(22)クイーン・オブ・ハートのバンケットホール
BY 餡子郎
「さーて、じゃあ朝飯いくか。がっつりめにな」

 ライアンが言ったその言葉に、ガブリエラだけでなく、あとのふたりも大きく頷く。
 フィルハーマジックで文句なしに胸はいっぱいだが、朝食を食べていない空きっ腹はそろそろ限界に達しようとしていた。
「レストランなのよね? どこにあるの?」
「すぐそこです!」
 アンドレアの手を引いて歩き出したガブリエラを先頭に、4人はフィルハーマジックを出てから真っすぐ進み、『アリスのティーパーティー』のコーヒーカップの脇を抜ける。

「ディズニーシーと違って、こちらはものすごく施設が密集してますね……」

 辺りを見回しながら、バーナビーがコメントする。
 彼の言うことは確かで、それぞれ広いエリアのメインにどんと大きなアトラクションが象徴的に建てられていたり、大きな通りや広場などがそこかしこにあるディズニーシーと違って、ディズニーランドは中心にそびえ立つシンデレラ城以外は、小ぶりな入り口のアトラクションや施設がぎゅうぎゅうに詰めて建設されているような印象である。
「敷地ちっせえからなー。でもエリアはきっちり分けてるから雰囲気作りはバッチリだし、狭くてごちゃっとしてるのも逆に箱庭感あってキュートな感じしねえ?」
「ああ、それは確かに」
 ライアンの説明に、バーナビーは納得顔で頷く。確かに、夢いっぱいの、それでいて隙のないデザインのアトラクションや建物がひしめきあっているのは、眺めているだけでわくわくする。
「それに、シーのほうは敷地広いぶん、ぶらぶら散歩するのもいい景色を楽しめてそれはそれで楽しみ方のひとつって感じだけど、ランドのほうはそれがないぶんアトラクションがぎゅうぎゅう詰めで、移動が短くて済むってのも利点? 特にこっちはチビ向けのアトラクションも多いし」
「……なるほど。小さい子の脚なら、アトラクションとアトラクションが近いほうがいいですよね。子供も保護者も、そのほうが疲れにくいでしょうし」
「そーゆーこと」
 演出的な面でも実利的な面でも完成されている作りにバーナビーが感心していると、たった今感心したそのとおりに、あっという間に目的地にたどり着く。

「『クイーン・オブ・ハートのバンケットホール』です!」

 フンスと鼻息荒くガブリエラが紹介したのは、『ふしぎの国のアリス(Alice in Wonderland)』に登場する、薔薇の茂みの迷路とハートの女王の城を再現したデザインのレストランだった。ハート型に剪定された緑の茂みには、物語どおり間違えて植えられた白バラが、ペンキで赤く塗りかけの状態で放置されている。
 更に、前庭にはイースター仕様になった白うさぎたちが転げ回り、門の前には等身大のトランプ兵が立っていた。
「えっ、これレストランなんですか? アトラクションではなく?」
「そのまんまだろ」
 驚くバーナビーに、ライアンがにやりとする。
 妙に現実世界に馴染ませるようなデザインに改変せず、アニメの中からそのまま出てきたかのような佇まいは、否が応にもテンションが上がるものだった。

「いいわね、アリスはキャラクターがキュートだし、結構好きよ! あら、ちょうどオープンするところじゃない……まあ、ゲートも素敵!」

 アンドレアが言う通り、ちょうどキャストふたりがレストランのドアを開けたところだった。しかもそのドアもまた凝っていて、アリスが劇中で通り抜けた、形の違う重なったドアがそのまま再現されたものだ。
 ふしぎの国に迷い込む時のドアがそのまま再現された入り口という小憎い演出にまたテンションを上げながら、ほんの6〜7組程度しか並んでいないゲストの列の最後尾に並び、4人は中に入っていく。



「……ほんっとに、そのまんまね!」
「前から思っていましたが、アリスは特にアーティスティックな雰囲気がありますね」

 アンドレアとバーナビーが、内装を見回しながら興奮ぎみの声で言う。
 まず両脇に整列した等身大のトランプ兵や、来客に浮かれた様子でこちらを覗き込むハートの女王やキング、劇中のシーンを再現したステンドグラス。食事をするための椅子やテーブル、ソファもすべてふしぎの国仕様にデザインされている。
またそのすべてが、この作品で一躍地位を築き上げたイラストレーターにして色彩芸術家、メアリー・ブレア独特の色彩で彩られているのが最高に可愛らしい。

「内装もいいけど料理も選べよ〜」
 ライアンの呼びかけに、内装を夢中で見回していたアンドレアとバーナビーが慌てて足を進めた。先に料理を選んでトレイに乗せて精算してから席に着く、セミ・セルフサービスタイプの注文形式である。
「うわ、トレイまで凝ってる……」
 料理を乗せるトレイを手にしたバーナビーが、呆然とする。トレイには、ハートの女王とキングがトランプの絵柄になったイラストがどんと全面にプリントされていた。
「本当に隅々まで凝ってるわねえ。これは売ってるの?」
「残念ながら非売品だ。でもこれならあるぜ、スーベニア」
 当然のようにトレイをひとりで2枚取ったライアンが示したのは、繊細かつやはりアリスらしい装飾のされたプチ・デザートが乗せられた、アリスのキャラクターたちがたくさんデザインされたエプスレッソカップと、同柄でソーサーとしても使えそうな小皿だった。全体的にスモーキーなピンクが使われており、賑やかなデザインながら子供っぽすぎないものである。
「まあ」
 きらりと目を輝かせて、アンドレアがデザート2種の購入を即決する。

「デザートは決まりですね! 食事はどれにしますか? 私はチーズハンバーグと、シーフードフライにします! ハートがとてもキュート!」
 にこにこと、そしてこちらも当然のごとくプレートを2枚取ったガブリエラが示したのは、ハート型のチーズが大きく乗ったデミグラスソース・ハンバーグのセットと、同じくハート型に形成されたフィッシュフライが目立つ、タルタルソースがけのシーフードフライセットだった。付け合わせの野菜のソテーにも、ハート形にくり抜かれたクラッカーなどが乗っている。
「料理も凝ってますね。チキンやステーキも普通に美味しそうですが……」
「メカジキのグリルもあるわよ。トマトケイパーソースですって。ヘルシーね」
「……空腹なので、全部ものすごく美味しそうに見えます……」
「同感……」
 ウウと唸りながら、バーナビーとアンドレアが数々の料理を睨む。
 列に並んでいる間も壁に写真付きのメニューが掲げてあるのだが、いざトレイを持って前の列に並ぶと、真ん前のガラス張りのカウンターの向こうで、実際にシェフたちが料理を手際よく作っているのである。湯気と匂いが立ち上る実物を目の前にずらりと並べられ、空きっ腹が訴える食欲は最高潮だ。

「ん〜、せっかくだからキャラっぽい感じのメニューが食べたいわよね……」
「でもステーキもおいしそうで……いやチキンのほうが……」
「あっ、スープもマカロニがハートの形だわ! サラダも、人参が」
「くっ、サイドディッシュもあるのか!」
「……食いきれなかったら俺かガブが食ってやるから、好きに選べよ」

 見兼ねたライアンが呆れた顔で助け舟を出すと、「それもそうね!」「お言葉に甘えます!」と大きく頷いたふたりは、それぞれ好きなものを次々にトレイに取っていった。



 トレイに乗せた料理をレジで精算すると、キャストがトレイを持って手際よく席に案内してくれる。
 4人連れということで、彼らが案内されたのは片面がソファになったタイプのファミリー席であるが、ライアンとガブリエラはそれぞれトレイ2枚分の食事では足りなかったのか、キャストに頼んで更に料理を運んでもらっており、隣の席のテーブルをくっつけて長テーブルにし、料理を並べている。
「ワォ! ティーパーティーのテーブルのようですね!」
「お茶じゃなくて飯ばっかりだけどな」
 にこにこするガブリエラに、ライアンがにやりと返す。出来上がったテーブルは確かに、作中でごちゃごちゃとお茶やお菓子が溢れかえっていたマッドハッターと3月うさぎのお茶会の様子と似ていなくもない。
「最高の席じゃないの。空腹を我慢した甲斐があったわ」
「ええ、本当に」
 機嫌よく席に着くアンドレアに、バーナビーが頷く。
 元々平日で来園者自体少なめな上にオープンすぐということもあり、他の席もまだ空いているところばかりで、店の内装が好きなだけ眺められた。

「イタダキマース!!」

 ガブリエラの、ジャパン式の大きな挨拶を皮切りに、空腹が最高潮の4人は一斉に料理に手を付けた。
「ン〜! チーズハンバーグ、オイシイです!」
「ギャビー、ちょっとシェアしない?」
「いいですよ! 私も本当はチキンも食べたかったのです!」
 アンドレアの提案に笑顔で大きく頷いたガブリエラは、アンドレアが手早く切り分けてシェアしてくれた料理を嬉しそうに食べ始める。
 ガブリエラのほうが全体の3分の2くらいの量になるようにシェアしたアンドレアは、少しずつ多くの種類をちょうどいい量で食べられるようになり、満足そうに料理を頬張っている。
 それを見たライアンとバーナビーも、彼女たちほど完全にシェアというわけではないが、2、3の皿をそれぞれ半分ずつシェアした。

「あ、いけますね! 肉もジューシーです」
「温め直しじゃなくて、ほんとにあそこで作ってるからな」
「ええ、見ました。目の前で作られるとなお食欲がわきますよね」
「それでこの値段っていうのがな」
「リーズナブルですよね。店内もかなり凝った内装なのに、良心的な値段です」
 うんうんと頷きながら、バーナビーとライアンも食事を平らげていく。
「こっちって、セットにするのをライスとパンと選べるのがいいわよね」
「こちらのパンはふわふわですぐ消化してしまいますし、カロリーとしてはパンのほうがいいのですが、私はライスも好きです」
「私も好きよ。アミノ酸とかが多くて美容にもいいらしいし」
「ジャパンのライスはもちもちで美味しいです。オニギリも好きです!」
 平皿に盛られた白いごはんをフォークで食べながら、アンドレアとガブリエラが言う。



 空腹だったせいか割とあっという間に料理を片付けてしまった4人は、店内がかなり空いているのをいいことに、誰も写り込んでいないステンドグラスや内装などを贅沢に写真に収め、キャストに手伝ってもらって記念撮影も完了させた。
 タイミングによっては数時間レベルで並ぶこともある人気レストランで遅めの朝食を贅沢に終えた4人は、デザートと飲み物を楽しみながら、これからの予定を確認するためにテーブルで顔を突き合わせた。

「まずこの後は、『うさたま大脱走!』の場所取りな」
「……例の、ウサタマのパレードですか?」

 コーヒーを飲みながらやや怪訝な顔で確認したバーナビーに、ライアンは「そう」と頷く。
「シーみたいなショーじゃなくて、練り歩くタイプのパレードなの?」
「はい! 大通りをミッキーたちが通ります!」
 アンドレアの発言に、今度はミルクのパックを吸い上げていたガブリエラが大きく頷き、テーブルに広げたマップの大通りを指でなぞる。敷地の端をスタート地点に登場し、途中でシンデレラ城前をぐるりと巡って、反対側の大通りを通って退場するルートだ。
「ランドのパレードは全部このルートだけどな。で、パレードはあらかじめ決まった場所でちょいちょい停止して、キャラクターがパフォーマンスをやる」
「……つまり、贔屓のキャラクターが停止する所であらかじめ場所取りをしておけば、じっくりパフォーマンスが見られるというわけですか?」
「そーゆーこと。ジュニアくんもわかってきたねえ」
 なぜか満足げに、ライアンがうんうんと頷く。
「でも、目当てのキャラが停止する位置なんて事前にわかるの? 公式側が発表してるの?」
 当然の疑問、という様子でアンドレアが発したそれに、ライアンは「いや?」と首を振った。
「シーズン開始ソッコーでインするジャパンのファンが、ネットに情報上げてくれんの。これのおかげで場所取りで博打しなくて済むし、助かるよなー」
「ありがたいですね!」
 ガブリエラが、にこにこと頷く。
「ちなみにこういう感じ」とライアンが通信端末で開いたサイトには、ディズニーランドのマップに番号が振られ、キャラクターの名前や詳しい停止位置はもちろん、座り見ならこちらで立ち見ならここがおすすめであるとか、写真撮影を試みる者のために植え込みや建物などの遮蔽物、また時間帯や天気による影の差し込みの詳細までもが、びっしりと記載されていた。
「完全にマニアの世界だわ……」
「プロですね。何のかはよくわかりませんが」
 関心と呆れ、そして僅か畏れも含ませた声で、アンドレアとバーナビーがコメントした。

「そんで、誰の停止位置に陣取るかって話でな。ミッキーとそのフレンズはもちろん出るんだけど──」
「あら、『Zootopia』のジュディとニックがいるじゃない」
 ライアンが表示させているサイトのキャラクター一覧を見て、アンドレアが言った。
「そういえば、初登場だと言っていましたね。イースターの、ウサギつながりで」
「そうそう」
 昨日ディズニーシーでした会話をしっかり覚えていたバーナビーに、ライアンが頷く。

「ズートピアね。飛行機の中で見たけど、よくできた話だったわ。キャラクターがみんなモフモフでかわいいのも良かったし、いろいろリアルに考えさせられる内容でもあったし。……ウサギと肉食獣のデコボコバディっていうのが、誰かさんたちを始終彷彿とさせたけど」
 アップルティーソーダをストローで吸い上げていたアンドレアの発言に、同じことを思っていたらしいR&Aが笑う。そして当のバーナビーはといえば、「そうですね。ウサギが真面目で有能でスタイリッシュなところとか」などとしれっと言っていた。

「んじゃ、ニックとジュディの前でいいか?」

 ライアンがまとめると、全員が賛成、と頷く。
 そして停止位置を確認し、その後の概ねの予定を確認した後、4人はゆったりと過ごせたクイーン・オブ・ハートのバンケットホールを出た。
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