心に自慢なき時は人の善を知り
(二)
「……立海大附属中学校三年A組、真田弦一郎と申します」

 とても中学三年生とは思えない堂々とした低い声に、砂織は思わず「はい」と敬語で答えた。
 えらい大人っぽい子だ。──いや、大人っぽいとかいう言葉では片付けられない、はっきり言って、老けている。下手をしたら、守よりも年上に見えかねない。
 若干びくついている砂織を前に、腕を組んだ弦一郎は、礼儀正しく帽子を取って座っている。が、威圧感がありすぎて、なんだか睨まれているようで、砂織は思わずびくびくした。

 ──なんで私、中学生の男の子にこんなびびってるんだろう。

 ああ、他の子は中学生らしいっていうか割とフレンドリーで可愛かったのに、と、砂織は先程までの取材を思い出していた。
 例えば仁王雅治は実際の顔立ちよりも雰囲気がイケメンなタイプだが、だからこそ、バンドマンのような、少し崩れたような魅力があった。口元の黒子のせいか、中学生であるのに色っぽい印象もある。
 ダブルスパートナーだという柳生比呂士はいかにも真面目そうな風貌だったがレディーファースト精神があり、眼鏡の奥の眼差しは男らしく鋭めで、それでいて茶目っ気のある部分もあってポイントが高い。
 ブラジルハーフだというジャッカル桑原はスキンヘッドなのもあって砂織の好みからは若干外れていたが、純朴でいてワイルドな魅力の持ち主だった。髪型を変えればいいのに、と砂織は全力で思っている。
 そのダブルスパートナーの丸井ブン太は、今回砂織が最もイチオシの美少年である。赤い髪に、格好いいというよりは可愛い顔立ち。だが性格はいかにも男の子という感じで、フレンドリーで明るく、物怖じしない。ノリもよく、砂織の質問にも感じよく応えてくれた。
 唯一の二年生レギュラーだという切原赤也はまだまだ子供っぽいところが大きかったが、猫っぽい大きな目をしていて、こちらも可愛らしい顔つきをしていた。取材ということに凄まじくテンションが高く、そしてふとした時に、年上の、社会人の女と喋っているということに少し照れたりするという、母性本能を大いにくすぐるタイプである。今後に大いに期待、と砂織はメモした。

 そして手の空いたレギュラーから順に取材をし、次いでやってきたのが副部長であるという、この真田弦一郎であった。
 コートのどこにいても聞こえる声と、この中で最も立場が上であるがゆえの迫力。砂織は守から説明されるまで、彼を顧問かコーチだと思っていた。「ユニフォーム着てるじゃないか」と守から呆れた声を上げられたが、それよりもまず彼の迫力がありすぎて、目に入らなかったのである。

 弦一郎はまず「井上さん、ご無沙汰しております」と、砂織の会社のどの新入社員よりも礼儀正しい挨拶をした。
 筋金入りのテニス馬鹿であり、テニスの話題であればどんなマニアックな話にもついていける守は、ジュニア選手の誰もに一目置かれている。
 砂織がどんなにミーハーな質問をしても、まず「井上さんの紹介」という下地が大いに働いている上、彼が「いやあ、新規読者層獲得のために力を貸して欲しくてね」と言えば、皆やや驚いたり、はにかんだりしつつも、快く応じてくれた。
 しかしこの真田弦一郎ときたら、守が「こちら芝砂織、うちの新入社員で、これから取材の時は同行するから」と紹介した時、ぎろりと砂織を見下ろしたのである。少なくとも、砂織はそう感じた。

 顔立ち自体は整っている、と、ミーハーのプライドのようなものを総動員して、砂織は弦一郎を把握した。
 とはいえ、まずとても中学生には見えないし、おまけに表情が常に険しい。更には目測で百八十センチくらい身長があり、肌も日に焼けていて、肩や胸も厚く、いかにも腕力がありそうだ。その上、耳の前の髪をまっすぐに切りそろえている古臭い髪型は、とても今どきの若者とは思えない。

 だがしかし、人には好みというものがある。
 鋭い目元に、濃いめの、しっかりした眉。男らしく通った鼻梁と頬骨の高さが目立ち、頬には余計な、というか、年齢相応の柔らかい肉が一切ついていない。耳から顎にかけてのラインがしっかりしているので、とても硬質で、これでもかと男性的な印象がある。
 とても砂織の好みではないが、モノクロ写真を撮って、昭和の映画スターとか、往年の刑事ドラマに出ていた某などと言えば信じられるようなルックス。それは確かに、“男前”と表することができるものだ。
 同年の女の子やアイドル系が好きな女性の反応は悪いかもしれないが、年配のマダムたちにはものすごくいいものかもしれないし、いかにも強そうで男臭い容姿は、テニスファンの男性陣には受けがいいだろう。
 自分の好みの選手ばかり取り上げるのは楽しいが、それではいけない。バラエティ豊かなタイプ違いの魅力を取り揃えられてこそプロ、と、テニス記者であるはずの砂織は背筋を伸ばした。

「え〜っと、じゃあ次に、身長体重、血液型!」
「……百七十九センチ、六十六キロ、A型」

 なんだか不審げな顔をしつつも、弦一郎が答えた。とりあえず取材には応じてくれるらしい彼に、砂織は手帳にそれを書き留めた。
「誕生日と、星座は?」
「五月二十一日。……星座は、確か、牛」
「……えっと、その日付なら、牡牛座ね」
「はい」
 ──牛って。と思いつつも、砂織は情報を書き留める。ちなみに弦一郎は星座などというものに全く疎いが、ジュニア選抜の合宿中、占いが趣味である清純に占いをされた際、牡牛座であると教えてもらっていた。
「委員会はやってる?」
「風紀委員長をしております」
「出身小学校は──」
「神奈川第一小学校」
「な、長いお休みがあったら、どうやって過ごす?」
「……家の道場でひたすら剣の道を極めている。先日の春休みもそうだった。休みだからとダラダラと過ごすのは、性に合わんのでな」
 イライラし始めている、というのがよく分かる声色だった。敬語ですら、若干なくなりかけている。

「じゃあ、す、好きな食べ物!」
 どこか必死な様子で砂織が言うと、ぴくり、と弦一郎は眉を震わせた。怒鳴られるのであろうか、と、砂織がびくびくとする。
「………………肉」
「肉ね!」
 男の子だね! と砂織は茶化したが、まったくもって無意味だった。
 ずぅん、と重い雰囲気をさらに重くして纏わせる弦一郎に、これはいけない、と思った砂織は、後回しにしていた、そしてテニス雑誌の記者たるもの、本来真っ先に聞くべき質問を繰り出すことにした。

「愛用のラケットと、シューズのメーカー!」
「BABOLAT VSドライブ、YONEXパワークッション21」
 即答、かつはきはきとした答えである。雰囲気も、少し柔らかくなった気がした。
 やはりテニスバカにはテニスの質問だ、と、砂織はほぅとひっそり息をつきつつ、答えを手帳に書き留める。とはいっても砂織はテニスのメーカーなどまだよくわからないので、「ばぼらばーさすどらいぶ、よねっくすぱわーくっしょん21」というメモを取っているが。

「はい! じゃあ今度は座右の銘を!」
「……“断じて行えば鬼神も之を避く”」
「えっ、なに?」
 砂織がぽかんとすると、弦一郎は小さくため息をつき、後ろの戸棚から紙を取り出した。
「こう書きます」
「おおう……達筆……」
「書道をやっているので」
 弦一郎が紙にボールペンで書いた座右の銘は、砂織から見ても、かなり見事な字だった。思わず、毛筆で書かないのがもったいない、と思ったほどである。
「確か、書道コンクールで入賞したことがあるだろう?」
 守が、にこにこして言った。
「……よくご存知ですね。ええ、学校の授業で、担任教諭が出品してはどうかと仰ったので」
「教室とかには行っていないのかい?」
「以前は通っていましたが、今はあまり。時折習った先生とは会いますが」
「へえ」
 和やかな会話である。守とは話が弾むらしい弦一郎に、砂織はぐぬぬと唸ってから、しかし機嫌が良くなっている今がチャンスだと、二人の会話に割り込んだ。

「はい! じゃあ、好みの女の子のタイプは!?」

 ──びしり、と、空気が凍った。
 今までのどの瞬間よりも険しい目をした弦一郎が、ぎぎぎ、と音が出そうなほどの様子で、ゆっくり振り向いた。守が、あちゃあ、と小さく呟き、斜め上を気まずそうに見ている。
 しかし砂織としては、これこそこの取材のメインの質問のひとつである。彼らをテニスプレーヤーとして取材することは、守や、他のテニス馬鹿の先輩記者たちがいくらでもやってくれる。しかし彼らを等身大の男の子として紹介し、親しみやすさを出して新規読者に興味をもたせるのが自分の仕事である、と砂織は思っていた。

「そんなことを聞くとは──」

 地を這うような、低い声である。

「──たるんどる!」

 鼓膜が破れるどころか、頭が吹っ飛ぶかと思うほどの声だった。
 実際、この時の声は声が大きすぎてICレコーダーによく録音されておらず、ガサガサとしたノイズ音になっていたほどだ。
「先程から聞いておれば、あなた方はテニスの取材をしに来たのではないのか!? それをくだらない個人情報ばかりぐだぐだと、何を考えている!」
「い、いやいやこれはね、つまり君たちを等身大の男の子として取材することで、多くの人に興味を持ってもらおうっていうね!?」
 砂織は、必死になって説明した。今まで会社でどんなプレゼンをした時とてこんなに必死になったことはない、というぐらい必死に説明した。しかしそれが恐怖であれなんであれ、真田弦一郎には、こうして誰かを必死にさせる空気があった。

「……なるほど、あなたの言いたいことはわかりました。ですが──」
「わかってくれて良かった! じゃあ好きな色!」
「く、黒か、灰色」
 勢いに押されたのか思わず答えてしまってから、弦一郎は背筋を正した。
 しかし砂織もまた、ここでへこたれてなるものか、と、ずいと身を乗り出していた。なぜなら先程の反応からして、彼がクソのつく真面目で、見た目を裏切らない古風すぎる価値観の持ち主だからこそ怒鳴ってきたのも事実だろうが、その奥に何か、──何かありそうだ、と感じたからだ。
 砂織も、伊達に芸能部署志望だったわけではない。そういう勘において、砂織は我ながら自信があった。
「女の子の、どういう所にグッとくる感じ?」
「お、俺はそんなことに興味は無い! 今は全国制覇に向けて精進するのみ」
 相変わらず、非常に硬派な回答。しかしその目が若干泳いでいることを目ざとく見つけた砂織は、めげずにさらなる質問を投げかける。
「はい、じゃあスカート派? スボン派!?」
「ま、まだ話は終わっていな……」
「好きなコが出来たらどうする!? 告白する!?」
「なっ……」
 怯んだようなその反応に、砂織は更に畳み掛けた。

「行きたいデートスポットはどこ!?」
「デート?」
 弦一郎はその単語にややきょとんとしてから、再び目元を険しくした。

「デート、だと……、くだらん!」

 忌々しげ、そしてどこか焦ったような様子での返答に、砂織はますます何かを感じる。デートというものに、彼は何かあるのだろうか。

「過去に付き合った人数は!?」
「付き合っ……」
 みるみる、弦一郎の顔が赤くなった。それが照れによるものか怒りによるものかはわからないが、ひゅっ、と息を吸う音に、あっまた来るなこれ、と、砂織は察し、思わず手帳とペンを離して耳を塞いだ。守も同じように耳を塞ぎつつ、コイツ図太いなあ、と呆れと感心の篭った目をしている。

「──我々には、まだ早い!!」

 あまりにも大きな声は部室の外どころか一番遠いテニスコートの端にすら届き、ICレコーダーには、キーンとした音しか録音されていなかった。



「はっはっはっはっ」

 弦一郎が怒って部室を出て行ってしまってから、入れ違いにやってきた柳蓮二は、話を聞くなり、とても面白そうに笑った。
 弦一郎と同じくらいの長身だが、威圧感はなく、それどころか涼やかさを感じる印象である。仁王雅治も色白だったが、彼もまた、テニスプレーヤーとは思えないほど肌が白く、しかも、いかにも育ちの良さそうな上品さと清潔感がある。閉じたような目元は切れ長で、伏せているからこそ睫毛の長さがよく分かった。鼻筋は厳つくない程度にすっと通り、唇は薄め。かなり和風の顔立ちである。しかし、和風は和風でも、弦一郎が武家の武士なら、彼は公家の貴族のようだ。
 髪型はさらさらのストレートの髪を、おかっぱに近いスタイルで短めに切りそろえている。美形でないと似合わない髪型だ、と砂織は思った。
 また、弦一郎が刑事ドラマや時代劇に出てくる昭和の俳優であるなら、彼はモデルのような雰囲気がある。中性的な部分もあるのに、肩や背の広さには確かに男性美があり、ジャージなのでわかりづらいが、おそらく非常に脚が長い。

 これはいける、と、砂織は机の下でぐっと拳を握る。
 先程から上品な範囲で爆笑している彼だが、笑顔も素敵だ。今のうちに写真を撮ったら機嫌を損ねるだろうか、と砂織は本気で思った。

「いや、申し訳ない。しかし、弦一郎については代わりに俺が答えられることもあるでしょう」
「え、ホント? さっき真田君、途中で出て行っちゃったから、抜けが多くて困ってたのよね」
 本人に聞きに行ったらまた怒られそうだし、と、砂織はぶつくさ言いつつ、蓮二から、弦一郎の情報を貰って手帳に書きつけた。得意科目は歴史と体育。学業優秀であるらしく、苦手科目は特に無し。昼食は学食。好きな映画は時代劇全般、好きな音楽は和楽器系。苦手なものは、流行。──予想通りすぎる。
 ご両親の職業は自衛官だそうだが、このあたりはあまり詳細に書くのも何なので、“公務員”とぼかしたメモを取った。
 さらに、蓮二が“データ”と呼んで提供する情報は非常に詳細で、弦一郎本人から聞いた身長体重を、「百七十九センチ、六十六キロ? これは二ヶ月前のデータだな。現在はまあ……小数点以下四捨五入して、百八十センチ六十八キロ」と細かく訂正した。

「データマンですので」
「はあ。……それ、青春学園の乾君も言ってたわね」
「乾」
 閉じられていた蓮二の目がすっと開いたので、砂織はどきっとした。切れ長の目は薄い茶色をしていて、硝子のような透明感がある。
「青春学園の乾貞治、ですか?」
「あ、うん。知り合い?」
「ええ、まあ。……元気そうでしたか?」
「元気っていうか、なんか常に一人で勝手に楽しそうな子だったわね。怪しげな汁を飲まされそうになって、必死で断ったわ……」
「なるほど」
 その時にはいつの間にか蓮二は目を閉じていたが、薄っすらと笑みを浮かべていた。──どこか、楽しそうな笑みである。

「まあ、それはともかく。弦一郎のデータは、あと何が足りない?」
「えっと、よく訪れる学校スポット……テニスコート以外で」
「それなら、和室か。弦一郎は書が達者なのだが──」
「そうみたいね。コンクールで入賞したこともあるって」
 そう言って、砂織は弦一郎が書いた“座右の銘”を示した。
「ええ。ですが教室にはもう通っていないので、学校の和室で時々練習しているのです。ああ、ちなみに“断じて行えば鬼神も之を避く”というのは、『史記』李斯伝から、断固として行えば、鬼神もその勢いに気圧されて避けて行くという意味です。つまり決心して断行すれば、どんな困難なことも必ず成し遂げられるのだということ」
「ご丁寧にどうも……」
 中学生から漢文由来の解説を受け、砂織は渋々それをメモする。守もまた、苦笑しながらそれを見ていた。

「しかし、弦一郎の書は見事でしょう。俺も、弦一郎に書を習っていて」
「へえ〜、渋い趣味ねえ。あ、そうそう、趣味も聞きたいのよね」
「趣味ですか。それこそ書道と……、あとは筋トレ、将棋でしょうか」
「ほんっと渋いわね……。一番欲しい物とか、わかる?」
「先日、骨董品店で見かけた壺が非常に気に入ったようで、欲しいと言っていましたね」
 中学生のプロフィールじゃない、と思いながらも、砂織は手帳に「ツボ」と投げやり気味に書き付けていく。
 続いて、好きな本は歴史小説、あるいは浮世絵画集。前者はともかく後者は少し意外だ、と砂織はメモを取りながら呟いた。
「亡くなったお祖母様がお好きだったので、その影響でしょう」
「なるほど。テニス以外の特技は?」
「書道以外なら、剣道、居合が一番堂に入っているかと。段も持っていますし」
「あー、さっきも剣の道がどうこう言ってたわね。剣道やってるの?」
「弦一郎の実家の家業が、剣道道場なので」
 地元ではかなり有名な道場、というか、弦一郎の祖父は剣道をやっていれば誰もが知っているような有名な剣士なのだ、と、守が補足した。
 そしてその祖父、そして母が非常に厳しく、弦一郎の日課は座禅と、剣道の早朝稽古。なんと毎朝四時に起床しているらしく、砂織はもはや呆れ果ててペンを止めた。

「なんていうか……。ものっすごいストイックな生活送ってるのねえ」
「他人に厳しくもありますが、何より自分に厳しい奴なので」
「素晴らしいことだとは思うけど……。うーん、私生活のプロフィールで読者に親しみを持ってもらおうって狙いなのに、真田君の場合はむしろ敬遠されてしまうような気がするわね……」
 砂織は、困った顔で頭を掻いた。
「人間なんだから、厳しいだけじゃ気持ちが折れちゃうでしょ、誰でも。真田君、ちゃんと休んだり、気持ちを癒やしたりできてるのかしら。たぶん余計なお世話だと思うけど、なんか心配になってくるわ」
「ああ、その点なら心配いりません」
 どこか悪戯っぽい、しかし柔らかい表情で、蓮二が答えた。

「弦一郎は他人にも自分にも厳しいですし、家族ですら厳しい方ばかりですが、それはもう手放しで弦一郎を甘やかす人物が一人いるので」
「へえ〜。あ、もしかして、部長の幸村君? とか?」
「ブッ……、そんなことを言ったら、弦一郎にも精市にも殴られますよ」
 吹き出しつつ、蓮二は言った。
 意外に笑い上戸なのか、続けて笑っている蓮二を前に、砂織は、うーん、と唸った。

「もしかして……。女の子、とか?」
「……ほう。なぜそう思います」

 うっすら開眼し、面白そうに問う蓮二に、砂織はにやりと笑った。
 しかしその隣では、守がこれでもかと目を丸くしている。弦一郎が一年生だった頃から面識がある彼なので、弦一郎に所謂浮いた話が出てきたことに、非常に驚いているのだろう。

「いや、さっき好みのタイプとか聞いた時の反応が……。うーん、勘?」
「勘ですか。侮れませんね」
「でしょー。で? その話詳しく聞かせてもらえる?」
「そうですね。さすがにデリケートな話なので、記事にしないと約束して頂けるなら」
「しないしない! 思春期の繊細な恋バナ全国紙で取り上げるとか、私そこまで鬼畜じゃないわよ。完全なる個人的な出歯亀根性だから安心して!」
「いや、それはむしろ安心出来んのじゃないのか、芝……」
 守が呆れた声で言うが、砂織は聞いていなかった。

「そうですか。では、信じましょう」
「任せて!」
「……確かに、弦一郎には、想う人がいます。もちろん、女性です」
「おお……」
 内緒話だと言わんばかりの声色でとっておきの“データ”を公開したデータマンに、砂織だけでなく、守もまた、思わず興味津々で身を乗り出す。
「お互いあきらかに想い合っているのですが、告白はしていません。なので付き合っているのかどうかは微妙なところです。遠距離というのもあるので」
「遠距離かあ。それはつらいっていうか、甘酸っぱいというか」
「彼女はテニスをしませんが、弦一郎のことが掲載された『月刊プロテニス』はかかさず購入しています。実際に会える機会が非常に少ないので、慰めになるのでしょう」
 まさか自分たちが作っているスポーツ雑誌が若い男女の遠距離恋愛の架け橋になっているとは思わず、砂織はワクワクした顔をし、守はくすぐったそうな顔をした。

「ですので──」
「なるほど、わかったわ。このプロフィールが掲載される号を、彼女が絶対見るってことね」
 砂織は真剣な表情で頷き、弦一郎の情報を書きつけたページを開き、ずいと前に出した。
「さあ柳君、どこを直したらいいかしら」
「えーと……。どういうこと?」
 完全に置いてきぼりになっている守は、僅かに首を傾げて疑問符を飛ばしながら尋ねる。
「にっぶいですね先輩! 両思いだけど付き合ってないかもしれない多分、なんていう微妙な状態で、彼女が“好きなタイプ? たるんどる!”なんて相手が言ってるのを見たらどう思います!? 私のこと好きだと思ってたのに、興味なかったのね……とか思っちゃうかもしれないじゃないですか!」
「な、なるほど」
 すさまじい剣幕でまくし立てる砂織に、守はたじたじになりつつもこくこくと頷いた。蓮二もまた、深くゆっくりと頷いている。

「話が早くて助かります」
「任せて。で、どのあたりを直す? あんまり捏造するのはあれだけど」
「そうですね……。まずこの好きなタイプの答え、“そんなことを聞くとはたるんどる!”というところでしょうか」
「そうよね〜。実際はテニスの取材でミーハーなこと聞いたのに怒ったみたいだけど、これだけ見ると、恋愛事全否定みたいよね」
「ええ。ですので……、後ろに(ご満悦気味)などと付け足しておくというのはどうでしょう」
「ブハッ」
 砂織が噴いた。守も口を押さえているが、笑いをこらえて肩を震わせている。
「そうしておけば、彼女には“好きな女はいるがそうそう軽々しく答えんぞ!”というふうにもとれますし、何も知らない読者には、硬派な俺かっこいい! ドヤ顔、のような感じで親しみも湧くでしょう」
「た、確かに……」
「ああ……、しかし、これはいけないな。どうすべきか」
 蓮二が示したのは、女の子のどういう所にグッと来るか、という質問の答えだった。“そんなことに興味はない!”と、はっきりと明言してしまっているそれに、さすがの蓮二も唸る。
「あ、それなら大丈夫。その答えに合わせて、“というわけだから、こういう応援やアタックをしたらいいかもね!”みたいなコメントを私が軽くつける感じにするやつだから」
「ほう?」
「そうね、例えば、“今は彼を応援してあげて!”とか、“硬派な彼を陰ながらそっと支えてあげるのがベスト!”とか書いておくと、彼女も安心するだろうし、他の女の子が寄って来づらくなるんじゃないかしら」
「素晴らしい」
 蓮二は、大きく頷いた。

「柳君こそ、やるわね。将来ウチに就職しない?」
「考えておきます」
 さらりとそう返し、蓮二は他のメモに目を通していく。
「あとは概ね大丈夫でしょう。“デート? くだらん!”のところなどはむしろいい」
「あ、やっぱり? 遠距離だから?」
「その通りです。デートらしいデートをしたことがないのを、弦一郎はひそかに気に病んでいますので。あと、“我々にはまだ早い!”のところは、そのまま掲載ですか?」
「あ、ううん。円グラフにして、誰が言ったのかよくわかんないようにしようと思ってたんだけど」
「ああ、なら結構です。弦一郎の答えはそのまま掲載してください。絶対に弦一郎が言ったのがわかるので仲間内からは死ぬほどからかわれるでしょうが、弦一郎がなかなか告白しないことについて、彼女もいいかげん焦れているでしょう。これを見れば多少安心するはず」
「いい! とてもいいわ! 真田君がぐっと身近な存在になってきた!」
 ものすごい勢いで、砂織は手帳に色々なことをメモしていく。

「あとは……、付け足すとしたら、好きな食べ物の所に、“なめこの味噌汁”と」
「ほう……その心は」
「彼女が弦一郎に唯一作ったことのある料理です。本人から聞きました。実際、好物でもありますし」
 というより、弦一郎には嫌いな食べ物や、特別好きな食べ物が存在していない。“肉”という答えも、特に思いつかなかった感満載の答えである。
「素晴らしいわ柳君。ぜひ付け足しておくわね」
「ええ、まあ、嘘というわけではないですし」
「そうね。嘘じゃないならそれが真実でいいのよ」
「なんという邪悪な記者だ、芝……」
 若干眉をしかめ、しかしやや演技っぽく言った守に、砂織は「いいんです! 青春のためなら私はダークサイドに落ちます!」と、非常にいい笑顔でのたまった。



 こうして、主に蓮二のプロデュースにより、弦一郎の“嘘ではない”プロフィールが完成した。
 続いて手早く蓮二のプロフィールのインタビューもした砂織は、とてもイキイキして立海大附属中学を後にしたのだった。
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この話を読んでから無印40.5を読むと、なかなか楽しいかもしれません。
BY 餡子郎
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