絞ろうか。先ほど話しあったところ、跡部、精市、白石の三人のうち誰かがいいのでは、ということだったが──」
「うーん、それなんだけど、やっぱり手塚でもいいと思うんだよね」
 引き続き司会をする蓮二の確認に、首をひねりながら、不二が言った。皆が、彼に注目する。
「部長としての責任感は、言わずもがな。跡部みたいな派手さは確かにないかもしれないけど、人がついてくるだけのものは十分持ってると思うよ」
「不二」
 また背中を押されるとは思っていなかった国光が、僅かに目を見開く。周助は微笑み、更に続けた。

「いろいろ考えたけど、テニス部をまとめるってことだけなら、本当にこの中の誰でもいいと思うんだよ。なんていうか、みんな、もしそれぞれ別の学校だったら、その学校ごとで部長か副部長を、でなくても絶対レギュラーやってる顔ぶれだし」
 その意見には、皆残らず同意だった。反対意見が出ないのを確認し、周助は続ける。
「だから話し合うべきなのは、跡部が言ったように、留学生として、日本からの代表、顔、看板として、誰がふさわしいか、っていうところだと思うんだよね。大げさな言い方になるけど、外交官とか、親善大使っぽい感じの資質ってことにもなるかな」
「……なるほど」
 蓮二が頷き、皆を見渡す。

「とういうことだが、どうだ? 俺はこの意見に賛成だ」

 異議なし、俺もだ、と、次々に声が上がる。
 全員が今の周助の意見に同意したため、話し合いは、「部長としてふさわしいのは誰か」ということから、「日本留学生の代表としてふさわしいのは誰か」ということになった。

「で、なんでまた手塚を推したかっていう話だけど」

 一区切りついたのを見計らって、周助が再び口を開く。

「手塚はマグル出身ではあるけど、マグルと魔法族の違いの自覚もないまま混在して暮らしてる日本の有り様を見てもらうということなら、むしろ有名な魔法族じゃないほうがいいのかもしれない、と思ってね」
「なるほど……、それも一理あるな」
 貞治が、大きく頷く。
 確かに、彼らの留学生としての役割には、イギリスの魔法使いと決定的に違う日本の魔法使いの有り様を知ってもらうことも、おおいに含まれている。
 そういうことなら、マグル出身でも関係ない、これだけの活躍を見せることが出来る、と身を持って見せつけることができる国光は、うってつけだ。

「しかしそれなら、弦一郎や千石でもいいのではないか?」
「む」
「え!? 俺!?」

 蓮二の発言に、弦一郎が片眉を上げ、ただ話し合いを見守るだけの姿勢で煎餅をかじっていた清純が、素っ頓狂な声を上げる。

「ああ。弦一郎は古い剣術道場の子息で、いかにも日本的な容姿と特技を持っている。規律に厳しく、どう見ても不祥事とは無縁の性質だ。自国の文化アピールがしやすく、なおかつ清廉潔白なイメージは、国際交流という行為ではかなりプラスなポイントだろう」
 すらすらと蓮二が言う。何でもない風に言っているが、内容は的確にポイントを押さえている。
「その点、千石は古風なイメージとは間逆だが、そのぶん現代の等身大の学生のイメージを伝えやすい。一見軽いが人当たりはいいし、親しみやすさ、コミュニケーション能力の高さという点では、この中で群を抜いているしな」
 どんなに優れた点があっても、まずは近づいて、見て、話を聞いてもらわねば始まらない。その点、すぐに誰とでもフランクに話ができる千石の親しみやすいオーラとコミュニケーション能力の高さはかなりの武器だ、と蓮二は言った。

「……柳君、プロデューサーかなんかになれるんじゃないの」

 やや呆然としながら、そして少し照れも交えつつ、清純は言った。蓮二は微笑むと、更に続ける。

「また、マグル出身か魔法族出身か、そして家柄による先入観については既に話題に上がったが、──寮についても、いくらか考慮した方がいいのでは?」

 静かに発されたその意見に、皆がはっとした。
 グリフィンドール、スリザリン、レイブンクロー、ハッフルパフ。それぞれの寮は年間を通して点数で競い合い、またグリフィンドールとスリザリンは、険悪といっていい対立関係にある。
 日本の学校にはまずない有り様だが、ここホグワーツにおいては、何より重大な事柄である。こちらに来てからそれを全員実感してはいたが、やはり慣れないことであるので、皆すっかり忘れていた。

「グリフィンドールとスリザリンの対立関係は、特に無視できない。両方共、やはりどこか過激な性質があるしな。そのあたり、特にハッフルパフは中立的なイメージが強いし、争い事を好まず穏やかだ。レイブンクローもそうだが、こちらは知識に貪欲な分、スポーツや、皆で騒ぐイベント事に若干消極的なところがある」
「……なるほど。誰が部長になるかで、支持層が変わってくることも考えなくてはならないということか」

 貞治はそう言って、興味深そうにノートになにか書き付けた。
 同じデータマンではあるが、完全に理系視点の貞治は、こういう心理分析においてはやはり蓮二に一歩及ばない。

「……確かに、その言い分もわかるぜ」

 真剣な顔で、景吾が言った。

「確かに俺はスリザリンで、“跡部”だ。俺が部長になったら、コートの観客席はまずスリザリン生で埋まるだろうよ。そして、今朝のマルフォイの野郎みてえな、虎の威を借る狐も出てくるだろう。スリザリンだからというだけで、俺様の膝元で好き勝手しようって馬鹿がな」
 だがな、と、景吾は、きらりと光るアイスブルーの目で、皆を見渡した。

「──俺が。この跡部景吾が、そんな様を許すと思うのか?」

 誰も、なにも言わなかった。
 一から十まで自信満々の言い分だが、それを実行出来るだけの力が、景吾にはある。そしてそれは、“跡部”の力ではなく、正真正銘、景吾個人の力、カリスマのなせる技だ。

「ハッ。寮なんざ関係ねえ、いくらもしねえうちに、四寮全員が俺についてくる」
「本当に言うことが大きいよねえ、跡部は。……でも、概ね俺も同じ意見だよ」

 にこりと微笑みながら、精市も頷いた。袖を通さず肩に羽織っただけのローブが、形の良いドレープを作って少し揺れる。

「俺が部長になったら、まずグリフィンドールが大騒ぎするだろうね。良くも悪くも盛り上がりやすい寮だ──ハリー・ポッターの事もあるし。でも」
 精市が、笑みを深くする。

「俺だって、治めてみせるよ。──四寮ともね」

 ふふふ、と、優雅な微笑み。
 とはいっても、その笑みで皆が感じたのは、間違っても温かいものではなかったが。

「そういう事なら、俺も言わせてもらうで」

 蔵ノ介が、挑戦的な、不敵な笑みを浮かべ、テーブルに肘をついて身を乗り出した。

「俺は跡部君みたいに華やかに皆を導くようなことはできんし、幸村くんみたいに、問答無用で従わせるようなカリスマもないわ。でも卑下しとる訳とちゃうで? 俺はこの二人みたいに、一人でなんもかんも収めることはできんけど、皆を仲良うさせることは出来る」
 そんでそれは、多分俺が一番得意や、と蔵ノ介はきっぱり言った。

「俺らは二年でおらんようなる。跡部君や幸村君の下で一丸となった子ォらが、二年後のあとも仲良うやってけるようなるんかっちゅーと、俺はちょっと疑問やで。俺やったら、もっと根本的なところから仲良ぅできる空気作りを目指すな」
 にっこり微笑みながら、蔵ノ介はゆったりと頷いた。
「そこんとこ、俺はノリの良さはピカイチのグリフィンドールやし。そこを足がかりに、みんなで楽しゅうやっていけるよう持っていけると思うわ。日本の、いや関西のノリが火を噴くでぇ」
「う〜ん、なるほどねえ」
 お茶を飲みながら、清純が言った。

「それなら、さっき柳くんに推してもらったのにあれだけど、俺はやっぱり向いてないかな」
「そうか?」
 蓮二が、首を傾げる。清純は苦笑して肩をすくめたが、そこに自分を卑下するような空気はなく、ただあっけらかんとしている。

「うん。俺は個人単位で、しかも俺自身が誰かと仲良くなるのは得意だけど、誰かと誰かを仲良くさせるのは……、出来なくもないけど、白石君よりは上手じゃないと思うよ。それにイベントごとを盛り上げるのはできても、立案して引っ張っていくのはあんまり向いてない。柳君や乾君じゃないけど、俺もどっちかっていうとサポートで光るタイプ。あ、もちろんコートでは輝きまくるけどね?」

 ばちーん、と最後にウィンクをキメて、清純は言い切った。
 いつもの様に軽く言ってはいるが、内容は自分自身を正しく客観的に把握した、的確なものだ。
 皆薄々わかってはいたが、やはり清純が軽いだけの男ではないということがここで証明されたことになる。興味深かったのか、蓮二が薄く目を開けたので、清純が少しびくっと肩を揺らした。

「俺も、……一人では無理だろうな」

 ぼそりと、しかし落ち着いた、堂々とした声で、弦一郎が言った。

「一人では、とは?」
 薄く開眼したまま、しかし微笑んでいる蓮二が促すと、弦一郎は続けた。
「俺には、催事を興し引っ張るような華はない。規則を守り、守らせ、統率を取ることは出来るかもしれんがな。だが今求められているのは、そういうことではないのだろう?」
「確かにそうだ。だが、お前の容姿や性格、剣道という特技は、日本という国をアピールするのにとても向いていると思うが?」
 その点、景吾はイギリス育ちであり、精市も、特に日本らしい生活をしているというわけではない。蔵ノ介も、国光も、特筆するほど日本的な要素は持っていない。
 そのあたり、その経歴、生活様式。ただそこにいるだけで『日本人らしい』ということにおいては、弦一郎の右に出るものはいない、と蓮二は言った。
 そしてそれは純然たる事実であるので、誰からも反対意見は出ない。

「それは……、あるだろう。だから、相方次第だ」
「相方?」
「先程から部長の事ばかり論じているが、副部長も決めなければならんのだぞ」
 弦一郎の静かな指摘に、全員がはっとする。

「部長が代表、顔、看板であることは確かだが、副部長はそれを支え、サポートする役割だ。俺が部長になるとしたら、俺の足りない部分を補ってくれるような──、まあ要するに、俺と正反対のタイプが副部長になれば、上手くやっていけると思う」

 その意見に、感心する者、驚く者。
 ちなみに、国光などは感動に近いような同意を示して頷いているが、精市は、はっきり後者だった。明らかに目を見開き、呆気にとられている、とも表現できるような表情で、弦一郎を見ている。
 しかしそれも無理はない。精市が小学校一年生から今まで接してきた弦一郎は、常に強く我を通す態度が目立ち、なんでも自分一人の力で成し遂げることを美徳とする部分があったからだ。
 それに、仲間を持つにしても、弦一郎は自分と同じ価値観を持つタイプを好む傾向が、かなり強かったはずだ。
 そんな弦一郎が、よもやこんな意見を言うなどと、精市にとって、想像だにしないことだった。

「そうだな、……弦一郎、お前の言うとおりだ」

 そう言って、蓮二は切れ長の目を少し動かし、脇のソファのほうを見た。
 この議題にマネージャーは関係ないこともないが、少なくとも本人らが選ばれることはないので、紫乃紅梅は、円卓には座らず、お茶とお菓子を持って、ソファにちょこんと腰掛けて、話し合いを聞いている。

 蓮二の視線に気付いた紅梅が、微笑んで、小さく首を傾げた。
 その脇には、すぐにお茶のおかわりが出せるよう、茶器と湯の用意がしてある。弦一郎がこんなことを言えるのは、間違いなく彼女の存在があってこそだろうな、と蓮二は確信しつつ、また会議に視線を戻した。

「ふむ、その形態もありだな。今までは、まあ跡部の言う王様を決めることばかり考えていたが、真田の言うとおり、看板として見栄えのする部長。実務、裏方の副部長、という体制か」
 新撰組の近藤勇と土方歳三のようだなあ、と、貞治がウームと唸りながら、深く頷く。
「そういう事なら、副部長はやり甲斐がありそうだな。そう思わないか、教授」
「俺も今そう思っていたところだ、博士。才覚があると言われたことだしな」
「あのね柳君、俺はプロデューサーって言ったんであって、裏から牛耳る黒幕とかそういう意味で言ったんじゃないからね?」

 不穏な笑みを浮かべるデータマンらに、清純は一応突っ込む。

「んー、でも、確かにね。俺が部長をやるなら、副部長は蓮二がいいな。蓮二のデータは信用できるし、サポート要員としては理想的だしね」
 精市は、にっこり笑った。
「どう、蓮二。俺を支える気はない?」
「ふむ」
「おいおい、勝手に話進めてんじゃねーぞ」
 ずいと身を乗り出して、景吾が言った。
「大体、支え甲斐のあるリーダーっつったら断然俺様だろうが。いい夢見させてやるぜ?」
「ほんまブレへんなー。せやけど、跡部君が王様なると、テニス部でも日本代表でもなく、跡部王国って感じになってまいそうやん?」

 蔵ノ介が、苦笑して肩をすくめる。

「アーン? それの何が悪いんだよ」
「悪いに決まっておろうが。ここに何をしに来たのだ、お前は」
 弦一郎が眉を顰めた。まあまあ、と清純が諌め、それを皮切りに、皆が口々に意見を言い始めた。

「部長と副部長でセット、っていう考え方はいいね。手塚、僕が副部長やるから部長やらない? 乾でもいいと思うけど」
「不二、提案はありがたいが……」
「だから勝手に話進めんなっつってんだろ。まず部長を決めろ」
「ふうん? そういう跡部は、もし自分が部長になるなら、副部長は誰がいいとかあるの?」
 周助がことりと首を傾げて言うと、景吾は「ハッ」と笑い、椅子にふんぞり返った。
「愚問だな。誰であろうと関係ねえ、みんな黙って俺についてきな、アーン?」
「議論をしろよ、跡部。お前がそういうつもりなら、俺も五感奪って上に立つよ」



 時間がかかったからか、深夜にさしかかりかけているからか、白熱し、ややずれてきた話し合いを壁際のソファでずっと聞いている紅梅紫乃は、顔を見合わせ、声をひそめた。

「だ、だいじょうぶかな。喧嘩になったりしない?」
「へぇ、大事おへんやろ」
 蓮ちゃんや、キヨはん、白石はんもいてはるし、とおっとりと言って煎茶をすすった紅梅に、紫乃はひとまずホッと胸をなでおろした。

「でも、なかなか決まらないねえ……。もうそろそろ九時なのに……」
 紫乃は、部室の壁掛け時計を見て、困った顔をした。
「そやねえ。不二はんが言うてはったけど、ほんま、みんなそれぞれ別の学校やったら部長はんやっとるよぉなお人らやもん」
「うん、そうだね」
 紫乃は大いに同意し、こくりと頷いた。

「ドリームチームだよね。でも、だから難しいのかな……」
「へぇ。まさに、船頭多くして……、いう感じやねえ」
 紅梅が、僅かに苦笑する。
 そしてその通り、円卓の議論は更に白熱し、とうとう船が山に登ろうとしていた。
部長・副部長1/4//終