(16)マジックランプシアター
すっかり暗くなった、夜のディズニーシーを歩く一行。
青紫色にライトアップされたプロメテウス火山や、おどろおどろしいライティングではあるが不気味さと美しさが両立しているタワーオブテラー。その隣に見え隠れする、ゴージャスな電飾が輝きを放つS.S.コロンビア号。そのどれもが違った美しさを醸し出しており、つい時間を忘れて見入ってしまうような夜景が視界いっぱいに広がっている。
アトラクションやロケーションの美しさは勿論のこと、イースター・エッグをモチーフとしたフォトロケーションやショップのショーウィンドウなども隅から隅までライトアップされており、歩きながらも視線はあっちこっちと忙しく揺れてしまう。
「きれいねぇ…」
可愛いもの、美しいものに目がないアンドレアは、そのひとつひとつを食い入るように見つめては感嘆の息を吐く。
ライアンはしたり顔でニヤリと笑い、アンドレアに「ここで感動してたら身がもたねえかもよ?」と言う。頭に疑問符を浮かべたアンドレアとバーナビーだったが、ライアンの放った言葉の意味を瞬時に理解することになった。
入り組んだミステリアスアイランドの抜け道をくぐると、開けた橋の付近に出た。ヤシの木が植えられた道の先を指さしながら、ガブリエラが「こちらですよ!」と元気よくアンドレアを案内する。
「うわあ…あれ、マーメイドラグーンですか?」
「ええ、そうです!」
両目をパッチリと見開きながら、バーナビーが思わず声を上げる。
昼間はパステル調のブルーやエメラルドグリーンで彩られ、ファンシーでかわいらしいイメージだったこの城。
だが夜になるとそのイメージはまるっきり払拭され、濃いブルーやアクアマリン、時折差し込むピンク色の照明で鮮やかながらも深海の神秘的な雰囲気を漂わせた演出がされている。
それだけでなく、巻貝に沿うようにして点けられた細かなキラキラと光る白いイルミネーションが、海の底で光を受けて輝く泡のように、城全体を優しく包んでいた。
あまりの美しさに、絶句したままフラフラと何かに取り憑かれたかのような足取りでマーメイドラグーンへと近づくアンドレア。
城に近づくにつれ、壮大なアレンジがなされた劇中歌「パート・オブ・ユア・ワールド」が聞こえてくる。
主人公のアリエルが海底から、光射す向こうの陸の世界を夢見て歌ったこの曲。それはディズニーの楽曲にさほど詳しくないアンドレアでも何度か耳にしたことのあるメロディだった。
「なんかここに来ると、俺らは人魚の世界に来れたって気がして嬉しくなるよなぁ」
「アリエルとは真逆の願いですね!」
この旅で何度もこの光景を見ている筈のライアンとガブリエラも、改めてこの美しさに見入っている。
そして、黙り込んだままマーメイドラグーンを見つめていたアンドレアを見たライアンが、茶化すように彼女に声をかけた。
「アレェ、もしかして泣きそう?」
「泣かないわよ!」
いつもの調子で言い返すアンドレアだったが、その瞳がいつもより潤んでいるのは一目瞭然だった。ガブリエラは「わかります、わかります!」と大きく頷きながらアンドレアの手を取った。
「これは確かに、感動してしまうのもわかりますね」
「マーメイドラグーンとアラビアンコーストはなんだか特別きれいなのです! あっ、アンドレアのお化粧もマーメイドラグーンのようにキラキラしてます! きれい!」
ガブリエラは、アンドレアのアイシャドウに使われたグリッターが電灯の光を浴びてきらきらと煌めいているのを指したのだろう。アンドレアは、今使っているラベンダー色のキラキラとしたアイシャドウをリピート買いすると、密かに心に決めた。
「そんじゃ女王様、そろそろ回れ右してアラビアンコースト行こうぜ」
「ライアン、あんまりおちょくってると飛び蹴りくらいますよ」
先ほどからニヤニヤ笑いが止まらないライアン。決してアンドレアを馬鹿にしているわけではなく、自身の予想通りにロケーションに感動してもらえたことが嬉しいのだろう。が、如何せん元々がヴィラン顔なだけあって、どうしても歪曲されそうな表情になってしまうのだ。
ツン、とそっぽを向きながらも回れ右したアンドレアは、ガブリエラの先導のもとアラビアンコースト側へと歩き出した。
マーメイドラグーンとアラビアンコーストは隣接しており、橋の上からそのどちらも眺められる位置関係になっている。
少し歩を進めれば見えてくる、金色とウルトラマリン色の宮殿を模した建造物が4人の視線を奪った。
「こっちはゴージャスねぇ」
先ほどの、胸を打つような儚い美しさのマーメイドラグーンとは一転して、明るく華やかな雰囲気のアラビアンコースト。
橋から一直線に続く、タージマハルのようなシルエットのゲートが、星形のランプにゆらゆらと照らされている。
「あっ、ポップコーンを、カレー味のポップコーンを買わなければ!」
ロケーションにうっとりと見惚れていたアンドレアとバーナビーが、ガブリエラのマイペースさについ噴き出す。思い返せばガブリエラは、朝から「カレー味のポップコーン」と言っていたのだ。余程食べたかったに違いない。
この一帯を覆うカレーの良い香りはポップコーンのワゴンか、と理解すると同時に「この香りのせいでアラビアンな気分になってしまいますね」と全員分の意見をバーナビーが語った。
「そうなんだよな〜、一気に持ってかれるよな。ほんっとこういう所が上手いと思うわ」
「ふふふ、香りだけでなく味も最高ですよ。オイシー!」
カレー味のポップコーンをモッサモッサと口に放り込みながら、ガブリエラが幸せそうにそう語った。
ガブリエラのポップコーンバケットから数個のポップコーンを拝借しながら、4人はアラビアンコーストの中へと入っていった。
半円型の緩いらせん階段を降りた先には、予想していたよりもずっと広々とした空間が広がっている。
エリアに入って真正面に位置するのがマジックランプシアター。読んで字のごとく、シアタータイプのアトラクションだ。
右手にはキャラバンカルーセルという、二階建ての豪華なカルーセルが光を放ちながらクルクルと回っている。
「左隅にあるのがカスバ・フードコート。カレー専門のレストランだけど、ミッキーモチーフものは無いからあんまり行かねえなー」
「ライアン、スプリングテールが食べたいです!」
「ハイハイ、わかってるって」
まだ食うのか。その一言は今日一日で何度バーナビーとアンドレアの頭に浮かんだことだろう。
ライアンとガブリエラは素知らぬ顔で、イースター期間の特別メニューに想いを馳せていた。
ガブリエラとライアンお目当てのスプリングテールを買うため、まずはアラビアンコーストの奥の方へと進んだ。
慣れた足取りで歩きながら、ライアンはお得意のディズニー知識を披露する。
「アラビアンコーストは半分ずつテーマが違ってんだ。こっち側はジャスミンのいる宮殿モチーフ、んで向こう半分はアラジンが住んでた街並みになってる」
「向こう側にはシンドバッドの冒険をテーマにしたアトラクションもあります! 涼しいですよ、とっても」
「あれ乗ると眠くなっちゃうんだよね俺」
「それから、フライングカーペットのアトラクションもありますよ! 以前昼間に乗った時は、アブーが下から手を振ってくれました!」
夕刻を過ぎると、屋外でのグリーティングは全て終了となる。今日はもうグリーティングに遭遇することは無いだろう。
ライアンはそう前置きをしてから「こっち側はアラジンとジャスミンとかアラビアンな踊り子衣装のデイジーが出てくるぜ」と呟いた。
「何でそういう事をもっと早めに言わないのよ」
「ライアン。彼女、ダッフィーのグリーティングを逃したことを未だに悔やんでいるんです」
「ああ〜…あそこ、いっつも激混みだからな」
「今後グリーティングに関する情報は朝のうちに寄越してちょうだい。いいわね」
艶々としたベージュのジェルネイルが施された指をビシリと突きつけながら、アンドレアはライアンに言い放った。
アラビアンコーストの奥側にたどり着いた4人は、サルタンズ・オアシスというショップでスプリングテールと好みのドリンクを購入した。
先ほど食べ歩きしてから少し時間が経ち、小腹が空いていたのだろう。4人とも一つずつスプリングテールを持っている。
「あら、可愛い包み紙」
「ファッショナブル・イースターのミッキーとミニーのデザインですね!」
ガブリエラの言う通り、包み紙には昼間に見たファッショナブル・イースターの衣装に身を包んだミッキーとミニーが描かれている。
「普段はチャンドゥテールっていうメニューなんだけど、今はイースター限定なんだよ」
「それでスプリングテール」
「そ。中身はチキンとチーズカリー」
ライアンはそう言って、大きな口でスプリングテールをばくりと食べる。小さめのスプリングテールのおよそ半分程が彼の口の中へと消えて行った。
「…あ、これ美味しいわ。柔らかくて」
「見てください、うさぎの耳も付いてます」
「アンドレア、こちらのドリンクも美味しいですよ! バニラスムージーとコーヒーゼリーです」
「ストローがハート型だわ、キュートねぇ」
ふわふわ、しっとりとした生地の中に熱いチーズカリーとチキンの入ったスプリングテールに舌鼓を打ちながら、4人は来た道を戻りマジックランプシアターへと向かった。
人の少なさ故に、殆ど待つことなくシアター内へと入ることができた4人。
まだ前の公演の途中なのだろう。待合室のような部屋で、ベキートという特徴的な声をしたコブラがこのアトラクションのざっくりとしたストーリーを語った。
そして、その語りが終わった後、もうしばらく待ってほしいというベキートの台詞に従い、あまり多くはないゲスト達が大人しく部屋の中で待つ。
すると部屋の中にいた一人の女性キャストが、唐突に話し始めたのである。
「みなさん、こんにちは〜! 実はこの部屋には、隠れミッキーがいるんです…お待ちの間にぜひ探してみてください!」
その台詞を聞いたゲスト達は、素直にキョロキョロとあちこちを見渡してみる。
キャストの言葉をライアンに通訳してもらったガブリエラも「隠れミッキー!」と喜び勇んで、椅子の下や壺の中を覗き込んでいる。
「隠れミッキーですって。あなたそういうのに詳しいんじゃないの?」
「いや…ここにも隠れミッキーがいるなんて、俺も初めて聞いたな」
「意外ですね。てっきり知っているかと」
「隠れミッキーって実は公式が発表してるわけじゃなくて、ゲストが『これミッキーに見えるんじゃね?』って広めたのも多いんだよ。挙げだしたらキリなくてさぁ」
解説しながらも、ライアンは壁やら天井やら、くまなく視線を向けてミッキーを探している。
いつの間にかバーナビーやアンドレアも一緒になって探すが、一向にミッキーは見つからない。
女性キャストがそんな様子を微笑まし気に見ながら「ヒントは、とっても大きいミッキーです!」と付け加える。
「大きい…そんなに目立ったものなんて無いわよ?」
「この壺を上から見たらミッキーの形に並んでいる…とか、ではなさそうですね」
顎に手を当てながら考え込むバーナビー。すると、人一倍ちょこまかと動き回っていたガブリエラが「上から…」と静かにつぶやく。彼女はぐるりと床を舐めるように見回し、そしてある一点を指さして「ミッキーーー!!!」と叫んだ。
その叫び声に「どこ?」「ミッキーいた?」と、他のゲストたちも集まってくる。
ガブリエラが指さした先の床――そこには、天井の照明があたって明るくなった三つの円、まぎれもないミッキーシェイプが顔を覗かせていた。
「うおおー! ミッキー! ほんとにいんじゃん!」
「本当だわ! 大きいミッキー!」
ガブリエラの視線を辿ったライアンが感極まったかのように雄叫びを上げると、近くにいたアンドレアも手で口を覆って照明が作り出す隠れミッキーを指さした。
「すごい、正解です! このミッキーはこういう、人が少ない時にしか見つからないレアな隠れミッキーなんですよ!」
「スゴーイ! タノシー! ミッキー!」
キラキラと輝く笑顔でキャストとハイタッチするガブリエラ。
まさか隠れミッキー探しでこんなにも夢中になってしまうとは、そう言いたげなバーナビーとアンドレアが照れくさそうに顔を見合わせた。
キャストの粋な計らいで退屈な待ち時間が楽しいひと時となり、4人はそのままのテンションでシアターをも楽しんだ。
ショーの内容は、ジーニーを利用して世界一のマジシャンとなった胡散臭い男・シャバーンが、相方であるジーニーの人気に嫉妬し、彼をランプごと箱の中に閉じ込めてしまう。
そしてそのジーニーを救い出すべく、友人でありこの物語の主人公であるアシームという少年が奮闘するといったものだった。
マジックランプシアターは途中から3Dメガネをかけるタイプのショーで、バーナビーが再びガブリエラに「メガネ on メガーネ!」とからかわれ、トイストーリー・マニアの時同様に周りのゲストからも笑いが起きた。
ショーの登場人物である胡散臭い手品師、シャバーンの「さん、に、いちのカウントダウンよろしく!」という指示に、つい「スリー! ツー! ワン!」と誰よりも大きな声で返してしまったヒーロー4人が「さん、に、いちって言ったでしょうが!」と怒られたりという、笑ってしまうようなやり取りもあった。
最後には自由の身になったジーニーが会場じゅうを飛び回り、華々しいミュージカル仕立ての曲でフィナーレを飾った。
「はぁ〜、いいお話でした!」
「ディズニーらしい爽やかなお話だったわねぇ。一番最後のは驚いたけれど」
「俺とガブはもう知ってっからあれだけど、お前『ビャア!』って言ってたな」
「うるさいわね」
まるでジーニーのハイテンションをそのまま持ってきてしまったかのような、賑やかな4人。よほど楽しかったのだろう。
「それにしても、すごいですね。ジーニーの声の方は日本語までできるんですね、しかもあんなに流暢に」
興奮冷めやらぬ様子のバーナビーが感心したようにそう言うと、ライアンは「いや、あれロビン・ウィリアムズじゃねえぞ」と告げる。
「えっ、違う方なんですか? だって声も演技も全く同じだったのに」
きょとんとした表情で問いかけるバーナビーと同じく、アンドレアも「えっ違う人なの?」と驚きの声を上げる。「アラジン」自体がディズニープリンセスの出てくる映画なので、彼女も見たことがあるのだろう。
「ああ、日本語版はコウイチ・ヤマデラっていうレジェンドがやってる」
「レジェンド…!?」
なんだか聞き覚えのあるフレーズに、バーナビーとアンドレアは2人揃って聞き入る。
「フレンド・ライク・ミーは映画でも使われてた曲だが…あのクセの強い曲をコウイチ・ヤマデラは一発撮りであそこまで再現した。初めて聞いた時に、ガブがロビン・ウィリアムズと勘違いした程の完成度が、一発撮りだ」
「ギャビーが聞き分けられなかった…ですって…」
声や音に対する勘が異常なまでに鋭いガブリエラが聞き分けられなかったのだ、バーナビーやアンドレアが区別できるはずもない。
「『Beauty and the Beast』のビースト、あれもコウイチ・ヤマデラだ。んで、スティッチの声もコウイチ・ヤマデラだ。ちなみにどっちも人外だが、声の加工はしてねえ」
「嘘でしょ!? そういうNEXTなの?」
「んなワケねえだろ、地声だよ地声」
「それはまさしく、レジェンドですね」
ライアンの語る豆知識に話が弾んだ4人は、足取りも軽くメディテレーニアンハーバー目指して歩き出す。
時刻はもうすぐ19:30になろうかという頃だ。深くなっていく暗さに、先ほどよりも更に鮮明な夜景が広がっていた。