【2014 新春特別番外編】
女王の真意
「だいたい、お嫁さんにするんだったら別にテニス強くなくてもいいしさ。いや、別に、強いに越したことはないけど。でも女王として跡を継ぐならまあ、強いほうがいいよね? えーと、竜崎さんだっけ。テニス部なんだよね?」
「は、はい! えっとあの、初心者で、入部したてですけど……」
 ぽかんとしている一同を置いてきぼりにして尋ねた精市に、桜乃は背筋を伸ばして返事をした。

「……竜崎」
「あ、リョーマくん」
「負けたんだよね?」
「え、あ、うん。ご、ごめんね……?」
 何やら深刻そうな様子で言ってくるリョーマに気圧され、桜乃は思わず謝罪を口にした。
「なんで謝るのさ。……ねえ、そういうわけだから、俺らはもう行くよ。いいでしょ」

 リョーマが、精市を振り返って言った。精市は先程までの不機嫌は直ったのか、にっこりとしながら、「ああ、構わないよ」と告げた。

「どーも。じゃ、竜崎、行くよ」
「ま、待ってよリョーマくん! あ、紅梅さん、ありがとうございました! さよなら!」
「へぇ、おおきに。さいなら」
 慌ててぺこりと頭を下げた桜乃を、紅梅は、手を振って見送った。「ほあら」と鳴いて、カルピンが二人の後を追って、バラの茂みの向こうに消える。

「なるほど。曲がりなりにもテニス部員に勝ったわけだね、ちゃんは。よし」
「よし、とはどういうことだ幸村」
「そういうことだよ真田」
 睨みつけてくる弦一郎をさらりとやり過ごし、精市はにっこりした。

「この国の新しい女王は、ちゃんだよ。おめでとう」
「ええ!?」
 今までの流れがよくわかっていない紅梅は、びっくりして、素っ頓狂な声を上げた。
「というわけなんで、榊監督、戴冠式よろしくお願いします」
「ふむ」
 いつの間にか、太郎がすぐそこに立っていた。あいかわらず、うさぎの耳が頭に付いている。

「跡部も特に異論はないか?」
「はい。俺としては、今までのように、やたら喧嘩を売ってこられたりしないならそれで」
 景吾は、ちらりと精市を見た。精市はにこにことしたままだ。そして景吾はひとつため息をついてから、紅梅に向き直る。
「おい、どう思う」
「へ? はぁ、あの……、戦争は良ぉない、やろか?」
「そのとおりだ。いい国交関係が結べそうだな。祝福するぜ、新女王」
「えええ?」

 勝手に進んでゆく話に、紅梅はおろおろと目線を彷徨わせる。

「反対している者はいないようだな」
 太郎は、確認するように頷いた。
「だが、女王の伴侶の問題は片付いていないぞ」
「真田と結婚すればいいじゃない」
 けろり、と精市が言った言葉を、弦一郎と紅梅は、すぐに理解することが出来なかった。

「………………はァ!?」

 そんな、ひっくり返った大声を上げたのは、弦一郎である。
 紅梅は未だに何が何だかという感じで、目も口も真ん丸にして、ぽかんとしている。

「なっ、なん、な、何を言っとるのだ、お前は!」
「だってお前“皇帝”だろ。国のトップ、いいじゃないか」
「理由になっとらん!」
 そもそも、なぜ自分が皇帝などと呼ばれているのか、弦一郎は知らない。──その呼び名自体には、悪い気はしないが。
 そして、目を白黒させている弦一郎に、精市はあっけらかんとした、同時に責任感の欠片もない感じで更に言った。
「新しい女王のちゃんと、皇帝の真田が結婚して、この国を治めればいい。テニスは真田が教えればいいしさ。ほら万事解決」
「おい、勝手なことばかり……!」
 弦一郎がそう口を挟もうとした時、影がさした。かと思うと、薄い桃紫色の雲が、すうー、とテニスコートに降り立つ。

 そこから姿を表したのは、無論、蓮二である。未だおかっぱ頭の少年の姿のままの彼は、例の蓮の花托を手にして、精市に近寄っていった。
「話は聞いた。……ふむ、いいと思うぞ」
「だろ?」
「蓮二、お前まで何を……!」
 アルカイックスマイルのまま頷いている蓮二に、弦一郎は焦った声を上げた。しかし、蓮二は落ち着き払った様子で続ける。

「国としても結構なことだが、お前たち、お互いになかなか想い合っているようじゃないか。ならば問題はないと思うが?」
「なっ……」

 思いもがけないことを言われ、弦一郎が硬直する。
「え、そーなんスか? やるぅ、副部長」
 ヒュー、と下手な口笛を吹いて、赤也が冷やかした。
「ああ。おが今の姿になった時、かなり動揺した挙句、美しいと言っていたしな」
「へえ、そうなんだ。俺も、お前の嫁にはやらないって、散々言われたしね。だったらお前が貰えよっていう」
 精市が、追い打ちをかける。弦一郎は顔を真っ赤にして、金魚のように口をぱくぱくと動かしているが、まともな音にはなっていなかった。

「おは言わずもがなだろうしな」

 蓮二がそう言って紅梅の方を見たので、弦一郎はそれにつられて、同じように目線を向ける。
 すると、紅梅は俯き、両手を合わせ、なんだかもじもじとしていた。俯いているせいで顔は殆ど見えないが、黒髪の間から見える耳は、痛々しいほどに赤い。

 それを見て、弦一郎の顔色も、顔どころか、耳や首まで真っ赤になる。

「爆発すればいいと思う」
「おい、物騒なこと言ってんじゃねえ」
 精市が半目の笑みで発したスラングを理解できなかった景吾が、引いた様子で窘めた。

「話はまとまったか?」
「ええ、監督」
 仕切りなおした太郎に、精市が朗らかに返答する。
 弦一郎は何か言おうとしたが、何を言っていいのかさっぱりわからず、やはりただ口をぱくぱくと動かすことしか出来なかった。

うむ、ならば行ってよし! ……だが、結婚するのなら、身の丈にあった姿でなければならないぞ」
「では、これを」
「ありがとう蓮二。ほら真田、食べなよ」
「ぐっ!?」
 身長差もあるというのに、なぜか易々と精市に口に蓮の実を放り込まれた弦一郎は、動揺していることもあって、思わずそのままゴクンと飲み込んでしまう。
 更に精市はもう片方の実を、自分の口に放り込んでいた。
「おも、これを」
「あ、へぇ……」
 先ほどと同じように、紅梅と蓮二が実を食べ、今度は蓮二が大きく、紅梅が小さくなる。

「じゃあ、善は急げ! 今から戴冠式と結婚式だ!」
「い、今からだと!?」

 元の年齢に戻った弦一郎は、同じく高めに戻った声をひっくり返して叫んだ。
 弦一郎とは逆に大きくなった精市は、相変わらず性別を超えた弩級の美形だったが、肩幅があるせいで、十二単をそのまま肩に羽織ったような格好になっている。女性に見えなくもないが、十数キロはあろうかという襲の打ち掛けを平然と肩だけで支えている様が逞しすぎて、たおやかさの欠片もない。

「ハン、祝儀代わりだ。結婚式は俺様が仕切ってやるぜ! なあ樺地!」
「ウス」

 ついには景吾が指を鳴らして宣言し、当事者の弦一郎と紅梅だけが事態を飲み込めないまま、“結婚式”が進行し始めてしまったのだった。
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BY 餡子郎
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