心に欲なき時は義理を行う
(十)
柳 蓮二さま

初めてお手紙差し上げます。上杉紅梅と申します。
吹く風に初夏を感じるこの頃、新しい季節の香りがやってくるとともに、新しいご縁が結ばれようとしておりますこと、喜ばしく思います。

お姉さまのご希望につきまして、弦一郎さまよりお伺いいたしました。京舞妓になりたいという方は多いのですが、続く方は少ないので、しっかりした方が来てくださるのは、ありがたいことでございます。
また、お姉さまが身につけていらっしゃるお習い事について、とても詳しい情報を下さったのは、蓮二さまだそうですね。おかげですばやく判断が出来ました。ありがとうございます。
この通りの熟練がお有りならば、舞妓見習いとして入っていただくのに、不足はないかと思われます。

 …………

さて、ここで問題なのはお姉さまではなく私どものほうでありまして、弦一郎さまよりお聞き及びかもしれませんが、私と弦一郎さまのやりとりは、今となっては、祖母の紅椿しか存じ得ないことでございます。
もしこのことが女将に知られましたら、まず今回のお話はなかったこととなるばかりか、お姉さまが他の置屋に入られましても、今後『花さと』との付き合いは少々むずかしいものとなるかと思います。

 …………


 …………

今回のことに限らず、以前から、弦一郎さまより、蓮二さまはとてもよく頼れる方だと、度々お伺いしております。
彼がああまで言うことですので、そのとおりなのでしょう。心強く感じております。

お会いする機会に関しましては、六月末に催されます、京花街の合同公演がちょうどよいのではと愚考いたします。これは京都の全ての芸舞妓が、所属する花街や置屋の隔てなく同じ舞台に立って舞を披露し、またその後、料亭やホテルに場所を移し、舞台に立っていた芸舞妓でおもてなしをさせていただく、という催しでございます。
これには紅椿も挨拶のみですが参りますし、私も挨拶回りに参ります。ご家族でいらっしゃる方も多いので、柳家の皆様揃ってお引き合わせさせていただくのに都合が良いのでは、と思うのです。

チケットが必要となりますので、それでよろしければ、ご都合を付けさせていただきます。その点は、お祖父さまやお祖母さま、ご両親さまにご相談なさってください。

時間が残り少なく、テニスの大会も控えていらっしゃることとは思いますが、良い結果になるよう、私も精一杯努力させていただきます。
それでは、お返事をお待ちしております。

かしこ

紅梅より




 上杉紅梅からの手紙は、蓮二が今まで生きてきて受け取った中で、最も風流で、最もきちんとしており、そして何より、最も重要な内容だった。

 そして彼女の手紙には、あのなにごとも率直な弦一郎が、この期に及んでずっともごもごして明言しなかった二人の間の事情が、きちんと説明されてあった。

 小学校二年生の時、ほとんど偶然真田家に出向き、そこで知り合ったこと。そしてお互いに気が合って、帰り際に、弦一郎が文通を申し出てくれたこと──、しかも、単身、紅椿の楽屋まで忍び込んで、である!
 このくだりを読んだ時、蓮二は思わず目を見開き、弦一郎をまじまじ見てしまった。

 また、弦一郎が言ったとおり、真田家は『花さと』の女将から出入り禁止を言い渡されているので、文通は秘密のもので、繋ぎを付けてくれた、今は亡き弦一郎の祖母と、紅椿しか知らないこと。やりとりに使っている住所は、近くの料亭『瓢屋』のものであること。
 そして何より、──電話もメールも使えないので、正真正銘、手紙だけでやりとりしているのだということ。そして、東京で公演がある夏の日、年に一度会える日を楽しみにしているのだということが、柔らかい言葉で書いてあった。

 なんとまあ、と、蓮二は思わずほぅとため息をついた。

 今どき文通というだけでも珍しいのに、電話もメールもせず、実際に逢えるのは、ただ年に一度だけ。その間、彼らはお互いの姿も見えず、声も聞くことなく、ひたすら文字だけでやりとりしているのだ。誰にも知られず、こっそりと、二人だけで。

 年に一度、夏の日しか会えないという点では、織姫と彦星。お互いの家が反発する間柄であるという点では、まさにロミオとジュリエット。

 今どき、いや、どんな純愛映画でも、こんな関係はないのではなかろうか。
 流行りのフィクションどころか、いっそ古典の世界の如き間柄を、よもやこんなに近しい、同級生の友人が持っているとは、まさに事実は小説より奇なりである。それを説明する紅梅の手紙もまた美しいので、余計に物語のようだ。

 そして弦一郎は、おそらく、愛用しているという古めかしい万年筆で、インクを選び、便箋を吟味しながら、彼女に返事を書いているのだろう。
 蓮二は文字の世界に一家言あるだけでなく、自分なりの浪漫のようなものも強く感じているので、文字のやりとりだけで成り立つ彼ら二人の関係は、とても──ロマンティックなものであるように感じる。

 そして、彼らの間柄を知れば知るほど、数年間にも及ぶ秘密の世界を明かしてまで自分と姉の頼みを聞いてくれた弦一郎と紅梅に、蓮二はいたく感謝し、感動した。

 それは蓮華も同じだったようで、実際の手続きに関する詳しい内容ととも綴られた、初対面どころか顔も見たことのない蓮華に対しての、紅梅からの温かい励ましの言葉にまず泣き、さらに、蓮二が二人の間柄などについて教えると、更に号泣した。
 もともと感動屋なところのある蓮華はおんおん泣いて、しまいには弦一郎と蓮二を一緒に抱きしめ、ありがとうありがとうと繰り返し、「チューしてもいい!?」などとのたまった。
 自分はともかく弦一郎が真っ赤になってパニックに陥っていたのが気の毒だったので、蓮二は苦笑しつつ、姉の申し出を断った。

 ──さて、二人に報いるためにも、絶対にこの計画を成功させなければならぬ、と決意も新たにした蓮二は、紅梅と直接やりとりをして、綿密なプランを練った。

 監視の厳しい舞妓見習いの家娘ゆえ、弦一郎とのやりとりがそうであるように、連絡手段はやはり手紙だけである。
 聞き直す、ということが容易ではない手紙というツールにおいて、両名とも、情報の書き漏らしがないように慎重に気を使わねばならず、それは中学生としては一般的なスキルではない。
 しかし蓮二は特に文字というものに関して一家言あり、瞬時にいくつものシミュレーション結果をはじき出す“データマン”であるし、紅梅もまた、舞妓見習いとしてのいわゆる“空気を読む”、“察する”という系統のスキルが殊の外高く、また弦一郎と数年間にわたって文字だけでやりとりしてきた実績がある。
 よって、紅梅と蓮二のやりとりは想像していたよりもかなりスムーズで、六月の県大会までには計画をまとめられるようにという目標を楽々クリアし、五月後半の神奈川県大会地区予選、更にその前の、レギュラー選抜のための部内トーナメントが行われる頃には、計画の草案は、ほぼ決定稿になりつつあった。






「──6−0! Game set! Won by 幸村!」

 三年生を楽々下した精市は、「ありがとうございました」と、ネットの向こうの──、疲労のあまりコートにへばった対戦相手に手を伸ばす。

 五月も半ばを過ぎ、花粉もずいぶん少なくなってきたので、精市の顔にマスクはない。そして、満足に呼吸も出来ない状態での、約二ヶ月にも渡る地獄のシゴキをやり遂げた精市の体力は、今となっては、新入部員の誰よりも伸びていたのだった。
 本人は、くしゃみも鼻水も痒みも感じることなく動けることがとにかく嬉しいようで、いつになくテンションが高く、笑顔で対戦相手たちを叩き潰している。

 マスクのない、そして疲労の欠片もないきらきらしい笑顔がまぶしい。そして、対照的に絶望の表情を浮かべた対戦相手の三年生は、精市と握手をすることなく、そのまま地べたに崩れ落ちる。
 精市は笑顔のまま、鼻歌を歌いながら、ご機嫌でコートを出て行った。そのさまを、他のすべての部員たちが、やや青い顔色で、恐々と見守っている。

「絶好調だな、精市は」

 このぶんなら間違いなくトップ、レギュラー入りだろう、と続けてから、蓮二は手元のノートにスコアを書き付けた。

 レギュラー選抜戦の仕組みは、実に単純明快である。
 コーチや部長などによって、学年・実力ともにできるだけ満遍なく分けられた、AからGまでの七つのブロックにてそれぞれ総当り戦を行い、それぞれのブロックの一位──、王者になった者が、立海大付属男子テニス部の、栄えあるレギュラーとなる。

 蓮二の予想通り、三人はそれぞれ別のブロックとなり、そしてそれぞれ、順調に勝ち続けていた。今のところ、誰にも黒星はついていない。
 蓮二が事前に集めた“データ”で対策とシミュレーションは万全であり、何より実力がそもそも違い、その上、彼らはお互いによる切磋琢磨によって、いつになく急成長している。当然といえば当然の結果だった。

「──6−0! Game set! Won by 真田!」
「おや」

 ふと振り返れば、弦一郎の試合も終わっている。
 かつて大会最速勝利の記録を出した経験もある弦一郎の試合だけあって、かなりのスピード決着だったようだ。

 対戦者は、同じく一年。仁王雅治である。

 精市と同じく全く息を乱しておらず、同時に精市と対照的に微塵も朗らかな様子のないどっしりとした佇まいでネット際に立つ弦一郎は、その向こうで膝をついている仁王雅治を、じっと見下ろしていた。

「──なるほど。模倣に徹したか」

 ぴくり、と、真っ白な髪の頭が動く。
 そしてゆったりと顔が上がり、ネットの向こうに悠々と立つ弦一郎を睨め上げる。濃い疲労は見えるものの、精市の対戦者とは違って、その表情には、敗北の悔しさをぎりぎりに押し込めた、しかし今なお挑戦的な笑みが彩られていた。
 ほう、と蓮二が感嘆し、ノートに素早く文字を書き込む。
 弦一郎も僅かに同じような反応をし、ネット越しに手を伸ばした。

「お前はまず基礎が全く足りておらん。模倣よりもまず基礎を固めて自力をつけろ」

 弦一郎のそのぴしゃりとした言葉に、仁王雅治の眉間に皺が寄る。そして口元ばかりは笑っているが、ぎらぎらとした目で、弦一郎を睨みつけた。

「……プリッ」
「ぷり?」

 相槌──なのだろうか、不思議な言葉に弦一郎がきょとんとした顔をすると、仁王雅治は差し出された弦一郎の手を掴み、まだがくがくしている膝を何とか立ち上げる。
 どうも、とだけ小さく声を発し、彼はふらふらとコートを出て行った。

 ──そして。

「Aブロック一位、一年、幸村精市!」
「Cブロック一位、一年、真田弦一郎!」
「Fブロック一位、一年、柳蓮二!」

 続いて、部長と副部長を含む三年生三人と、蓮二らが予想していた二年・錦の名前が発表される。

 大きなざわめきはいつになっても止まず、驚愕、畏怖、嫉妬、期待、憧憬、感嘆、そして時に憎悪の視線が、精市、弦一郎、蓮二の三人に集中していた。
 しかし、無理もない。昨年までで関東大会十三連覇優勝を果たし、全国大会優勝も何度もしている立海大付属男子硬式テニス部の長い歴史において、レギュラーのうち三人もが一年生というのは、滅多にない事だ。
 しかも彼らは、圧倒的な勝利──全勝によって、それを成し得ている。元々ジュニアで神奈川主席と次席ということで注目を集めてはいたが、立海大付属中で一年生からレギュラーを勝ち取ったとあれば、他校からの注目もすぐ集めることになるだろう。
 偵察に注意しなければならないだろうな、と、蓮二はノートをぱたんと閉じる。

「三人とも、無事にレギュラーか。まずは一歩、というところだな」
「うむ。すぐに県大会だ。それに勝ち、次に関東大会十四連覇を成し遂げ、次いで全国大会にて再度の優勝を目指す」
「今年だけじゃないよ」
 精市が振り向き、にこりと微笑んだ。

「地区大会、県大会、関東大会連覇は当然。──俺達がいる限り、立海は負けない」

 高みを目指す、というまでもない。当然そこが自分の場所だというような、神の子の宣言が、二人の耳に深く響く。

「全国──、三連覇だ!」

 その宣言に、蓮二は切れ長の目を開いて微笑み、そして弦一郎は、獲物を前にした獣のように、獰猛に笑う。
 こうして、そう遠くない未来、立海大付属中の三強と呼ばれる三人は今、同じ目標に向かって、最初の一歩を踏み出した。






 レギュラー同士の顔合わせを経て、部活終了後。
 三人は、最近恒例になりつつある、反省会およびこれからの対策も兼ねた情報・意見交換を行っていた。
 場所は、これもまた恒例となりつつある、駅前のファストフード店。三人揃って、しかし違う味のシェイクを吸い上げている。急激に失ったカロリーに対応する素早いエネルギー補給として、糖分が多いこういった類のものは、意外と有効なのである。

「模倣、か。やはりな」

 注目すべき選手、そのダークホースとして掲げていた仁王雅治の情報を弦一郎から聞いた蓮二は、ノートに文字を書き付けながら、頭の中の“データ”を更新する。
「気づいていたか」
 さすが蓮二、と弦一郎は頷く。
「相手によってプレイスタイルを変えている、というのは早々にな。しかし彼は基礎能力がさほど高くない。だからこそ上級者の模倣をし、更に対戦相手の苦手な相手の模倣を用いることで勝とうとしたのだろうが、そこも本人の自力が弱いために小手先にしかなっていない、というのが現実だな」
「ふうん? じゃあやっぱり大したことない感じ?」
「いや」
 頬杖をついてチョコレート味のシェイクを吸い上げている精市がつまらなそうに言うが、弦一郎は真剣な表情で首を振った。

「模倣は、──馬鹿に出来ん」

 完璧に成せるなら、なおさら大きな武器になる、と弦一郎は言い切った。
 実感の篭った、重々しい声であった。

「だから試合が終わった時、まず自力をつけろとつい言ってしまったんだが」
「もっともなアドバイスだな」

 と蓮二は頷いたが、しかし仁王にすれば、模倣などより自分の力で戦え、と言われたと思ったかもしれないな、とやや苦笑した。
 弦一郎がひたすらストイックかつすさまじい努力によって自力をつけているのは誰もが知るところであるし、本人はそれほど自覚がないようだが、男らしい容姿や大きく通る声、そして戦国武将さながらの口調によって、非常に尊大な態度に見える。
 よく聞けば言っていることは至極真っ当で、時に親切ですらあるのだが、あの試合直後でそんなことを言われたのであれば、仁王はおそらく、弦一郎の言ったことの真意は理解していないのではないだろうか。
 だがしかし、彼が模倣の道を極めるにしろそうでないにしろ、基本的な素地を強くすることは必須であるため、フォローは必要ないか、と、蓮二はひとまず“仁王雅治”のデータ更新を保留のカテゴリに分類した。

「丸井ブン太、ジャッカル桑原もいい線を行った。一年生では確実に、我々に次ぐ実力者だろう」
 しかし、と蓮二は続ける。
「やはり、レギュラーとなるには一歩足りなかったようだな。特に丸井はテクニックがある上に相当体力がついたので、もう少しだったと思うのだが……」
「部長と同じブロックだったからな」
 弦一郎が頷く。ちょうど丸井ブン太の試合の時は弦一郎も手が空いていたので、彼の試合を観戦していたのだ。蓮二が言っていた通り、一年生としてはかなり突き抜けた技術の持ち主である、と弦一郎も認めた。
 特にボレーのテクニックが素晴らしく、地獄のシゴキによって飛躍的に体力面が補強されていたので、入部時と比べてかなり実力が増したのは確かだろう。だが、パワープレイヤーの部長に及ぶまでではなかった。

「一年ばっかりのレギュラーっていうのも、面白そうだったのにね。残念だな」
「ふむ。しかし、来年はわからんぞ。桑原の天性のスタミナや身体のバネも、あれが更に伸びるのであればかなりの脅威となるしな」

 そして仁王雅治も、これから先、大化けする可能性がある。
 そうなれば、来年のレギュラーは二年生ばかりということも、決してありえない話ではない。
 バニラ味のシェイクを吸い上げながら、蓮二はその痛快な未来に思いを馳せて、密かににやりとした。

「……では、今日の反省会はこのくらいか。時に、二人共」

 パタン、とノートを閉じた蓮二に、二人の視線が集まる。

「手塚国光の行方がわかったぞ」
「なにっ」

 がたん、と、弦一郎の椅子が音をたてる。
 精市もまた、「へえ」と身を乗り出した。弦一郎に圧勝し、精市と互角以上に渡り合った彼が今どうしているのかと、二人は蓮二に調査を頼んでいたのだ。無論、わかったら教えてくれ、という程度ではあるが。

「彼は東京では元々有名だったからな。さほど難しくはなかったよ。──彼は東京、青春学園にいる。無論、テニス部だ」
「青春学園……」

 その名は、二人も知っている。そして知っているだけに、微妙な表情を浮かべた。

 青春学園、通称『青学』。
 名プレーヤー越前南次郎の出身校であり、テニス部の設備もなかなかきちんとしており、都大会では優勝や準優勝の常連、関東大会ではベストフォー、でなくてもエイトなどには入る。そのためテニス強豪校と呼ばれるだけの所はあるものの、しかし全国となると出場できない年も珍しくない。
 ──つまるところ、青学は、テニスという面においてはどうにも中途半端で、ぱっとしない学校なのだ。

「青春学園かあ。ちょっと意外だけど……。でも、手塚は当然レギュラーだろ?」
 どこの学校も、もうレギュラー選抜は終わってるだろ、と言う精市に、蓮二は「いや」と首を振った。

「青春学園は、一年生はレギュラー候補にまず入らない。手塚はまだ球拾いだ」
「何だと……!?」

 信じられない、といったふうに、弦一郎が呆然とした声を上げる。

「あ、あれほど強い選手が、た、球拾いだと!? 一年生であるというだけで!? ──そんなことだから全国大会にも出られんのだ、青春学園は! たるんどる!」
「落ち着け、弦一郎」
 吃りさえして大声を上げた弦一郎に、他の客が何だ何だと驚いた目を向けてきたので、蓮二はどうどうと彼を宥めた。
 店内で大声を上げてしまったことには弦一郎もすぐに反省し、すぐにはっとして、「申し訳ない」と軽く頭を下げる。そして額に手のひらをあて、はああ、と大きなため息をついた。

「……今年は、奴と戦う機会はないということか……」

 ──落胆。
 レギュラーに選ばれた喜びも上回ってしまうそれを滲ませる弦一郎の肩を、蓮二はぽんと叩いた。
「なんで青春学園なんかに入ったのかなあ、手塚は。悪い学校じゃないけど、特に最近は何年も全国には出てないし…」
 そしてそう言う精市も、シェイクのストローを行儀悪く噛み、秀麗な眉をわずかに寄せている。

「プロを視野に入れてテニスをするんだったら、ちょっと、ねえ。手塚なら、いっそ本格的にドイツに留学して、向こうのテニスアカデミーに入ったっていうほうが納得するぐらいなのに、青春学園……。まさか、本当に青春目当てじゃないだろうね?」

 青春学園というその名に違わず、この学校は生徒の自主性を重んじ、青少年の時期を大事に、という校風が強い。女子の制服などは、近年デザイナーによって改変されたセーラー服で、可愛いと評判だ。
 これは、男子校の時代が長く、完全実力主義、軍隊ではとまで言われる上に女子も男子も陸上自衛隊の制服にそっくりだと言われている立海大付属とは、真逆の校風だと言っても過言ではない。

「……お前ではあるまいし」
「何だと真田」
「まあ、まあ、まあ」

 顔を覆い、暗い声のまま、それでも精市へのツッコミを欠かさない弦一郎と、そんな彼に物騒なほどきらきらしい笑みを向けた精市に、蓮二はすかさず仲裁に入った。この二人の争いの芽は出た途端に摘んでおかないと、大災害になりかねないからだ。
 レギュラーになった途端に、乱闘騒ぎを起こして台無しになりたくない。彼らもそこまで考えなしではないだろうが、念のためだ。

「さすがに彼の個人的な事情までは調べられていないが、家の事情や、もしかしたら単に家が近かったというだけかもしれない。彼ほどの実力があれば、来年以降、対戦の機会はあるだろう。今年はとにかく全国優勝を目標に精進しようではないか」

 蓮二のその言葉に、そうだな、と頷いて、弦一郎はストロベリー味のシェイクを飲み干した。
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BY 餡子郎
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