【2014 新春特別番外編】
おめでとうございます
「いや、意外でしたね。こういうことになるとは」
「ピヨ。真田も隅に置けんのう」
「結婚かー、真田がなあ」
「まあ、料理もうめえし、俺は文句ねえぜ」
 頷き合う比呂士と雅治、ジャッカルに、料理を頬張りながら、ブン太が言う。
「そーッスね! 俺はおしおきイップスがなくなって、むしろ嬉しいッスけど」
 赤也は、現金なものだ。こちらも料理を頬張りながら、満面の笑みである。

「……ふぅん? そんなに怖かったんだ、赤也?」
「ひい!?」
「精市、目出度い席だ。勘弁してやれ」
 相変わらず釈迦牟尼のごとし“教授”蓮二が宥めると、もう十二単を身につけていない精市は、礼装らしいきらきらしいジャケットを羽織った肩をすくめた。青くなった赤也は、蓮二の後ろに回りこんで、ガタガタ震えている。

「ごちそうやーッ!!」
「豪勢やなあ」

 その向こうでは、豪華な料理をものすごい勢いで食べる金太郎を中心に、四天宝寺の面々が、料理に舌鼓を打っていた。
 ビュッフェ形式の料理の数々が並ぶテーブルの内側では、『かわむらすし』の親父が立ち、威勢のいい声を上げながら、参列者たちの注文を受けて、次々に寿司を握っている。
 彼らの言うとおり、景吾が手配した式は料理から何から素晴らしく豪華で、会場となっている城の大広間は、招待された人で溢れかえっていた。

「そういや手塚、お前のところにも大会の招待状が行ったと思うが、来なかったな」
「ああ、越前が参加したいと言ったのでな、譲ることにしたんだが」
「そういうことか……、なるほどな。で、越前はどうした」
「真田と新婦も“アリス”だったようだが、竜崎もそうだ。もう帰ってしまっただろう」
 こちらでは、景吾と国光が、静かに会話を交わしている。
 後ろでは、青学の面々と氷帝の面々が、仲が良いのか悪いのかわからない様子で、料理を食べたり、話をしたりしていた。

「げ、弦ちゃん、ど、どないしよう……」
「うぐ……」

 まるで桃の節句のひな壇のような、赤絨毯の階段の一番上になぜか畳と金屏風を置き、そこに並んで座っている弦一郎と紅梅は、遠目で見ると、本当に雛人形のお内裏様とお雛様のようだった。
 あれよあれよという間に支度を整えられ、今、弦一郎は黒の紋付袴、紅梅は上から下まで真っ白な白無垢と綿帽子、という衣装である。
 二人共まだ幼いため、そんな格好をすればおままごとのようにしか見えないのだが、目の前の机の上には立派な分厚い書類があり、いかにも格式張った様子で、婚姻宣誓書、と書かれている。
 空欄のままの新郎新婦のサイン欄を見て、弦一郎はだらだらと汗を流した。

「二人共、問題ないか」
「あ、あります!」
「たろセンセ……」

 いつの間にかやってきていた太郎に、弦一郎は慌てた声で答え、紅梅は困惑の極地といった声を出した。

「戸惑っているようだな。だが」
「だが?」
「お前たち、神奈川と京都に帰れば、また手紙だけでやりとりする日々になるのだぞ? だがこの国で結婚すれば、ずっと共にいられる」

 そんなことは思ってもみなかった二人は、目を丸くした。

「今は、一年に一度しか会えないのだろう?」
「そう……、そう、ですが」
「ここでずっと共に暮らすのも、選択肢のひとつだと思うが、どうだ?」

 二人は、黙ってしまった。
 太郎の言葉は、事実だ。

 お互いの家が不仲、というより一方的に真田家が出禁を食らっているため、二人を繋ぐのは、秘密の文通だけ。
 その密やかなやりとりを楽しんでいる、というのも事実。だが毎年夏の日の僅かな時間に会い、別れる度に、もっと一緒に居られればいいのに、ともどかしく思うのも、本当のことだった。

「あっりがとうございましたー!」
「いつまで触っとんじゃ一氏ゴラァ!」
 ひな壇の下で、余興の漫才を披露していた小春とユウジの声が聞こえる。
 ネタは大受けだったらしく、多くの馬鹿笑いがやかましく響いていた。七色のアフロが、視界の端にちらちらと見える。

「しかし、……しかし、その」

 目の前の婚姻宣誓書を見つめながら、弦一郎は悩んだ。
 ちらり、と、隣を見る。すると、白い綿帽子の下から、不安そうな目尻と頬を赤く染めた紅梅と目があって、弦一郎の心臓が、ばくんと大きく鳴る。

「弦ちゃん……」

 赤く塗られた唇が、弦一郎の名を呼ぶ。彼女しか使わない呼び名で。
 思わずごくりと息を飲み、弦一郎がはっと自分の手元を見れば、いつの間にか、細い筆が握られていた。新郎のサイン欄に名前を書くにはちょうどいい、上品な細い筆。

 ぶるぶると震える手で、弦一郎は、まるで誘われるようにして、筆先を宣誓書に近づける。
 耳とこめかみが、ひどく熱を持っているように感じる。いや、実際そうなのだろう。そうでなければ、このように、頭がぐるぐると煮えて回っているような気分にはならないはずだ。

「では、このあたりで目出度い隠し芸を披露しましょう!」

 段の下から、比呂士の朗々とした声が聞こえた。
 主役であるはずの弦一郎たちを完全に放って、彼らは勝手に盛り上がっているようだ。「よろしいですか、おふたりとも!」という、どこか芝居がかったような比呂士の声に応えて、不二周助と河村隆が壇上に上がってきた。
 やんややんやと、一見関係性が薄そうな三人を囃し立てる声がする。

「ぐっ……」

 呑気に盛り上がる参列者を見る余裕もなく、弦一郎は、ぎりぎり紙につくかつかないかで筆を止めていた。
 隣では、不安そうな、そして戸惑い、気恥ずかしそうな可憐な表情の紅梅が、じっと見つめているのがわかる。そのアンバランスな表情に、大きくなった紅梅が浮かべていた膨れっ面を思い出し、弦一郎は、もう叫び出したい気分だった。

「お、俺は……」

 弦一郎は、歯を食いしばった。

「では参ります!」
「フフ、いくよ。いちふじ!
「うおおっ、ファイヤー! 二タカッ!
 微笑みを浮かべた周助と、ラケットを持ってテンションが振りきれている隆が、ポーズを決めつつ声を上げる。
 そしてその間から、まるで戦隊物のごとく、比呂士が前に出て、ポーズをとった。


「わっ……、我々には、まだ早ァアい!!」
「さん、ナス、ビ──────ム!!」


 弦一郎が真っ赤な顔で叫んだのと、比呂士のメガネから発射された光線が机上の宣誓書を焼いた瞬間、どちらが速かったのかは、わからなかった。






「──ナスとビームは、関係なかろうがァ!!」
「うわっ、びっくりした」

 突然叫んだ弦一郎に、横でみかんを剥きながらテレビを観ていた兄・信一郎は、びくっと肩を跳ねさせた。
「めちゃくちゃはっきりした寝言言うなあ、お前。ナス? ビーム? なに?」
「は……?」
 顔を覗きこんでくる兄に、弦一郎は、ぽかんとする。

 自分が、こたつに入って寝転んでいることに気付いた。
 ほとんどおそるおそる、体を起こす。間違いなく、自分の家、真田家の、居間である。

「……ゆめ、」
「みたいだなあ。何の夢見てたんだ?」
 剥いたみかんの白い筋を取りながら聞いてくる兄を見ないまま、弦一郎は、まだぼんやりした顔で、ぼそりと呟いた。
「いちふじ、にたか……」
「え、ナスってそれか? 良かったな、目出度いやつだぞ」
「ナスではなく、ビーム……」
「えっ、なんでビーム?」

 ──こっちが聞きたい。

 弦一郎は軽く頭を振って、まだぼやけたようになっている意識を覚醒させようとした。
 目の前のテレビからは、「あけましておめでとうございます!」と、息を白くしたレポーターの声が聞こえる。
「父さんと母さんと爺ちゃんは、初日の出見るって、山の方まで出てったぞ。お前も行くかなと思ったんだけど、お前、いつも九時に寝るからなあ」
 やっぱり起きてられなかったなあ、と、真田家で最も夜に強い兄が言う。

 ああ、そうだ。年越しをしていて、初めて夜中まで起きてみようかと思って、……と、弦一郎は状況を把握した、というよりも、思い出した。

「……夢、……でした」
「うん」

 ぼんやりと言う弦一郎に相槌を打って、信一郎はみかんを口に放り込み、まだ寝ぼけている弟の口にも、一房みかんを放り込んだ。あたりまえだが、彼が小さくなったりすることはないし、弦一郎も、背が伸びたりはしない。

「珍しい時間に寝たから、濃い夢見たんじゃないか?」
「そうかも、……しれません」
「まだ寝ててもいいぞ」

 ポン、と弦一郎の頭を撫でてから、信一郎は「おお寒」と言いながら、ひょこひょこした足取りで、台所にお茶を入れに立った。



「一富士、二鷹、三茄子……、あ、ビームか。なんでビームなんだ……」
 寒さを堪えてお湯を沸かしつつ、信一郎は呟いた。
 意味不明な先ほどの叫びを上げるより前、むにゃむにゃと夢の中にいながら、今年も丁寧な年賀状を送ってくるのだろう少女の名前を何度も口にしていたことを教えたら、あの弟はどんなリアクションをするだろうか、と、少し意地の悪い顔をしながら。



 ──結局、二度寝から覚めた後には、弦一郎は見た夢の細かいことは忘れてしまい、ただ、紅梅とずっと一緒にいて、一富士二鷹にビームという、縁起がいいのかなんなのかわからない夢を見た、ということだけしか記憶に残っていなかった。
 初稽古を終えた後に見に行った郵便受けには、例年通り、紅梅から真田家一同に宛てたものと、弦一郎だけ別にもう一枚、年賀状が届いていたし、三が日が終わる頃、さっそく、新年初の紅梅からの手紙が届いた。



弦ちゃんへ。

あけましておめでとうございました。
初詣には、もう行きましたか?
私は神様より、お得意はんのご挨拶回りが大変で、新年早々とても足が痛いです。

初夢は、細かいところは忘れてしまいましたけれど、弦ちゃんとずっと一緒にいる夢でした。
それと……

 …………

なんでビームやったんやろね。

紅梅より。
【2014 新春特別番外編】
- 不思議の国のテニス -



《 CAST 》
●アリス●
上杉紅梅 真田弦一郎 竜崎桜乃
●白うさぎ●
榊太郎
●ドードー鳥&がやがや動物●
四天宝寺中学男子テニス部
●メアリアン●
壇太一(未出演)
●トカゲのビル●
千石清純
●公爵夫人●
手塚国光
●公爵夫人の召使●
青春学園男子テニス部
●チェシャ猫●
越前リョーマ カルピン
●芋虫●
柳蓮二
●帽子屋●
柳生比呂士
●三月兎●
仁王雅治
●眠りネズミ●
丸井ブン太
●女王の使い●
ジャッカル桑原
●女王●
幸村精市
●キング●
跡部景吾
●トランプ兵士・グリフォン・代用ウミガメ●
氷帝学園男子テニス部&切原赤也

《 提供 》
●汁●
乾貞治
●寿司●
かわむらすし
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あけましておめでとうございました。
真田と紅梅がアリスで進行している裏で、桜乃ちゃんがアリスで進行していた話もあった という設定です。書く予定はないですが。
BY 餡子郎
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