第12章・Kind im Einschlummern(眠りに入る子供)
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「牡羊座(アリエス)のムウ!」
滝の向こうから現れた、約13年ぶりに会う旧知に、デスマスクは歯噛みした。
「な……なぜおまえがこの五老峰に……」
「フッ、もちろん決戦の時が来たということさ。聖域の教皇と日本におられる女神のな……!」
久しぶりに会うムウの声は低く、そして一見優雅で美しくも見える薄らと浮かべた正体のない笑みが、彼は変わった、とデスマスクに思わせた。昔の彼は、どちらかというといつも何かに物申す事があるような、何かに挑むような顔をしていた、とデスマスクは回想する。
(決戦の時だと……)
デスマスクは眉をひそめ、そしてハッと気付いたその瞬間を、完璧に隠した。
「さあどうする、デスマスクよ。戦いの幕をおまえとわたしの一戦であけるか!?」
(……くそったれが!)
まんまと罠におびき寄せられた。その事に気付いたデスマスクは、ぎりりと歯を鳴らしたい衝動を堪え、平静を装う。
そうだ、まっとうな聖闘士なら、ここで必ず立ち向かう。防戦のみを信条とするアテナの聖闘士は、要するに、「売られた喧嘩は必ず買う」のがある種の掟であるからだ。相手がどれだけ強かろうとも命を賭して特攻するのが、“正しい”アテナの聖闘士、そのあり方である。
しかし、自分はそうではない、とデスマスクは心中で唾を吐く。
「フッ、冗談ではない。このデスマスク、黄金聖衣をふたりも相手にするほどバカではないわ」
今日のところはひとまず引いてやる、とあっさりと戦略的撤退を選択したデスマスクに、紫龍が信じられない、とでも言うような反応を示した。「勝負はまだついていない」と憤る少年を、デスマスクはほんの僅かに目を細めて見遣った。
(……はっ、成る程。……こりゃあ大層立派な“アテナの聖闘士”だ)
せっかくの窮地を助かろうとしている今の状況でわざわざデスマスクを引き止める紫龍は、戦略的には完全なる馬鹿である。しかし、“アテナの聖闘士”であれば満点の反応だ。しかも何も考えずにやっている分、満点以上と言っていいだろう。
自分の命を捨ててでも、挑まれた戦いは必ず受けて立つ。そんな風な人間が“アテナの聖闘士”になったとすれば、どうか。アテナに仇為すものには命を捨てて立ち向かう、完璧なアテナの聖闘士の出来上がりだ。
「勝負? フッ、命が助かっただけでもありがたいと思え、小僧」
「なに!?」
「そんなに命がいらなければ、聖域まで来い!」
命知らずに牙を剥き吠える少年に背を向けたデスマスクは、唾棄するように言い捨てて、滝の中に消えるようにしてテレポートした。
足早に十二宮を登ってゆくデスマスクに、階段の途中ですれ違う儀仗兵たちがびくりと恐れ戦くようにして道を空ける。その理由は彼の険しい表情と、その背にマントがないからである。
聖闘士にとっての礼装・正装は聖衣を纏った姿であるが、聖衣は本来戦闘のための甲冑であるので、礼装として用いる場合は、大きな布をその上から纏う。現在の多くは中世の騎士のように背中に靡かせるのが主流であるが、式典などの場合は古代ギリシアのヒマティオンのように、美しいドレープを作って身体に巻き付ける場合もある。
そしてその延長線上の意味として、このマントは、「戦闘中ではない」という印でもある。戦闘には明らかに邪魔になる装飾を纏う事で、それを表すわけだ。よって白銀以上の聖闘士達は聖域では殆ど聖衣の上から布を羽織っているのであるが、今のデスマスクは、その身にマントを羽織っていない。要するに何かしらの物騒な状況に陥っていると示すその姿に、雑兵達は恐れ戦いているのである。
「くそったれが……」
ぎりりと歯を鳴らし、粉砕する勢いで階段を踏みしめるデスマスクに、雑兵がまた一人、ヒッと情けない声を上げた。
そして自らの宮で足を止める事もないままデスマスクは階段を昇り、教皇の間まで辿り着く。そして相変わらず厳重なチェックを抜け、謁見の間に入ろうとしたその時、知った姿を見かけた。
「──アイオリア?」
儀仗兵を下がらせた扉から出てきたのは、獅子座の黄金聖衣を纏ったアイオリアだった。
「おい」
呼びかけるが、返事はなかった。そしておぼつかない足取りで扉から姿を現した彼は、フラリとよろめき、壁にぶつかるようにして凭れる。尋常でない様子に眉を顰めたデスマスクは更に声をかけようとしたが、口を開けるだけで声が発される事はなかった。アイオリアに続いて、シャカが姿を現したからである。
「おやデスマスク、帰ったのかね」
「アイオリアはどうした」
「教皇に幻朧魔皇拳をかけられた」
さらりと言ったシャカに、デスマスクは何かまずいものを口に入れてしまったかのように奇妙に表情を歪め、「なんで」と一応聞いた。
「任務を果たさずに帰り、その上教皇に攻撃を仕掛け、更にそれを防いだ私と千日戦争(ワンサウザンドウォーズ)を繰り広げた」
「何……」
「君、五老峰の報告をするのだろう。詳しくは本人に聞きたまえ」
シャカの声は、素っ気ない。普段から淡々と話す質ではあるが、今の彼の声には明らかに興奮した何かが宿っており、デスマスクは更に眉を顰める。
「……お前は、それでいいのか」
呟くようにして投げかけられた問いに、シャカはピクリと肩を震わせて立ち止まった。
「──私の見た教皇は」
ふ、と、小さく息を吐いたようだった。
「正義だ」
きっぱりと言いきると、シャカはデスマスクの返事も聞かず、そのまま歩き出す。そしてよろよろと壁伝いに歩くアイオリアの腕を乱暴に取り、肩にかけ、肩を貸すというよりは殆ど引きずるようにして教皇の間を出て行った。
「…………」
「……まったく、慌ただしい」
「アフロディーテ」
眉間に皺を寄せたまま二人の背を見送っていたデスマスクは、ふいと風が吹くように角から姿を現した友人に振り向いた。赤い薔薇を一輪持った彼は、見事に咲いた大輪を口元に当て、二人が出て行った方を見ている。
「もう人払いはしてある」
ここに来る時にすれ違った雑兵達は追い出された奴らか、とデスマスクは納得しつつ、少し視線をずらして周りを見た。そこには、既に彼の薔薇がざわざわと音を立てながら、壁や天井を伝っている。
「おかえり、デスマスク。さあ入りたまえ」
そう言って、薔薇を持った美しい青年が、重い扉を開ける。
薔薇の元で行なわれるのは、密談だ。
謁見の間には、既にシュラが待機していた。サガの髪は、プラチナブロンドである。
「まず報告にあったムウだが、完全にあちら側についた」
「なに……」
早速切り出したデスマスクの報告に、全員の表情が険しくなる。
「ドラゴンの小僧を殺そうとした俺を脅しやがった」
「聖衣は」
「着ていた」
決定的である。サガは沈黙した。
「はっきり言うぜ。俺たちは、まんまと相手の思うように駒を進められている」
デスマスクは、唸るように言った。サガの表情が、更に険しくなる。
「……詳しく言え」
「アンタは、俺たちは、相手を侮っていた。侮らなくてはならなかった。それを逆手に取られたってわけだ」
「どういうことだ?」
シュラが言った。表情はない。
「聖闘士を統べる女神アテナ。そんなご大層な名を名乗る奴ってのは、どんな奴だ? 答え。1、本物。2、雑魚」
「二択か?」
「そうだ」
デスマスクは、頷いた。
「それなりの力があるのなら、他人の名なんぞ名乗らねえもんだ。その例外の俺たちが言えたもんでもねえが」
「実に耳が痛い」
皮肉げに、アフロディーテが言った。さわさわと、壁の薔薇がざわめく。
「だが、アテナはアテナ神殿に居るのだとハッタリをかましている俺たちとしては、当然2の雑魚として城戸沙織を相手にしなけりゃならない。神の名を騙る愚かな不届き者、格下の雑魚として扱い、より少数の力で鎮圧しなけりゃならない立場。そしてアンタはそうした」
玉座に座ったサガを、デスマスクは見た。
「はじめは同じ青銅のキグナス、次に白銀。向こうの希望通りに駒を進めちまったってわけだ。──練習台にされたんだよ」
「練習台?」
シュラが、今度は眉をひそめた。
「グラード財団が世界中にばらまいた候補生、そのうち10人が聖闘士としての修行を終え、聖闘士資格、そして聖衣を得て日本に戻った。一応一人前ってわけだが、本番の戦争に参加する為に新米聖闘士に足りないものは──」
「……実戦経験」
なるほど、とシュラは頷き、眉間に僅かに皺を寄せた。
そしてデスマスクは、あの銀河戦争(ギャラクシアン・ウォーズ)もまた、城戸沙織が用意した“練習試合”だったのだろうと述べた。
いくら難関極まる資格を得たといえど、実際に使い物になるかどうか確かめなければ、神の名を掲げた戦争を始めるには心許ない。しかも、黄金聖闘士や白銀聖闘士を相手に、聖闘士になりたての子供達だけで立ち向かわねばならないのだ。いきなり実戦投入するより、しっかりと練習試合をさせてから臨みたいだろう。
「おそらく、それはデスマスクの言う通りだろうな」
シュラが言った。
「実力を着けるのに一番いいのは、自分と同等、もしくは少しだけ格上の相手と戦う事だ」
自分らと同じく聖闘士になりたての者たちと戦う銀河戦争(ギャラクシアン・ウォーズ)は、最初の練習試合としては最適だろう。その次は暗黒聖闘士──これは向こうも予期していない登場だったのかもしれないが──そしてこちらから派遣した白銀。まんまと相手に丁寧に段階を踏んだ最適の練習相手をしてしまったということか、とシュラは唸った。
「かなりのスパルタ教育だが、的確と言わざるを得ないな。候補生なら兎も角、聖衣を得た後なら、こういう生きるか死ぬかの修行の方がいっそ何よりも身になる」
「実戦経験豊富な者の助言によるものだろうな。ニコルか」
「おそらくは」
デスマスクは、頷いた。
聖闘士の存在を全世界に公表するというとんでもない催し。聖闘士が聖衣を来てテレビに映るという考えられない事態に気を取られがちだが、それは大々的な練習試合である事を隠すためであり、また聖域からその後の練習試合相手を呼び寄せる餌でもあったのだ。
「こっちは体面を守る為、下っ端から駒を進めなければならないというハンデを自動的に課せられ、その通りにした」
一呼吸置いてから、デスマスクは目を細めた。赤い目の輝きが、鋭くなる。
「はじめは同じ青銅のキグナスを刺客として送り込む。しかしデスクイーンから湧いてきたゴキブリどもとのグダグダの末に、キグナスは刺客としての任務を放棄。仕方なく白銀を刺客として差し向けるが、あろう事か」
一呼吸置いた。赤い目が、光る。
「全滅だ」
「…………」
「偽物のアテナが私利私欲の為に集めた最下級聖闘士の青銅のガキどもを相手に、青銅が寝返り、白銀聖闘士10人が全滅。……これがどういう結果を招くか。“城戸沙織は、真のアテナではないだろうか”」
聖女として名を残すジャンヌ・ダルク。彼女が存命中、聖女として認められたのは、神の啓示を聞いたからではない。そんな世迷い言は、誰も信じはしない。同じ神に傾倒した信者以外は。彼女が聖女たり得たのは、軍を率い、イングランド軍を撤退させたからだ。
だが彼女は、剣を振るう猛者ではない。肩の矢傷で泣き出して踞ったと話が残っている程の、か弱く無力な少女である。だが彼女は、オルレアンの隊長ラ・イル、アランソン公、そしてジル・ド・レイを熱烈な支持者として得、そして可憐な少女の身を戦場に置く事によって、兵士達の士気を熱狂的に上げた。そしてその結果は功績として讃えられ、彼女は聖女として祭り上げられた。
「ジャンヌは世情に恵まれずに結局火あぶりになったが、今回はそうはいかねえ。城戸沙織は王太子の下でもなく、神の下でもなく、自分自身を神として戦争を起こした」
「“勝ってしまえばこっちのもの”──というわけか」
アフロディーテが口元に薔薇を当てたまま呟いたそれに、デスマスクは無言によって肯定の意を示した。
「それで、実際、青銅の小僧達の実力はどうなのだ?」
「老師の弟子は、青銅としては結構な実力だった。盲目だが、俺にそこそこまともに技をかけ、マントを吹き飛ばした」
「へえ」
場違いにも、シュラが、少し興味ありげな反応を示した。それにサガが呆れ半分眉をひそめる。
「白銀聖闘士たちがやられ、とうとう黄金聖闘士の俺とアイオリアが派遣された──これも向こうの作戦通りの駒運びだぜ、サガ」
逆賊アイオロスの弟として13年間聖域中から疎まれてきたアイオリアだからこそ、忠義を示し名誉を挽回する為に、今回の任務を忠実に果たしてくるだろう──というのが、アイオリアを選んだ理由だった。しかしアイオリアは、おそらく、城戸沙織の手元にあるサジタリアスの聖衣──アイオロス関連で懐柔され、教皇への疑いを確かなものとしてしまった。最良の人選と思って進めた駒は相手の思う壺だったのだ。まんまと駒を取られてしまったのだ。しかも、最高位の黄金聖闘士を。
そして本来根っから真っすぐな性格のアイオリアは真正面から教皇の間へ乗り込み、教皇を指差して反逆者呼ばわりするという大胆極まる行動に出た。最高位の黄金聖闘士が、しかも教皇の間で面と向かってそう言い放ったとなれば、これは相当な事である。
幻朧魔皇拳で一応は納めた形になるが、しかし、話によるとシャカや雑兵達の目の前で行なったそれは、今まではまだ噂止まりだったものが、下々が教皇へ抱く決定的な不信となるだろう。結果的には結局マイナスにしかなっていないのだ。
「そして俺は危うく老師とムウとドラゴンの小僧相手に潰されるところだった、ってわけだ」
あそこでデスマスクが“アテナの聖闘士”らしく、黄金聖闘士たるもの一歩も引くものか──などと言っていれば、今頃教皇サガの一番の腹心である参謀は、盤上から弾き落とされていただろう。
デスマスクが撤退することが城戸沙織の計算のうちだったのか、それとも聖闘士の全てはアテナの聖闘士らしい行動しかしないと思って本当にデスマスクを倒そうとした上でのおびき寄せだったのか、それはわからない。そしてそれこそが、デスマスクが腸を煮え繰り返らせている要因だった。
そして、デスマスクが用いた比喩で言うならば、城戸沙織が進めた駒は、今回が初手ではない。数年前から、彼女は、いや彼女らは、慎重に、少しずつ少しずつ駒を進めてきた。それは聖域内に草を放ち、教皇側、サガたちの信用を下げる噂を流し、更に幻朧魔皇拳の存在を聖域中にばらまいたことなどである。幻朧魔皇拳のソースは、前聖戦の生き残りにして教皇であったシオンの盟友、童虎であろう。
おかげで、最大の秘密の一つにして最強のカードの一枚であった幻朧魔皇拳は、最早雑兵までもがその存在を知っている。お陰で教皇への信用は、恐れられると同時に最早下降の一途である。それへの対策として、ずっと教皇宮に引き籠っていたサガが“下”に降りて人々に施しを行なったり、生活面を充実させるなどの配慮を行なった。その場その場では皆「神のようなお方だ」などと多大な感謝を寄せはするが、地面に溢れて染み渡ってしまった油のように、悪い噂はなかなか流れ落ちてゆかないものだ。
「弱いものから、順に。強いものは一人ずつ誘い出し、倒す。要するに、……順序よく、下から崩されてるってわけだ」
軍とも言えない程の少数の兵士、しかもその兵士は一人前にもなりきらない新兵のみ。そんな軍を用いようとする時の策は、奇襲しかないだろうと、普通は思う。しかし城戸沙織は、兵達を順序よく地道に鍛え、そして同時に敵を弱い順から倒した。王道にして、真綿で首を絞めるような駒運び。威風堂々、そう言わざるを得ない動きだ。
端から、ぼろぼろと崩されていく陣地。
そして濃厚に薔薇の芳香が漂う教皇の間に、ざわりと小宇宙が立ちこめた。
「……小賢しい」
マグマが蠢くように重厚な小宇宙の流動に合わせて、薔薇たちが花びらを散らした。朝日のような輝きを持つプラチナの髪が、夜色に染まる。
「実に小賢しい」
深海の生き物のごとく、真っ赤な眼球と黒い目が、ぎらりと光った。
「……本当は、あの時。初めて城戸邸に出向いた時。城戸沙織があの時の赤ん坊じゃないかと疑った時、俺たちはあの娘を殺すべきだった」
もしくは、本来聖域にあるべきサジタリアスの聖衣を所持しているという事を理由に出向き、それに反抗したところを殺すべきだった。または、銀河戦争(ギャラクシアン・ウォーズ)などという、世界規模の最大機密とも言える聖闘士の存在を公にし、更に見せ物にまでするとんでもない催し。それに対する粛清として、殺すべきだった。でなければ、最初にキグナスや白銀などではなく、黄金聖闘士の誰かを派遣して、一人残らず抹殺すべきだった。デスマスクは、淡々と、そして地を這うように重くそう言った。
「はっきり言うぜ。……形勢不利だ」
空気が、鉛のように重くなった。全員の小宇宙のせいだ。
「だが、これ以上向こうの思うままになるわけにはいかねえ」
「と、いうと?」
アフロディーテが、身を乗り出した。デスマスクは一度全員を見渡すと、また口を開いた。
「……おそらく向こうが思い描いていた一番いい運びは、アイオリアを懐柔し、そして五老峰に派遣された黄金聖闘士、すなわち俺を新たな練習台にすることだろう」
青銅の小僧に相手をさせなくとも、黄金聖闘士二人掛かりでタコ殴りにするのを見せるだけでも、どのぐらいの実力か見せるだけでも相当な情報になるからな、とデスマスクは、忌々しそうに言った。
「そしてムウが聖衣を纏って敵対宣言をした事で、こっちにはムウを粛清する理由が出来た」
「ムウがわざわざ出てきたのは、また我々を向こう側におびき出す餌か」
また薔薇で口元を隠したアフロディーテが、言う。半眼になった水色の目が、壮絶な光を宿している。
「そうだろうな。防戦のみを信条とするアテナを名乗るに相応しい陣の置き方だ」
「で? まさか乗るんじゃないだろうな」
「当然。これ以上、ア(・)テ(・)ナ(・)ら(・)し(・)い(・)こ(・)と(・)なんぞさせてやらねえぜ」
クッ、と、デスマスクは、お得意の、酷薄な笑みを浮かべてみせた。
「……今度は、こっちの番だ。ディフェンスに徹するぜ」
「十二宮は防戦の為の要塞……。本来の、“アテナを守る為の陣”でいく、ということか」
「そうだ。防戦のみを信条とすると掲げるアテナが“攻め”に回る事自体、ア(・)テ(・)ナ(・)と(・)し(・)て(・)相(・)応(・)し(・)く(・)な(・)い(・)行動だからな」
我こそが真のアテナであると名乗りを上げた城戸沙織にとって、少しでもアテナらしからぬ行動をとる事は望ましくないはずだ。
「ここはア(・)テ(・)ナ(・)の(・)聖(・)闘(・)士(・)ら(・)し(・)く(・)、篭城し、十二宮突破を余儀なくさせるのが上策──と俺は考えるがね。……どうだ、サガ」
銀髪の参謀は、玉座に腰掛ける教皇を伺った。王者に相応しい風格で座し、肘掛けを使って頬杖をついていたサガは、少しの間の後、ニヤリと笑った。
「──良かろう」
サガは、玉座から立ち上がった。
「……良かろう」
口の端が吊り上がり、壮絶な笑みが浮かぶ。
「本物だろうが偽物だろうが、構うものか。あの日何もしなかった無力な神があの娘であったとて、何を恐れることがあるものか」
何もかもを救わなかった神に、何の畏れを感じるものかと、サガは言い捨てた。
「女神を名乗る小娘が。……よかろう、返り討ちにしてくれる」
バサリと法衣を翻し、黒髪の美しい教皇は、黄金の甲冑を纏った三人を見遣った。
「むしろ好都合。神を名乗る娘を殺し、わたしが真の神となるのだ」
三人が、彼の前に跪く。サガは彼らを見下ろし、王に相応しい堂々たる風格で命じた。
「神を名乗る者を倒し、地上を手に入れる。──これは聖戦だ」
神とアテナとが地上を巡って争う事を、聖戦という。だが彼らにとってはそうではない。人が神を倒す事こそが聖なる戦争であり、そして今まさにその幕が開いたのだと、サガは宣戦布告した。
「これが、我々の、聖戦だ」
何も救ってはくれなかった、傲慢にして無力な神。
我らの敵を倒すのだと、彼らは鬨の声を上げた。