(19)ハッピーエントリー15
BY 餡子郎
 アンドレアは、非常にすっきりと目を覚ました。
 更に、寝起きでも冴え冴えとした視界いっぱいに広がるのは、シンデレラ仕様のプリンセスルーム。また顔を横に動かせば、ベッドの揺れで傾いたのか、ダッフィーが「おはよう!」といわんばかりにこちらを覗き込んできている。
「……おはよう、ダッフィー……」
 最高の目覚めに、アンドレアは朝からハートが蕩けるような気持ちでダッフィーを抱き込みつつ、プリンセスベッドから身体を起こす。

 時間を確認すると、アラームを設定した時間よりちょうど15分前。
 飛行機の中や明け方にディズニー映画を観るため睡眠時間を削り、更に昨日も日付が変わってから就寝したにも関わらず、目覚めは非常にすっきりしていて、身体もとても軽い。気分爽快とはまさにこのこと、という具合だった。言わずもがな、寝る前にガブリエラの能力でケアしてもらったからである。
 隣のベッドでまだ熟睡しているガブリエラを起こさないよう、ダッフィーをきちんとベッドに座らせてから立ち上がったアンドレアは、シンデレラ・ブルーのふかふかの絨毯の上を歩いて、鼻歌交じりにシャワールームに入っていった。



「凄いわ……お肌の調子が最高にいい……」

 シャワーを浴びた時も思ったが、その後のスキンケアタイムにて、アンドレアはプリンセス仕様の洗面台の大鏡の前でうっとりとする。
 もはや毛穴という概念自体が感じられない肌は、今こそ本当に内側から光っているかのような透明感を放っている。しかも顔だけでなく、全身の肌がこの調子でぷるぷるのすべすべなのだ。ガブリエラの能力を受けたのはほんの30分程だというのに、半日がかりのフルコースリゾートエステに勝る美肌効果である。
 もちろん血色も良く、むくみなど全く感じられず、目元もすっきり。頭も冴え冴えとして、体調もとてもいい。髪の艶も、たった今ヘアサロンでディープトリートメントをしてきた直後だと言っても信じられる程である。
 更には、昨夜少々目元が痒いと思っていたのだが、その原因はまつ毛が若干伸びているせいだとアイメイクの時に気付いた。

「ふぁあ、おはようございまふ」
 欠伸と伸びをしながら、ベッドから降りたガブリエラがぺたぺたと歩いてきた。ぱっちりすっきりと目を覚ましたアンドレアに対し、ガブリエラはまだ少々眠たそうである。天然のウェーブを持つ赤毛が、寝癖でもじゃもじゃになっていた。
「おはようギャビー」
「アンドレア、身体の調子はどうですか? 違和感があるところなどは……」
「まったくないわ。むしろ最高のコンディションよ」
「それは良かったです。私もアンドレアにマッサージをしていただいたので、身体がとても楽です」
 ふにゃっと笑うガブリエラに、アンドレアは今日めいっぱい優しくしてやることに決めた。
「シャワーを浴びてらっしゃい。お化粧と髪の毛してあげるから」
「わあ、本当ですか。うれしいです」
 わーい、と緩い声を上げながら、ガブリエラはまだ湯気で温かいシャワールームに入っていった。



 身支度を済ませたふたりは、特にアンドレアが名残惜しそうにしつつシンデレラ・ルームを出る。
 しかし部屋を出ても、廊下にも余すところなくディズニーキャラクターの額入りの絵、壁紙、天井細工、ランプシェードなどがあり、エレベーターもミッキーの声でフロア案内をしてくれるので、気分が上がることはあっても下がることは一切ない。

 うきうきとした気分で、ふたりは待ち合わせ場所であるロビーに降りる。

「ホテルのおかげで、朝からテンションが上がるわねえ。お肌も身体の調子も最高だし、なお気分がいいわぁ。今日は何があっても楽しい気分で過ごせるわね」
 朝の爽やかな光で明るいロビーを見渡しながら、アンドレアが非常に機嫌良く言う。ガブリエラも、にこにこして頷いた。
「何よりです。あっアンドレア、今日はお化粧もいつもと違うのですね」
「だって、ファンデーションを塗るのがもったいないくらいだったんだもの! ああ、自分で言ってて意味がわからないわ……素敵……」

 赤ちゃんのようにすべすべつやつやの自分の頬に手を当ててうっとりと言うアンドレアのメイクは、昨日のようにばっちり決まったモード系ではなく、ガブリエラの指摘通りナチュラルめのものだ。
 また彼女は昨日購入したばかりのとんすけ&ミス・バニーの総柄パーカーを羽織り、バッグもいつものブランドバッグは部屋に置き、同じく昨日購入したイースター限定のミニーマウストートバッグを持っている。そこから顔を出しているのは、もちろんステラ・ルーだ。
 あまりにも肌の調子が良かったことと、また支度の時間を短縮してさっさと遊びに行きたいという気持ち、またこういう装いをするのだからという理由が重なって、メイクもいつもと違うものになった。
 といっても完璧なメイクであることに変わりはないのだが、日焼けと乾燥対策のみしっかりと行い、あとはかなり薄化粧である。アイシャドウはいつものクールな印象のパープル系ではなく、春めいたパステルカラーのパーカーに合わせてピンクに近い薄紫のものだった。
 アンドレアとしては珍しいメイクだが、元々のはっきりした顔立ち、真っ白な肌、真っ黒な髪というコントラストの強い素地は、ふんわりした春色メイクを乗せてもぼやけることなく問題なく似合っている。

 そして、そんなアンドレアをにこにこと見守るガブリエラは基本的に昨日と同じスタイルだが、中に着ているTシャツは違う柄のものだ。
 髪も昨日と同じ髪型なようでも、実は凝ったアレンジのお下げツインテール。無論、アンドレアの仕事である。目元にもナチュラルなカラーだが綺麗にシャドウが入れられ、全体的に昨日よりもワンランク洗練されたような印象になっていた。

「あら? ギャビー、ポップコーンバケットは持ってこなくてよかったの?」
 昨日は首から下げていたミッキーデザインのバケットがないことに気付いたアンドレアが指摘すると、ガブリエラはウーンと首をひねった。
「カロリー補給にはいいのですが、さすがに飽きてきてしまいまして……」
「……まあ、そうよね」
「しかし、そのかわりダニーを連れてきました!」
 そう言ってにこにことガブリエラが抱えているのは、黒いもこもこのぬいぐるみだった。

 ディズニーシー限定のキャラクターがダッフィーたちであるなら、ディズニーランド限定のキャラクターがこの『こひつじのダニー』である。
 元々は1948年に公開されたディズニー映画『So Dear to My Heart』に登場するキャラクターで、ミッキー&フレンズやダッフィーらと違って、バンビなどのような4足歩行であることと、首につけた紫色のロゼット、足先が太くなった独特のシルエットが特徴的だ。
 ダニー自身が黒と紫という濃い目のカラーリングであり、ストーリーの舞台である移動遊園地やたくさんの風船などもくっきりした色をカラフルに使ったカラーリングは、全体的にパステルカラーの世界観であるダッフィーらとは対を成すような雰囲気である。

「その子もかわいいわねえ」
「えへへ。実は昨日、アンドレアがステラを連れているのを見て、羨ましくなったのです。今日はダニーとも仲良くしてくださいね、ステラ」
 ガブリエラは、アンドレアのトートバッグから顔を出しているステラ・ルーにダニーの顔を近づけつつ挨拶した。

「あっ、ライアン!」

 さすがのもので、誰よりも早くその姿にハッと気付いたガブリエラが声を上げると、その声にまたライアンが気付いてこちらに顔を向ける。
 それだけならまだしも、ライアンが体ごとガブリエラの方を向き、パン! と胸の前で手を叩き、やや腰を落とすと、そのまま大きく腕を広げた。
 ヘイカモン! とか、ウェルカム! といわんばかりのその姿勢に、アンドレアは「は?」という顔をする。実際、思わずそのままの声も出た。ライアンの後ろにいるバーナビーも、全く同じ顔をしている。

「ライアーン!!」

 満面の笑みになったガブリエラは、テテテ、と早歩きでそちらに向かい、飼い主に呼ばれた犬よろしく、ライアンの胸に飛び込んだ。
「ライアン! おはようございます!!」
「んん〜、おはよ〜」
 頬と頬をくっつけてガブリエラをぎゅっと抱きしめ、そればかりかそのまま持ち上げてくるりとターンまでしたライアンは、細い肩口に鼻先を埋め、くぐもった声で反応した。

「……あ、おはようございます。アンドレア」
 呆然としていたバーナビーは、同じく呆然としていたアンドレアに声をかける。
「おはよう。……朝っぱらからバカップル丸出しで驚いちゃったわ」
「僕もです」
 抱き合ったばかりかそのままくるくる回っているライアンとガブリエラに、ふたりは戸惑いと呆れを滲ませながら朝の挨拶を交わした。

「あ〜、やっぱこれがあるとすっきりするわ〜」
「……あ! あんたそれ、ギャビーの能力目当てね!?」
 ライアンが抱き上げているガブリエラがほんのり青白く発光していることに気付いたアンドレアが、声を上げる。ガブリエラの能力を受けて非常に爽快に目を覚ましたアンドレアだからこそ気付けたことだった。
「目当てっていうか、まあ習慣っていうか、やっぱねえと調子狂うっていうか」
「えへへ。私もライアンのハグがないと、調子が狂います!」
「Win-Winだよな〜」
「うぃんうぃんですとも!」
「ん? なんかお前、いつもよりほっぺたプルプルしてねえ?」
 流石というべきか、抱き上げていたガブリエラを床に下ろしたライアンが抜け目なく指摘する。そして頬をぷにぷにと軽くつままれその感触を確かめられたガブリエラは、カッと目を見開き、顔を紅潮させて興奮気味に叫んだ。
「……アンドレアー!! 昨日使った! スキンケア用品を! 教えてください! 買います! 今度から使います!! あっ、マッサージ方法も……!!」
「はいはい。あとでリストを送っておくわね」
「ありがとうごじゃいまぷ!」
 ライアンに両手で頬を挟まれてアヒル口にされたガブリエラは、不明瞭な声で礼を言う。「無香料タイプにしろよ」とライアンが注文をつけた。恋人がアンドレアと同じ香りになるのは遠慮したいらしい。

「……ていうか、そうよね……あんた毎日ギャビーの能力受けてるのよね……」
 ハッと気付いた様子のアンドレアのその声は、もはや戦慄していると言ってもいいほどだった。
 なぜならそれはつまり、アンドレアがたった今体験しているこの最高のコンディションと肌の調子を、彼は毎日味わっている、ということにほかならないからだ。
「そりゃまあ」
「贅沢すぎる……!」
「だから、1日ぐらいなくても全然大丈夫ではあるんだけどな」
 本気で羨ましそうな様子のアンドレアに、ライアンは肩をすくめた。
 実際、顔立ちや体つきがかなり男らしい系統なので一見気づきにくいが、ライアンの肌も髪も、この年齢の男性としてはかなりツヤツヤのピカピカである。指先までささくれひとつない。

「よっし、ベストコンディション。いつもサンキュな」
 ぐるぐると肩を回しながら、ライアンがにかっと笑う。そんな彼に、ガブリエラもにっこりと笑い返した。
「お安い御用ですとも!」
「あとでジュニアくんにもしてやれよ」
「わかりました!」
「え、いいんですか?」
 密かにそわそわと羨ましそうだったバーナビーが、ぱっと顔を輝かせた。

「もちろんです! 万全の体調でディズニーを楽しみたいですからね!」
「ありがとうございます。でもそんなに疲れているわけではないですから、何かの順番待ちなどの時にでも」
「はい! では疲労回復のほかは髪と肌にしますね」
「……心得てくださっているようで恐縮です……」
「おまかせあれ!」

 そんなやり取りをし、また記念撮影をしてから、4人は意気揚々とホテルを出た。






「うわあ、ディズニーランド、本当にホテルの目の前なんですね」

 弾んだ声で、バーナビーが言った。
 今回4人が宿泊したディズニーランドホテルのエントランスとディズニーランドのエントランスは地図上で見ても正真正銘の真正面で、ホテルを出てすぐ入口が見えるような距離しかない。
「しかも開園15分前に入れるなんて……」
「ええ。こんな特典があって、部屋もあれだけ素敵なんですもの。ホテルに泊まらない手はないわね」
 アンドレアが、深く頷いて同意を示した。
 ハッピーエントリー15、またはアーリーエントリーと呼ばれる、ホテル宿泊者だけが得られる特権。それを証明するために今朝発行された感熱紙のチケットに、同じものを持つ人々が揃ってうきうき、そわそわとしていた。
 現在はその入場が始まる更に15分前で、4人が並んでいるのはアーリーエントリー列のかなり前の方だった。

 雑談をしていると時間がやってきて、4人はとうとうエントランスをくぐる。
 そしてそこに広がった光景に、ぶわっと一気にテンションが高まるのを感じた。

 エントランス中央のガーデンエリアには、イースターらしい、色とりどりの本物の花が咲き誇っている。そしてそれと調和する、卵、ウサギたちを使ったかわいらしいオブジェがそこかしこに設置され、もちろんその合間にミッキー&フレンズがいきいきとしていた。
 さらに、卵になったミッキーたちというべきか、それともミッキーたちデザインの卵というべきか、そういったものもそこここに混ざっていた。
 更には、毎日誰が来るかわからない、というフリーグリーティングのキャラクターたちが、元気いっぱいにアーリーエントリーのゲストたちを出迎えてくれている。

「おっ、今日はピノキオ勢揃いじゃん」

 ライアンがそう言ったとおり、エントランスには『ピノキオ』の主人公ピノキオをはじめとして、ジミニー・クリケットやゼペット爺さん、そしてヴィランズのファウルフェローやギデオンらが、ゲストたちとコミュニケーションを取り、写真撮影をしたりしていた。

「色々いるわねえ。あっちは『3匹の子豚』かしら?」
 花壇の向こうで子供たちを出迎えながら活発なアクションを見せている豚のキャラクターをさして、アンドレアが言った。
「そうです! 緑の帽子が長男のファイファー・ピッグ、青い広い帽子が次男のフィドラー・ピッグ、ストライプの帽子で怒ったような顔のが末っ子のプラクティカル・ピッグです!」
「相変わらずすらすら出てくるわねぇ……」
「僕、名前があるのすら知りませんでしたよ……」
 すぐにキャラクターの名前が出てくるガブリエラに、アンドレアとバーナビーは感心と呆れ半分で言った。
「そしてあちらがヴィランズのビッグ・バッド・ウルフ」
「まぁ、悪い顔ね」
 極端につり上がった目に、まさに耳まで裂けた口、そしてその口にぞろりと生えそろった牙とだらりと垂れ下がる赤い舌。青いシルクハットをかぶりいかにもな悪役顔をした狼は、ガブリエラの言う通り、『3匹の子豚』のビッグ・バッド・ウルフである。

「通常バージョンのビッグバッドウルフは、いかにも悪い顔だよな」
「通常バージョン? 別のバージョンがあるんですか?」
 きょとんとしてバーナビーが言うと、ライアンは頷いた。
「エリアによって、そのエリアに合った衣装で出てくるぜ。キャラクターにもよるけど。……あー、フェイスキャラクターは通常バージョンだけだな」
「フェイスキャラクター?」
「まあつまり、俺らでいう顔出しってこと。プリンセスとか王子とか」
「ああなるほど、そういう」
 さすがのもので、魔法をぶち壊しにしないやんわりとした言い方で説明したライアンに、バーナビーはなるほどと呟いた。



「まああ、かわいいアーケードねえ! これ全部お店なの?」

 エントランスを抜け、ワールドバザールという巨大アーケード・ショッピングモールに入ると、アンドレアが明るい声で言った。

 ずらりと並んだ数え切れないほどの店には、全てショーウィンドウがついている。しかもただ商品を展示するだけでなく、イースター限定のものを中心に、これもまたイースターに合わせてわざわざ用意したキャラクターたちの人形が、それらを紹介したり使っているようにしてある。それだけでも見ごたえがある上に、店そのものも、カラーリングやデザインがいかにもディズニーで抜群にかわいい。
 また路地の入口やかわいいデザインの街頭の近くで、ふわふわ浮くポップなデザインの紐付きバルーンを売っているキャストが、笑顔で手を振っている。

「おう。フェイクの店はいっこもねえぜ。レストランとかもあるけど、だいたい全部グッズ売ってる店だ。服だけとか文房具だけとか食いモンだけとか、ジャンルで別れてる感じ」
「わかりやすくていいわね。買い物タイムの確保を希望するわ」
「わかってるって」
 ぐっとサムズアップしてきたライアンに、それならいいのよ、とアンドレアは満足げに頷く。
「それにしてもなんていうか、こっちはいかにもテーマパークって感じね」
「そうですね。しかしそれが逆にわくわくします」
 声色からして浮かれているのがわかる様子で、アンドレアとバーナビーが感想を述べる。
「シーのほうは全体的にエレガントでおしゃれな感じだったけど、こういうのもキュートでいいわね」
「そうですね、色づかいもカラフルで賑やかですし。……それはそうと、あの」
「なぁに?」
「……あれ、なんでしょうか」

 バーナビーが示したのは、店の看板に向かって梯子をかけ、それを登っている、卵──のような生き物。
 シルエットは確かに卵。しかし頭頂と思しき部分にはうさぎの耳が生えていて、またミッキーと同じく4本指の白い手袋をした関節のない黒い腕と、同じく黄色い靴を履いた足が生えている。
 また特筆すべきは、顔にあたるものが一切ないことだ。つるんとした白い卵に、ウサギの耳と手脚だけがついている。動きやポーズがディズニー特有のコミカルさに溢れていて躍動感があるので怖い感じではないが、不気味というか、得体の知れない感じがした。

「エントランスのオブジェとか、アーケードの入口にもいましたよね」
「ああ、あれ。うさたま」

 ライアンは、あっさりと答えた。
「なんですって? ウサタマ?」
「ジャパニーズで、うさぎの“うさ”と、たまごの“たま”で、“うさたま”」
「そのまんまですね。ええと、イースターのキャラクターなんですか?」
「そうそう」
「……これ、かわいいんですか?」
 バーナビーは、怪訝な表情で言った。
 魔法にたっぷりかかっている彼だが、そのフィルターを介してもなお、このうさたまを素直にかわいいとは言い難かった。

「そうねえ。正直、私もこれをかわいいとは……、ギャビー、何してるの?」
 かわいいものマイスターのポジションになりつつあるアンドレアは、いつの間にか、ライアンが背負っているミッキー耳付きリュックを後ろからごそごそしているガブリエラに気付いた。
「らーらららららー! う・さ・た・ま!」
「うわっなんですかそれ、……手足が長い! き、きもちわるっ!」
 謎の歌を歌いながらガブリエラがリュックからずるりと出してきたのは、胴、というかたまごの部分が子供の顔くらいあるうさたまのぬいぐるみだった。しかしそれだけならまだしも、手と足が異様に長く、それぞれ30センチぐらいある。
「らーらららららー! う・さ・た・ま!」
「ちょっ何するんですか」
 また謎の歌を歌いながら若干以上に気色悪いうさたまぬいぐるみを持って近づいてくるガブリエラを、バーナビーは反射的に避けようとした。
 しかし、後ろから彼を太い腕ががっしりと拘束する。もちろん、ライアンだった。

「う・さ!」
「う・さ!」
「た・ま!」
「た・ま!」
「うさたま!」
「うさたま!」
「うさたま!!」
「うさたま!!」
「何なんですか!? 何だその歌! 無駄に息があってるのは何なんだ!」

 謎の歌に続き謎の掛け合いをしつつ、ガブリエラとライアンはバーナビーの突っ込みを無視して、彼の左腕にうさたまぬいぐるみをくっつけた。
 ぬいぐるみの長い手足は長さが調整できるようになっており、端にマジックテープがついている。脚が短くなったかわりに手が異様に長くなったうさたまは、その長い手をバーナビーの腕にぐるぐる巻き付ける形で固定された。

「ジュニア君、さっきコイツを“かわいいんですかコレ”と言ったけどな」
「え、ああ、はい」
 うさたまを指差して言うライアンに、バーナビーはまた重度のディズニーオタクからの「わかってない」口撃が始まるのかと思ったのだが、それは裏切られた。
「かわいいかかわいくないかで言えば、まああんまりかわいくはねえな」
「かわいくないんですか」
「かわいくないんじゃないのよ」
 バーナビーとアンドレアの、二重の突っ込みがハモった。

「いやー、俺も慣れればかわいいのかなって最初は戸惑ったんだけど、慣れても正直キモいよね。最近は“まあ、キモかわいいってやつ……かな?”ぐらいになってきたけど」
「夜に見ると少し怖いですよね!」
「全然ダメじゃないですか」
 すっぱりとうさたまをかわいくないと断言するディズニーマニアたちに、それでいいのか、とバーナビーとアンドレアが困惑顔になる。
「しかしうさたまですので! それは! うさたま!」
「そうそう。うさたまはそれでいいんだよ」
「う・さ!!」
「た・ま!」
「だから何なんですかその掛け声」
 無駄に息ぴったりな友人カップルに、バーナビーはクールに突っ込む。

「まあ、あとでパレード見ればわかるって」
「パレード!? やるんですか!? これで!?」
「そう、これで」
「うさたまで!?」
「うさたまで」

 どっぷり魔法漬けのディズニーマニアですら「正直かわいくない」「キモい」という評価のうさたまでパレードという情報に、バーナビーとアンドレアは完全に戸惑った顔をした。
「クレイジーだ……」
「おっ、ほら、シンデレラ城がはっきり見えるぜ」
 周りの店の可愛らしさに近景ばかり注目していた面々だったが、ライアンが笑顔で指差した先の光景を見て、特にアンドレアが目を見開いた。

「……っまあああああ! 素敵!! 素敵だわ!! シンデレラのお城ー!!」
「ワァ、想像以上の食いつき」

 ただでさえ高いテンションが臨界点を突破したアンドレアに、ライアンが生暖かい顔をした。
「すごいですね! あの、映画が始まるときのロゴそのもののシルエットで」
 アンドレアほどではないが、バーナビーもうきうきとした笑顔で言った。
「わかるわかる。あのロゴの! ってなるよな」
「ええ」
「そこんとこ、俺のオススメはこのアングルかな。ほら、ウォルト・ディズニーとミッキーが手繋いでる像があるだろ。あれ俺大好きなんだけど、あの像をシンデレラ城をバックにして見るとだな」
 バーナビーは、ライアンの言う通りの構図で、目の前の光景を見てみた。
 ディズニー映画のオープニング・ロゴそのままのシルエットの城に、今は亡き偉人ウォルト・ディズニー氏とミッキーマウスが手を取り合う、印象的なブロンズ像。そしてイースターの色とりどりの花、白亜の城、抜けるような青空のコントラスト。これこそがディズニーの世界観、という光景がここにあった。

「……ドラマティックですね」
「だろぉ〜? 泣けてきちゃう系だよな〜」

 感じ入るようなバーナビーのコメントに、うんうん、と満足気に深く頷きながら、ライアンは少年のような表情でそう返した。
● INDEX ●
BY 餡子郎
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