(25)トゥモローランド
「さあ、バーナビーさんが楽しみにしていたトゥモローランドです!」
「た、楽しみというほどでは……」
「あちらがスターウォーズのショップです」
「──多めに時間をとっていただけると嬉しいのですが!!」
眼鏡のブリッジを押し上げつつとうとう正直になったバーナビーに、ガブリエラは「もちろんですとも!」と満面の笑みで頷き、ライアンは「素直がイチバンだよなあ、ジュニア君」とニヤニヤした。
「スターウォーズがあるだけあって、こっちはSF的なエリアなのね」
建築物からゴミ箱、ベンチに至るまで白を基調としてつるりとしたサイバーな外観、さらにBGMもピコピコとしたコンピューター音アレンジされたエリアを見回したアンドレアが言う。
「おう。アトラクションがあるのはトイ・ストーリーのバズのやつと、スティッチ、スターウォーズ、モンスターズ・インクだな。グッズだけなら“Big Hero 6”……ベイマックスもあるぜ」
ライアンがいつもの解説を交える。
「ではさっそくスターツアーズに行きましょう! 宇宙旅行ですよ!」
待ち時間もとても少ない! ラッキーです! と張り切るガブリエラが先導し、一行はぞろぞろとスターウォーズのアトラクションである『スター・ツアーズ:ザ・アドベンチャーズ・コンティニュー』に入っていった。
「う、うわあああ、こ、これはすごい。ええ、すごい……」
「……ちょっとバーナビー、語彙がギャビー並みになってるわよ」
入ってすぐ、帝国軍ストームトルーパー勧誘CMが大画面で流れるホール内を見回し、完全に少年の顔になっているバーナビーにアンドレアが突っ込みを入れるが、バーナビーはすごいすごいと言うばかりで全く聞いていない。ライアンは相変わらずニヤニヤし、ガブリエラはにこにこしている。
「バーナビーさんが楽しそうでなによりです! 私は、スターウォーズはお話が難しいのですべてを観ていないのですが……。しかしロボットがかわいいので好きです!」
「まあわかんなくてもじゅうぶん楽しめるけどな。もちろん、わかってりゃもっと楽しめるけど」
「期待が高まります」
ディズニーのプロたるカップルの解説に、バーナビーは本当に期待でいっぱいの表情で言った。
そしてその期待は裏切られることなく──、というよりは、常にそれを上回った。
「まあ、元がアニメじゃないだけに本当にそのままねえ」
アンドレアが感心するのも無理はない。並ぶための通路には常に何かのディスプレイが表示され、映画に出てくるそのままの、人間味溢れるロボット──ドロイドたちが絶えずお喋りをしているし、いちいちくすっとしてしまう小ネタがふんだんに仕込まれている。
そしてアトラクションの前振り的な会話をするC-3POとR2-D2の登場で、バーナビーのテンションは最高潮を迎えた。
「あああああ、それぞれの会話を全部聞ききるまで居たい……!!」
「気持ちはわかるけどなー、列詰まっちまうからなー」
ドロイドたちを覗き込める通路の手摺りにしがみつかんばかりのバーナビーを、ライアンが生暖かい顔で引きずっていく。
アトラクションのストーリーとしては。
各宇宙旅行会社で、最新型のスペースライナー・スタースピーダー1000が新たに導入。スター・ツアーズ社のスタースピーダー・1401便は整備不良があった為、出航前に再点検を行う事となった。システムアナリストであるC-3POは、パイロットドロイドのAC-38と交代して1401便に乗り込み、機体の点検を行っていたが、突然発進許可が出てしまい、オートパイロットに従ってそのまま発進してしまう──というものだ。
ゲストたちは偶然このスタースピーダーに乗り合わせた一般人という扱いで、並んでいる間は宇宙旅行客に対するCMが流れるディスプレイを見させられたり、本物のサーモグラフィモニタを通ったり、手荷物検査を行うドロイドや、物資を運搬したり聞きをチェックするドロイドのやり取りを眺めることになる。
これから宇宙旅行に行くのだ、と当然のように扱われるその空気に、気分が乗らないわけがない。
「なるほど。設定としてはエピソード3と4の間というところですね」
「ここですでにそこまでわかるのがさすがだわ」
キャラクターの配置や様子、そしてあらゆる要素からあの膨大なシリーズにおける時間軸を言い当てたバーナビーに、今回ばかりはライアンのほうが感心する。
「いいですね。変に原作に介入するのではなくて、あくまで一般人として……ストーリーではなく世界観に没入させてくれるこの感じ、文句なしです。ライアンの言葉を借りるなら解釈が合うというやつですね」
「喋り方が完全にオタクじゃない。ハンサムが台無し」
アンドレアが残念極まりない顔をしてゆっくりと顔を横に振るが、バーナビーは眼鏡のブリッジをそっと押し上げ、無駄にキメ顔をして言った。
「フォースとともにあらんことを……」
「わけがわからないわ」
「あの、前から思っていたのですが、アンドレアの能力でライトセーバーを……」
「うるさいわね」
完全にキャラがおかしくなっているバーナビーを軽くあしらい、アンドレアはガブリエラが取ってきた3Dメガネを受け取り、愛想のいいキャストの誘導に従って列に並んだ。
今からスタースピーダーに乗り込む、というところで、女性型スポークスボット、アリィ・サン・サンのアナウンスや、搭乗案内ビデオが流れた。
更に、いかにも監視カメラの映像という様子で今から乗り込む予定のスタースピーダー・1401便でコミカルな小競り合いが始まるのを眺めていると、画面の中のスタースピーダーがせり上がってくると同時に、目の前にある、画面と全く同じデザインのドアが“テロリロリン”と可愛らしい音を立てて実際に開く。
──NOW BOARDING
青い表示とともにぞろぞろとスタースピーダーの座席に乗り込んでゆくゲストたち。最前には、メンテナンスのためにパイロット席に座ったC-3POがおなじみの口調でああでもないこうでもないとぶつぶつ言っている。
「テンションが……テンションが……! あああ震えてきた」
「……ガブ、ジュニア君のためにいいのが出るよう祈っといてやれ」
かなり興奮しているバーナビーを見て、ライアンがガブリエラに囁く。ガブリエラは「バーナビーさんのお好きな星に行けますように! 良い旅を!」と手を組み合わせ、目を閉じてむんむんと祈った。
「ねえ、いいのが出るってどういう意味?」
「あとで話す。ほら、始まるぜ」
首をかしげるアンドレアに、にやりとライアンが笑う。
そうしてベルトをきちんと締めたかを、キャスト──いやスター・ツアーズ社の社員に確認されてから、いよいよ宇宙旅行が始まった。
「僕、実は一般人ではありません。解放軍のスパイです」
「おい、10分前の自分と解釈違い起こしてんぞ」
スター・ツアーズの建物から出てくるなりきりりとした顔で言ったバーナビーに、ライアンが突っ込みを入れる。
この宇宙旅行でダース・ベイダーから解放軍のスパイとみなされ、タトゥイーンのポッドレースに乱入し、ヨーダに命運を託され、水中のグンガンの都市オート・グンガの旅を経て目的地に到達したバーナビーは、完全にフォースに目覚めた者の目をしていた。
「まー、スパイ認定された上に結構レアルートだったからな。気持ちはわかるけど」
「……レアルート? どういうことです? 他にもなにかあると?」
「説明するからまず落ち着け」
真顔でにじり寄ってくるバーナビーを、ライアンがどうどうと抑える。
「そういえば、始まるときにギャビーに“いいのが出るように祈っとけ”って言ってたわね」
「おう、今回も見事に効果あったな……いやだから説明するから。説明するからジュニア君。顔が近い」
ぐいぐい来るバーナビーを押しのけ、ライアンはいちど咳払いをした。
「まあ簡単に言うとな。ランダムで分岐して、キャラとか舞台が変わるんだよな」
まず最初の出発シーン。ダース・ベイダーが出る場合はここだ。更にただワンパターンに登場するだけでなく、細かい台詞や行動も異なる場合がある。またダース・ベイダーが出ない場合は、ハン・ソロの宇宙船であるミレニアムファルコンが登場するバージョンもある。
次に、暴走したスタースピーダーが迷い込む星の種類。もちろんどこも作中に出てくる惑星なので、原作ファンにはたまらないロケーションだ。
みっつめはホログラム通信を行うキャラクター。レイア姫、ヨーダ、アクバー提督。最近はエピソード7に登場する可愛い新キャラクターとして人気のドロイド、BB-8が追加された。
そして最後に大冒険をする惑星の種類、これも何種類かあり、どれもかなり毛色が違う。
「……ちょっとまってください。それだと……、え? ルートは何種類に……」
「えーっと確か、500以上じゃなかったっけ」
「ごひゃっ……!?」
さらりと発された数字に、バーナビーがひっくり返った声を出す。アンドレアも「毎日1回乗っても1年で見きれないじゃないの」と目を丸くしていた。
「ダースベイダーだけでも割とレアなんだけどな。よりにもよってスパイに選ばれるし」
スパイとされて顔写真を出されるのは、1回の搭乗でランダムに選ばれたゲストひとりだけであるので、今回バーナビーが選ばれたのはたしかにかなりの確率である。
とはいえ、わくわくしすぎていた彼はかなり緩んだ満面の笑みだったため、その顔写真を出された上で「これが解放軍のスパイだ!」とダース・ベイダーに宣言された時は、ライアンとアンドレアが盛大に噴くはめになった。──他のゲストも笑っていたが。
「最高の体験でした。……全てはもちろん無理ですが、あと2、3回は乗りたいですね」
「オッケー、時間取るわ。あとは店行ってキャラメニュー食って、できれば他のアトラクションって感じでどお?」
「異論ありません!」
きびきびと言ったバーナビーは、ガブリエラに案内されてまずコズミック・エンカウンターに突入。スター・ウォーズのグッズをほぼすべて総なめで購入し、周囲の人々の注目を浴びた。
「そうだ、虎徹さんのお土産もここで買っていきましょう」
「あれ、おっさんもスターウォーズ好きなわけ?」
「ええ。僕と虎徹さんの数少ない共通の話題のひとつですよ」
「へー」
「たまに解釈違いで喧嘩しますが」
「……へー」
「バーナビーさん! ライトセーバーチュロスを食べませんか!」
バーナビーに頼まれてスターウォーズ・キャラクターのポップコーンバケットやスナックケースのお使いに行っていたガブリエラが戻ってきたので、バーナビーはひとまず店から視線を外した。
「うえっ、何その色。何のフレーバーなの」
ライトセーバーの持ち手がプリントされた袋に入れられ、チュロスだというのに薄緑色のそれを見て、アンドレアが眉をしかめる。
「メロンソーダです。割といけますよ」
しゃくしゃくと砂糖まみれで薄緑色の揚げ菓子を頬張るガブリエラに、アンドレアは信じられないとばかりに首を横に振った。
「ジャンク中のジャンクって感じだけど、たまに食べたくなる味だよな」
「……あ、思ったより美味しいですね」
「だろー。まあ不味かったら売らねえわな、天下のディズニーが」
「それもそうですね」
そんな事を言いながら、バーナビーのグッズ集めついでに買ってきたお菓子で小腹を満たす。
「んじゃ、次はどうする?」
「はい! 私はかくれんぼゲームがしたいです!」
「かくれんぼゲーム?」
ライアンの声かけに、ガブリエラがまっすぐ手を上げた。バーナビーとアンドレアが首を傾げる。
「モンスターズ・インクのアトラクションだよ。ちびっこ人気系だけど大人もぜんぜん楽しめるぜ」
「ああ。ギャビー、モンスターズ・インク好きだって言ってたわね」
「そうなのです! サリーが大きくてモフモフでとてもかわいいのです!」
「まあ全体的に可愛い映画だったわよね」
ガブリエラが好きだから、という理由で律儀に飛行機の中でモンスターズ・インクを履修したアンドレアは、はしゃぐガブリエラの話に付き合ってやりつつ、『モンスターズ・インク“ライド&ゴーシーク!”』の、子供の多い列に並ぶ。
そしてライアンとバーナビーもその後に続き、平均身長180センチの4人は子どもたちに大いに注目されながらもアトラクションを楽しんだ。
スピーディーに動く乗り物に揺られつつ、次々に現れるモンスターたちを探し出し、彼らがかぶっているヘルメットにライトを当てると、様々なリアクションが楽しめるという体験型のアトラクションだ。
「隣にいるのは彼氏かい? いい男だね〜」
「そうでしょう! ライアンはとても素敵で完璧な、アー!!」
かくれんぼの後、最後に現れた、報告書保管室で事務を担当しているインパクト抜群のナメクジ型おばさんモンスター・ロズにそう話しかけられたガブリエラは興奮して語ろうとするが、すぐに動き出した乗り物に揺られて体勢を崩し、叫び声を上げた。
ライアンがげらげら笑う中、ロズが「またおいでぇ」とのったりした声をかけてきて、アトラクションが終了、一行は外に出た。
「アンジェラ、話しかけられていましたね」
「はい! 彼女は眼鏡に注目するのでバーナビーさんが話しかけられるかと思っていましたが、嬉しいです!」
「確かに、彼女は眼鏡を掛けていました」
「交換しない? などと言ってきますよ」
「それはそれは」
ロズに話しかけられ、しかもライアンを話題にしてもらえたガブリエラは凄まじく機嫌が良く、実際に軽やかにスキップしてまでそれを表現していた。
「すごいわねえ。タートル・トークもすごかったけど、どうなってるのかしら」
「そりゃ、モンスターズ社の最新技術に決まってんだろ」
「……“魔法に決まってんだろ”意外のバージョンもあるのね」
「その都度の世界観を大事にしろ」
「はいはい」
そしてその後ろでは、ライアンとアンドレアがこんなやり取りをしていた。
更にその後はバズ・ライトイヤーのアストロブラスターに乗り込み、また体験型のアトラクションだったこともあってかトイ・ストーリー熱がぶり返したバーナビーが更に違う店でお土産を総ざらい。
ガブリエラもまた、主にサリーのモフモフ系グッズやモンスターズ社のヘルメット、ライトなどを購入。
「これが……このメットとライトがあればおばけが出てもなんとか……」
「そういう目的での購入なわけ?」
「すべてのおばけはモンスターズ社に入社して、サリーたちを見習うべきです。脅かすのではなく笑わせる。とてもいい会社です」
真剣な表情で頷いているガブリエラに、アンドレアは呆れた目を向けた。
スーター・ツアーズのルート分岐ですが、2018年3月のキャラ追加などによりルートが整理され、EP3-4の世界観とEP7以降の世界観が混ざらないように配慮され、全種588ルートから384ルートになったそうです。