スネイプにとっては腸の煮えくりかえる、グリフィンドールとスリザリンの合同授業から１５分置いて。今度はレイブンクローとハッフルパフとの合同授業である。

　怒りおさまらぬままの授業となったため、セブルス・スネイプの質問という名の八つ当たりは、数々の生徒を竦み上がらせた。
　暗い表情で俯き、「わかりません」と答える生徒をせせら笑い、容赦なく減点してやれば、悔しげに唇を噛みしめ着席してゆく。

「こんなこともわからんのかね、機知と叡智のレイブンクローの諸君よ」
　口許をにやりと歪めながら、ローブを翻し闊歩するセブルス。静まり返った教室内に、挙手があった。
　すべて、レイブンクロー生────しかも、スネイプにとって忌々しい幸村精市と同じ日本人の、柳蓮二、乾貞治、そして手塚国光だった。
　スネイプの瞳から、愉悦の光は消え、苛立ちが灯る。柳と乾が勝手に立ち上がり、なにやら分厚いレポート羊皮紙を取り出し、これまた勝手に話し始めた。



「────と、このような方法に則り、生ける屍の水薬は生成可能であるとされるが、この手順は、あまりにも高度かつ複雑な手順であり、生成量から鑑みても、非効率的であると言わざるを得ない。近年の魔法薬学学会で議論がなされている次第であり……博士」
「ああ、蓮二。よって、昨今において有力視される生成手順としては、アスフォデルの球根は粉末状にするのではなく、球根のエキスを抽出し、５滴ほど点滴するのが最も良いという発表がなされている」
「しかし、我々としてはこの方法も非効率だと批判する」
「先を越された。さすが教授だ」
「何を言う博士。今日の授業のおできを治す薬に関しては、さっそくこの間の理論を実証するつもりだったのだろう？」
「全てお見通しのようだな」

　かすかな笑みを唇に浮かべ、微笑み合う両名に、スネイプの怒りは沸点に達した。出席簿を教壇に叩きつけ、睥睨する。
　しかし、きょとんとした様子の柳と乾に、苛立ちは収まらない。

「ヤナギ、イヌイの両名に５点。しかし、質問に対しての解答としては過分であり、あまつ自身の見解を交えたことについてレイブンクローより１０点減点」
「！」
「……ほう」
「さすがはレイブンクローの諸君。己の知識量をひけらかしたい出しゃばりが多いと見える」

　嘲笑すれば、スッと真っすぐに手が挙げられた────手塚国光だった。

「お言葉ですが、スネイプ教授。彼らの解答は、過不足ない解答でなかったとはいえ、不適切な解答ではないと思われますが」
「誰が発言を許可した、ミスター・テヅカ」
「では、発言の許可をいただきたい」

　動じる素振りもなく、真っすぐに見つめ返す手塚。
　さっきの幸村といい、このレイブンクローの３人といい。なぜこの留学生共は、こうも面の皮が厚いのか。面の皮が厚ければ、神経まで図太いのか。腹ただしいことこの上ない。苛々する。

「黙れ！　授業を始める！　愚図なハッフルパフの諸君らは、羽ペンすら動かせぬほど動作が遅い連中が多いのでな」
「……聞き捨てならぬ！」

　視界の端で、カナリアイエローが乱暴に立ち上がる。腕組みをして瞑目していた生徒が、苛烈な炎をその目に宿し、あろうことか教師を睨みつけてきた。
　今度もまた忌々しい日本人――――真田弦一郎。

「黙って聞いておれば、理不尽な減点の数々。あまつ、我が寮・ハッフルパフへの理由のない侮辱。貴方は教師をなんたるものとお考えか！」
「教師に対してその発言……ミスター・サナダ。己が今、何をしているのかわかっているのかね」
「義に基づいた行動ゆえ、己の行動は正しいものと確信しておりますが？」

　やたら古めかしい話し口調に、外見も日本の人形かと見まがうこの少年、規則と規律に対してはクソが付くほど真面目に取り組むと聞いていたが────誤情報にも程がある。教師に対して真っ向から反抗するとは、何が真面目な少年か。
　そもそも、ハッフルパフは愚鈍ゆえに従順で、内向的な連中が多いはずであるのに、なぜこの真田に関しては、こうも苛烈かつ傲慢なのか、とスネイプには疑問だった。あの組分け帽子は、ボロのあまりにとうとう耄碌したか。振り分けミスだとしか思えない。

　そういえば、この真田という生徒は「グリフィンドールだがハッフルパフ」と意味不明な判断だった事を思い出す。またグリフィンドールか、と怒りが腹の中でとぐろを巻いた。
　ハッフルパフ生らの、羨望に満ちた眼差し。これもまたスネイプの癪に障った。

「己の非を認めぬ所業、俺は断じて────」
「弦ちゃん」

　吠える真田とは別の声が聞こえた。鈴の音を転がしたような、ともすれば聞き間違えかと思うような。
　減点するタイミングを伺っていたスネイプにとっては、嫌な“待った”がかけられた。

「せんせ。発言のご許可を」
「……今年のハッフルパフはグリフィンドールへの組分けミスが多いようだな、ミス・ウエスギ」
「へえ、うちにはようわかりませんけど……うっとこの弦ちゃんが、えろうすんまへんどした。かんにんえ」
「紅梅！　しかしだな！」
「おんなし土壌にあがってもうたら、それこそ思う壺え。ここらへんで納めておかんと、あん人、またえげつない点数の引き方しはるさかい」
「だが、」
「弦ちゃんが授業できばらはったら、どんて言われへんようになるやろし」
「……む」

　おっとりした音と語調で、やたらとのんびり話すものだから、一瞬、セブルスは自身を軽く見られたと気づくのが遅れた。なんせ、あまりにも普通で、あまりにもおっとりとした音だったからだ。
　しかも、上杉の発言に納得したのか、「ご無礼の段、失礼する」と頭を下げて、真田は着席してしまった。
　教師になってからというもの、生徒からこんな形で馬鹿にされた覚えがない。屈辱である。

「……レイブンクローのレンジ・ヤナギ、サダハル・イヌイ、クニミツ・テヅカ、ハッフルパフのゲンイチロウ・サナダ、コウメ・ウエスギ以上の５名は、罰として今日の授業についてのレポートを羊皮紙１ｍ分書いて提出するように。期限は明日だ」

　教室中がざわめいた。無茶な、と言いたげな表情ばかりだった――――日本人を除いて。

「教授！　これは生ける屍の水薬についての我々の理論を発表するいい機会じゃないだろうか！」
「ああ、その通りだ博士！　１ｍ…いや、１ｍで足りるかどうか。ちょうど弦一郎も手塚も罰則なのだから、２人も巻き込んで合わせれば、可能かもしれない！」
「俺はかまわんぞ、蓮二」
「乾。俺もかまわない。興味がある。俺にも手伝わせてくれないか」
「ありがとう手塚、助かる！」
「蓮ちゃん、うちもいるえ？」
「お梅の羊皮紙は参考文献欄として活用しよう」


　────歓喜に沸く日本勢に、セブルス・スネイプ、怒りの咆哮まであと僅か。