(24)ワンマンズ・ドリーム
BY 皐月マイ
パレード鑑賞中に思いがけず実りのある出会いと交流をしたのち、トゥモローランドにあるアトラクションを楽しみに来た4人。どこからか香るメロンソーダチュロスの匂いを嗅ぎながら歩いていた一行のもとに、とあるキャストの声が聞こえてきた。

「只今、ワンマンズ・ドリームご案内でーす!」

トゥモローランドにあるステージ、“ショーベース”への入場案内の呼びかけのようだ。その声をいち早くキャッチしたライアンが、勢いよく後方へと振り返る。
「行くぞ、ガブ!」
「はい、ライアン!」
ゆったりと歩いていたライアンが、急に大股で歩き始める。ガブリエラも何かを察知したのだろう、ポカンとしているアンドレアとバーナビーの手を引いて、ライアンの後を追った。
たかが早歩きといえど、平均身長180cmの一団がズンズンと迫ってくるのは中々に迫力があるだろう。案内をしていたキャストが小さく「ひぇ」と声を上げた。

「4人、入れまスか? ワンマンズ・ドリーム、4人」

少し息を荒げたライアンが、片言で問いかける。普段は流暢に喋るのに、よほど気が動転しているらしい。
ライアンの質問の意味を理解したキャストが、ハッとした顔で「どうぞ!」と答える。ライアンは両手を握りしめ「Yes!」と力強く声を上げた。
一見強面だが、全身をミッキーで覆い尽くした外人男性が体全体で喜びを表現する様子は、非常に注目を集める。ショーベースの入場案内をしていた数名のキャストから「楽しんで下さいね」とあたたかい言葉を投げかけてもらった。

「一体なんなの? ここは何?」
「さっき抽選外れちまったワンマンズ、一般入場できるってよ!」
「そんな事もあるんですね」
「今日のようにゲストの少ない日は、こうして案内をしてくださるのです」

足取り軽いライアンに続き、3人もショーベース内に進む。
抽選に当たったゲストは指定の席があるが、それ以外の席は自由に選ぶことができる。4人はちょうど4席つながった空席を見つけ、ニコニコ顔で椅子に腰掛けた。
後方の席ではあるが、会場の中心に近いためステージを満遍なく見ることができるだろう。

「いや〜、マジでラッキーだったわ。今日は観れねえもんかと思ってたぜ」
「ずいぶん嬉しそうねえ、そんなに観たかったの?」
「ライアンはこのショーが大好きなのです。もちろん、私も!」
ガブリエラとバーナビーから、微笑ましげな顔を向けられたライアン。まだ始まってすらいないのに、彼はもうステージの方を見つめている。
「歌詞の解釈が同じなんだよ……。初めて聴いた時、アレ? これ俺が書いた曲? って思ったもん」
「また訳のわからないこと言い出したわよ」
アンドレアの辛辣な一言も意に介さず、ライアンは「はぁ〜、ヤベェ」と真面目な表情で胸を押さえている。ガブリエラも満面の笑顔で「楽しみですね!」と言った。

このディープなディズニーマニアである2人が、これほどまでに心待ちにするショートは一体どれほどのものなのか。バーナビーとアンドレアの胸にも、ドキドキとした期待感が膨らみ始めた。



毎回おなじみのショー直前のアナウンスが流れ、ついにカーテンが開くその瞬間。
カーテンに妖精の粉のような光が灯り、キラキラとした音が響き渡った。シンデレラ城が描かれたカーテンが音もなく左右にスライドされていくと、中からモノクロカラーのミッキーとミニーが現れた。
ミッキー本人も、セットも、すべてが白黒で描かれた世界。一瞬ただのイラストにも見える状態からミッキーが動き出すと、会場にどよめきが広がった。

「このショーは、ミッキーが生まれてからスターになるまでの歴史をなぞったストーリーになってる。だから最初は色も声もない白黒映画から始まるんだけど……、これがまたカワイんだよ」

ミッキーがモノクロの花束を持ち、ミニーの家と思しきドアをノックする。中からは予想通り、白黒のミニーが出てきた。
昔の無声映画を表現しているのだろう、セリフがないまま身振り手振りでミニーがミッキーを歓迎している。そして、花束をプレゼントしてくれたミッキーに、ミニーが「チュッ」とかわいらしい音のキスをした。
するとミッキーの持っていた花束が、ぽんっと音を立てて色付いた。それをきっかけにステージのセットががらりと変わり、次の瞬間にはセット、ダンサー、ミッキー、ミニー、すべてが色鮮やかにキラキラと輝く世界へと変貌を遂げた。

ショーの序盤でありながらミッキーフレンズや白雪姫、ピノキオなどのキャラクターが勢揃いするシーン。音楽もダンスも一気に盛り上がり、バーナビーとアンドレアは「確かにこれは凄いショーだ」と早くも実感していた。
ライアンとガブリエラはというと、すでに感動を抑えていられないようだった。涙ぐんだ瞳を必死に開きながら口元を押さえている。
「なんだか……既に泣きそうですね、あの2人」
「ていうかもう泣いてるじゃない。確かに、無理もないけど」
「ええ、最初から素晴らしい盛り上がりですよね」
日本語の歌詞をなんとなく訳しながらショーを鑑賞する2人。いつも解説をしてくれるライアンがあまり使い物にならなさそうだと判断し、自分でショーを解釈しながら観ることにしたらしい。

ディズニーランドに来ると、幼い頃の夢を思い出させてくれる という、「大人こそ感じることのできる感動」をテーマにした歌詞パートのようだ。
幼い頃、ピーター・パンのように空を飛んでみたいと願ったこと。プリンセスのように、素敵な王子様に出会いたいと夢見たこと。大人が口にしたら誰かに笑われてしまうような夢でも、ここならば誰もが願ってよいのだと。
辛いことや嫌なことが多くなる大人にこそ、この歌は響くことだろう。

オープニング・ナンバーが終わると同時に、ステージの右からグリーンの葉が描かれたカーテンが伸びてきた。警戒なリズムに乗ってステージに躍り出てきたのは『ジャングル・ブック』のキングルイと、『ターザン』のタークだ。
なかなか他所では観ることのないキャラクターに、「あっ!」という声が上がった。キングルイ、ターク、そしてバナナやお花をまとったダンサーのノリの良いナンバーの次は、ピクサー映画『バグズ・ライフ』のシーンだ。
ユニークな虫たちが主役のこの作品はバーナビーも見覚えがあるらしく、「うわ、懐かしいな」と呟いた。
「フリックたちのラインダンスが素敵なのです!」
ガブリエラが言うように、アリたちが一列に並んでステップを踏むラインダンスはなかなかの見応えだ。一糸乱れぬ……とまではいかないが、概ね揃ったダンスがアリの生態を表しているかのようだった。

アリたちが登場した後は、ピーターパンを題材にしたシーンが始まる。
「あら、なかなか本格的なバレエ・ダンスじゃない! 随分エレガントねえ」
海賊たちのダンスを見たアンドレアが、驚いた顔で言った。
「はい! エレガント・キャプテン・フックですから!」
「キャプテン・フックは劇中でも失恋したティンクにピアノ弾いて慰めたりしてたからな」
「案外ロマンチストなんですね」
ライアンたちがフック船長のエレガントさを解説しているうちにストーリーは進み、海賊たちに囚われていたウェンディをピーターが助け出していた。ワンマンズ・ドリームのテーマが流れるとともに2人の体が宙に浮き、まるで星空を飛んでいるようなシーンに移る。
「まぁー! 飛んだわよ、見てハンサム!」
「見てますよ! スゴイなあ」
普通に考えれば単なるワイヤーアクションなのだが、もうすっかりディズニーの魔法にかかってしまった彼らである。あれはワイヤーなどではなく、ピーターとウェンディが妖精の粉によって飛んでいるのだ、という共通認識が出来上がっていた。

ピーターパンのシーンが終わると、あたりの雰囲気がサッと色を変えた。なんだか重く、暗いBGMが流れ始めたのだ。
ステージに現れたのは、白雪姫の継母であるウィックド・クイーン。恐ろしいほどに整った顔に、紫色の濃いアイシャドウ。映画から出てきたどころか、映画より美人なのではと思うほどの姿だった。
ウィックド。クイーンが高笑いしながら老婆の姿に返信したと覚えば、立て続けにクロード・フロロー、グーンたち、そしてマレフィセントがステージ上に颯爽と躍り出た。
「あの男の人は誰なの? ギャビー」
「あれは『ノートルダムの鐘』に出演する、ヴィランのフロロー判事です」
「んで、あの子鬼みてえなのがマレフィセントの部下のグーンだ」
「ちょっとブサイクね、あの子鬼」
ヴィランが勢揃いし、炎の演出とともに激しく刺激的なダンスが繰り広げられる。恐ろしく迫力のあるパートに、遠くの席から小さい子供の「ウェーン!」という泣き声が響いた。

ヴィラン・パートが終盤に差し掛かると、ステージには茨で包まれたオーロラ姫が現れる。フィリップ王子が茨を払い除け、深い眠りについているオーロラ姫に優しくキスをして、彼女を目覚めさせた。

先程のヴィラン・パートとは一転して、柔らかい音楽が流れる中でのロマンチックなワルツのダンスパート。ここからはプリンセスがメインとなるシーンだ。
それに気づいたアンドレアが手で口を覆いながら息を呑むと、ライアンが「オーロラ姫だけじゃないぜ?」とニヤリ笑いを浮かべた。
オーロラ姫がターンする度に、ふわりと舞うドレス。このワンマンズ・ドリームでは、普段プリンセスたちが着ているドレスよりも薄手の生地が使われている。そのため、ダンスをするとドレスがより軽やかに広がり、実に美しいシルエットになるのだ。
オーロラ姫のふわりと揺れるドレスや神に夢中になっていると、今度はイエローのドレスに身を包んだ白雪姫と、薄いブルーのドレスを着たシンデレラも姿を現す。
3人のプリンセスが、王子様たちと繰り広げるロマンティックなダンス。それぞれのプリンセスを象徴する曲が流れ、華やかなダンサーたちとの舞踏会が始まった。
ステージ全体が宮殿のような豪華なセットとなり、プリンセス好きのアンドレアだけでなくバーナビーも楽しそうにステージを見渡している。

楽曲が終わり、プリンセスたちが完璧な笑顔で動きを止めた。
すると、男性の「カーット!」という大声を合図に、一瞬で場面が変わる。

「今度はドナルドですよ! 彼はミッキーと同じ、映画スターなのです!」
ガブリエラが、必死にドナルドを指さしてバーナビーとアンドレアに解説する。
「こっからミッキーフレンズが戻ってくるんだよなあ。やっぱたまんねえわ」
やはりガブリエラもライアンも、ミッキーフレンズが出てくるパートになるとテンションが格段に上がるようだ。

舞台はハリウッド。
映画スターのドナルドが映画を撮影しているのだが、スケジュールが詰まっているらしく、監督に「3本いちどに撮ろう!」と無茶振りをされている。自由な監督と動きの早いスタッフや共演者に振り回されてぜぇはぁとくたびれているドナルドが、実にコミカルでチャーミングだ。
先程までの感動とはまた違った、微笑ましい展開に4人とも笑顔を浮かべた。

ドナルドの映画撮影が一段落した頃、ステージの奥からガウン姿のデイジーが歩いてきた。真っ白でフワフワのファーが付いたゴージャスな女優ガウンを、さらりと着こなすデイジー。その姿はまさに“大女優”だ。
どうやらこれから、ハリウッドのプレミアムパーティーが始まるらしい。ドナルドもデイジーに連れられ、清掃に着替えるために舞台袖へと消えていった。
すると背景がガラリと雰囲気を変え、ついにハリウッドおなじみのあの風景が出てきた。ライアンとガブリエラは目をキラキラさせて「ここから最高なんだよなぁ〜!」「はい! 最高です!」と口にした。

まずステージに現れたのは金髪をウェーブさせた女性と、黒い髪をボブカットにした女性。どちらも女優ガウンを羽織っている。まるで映画『シカゴ』に出てくるロキシーとヴェルマ・ケリーのような2人だ。
レッドカーペットの脇のファンたちに答えるような手振りで歩く2人の女優が両脇にはけると、フィナーレ衣装に着替えたキャラクターたちが次から次へと姿を現し始めた。

白雪姫とドーピー、プリンス。クララベル・カウとクララ・クラック。メリー・ポピンズでタップダンスを披露していたペンギンたち。
ピノキオ、チップ&デール、グーフィー、プルート、ドナルド、デイジー。

そして高らかな車のクラクションとミッキー・マウスのテーマと共に、白いオープンカーでやってきたスーパースター、ミッキー・マウスとミニー・マウス。

「他のキャラクターは白と金の衣装だけど、あの2人だけ違うのねえ」
「ああ、これから“お色直し”だからな」

アンドレアがふと口にした疑問に、ライアンが口角をクイッと上げて答える。
彼の言う通り、このワンマンズ・ドリームにおいてミッキーとミニーは冒頭のモノクロの衣装、いつものデザインの衣装、白と銀のタキシードとガウンに加え、最後にフィナーレ用の衣装が用意されているのだ。
「うそ! まだあるの!?」
ひとつのショーで、4着もの衣装を観ることができるなんて。そんな驚きは、アンドレアの心を非常に揺さぶった。
「ミッキーもミニーも、世界的スーパースターですので!」
「僕でさえ、ヒーロースーツとタキシードの2着だけなのに……さすがミッキーマウスですね」
ついには自分と同じベクトルでミッキーを讃え始めるバーナビーは、すっかりディズニーの魔法にかかっている。

そんな中、ショーは着実にフィナーレへと進んでいた。
ゆったりとしたダンスを踊っていたミッキーとミニーだが、音楽が突然曲調を変え、テンポの早いものになった。

 君は……スター!

と、ひときわ目立つコールの直後に、ステージが金色のテープで覆われてキラキラと輝きだす。
キャラクターやダンサーがサッとはけていったかと思えば、次の瞬間には全員揃いのフィナーレ衣装を着たダンサーたちが現れた。

感動と興奮で胸いっぱいになりながらも、バーナビーとアンドレアは必死に歌詞を追った。様々な作品を経て、ミッキーが不動のスターになったことを歌っている。
すると今まで笑顔だったライアンが眉間に皺を寄せながら「そう……そうなんだよ……ミッキーは誰もが知ってるスターで……ミッキーほどのスターはいねえんだよ……そうなんだよ……」とブツブツ言っていた。これが彼が最初に言っていた「解釈が合っている」ということなのだろう。

会場中が胸を躍らせる中、ステージの床が下からせり上がり、フィナーレ用の白と金にきらめく衣装に身を包んだミッキーが、堂々とスポットライトを浴びた。
そしてミッキーとダンサーたちの息の合ったダンスに目を奪われたかと思えば、ステージ前代を覆い隠していたテープが左右にスライドされていく。
テープの向こう側から、フィナーレ衣装姿のミッキーフレンズたちがミッキーに向かって走り寄っていく。ライアンとガブリエラだけでなく、バーナビーとアンドレアも目を潤ませながらステージを見つめた。4人とも、ショーの終わりが近いことを悲しく感じてしまうまでに至っていた。

ゲストたちの歓声と拍手が鳴り響く中でのカーテンコール。
4人も鼻をすすりながら、手が痛くなるまで全力の拍手をした。

最後に『ワンマンズ・ドリーム』のコーラスと共に幕が閉じていく間も、幕が閉じてからも、客席からは割れるような拍手と歓声が止まなかった。






「はぁ〜! やっぱ最高だわ!」

たっぷりと余韻に浸ってから、ショーベースをあとにした4人。ライアンは、満ち足りた表情で晴ればれとそう言った。
「すごいですね、あれ……。昨日と今日見てきたショーとは、一味違った感じの……」
「そうねえ! あ、ファンタズミックは少し似通ったところがあるかしら。ホラ、感動して泣きそうになるカンジ」
アンドレアの言うことは、バーナビーもなんとなく納得した。
昨日見たファッショナブル・イースターや、先程のうさたま大脱走とは全く違う雰囲気のショー。ディズニーの様々な作品、キャラクターが勢揃いしてゲストを感動させてくれる、ロングランの理由がわかるショーだった。

「さあ! アトラクションにも行きましょう!」

トゥモローランドの未来的なデザインの建物を指差し、ガブリエラが言う。
彼女もまたショーに感動したのだろう、鼻が赤くなっている。

3人はガブリエラの言葉に頷き、当初の目的であったアトラクションを楽しむ為に歩き出した。
● INDEX ●
BY 皐月マイ