花の守り手(4)
 休息に終わりを告げたのは、スプラウト先生の拍手だった。ぱんぱん、と小気味よい音と「さあさ、続きの作業に戻りましょう」という掛け声に、全員が立ち上がる。植物が大好きな面々は、るんるんとはずむ気持ちを抑えきれないのか、待ちきれないという様子だ。

「さあ、いよいよ土を完全に被せてしまいますよ」

 そう言ったスプラウトの手には大きなシャベル。マグルと同じように、魔法界でも肉体労働なのだろうか、と思ったのも束の間の事で、スプラウトはヒョイ、と杖を一振りして、シャベルを動かした。
 なるほど、作業工程は同じでも、こういった所で魔法の力を借りるのだな、と学ぶ。

 しかし、警察官の祖父を持ち、両親が自衛官である、ザ・肉体労働を地でいく真田からすれば、魔法の力に頼るというのが、たいそう不服であった。ひとりでに動くシャベルを一瞥し、スコップを握りしめ戦闘準備万端、といった状態だった。
 他の面々も似たり寄ったりで、「自分の力でやりたい」気持ちが強いのが、テニス部員たちの集まりである。よって、かなりの重労働になりそうな箇所は魔法で動くシャベルに任せながらも、各々の力で土を掘り、穴へと被せていく。

 「自力で」を地でいく日本人留学生の逞しさに、さすがサムライの国は違うわねえと、スプラウトは感心しきりといった様子で何度も頷いていたが、世間的一般から比較しても彼らの年齢から考えて、彼らの自立心が驚くべき確立されていること自体が特殊であることに、彼女は気づかない。

 水が引いて根鉢が露わになった根元に再び土を被せ、ある程度まで土が被せられた段階で、土を軽く踏み固めて行く。
 ぎゅっ、ぎゅっ、と踏みしめて、木の周りをぐるぐる周回するのは、なんだか楽しい。

 もう一度、周囲に水鉢を作る工程で、千石がふと言った。

「この桃の木って、実が出来る木なの?」

 千石の言葉を受け、白石が「一応」と答えた。
 1年生の苗を購入したので、実際に実がなるのは2年も先の話である。そのことについて思い至った植物大好き組──幸村・不二・白石・紫乃──は、互いに顔を見合わせた。  別に何が何でも桃を食べたいわけではないが、実がなるのであれば、やっぱり在学中に食べてみたい。“親”としては、花が咲く瞬間を見たいのである。

「魔法で成長させるいうんは、でけんのやろか?」
「そんな呪文は聞いたことが無いな」
 即答したのは、柳だった。
「魔法にはいくつかの分類がある。対象者或いは物を変容させる魔法、および呪文全般であるSpell、対象者或いは物に働きかける魔法であるCharm、ユーモアのある呪いのJinxに、軽度の呪いのHex、そして強度の呪い、および闇の魔術とされるCurse────この5つだ。対象の生命を奪うものが闇の魔術の許されざる呪文だが……命を与える、或いは命に対して何らかの作用を働きかける呪文はないな」
「黒魔術もそうだけど、殺すことはたやすくても、命を吹き込むというのはリスクが高いからね……」

 静かに言葉にしたのは不二だ。さらっと「殺す」という単語が登場するあたり、言っていることは果てしなく重いのだが不二の容貌が発言の重さを打ち消していることに、誰も気づかない。
 「それ相応の代価、つまり代償が必要になるからね」と続けた不二に、全員が神妙に頷いた。
 マグルの世界だろうが魔法界だろうが、要するに「命」を扱う、というのは難しい行為である、ということだ。

 許されざる呪文の中でも死の呪文が、特に嫌悪される理由はそこにある。
 魔法で殺人を犯せば、魂が引き裂かれ、よほどの悔悟と反省がなければ、二度と元の魂には戻ることができないとされているほどだ。

「え、でも花を咲かせる呪文あったでしょ?」
「あれは、命に作用させるわけではなく、Spellの分類になる。対象者あるいは無機物に花を咲かせるわけだからな」
「……なるほど、つまり、故意に人や動植物の命をどうこうする、というのはたとえ魔法でも出来ないというわけだな」

 「それが当然だがな」と言って納得した様子の真田に、柳が頷いた。ほえー、と気の抜けたような返事をしたのは千石だが、他の面々も似たような反応だ。
 一人ちがった反応を見せたのは傍らで作業をしつつ、こっそり会話を聞いていたスプラウトで、目をまん丸とさせている。授業でも、レイブンクローの柳といえば、素晴らしい答えを返してくれることを知ってはいたが、1年生でここまで呪文学について知識が豊富だとは思いもよらなかったからだ。
 人間図書館、賢者の一族たる柳蓮二に、知らないことはほとんどないと言っていい。

「出来る場合もあるが、闇の呪文に関しては、それ相応の覚悟が必要だ。呪文が跳ね返って来た場合、術者の身に何があってもそれは自己責任だ。まあ、最も、それは魔法に限った話ではないがな」
 そう言って、柳は不二と紫乃を見た。黒魔術と陰陽術は、術によっては相手を呪い殺すものがある。「昔から、人を呪わば穴二つと言うしね」そっと不二が言い添えた。

「となると、呪文でどうこうは無理っちゅーわけやな……」
「えー、でもさあ、ここ魔法の世界だからなんか出来そうな気もするけどなあ」

 千石の言葉に、全員がうんうんと頷く。けっして誰しも命を軽んじるわけではないが、でもやっぱり花が咲いて実がなるところを見たい。
 うんうんと頭を悩ませる彼らに、スプラウトはくすっと笑った。どの少年も大人びてはいるが、やはり1年生の子供たち、ということだ。そんな一面を垣間見ることができたので、とても微笑ましいのである。

「声をかけてみるのは、どうかな?」
「声?」
 ずっと考え込んでいた様子だった幸村が、ようやく発言する。
 ポカンとした表情が多いが、不二は名案だといわんばかりに、ポンと手のひらを打った。
「そっか。植物を育てるときは、声をかけるからね」
「そうなのか?」
 不思議そうな声は、手塚だった。声にこそしていないが、真田や紅梅も目をまん丸とさせている。
「うん。よくやるよね?」
 同意するように不二が幸村や白石へと振り返れば、当然だと言うような様子で頷いている。

「日本には樹霊や木霊という言葉があるくらい、植物にだって精霊が宿るって思われてるもんね」

 にこっと微笑んで、そう言ったのは紫乃だ。
「生物学的な根拠があるわけではないが――――」と、前置きした上で柳が補足する。

「「牛」にクラッシック音楽を聞かせて、「お乳」の出をよくしたり、野菜や草花にクラッシック音楽を聴かせて、栽培効果を上げたりする農法もある。酒を作る醸造所では、クラッシック音楽を流すと、醸造の過程でうまく麹菌が発酵して、柔らかな味のお酒が出来ると言われているそうだ」
「あ、それなら聞いたことあるかも! 前に、なんだったっけ。なんかのテレビで、ヘビメタルを植物に聞かせ続けた場合と、クラシックを聞かせ続けた場合の比較実験やってたの見た!」
「それと同じことだな」

 薄らと笑む柳に、「そーいうことだったのかあ」と千石は多いに頷く。

「日本には樹木医といって、木のお医者さんがいるくらいだからね。声を掛けるってことは、決して無駄じゃないと思うよ」
「植物かて生き物やしな」

 人間が聞いていて気持ちのいい言葉や音があるように、動植物にだってそれらは存在する。
 それになにより、「言霊」というものがある。こうなって欲しいという願いを口にすることは、けっして無意味ではないだろう。

「魔法をかける、というよりも、呼びかけるということか」
「そういうことだな。成長するかどうかは植物次第、というところだろうが」
 二人揃って腕組みしたまま、手塚と真田が言った。

「でも、植えたのは魔法界の植物なんだから――――」

 ――――面白い事が起こるんじゃないかな、と。
 ニッコリと幸村が微笑むと、全員が目を爛々とさせた。



 ほんの少し距離を置いた所で、微笑ましい会話をしている少年少女を眺めながら、ポモーナ・スプラウトはくすくすと微笑んだ。梱包と解いた後の袋や麻縄を片付けながら、耳をそばだてていれば植物に声をかけてみる、という子供らしい可愛いアイディアが聞こえてきた。あの子供たちは、いったい何をしてくれるのだろうか。
 どんなに成長の早い魔法植物とはいえど、最速で半月はかかるのが常識だ。それでも、挑戦してみようとする姿勢は学生として褒められるべきであるし、発想そのものだって危険ではないので見守っていたいものである。
 何事にも一生懸命で、なにより見ていて飽きないわねえ、と日本人留学生たちを見つめ、泥のついたほっぺを拭い、自身の作業に没頭するのであった。

 さて、そんな子供たちはというと。
 「桃の木のー! ちょっといいとこ見てみたい!!」と手拍子で元気よく呼びかける千石に続き、何故か阪神タイガースの応援歌を歌い出す白石。
 二人の様子を見て、人を励ます、あるいは元気にさせるものであれば何でもいいのか、とやや誤った方向に解釈をした真田は、

「ファイトォぉおお! いっぱぁあつッ!!!」

 ────絶叫した。
 某製薬会社の栄養ドリンクのCMである。

 叫んですっきりしたのか、どことなくご満悦な真田だが、とりあえず三人とも何かをおかしいことに気づいてはいない。

「いや、あの、千石はまあ置いておいても、なんで阪神?」
「ドラちゃんとゴラちゃんにも阪神タイガース聞かせとんで! あんな無駄のない絶頂エクスタシー球団はおらへん!」
 それはもう満面の笑顔の白石に、不二はこれ以上の意思疎通を計るのは無理だと悟る。
 「だから白石のマンドラゴラは、阪神タイガースの音程で泣き叫んでたのか……」と、耳あてをしていても洩れ聞こえてきたマンドラゴラの叫びを思い出した幸村は、これ以上ないくらい嫌そうに洩らした。
「……弦一郎も、まあ……いいか」
「柳、君はそれを本気で言っているのかい?」
「気合入り過ぎて植物も委縮するだろ、あれ」
 苦笑して流そうとしていた柳に、不二と幸村は真顔だった。


「がんばれー! とかでいいのかな?」
「いいんじゃないのか?」
「でも、がんばれって言われるとプレッシャー感じて嫌な気持ちにさせちゃったらどうしよう……」
しーちゃんは、そない言われたら嫌な気持ちになるん?」
「……私は、嬉しいかな」
「そやったら大事おへん。おきばりて言うたらええんよ」
「上杉の言う通りだ。誰でも応援されたら嬉しいものだろう。少なくとも俺はそうだ」

 他の面々から少し距離を置いて、小さく相談を持ちかけた紫乃は、手塚と紅梅のあっさりとした返答にそれもそうかと頷いて、にこにこと苗木を撫でる。囁きかけるように「がんばってね。綺麗なお花を咲かせてね」と声を掛けた。二人からの太鼓判は、紫乃にとっては大きな自信をもたらしたのである。
 紫乃の隣に、同じように中腰になった手塚と紅梅もまた、紫乃にならって各々が声をかける。

「油断せずに行こう」
「おきばりやす」
 言い終えて、三人は見つめ合い、顔を綻ばせる。

「そやけど、少しは厳しいことも言わなあかんのと違う?」
 のんびりとした口調のままで出てきた言葉であったが、言っていることと雰囲気が噛みあわず、手塚も紫乃も反応に遅れた。
 どういうことだ、とばかりに二人の視線を受けとめ、やはりおっとりと紅梅は言う。

「きばらなあかん、て思うことも時には必要な気ぃしたん」
「確かに、一理ある。適度な緊張感は場合によっては必要だからな」
「手塚はんもそう思うん?」
「ああ」

 テニスでの試合の、あの程良い緊張感を思い出す。ベースラインの外側に立ち、テニスボールをバウンドさせ、構える瞬間。歓声と熱気は遠ざかり、孤独な世界に取り残される瞬間の、昂揚は自身を鼓舞させるのだ。
 成長の過程において、ある程度はプレッシャーなど必要かもしれない。ただし、やり過ぎては逆効果ではあるが。
 では、どんな言葉が良いか――――手塚が言葉を選んでいると。

「お花咲かせなあかんよって。鋏でちょん切ってまうえ」

 衝撃としては、真田の叫びと同じくらいのそれだった。
 雰囲気としては、はんなり。けれども、内容は全然はんなりじゃない。どころか、えげつなかった。

ちゃんいいね、それ!」
 真田のファイト一発に、いい加減付き合いきれなくなったのか、こちらへとやって来た幸村が笑顔を輝かせた。
 幸村の後ろの方では、ファイト一発に便乗した千石と白石も一緒になって叫んでいる。

「いいのか、幸村」
 手塚としては信じられない気持ちである。
「花たちを褒めるのはよくやるけど、時たまに檄を飛ばすこともあるよ?」
「檄……なのか? あれは」
「飴ばっかり与えて甘やかすのはよくないからね。鞭も必要だよ」
 途轍もない破壊力のある鞭だなと思ったが、手塚はあえて言葉にせずに飲み込んだ。が、目は口ほどになんとやらだ。明らかに、承服しかねると表情にしている手塚に、幸村が指をさした。

「でもさ、ほら!」
「!」

 人差し指の示す先。彼らの斜め上くらいに、薄桃色の花がポン、と飛び出した。
 ぽん、ぽん、ぽん!と弾けるように現れた花々に、手塚は目を白黒とさせる。

「すごーい! ちゃん、ゆきちゃん、さすがだね!」
 そして何の疑いもなく、手放しで二人を賞賛する幼馴染に、本気で手塚はこの幼馴染が心配になった。

「ある程度の脅し……じゃないや、緊張感は必要だよね」
「……いま脅しと言わなかったか」
「昔話にもあったやないの。さるかに合戦で」
「やはり脅しなんじゃないのか?」

 手塚の発言に対し、なんら明確な返答もなく、幸村と紅梅の二人は穏やかに微笑み合っている。傍から見れば、とても平和な光景だろうが、二人とも言っていることはかなりえげつない。
 心なしか、「鋏で切ってまうえ」と言われた桃の花の開花スピードが尋常でないのは、気のせいではないはず。

「見てみてー! こっちも咲いたよー!!」
 はしゃいだ様子で叫んでいる千石に、紫乃がぱあっと目を輝かせた。
「ほんと!?」
「不二クンと柳クンがな、変身術の時と同じ要領で、全身に魔力込めたらどうや、て言うたさかい」

 変身術では、杖を振る際に魔力を指先に伝えるイメージで呪文を唱える。その要領で、声に魔力を込めてはどうか、と提案したのは不二だった。
 声だけではなく、全身で魔力を木に注ぐことができるように、と不二の案を発展させたのは柳だった。その結果――――。

「――――ハァアアアッ!」

 ファイト一発から発展したその先は、合気道か何かで花を咲かせている真田である。深呼吸の後に、右手の杖を前に突き出すスタイル。杖がなければ太極拳かと勘違いしそうである。真田の杖の向こう側では、ぽん!と花が咲いた。
 目をまん丸とさせ、思わず拍手してしまった。
 「あいつ、いつから花咲爺さんになったの」とは、幸村。辛辣だった。

紫乃ちゃんたちにも出来ると思うよ。こうやってね……」
 にこにこしながら、しゃがみこんだ不二は限界まで身体を小さくさせて、次の瞬間、縮めていた身体を解放するようにジャンプして飛び上がり、杖を突き出す。
 「えい!」
 小さく不二が叫ぶと、やはりポン!と、また新たに花が咲く。
 「やった」と、小さく洩らした不二は、嬉しそうだ。

「もちろん、心の中では“頑張って”とか想いを込めてね。これも、杖を変化させたのと同じ要領」
「つまり、我々が呪文を唱えるという過程を飛ばしたのと経緯は同じだ」
「あとは、相手は“生きている”んだから、気持ちの問題かな」

 「だから、激励とか叱咤の気持ちが必要になって来るんだけどね」、と不二が付け足す。
 要するに、無機物が相手ではない“生きている”命を相手にするのだから、イメージだけでの問題ではないということか。端的にまとめた手塚の言に、柳は小さく笑う。

「ジャンプしてみたのはなんとなくだよ。別にスタイルは真田のようなのでもいいし、とにかく全身で気持ちと魔力を伝えられるなら、方法はなんでもいいと思う」
「ほなら、日舞でもええんやろか?」
「上杉さんはそれが自然なスタイルだと思うから、その方がいいかもしれないね」
「じゃあ、激励と叱咤を交互に織り交ぜてやってみようか!」

 きらきらと目を輝かせた幸村に、紫乃は元気よく頷き、そして手塚と紅梅も後に続いたのであった。
 そして、その結果――――。



「これは……一体………!!」

 日本人留学生の彼らなら、他の新入生と違って少しくらい目を離したとしても、大ごとにはならない――――間違っても、あのホグワーツの悪戯仕掛け人のようなことは仕出かさない――――だろうと思って、しばらく離れていたスプラウトが目にしたもの。
 それは、つい先ほど植えたばかりの木々が大きく成長し、桃の木は花まで咲かせていたのである。木によってはたわわな実をつけているものまで。美しく成長した木の枝を飛び交うのは、木の精や花の精たちだ。
 愛らしい精霊たちが、踊るように飛びまわれば子供たちは無邪気に拍手しているが、これはとんでもないことだとスプラウトは顎が外れそうになった。

 通常、精霊が宿るのは何百年単位の年輪を重ねた大樹である。それが、どうだ。ほんのつい先ほど植えたばかりの木に善良な精霊が宿るなんて、聞いたことがない。論文を執筆しても「そんな馬鹿げた話があるか」と信じてもらえないのは間違いないだろう。残念でならないが、こんな素晴らしい現象をたやすく引き起こした彼ら留学生の存在に、天を仰ぐ。

 ――――スプラウトは、これ以上ないほどに植物を愛する人間である。つまり、喜びすぎて頭がおかしくなる一歩手前だった。

「見てください、先生! みんな大きくなりました!!」
「こうなったら、色んな植物や木ぃも育ててみたいな」
「うん! 家庭菜園なんかもしてみたいよね」
「桜や梅も育てたいよね。あ、藤なんかどうかな、ちゃん」

 植物大好きを公言する四人は、スプラウトの元へと真っすぐ駆けてきた。ぞろぞろとやってくる彼らに、スプラウトは決意する。

(ホグワーツを花で溢れさせる私の野望……! 今こそ叶える時が来たわ!!!)

 学生の頃から植物が好きで、友達を作るよりも植物にばかり囲まれていた。おかげで、泥だらけになるのはしょっちゅうだったものだから、友人を作るのは下手くそだった。
 そのくらい植物を愛するスプラウトは、ホグワーツの校内をもっと綺麗な花々や魔法植物で溢れさせることができたら、と考えていたのである。

(それに……)

 そんでもって、薔薇なども育ててミスター・サカキに少しでもお近づきになれたら……と、気品溢れる日本人監督者を思い出し、スプラウトは赤らみのある頬をさらに赤くさせた。あのダンブルドアが、あのサカキをホグワーツの教諭にするのだ、と言った時は、マンドラゴラの叫びを超える大絶叫をして、スネイプに睨まれたのはひと月前ほどの出来事である。
 長い付き合いのマクゴナガルにしか打ち明けてはいないが、タロウ・サカキのブロマイドは観賞用・保存用・布教用と3枚も保有していたりする。
 ――――と、このあたりは完全に下心である。

 そんなスプラウトの個人的な背景や下心など知るはずもない面々は、急に黙り込んだスプラウトを前に、だんだん不安になってきた。紫乃あたりは「もしかしてやってはいけない魔法だったのかな?」と青ざめた――――が。

「先生は大賛成です! 色んな植物で、ぜひホグワーツを華やかにしましょう!! 植物は人の心を癒すわ! ですから、植物で溢れればきっと世界は優しいものになるでしょう!!!」

 おっとりしていた姿からは一変し、やや興奮気味に力説するその姿は、大統領演説もかくや、というほど。
 とはいえ、これまた植物大好きな四人組は、スプラウトの力説が的外れではないことを確信している。植物を見れば心が安らぐ。それは四人にとって普遍の定理だった。
 この瞬間、スプラウトと四人組の間では、言葉はないが目と目で通じ合ったのであった。


 後日、これまでにないほど熱いスプラウトの訴えに「スプラウト先生がそこまで言うなら」とホグワーツ周辺に花や木を植えることをダンブルドアはあっさり許可した。
 余談だが、ほっほと笑っている校長の隣で、マクゴナガルは今まで見た事のない同僚の熱弁ぶりに顔を引き攣らせていたが、「クィディッチが絡んだ時の貴女そっくりですな」とスネイプに鼻で嗤われたため、真っ赤な顔で震えながら「今年こそスリザリンを王座から引きずり落としてやる」と固く誓っていた。

 ダンブルドアからの許可をもぎとったスプラウトと幸村・白石・不二・紫乃により、ホグワーツの周辺には桜や藤などの花を咲かせる木が植えられ、季節の花々のスペース、菜園のスペースなどが設けられた。
 その素晴らしい仕事ぶりを目撃したロン曰く「君たち、植物園でも作りに来たの?」というくらいだった。

「随分とゴージャスになったじゃねーの。アーン?」

 あまりに熱心な活動ぶりに、跡部が「ちょうど俺様も、ホグワーツに薔薇園が欲しいと思ってたところだぜ」と言い出し、新たに薔薇園まで設けられる計画が決定したのだった。
 ――――スプラウト先生が、榊監督に薔薇の花束をプレゼント出来るかどうかは、彼女次第である。