テニスと杖
 ウェアとジャージに着替え、今度は意思を持って“杖”を握ると、木刀だったものが瞬時にラケットに戻ったので、弦一郎はひとりで再度にんまりとした。

 ぜひ誰かに言いたい現象だが、そろそろ部屋を出る時間である。後の楽しみにしよう、と弦一郎はむずむずした気持ちを抑えながら、制服をたたみ、予備の普通のラケット、テニスシューズ、今日の授業で必要な教科書、ノートとなる羊皮紙、羽ペン、インク壺などとともに、ラケットバッグに全て入れて肩にかける。
 ラケットバッグは大きめで、日本の学校で部活のある中高生が、通学用に持つタイプのもの。この状況にはぴったりで、またこれからテニスをやっていくつもりの子なら、もちろん知っているだろうし、購入してくるだろうものだった。
 そしてそのとおり、次いで用意ができた清純も、違うメーカーだが同じ用途のものを肩に担いでいる。

 授業の予習をしているセドリックに別れを告げ、弦一郎と清純は部屋を飛び出した。



 絵のおかげで外に出るのは全く迷わなかったが──清純が絵との会話に驚いていたので、弦一郎はまたにんまりした──、外に出てからは、道案内がいない。
 しかし隣接するクィディッチ場が巨大で、まるでコロシアムのような外観で非常に目立ったため、その裏手、ということになれば、ほとんど迷いようもなかった。

「おはよう」

 残念ながら、弦一郎と清純は、ぎりぎりで一番手ではなかったようだ。
 国光、蓮二、貞治のレイブンクロー組が、やはり似たようなラケットバッグを持ち、ジャージの上にローブを着て立っていた。
 そして、三人に挨拶を返しているとすぐ、精市、白石、紫乃のグリフィンドール組と、途中で合流したらしい、景吾と周助、スリザリン組もやってきた。

 この時点で、時刻は06:45、ちょうど十五分前である。

「おお〜、留学生全員揃ったんは初めてやな? 大阪から来た白石蔵ノ介や。一応魔法族やけど、もちろんフツーに日本の学校行っとったで。興味が有るのは薬草学、特に毒草専攻! マイブームはヨガや。よろしゅう!」

 にこにこと愛想のいい笑顔を浮かべて言った蔵ノ介を皮切りに、挨拶がてら、自然と軽い自己紹介タイムとなった。

「跡部景吾だ。元々イギリスのプライマリースクールに行ってたんで、留学って実感はあまりねえな。ま、よろしく頼むぜ」
「ふふ、跡部は昨日あれだけ目立ってたし、あんまり自己紹介がいらないよね。……僕は不二周助。魔法族……になるのかな。占いとかが得意だけど、個人的に植物にも興味が有るんだ。東京から。よろしく」

 続いたのは、スリザリン組である。
 跡部景吾に自己紹介がいらないというのはもっともな話で、それぞれ微笑んだり、呆れたようなリアクションをしたりしたが、当の景吾は優雅に髪をかきあげ、「ハッ」と小さく笑い声を上げただけだった。

 そして次に、レイブンクロー組が互いに目配せをする。

「乾貞治。マグル出身だけど、蓮二から特に薬草学や魔法薬学について話を聞いていたので、“それなり”に知識はあるよ。こちらでは、日本、東京にいるときに設備の問題で出来なかった研究をまとめるつもりだ。特に経口薬については、実際に色々と作りたいと思っているのでよろしく。……教授」
「ああ、博士。……柳蓮二だ。貞治とはあらゆる研究仲間であり、幼馴染。ダブルスパートナーでもある。家は東京だが、祖父母の家が神奈川、鎌倉で、帰国した際はそちらに住む予定になっている。全方位に興味はあるつもりだが、特に興味が有るのが呪文学かな。新しい知識が増えることを期待している。よろしく」

 貞治は“それなり”──と言ったが、それが全くの嘘であるのが丸わかりの自己紹介だった。蓮二は言わずもがなである。
 昨日ダンブルドアが言った、“入学するまでもない”生徒とは彼らか、と、数人が確信した。

「……手塚国光だ。東京から来た。完全にマグル出身で、入学案内が来るまで、魔法のことは全く知らなかった。迷惑をかけることもあるかと思うが、よろしく頼む」

 真摯、というよりは、くそまじめな挨拶。
 本人は魔法に詳しい二人の後だからか少し気まずそうであるものの、日本のジュニアテニスプレーヤーなら当然、海外でも知る人ぞ知る国光である。
 そのため全員がわずかに目の色を変えたが、蔵ノ介が「わからんことあったらなんでも聞きやー」と朗らかに言ったので、それ以上闘志の混ざった空気は高まらなかった。

 そして、国光がちらりと紫乃を見たので、一人制服でラケットを持たず、居心地悪そうだった紫乃が、びしっと背筋を伸ばす。何か、期待に応えなければ、と懸命に気負っているかのようだった。

「あ、えっと……! ふ、藤宮紫乃ですっ……! みっちゃ、あの、手塚くんとは、家がお向かいで、幼馴染です……よろしくおねがいします! あっ、魔法族です!」
「陰陽師の一族なんやって」
 蔵ノ介が補足すると、真っ赤な顔で何とか自己紹介を終えた紫乃は、こくこくと頷いた。

「あ〜、君が紫乃ちゃんね! 昨日ちゃんと真田君から聞いてたんだけど、近くで見るとちっちゃくてカワイイねえ!」
「ひゃ!? えっと、えっと、あの……」

 輝くような笑顔の清純にいきなり話しかけられた紫乃は、目を白黒させた。
 日本にいる頃に散々泣かされたいじめっ子のようでもなく、かといって精市や蔵ノ介のような感じでも、もちろん国光のようでもない、100パーセント明るい、そして積極的な好意に満ちたその態度もまた、紫乃にとって完全に未知のものだった。

「あ、もしかして怖がらせちゃった? ごめんね?」
「だだ、だいじょうぶです!」
「よかったー! あっ俺、千石清純! 東京から来ました! 曾祖父さんが魔法使いらしいけど詳しいことわかんないしマグルみたいなもん! 仲良くしてねー!」

 紫乃はあわあわしていたが、底抜けに明るくずっとにこにこしている清純にだんだん緊張がほぐれたのか、にこっとして、「よろしくおねがいします」と言った。

「ひゃー、笑うとまたカワイイ! 紫乃ちゃんて呼んでいい?」
「は、はい!」
「俺のことは気軽にキヨって呼んでね! 女の子推奨の呼び方だけど、男も呼びたきゃ呼んでいいよ!」
「そろそろいい加減にせんか、千石」

 だいぶ調子に乗ってきた橙色の頭を、弦一郎の手ががしっと掴んだ。

「お、おおおおお、ちょっと真田君、そのまま力入れたりしないよね? ね?」

 清純は、引きつった笑みのまま、少し冷や汗を流している。弦一郎は、半目のまま告げた。
「さてな。お前がこれ以上調子に乗るようであれば、日々鍛えた握力をお前の緩い頭で試すのもやぶさかではない」
「やめて! 君の握力ほんとシャレになんないからやめて!」
 今朝、セドリックが開けるのに四苦八苦していたインクの瓶の蓋をとうとう握りつぶした弦一郎を見ている清純は、青くなって叫ぶ。

 その様に、やれやれ、と思いつつも本気でどうこうしようとは思っていなかった弦一郎だが、清純の肩越しに見える紫乃が本気で青くなってぷるぷるしはじめていたので、慌てて手を離し、こほん、と咳払いをした。

「あー……、真田弦一郎だ。つい先日亡くなった祖母が魔女だった……、と、今回知った。家は神奈川で剣道道場をやっているので、俺もテニス以外に剣道を嗜んでいる。よろしく頼む」
「今日も朝四時から木刀振ってらっしゃいました……」

 大げさに頭を押さえている清純が補足すると、何人かが驚愕する声を出した。紫乃など、口も目もまん丸くして、ぽかーんとしている。

「相変わらず真田は鍛錬馬鹿だね。……俺は幸村精市。真田とは割と家が近所でね、学校は別だけどテニススクールが同じで、それなりに付き合いが長いよ。ここ一ヶ月は蓮二も家が近所だってわかったんで、三人でよく打ってたね。あ、魔法族だけど、まあ日本だし、あんまり気にしたことはないな。よろしく。……で? 真田、ちゃんは?」

 姿が見えない、留学生メンバー最後の一人について、精市は弦一郎に尋ねた。

「いや、今朝はまだ見ていないが」
 精市に言われ、そういえば、と思いつつ、弦一郎は答えた。
「へ〜え? なんだ、もう一瞬たりとも離れず一緒にいる気かと思ったのに」
「は? 何を言っている。男子と女子は寮が別だ」
「……そりゃあ、そうだろう、ね!」
 きょとんとした感じの弦一郎に、精市は笑顔で、しかしなぜか力いっぱいイラっとした感じの声で言った。清純がぬるい顔をしている。

「珍しいな。おは、待ち合わせなどでは早めに来るタイプだが──ああ、来たぞ」

 蓮二がそう言って見た方向を、全員が見る。
 すると、紅梅が小走りに駆けてくるところだった。ちなみにこの時、集合時間三分前である。

紅梅! 遅いぞ、たるんどる!」
「ひい!」

 弦一郎が怒鳴り声を上げ、紅梅ではなく、紫乃がすくみあがる。
 ぷるぷるして精市の後ろに隠れた紫乃を白石と千石が慰め、国光が呆然とした顔で弦一郎を見た。

 ほとんど物心ついたような時から紫乃と過ごしてきた国光だが、一度として彼女を怒鳴りつけたことなどない。
 まださほど親しくはないが、女性の幼馴染とセットで入学してきた弦一郎に、国光はそれなりの親近感を抱いていた。迷子になった紫乃に親切に声をかけ保護してくれたことにも、感謝の念を抱いている。
 親しげに手を繋ぎ、しかも組み分けでは二人一緒に、最も穏やかで懐深いというハッフルパフに配属されたということをとどめにして、彼らはきっととても穏やかな関係なのだろうな、と思っていた国光なので、弦一郎が紅梅をものすごい声で怒鳴りつけたのは、かなりのショックだった。

 そして国光ほどではないにしろ、他の者も何人かは、「女の子をここまで怒鳴るなんて」と思っているのがありありとわかる顔で、弦一郎を見ている。
 精市などは、背後でぷるぷる震える紫乃に、「ねー、女の子に怒鳴るとかサイテーだよねー」と、あからさま、これみよがしに言う。

 弦一郎はギッと精市を睨んだが、その彼の後ろにいる紫乃が「ひぐっ」と死にそうな声を上げたので、苦い顔をしたまま何も言わず、紅梅に視線を戻した。

「へぇ……堪忍え……」

 皆のところまでやってきた紅梅は、なんだか少しよろよろしていた。
 昨日、ハイキングのような夜道を歩いた後も一分の隙もなかった髪も、若干ほつれている。よく見ると、エナメルの赤い靴が、なぜか少し濡れていた。

「む……どうした? 何かあったのか」
「へぇ、……すこぉし」
「全員揃っているようだな」

 弦一郎が紅梅に事情を訪ねようとしたその時、ボン! と爆発のような音がして、薄煙とともに太郎が現れた。いつものスーツにスカーフ、ベルベットのローブ姿である。
 蓮二が「ホグワーツ内では“姿現し”が出来ないはずだが……」とうっすら開眼し、貞治が何かがりがりとノートに書きつけていた。

「おはよう」
「おはようございます!」

 全員の、スポーツマンらしく威勢のいい返答に、太郎はうむと頷いて満足した。紫乃も、一生懸命声を張り上げている。

「さて、テニスコートをご覧に入れよう」

 踵を返して歩き出した太郎に、男子全員が顔を輝かせ、すぐに後ろをついていく。
 いつもの“大人っぽい”とか“落ち着いている”という雰囲気はどこに行ったのか、一気に少年らしい顔になった彼らに、自然と最後尾になった紅梅紫乃が顔を見合わせ、声を出さずに笑った。

 まるでコロシアムの如きクィディッチ場ほどではないが、テニスコートだというそこも、似たような石壁に囲まれて扉が閉ざされていたため、皆やむなく外で待っていたのだ。
 太郎はその閉ざされた扉についている、おそらく雉のレリーフについたノッカーを、ゴンゴンと二回鳴らした。するとレリーフの雉がぶるっと身震いし、口、いや嘴を開く。

「カウントは1ー0。コールは?」
「ワンラブ」

 雉が口にした問いに太郎が答えると、ゴトン、と音がして、扉が開く。
 太郎曰く、簡単なテニスのルールクイズに答えることが扉の鍵になっている、ということだった。なるほど、この程度ならここのメンバーはだれでも正解できるし、そしてテニスを知らない者はまるで答えられないだろう。

 そして小さなロッカールームに荷物を置き、杖、ラケットだけを持って短い通路を通り、中に足を踏み入れた皆は、一斉に目を見開いた。

「グラスコート……!!」
「へえ、なかなかいいじゃねーの」

 清純が感極まった声を上げ、景吾が満足そうな様子で笑みを浮かべた。

 四面横に並んだコートは、一面の緑。ウィンブルドンでお馴染みにして憧れの、芝生のコートであった。
一番端の壁には壁打ち用のボードも設置してあるし、雨天の多いイギリスであることを慮ってか、端を太いロープで引いて張った、テントのような天幕がついている。しかし色が白いので、日光もそれなりに通して明るい。

 更に、選手用の入り口がある辺以外の三方向をずらりと囲う五段くらいの木のベンチの観客席には既に見学者を入れていて、ばらばらとまばらに生徒たちが座っており、皆こちらを見ていた。予期せぬたくさんの視線に驚いたのか、紫乃がぴゃっと声を上げる。
 弦一郎と清純は、ひらひらと手を降っているセドリックに、あっ、という顔をした。部屋割りの時といい、彼はこういうサプライズをするのが好きなのだろうか。

 観客席には、生徒だけでなく、先生もいた。ぴんと伸びた背筋で見ているのは、マクゴナガルだ。最も厳しい教諭であり、同時にクィディッチ狂と名高い彼女なので、マグルのスポーツにもそれなりに関心があるのだろう。

 一見する限りでは、充分すぎるほどの設備だった。
 そして、もう今にも走りだしてボールを打ちたいといわんばかりの少年たちにさすがの太郎も苦笑を浮かべつつ、しかし外に出された子犬のようになっている彼らに対し、ぴしりとした声を出した。

「整列、注目」

 空気を軽くひっぱたいたような声に、少年たちの背筋が伸びる。そして、指示通り、太郎の前に自然と前後二列に並び、じっと彼の方を見た。

「コートに出る前に、お前たちには習得すべき技術がある。──この杖だ」

 そう言って、太郎は、自らの杖をすっと前に出した。
 長さ自体は三十センチもないが、持ち手には僅かに装飾がされており、ぴかぴかに磨かれた、高級万年筆のような、もしくは指揮者のタクトのような風情の杖である。

「お前たちの杖は──女子二人を除いて、全てテニスラケットになっているな?」
 太郎の確認に、ラケット、もとい杖を携えた全員が頷いた。
「既に聞いているかもしれないが、魔法の杖は持ち主を選び、持ち主に対し忠誠心を持つ。そして本来決まった様式でなく、各々のやり方で魔法を使う日本の魔法使いが杖を持つ場合、杖のほうがその形状や性質を変化させる場合が多い。──私の場合も、このように」

 そう言って、太郎がすっと横に杖を払うようにすると、杖は一瞬にしてテニスラケットになった。黒光りする、いかにも高級そうなラケットである。
 おお、と、どよめきとも歓声ともつかぬ声が上がる。

「それ自体は結構。しかしここ魔法界で日常生活を送り、またホグワーツで過ごすとなると、このラケットの形状は、実際問題、いささか持て余し気味になる」

 他の先生方も、それを懸念しておいでだ、と太郎は続けた。机と座席の間はそれほど余裕が有るわけではない、とも。

「それに、いついかなるときもラケットをそのまま持ち歩いている、というのも、悪い意味で目立ちすぎることが出てくるだろう。私も君たちくらいの頃に杖を買った時、杖がラケットになったが、どこでも目立つし狭いところで振りにくいので、非常に不便な思いをした」

 ごもっともといえばごもっともすぎる指摘、なおかつ実際の経験談とくれば、少年らは複雑そうな顔で納得するしかない。しかし太郎はポーカーフェイスのまま、更に続けた。

「よって、今ラケットになっているその杖を、携帯しやすい形に変化させられるようになる必用がある。……この中で、杖をラケット以外の物に変化させたことがある者は?」

 すると、弦一郎と、そして紅梅が手を上げた。
 紅梅のそれははじめから扇の形であり、また実は魔女である芸姑たちにとっては密かにポピュラーなものだ。そしてその形状をいくらも変化させるのは太郎も知っているが、弦一郎が手を上げたのは意外だったらしい。少し驚いたような顔をしていた。

「ほう……真田。誰かに教わったのか?」
「いえ。今朝、朝稽古をする際に木刀が欲しいと思いましたら、自然と」
「やってみたまえ」

 言われ、弦一郎は、若干緊張した面持ちでラケットを構えた。同じ留学生らも、観客たちも、全員が注目している。

 そして弦一郎が念じた途端、そのラケットは、瞬時に木刀になった。

 驚きの声を上げる者、拍手をする者、色々だが、皆から感嘆の眼差しで見られ、弦一郎はまんざらでもない──いや、ご満悦な表情を浮かべた。

「大変結構。しかしラケットと同じく、常に携帯するには少々ふさわしくないな。せめてもっと短いもの──できれば刃物の形状ではないものに変化させるように」
「は。誠意努力いたします」
「うむ。では、お──いや、上杉」
「へぇ」

 名指しされ、紅梅が、手慣れた仕草で扇を取り出した。
 いつの間にか髪のほつれもなくなり、靴の水滴も拭われている。あいかわらず、いつ身だしなみを整えたのか全くわからないな、と弦一郎はそんなところにも密かに感心した。

 閉じたままの扇を紅梅が小さく振ると、シャン、と音がした。
 その音は、簪についた金属製の飾りの音。扇は小さなその一振りで、一瞬にして金属のシャラシャラした飾りのついた簪になっていた。本体から鎖が何本も下がり、その先にさらに蝶や鳥などの飾り物が下がった意匠は、舞妓や芸姑などが挿す、びらびら簪と呼ばれるものだ。

「はい」

 さらにその簪を同じように振るも、今度は音がしない。次はふわふわとした花かんざしに変わっていた。その美しさに、紫乃が女の子らしく顔を輝かせ、「うわあ」と声を上げる。
 その声に紅梅は微笑んで、もう一度簪を振る。すると簪は扇に戻ったが、ぱらりと開いた扇はもとの白いものではなく、金箔を使った錦の絵が書かれていた。

 そしてさらにそれをくるりと翻すと、あっというまにそれが伸び、藤の花が豪勢に垂れ下がった、大きな枝になる。紅梅はそれを、慣れた、そして洗練された仕草で、ふわりと肩に担いだ。
 日本舞踊の演目、『藤娘』の、有名な小道具である。

 紅梅はにっこり微笑んで、「お粗末さんどす」と頭を下げた。変幻自在、しかも次々と美しく姿を変えたそれに、今度こそ、全員からの拍手が上がる。立ち上がって拍手をしている者もいた。
 変身術担当のマクゴナガルが頷きながら笑顔すら見せているので、彼女に畏怖のような感情を持っている弦一郎は、なんだかホッとした。

「大変見事だ。真田に5点、上杉に10点!」

 太郎が宣言すると、カナリア・イエローの制服を着た者達から、わっと歓声が上がった。

「さて、充分な見本を見たところで、君たちにもやってもらおう。──なに、難しい事ではない。あれほど変幻自在に変えなくても良いが、元の杖の姿、でなくてもせめてそれに近い程度の大きさ、長さのものに変化させること。君たちが大変個性的なのは結構なことだが、イギリス魔法界に来たからには、それに合わせなくては。郷に入っては郷に従え。それに何より、杖がそのままでは、これからの授業にも支障が出てくるのでね」

 マクゴナガルが、大きく頷いている。
 そして太郎はそれを横目で見ながら、留学生らに言った。

「では、変化させられた者から、コートに行ってよし!」

 それを聞いて、少年たちの眼に、凄まじい真剣味が宿る。
 目の前には、広々としたグラスコート。杖を変化させられなくては、そこで試合をするどころか、足を踏み入れることすらできないのだ。

 まさに目の前に餌をぶら下げられた犬と化した少年たちに、太郎は満足気に頷いた。
テニスと杖1/2//終