そのまま4人はウォルト&ミッキーのブロンズ像横を抜け、また兎と卵、そして“うさたま”だらけのオブジェでいっぱいのシンデレラ城前をまっすぐ突っ切った。
「ああ……素敵……。あっ、もしかしてお城の中に入れるんじゃないの!?」
「あー、確かに入れる。店もある。でも後でな」
近くで見るシンデレラ城を見上げ、ゆったりとしたアーチの白い階段などにもうっとりしていたアンドレアに、ライアンがゆったり言った。
「しょうがないわね。あとで絶対よ」
「わーかってるって。まずはトゥーンタウンに行くぜ、こっちだ」
「トゥーンタウン?」
シンデレラ城を正面に見て右側の通りに足を向けたライアンについて行きつつ、バーナビーが首を傾げる。
「ミッキーたちの住居専用エリア」
「……うん?」
「開園から10年ちょっと経ってから公開になってな」
「……ええと。新しいエリアなんですね」
「いや、ほんとは開園当初からあったんだけど、やっぱプライベートなエリアだから非公開だったんだよな。でもミッキーたちに会いたいっていう俺らゲストの希望を汲んでくれたミッキーがさあ、なんと自宅を公開してくれたわけ」
「…………え? ……あ、ええ、ああ、なるほど。……さすがミッキーですね」
つまりそういう“設定”で開園後から追加オープンしたエリアである、ということなのだが、ライアンがあまりにも当然のことのような話口で説明するので、現実と魔法が濃厚に混ざって一瞬混乱したバーナビーは、慌てて“魔法の国仕様”の受け答えをした。
ふとアンドレアを見れば、こちらも2〜3秒疑問符を浮かべて首をひねり、バーナビーの受け答えでハッとした顔をしていたので、おそらく同じ心理状況だったのだろう。
「だよなー。ファンサービスの鑑だよなー」
「プライベートのおうちをファンに公開する、すごいことです」
「あんまり無理はしてほしくねえけどな」
「せめてお行儀よくしなければ!」
「それな」
きりっとした顔をして言うガブリエラに、うんうん、とライアンもまた真剣な顔で頷いている。ディズニーワールドにどっぷり浸かって戻ってきそうにもない友人カップルに、バーナビーとアンドレアはもう何も言わなかった。
無論、そのほうがこの魔法の国で断然楽しく過ごせるのだということを、既にしっかりと理解しているからである。
そして、3分も歩かないうちに、飛び跳ねているような文字で『TOON TOWN』と書かれたゲートが見えてくる。
ゲートだけでなくもちろん中の様子も、カートゥン・アニメーションの世界そのものだった。今にも滑らかに動き出しそうな躍動感のある、生きているように膨らんだり縮んだり、歪んだりしている建造物。今にもそのあたりの街灯に顔が出てきて、陽気に喋り始めそうな雰囲気である。色も非常にカラフルで、眺めているだけで楽しい気分になってくる。
「わあ、いかにもトゥーンの世界という感じですね」
「すっごくポップでキュートだわ。シーのほうにはない雰囲気だけど、これぞディズニーって感じがいいわね」
「おーい、こっちこっち」
そわそわと周りを見渡すバーナビーとアンドレアを、ライアンが呼び寄せる。ゲートに入ってからやや右手奥に歩いていく彼を先頭に、トゥーンタウンを進んでいった。
「ここがミッキーの家だ!!」
「ミッキー!!」
なぜかどや顔で腕を広げたライアンと、その横で拳を振り上げて跳ねるガブリエラが示すのは、茶色い屋根に明るい黄色の壁、白い柱と緑の枠の窓の家だった。もちろん、カートゥンの世界の建物らしく全てが跳ねるように湾曲していて、今にもぽよんぽよんと動き出しそうな躍動感がある。
また出窓には本物の花が飾られ、美しい芝生の庭にもミッキーカットにした植木や可愛らしい花が植えてあり、ミッキーのタキシード柄と、プルートの柄のイースターエッグも置いてある。
「へえ、ここが」
「かわいいおうちねぇ。あら、何か書いてあるわ」
バーナビーがうきうきした様子で家を見上げていると、アンドレアが、家の門のところにある黒板タイプの立て札に気付いた。何かジャパニーズの文章が書いてあり、文末にミッキーのサインが入っている。
ジャパニーズの読み書きが最もできるバーナビーが、漢字混じりのそれをたどたどしく読み上げた。
やあ、みんな!
ぼくのうちに遊びに
おいでよ
いま、うら庭のムービーバーンで
映画をとっているから
そこで会おうね!
「えっ、このまま家の中に入ってもいいんですか」
「気さくすぎない? いいの? しかも何か撮影中なんでしょ?」
ミッキーの家は内部を自由に見学してもいいようになっているし、列に並べば実際に奥で本人に会える──『ミート・ミッキー』というグリーティング施設でもあると聞いて、バーナビーとアンドレアが驚く。
「ミッキーはマジで懐が深いよな。器がデカいっていうか」
「まったくです」
今度はうんうんと頷き合ってそう言うライアンとガブリエラは、そのまま門を超えていく。
「つーわけで、普段はめちゃくちゃ混む場所でもある。グリーティング系はファストパスもねえしな。ゆっくり家ん中見てからミッキーに会おうと思ったら、今日みたいにアーリーエントリーで直行するしかねえ」
「な、なるほど」
エントランスでのグリーティングをちら見にとどめてスルーした理由がここで判明し、バーナビーとアンドレアは納得して彼らについていった。
「ここに隠れミッキーがあるぜ」
ライアンが、家の前のガレージにとまっているミッキーの愛車を指差した。言われたとおりによく見ると、ここに停める時に付いたと思われる地面の僅かなタイヤ跡が、ミッキーシェイプを連続させたパターンの隠れミッキーになっている。
「相変わらず芸が細かい!」
「細かすぎるでしょ!」
隠れミッキーは公式が発表しているものではなく、ゲストが『これはミッキーなのでは』と広めたのも多いのでキリがないのだが、トゥーンタウンにある隠れミッキーは、明らかに意図的なものが非常に多い。このタイヤ痕は、そのひとつである。
「私も隠れミッキー、あります!」
ガブリエラが、笑顔で振り返った。意味がわからずバーナビーが首を傾げるがしかし、ライアンとアンドレアは「ああ」と頷く。
「あれね」
「あ、気付いた?」
「今朝髪の毛やってあげた時にね。びっくりしたわよ」
アンドレアはそう言って、ガブリエラをくるりと回れ右させると、おさげツインテールにしているガブリエラの髪をすっと上に持ち上げ、バーナビーに見せた。
一見ロマンティックなロングヘアに見えるガブリエラの髪型だが、実は下半分を短く刈り上げたツーブロック・ヘアである。そして上の長い髪を持ち上げると、刈り上げられた後頭部下のところには、ミッキーシェイプのレザーアートが施されていた。ガブリエラはどや顔である。
「気合が入りすぎでしょう!」
全身ミニー・スタイルでキメるだけでなく、自前の髪を剃りこむという気合の入ったそのヘアスタイルに、バーナビーが呆れの混じった声を上げる。
更に、側を通りかかった他のゲストたちがそれを見かけて「すごーい!」と興奮し、ぜひ写真を撮らせてくれと頼んできた。
「いいぜ」
「あなたが許可するの」
「後頭部ならもしネットで拡散されても構わねえしな」
ライアンのそれに、それもそうか、とアンドレアは納得し、女性たちからキャーキャー言われながら後頭部を激写されてどや顔をしているガブリエラを見守った。
「な、なにもかもがかわいい……かわいいわ……永遠に見ていられそう……」
「本当にトゥーンの世界そのままですね……!!」
そうして玄関に足を踏み入れた途端、アンドレアとバーナビーが感動の声を漏らす。
ミッキーの家の中は、1階に限りすべて自由に見学できるようになっていた。
4人と同じく15分早い入場でやってきた他のゲストたちも、部屋の中をうきうきとした様子で見回したり、歩き回ったり、ソファに座って写真を撮ったりしている。
どこまでもキュートなデザインのカラフルな小物、今にも喋りだしそうな顔の付いた家具。プルートの寝床であるブランケットや、片方だけのサンダル。自動演奏されているオルガンからは音楽が鳴り、くるくると流れる楽譜の穴はすべてミッキーシェイプで、しかしひとつだけグーフィーのシルエットになっているという芸の細かさ。
壁や机にはミッキーの書いたToDoメモ、ミニーやグーフィーたちからの伝言などが張られ、フォトフレームには愛犬プルートの写真や、愛しのミニーのブロマイド、ウォルト・ディズニーとミッキーのツーショット写真などが飾られている。更に、ミッキーのスクリーンデビュー作、『蒸気船ウィリー』でミッキーが操縦していた船のボトルシップ。
棚の中や上にはミッキーが出演した映画に関するプロップスが所狭しと並び、戸棚の中には『フロリダ』『パリ』『カリフォルニア』のそれぞれのエリアのディズニーテーマパークの鍵がおさめられている。ミッキーはこの自宅から、この魔法の鍵を使ってそれぞれのパークに入れるようになっている、というわけだ。
また突然電話が鳴ったと思ったら、留守番電話に録音されたミッキーのメッセージが再生され、ミッキーが裏庭のムービーバーンで待っているということが伝えられた。その後にも、グーフィーに電話するように言ってちょうだいと伝えるミニーからの留守電なども流れてくる。
「あー無理やばい何回来ても目が足りねえ。耳も足りねえ。無理」
スターのお宅訪問そのものの状態になっているライアンは、ひと部屋めから情報過多のあまり立ち尽くしていた。
他のゲストもいるが、皆ライアンやガブリエラと大差ない気合の入り方のファッションで、そもそもアーリーエントリーを使って真っ先にここに来ているあたりからして、皆それなりにディープなミッキーファンである。
子供用に近いサイズの、しかしキュートの極地のような家具が並ぶ、そんなに天井が高くないミッキーの家の中で興奮のあまり立ち尽くしている大柄なイケメン外国人に、皆「わかる、わかりますよ」といわんばかりの温かい目を向けていた。
「ライアンしっかり! 今日は動画を撮っています!」
いつの間にかライアンのリュックから例のハンディカムを取り出していたガブリエラにはっと気付いたライアンは、感動したように目をきらきらさせた。
「人が少ないですからね! せっかくですから!」
「最高かよお前! 頼んだ!」
「頼まれました!」
ぐっと親指を立てあうカップルに、他のゲストが「ミッキー大好きなんだねーあの外人さん」と微笑ましげに言っている。
「……すみません、放って置いてあげてください……」
妙にいたたまれなくなったバーナビーがカタコトで言うと、善良そうなゲストたちは「いえいえ」「私達もミッキー大好きですから」と本当ににこやかに言って、お互いに場所を譲り合ったり、カメラ係をしあいながらミッキーの家を見学している。
「すごい……いい人しかいない……」
「世界に犯罪が溢れていることが信じられなくなるわね」
「これがディズニーの、ミッキーのパワーなんですね……」
お世辞にも治安が良くないシュテルンビルトで毎日犯罪者と戦っているバーナビーとアンドレアは、ミッキーの家の中で広がる優しい世界に感動した。
そうして最初の部屋を抜けると、ランドリールームに入る。
丸っこいランドリーがトゥーン特有の生きているような動きをしながら、ざっぱんざっぱんと豪快な水音を立てて中の洗濯物を洗っている。水の中には、お馴染みのミッキーの白い手袋などがゆらめいていた。
また、部屋の端にあるのは『ファンタジア』でお馴染みの形のホウキとモップ。魔法を掛ける前ということなのか、映画のように腕は生えておらず、普通の掃除用具として壁に立てかけてある。
なぜかダーツの矢が壁のあらぬ所に刺さっているので不思議に思って見上げていると、前の部屋のオルガンの横にダーツの的があり、そこに投げようとしたのが盛大に手元が狂ってここに刺さっているのだ、と他のゲストが教えてくれた。
「ひたすら……ひたすらに芸が細かい……」
「ライアンじゃないけど、本当に目が足りないわね……」
置いてある洗剤類のロゴ、カレンダーの柄、干してあるタオルに入った何らかのホテルの名前など、マニアであればあるほど元ネタがわかる物の数々に、ゲストたちは感動しながら更に進んでいく。
ランドリールームを抜けると、裏庭に出る。
といってもこの空間は空もトゥーン・ワールド、つまり現実には屋内で、空も作り物だ。ミッキーの家を抜けることで、いよいよトゥーンの世界に入り込んできた、という様子になっているのだ。
裏庭にはプルートの犬小屋と、キャベツとカブ、トウモロコシやニンジンが作られている小さな野菜畑がある。
小鳥の声とともにいかにもカートゥーン的なサウンドエフェクトが聞こえるので何かと思えば、畑に植えてあるニンジンがひとりでに畑から飛び出したり引っ込んだりしているのに気付く。引っ込むときにはニンジンをガリガリとかじる音とともに少しずつ引っ込んでいるのでしばらく眺めていると、地面の下に潜んでいたらしいイタチのような生き物が、盗み食いをしているニンジンの葉をくわえて頭を出してくる。
そして裏庭の奥にあるのが、赤く塗られた倉庫のような建物。
両開きの扉の上には、『MICKYEY'S MOVIE BARN(ミッキーの撮影所)』と書いてある。中に入るとその名前のとおり、ミッキーが出演した映画に関わる様々な衣装や小道具などが、所狭しと置かれていた。ミッキーの映画を観ていれば、どれもこれも「あのときの!」とわかるものばかりだ。
山のように積まれたフィルム缶も、よく見れば実際にミッキーが過去に出演した映画のタイトルのラベルがつけられていて、見るだけでも楽しい。
「ニワトリがいるんですが」
バーナビーが指摘したとおり、奥に進むと鶏小屋があり、藁なども置かれている。ライアンが頷いた。
「元は納屋だからな。改築して撮影所にしたんだ」
「ミッキーは建築の技術まで……?」
「いや、そこは業者だ。さっき見かけただろ」
「え?」
「『3匹の子ぶた』の子豚3兄弟だよ。あいつら、あの話のあと建設会社立ち上げてんの」
「ええ!?」
驚くバーナビーに、今度はガブリエラが「トゥーンタウンに事務所がありますよ!」と補足した。
「ちなみにビッグ・バッド・ウルフは解体業者やってる」
「それはまた、適材適所ですね」
思わずクスッとしてしまうエピソードに実際に笑いながら、バーナビーはそう返した。
また、ここにいるニワトリの卵はディズニーランド内のふたつのレストランに卸されている──、ということにもなっている。ゆで卵にされてゲストに提供されるこの特別な卵は、縦半分に切ると黄身が見事なミッキーシェイプの形になっているのだ。
もちろん、これは実際にレストランで食べることができるメニューだ。
「こういうのが面白いんだよなー、トゥーンタウン」
映画の裏側は、トゥーンの世界。
そうすることで、どこまでも魔法を解かせないようにしているのだ。
すっかりトゥーンの世界となった撮影所の中はますます魔法の気配が濃くなっており、先程のランドリールームでは普通だった箒に腕が生え、『ファンタジア』のように両腕にバケツを持って歩いているのが象徴的だ。
他にも、魔法を失敗した時のためだろうか、「HOW TO UNDO SPELLS(魔法の呪文の戻し方)」と書かれた取扱説明書などが置いてあったり、ドナルドが担当する背景画作成のための作業場は「DUCK AT WORK(アヒルは仕事中)」と書いてあるにも関わらず、塗料を散らかすだけ散らかして放棄されている。
そして次に一気に暗くなった部屋では、キャストが「もうすぐミッキーの休憩時間ですので、それまで待ってください」「ミッキーは皆さんが来てくれたことを喜んでいます!」というアナウンスをしてくれる。
「あ〜、今日のミッキーどれだろ」
「どれってどういうこと? 何か違うの?」
そわそわと言うライアンに、アンドレアが質問した。
「衣装もセットも違う。あそこで流れてる4作のどれかランダムだ」
ライアンが指差した先、暗い部屋の中で流れているのは、ミッキー代表作である『Steamboat Willie(蒸気船ウィリー)』『The Band Concert(ミッキーの大演奏会)』『Thru the Mirror(ミッキーの夢物語)』『ファンタジア(Fantasia)』の4作品のダイジェストだ。
「まあどれでもいいんだけど、でもできればスチームボートかソーサラーミッキーがいっかなー!! いやどれでもいいんだけどな!? どれもミッキーだしな!?」
「ほんとにテンション高いわね!? でっかいのがはしゃぐと周りがビックリするでしょうが!」
一応、ゴールデンライアンはセクシーでアダルトな俺様キャラでも売っている、そのはずだ。それなのにファンに見せたら唖然とするか爆笑するかどちらかだろう、という様子のライアンに、アンドレアはぴしゃりと言った。「なんだよー」とライアンが口を尖らせる。
しかしミッキーの家を見て回っていたときから彼やガブリエラのはしゃぎっぷりは散々注目されていたので、周りのゲストたちはまたも温かい目をして「いいんですよ」「楽しみですよね」と声をかけてくれた。
「ジャパンのゲスト超優しい……ハシャいだデカい外人にも優しい……どっかのヴィラン顔の魔女と違って……」
「あなたがうるさいからでしょ」
「良かったですねライアン!」
両手で顔を覆って感動するライアンに、アンドレアがクールに言い放ち、ガブリエラがにこにこする。
「ミッキーにハシャいでも怒られない……俺様イケメンに生まれてよかった……」
「魔法にかかってるのか現実見てるのかわからない発言はやめてください」
バーナビーが乾いた真顔でざっくりと突っ込みを入れたその時、「さあどうぞー!」とキャストの明るい声が響いた。
扉の向こうで待っていてくれたのは、赤いローブに青い三角帽子。『ファンタジア』仕様の、“魔法使いの弟子”スタイルのミッキーだった。
ミッキーは顔を合わせるなり明らかにテンションの上がり方が段違いだったライアンを正しく見極めて真っ先にハグしてくれ、カチューシャがお揃いであることにも気付いてくれたので、ライアンのテンションは更にものすごいことになった。
さらにミニー・ルックをしていると喜んだり照れたりしてくれるという、すべてのミッキーグリーティングでの定番リアクションもこなしてくれた。つまり全身ミニーのガブリエラもハグしてもらい、鼻チューというスペシャルなスキンシップもしてもらった。
「くっ……俺もミニールックにすればよかった……」
「なんて?」
羨ましさのあまり迷走気味の発言をするライアンにアンドレアとバーナビーが微妙な顔になりつつ、キャストに写真を撮ってもらう。
ミッキーにポーズ指導をしてもらい、真ん中でミッキーとシンクロしたポーズの写真を撮ってもらったライアンは、非常に満ち足りた顔で2分半程度のグリーティング『ミート・ミッキー』を終えた。
そうしてミッキーの完璧なおもてなしを受け終えてミッキーの家を出た後、4人はトゥーンタウンの散策をすることにした。
「あっ、デイジー!」
「えっ、どこ?」
声を上げたガブリエラに真っ先に反応したのは、グリーティングをすっかり気に入っているアンドレアだ。ガブリエラの指差す方向に目を向けると、湾曲した赤い扉の前で、デイジーダックがゲストたちにキュートに愛想を振りまいていた。
「まあ可愛い。あの衣装もラブリーだわ」
デイジーの衣装は、明るいピンクにマシュマロかジェリービーンズを思わせる柄がついたワンピースに、白いフリルエプロンをかけたスタイルのものだ。いつも頭にある大きなリボンも、ワンピースと共布。よそ行きというよりはおしゃれな普段着という感じだが、足元は濃いピンクのハイヒールであるところがさすがの女子力の高さと言えよう。
「トゥーンタウンでしか着てないやつだな」
「入ってきた時に言ってたのはあれね!」
トゥーンタウンは、彼らトゥーンの世界。すなわちホームであるからして、衣装もどこかそれらしいものを纏っているというライアンの説明に、アンドレアとバーナビーがなるほどと頷く。
「ほら、ビッグ・バッド・ウルフも来たぜ。さっきと服が違うだろ」
「……確かに、プライベート感がありますね」
向こうから揚々とやってきた狼に、バーナビーが笑みをこぼす。
エントランスでも見かけたビッグ・バッド・ウルフだが、トゥーンタウンにいる彼は襟元をくつろげたオレンジと緑のストライプ柄半袖シャツに、白いチノパン、白い帽子をかぶっていた。まるでリゾート地で寛ぐようなスタイルである。
更にサングラスであの恐ろしげな目元が隠れているので、鋭い牙と垂れ下がった舌がそのままでも、かなり親しみやすそうな風貌になっていた。
鉢合わせたデイジーダックとビッグ・バッド・ウルフは、何やら軽く会話するような仕草をした後、建物の中に入ろうとするデイジーダックにビッグ・バッド・ウルフが扉を開けてやっていた。
「まあ、見かけによらずレディーファーストができるのね!」と褒めるようにして扉の奥に消えたデイジーダックに、ビッグバッドウルフが少し照れたようなリアクションをする、というちょっとした小芝居をゲストたちがほっこりと見守る。
こうした、本来作品違いで絡みがないはずのキャラクターたちが交流する様が時々見られるのもグリーティングの楽しみのひとつだが、ホームで寛いでいるというロケーションだと更にこうした独特の雰囲気の交流が楽しめるのも、トゥーンタウンが特別であるポイントである。
「トゥーンタウン、思っていたより楽しいですね。小さいエリアなのに、見きれないほど色々なものがあって……」
その後もトゥーンタウンの町並みを眺めながら、バーナビーが感心の滲んだ様子で言う。
「でもちっちゃいのが押し寄せてくると、どうしても大人は居づらいからなあ。子供の邪魔もしたくねえし。今のうちにってことで」
ライアンがそう言う通り、ディズニーランド全体が一般開演時間を迎えた現在、トゥーンタウンは先程までよりも明らかに子供連れのゲストの数が増えている。
子供が多いのは単にその題材のキュートさもあるが、トゥーンタウンには多くのアトラクションの身長制限に引っかかってしまうような小さな子供が遊べる遊具が色々と設置してあるから、というのも理由のひとつだ。
またここにあるのはミッキーの家だけではなく、チップとデールの住むツリーハウス、ドナルドのボート、そしてミニーの家がある。ミッキーの家と違って固定のグリーティングはないが、すべて開放されていて、中を自由に見て回ることができるのだ。
「一応、チビッコ向けエリアって紹介されてるとこだからな。いや、ミッキーとディズニーが好きなら大人でもバッチリ楽しめるエリアだとは思うんだけど」
「あなたが言うとものすごく説得力がありますね」
バーナビーは苦笑気味に言ったが、『ONE WAY(一方通行)』とあるくせに両方に矢印が伸びている矛盾した標識やらは大人でないとわかりにくいジョークであるし、他にも大人か、英語に堪能であるか、さらにかなりのディズニーマニア──しかも古めの作品の──でないとわからない小ネタが、トゥーンタウンにはこれでもかと散りばめられている。
先程ミッキーの家でライアンが薀蓄を語った、『3匹の子ぶた』の建築会社事務所の看板、またそのすぐ隣のビッグ・バッド・ウルフの解体業者の事務所などもそのひとつだ。
ビッグ・バッド・ウルフの解体業者の事務所は、『PUFFIN & HUFFIN(激しく風が吹く)』という事務所名になっている。しかし更に子ぶたたちの事務所の窓には「OUR PRICE WON’T BLOW YOU AWAY(私たちの店の値段は、あなたを吹き飛ばしません)」と書いてある。
つまり、3匹の子ぶたのストーリーになぞらえた事務所名に加え、ヴィランズのビッグ・バッド・ウルフは商売も悪辣だぞ、とあげつらったジョークだ。さらにビッグ・バッド・ウルフの事務所の窓には既に「B.B.Wolf [retired]」と書いてあり、子ぶたたちに対抗して隣に事務所を開いたものの既に倒産してしまっている、という状況が伺える。
こんな具合で、トゥーンタウンには様々なジョークや言葉遊びが散りばめられ、また子供が喜ぶ体験型のギミックもそこかしこに設置してある。地面の全ては転んでも痛くない弾力のあるスポンジ構造の素材で、歩くとわずかに弾むような感覚は、トゥーンの世界に迷い込んだ気分を一層盛り上げてくれた。
「アトラクションもあるけど、今日は朝からチビッコが多かったからな」
ライアンが、肩をすくめて苦笑する。
トゥーンタウンには、トゥーンの世界、という概念そのものの元ネタにもなっている『ロジャー・ラビット』のアトラクションと、チップとデールのシリーズに登場するネズミの女の子・ガジェットのコースター、またグーフィーのペイント&プレイハウスというアトラクションがある。
もちろん大人も楽しめる内容にはなっているが、グーフィーのペイント&プレイハウスは赤ちゃんも連れていけるようになっており、ロジャーラビットのカートゥーンスピンは補助無しで座れさえすれば身長制限がない。
モノクロフィルム時代からのミッキーたち、また『ロジャーラビット』など、元ネタ自体はかなり古いのだが、他のアトラクションと比べて子供を歓迎する空気が色濃いのがトゥーンタウンなのである。
「空いてりゃ乗ったけど、後の予定もあるしな。まあ他に見るもんいっぱいあったしいいだろ」
「ええ。興味はありますが、小さな子供を押しのけるほどではないですよ」
目をきらきらさせてトゥーンタウンを楽しんでいる子供たちを見ながら、バーナビーが笑みを浮かべて言う。
「他のところでもじゅうぶん楽しめましたし」
「そうね。私はミニーのおうちが見れたから、大満足よ。最高にかわいかったわあ!」
アンドレアが、すっかりはしゃいで言う。
ミニーの家は、ギミックが特にたくさん用意されていた。
覗き込むと自分の瞳の中にハートのマークが現れる鏡の付いたドレッサーや、本当に香りのする香水瓶、開けて中を見ることのできる冷蔵庫やケーキを焼いているオーブン、ミッキーマウスマーチで沸騰を知らせるポット、また「ダイエットクッキー」と称して実はホログラムであり掴むことの出来ないクッキーなど、見るだけでなく体験して楽しめるようになっている。
もちろん見た目も女の子らしさを凝縮したようなキュートな外観で、ピンクと紫のカラーを基本に、ハートマークやリボンのモチーフをふんだんに使い、いかにもミニーマウスといった感じだ。
しかしそれだけでなく、ミニーの愛読書が収まった本棚などは女の子に自立を促すタイトルが並んでいたりなどしていて、ただ可愛いだけではないミニーの魅力が感じられるようになっている。
女の子らしいキュートさを常に持ち、キラキラしていて、それでいて王子様に媚びない姿勢のミニーマウスは、真の女子力を体現した存在だとアンドレアはすっかり納得していた。
「そりゃ何よりだ。……で、お前も満足した?」
ライアンがそう声をかけたのは、無言だったガブリエラだ。
朝食を食べないまま朝にライアンに能力を使ったものの、ポップコーンを持ってこなかったせいもあってカロリー不足に陥ったガブリエラは、皆よりひと足早くフードをぱくついていた。
彼女が美味しそうに頬張っているのは、ミッキーやミニーの白い手袋そのものの形をしたバンズにローストチキンが挟まったミッキーグローブ・サンドと、ドナルドの黄色い足の形のバンズにエビカツが挟まったドナルド・サンド。
『ヒューイ・デューイ・ルーイのグッドタイム・カフェ』という、名前の通りドナルドの甥っ子の3つ子が経営している、という店の名物である。
「んん、はい! とりあえずおなかは落ち着きました!」
グローブサンドをはぐはぐと食べ終わったガブリエラは、ひとまずの強い飢餓感から開放され、ほっとした表情で言った。両手を使うために、ダニーはファスナーを閉めたパーカーの中に入れられ、カンガルーの子供のように顔だけを外に出している。
「ギャビーが美味しそうに食べるから、私もおなかがすいてきたわ」
「実際美味しかったですしね」
ガブリエラにひとくちずつ味見をさせてもらったのが空腹の呼び水になったのか、アンドレアとバーナビーが言う。
「オーケーオーケー。もうちょっとしたらちゃんとした店に行くから、それまでガマンしてくれ」
「あら。期待していいのよね?」
「もっちろん」
不敵に笑ったアンドレアに、ライアンはばちんとウィンクを返す。
そして更に増えてきた小さな子供たちを注意深く避けながら、トゥーンタウンを後にしたのだった。