(18)ディズニーランドホテル宿泊
静かなホテルの通路を進み、数あるドアの中から自分たちの部屋番号を探し当てる。アンドレアが自身の名前入りのカードキーを使い、客室のドアを開いた。
音も立てず滑らかに開くドアをくぐると、そこはまるで宮殿の中にでも迷い込んだかのような光景が広がっていた。
すぐさま目に飛び込んでくるのは、ロイヤルブルーと白と金の三色を基調にした色使い。部屋を見渡していくと、そこがシンデレラ城の中にいるかのような造りになっていることに気付いた。たっぷりとふんだんに布を使い、美しいドレープを描くカーテン。女子の憧れである猫足の可愛らしいインテリア。部屋を照らす電飾はしっかりとデザインの凝ったシャンデリアだ。
部屋へ踏み入った瞬間に絶句し、硬直したアンドレアの腕からイースターデザインのショッピングバッグがどさりと落ちた。無理もない、彼女のようにディズニープリンセスが好きな女性ならば皆等しく感動してしまうだろう。それほどに、細部までデザインが凝っていた。
「な…なんてこと…シンデレラじゃないの…シンデレラ…」
「遂に貴女もアンジェラのような語彙力になりましたね」
「大丈夫ですよアンドレア、わかります」
そう、ガブリエラとアンドレアが宿泊する部屋は「シンデレラルーム」と呼ばれる、キャラモチーフのデザインがされた客室だったのだ。
感動のあまり言葉を失ったアンドレアが、ガブリエラに支えてもらいながらヨロヨロと部屋の中を進む。ライアンはというと、期待通りのリアクションを見ることができて満足なのだろう「ウンウン、そうなるよな〜、わかる」としたり顔で頷いた。
「見てギャビー! パウダールームの壁紙、シンデレラのためにネズミ達がドレスを作ってるシーンだわ!」
「ハイ! アンドレア、バスルームのガラスを見てください、カボチャの馬車です!」
「なんて素敵なの…」
女性陣がバスルームやアメニティの可愛らしさにはしゃいでいるころ、男性陣は一足先にベッドルームを覗き込んでいた。
「本当に細部まで拘ってますね…あっ、ライアン、これは」
「気付いたねぇジュニアくん。お〜い、お二人さん、そろそろこっち見に来たらぁ?」
ライアンの呼びかけにいち早く反応したガブリエラが、ピョコンとベッドルームを見る。そして目をパッチリ見開いたかと思えば「ああーっ! 可愛いです!」とすぐさま感動の声を上げた。
ガブリエラの後に続いてベッドルームを覗き込んだアンドレア。彼女は「ハァッ!?」と小さな叫び声を上げたと思いきや、両手で口元を押さえて息を呑んだ。
美しく整えられたベッドの上、そこにはつい数時間前にアンドレアが購入したSサイズのダッフィーとシェリーメイが寝転がっていたのだ。しかも、ただ寝かせてあるだけじゃない。
枕にもたれかかるようにして座ったダッフィーは、頭の後ろで手を組んでおり、ちょっと生意気にリラックスしたポーズ。シェリーメイは女の子らしく、膝のあたりで手を揃えてチョコンと座っている。
そして、ベッド際のチェアにはジェラトーニが外を眺めているような角度で座らされていた。まるで、今の今までこの部屋でダッフィーたちが遊びまわっていたかのような演出に、アンドレアは言葉を失ったまま膝から崩れ落ちた。
「大丈夫ですか、アンドレア」
そう言って彼女を心配するバーナビーだったが、彼もまた「トイ・ストーリーみたいだ」と心の中でそわそわとしたものを感じていた。
「なんてことなの…あの子たち、この部屋でステラの帰りを待っていたのね…」
「そうですよ! ダッフィーフレンズは4人で仲良しですから!」
激しく動悸がする胸元を抑えながら立ち上がるアンドレア。彼女は強敵と戦っているかのような必死の形相で携帯電話を取り出し、様々な角度から写真撮影をし始めた。いつの間にか、ステラ・ルーもジェラトーニの横にしっかり座らせているあたり抜け目がない。
しばらくの間「カシャシャシャシャ」という連写のシャッター音が響いていたが、ついに満足したアンドレアが「ふぅ」と息を吐いて携帯を閉じた。
「あまりにも可愛らしくて正気を失いかけたわ」
「いや完全に失ってただろ。わかるけど」
アンドレアの取り乱しように大爆笑していたライアンが、お腹のあたりを擦りながら「あー面白かった」と呟く。
「でも、本当にすごいホスピタリティですね。こちらの予想を悉く上回って来るというか」
「だろ? さっき、俺とガブがBBBの前に着替えに来た時にさ、ショップデリバリーでホテルまで届けておいた荷物も運んどいたんだよ」
「あまりの荷物の多さに、キャストさんがお手伝いしてくださったのです」
ライアンとガブリエラが「あまりにも多い」という程だ、バーナビーとアンドレア二人分合わせて相当な量だったのだろう。一つ一つのショップで爆買いしてはその場で荷物を預けていたので、二人とも正確な荷物の多さなどとうに忘れ去っていた。
「そう…それで、こんな飾りつけをしておいてくれたのね」
「ああ。普通なら連泊するゲストが清掃中に出かけてると、清掃スタッフがやっといてくれるサービスなんだけどな」
ライアンの言った通り、本来であればこういった飾りつけは客室内の清掃を行う際「部屋に残されたぬいぐるみをただ置いておくだけでは芸がない」という、ディズニー側の工夫なのだ。純粋な子供であったら「ダッフィーがお昼寝してる!」と、園外でも夢の続きが見れることだろう。大人でさえその素晴らしい心遣いに感動してしまうほどなのだから。
ひとしきりシンデレラルームを堪能したアンドレアは、ふいに口を開いて「私、ここに住みたいわ…」と言い出した。その願いは、ディズニーリゾートに訪れたディズニーファンならば誰しもが口にしたことがある願いだろう。
「あはは、そう言うだろうなと思いました」
笑いはしたが、決して否定しないバーナビー。彼もまた魔法にかけられた一人、その気持ちは痛いほど理解できるのだ。
ライアンとガブリエラに至っては既に数日間滞在しているというのに「わかります」「理解者が増えて嬉しいぜ」とただただ頷いた。
「メディテレーニアンハーバーの一角に家を建てて、ゆったり海を眺めて食事したいわ」
「いいですね、あそこに住めたら毎日ショーが見られますよ」
夢のように語るバーナビーとアンドレアだったが、ガブリエラの「では次はミラコスタに泊まりましょう!」という言葉に目を丸くした。
「ミラコスタ?」
「ああ、言ってなかったか。メディテレーニアンハーバーの街並み、あれホテルなんだぜ」
ライアンがさらりと言い放った一言に、バーナビーとアンドレアが揃って彼を凝視する。
ホテルミラコスタ、ディズニーリゾートのファンが憧れるホテルの一つだ。18世紀から19世紀あたりのイタリアの建造物をイメージしたデザイン性の高さもさることながら、一番の売りはなんといっても「パークの中にホテルがある」という点だろう。
そう、誰しもが夢見る「帰りたくない! このままパークの中に泊まりたい!」という願いを叶えてくれるのが、ホテルミラコスタなのだ。
客室には様々なタイプがあるが、中でも人気が高いのが名前に「ハーバービュー」と付いた客室だ。読んで字のごとく、客室内の窓からメディテレーニアンハーバーを一望できる部屋だ。つまり、ホテルの部屋にいながらもメディテレーニアンハーバーで行われるショーを観ることができる。
そういった点から、ホテルミラコスタはディズニーリゾートにある4つのディズニーホテルの中でもかなり人気が高い。宿泊料が最も高いホテルだというのに、イベントが行われている時は早々満室になってしまうほどだ。
今日一日ですっかりディズニーシーの虜になったバーナビーとアンドレアは「次は必ずそこに泊まる」と、早くも次回の旅の予定を立て始めていた。
「さてと、んじゃあせっかくだし俺たちの部屋も見に行くか?」
「まさかライアン、僕たちの部屋もこんな感じの…?」
「いや、ここまでプリンセス丸出しって部屋じゃないぜ」
バーナビーの頭に一瞬よぎった嫌な予感。だが、ディズニーオタクなライアンも流石にここまでプリンセス丸出しの部屋にはしなかったらしい。
「では行きましょう! きっと他のお部屋もステキですよ!」
「そうね、せっかくだから見ておかないと」
シンデレラルームの出来栄えに満足してか、アンドレアも乗り気なようだ。4人はライアンを先頭にして、男性陣の宿泊する部屋へと向かった。
ガブリエラとアンドレアの部屋から少し離れたところにある一室、そのドアをライアンが押し開ける。
すると、今度は先ほどのシンデレラルームと打って変わって、ゴージャスな金色と赤みがかったブラウンのインテリアが目に入った。
「何の部屋かわかるか?」と問いかけるライアンと、答えを知っているためニコニコと笑いながら口を閉ざすガブリエラ。
しばらく部屋の中を見回していたアンドレアが「Beauty and the Beastね!?」と嬉しそうに言った。
「おっ、正解」
「壁にルミエールやコグスワースがいるんですよ!」
Beauty and the Beast、日本語版タイトルは、美女と野獣。シンデレラ同様に誰しもが知っている人気の作品だ。
シンデレラルームよりも暖色の割合が多く、ゴージャスだがあたたかみのある色使いだ。通路の壁一面には本棚が描かれており、その棚の中に時折執事のコグスワースや、給仕頭のルミエールも居る。
「他にも不思議の国のアリスと、ティンカー・ベルをモチーフにした客室があるが…そっちはここよりも狭いし、すげえファンシーなんだよな」
「私はアリスルーム、大好きですよ! 部屋のランプが帽子になっているのです、マッドハッターの帽子です!」
「アラ、そっちも素敵ね」
「ですが、確かに男二人で宿泊するにはちょっと…ファンシーすぎる題材ですね」
バーナビーの言う通り、アリスルームとティンカー・ベルルームは色合いも鮮やかで本当におとぎの国にいるような内装になっているため、男性二人での宿泊には少々向かないかもしれない。無論、そういったデザインが好きな人ならば問題ないだろうが。
加えて、部屋の広さも大切な要素になってくる。日本人が宿泊する分には何ら問題ない広さは確保してあるが、如何せんこの一団は平均身長180センチの高身長4人組。更にライアンは体格も良く、一番狭いタイプの部屋では少々窮屈なのだ。
四種類あるキャラクタールームの中で最も広いシンデレラルームと、その次に広い美女と野獣ルーム。この二つを予約したライアンの判断は正しい。今回は人間だけでなく、荷物も山のようにあるのだから。
「でも一つ残念ね。せっかくの美女と野獣ルームなのに、野獣しかいないじゃないの」
そう言ったアンドレアはじっとりとした目でライアンを見つめている。先ほどシンデレラルームで大笑いされた仕返しだろうか。すかさずガブリエラが「はい! ライアンはモフモフのムチムチですし!」と、妙に誇らしげな顔で同意したため、否定するチャンスを逃してしまったライアン。苦い笑みを浮かべながら「どーも」とだけ返した。
ひとしきり部屋の中を見物し、ガブリエラとアンドレアは自分たちの部屋へと戻った。
メイクを落とし、シャワーを浴び、ガウンに着替えた2人。アンドレアはというと、ベッドに寝転がってガブリエラの能力によるエステを受けていた。
ガブリエラが触れた部分の新陳代謝や血流が良くなり、みるみるうちに肌艶が増していく。いつの間にか体の疲労感も吹き飛び、アンドレアは活動し始める今朝よりも体調が良くなっていた。
「はあぁ、最っ高ね! 痛くも痒くもない上に、変なにおいのするパックをする必要も無い、それでいて即効性も効き目もバツグンなんて!」
「喜んで頂けて嬉しいです! 明日も沢山食べまくりますので、おまかせあれ!」
「それは助かるけど、ギャビーあなた…お野菜不足じゃないかしら?」
ベッドから起き上がりながら、アンドレアがそう問いかける。テーマパークで一日を過ごすと、野菜が不足してしまうのはどうしようもない事だ。
「大丈夫です! 普段はしっかりと栄養士の先生に教わった食事バランスを心がけていますし!」
「でも、あなたもライアンも結構長い事ここでバケーション取ってるんでしょう? 普段の食生活、できてるの?」
「ヴッ…そ、それは」
「今日も炭水化物や穀物が多かったわよねぇ? しっかりお野菜食べてたのはセイリングデイ・ブッフェだけだったじゃないの」
アンドレアは、ライアンと同じような食べ物ばかり食べていたガブリエラの栄養バランスが気になっていたらしい。元モデルというだけあって美意識が非常に高い彼女は、未だに食生活にかなり敏感なのだ。
ガブリエラも一部リーグに上がってからはきちんとした食事と、プロのチームによる厳重な栄養管理を受けている。が、どうしても大好きなディズニーということもあり栄養バランスが偏ってしまうのだろう。
「別に、食べたいものを我慢しろってわけじゃないのよ。足りない分の栄養はちゃんと補いなさいよって意味」
そう言いながらアンドレアが取り出したのは、7〜8粒のサプリメントだった。不足しがちなビタミンや鉄分などを補助するため、彼女はこういったものを日ごろから愛飲しているのだ。
アンドレアは自分が飲むのと同じ量をガブリエラに手渡し、冷蔵庫に入っているミネラルウォーターでサプリメントを流し込んだ。ガブリエラも主治医から栄養補助としてサプリメントを処方されてはいるが、普段は規則正しい食生活を送っているため、それらを持ち歩く習慣が無いのだ。
ガブリエラは渡された錠剤を一息に飲み込み「ありがとうございます、アンドレア。これで今日の栄養はバッチリですね!」と胸を張った。
「それじゃあギャビー、次は私があなたにマッサージしてあげるわ」
「いえ! 私は大丈夫ですよ!」
「いいじゃないの。あなた、自分のケアに手間はかけるけどお金はかけないでしょ? 体全体に言えることだけど、特に肌なんかは手間もお金もかけるべきよ」
とは言っても、ガブリエラは髪も肌もライアンやネイサンに褒められるレベルの水準をキープしている。きちんと毎日、言われた通りにしっかりとケアをしている証拠だ。
だがアンドレアは「更に磨きをかけられる場所がまだある」と拳を握り、自身の荷物からいくつかの基礎化粧品を取り出した。
「プラセンタとコラーゲン、どっちがいいかしらね…部位ごとに両方使ってみましょ。あと、全身のマッサージは特別に目元用美容液を使ってあげる。びっくりするほどプルップルになるわよ」
「プルップル…ですか…」
「ライアンも喜ぶんじゃないの? あいつを喜ばすのは癪に障るけど」
ライアンも喜ぶ、その一言にガブリエラの目つきが変わった。ライアンが喜んで自分をもっと褒めてくれるかもしれない。という餌を前にして、アンドレアの申し出を断るガブリエラではなかった。その場に起立し「よろしくお願いします!!」と、興奮した様子でアンドレアの手を握った。
その後、一時間かけて全身のマッサージと高級美容液を用いたスキンケアを受けたガブリエラは、アンドレアの言葉通り「プルップル」の肌で安らかな眠りについた。アンドレアもまた、心身ともにリフレッシュすることができ、いつもよりもぐっすりと深く眠っていた。
すっかりディズニー一色に染まった彼女らは、明日のディズニーランドを今日以上に楽しめることだろう。