なんという事だ、とシオンは呻いた。
教皇の間に居ても僅かに聞こえた轟音、そしてそのすぐ後の報告により、キャンサーを投獄していた懲罰房とその周辺が、いきなりの轟音とともに崩壊した、ということが判明した。その小宇宙がここへやって来たばかりのカプリコーンのものだということが既に分かっていただけに、シオンは冷や汗をかいた。どういう経緯でそんなことになったのかは分からないが、コントロールが天才的に上手いだけでまだ何の訓練も受けていないキャンサーが、あの千の刃を受けて無事でいられるわけがない。
というより、死んでいるのが当然だ。
「カプリコーン!」
現場は、まさに千の軍団が通り過ぎた後、もしくは刃の竜巻が通り過ぎた後のようだった。懲罰房である石小屋は既に影も形もなく、周囲の岩場には、無数の斬撃の跡が残っていた。
それを行なった張本人は、既にやって来ていたサガとアイオロスに囲まれて、頭を抱えて踞っている。
「大事無いか」
「シオン様!」
「うろたえるでない」
踞るカプリコーンの前に膝をついていたサガが立ち上がったのを、シオンはやんわりと制した。
「カプリコーン。キャンサーはどうした」
シオンが話しかけると、踞っていた黒髪の少年は、びくりと大きく震えた。
「カプリコーン」
「僕は」
歯の根が合わない、震えきった声だった。ただでさえ高い少年のソプラノが、ひっくり返って引き攣れている。
「僕はできないと言いました」
「カプリコーン」
「なのにあいつが!」
叫んで、カプリコーンは泣き声で言った。
「──あいつが! 僕の、僕は、」
「落ち着け、カプリコーン」
「僕はやめろって言ったのに、あいつが!」
完全に取り乱している少年をなだめるのは難しいと判断したシオンは、彼の頭に手を置いた。砂金のように煌めくものが混じった小宇宙がふわりと漂ったかと思うと、黒髪の少年は、ことりと事切れるようにして地面に倒れた。アイオロスとサガが、慌てて彼を支える。
「──…………ふむ……」
シオンは、瓦礫の山と化した周囲を見回した。瓦礫の山からは、血の臭い一つしない。──そのかわり、ひどい臭いがする。
「……彼奴め」
ふう、とため息をつくと、シオンはサガとアイオロスに言った。
「二人とも、カプリコーンは他に任せて、キャンサーを探しに行け」
「生きてるんですか!?」
驚愕に目を見開く二人の少年に、シオンは再度ため息をついた。
「死んでおったら、その痕が残っておるはずだ」
おそらくそれは、原形を留めていないミンチ状の死体だ。だが僅かな血の臭い一つしないということは、瓦礫の下にそれが埋まっているという事も考えられない。シオンの予想が確かなら、怪我をしていてもかすり傷程度のものだろう。
「やれやれ、ここまで手段を選ばぬとは。畏れ入る」
第2章 Kuriose Geschichte(珍しい話) 終