心に誤りなき時は人を畏れず
(七)
 年が明けた。

 精市の症状はそれ以上良くも悪くもならず、症状そのものよりも、不眠症のほうが重症になりつつあった。
 寝られるときに寝る、といえば聞こえがいいが、毎度体が限界を迎えて気絶するように眠るため、弦一郎らも事前に連絡して眠っているかいないかを確認し、起きているとわかった時だけ、見舞いに行くようになっていた。
 そのため自然と見舞いの回数自体が少なくなったが、弦一郎と蓮二は動揺の欠片も見せず、ひたすら部長不在の部をまとめることに集中した。
 相変わらず精市の病状については伏せたままであったが、検査入院にしては長い不在に部員たちはおろか他校のテニス部も訝しみ始め、神の子・幸村精市の入院による不在は、知る人ぞ知る情報となりつつあった。






 そして、三月五日。
 弦一郎ら立海レギュラーと赤也は、揃って、金井総合病院にやってきていた。ブン太の手には、手作りのケーキがある。──バースデーケーキだ。
 本日は、幸村精市の誕生日であった。驚かしてやろうと、今日ばかりはアポイントメントも取らず、彼らは精市の元にやってきたのである。最近とみにそのデータの精度が増してきた蓮二によると「起きている確率80パーセント」であるらしいが、寝ていたとしても、起きるまで待つのはやぶさかではない、とは、全員一致での賛成可決であった。

「ゆっきむっらく〜ん……?」

 ケーキを持ったブン太が、そっと病室のドアを開けた。
「お、起きてる起きてる。良かった」
「あんまりうるさくすんなよ。幸村、久しぶり」
「ぶちょー! 誕生日おめでとうございまーす!」
 どやどやと皆が入室し、部屋の突き当り窓際のベッドで上半身を起こしている精市に近づく。最後に入室した弦一郎と蓮二が、ゆっくりとドアを閉めた。

「……え?」
 だが、どこかぼんやりした様子の精市は、呆けたような声を出して、誰の顔を見るでもない目線を向けただけだった。
 その様子と、そして明らかに痩せた身体に全員がやんわりと怯む。しかし先頭で入室したブン太が、その空気を振り切るようにして前に出た。

「幸村君、誕生日だろぃ。ケーキ作ってきたぜ」
 味は保証するぜぃ! とブン太が威勢よく差し出したケーキの箱を、精市はぼぅっとした顔で見た。
「……ああ……、誕生日。そうだったっけ……」
「なんだよ、自分の誕生日忘れてたのかよ」
「ああ……」
 精市は返事とも呻きともつかない声を出し、そのまま黙った。うぐ、とブン太が汗を流して固まる。
「──丸井先輩のケーキ、マジうめえっすよ! 俺こないだ食わして貰って!」
 広がりかけた沈黙を破った赤也に、グッジョブ、とブン太は裏手で親指を立てた。

「そう……、ありがとう」

 そう言って精市はわずかに微笑んだが、その笑みはやはり誰も見ていない。虚空を見つめてへらりと笑った精市に、さすがに全員が怪訝な顔をする。
「幸村君、具合が悪いのですか? 看護師さんを呼んだほうがいいでしょうか」
 気遣うように比呂士が柔らかく言ったが、精市は少し間を開けて、小さくふるふると首を振った。困った様子で、ジャッカルと比呂士が顔を見合わせる。
「あー、たんまりクラッカー持ってきたんじゃけど。ここで鳴らしたらさすがに空気読まなさすぎかのう」
 どこから取り出したやら、雅治が、まるでメガホンのような巨大なクラッカーを始め、色とりどりのクラッカーを指に挟んで見せた。
「仁王君、そもそも病室でそういった音の出るものは感心しませんよ」
「何じゃけちくさい。個室じゃし、ちょっとぐらいええじゃろ」
「いけません」
「……幸村」

 軽口を叩き合うダブルスを尻目に、弦一郎が、前に出た。
 最近すっかり部を仕切っている彼が前に出ると、自然、誰も発言しなくなる。シンと静かになった病室で、弦一郎はどっしりとした声で続けた。
「──最近は、起きていても居留守のように“寝ている”と言って、俺達を近付けないようにしていたな。どういうつもりだ」
 その発言に、えっ、と、赤也が声を上げた。その他の面々も、目を丸くしている。蓮二だけが、いつもどおりの様子でやりとりを見遣っていた。

「つらいのはわかるが──」
「わかる?」

 ぴくり、と反応した精市が、初めてまともな声を上げた。
 精市の声は、あまり低くない。声変わりはとっくに終わり、喉仏もそれなりに出ているはずなのだが、彼はあまり声が低くならなかった。早口で話すとやや高くなるその声は、電話などだと低めの女性とも間違えられるほどだ。
 しかし今精市が出した声は、まるで地底から響いてきたかのように低く、重く、暗かった。

「よりにもよって、お前が? お前が、俺のことが、わかるって?」

 精市が、顔を上げ、弦一郎を見た。
 下から睨めつけるその真っ暗な目と、歪んだ笑いが浮かんだ顔に、弦一郎が眉をひそめる。

「ふざけたこと言うなよ、真田。お前に俺の何がわかる」
「幸村」
「よりにもよってお前なんかに、俺の何がわかるっていうんだよ!」
 引きつった声はがさがさと荒れていて、ひっくり返っていた。

「……そうだな」
「ちょっと、真田副部長!」
 あっさりと、しかも落ち着き払ってそう返した弦一郎に、赤也が慌てた声を出す。しかし弦一郎は動じなかった。
「確かに、俺はカゼのひとつもまともに引いたことはない。お前の気持ちは想像しか出来ん」
 しかも弦一郎は、その想像も下手であるし、その自覚もあった。そのことを淡々と告げると、ハッ、と精市が吐き捨てるように笑う。

「そうだろうな。お前みたいに頑丈で鈍感な奴に、俺の気持ちなんかわからない。いつダメになるかわからない俺の気持ちなんか」
「……ダメになる?」
「そうだよ」
 精市は、目を見開いた震える笑みで、虚空に向かって言った。

「いつ手足が動かなくなるか、耳が聞こえなくなるか! 食事をしても味がわからないかもしれない、あとでみっともなく漏らすかもしれない、目を閉じたら、寝たらもう起きられないかもしれない。いつ寝たきりの肉の塊になるかもしれない俺の気持ちが、お前にわかるか!? わからないだろうが、糞ったれ!」

 シン、と、病室が静まり返った。

「──幸村」

 弦一郎の声は、低い。だがそれは殊更、地を這うように低い声だった。
 何だよ、と精市が顔を上げた時、既にその視界には、振りかぶった弦一郎の手が見えていた。

 ──バシイッ!!

 思いっきり精市の頬を張った弦一郎に、全員が呆然とする。
 しかし誰かが慌て始める前に、目元を険しくした弦一郎が言った。

「先程から聞いていれば、ぐだぐだと下らんことを」
「……くだらない?」
 くだらないだと、と言った精市の唇は、その声と同じく、ひどく震えていた。

 ──ガシャン!!

 ぎゃあ、と、ジャッカルが声を上げた。
 精市が投げた、ベッド脇の机に置いてあった水差しが、彼の立っていた所に近い壁にぶつかって粉々になったからである。

「くだらない、くだらないって言ったか、真田」
「言ったとも」
 幽鬼か般若のような顔つきでこちらを睨む精市を、弦一郎は、悠々と見下ろした。

「──この野郎ぅあああああああ!」

 奇声に近い絶叫を上げて精市が投げた雑誌を、弦一郎は正面から手で受け止め、床に払い落とした。精市はあるだけの雑誌を掴んでは投げ掴んでは投げとしたが、一冊たりとも弦一郎には当たらなかった。
「糞ったれェ!」
「部長それ危ねえって──!」
 赤也が静止するより先、精市は見るからに厚手の頑丈そうな、しかも中身が入っているクリスタルの花瓶を掴み、あらん限りの力で弦一郎に向かって投げた。
 花瓶は枯れかけた花と水をまき散らしながら飛び、弦一郎がそれを片手で受け止める。瞬間、彼の視界に残像が写った。

 ──ゴッ!

「ぐ……」
 弦一郎は顔を歪め、呻きを漏らした。
 なぜならベッドの上で立ち上がった精市が、その位置から、花瓶を受け止めるために仰け反った姿勢になった弦一郎の胸の中心を、踏み抜くようにして蹴ったからだ。
 しかも精市はそのまま弦一郎に跳びかかり、その勢いのついた体重を受け止めきれなかった弦一郎は、大きな音を立てて仰向けに倒れる。
 そして所謂マウントポジションを取った精市は、思い切り拳を振り上げると、弦一郎の耳辺りを、力の限りぶん殴った。ごつん! と、石がぶつかったような、とても人の体からしたとは思えない、鈍い音が響く。
「うわ……!」
 見るからに痛そうなそれに、誰からか悲鳴に近い声が上がる。
 しかし弦一郎は殴られた瞬間ですら精市から目を逸らしてはおらず、精市が二発目を振りかぶった瞬間には、既に手を上げていた。

 ──バン!!

 最初の一発と同じく、平手。
 だが顔の中心にぶちかまされたそれは精市を衝撃で仰け反らせ、おまけに弦一郎は精市の髪をすぐさま逆の手で鷲掴むと、自分の上から引きずり下ろした。ぶちぶちぶち、と誰にも聞こえるような音を立てて、精市の緩くウェーブした髪が、少なくない量抜け千切れて宙に舞う。
 弦一郎が髪を離すと、床を滑って転がった精市の身体が、壁にどんとぶつかる。滑った床には、散った血が擦れて伸びた痕が付いていた。顔を上げた精市の鼻の下が血まみれなので、先ほどの顔面平手で鼻血が出たらしい。

 この時点で、総員、ドン引きである。
 まず不治の病にも近い病を患っている病人の頬を張った弦一郎にドン引きであるが、躊躇いなく凶器攻撃をかましたばかりか、流れるようにマウントポジションを取って頭の急所をぶん殴った精市も、十分ドン引きの対象である。この中では喧嘩慣れしているはずの赤也ですら、まさに形振り構わぬアウトレイジともいうべき、怒り狂った獣のような二人の喧嘩に引いている。

 なんだかんだで育ちのいい私立通いの坊っちゃん連中がそうして恐れ慄いている中、同じく坊っちゃんであるはずなのに、獣の喧嘩、ひいては怪獣同士の戦争の如き弦一郎と精市のやり合いは続いた。

 髪を掴まれて引きずられ、鼻血が出たことで更に怒りが増したらしい精市は、血まみれの、般若が裸足で逃げ出すような形相で床に転がっていたクリスタルの花瓶を再び掴み、弦一郎に殴りかかった。
「死ね!」
 明確な殺意の篭った一言とともに繰り出された再度の凶器攻撃に、ぎゃあ、と、弦一郎ではない誰かから声が上がる。
 そもそも、片手で持ち上げるのもどうかという重さの花瓶である。さすがの弦一郎もそれで直接殴りかかられては受け止めきれないと思ったのか、避けることに徹していた。脳天にあれが当たったら、いかに頑丈で鈍感な弦一郎でも、少なくとも重症は免れない。というか、普通は死ぬ。

 だがその花瓶を避けることに徹していた弦一郎が、障害物の多い狭い病室でわずかに体勢を崩したその時、精市は体を逆に捻り、逆の手── 実際には利き腕の右肘を、思い切り引き、──そして繰り出した。

 どぶ、と、篭った音がした。カンフー映画のキック音みたいな音だった、とは、後々雅治が青い顔で語ることである。
 そしてその音は、精市が全体重と花瓶の重さを乗せて繰り出したひねりの効いた肘が、弦一郎のみぞおちに思い切り入った音であった。

「ぐぇ……」
 開いた弦一郎の口の奥から、ぎゅる、ごぼ、と嫌な音がした。
「ヴぇっ、ぐ、が、」
 びちゃびちゃびちゃびちゃ、と、弦一郎が嘔吐した吐瀉物がリノリウムの床に落ちる。酸っぱい臭いが部屋中に広がり、他の全員はすっかり竦み上がって部屋の角に避難し、押しくら饅頭でもしているかのように固まっていた。

「……この」
 吐瀉物が喉に引っかかって濁った声で唸りながら、ぎら、と、弦一郎の黄色がかった目が光った。その目はまるで猛獣そのものである。

 ──パァン!!

 平手は平手でも、今度は裏手で、弦一郎が精市の唯一無事だった左頬を張った。裏手での平打ちは普通の平打ちよりも威力が高く、非力な女性でも十分武器になるため、武道においては禁じ手にしている流派もあるほどの技だ。
 しかも弦一郎の手には、口を押さえた時についた吐瀉物がくっついていた。地獄絵図である。

「──死ね!」

 難病にかかった幼馴染にゲロ付きの裏張り手をかました挙句の、この台詞。
 しかし、精市も負けてはいない。裏張り手をまともに食らってたたらを踏みはしたが、思い切り踏ん張り、ぎらりと弦一郎を睨み返す。

「うるさい! お前が死ねよ!」
「黙れ馬鹿」
「ハァー!? 馬鹿って言ったほうが馬鹿なんですけど!?」
「ではお前も馬鹿だろうが馬鹿死ね!」
「お前が死ね! 口開くな臭い! ゲロ臭い! 馬鹿! 死ね!」

 そうして片やゲロまみれ、片や鼻血まみれの面相でしばらく馬鹿死ねと小学生のように言い合う二人を、皆呆然として見遣っていた。

「黙れ、死ね負け犬!」
「負け犬!? 誰が負け犬だよ! まだ殴られたいかクソ真田!」
「負け犬だろうが! 戦う前から下らんことをぐだぐだと!」
 べっ、と喉に残った吐瀉物を吐き捨ててから、弦一郎は一際大きな声で怒鳴った。

「何が“ダメになる”だ! それほど動けていてふざけたことを抜かすな!」

 精市の目が見開かれ、次いで、僅かに表情が歪んだ。

「動けるうちから尻尾を巻いて蹲ってどうする! 血反吐を吐いて戦ってから物を言え、この馬鹿が! 治らん病気でもないくせに!」
 その大音量に、びりびりびり、と、皆の鼓膜が、肌が、震える。

「──俺は、勝つぞ」

 弦一郎は、歯を食いしばり、今から喉笛に噛み付くかのような顔をして言った。

「俺は、勝つ。勝ち続ける。どんな相手でも、お前がいない間、誰にも負けん。──だがお前は負けるのだろう」
「……何だと」
「ギラン・バレーだかなんだか知らんが、治る見込みのあるものに怯えて震えて泣き喚きおって。──何パーセントだか知らんが、治るのだと言われたろうが! 下らんことを言っている暇があったら、這ってでもその可能性に食らいつけ!」

 流れた血が散ったパジャマの襟元を、弦一郎は掴みあげた。

「戦う前から負けるぐらいなら、今死ね!」

 窓ガラスが震えるような声で怒鳴った弦一郎は、フーッ、と、獣そのものの息を吐く。──ひどく生々しい、吐瀉物の臭いがした。
 精市は数秒呆然としていたが、やがてじわじわとその眉間に皺が寄る。そして歯が食いしばられ、物凄い目つきで至近距離の弦一郎を睨み始めた。
 そしてとうとう、ガッ、と精市も弦一郎の襟を強く掴む。

「何だ、やるのか負け犬」
「上等だ。負かす。今死んでもお前を負かす」
「はっ」
 弦一郎が鼻で笑うと、精市のこめかみに極太の青筋が浮いた。

 そして、怪獣大決戦第二ラウンドが始まるか、というその時、医者と看護師らが何事かと慌てて入ってきた。
 ひどい有様の病室と患者を見て頭を抱えた医者と看護師に、絶望的な顔をしていた避難民たちは、やっと安堵の息をついた。



 無論、怪獣二人は医者にしこたま怒られた。
 花瓶から飛び散った花は皆が何となくぼそぼそと片付けたが、精市は床に散った鼻血と割れた水差しを片付けることを命じられ、弦一郎は吐き散らかした吐瀉物を自主的に片付けた。ちなみに、一年生の地獄のシゴキの監督をやった弦一郎は、散々ゲロ掃除をしただけあって妙に手馴れている。

 その後連絡を受けた精市の母が到着し、二人は再び怒られたが、母の様子はどこか慣れたものが混じっていた。

「……そういえば、あなたたち最近喧嘩してなかったわね。もしかして、そのせいでストレス発散できてなかったのかしら」
 その発言から、この二人が出会ってから中学で部長・副部長となる前まで、半年に一、二回のペースで流血骨折当たり前の喧嘩を繰り広げていたこと、しかも一度は揃って救急車の世話になったことが明らかになり、全員が再度のドン引きをするに至った。事情を知っている蓮二でさえ、今回実際の怪獣大決戦を見た後だろうか、若干青くなって俯いている。
 だが確かに、部長と副部長という役職上の上下関係が出来たことを大きな理由にして、二人は恒例の喧嘩を長らくしていなかった。だから今回は、相当久々のやり合いである。

 そして精市の母の言うとおり、精市の表情は明らかに変わっていた。
 少なくとも、皆がこの病室にやってきた時の、抜け殻か廃人のような様子はもう全く見受けられない。──その代わり、両頬はぱんぱんに腫れ上がり、その上思い切り機嫌を損ねてぶんむくれているが。

「……お前、俺と喧嘩する時、絶対顔殴るだろ。何でだよ」
 前は鼻の骨折られたしさあ、と恨めしげにぼそりと呟いた精市に、ひい、と赤也が引き攣った声を上げた。彼は先程の片付けの時、青い顔で「スンマセン……俺喧嘩慣れしてるほうとか思っててマジスンマセン……」とぶつぶつ言っていた。
「ああ、どんな顔でもこうまで腫れあがると不細工だなと思うと何となく気が晴れる」
 真顔で言い切った弦一郎に、「お前そういう所ほんっと根性悪いよな!?」と精市がきいきい声を上げた。まあまあ、と宥められた精市は、半眼になってホールのままのケーキにフォークを突き刺すと、大きな一口を頬張る。

「まあ、俺もやったけど。ほら見てここ、ハゲ!」
「やめんか!」
 弦一郎の帽子を毟り取り、こめかみの上の方の髪を勝手に掻き上げた精市の手を、弦一郎は嫌そうに払った。
 だがしかし、そこには確かに、短い線状ながらも、髪が全く生えていない、僅かな縫い跡があった。その傷痕に集まる視線に、弦一郎は渋々といった様子で口を開く。
「──コイツに髪を掴まれて引きずられてな。頭皮ごと持って行かれたので縫い縮めた。頭なので物凄い血が出て、それで誰かが救急車を」
「痛い痛い痛い、やめんしゃい、聞きとうなか」
 雅治がぎゅっと目を閉じ、自分の耳を両手で押さえ、ふるふると首を振った。だが何も言わないだけで、他の面々もげっそりとしており、同じような様子である。
「お前の毛根が頑丈すぎるのが悪いんだ。……で、こんなハゲができて、こいつ半泣きになってさ。弦右衛門のお祖父さんからこの帽子貰って、以来被ってるんだ。ハゲ隠しだよハゲ隠し」
「ハゲとらん!」
「ハゲだろ」
「ハゲとらんと言っとるだろうが!」
 再度言い合い始めた二人を、ジャッカルだけがどこか生暖かく見守っていた。
 / 目次 / 
BY 餡子郎
トップに戻る