心に邪見なき時は人を育てる
(五)
 カラン、と、クリスタルグラスと、ロックアイスがぶつかる音。窓の外には、それなりの夜景。

 良い子は寝る時間だが、大人が寝るには早すぎる。太郎はアンティークの蓄音機を使い、控えめな音量でクラシック・レコードを鳴らしながら、琥珀色のブランデーグラスを傾ける。

 あの、女王とも魔女とも、大妖怪とも、なにか神がかったものの化身とも感じる老女が、かつて太郎が駄目元で要した座敷に応じ、実は孫に会わせるためだけに再度の座敷を自分から用意し、──そしてそれから何かとこうして呼びつけたり、わざわざ座敷に現れたり、そして今回は家に預けるまでするようになったのには、理由がある。

 榊は、巨大な一族である。

 日本で最も知名度が高く影響力のある財閥といえば文句なしに跡部であるが、榊は跡部のように表舞台で、そしてどこまでも正攻法で成り立つ一族ではない。
 一般人には全くと言っていいほど知名度がなく、しかし例えば政治的な分野で少し上の方に立っている者は、誰しも榊の名前を恐れる、そういう一族だ。日本の苗字を持ちながら、ヨーロッパでも大きな影響力を持っている。

 抜群の知名度と無尽蔵ともいえる財力を誇り、華々しく輝かしい歴史を持つのが跡部なら、古く凝り固まった権力とコネクションを根強く繋ぎ、奥まった暗がりで陰謀渦巻く黴臭い歴史を持つのが榊である。
 経済の跡部、権力の榊──とは、ひっそりと、だがよく言われる文句だ。

 とはいっても、一族も末端となると“榊”の名すら持たなくなるし、普通より少し裕福だとか権力があるだとか──例えば地方議員などが精々になってゆくのだが。

 そして、その末端のそのまた息子が、紅梅の父親である。──らしい。

 らしい、というのは、証拠がなにもないからだ。

 紅梅の母親は『花さと』の舞妓であったが、客が連れてきた息子と恋仲になり、しかしありがちな反対にあって、そしてまたもありがちに、若さに任せて駆け落ちした。
 だが地方議員の息子は三男であり、甘やかされて育てられているくせに、いなくなっても父親が舌打ちをして終わる程度の存在だった。
 そして舞妓になるために中卒であり、世間のことなど何も知らない女性。こちらも、紅椿のような才能に溢れているわけではなかったからか、あまり真面目な質ではなかったらしい。いくらでも代えのきく存在だった。

 そういう理由があって、この若く愚かなカップルは、“なかったこと”になった。

 だが、こうしてあっさり見捨てられた二人が、誰の助けも借りずにまともな生活が送れるのかどうかと考えた時、あまりよい想像は働かない。

 そして、いまだに何があったのかはわからないが、今から十年前の年明けに、駆け落ちしたはずの舞妓が戻ってきた。案の定、頼る所が無かったのだろう。随分やつれていて、しかし腹は随分大きかった。
 やつれた妊婦、という最も見捨てられない存在を招き入れた『花さと』であったが、彼女は父親のこと、今まで何があったのかということなどを一言も話すことなく、梅が満開に咲く二月末に娘を産み落とし、そのまま亡くなった。

 これで、真相は闇の中。

 だが、若さに任せて駆け落ちした愚かな男女をなかったことにはできても、さすがに、産まれた娘をなかったことにすることはできない。

『花さと』は、──いや女将の紅葉は、この赤ん坊を引き取り、紅梅という名前をつけ、育てることにした。

 舞妓でも芸妓でもない者が、置屋に身を置くことは、普通ない。
 しかしこれは、意地悪さとか、薄情さからくる対応ではない。
 なぜなら置屋は、舞妓・芸妓の宿舎であり、管理事務所であるからだ。社員の親族を会社で引き取って育てる、ということがあり得ないように、置屋を経営する女将の親族ならまだしも、舞妓や芸妓の子供や孫を一緒に住まわせる、ということは、当然あり得なかった。

 そんなところで女の子を引き取るとなれば、当然、舞妓になるべくして、ということになる。そういう事情なので、もし紅梅が男の子であったらば、『花さと』で育てられることは絶対にありえなかっただろう。

 しかも、当時から紅椿は、京一番の名妓と名高かった。その孫娘という鳴り物入り、そして産まれた時から屋形でを施したならば、従順かつ芸達者な、もしかしたら紅椿の名を継げるほどの舞妓、ゆくゆくは芸妓になるだろう、と、女将は将来設計を描いたのである。

 ──ということを、太郎は、ひとり通された別室で待っていた紅椿に聞かされた。

 その声と語り口はやけに素晴らしく、講談でも聞いているかのようだった。
 そのせいで、若いながら陰謀渦巻く“榊”で散々揉まれている太郎が、「薄い縁を頼りに難癖をつけられそうになっているのか」と怪しみ始めたのは、紅椿が朗々と話し終わって、たっぷり数分経ってからだった。

 結果として、それは正解であり、そうでもなかった。
「まあ、そういうご縁があるいうことで」と、京都特有の得体の知れない含みを持たせて太郎に持ちかけられたのは、太郎が客として来た時には紅梅を寄越すということと、英会話の指導をして欲しい、ということだった。

 もしここで、紅梅の父親、かもしれない男のことを引き合いに出して、例えば“榊”にコネを作りたい、など言われていたなら、太郎は彼女のファンをやめていたかもしれない。
 しかし彼女が持ちかけたのは正真正銘これだけで、そこには含みも全くなかった。

 ならば、他でもない紅椿の頼みだ。ということで、太郎は教師役を了承した。
 だが、快くそれを引き受けたのは、紅椿の頼みだから、決してそれだけが理由ではない。
 紅梅本人が、好奇心旺盛で勤勉、愛嬌と礼儀正しさを両方持っており、太郎が個人的に親しみを覚えるのに十分な少女だったからだ、と太郎は断言する。

 そう思っているのが伝わったのか、紅梅も海外を飛び回っている太郎の話に興味を示し、出会った当初から、あれこれと聞いてきた。
 趣味である音楽やピアノについてはさほどではなかったが、過去にテニスを本格的にやっていて、短期間ながらプロ登録をして活動していた時期もあることを話すと、目をきらきらさせて非常に食いついた。

 テニスは、日本で最も人気のあるスポーツだ。
 だから最初はありがちにテニスに憧れがあるのかと思えば、彼女の幼馴染が神奈川でテニスをしていて、滅多に会えないが文通をしていることを教えてくれた。

 だがそれはどうも女将に知れると叱られることのようで、幼馴染とのやりとりは、わざわざ斜向かいの料亭の住所まで借りて行っている、ごく秘密のものであるらしい。
「お座敷で言うたことは、お互い秘密にするもんどす」と、紅梅は一丁前の芸妓のように念を押した。
 その“おしゃま”な振る舞いに微笑みつつも、なるほどこれがお座敷遊び、芸妓遊びの粋というものか、と返した太郎は、この小さなおちょぼ舞妓が自分を信用して打ち明けてくれた一番の秘密を、固く守り続けている。

 ところで。

 紅梅の母に限らず、男性関係で身持ちを崩す芸妓は多い。
 その理由は、この京花街の独特な風習によるものだ。

 舞妓、芸妓になるには、基本的に中卒、遅くとも高校中退か卒業すぐで仕込みに入らねば話にならず、しかもこのご時世で学歴を全て捨てなければならない割に、実は、何の資格が手に入るわけでもない。
 また、仕込み、舞妓時代にかかる経費と生活費は全て屋形が持ってくれるが、京都らしい暗黙の了解で、証文はなくとも借金である。また、この間、給料は一切発生しない。
 そして舞妓から芸妓に衿替えして借金を奉公で返し終わり、いくらかの貯金ができた後は、独り立ちを余儀なくされるのだ。

 一本立ちした後は、今まで屋形がやってくれた自分自身のマネージメント、着物や帯や装飾品などの衣装、特殊な化粧品、髪結代、そして衣食住の生活のすべてを自分で見なければならなくなる。
 そのため、一本立ちした芸妓は、バーなどの店を持って副業で着物代を稼ぐ、というパターンもよく見受けられる。
 生家が援助をしてくれる、また実家が屋形そのものである家娘の場合はまた話が違ってくるが、こういった厳しい背景があるため、芸妓を目指すのならば、相当の覚悟が必要になるのだ。

 そして、この厳しい花柳界から抜ける一番多いパターンが、“結婚”である。

 学歴も資格もなくとも、礼儀作法と快い話術を徹底的に仕込まれた京美人というのは、古風な妻としても、都合の良い愛人としても、かなり需要がある。

 そして、伝統、しきたりとして、舞妓、芸妓は、結婚すると続けることが許されない。であるので、結婚すれば、専業主婦として廃業。大昔と同じように“旦那”が付けば、その援助で芸妓や店を続けていく、という“進路”が定石だ。

 ちなみに、もし“旦那”との間に子供が生まれても、未婚でさえあれば、芸妓を続けるのに何の問題もない。未婚の母であることを恥じる必要もない。あまりにも“よくあること”だからだ。
 だから紅梅の場合も、やや変化球ではあるが、このパターンに当てはまるといえば当てはまる。

 京の花街を出れば、こういった生き方は、色々と口さがなく言われる対象になるだろう。
 だがこの世界では、そんな風にしなければやっていけない。芸妓本人も、彼女らを抱える置屋も、客達も。そして世界を相手にする日本が誇る観光地を維持したいどこかのお偉方も、そういうところを放置したままだ。

 だが『花さと』の女将・紅葉は、己自身も含め、男に振り回される芸妓というものに、ほとほとうんざりしていた。
 そして、そうなることなく、正真正銘芸一本で京いちの名妓と呼ばれ、ついには人間国宝の名誉を得た紅椿に、ひどく執着している。

 よって、紅梅はこの女将によって、第二の紅椿になるべく、とても厳しく育てられているのだった。
 物心付く前から舞扇を持たされ、稽古漬けの日々。和服以外の衣装は出来うる限り着せられず、古都のしきたりを叩きこまれ、そして母のことがあるため、まだ小さいうちから、特に異性との付き合いをがっちり監視されている。

 祖母の紅椿は、そんな女将の方針に呆れながらも、自身が『花さと』に抱えられている身であるので、特に口出ししていない。
 だが彼女なりに孫娘を気にかけ、舞台の見学の名目で京都の外に連れ出してやったり、その流れで幼馴染になった子どもと秘密の文通をするのをこっそり許したり、和装の喪服はさすがに先方に対し差し出がましい、と言って、生まれて初めて洋服を着せてやったりしている。
 こうして太郎に一晩預けたのも、そういう行動の一環だろう。

 ──ひとりの舞踊家として成功し、人間国宝とまで認められた彼女が、なぜ一本立ちすらせず未だに置屋に抱えられたまま芸妓をし、諾々と女将に従って、孫娘にこそこそとわかりにくい可愛がり方で接しているのか──ということについては、太郎も知らないが。

 ともかく。

 あの紅椿が大事な孫娘を任せてくれたということと、またその紅梅が一番の秘密を唯一打ち明けてくれたこととのをきっかけにして、太郎は、独身の身を振り返りつつ、「もし二十代で結婚していたら、自分にもこのくらいの娘がいてもおかしくないのだな」ということを意識することが増えた。

 ──十中八九、紅椿は、太郎がこうした心理状況に陥るのを見越しているだろう。

 もしかしたら、ごくごく薄くでも、血縁関係があるかもしれない、娘くらいの年齢の、ちょっと今どきありえない特別な環境で育つ少女。
 しかも、可哀想とまでは言わないものの、時々、胸が締め付けられるまでに浮世離れしていて、まともな友人も居らず、それ故か非常に懐いてきてくれる。

 これで、情が湧かないほうがおかしい。

 そして、いかにも遠い外国の空気を持つ太郎と、生きた日本人形のような小さい舞妓が並んでいるのは、不思議に目を引く光景でもあった。
 その紅梅が口にする、「たろせんせ」というシンプルな呼び名は、芸妓や舞妓たち、茶屋や京花街の店中に、今やすっかり広まっている。

(先生、か)

 そう呼ばれるのは少し面映ゆいが、嫌ではない。

 そして、自由になった身で次に何をしようかと考えながら、太郎は、自分が教員免許を持っていることを思い出した。
 絶対に活用することはないと思いつつも取れるので取った資格だが、人生どうなるかわからない、というのを、太郎はついこの間思い知ったばかりだ。

 選択肢の一つとしてはいいかもしれないな、と太郎は大胆な考えを思いの外気に入りながら、グラスを上品に傾けた。
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BY 餡子郎
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