弦ちゃんへ
お返事おおきに。
お習字習うんやね。ええ字が書けたら、見てみとおす。
うちは、きれいに字を書くよりも、お着物に墨がつかんようにするのにきんちょうします。お着物をだめにすると、えらい怒られるんえ。
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この住所は、近くにある、瓢屋(ひさごや)ていうお茶屋の住所どす。おばあはんのおしりあいが、板前さんをしてはります。
三年生になったら、この瓢屋はんで見習い修行をします。さいしょはお座敷には出えへんけども、失敗せんようにがんばる。
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またね。
紅梅より。
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弦ちゃんへ
剣道、五級合格、おめでとうさんどす。
三年生で五級は早いて、おっしょはんら*お師匠様たちが言うてはりました。弦ちゃんはほんまにすごい。ようおけいこしはったんやと思います。ケガはしてへん?
弦ちゃんがうでに重りつけてラケット持つていうのマネして、うちも重たいのつけてお稽古したら上手になるんちゃうやろかて思て、おそでに本の重たいの入れてやったら、こけた*転びました。
おかあはんがそれ見て、あほかて言わはりました。そやけど、おばあはんはおもろい言わはって、重たいの入れて舞わはったんやけど、いつもとおんなしやった。でもおかあはんは、やっぱりあほかて言わはりました。
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あと、おばあはんが、来年の夏もまたお舞の舞台があるて言わはりました。ほんで、うちだけ、真田のおうちに行ってもええて言わはりました。
おばあはんが舞わはるんは、変化物の、六歌仙です。ほんまはもっと前に決まってたんに、今日教えてくれはりました。おばあはんはよういけずをするよって、あいさに困るわ*祖母はよくいじわるをするので、時々困ります。
すごく楽しみ。うれしい。また、テニスおしえてな。
紅梅より。
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弦ちゃんへ
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学校の国語の作文で、しゃべっているまま文章を書いてはいけません、と注意されました。
とくに、私がしゃべっているのは花街ことばとゆうて、京都に住んでおっても、わからない言葉が多いそうです。
普通の京都の言葉が京都弁で、それより古いのが京ことばで、お年寄りなどが使います。舞妓はんや芸姑はんと、それに関係ある人だけが、花街ことばを使います。私のまわりはみんな花街ことばなので、今までよくわかっていなかったです。
今まで、読みにくかったら、ごめんなさい。これから、標準語でお手紙を書きます。辞典などがあればいいけど、ないので、もしまちがっていたら、おしえてください。
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おんなし日本語やのに、書くのにえらい時間かかりおしたえ。
神奈川にも、神奈川ことばってあるん?
紅梅より。
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弦ちゃんへ
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三年生になったので、決まっていた通り、瓢屋はんでの、見習い修行が始まりました。
お料理を運んだりすると聞いていたけど、しませんでした。私はまだあまり力がないので、重たいおぜんをひっくり返すかもしれないから、しばらくはこのままです。ふすまのあけ方や、あいさつのし方や、お料理を出すときの注意などを習っています。食器の種類や、お料理も、あとで習うそうです。食器やお料理は、とてもきれいです。もちろん、おいしいです。
見習いは緊張するけど、終わったら私もまかないをごちそうになれるので、うれしいです。
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それと、おかあはんというのは、母親という意味ではないです。
自分の屋形の女将のことを、みんな、おかあはんと呼びます。先輩の舞妓はんや芸姑はんのことは、おねえはんと呼びます。
うちには、おねえはんが三人います。そのうちひとりが、おばあはんです。だからおばあはんは、私のおねえはんでもあります。それで、おばあはんは、おかあはんのおねえはんです。ややこしい?
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弦ちゃんへ
お誕生日、おめでとうございます。
二十一日に、ちゃんと届いていますか?
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弦ちゃんへ
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もうすぐ、会えますね。楽しみです。
紅梅より。