(17)ファンタズミック!/ハピネス・オン・ハイ/退園
BY 餡子郎
 たっぷりアラビアンコーストを楽しんだ一行は、メディテレーニアンハーバーの水辺の夜景を楽しみながら戻ってきた。夜の水上ショー、『ファンタズミック!』を鑑賞するためである。

「ちょっと風出てたから心配してたんだけど、中止にならなくてよかったな」
「ああ、野外だから」
 そういえば、と言うバーナビーに、「そうそう」とライアンが頷いた。
「雨はともかく、風でも中止になるんですね」
「水上だし。しかも噴水とかスモーク使ったりバルーン膨らませたりするからさ。あと暗いから、強風で誰か水に落ちた時に危ねえってのもあるんじゃねえかな」
「なるほど」
「安全第一だから中止ってなってもしゃあねえんだけど、1日いっかいしかねえからさあ。やっぱ開始決まるとホッとするわ」
「ちなみに、中止になるとどうなるんです?」
「バケパ取ってる時はファストパスに交換」
「アフターケアはしてくれるんですね」
 さすが、と感心しつつ、もうすっかり夜、しかも海沿いということで冷たくなってきた空気に、バーナビーは羽織っているライダースの前のファスナーを半ばまで引き上げた。アンドレアも上着の前をかき合わせ、さらにその中にステラ・ルーを抱き込んで暖を取っている。

「んー、立ち見になるかな」

 開始ちょうど1時間前だが、どのポジションも、立ち見の前のほうがまだ少々空いている。
 全景が見られるところではないが、悪い場所ではない。背が高い4人なので何とか大丈夫だろう、と近くにあった場所に向かおうとした時、声をかけてくる者がいた。


「こんにちは!」


 そうしてはきはきと話しかけてきたのは、場所取りの列整理のキャスト。
 しかも、先程ファッショナブル・イースターの場所取りで泣きぐずっていた、プリンセス志望の女の子をなだめようとしていた女性キャストだった。さっきの人ね、とアンドレアが気付くと、キャストはそのとおりだと笑顔を浮かべる。
「先程は小さなプリンセスの夢を守って下さって、ありがとうございました」
 夢の国らしい言い回しに、4人が気持ちのいい笑みを浮かべる。
「ところで、『ファンタズミック!』をご覧になられますか?」
「そうだけど……」
「よろしければ、ぜひこちらへ」
 秘密の話をするような具合で少し声を潜めてそう言った彼女は、他のゲストの目になるべくつかないように気を使うような様子で4人を案内する。

「──え、なにこれ! こんな場所あんの!? ていうかここってバケーション・パッケージの席じゃねえの!?」

 ライアンが驚く。
 ディズニー・マニアであるはずの彼すら知らなかったその場所は、ザンビーニ・ブラザーズ・リストランテ前にある、スチーマーライン乗り場の上。見晴らしが良く、椅子が用意されていて、メディテレーニアンハーバー全体がよく見える上に近いというかなりのベストポジションだった。

「以前はバケーション・パッケージ席だったこともありました。でも実は、現在は今日のように非常に空いているときだけ、我々がひそかにお声がけしてご案内しております」
「知らなかった……」
「ミラコスタのテラスに泊まるより難しい、という方もいますね」
「マジかよ」
 その説明と内容の凄さを正しく理解したのはライアンだけであったが、彼の「信じられない」というリアクションだけでも、相当レアな事態に遭遇していることはあとの3人にも充分わかった。

「いつもは無作為にお声がけするんですが、先程はとっても素敵な魔法を使っていただきましたので、こちらからもお返しです。ぜひどうぞ」

 女性キャストが、にっこりと微笑む。
 その粋なはからいに4人は数秒呆然としたが、結局おおいに感動し、この対応を許可してくれた上司にも重々礼を言ってくれと頼んだ。
 このキャストもぎりぎりまで4人を探していたようで、ライアンたちで少ない定員が一杯になっている。彼女もまた、仕事をやり遂げられていい顔をしていた。

「いいことをすると、いいことがぐるぐる返ってくる! すてきです!」
「まったくもってそのとおりだわ。日頃の行いの成果ってやつねぇ」
「ヒーローとして当然の行いでしたが、見ていてくれた方がいたのは嬉しいですね」
「ほんっと、ディズニーはこういうところが粋だよなあ」

 ガブリエラ、アンドレア、バーナビー、ライアンはそれぞれそう話しながら、非常に良い気持ちで特別席に腰掛けた。
 そしてしっかり先程のキャストの名前を控えておいた彼らは、後日連名でこのことについてしっかり礼状を送っておいた。名指しの評価が、彼女の立場や給与の向上におおいに繋がることを祈って。



『ファンタズミック!』は、トーキョーディズニーリゾートだけでなく他のディズニーパークでも公演されているショーである。
 ミッキーマウスが中心ではあるが、軽いストーリー仕立てでありつつたくさんのディズニーキャラクターが出演し、その内容も公演されるパークによって大きく異なる。
 ディズニーシーでは、白雪姫のエヴィル・クイーン、眠れる森の美女のマレフィセント、リトル・マーメイドのアースラなどのヴィランズも登場し、夢いっぱいのイマジネーションの魔法を信じるミッキーマウスの前に立ちはだかるという内容だ。
 たくさんのダンサーやキャラクターを活かした昼間のショーとは異なり、『ファンタズミック!』は彼らが一切上陸してこないのが特徴のひとつである。
 しかしそのかわり、昼間のショーでは用いられないレーザー光線や花火、パイロテクニクス、ウォータースクリーンに映し出されるアニメーション、巨大なドラゴンのオーディオアニマトロニクスなどの、かなり大掛かりな特殊装置を多数用いる。
 また『ファンタズミック!』の曲を主軸にしつつ数々の作品でおなじみのディズニーソングをメドレー方式に編曲した音楽も素晴らしく、夜の水上というロケーションをこれ以上なく活かした幻想的なステージとして人気を博す、とにかく壮大なショーなのだ。

「あっ、始まります! 始まりますよ!!」

 小声ではあるがわくわくが抑えきれない様子で、ガブリエラが言う。
 見ればいつの間にか、あえて真っ暗にされたメディテレーニアンハーバーの海上に、建造物レベルの巨大な円錐型のものが迫り出している。
 水上にはたくさんのスモークが漂い、青い光がきらきらと幻想的に水面を輝かせる。その青色と、星空のような輝きを纏い始めた水面に、バーナビーがハッとした。
「……あれ、ミッキーの魔法の帽子ですか?」
 それそのもの、というわけではない。しかし水上に現れた巨大な円錐は間違いなく、『ファンタジア』でミッキーがかぶっている、あの特徴的な青い魔法使いの帽子だった。

 壮大な音楽が鳴り響き、ティンカー・ベルの飛行シーンに似た魔法の輝きが回転し始める。その輝きが頂点に達した時、真っ暗な中でもはっきり見える、赤いローブに青い三角帽子、おなじみの魔法使いの格好をしたミッキーマウスが、巨大な円錐の頂点に突然登場した。

「ミッキー!!」

 世界で最も有名なネズミ、スーパースターの名前を皆が呼びながら拍手する。
 惜しみない色とりどりのレーザー、光に照らされて美しい噴水のアーチ、水飛沫、打ち上がる花火、目まぐるしく変わっていく円錐スクリーンの映像、そして盛り上がっていく音楽。最初から一気に作られていく幻想的な世界に、ゲストたちは言葉を無くして見入っている。
 円錐の頂点の高さは目測でも確かにちょっとしたビルの屋上レベルで、しかも周囲は真っ暗な水である。しかしそこに立ったミッキーマウスは、腕を広げ、ゲストたちに魔法をアピールするようにあちらこちらを振り向き、時にぴょんぴょん跳ねたりしていた。

 真っ暗な空間に巨大なクジラが雄大に泳ぎ、泡で隠れたかと思いきや、次はサバンナを駆けるシマウマの姿が映し出される。光で輝く水飛沫の向こうで美しい蝶がひらめき、それに魅入っている間にミッキーの姿が消えたと思ったら、三角錐の中に大きく現れ、手を激しく動かし始める。
 曲は『ファンタジア』から。ミッキーの動きに合わせて花火が上がり、レーザー光線が縦横無尽に照らし出される。円錐スクリーンの中のミッキーの手から実際に盛大な火花が散れば、もうあのミッキーを映像だと思う者は誰もいなくなる。

『ファンタジア』の“Night on Bald Mountain(禿山の一夜)”の曲に合わせて、バケツを持ったモップがいかめしくぐるぐる歩きはじめ、セクシーでエロティックな金魚が踊り出す。『リトル・マーメイド』のアリエルとフランダーが闇の中を楽しげに泳ぎ、上がってきた泡の中には、『ピノキオ』の名脇役、ジミニー・クリケット。

《──まだ夢の中なのかい?》

 いつの間にか水面が見えないほど焚かれたスモークのおかげで、ミッキーマウスのそんなセリフが妙にリアルだ。

 そして次の瞬間、音楽がアフリカンなテイストに切り替わる。
 幾何学的な模様で表現されたカラフルな画像は、『ライオン・キング』のものだということがすぐわかる。巨大なシンバとアフリカンダンスのダンサーを乗せたバージが登場すると同時に、今度は『ターザン』のワンシーン。ジェーンとターザンが、蔓のロープにつかまって向こう側に飛んで行く。
 目の前を横切っていくバージの上には、カラフルな猿達が好き勝手に踊っていた。力強いリズムのアフリカン・ミュージックが心地よい。

 高く焚かれたスモークが、光でオレンジ色に染まる。その中を飛んで行く白い光は、鳥の群れ。夜闇の中に作られた雄大な夕焼けという、まさに魔法で作られたような空間の中、サバンナの営みを称える、アカデミー歌曲賞にもノミネートされた名曲"Circle of Life"が流れ始める。ズールー語の歌詞は聞き取りにくいが力強さに溢れ、水上いちめんがサバンナの大地に変化していた。

「すごい……」

 バーナビーが、呆然と呟いた。
 もうこの時点で結構なキャラクターが登場しているが、突如、ナチュラルな色合いだったレーザーが緑や紫、黄色などのサイケデリックなものに変わった。同時に流れ出した音楽は、子供たちに人気でありつつ、往年の大スターエルヴィス・プレスリーの曲をふんだんに使った作品『リロ・アンド・スティッチ』のものだ。
 特徴的なスティッチの声がして、ミッキーが立っていた円錐の頂上に青い姿がちゃっかり現れている。と思いきや、ジェットバイクで目の前を横切っていったのは、スティッチのガールフレンドであるエンジェルだ。

「……スティッチとかエンジェルって、お前にちょっと似てるよなー」

 ライアンが、ぼそりと言った。
 小さな宇宙船に乗って遠いところから身ひとつでやってきた、言うことやることぶっ飛んだエイリアン。悪い子と良い子を行ったり来たりで非常に手が掛かるが、同時にキュートなキャラクターだ。雑食の大食いで、宇宙船や三輪車などの乗り物を自在に乗りこなし、歌とダンスが大好き。現地の人達には犬だと言い張っているところや、エンジェルに至っては名前も似ている。

「む、そうですか?」
「スティッチかわいいじゃん」
「イエス、そう言われれば似ていますね! 私もココナッツケーキ大好き!」

 ライアンが褒めると即座に己のスティッチ似を認め喜ぶガブリエラに、バーナビーとアンドレアが「ちょろい」と呆れ顔でつぶやく。
 そしてスティッチたちが騒がしく通り過ぎていくと、今度は転じてドラマティックな曲調に切り替わる。円錐が伸び上がり、暗さに紛れてたくさん出てきていた船から、白い巨大なバルーンが膨らみ始めた。曲は“When You Wish upon a Star(星に願いを)”に変わっていき、バルーンの中に宇宙が生まれるような煌めきが広がっていく。

 その中に、ドン! と勢いのいいパーカッションとともに現れたのは、先程アラビアンコーストで散々見た青い魔神。ジーニーだ。
 調子の良い、ワクワクするようなメロディー。“Friend Like Me”の曲に乗って、ジーニーがまさに歌うように喋り、変身し、分裂し、変幻自在に動き回る。バルーンの中にはアニメーションで、船の上には実際にセクシーな衣装のアラビアン・ダンサーが登場し、腰をくねらせる独特のダンスを披露した。
 様々なところから様々な姿で次々に現れるジーニーに、目が翻弄される。しかしこの調子がまさにジーニーという感じで、テンションがどんどん上っていく。

 パアン! と魔法が弾けると、次は空の上だ。
 水面をみっしり覆うほど焚かれたスモークと、バルーンの中に投影された雲の映像。更に波上に照らされた光の効果で、もはや目の前は雲の上にしか見えない。
 そしてその中を、アカデミー賞最優秀主題歌賞やグラミー賞ソング・オブ・ザ・イヤーを受賞した『アラジン』の名曲“A Whole New World”とともに、魔法の絨毯に乗ったアラジンとジャスミンが飛んで行く。

《──なんてすてきな夢なんだ!》

 ミッキーの声とともに、続いて現れたのは『シンデレラ』のフェアリー・ゴッドマザー。優しそうな魔法使いのおばあさんがきらきらと魔法を放つと、円錐の頂点にドレス姿のシンデレラが現れる。円錐がシンデレラのドレスと繋がるような演出で、巨大なドレスのスカートのように見える。
 そしてシンデレラが姿を消すと、“A Dream Is a Wish Your Heart Makes(夢はひそかに)”の名曲とともに、円錐の中でプリンス・チャーミングと優雅なダンスを踊り始めた。
 更には流れるようにして『眠りの森の美女』の“Once Upon a Dream(いつか夢で)”に合わせ、いわゆるプリンセスシリーズと呼ばれる作品の王子様とお姫様のダンスシーンが連続して展開される。
 それだけでなく、いちめんの水面のスモークの中には、シンデレラの水色のドレスと同じ色のシャンデリア型のランプがくるくると周りながら輝いていた。船の上にもドレスアップした男女がワルツを踊っているさまは、まさに舞踏会だ。
 その非常にロマンティックな眺めに、ほう、とアンドレアがうっとりとしたため息をついた。

 ゴォーン、と鐘の音。
『ピーター・パン』で登場する深夜0時を指した夜のビッグベンが映し出され、舞台装置の様相が変わっていく。
 濃いスモークの奥から現れたのは、こんな巨大なものがいつからあったのか、と驚く、魔法の鏡。曲調が不穏なものになると同時に、寂しい岩山のようになった円錐の頂上に現れたミッキーが、怪しく光る魔法の鏡に向かって言う。

《──この世で最高の魔法使いは、誰?》

 ミッキーだろ、とぼそりと呟いたライアンを、バーナビーとアンドレアはあえて無視した。ガブリエラは、目をきらきらさせながらうんうんと大きく頷いている。

 そこらのビルくらいの大きさがある円錐、更にそれよりも大きな魔法の鏡の中に、『白雪姫』に登場する魔法の鏡の、不気味な仮面のような顔が現れる。
「えっ!? どうやって映してるのあれ」
「水……か? それにしたってあんなに大きなものをくっきりと……?」
 巨大かつ鮮やかに現れた魔法の鏡の顔に、アンドレアとバーナビーが驚く。スクリーンにしても巨大だというのに、しっかり向こう側が見えてもいるので、そんなものがあるようには見えない。
 そんなふたりに、ガブリエラが「魔法ですよ?」と当然のように言い、ライアンが「魔法だよなあ」と真顔で言ったが、例によって無視された。

《わあ! どうしよう!》

 魔法の鏡の口車に乗って鏡を近くで覗き込んだミッキーが、あっという間に魔法の鏡に吸い込まれてしまった。
 巨大な鏡の向こう側で慌てて動き回るミッキーに、主に小さな子供たちから「ミッキー!」「ミッキーつかまっちゃった」と心配そうな声が聞こえる。

 炎が上がり、ダークカラーの光が迸る。
 ディズニー・ヴィランズたちの特徴的な笑い声が響き、まずは老婆の姿のエビル・クイーンが現れ、ミッキーを罠にはめ、彼の夢の魔法を壊すことを宣言する。

 続いて、アースラ、マレフィセントとディズニー・ヴィランズの魔女たちが現れ、皆の夢を壊すために行く手を阻む。それらに自分の夢、イマジネーションの魔法の力で立ち向かうミッキーマウス。

 全員が、その壮大な世界に完全に魅入られていた。






 すべてが終わり、円錐がおなじみの星と三日月柄の巨大な青い魔法の帽子になって水上に佇むのを目前にして、4人は呆然と席に座ったままだった。

「……すごかったわ……」
「すごかったですね……」
「すごかったなあ」
「すごいです! とても! とてもすごい!」

 アンドレア、バーナビー、ライアン、ガブリエラが順で放った感想だが、4人揃ってボキャブラリーが完全に死んでいた。とはいえ、ガブリエラはいつもどおりだが。

「昼間のショーとBBBで極限まで期待値が上がっていたのに、軽々とその上を超えて行かれました……どういうことなんですか……」
「これがディズニーだ」
「魔法ですか」
「魔法だ」
 こくりと真顔で頷いたライアンにバーナビーも頷き返し、謎の固い握手を交わした。自分たちでもあまりよく意味がわからないが、とりあえず気持ちの問題というやつである。

「まさかドラゴンまで出てくるなんて……。こんな大掛かりなショー、なかなか見れないわよ。ほんとすごいわね……って、ギャビーちょっと泣いてない?」
「毎回泣くのです……」
 少し涙ぐんでいるガブリエラは、ずっ、と鼻をすすりあげた。
「ミッキーが、「きみがどんなに強くても、これはボクの夢なんだ!」とヴィランズたちを押し返すところで、毎回とても感動してですね……」
「わかる」
 ライアンが、真剣極まりない顔で頷いた。よく見れば、彼も若干目が潤んでいる。

「僕もそれはわかります。正直かなりぐっときました」
「そうね、ドラマティックだったわ」
 そこから壮大な音楽になっていくところもすっごく良かったわ、と言うアンドレアに、わかります、とバーナビーが熱っぽく同意する。

「そういえば、ギャビーは言葉わかったの? 全部ジャパニーズだったけど」
「最初に観た時、ライアンに通訳していただきましたので! 曲の一部のようなものですし、耳でいちど聞けば覚えられるので、大丈夫です!」
 アンドレアの質問に、ガブリエラは笑顔で答えた。「本当に耳コピがすごいんですね……」と、バーナビーが感心している。
「そりゃもうな。だってこいつ、"Circle of Life"最初から完璧に歌えるし」
「えっ、あれ歌えるの? あの謎言語みたいなやつ?」
「ズールー語っていうらしいけど」
 驚くアンドレアに、「実際あるアフリカ系の言葉だって」とライアンが更に豆知識を披露した。

「へえ〜。今度歌ってみてよ」
「お安いご用ですよ! ライオンキングは歌も特に好きなものが多いですし、格好いいライオンがたくさん出るので、お気に入りの作品です!」
「……ああ、ライオン。ライオンね。なるほど」

 彼女の隣でネズミの耳をつけなおしている金色のライオン男を見て、アンドレアは納得して頷いた。






「わっ、また何か壮大な音楽が……」
「今度は何が始まるの?」

 席を立って少し歩くと、明るくも壮大な音楽が大音量で流れてきた。
「“Happiness on High”だな。ランドとシー共通の花火ショー」
「この曲も“Happiness on High”というのですよ! あっ、上がりました!」
 ライアンとガブリエラが解説しおわるのと同じくして、巨大な花火が空に広がった。花火だけでも大迫力なのに、ディズニーの壮大な音楽が合わさると、完全に呑まれてしまうものになっていた。
「すごいすごい、きれいねえ」
「あ、これ曲がすごくいいですね……」
 自分の能力繋がりか特に花火に見惚れるアンドレアと、相変わらず音楽に着目するバーナビー。ハピネス・オン・ハイはそう長いイベントではなく、5分もかからず夢のひとときが過ぎ去った。

「──さて。あと1時間ないぐらいで閉園なわけだけど、……何だその顔」

 仕切り直したライアンに向けられたのは、バーナビーとアンドレアの「信じられない」といわんばかりの顔である。ガブリエラは、「わかっているがさみしい」という、しょんぼりした笑顔をしていた。
「えっ、だっ……ええ!? もう閉園ですか!?」
「なんで!?」
「いやなんでって言われても。つーか俺ら、もう既に12時間以上ぶっ続けで遊んでるからな? 半日以上経ってるからな?」
 ライアンがそう言うと、ハッとした様子のふたりはそれぞれ自分の時計を確認し、「本当だ……」「本当だわ……」と驚愕の顔つきになった。

「どういうことだ……さっき入ってきたような感じなのに……」
「時間の流れが早すぎるわよ……? どういうことなの……?」
「うんうん、わかるわかる」
 深刻な顔でぶつぶつ言っている、ディズニー初心者にしてたっぷり魔法にかかっている友人ふたりに、ライアンは妙に温かい声で言った。

「そんなふたりにインフォメーションだ。今回取ったチケットは3デーだから、明日は丸1日ディズニーランドの方に行く。ディズニーシーで丸1日遊ぶのはこれで最後」
「最後……」
 その言葉に、ふたりが心なしか沈んだ表情になる。まさに、幸せな魔法が解けてしまうとでも言わんばかりの様子だ。
「ダッフィーのグリーティング、行けなかったわね……」
 残念そうにするアンドレア。しかしその手を、ガブリエラが満面の笑みでぐっと握る。
「大丈夫ですよアンドレア!」
「え?」
「3日目があります! 行けなかった所は、3日目に行けば大丈夫!」
「そうなの? ダッフィーに会えるの?」
「会えますとも!」
 にこにこしているガブリエラに、アンドレアは口元までステラ・ルーを持ってきて、頬を染めてそわそわした。完全にリアクションが幼女になっているアンドレアに、ライアンが「魔法のかかりっぷりがすげえな……」と小さく呟いた。

「ま、そういう事だ。バケパはシーとランドどっちに行ってもいいし、行き来もしていいようになってる」

 本来ディズニーリゾートのチケットは、ランドならランド、シーならシーをそれぞれ丸1日満喫するか、追加料金で両方行き来できるようにするかということになる。
 その点バケーション・パッケージなら最初からどちらも行き来できるのだが、リゾートラインで直行できるとはいえ、移動に時間をとられる。
 であるなら、ディズニー初心者のふたりなら特に、3日間のうちふたつのパークをまずそれぞれ丸1日ずつ楽しみ、行けなかった所やもういちど行きたいところを3日目を使ってカバーする、というスタイルがいいだろう、とライアンは説明した。

「つまりどうしてもそれぞれ行きたいところがあるんだったら、3日目にそれぞれバラバラに行ってもいいってこった。ランドのスター・ツアーズ乗り倒したいとかな」
 明らかに自分に向けて言われたそれに、ディズニーリゾートに来ることが決まった時、スターウォーズ関係を最も楽しみにしていたバーナビーがそわそわとする。
 しかし、アンドレアがあまりにもダッフィーに会いたそうなので譲ろうとは思っていたが、そうしなくても大丈夫だというのには正直バーナビーもホッとした。

「そうなんですね。……しかし、ライアンとアンジェラはそれでいいんですか? 僕らの希望ばかり聞いていただいていますが……」
 プランを立ててくれるだけでなく、選択肢が出てきた時はこうして全面的にバーナビーとアンドレアの希望を優先させる彼らに、バーナビーが少し申し訳無さそうな顔で言う。
「いやあ、気にすんなよ。俺ら前にも来てるし。3日目だって、お前らは飛行機あるから途中で帰らなきゃだけど俺らまた最後までいるし、そもそも一昨日と昨日も2デーしてるし」
「……そうでしたね」
「あとこの3デー終わったらまた別の所観光してぇ、うまいもん食ってぇ、そんで来週また2デー遊びに来るから」
「どれだけ満喫する気なんですか!? というかずるい!」
「卑怯よ! 私たちは4日しか休みがないのに!」
「地域密着型ヒーローはそのへん大変だよなあ。よっ、社畜!!」
 もはや先程の申し訳無さなど吹き飛ばし、本気で悔しがるシュテルンビルト・ヒーローふたりに、ライアンはヴィランそのものの顔と声で「ふはははは」と笑ってみせた。「きいいいいい!!」とアンドレアが歯を食いしばる。

「つっても、そのかわり仕事となったら週休2日もクソもねえからな、俺らは」
「そうですね。場所によっては長い間シャワーを浴びるのも難しいですし」
 ガブリエラが頷いた。
「そ。そのぶんバカンスが長ぇの。適切なライフワークバランスってやつ?」
 つまりは働き方の違いである、ということだ。
 八つ当たりをしていたシュテルンビルトのヒーローふたりとて、世界中を飛び回っている彼らがどれほど大変な仕事をしているのかはわかっている。
 このバカンスの直前まで行っていた南極での任務も、専門チームが同行しているとはいえ、3ヶ月近くもの長い間極限的な環境にいたことは、既に放送されたドキュメンタリーで誰もが知っていることだ。

「それに、僻地に行ってるだけが仕事じゃねえし」
「ああ、あなた色々手を出してますもんね」
 ライアンの仕事は、ヒーロー業だけではない。いわゆる“お抱え”の店の面倒を見たり、不労所得の税金対策も兼ねた事業、また本人の芸能活動もある。
 ガブリエラことホワイトアンジェラも、それにくっついて回る形だ。
「バカンス中でも、パーティーに呼ばれて行ったりはするしな」
「あなたたちの働き方だと、営業活動は必須よねえ」
 地域密着型ヒーローではないぶん、顔を売って伝手やコネを作り、常に仕事を取ってこなければならない。ここまで有名になれば仕事の方から転がり込んでくるので正しくは仕事を選ぶ立場ではあるが、体よく利用されずに有利な環境で活動するためには、やはり味方を作る活動は必須なのだ。
「私はパーティーが好きなので、仕事という感じではないです。楽しいですが」
「お前ワイワイやるの好きだもんな。俺も苦じゃねえけど。お前がいると能力使えば掴みが超簡単だから楽だし」
「お役に立てて嬉しいです!」
 にこにこして、ガブリエラが言った。
 ガブリエラは基本的にライアンが作った仕事に追従しているだけのようだが、その懐っこいキャラクターでスポンサーの態度を軟化させたり、また能力を使っての接待、そして何よりライアンの身体を常に最高の状態に保つのに、おおいに一役買っている。

「ま、ヒーロー業がハードワークなぶん、休む時はしっかり休めって医者からも言われてるしな。特にこいつはカロリー循環率整えるのにしっかり休まねえと」
「ライアンもですよ。今の仕事になってから、とても能力を使っていますので。私の能力では、そういう疲労はちゃんと治せているのかわからないところがありますから……」

 そんな会話をする彼らに、バーナビーとアンドレアはなんとなく目を合わせ、苦笑して肩を竦めた。
 彼らはすっかりふたりセットでのヒーローとして活躍し、仕事も私生活も支え合って過ごしている。そしておそらく彼らそれぞれひとりずつならば、ここまで長いバカンス・シーズンを取って体を休めたりしない。しかしお互いに「ちゃんと休んで心身ともに労ってほしい」と思っているからこそ、結局こうしてふたりで十全な休暇を取るに至っているのだろう。
 このふたりのことを話す度、虎徹が「あいつらいつ結婚すんだろ」とよく言う虎徹の気持ちが、バーナビーは少しわかった気がした。






「閉園までどうする? なんかアトラクション乗るか、ショップ回るか、散歩するのでもいいし」
「平日なので、この時間のアトラクションはどこもだいたい空いています。お店も内装がかわいいですし、ディズニーシーは特に夜景がきれいなので、お散歩も楽しいですよ!」
 ライアンから選択肢を提示され、ガブリエラの補足を聞いたたふたりはどれも捨てがたいと悩んだものの、アトラクションの残りはインディ・ジョーンズを除いてパークオリジナルのもので映画化されている内容ではない、ということを理由にして、『散歩しつつ店を見て回る』という折衷案をとることにした。

「ちなみにパーク出てすぐの所に『ボン・ヴォヤージュ』ってでかい店があって、ダッフィー系と幾つかの限定もの以外のグッズはだいたい揃ってる。しかも23:00まで開いてる」
「ホテルの中にも、ホテル限定グッズが売っているお店があってですね! あとはディズニーデザインのもので揃えたコンビニエンスストアのようなところが」
「……寝かせる気がないということがよくわかりました」
「いいわよ、上等だわよ。やってやろうじゃないのよ」

 明日も朝早いのだが、こうなったらとことんまで満喫してやると、体力にかけては右に出るもののいないヒーローたちは本気を出した。

 もうホテルに戻るだけなので、購入した商品は自分で持ち帰りである。
 時間が残り少ないのもあって昼間より更に選別せず商品を買いまくり、美しい夜景もしっかり楽しんだ4人は、ゲートを出るときには巨大なショッピングバッグを数個抱えていた。
 そしてディズニーリゾートラインに乗り込んでホテルに向かい、ディズニーランドホテル限定グッズを取り扱うショップ『ディズニー・マーカンタイル』、ディズニーデザインパッケージの商品やオリジナルデザインの日用品で揃えた『ルッキンググラス・ギフト』というコンビニエンスストアのような店も回りつくし、やっと朝待ち合わせたロビーに戻ってきた。

「よっし、ここで写真撮ろうぜ。朝と同じポジションな」

 にやりと笑ってそう言ったライアンの意図を、ふたりは今になってやっと理解して、思わず苦笑した。

 アンドレアはダッフィーの耳カチューシャをつけ、ダッフィーのチケットホルダーを首から下げている。腕には大事そうにステラ・ルーを抱き、先程の買い物で購入したイースター限定のうさぎグッズのひとつ、『バンビ』のとんすけ&ミス・バニーのパステルカラー総柄パーカーを羽織った姿。また「明日はこっちのバッグにする」と言い切って購入した、春らしいピンクのフリルの付いたミニーマウスのトートバッグも持っている。
 バーナビーはウッディのウェスタンハットにリトル・グリーン・メンのチケットホルダーを首から下げ、本皮のライダースを脱いで「明日着るし家でも着る」らしいトイ・ストーリーのおもちゃたちがプリントされたパーカーを羽織っている。
 そして足元は、イースター限定柄の巨大なショッピングバッグが数個。

「は〜い、撮りますね〜。ハッピー・イースター!!」

 にこやかなホテルマンの男性が、そう言ってシャッターを切ってくれた。
 4人とも満面の笑みのワンショットは、朝撮った写真と全く同じ場所と構図だ。しかしその出で立ち、何より表情は全く異なっており、見比べてみると落差が凄まじい。
 ライアンはそれを見て笑いつつ、朝やったのと同じように、いま撮った写真をヒーローたちのグループトークに流す。添付メッセージは、「これが夢と魔法の力だ」である。

 間もなく、普段クールなふたりの浮かれきった姿に対するメッセージが、グループに次々と流れてくる。
 朝には「土産を買っていくので好きなディズニー作品があるか」という質問も投げていたのだが、王道や最新作のタイトルを送ってくる者から、これは相当詳しいのではというコアな作品名を送ってくる者まで色々だった。
 せっかくなので楓にもリクエストを聞いてみたが、好きなものが多すぎて選べないらしく「かわいいのがいい」と言われたので、ここは楓の好みを熟知しているガブリエラと、かわいいものマイスターのアンドレアに任せればいいだろう、とライアンは通信端末を閉じる。

「ゲートを出る時は物悲しい気持ちでしたが、ディズニーリゾートラインとホテルのおかげでワクワク感が途切れませんね」
「そうねえ。部屋に入るまでずっと夢の国のいい気分が持続するのは素敵よね」

 ロビーや廊下の隅々までディズニーの絵画や彫刻、タイル細工、壁紙や絨毯で埋め尽くされ、エレベーターですらミッキーの声で「◯階だよ!」と言ってくるホテルの徹底ぶりに、バーナビーとアンドレアがうっとりと言う。
 そんな彼らに、ライアンはまたにやりとした。

「部屋に入るまで? 甘いな」

 夢の中まで魔法をかけるのがディズニーだぜ? と彼が言った瞬間、ミッキーの声とともにエレベーターの扉が開いた。
● INDEX ●
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