ホグワーツ特急
それから、皆ひとりずつネズミの色を変える呪文を試したが、誰ひとりとして成功しなかった。ハーマイオニーは悔しげだったが、ロンはやっと安心したようだ。
ただし、精市は「ラケットを取りにあっちのコンパートメントに行くのが嫌だ」と言い、試さなかったが。
そしてハーマイオニーとネビルは当初の目的を思い出してヒキガエルを探しに行き、清純も、それを手伝うために彼らについていった。
──単に、ハーマイオニーを追いかけただけだろう、とは、誰もが理解していたが。
残ったハリー、ロン、精市は、やっとコンパートメントの座席に落ち着いて座り、お菓子を食べながら、いろいろな話をした。
魔法界ではクィディッチというスポーツが大人気であること。逆に、マグルの世界ではテニスが最も人気のあるスポーツのひとつであるということ。
ホグワーツには当然クィディッチのチームがあるが、今回日本人の留学生が多数入学することで、ダンブルドア校長がテニス部を設立することを許してくれたことなどの情報交換をした。
ハリーは当然ながらクィディッチというスポーツなど聞いたこともなかったし、テニスも名前だけは知っているが、選手の名前などはわからないし、ラケットも、最低な従兄弟のダドリーが一度も使ったことのないものが部屋に転がっているのを見たことがあるだけだ。
しかし二人がそれぞれ語るスポーツはどちらもとても面白そうで、ハリーはとても興味を持った。
そして、ロンが精市たちから譲り受けたカードの話になると、ロンはまたトランクをごそごそやって、今まで集めたコレクションのファイルを二人に見せた。
「ほら、日本の魔法使いのシリーズもあるんだ」
そう言って、ロンはたくさんのカードがポケットにはめこまれたファイルをめくった。
「フジミヤ、アトベ、サカキ…… あ、安倍晴明」
ナンバー順に並べられたカードを見ながら、精市は声を上げた。
「セイメイは一番いいカードだよ。やっぱりそっちでも有名?」
「うん、まあ、魔法使いとしてすごく有名なのは、この人ぐらいだね」
「どういうこと?」
魔法使い&魔女のカードであるはずなのにどういうことだ、とコレクターのロンが首を傾げると、精市は肩を竦めた。
「日本は、マグルと魔法使いを、こっちみたいにきっぱり分けてないんだ。魔法を使えない人も、使える人も、みんな同じ街で普通に暮らしてる。日本で魔力を持っていても、“なんだか凄いことが出来る人”というだけで、魔法使いだとかは言われない。単に才能のひとつ、といった感じかな」
それを聞いて、ロンは、今までで一番驚いた顔をした。
ハリーも、きょとんとしている。魔法界に入って聞いてきた“常識”と、あまりにかけ離れたことだったからだ。
「混血ばかりだし、魔女狩りもなかったしね」
「そ、そうなの?」
「そう。あんまり混ざってるんで、魔法使い、とまでは行かない魔力を持ってる人もすごく多いよ。だから、いわゆる純血の魔法使いはいないけど、完全なマグルっていうのも少ないんじゃないかなあ」
ロンは、もはや言葉もない。
「俺は両親とも魔法使いだけど、それより前の先祖には、マグルもたくさんいるし。千石は曾お祖父さんが魔法使いで、真田はお祖母さんが魔女だったそうだけど、特に気にしたこともないと思うよ。別に一生懸命マグルのふりをしようとか、魔法を禁止してるわけでもないけどね。そもそも魔法に対してどうこうっていう法律とか、なんにもないし」
「……本当に?」
「うん」
訝しげな顔のロンに、精市は、こくりと頷いた。
「でも、別の意味で有名な人は多いかなあ。例えばこの跡部って人の一族は──」
「あ、アトベ家なら、魔法界でも有名だよ!」
ロンが言った。
ブラック家、マルフォイ家などと並ぶ名家中の名家でありながら、数代前にマグル世界に進出し、更に現在では日本を拠点に莫大な地位と富を得た一族である。
「うん。でも日本では、世界一の大財閥、ってことですごく有名なんだ。ホテルとか、病院とか、銀行とかも経営してるし、他にも色々やってる。政界にも跡部の人間がいるし、あと俳優になった人とかもいるから、そういう人気も高いよ」
ハリーとロンは、へえ、と、感心したように聞いている。だが実際、スケールが大きすぎて、ただぼんやりと凄いのだというだけしかわからない。
「そういえば、この跡部の子も、今回俺達と一緒に入学するよ」
「ええっ!」
「確か名前は、跡部景吾」
驚く二人を尻目に、精市は、他のカードに目をやった。
「あっ、それに、この人」
精市は、豪華な衣装を纏った、魔女のカードを指差した。
カードには、『紅椿』──Rouge Camellia、と名前が書いてある。
「日本には、特に優れた芸能技術を保護する制度があるんだけど──」
演劇とか、音楽とか、工芸とかね、と、精市は説明した。
「重要無形文化財。その技術を持っている人を、通称で、人間国宝っていうんだ」
「わかりやすい名前だね」
ずっと黙っていたハリーが言った。精市が微笑んで頷く。
「この人は、その人間国宝なんだ。日本の伝統の舞でね」
カードには、もはや神話の登場人物か何かなのでは、というような衣装をまとい、髪を複雑に結い上げた美女が写っている。
美女は扇を翻して艶かしく一歩動くと、ちらりと精市たちを見た。
ハリーはロンにことわって、ポケットからそのカードを抜き、裏面の説明文を読んだ。
『紅椿(Rouge Camellia)』
謎の多い日本で、最も謎の多い魔女。京舞の重要無形文化財保持者、通称・人間国宝。日本が誇る伝統の職業である芸姑の中で、一番の名妓でもある。
ホグワーツ魔法魔術学校、スリザリン寮にて卒業経験もあり。在学中、呪文の多言語化に関する偉大な発見をしたといわれているが、その秘術は公表されていない。──
「この人ね」
ハリーが途中まで説明文を読んだ頃、精市が、隣のコンパートメントの方向を、ちらっと見て言った。
「隣にいる、梅ちゃん──女の子ね。彼女のお祖母さんだよ」
「ええっ!」
二人は、驚きの声を上げた。
カードになっているのは、基本的にもういない歴史上の人物ばかりで、今でも生きている者がカードになっているのは珍しい。有名なのは、ホグワーツの現校長である、アルバス・ダンブルドアくらいだ。
そしてその縁者が同級生とは、と、二人はにわかにそわそわした。しかもロンはさっき少し会話をしたからか、急に彼女が気になり始めたようだった。
「お祖母さんか……。写真がずいぶん若いけど、昔の写真なのかな?」
とハリーが言って、カードに目線を戻す。
しかしハリーは、その目を見開いた。写真が動くことはもう知っていたが、いまの紅椿の写真は、さきほどまでの衣装ではなく、まったく別の衣装で、しかも、年齢も変わっていた。ついさっきまでは十代にしか見えなかったのに、今は、三十代くらいの大人の女性に見える。
そして、ハリーと目が合った紅椿はにやりと笑うと、今度はみるみるうちに大きな白い蛇に変身し、「シャアッ!」とハリーに吠えた。
「うわぁ!」
びっくりしたハリーは、カードをテーブルの上に取り落とした。
しかしロンがそのカードをめくると、蛇は今度は小さな女の子になっていて、平然と鞠つきをしていた。
「このカード、ころころ姿が変わるしきれいだから、これだけ欲しがる女の子も多いんだ。妹のジニーも持ってる。あと二枚あるし、よかったら、あげる」
沢山カードを貰ったし、せめてのもお礼だよ、と言って、ロンはカードを精市に手渡した。精市はそれを受け取り、写真を眺める。
「ありがとう。多分、梅ちゃんも、お祖母さんがカードになってるのは知らないと思うよ。彼女にあげよう」
「そうして」
そしてハリーはまだどきどき言っている胸を押さえながら、精市が持っているカードを見た。
向かいにいる精市が写真の方を見ているので、ハリーには、さっき途中までしか読めなかった裏の説明文が読めた。
──絶世の美女であることと、変身術の手練であり、大きな白蛇に変身することから、『蛇姫』『蛇女帝』などとも呼ばれる。
本当の年齢がいくつなのか、誰も知らない。
「真のいい女は、若い女でも若く見える女でもなく、いくつになっても、いくつなのかわからない女である」という言葉が有名。
──ハリーは、この上なく納得した。
「ねえ、あと、こっちの『サカキタロウ』って魔法使いのことなんだけど──」
日本の魔法使いに興味を持ったのか、ロンが更に精市に質問しようとした。
しかしそれは、コンパートメントのドアが無遠慮に開けられたことで、立ち消えになる。
ノックもなしにいきなり入ってきたのは、三人の少年だった。
ハリーはその中の、真ん中に立っている、青白い顔の男の子には、非常に見覚えがあった。マダム・マルキン洋装店で会って、とても感じの悪い思いをした子である。
その時はさほどハリーに感心のなかったはずのその子だが、今は、かなり感心の強い目をして、他でもない、ハリーをじろじろと見ている。
「このコンパートメントに、ハリー・ポッターがいるって、汽車の中じゃその話で持ちきりなんだけど、本当かい? それじゃ、君なのか?」
「そうだよ」
ハリーは愛想悪く答え、男の子の両脇に、まるでボディガードのように立っている、がっちりとした二人に目をやった。
「ああ、こいつはクラッブで、こっちがゴイルさ」
ハリーの視線に気づいた青白い少年が、無造作に言った。
「そして、僕がマルフォイだ。ドラコ・マルフォイ」
そのいかにも偉そうな態度が何か可笑しかったのか、ロンがくすくす笑いを誤魔化す咳払いをする。
ドラコは、それを目敏く見咎めた。
「僕の名前が変だとでもいうのかい? 君が誰だかは、聞くまでもないね。パパが言ってたよ。ウィーズリー家はみんな赤毛で、そばかすで、育てきれないほどたくさん子供がいるってね」
ドラコは完全に馬鹿にしきった口調で言い、それから、ハリーに向かって言った。
「ポッター君。そのうち、家柄の良い魔法族とそうでないのとがわかってくるよ。間違ったのとは付き合わないことだね。そのへんは僕が教えてあげよう」
ドラコが、ハリーに手を差し出した。
だが、ハリーは応じなかった。
「間違ったのかどうかを見分けるのは自分でもできると思うよ。どうもご親切さま」
ハリーが冷たく言うと、ドラコは真っ赤にはならなかったものの、その青白い頬にピンク色がさす。そして「ポッター君。僕ならもう少し気をつけるがね」と、絡みつくような言いかたをした。
「もう少し礼儀を心得ないと、君の両親と同じ道を辿ることになるぞ。君の両親も、何が自分の身のためになるかを知らなかったようだ」
あろうことか、ドラコはそのまま、ハリーの両親ばかりか、ウィーズリー家と、ハリーの友人をも侮辱した。
途端、ハリーもロンも、勢い良く立ち上がる。ロンの顔色は、髪と同じくらい赤い。
「もういっぺん言ってみろ!」
「へえ、僕達とやるつもりかい?」
ドラコは、せせら笑った。両脇にいるクラッブとゴイルも、にやにや笑っている。
「今すぐ出て行かないならね」
ハリーは、きっぱりと言った。
クラッブもゴイルも、ハリーやロンよりずっと大きかったので、内心は言葉ほど勇敢ではない。
しかしハリーは最低なダーズリー家で過ごす間、さんざんダドリーの取り巻き達とやりあっていたので、痛い目にあうのは慣れている。
そして、いかにやり返さずにやり過ごすか、ということばかりを苦心しなければならなかった今までと違い、今度は力いっぱいやり返すつもりである。そのことを思えば、なんとでもなるような気がした。
「出て行く気分じゃないな。君たちもそうだろう? 僕達、自分の食べ物を全部食べちゃって、でもここにはまだあるようだし──」
見た目通りの下賎さでそう言って、グラッブは、ロンのそばにまだある蛙チョコに手を伸ばした。
かっときたロンは、すぐさま跳びかかった──が、ゴイルに触るか触らないかのうちに、ゴイルが思い切り転倒して、床に転がり、半開きだったコンパートメントのドアに頭をぶつける。
しかしゴイルは痛がるどころかぴくりとも動かず、そのまま巨体を床に横たわらせたままだった。
その有り様に、ハリーとロンだけでなく、ドラコとクラッブもあっけにとられる。
「ふふ」
シンと静まり返ったコンパートメントに、優雅な笑い声が響いた。
「大丈夫だよ、死んでるわけじゃないから」
「……本当に?」
微笑んで言う精市に、ロンはつい訝しげに聞いた。精市は「もちろん」と笑みを深くしたが、なおのこと不安になったのはロンだけではあるまい。
「……君は?」
青白い顔が一層青白くなったドラコが、一歩引きながら精市を見る。精市は、にっこりした。
「幸村精市。日本からの留学生だよ。よろしくね」
「ユキムラ……!」
途端、ドラコの表情が変わった。
「神の血を引く、」
「まあ、そういう話もあるね」
精市は、淡々と、穏やかに言った。ドラコの顔は、もはや白い。
「知ってるかもしれないけど、日本には、魔法使いとマグルの区別自体ないんだ。だから、純血主義、だっけ? それ自体もね。存在自体、ない。だから、君が言う良い魔法族とやらも、どういうものなのかよくわからないんだけど」
精市は、微笑んだまま、すうっと目を細めた。
「ハリーには教えてあげられるんだろう? 俺にも教えてほしいな。ねえ?」
青ざめたクラッブが後ずさり、コンパートメントのドアにぶつかった。ガタガタと、うるさい音がする。
「も、もちろん。ユキムラ家なら、我がマルフォイ家とも──」
「違うよ」
なんとか体裁を取り繕おうとしたドラコの言葉を、精市は遮った。
「家は関係ない。“ドラコ”君、君に聞いてるんだ。答えろよ」
びしっ、と、背骨の中身を支配されたような感覚が、ここにいる全員に走る。
ドラコは、もはや腰を抜かさん限りだった。クラッブなど、もう形振り構わず手探りにドアを開け、廊下に出ようとしている。
「おかしいな、聞こえてる? 聴覚も視覚も奪ってないはずなんだけど」
「な、な……」
「ねえ。答えられないなら出て行ってくれない? それとも、お望みなら──」
精市が言い終わらないうちに、ドラコは、一目散にコンパートメントから出ると、転がったままぴくりともしないゴイルを置き去りにして、クラッブとともに足早に去っていった。
「一体、何をやってたの!?」
微笑んだままの精市、そして棒立ちのままのハリーとロン、そして何より床いっぱい転がっている巨体に、間もなく顔を出したハーマイオニーが、ひっくり返った声で言った。
彼女の後ろにいるネビルと清純も、ぽかんとしている。
「こいつ、ノックアウトされちゃったみたいで──」
ロンはゴイルを指差し、力なく精市を見た。
精市が何をしたのか、ハリーとロンにはさっぱりわからない。
彼は一歩も動かなかったどころか椅子から立ち上がりもせず、そして彼の杖は、隣のコンパートメントに置きっぱなしのはずだ。
「……五感、」
ハリーが呆然とした風に言うと、精市は、にっこりした。
「言ったろ? 奪えるって」
「……うん」
「そのうち戻るよ」
そう言う精市は、まるで人間ではないほどに美しい。
日本からの留学生の一人、幸村精市。彼は確かに“普通”ではないようだ、と、ハリーは確信した。
「千石、悪いけどこいつ、廊下に出しといて。邪魔だから」
「ええー」
ええーと言いつつも、素直に従った清純は、両手でゴイルの服を掴み、ずるずると引きずって廊下に出すと、壁にもたれかからせるように座らせた。
見た目全くそんな風に見えないのに、彼も大した力である。
「それにしても、感じの悪い子だね。君たち、あの子のこと知ってる?」
精市が聞くと、ハリーはダイアゴン横丁でドラコに会った時の話をし、そしてロンは、マルフォイ家は“例のあの人”が死んだ時、真っ先に戻ってきた家族のひとつである、ということを話した。
「魔法をかけられて、操られてたんだって言ったんだって。でもうちのパパは信じないって言ってた。マルフォイの父親なら、闇の陣営に味方するのに、特別な口実はいらなかったろうって」
「ふうん……」
精市は、つまらなそうな顔をした。
「それはいいけど、あなたたち、急いだほうがいいわ。ローブを着て」
ハーマイオニーが、きびきびした声を出した。
「前の方に行って運転手に聞いてきたんだけど、もう間もなく着くって。あなた達、ケンカしてたんじゃないでしょうね? まだ着いてもいないうちから問題になるわよ!」
「ケンカなんかしてないよ」
ロンが言った。本当だ。ケンカにすらなっていない。
「そうだよ。真田が起きてれば危なかったけどね」
精市は、相変わらず微笑みながら言った。
「サナダ? 隣で寝てる人かしら」
「そう、あいつ、ああいう手合は大っ嫌いだからね。規律にも厳しいし、間違っていると思ったら何が何でも押し通す」
「あら、立派じゃないの」
「そのためだったら乱闘も辞さない」
感心しかけていたハーマイオニーが、複雑な顔で黙った。
「やっぱり? この間初めて会った時も、ロンドンの、高校生ぐらいのいかにも不良っぽい連中と乱闘になりかけてて──というか、既に一人ノックアウトしたところだったんだ。剣道と、あと格闘技をいくつかやってるんだってね」
清純が、その時のことを思い出しながら言った。
「でもこれ以上やるともっとぞろぞろ集まってきそうだったんで、なんとかテニスの試合でけりをつけるようにしたんだけど」
「またか。あいつ、何人病院送りにすれば気が済むんだ……。おばさんに言いつけてやろうかな」
精市が、あきれ果てたように言う。
そして、「俺は乱暴なのは嫌いだよ」と優雅に首を振った。
ハリーとロンは、廊下で未だに死体のように動かないゴイルをちらっと見て、何か納得行かないものを覚えたが、なんとなく黙っておいたほうがいい気がしたので、素直に口を噤んだ。
「ね、ねえ……。あの、サナダっていう彼、そんなに怖い人なの?」
最初の頃のようにびくびくした様子のネビルが、ぶるぶる震えながら言う。
そんな彼をなだめるように、ヒキガエル探しの道のりでまた仲良くなったのか、清純が彼の肩に手を置いた。
「大丈夫、ちょっと声が大きくて腕っ節が強いけど、根はすごくいいやつだよ。幸村くんがさっき言ったけど、規律には厳しいし。不良じゃない。むしろ真面目の権化って感じ」
「でも、暴力振るうんだろ」
「うーん、間違ってると思ったら?」
清純が首を傾げながら言ったので、ネビルは、「ひい」と声を上げて縮こまった。
「まあ、確かに、不良ではないよ。あいつの家は剣道道場だし、お祖父さんは元警官、ご両親はどっちも自衛官だしね」
「ジエイカンって?」
「いろいろ違うけど、こっちで言う軍人さん」
ハリーの質問に、精市は端的に答えた。
「厳しい家で育ってるから、それだけに融通が効かないところがあるっていうか……。まあ、決まり事を守って、礼儀正しくしてれば問題ないよ。むしろ全力で味方になってくれると思う」
その言葉で安心したのは、ハーマイオニーだけだった。
「でも、本当にそろそろ着替えないとね。千石、俺のトランク持ってきて」
「……幸村君、そんなに向こうのコンパートメントに戻るのが嫌なの?」
清純がもはや呆れた声を出すが、精市はつんと顔を背けただけだった。
ドラコたちとの騒動の時もずっと微笑んでいた彼だが、弦一郎が絡むことになると、とたんにこうして子供っぽくなることを、清純は既に理解し始めている。
清純は素直にコンパートメントに戻り、扉をノックした。
すると、中から、鈴を転がすような声が返ってくる。そっと開けると、弦一郎はまだ寝ていた。精市の言葉ではないが、本当に“いいご身分”である。
「梅ちゃん、そろそろ着くって。真田君起こして、制服とローブに着替えて?」
「へぇ、おおきに」
紅梅は微笑むと、弦一郎の肩を小さく揺すりながら、「弦ちゃん、起きて。もう着くえ」と、やさしく囁く。
そんな様を見て、清純は、あんなので本当に起きれるのだろうか、とぼんやりと思った。もしあれが自分なら、いつまでも寝ていたい。
「いいなー……」
呟いて、清純は自分の荷物と精市のトランクを出し、ドアを閉めた。
クルッポー、と、初めて、ハトが鳴いた。