第4章・Bittendes Kind(おねだり)
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「なってやるよ、聖闘士」
 サガがスウェーデンに発った二日後。
 もう身体は充分回復したとして再度謁見の間に呼び寄せられた少年は、その赤い目で、シオンをぎらぎらと睨みつけながら、絞り出すようにそう言った。いかにも嫌々、苦虫を噛み潰したように。
「どういう心境の変化だ?」
「うるせえよ。なるっつってんだから何でもいいだろ」
 フン、と、少年は高飛車にそう言った。
(サガに任せたのは、正解であったらしいな)
 シオンは、キャンサーに一杯食わされてから沈んでいるカプリコーンをアイオロスに任せ、そしてサガにキャンサーを任せたのである。特に何を思っての割り振りではなかった。強いて言えば、キャンサーはアイオロスと合わないようだから、というだけの。
 いかにも優等生で年長者としての自覚が強いサガと、小憎たらしい知恵の働く悪ガキであるこの少年、正反対かと思いきや意外に馬が合うようだ、と、シオンは少し驚いた。
「……まあ、よい。それでは今日からそなたをキャンサー候補としてこの聖域に正式に迎えよう」
 シオンの知る限り今までこう言って喜ばなかった子供など居なかったが、たった今正式にキャンサーとして、聖闘士の最高峰である黄金聖闘士の候補として認められた少年は、世界一不味いものを必死に我慢しながら飲んだような、壮絶に嫌そうな顔をした。



「まだ怒ってるのか?」
「……別に」
 ぷいとそっぽを向いて暗い声を発したカプリコーンに、アイオロスは苦笑した。
 怒っていない、というのは本当なのだろう。
 アイオロスは詳しく聞いていないが、カプリコーンがキャンサーに突かれた部分は、カプリコーンにとって、怒りというよりも、触れられたくない、うんざりするようなそれだった。だからむかつくよりも落ち込む方が強かったし、そんなに何日も怒りを持続させていられるわけもない。それにただでさえ彼はまだ子供なのである。泣いているうちになんで泣いているのか分からなくなる、つまり感情に任せて理由を忘れてしまうことなど、当たり前のことだ。カプリコーンは、そこまで赤ん坊ではないようだけれど。
「……まあ、あの子もかなり限界だったみたいだし、……謝って来たら許してやれよ?」
「……謝ってきたら」
 言われた訓練ノルマをこなしながら、カプリコーンはむすっとした口調で言った。
「よし、じゃあちゃんと仲直りするんだぞ」
「……アイオロス」
「ん?」
「仲直りも何も、最初から仲なんて良くないよ。あのとき初めて会ったんだし」
「うっ」
 もっともなことを言われ、アイオロスがぎくりとする。どうなんだ、と言わんばかりにじっと視線を寄越してきたカプリコーンに、彼はうーんと唸って首をひねった。
「じゃあ今から仲良くしろよ。同じ黄金聖闘士になるんだから」
「あいつ、聖闘士になりたくないんだろ?」
「いやそれがな、今日、候補生になるって自分から言ったそうだ。そうそう。これも伝えようと思ってたんだよ」
 キャンサーはまだ一度も訓練を受けていないから、君と一緒に訓練を受けるのはもう少し先になるけど──と、アイオロスはにこにこしながら言った。あの少年がキャンサーになるのがよほど嬉しいらしい。
「仲良くなれって言ったって……」
 今まで友達らしい友達が居たこともないカプリコーンは、その手段に皆目見当がつかなかった。困った顔をしている彼に、アイオロスは兄貴面を大きくして、言った。
「なに、簡単だ。そうだな、手っ取り早いのは、秘密の言いあいっことかだな」
「……秘密?」
 不思議そうな顔をするカプリコーンに、アイオロスは、そう、と大仰に頷く。
「早々人には言えないことをお互い言いあいっこするのさ。もちろん他の奴には言っちゃいけない。信頼の証だからな」
「秘密って……例えば?」
「例えば……そうだな、好きな女の子の名前とか、もう毛が生えてるかどうかとか?」
「好きな女の子なんて居ないし、毛が生えるのはもっと先だよ」
「例えばだよ、例えば。何でもいいんだよ」
 アイオロスはそう言って、腕立て伏せをするカプコーンの脇にしゃがんで、ぼそりと小声で言った。
「……そして実は、俺はもう生えている」
「え──!?」
 一度も止まらなかったカプリコーンの訓練メニューが止まった。
「早いよアイオロス! 早すぎる!」
「ははは、うん、サガにも言われた」
「サガは生えてんの?」
「サガはなあ……おおっと、言っちゃいけない、秘密だからな!」
 だめだめ、と顰めた顔の前で手を振ったアイオロスに、カプリコーンは神妙に頷いた。
「秘密か……」
「そうだ、秘密だ。もちろん俺に毛が生えていることも秘密だぞ。喋るなよ」
「わかった。喋らない」
「よし」
 うむ、とアイオロスは厳めしい顔で頷く。
「……というわけで、俺とお前は仲間だ。秘密を共有したからな」
 カプリコーンは、僅かに目を見開いた。アイオロスはにっと笑うと、腕立て伏せの姿勢のままのカプリコーンの黒い頭をわしわしと撫でた。
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BY 餡子郎
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