(21)フィルハーマジック
BY 皐月マイ
トゥーンタウンを心ゆくまで楽しんだ一行は、先程通ってきたルートを戻り始めた。ミッキーとのグリーティングに興奮冷めやらぬライアンを先頭に歩いていると、次第にあたりの風景が変わってきたのに気がついた。

「あら、だいぶ様変わりしてきたわねぇ」
「はい! ここはもうファンタジーエリアですからね!」

先程は通過してしまったエリアを、今度はゆっくり見渡しながら歩く。
このエリアではシンデレラを始めとしたプリンセス作品やピーターパン、ピノキオ等のアトラクション・施設が楽しめる。
エリアの町並みもそれらに合った、中世ヨーロッパあたりのデザインを施している。
ブラウンやベージュを基調にしたシックで素朴な民家。所々にカルーセルやティーカップ、もちろんディズニー作品をモチーフにした色鮮やかなアトラクションが点在しており、まるで静かな村にサーカスのテントがやってきたかのような風景になっている。

「こちら側から見るシンデレラ城も素敵ですね」

バーナビーがしみじみとした口調で言うと、ライアンが得意げな顔で「そうだろ〜?」と答えた。

「シンデレラ城はディズニーランドのシンボルだけど、何も真正面からしか見ないってわけじゃねえ。360度どこから見ても違った風景が楽しめるんだぜ」
「私はトゥモローランドからのお城も好きですよ! 何だかこうちぐはぐな感じがするのです」

ライアンとガブリエラが言ったとおり、このシンデレラ城はディズニーランド建設路において最もこだわり抜かれたもののひとつだ。
正面から見た時はプラザ・ガーデンと相まって、整然としたお城と庭といった印象だったが、ファンタジーランド側……つまり裏側から見るとガラリと雰囲気が変わるのだ。
城自体の美しさは変わらないが、自分と城を遮るようなかたちで民家や城壁が配置されている。
世界観は合っているのに、どこか別世界を見ているような気持ちになるのだ。きっと、プリンセスになる前の“灰かぶり”だったシンデレラも、こんな気持ちで遠くの城を見つめていたことだろう。
雰囲気を変えるだけでなく、距離感をも操るパークのデザインに、バーナビーとアンドレアは感嘆の息を吐いた。






ひとしきりシンデレラ城を眺め終えた4人は、次の目的であった『ミッキーのフィルハーマジック』というシアタータイプのアトラクションへと訪れていた。
シンデレラ城を囲う城壁に沿うようにして建てられたフィルハーマジックシアターに、まだあまりゲストの姿は見られない。シアタータイプは足が疲れてくる時間帯に人が多くなる。朝一番でここに来るゲストは、大概がコアな“フィルハーファン”の人達だろう。

4人が入口に近付くと、列を整理する係の女性キャストが満面の笑みで「グッモーニ〜〜ン!」と声をかけてくれた。

「オハヨーゴザイマス!」

片言の日本語でガブリエラが挨拶を返すと、女性キャストが驚いた顔で「日本語、お上手ですね」と感心した。
簡単な挨拶と単語くらいしか話せないガブリエラに代わり、ライアンが「ドーモアリガトー」と妙に慣れた口調で返事をした。
彼の口ぶりで多少の日本語が通じるのだと察知したのだろう、キャストが「すてきなミッキースタイルですね! もうミッキーには会いに行きましたか?」と質問を投げかけた。

「Yes! アーリーエントリーでミート・ミッキーに行きました」
「そうですかー! そういえば、世界でたった1人だけのミッキーがなんでずっとお家に居るのか…知ってますか?」

キャストの問いかけに、揃って首を傾げる4人。ガブリエラはそもそも質問の内容がわかっていなかったが、隣に立っていたアンドレアが翻訳をしてやっている。

「実は、あの撮影スタジオは“過去”なんです。私達が、魔法の力で過去のミッキーに会いに行っているんですよ!」

キャストの説明を受けたライアンは、頭に雷でも落ちたかのようなリアクションを取った。確かに、あのスタジオで撮影している4作品とも、かなり前に公開されているものばかりだ。
昔懐かしいスクリーンがあるのも、公開済みの映画を撮影しているのも、いつでもミッキーに会えるのも、自分たちが過去に飛んでいるのだと考えれば辻褄が合う。
アンドレアによる翻訳を聞き終えたガブリエラも、感動の表情で「ワォ!」と声を上げた。

こういったディズニーランド豆知識が聞けるのも、まだ人の少ない時間帯だからこそなのだろう。
4人は面白い話を聞かせてくれたキャストに礼を言いながら、アトラクション内へと進んでいった。



内部に進むと、そこはもう既に豪華絢爛な劇場のエントランスだった。
ふかふかとした赤いカーペットに、かわいらしいデザインのシャンデリア。壁にはディズニーキャラクターたちが歌って踊っているパロディポスターが貼られており、所々にオブジェの入ったショーケースなどが飾られている。そのひとつひとつを見て回るだけで、ショー開演までの待ち時間を潰せてしまいそうだ。
混雑時はこういった装飾を見て回ることすら困難になるので、このアトラクションも、空いている状態でゆったりと楽しみたいもののひとつだ。

数少ないゲストたちが、ミニーの音声案内に従って順序よく待機列を形成する。4人もそれに倣い、前方の扉に向かって列に並んだ。
エントランスに入る前に配られた3Dメガネをそれぞれ手に持ちながら待っていると、シアター内での注意事項などがアナウンスされた。通常のショーやパレードの案内アナウンス同様に日本語と英語、両方の音声案内が流れたため、ガブリエラも内容を理解できたようだ。
もっとも、彼女はショーを観るにあたっての注意など既に覚えてしまっているだろうが。

「魔法の扉が開きます。ご注意ください」というアナウンスの数秒後に、扉がゆっくりと開いてホールへの入場が始まった。
人が少ないこともあり、皆好きな席を選んで座っているようだ。4人も、ファンキャップやカチューシャを外しながら、ホールの真ん中あたりに席を取った。
このフィルハーマジックはスクリーンが上寄りに設置されているため、どの席からでも比較的よく見えるのだ。後ろの人を気にせず楽しめるので、長身の4人は安心して椅子に座った。

「それでは、オペラグラスを着けてください」

男性の声でアナウンスが流れると、ゲストたちが一斉に3Dメガネを装着し始めた。

「なるほど…3Dメガネがオペラグラスですか」
「ああ。それと、自動ドアは魔法の扉だぜ」
「ステキな言い回しじゃない」
「あっ! 始まりますよ!」

ガブリエラの一言に、4人は口を閉じてスクリーン…舞台を見る。
フィルハーマジックはコンサートマスターこそミッキーだが、実のところ主人公はドナルドだ。コンサートに使用する魔法の帽子に悪戯をしたドナルドが、帽子の魔法によって様々なディズニー作品のミュージカルシーンに乱入してしまうというストーリー。それ故に、数作品の名曲を、メドレー方式で楽しむことができるのだ。
更に、フィルハーマジックの大きな特徴として、“3D映像”と“風・水・香り”等の4D的な演出もある。『Be our guest』で美味しそうな香りがしたり、魔法の絨毯で空を飛んでいるシーンで風が吹いたりと、本当に自分がディズニーの世界に入り込んでしまったかのような没入感が楽しめるのだ。
素晴らしい楽曲と美しい映像、それを際立たせる演出。そしてドナルドのドジな行動が笑いを呼び起こしてくれる。
短いながらも濃密なコンサートに、4人は大満足の笑顔を浮かべていた。






コンサートホールから出てきた4人は、口々に感想を言いながらショーの余韻に浸っている。先程まで感じていた空腹感も、すっかり頭から抜けてしまったようだ。

「すばらしかったわ! 本当にフィルハー“マジック”ね!」
「そうでしょう! 私はいつもBe our guestがかかると感動して泣いてしまうのです…」
「わかるぜ……何か、感極まるよな」

少し目を赤くして鼻をズビズビいわせたライアンとガブリエラが、互いに頷きあっている。もちろんバーナビーとアンドレアも2人の気持ちが嫌というほどわかったので、「大げさ」などというコメントは出てこなかった。

しかし、感動で胸いっぱいだった4人だが、近くのポップコーンワゴンから甘くて香ばしいキャラメルのにおいがふんわりと香ってくると、忘れていた空腹感がたちまち蘇ってきた。

「おなかが…、すきました」

つい先程までの涙はどこへやら、スンッと澄ました顔になるガブリエラ。
トゥーンタウンで食べた軽食だけでは、彼女の胃は満たされないらしかった。
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BY 皐月マイ