(14)別行動/アメリカンウォーターフロント散歩
小さな泣き虫プリンセスと別れた4人は、ショーの場所取りをしている人たちを避けるようにプラザ・エントランス方面へと歩いていた。
「この後の予定はどうなっているんですか?」
バーナビーからの問いかけに対し、ライアンは「17:00からショーの予約が入ってるな」とよどみなく答える。
今からだと約1時間半ほどの空き時間がある。その間に、どこかのアトラクションでも攻めるのだろうか。そう予想したバーナビーだったが、ライアンとガブリエラの予定しているスケジュールは少々違っていた。
「ただ、俺たちは諸事情により一回ホテルに帰らなきゃならねえ」
妙に真剣な顔で語るライアンに、バーナビーは面食らったように「諸事情?」と繰り返す。アンドレアはというと「どうせ、ディズニーマニア的諸事情なんでしょ」と軽く流した。
「ハイ! マニア的”諸事情”です!」
「よくわからないけれど、私とハンサムは含まれてないのよね? ならこのままパークの中にいるわ」
きっぱりと言い放ったアンドレアは、ガイドマップを開きながら「ギャビー、甘いものが食べたいのだけど、オススメは?」と問いかけた。
「ン〜、甘いもの…甘いもの…あ、ケープコッド・クックオフにデザートメニューとダッフィーフレンズのスーベニアグッズがあります!」
「スーベニア!」
先ほどライアンからスーベニアグッズのことを聞いたばかりで、その記憶は新しい。ついさっき、ステラ・ルーのカップやランチトート、スナックケース、カップホルダーを手に入れたばかりのアンドレアが再び目を輝かせ、その情報に飛びついた。
「ああ、ケープコッド・クックオフならさっきのゴンドリエ・スナックにも置いてない種類のスーベニアグッズがあるな」
ライアンのコメントを聞いたアンドレアはマップを大きく開き「どこ?」と真剣な眼差しで問いかける。その表情が、先ほどライアンが浮かべていた真剣な表情に似ていたので、バーナビーは一人静かに「プッ」と噴出した。
「ジュニア君は? どっか行っときたいところとかある?」
「今のところは…飲み物が飲みたいくらいですかね」
「んじゃあ、ケープコッド・クックオフで事足りるな」
アンドレアにショップの場所を教え終わったガブリエラが、ハッとした顔で「ライアン、集合場所を決めましょう!」と発案する。
正直、あまり混雑していないパーク内でこの目立った風貌の男女を探し当てることなど造作も無さそうではあるが…スムーズに合流するために、集合場所は決めておくべきだろう。
「17:00からのショーが、ここのブロードウェイ・ミュージックシアターだ。この前で集合でいいだろ」
ライアンの指がマップの上でトントンと跳ねる。アメリカンウォーターフロントに位置するそのシアターは、アンドレアの目的地であるケープコッド・クックオフとさほど離れてはいなかった。
「あら、どっちも同じエリアなのね。良かったわ」
「これなら迷うことも無さそうですね」
まだディズニー・シーの地理に明るくない2人は、安心したように息を吐く。ライアンとガブリエラという強力なナビゲーターがいないとなると、あまりあっちこっち動くのは得策ではないと思ったのだろう。
「いやいや、こっちじゃ10歳の子供だって子供だけでパーク内ウロウロしたりするんだぜ? 大丈夫だろ」
「そういった話を聞くたびに、この国の治安の良さに驚きますね」
神妙な顔つきで相槌を打つバーナビー。犯罪の多いシュテルンビルトと比べるまでもなく、日本という国の治安の良さは折り紙付きだ。小学生だけでディズニーランドへ来る、なんて話しはさほど珍しい事でもない。
「迷ったらキャストに聞けばいいんじゃねえ? そこらじゅうにいるから」
「ええ、そうします」
「では行きましょうライアン! お二人とも、また後で!」
ライアンの腕を引きながら、ガブリエラが大きく手を振る。それに片手を上げて応えたアンドレアとバーナビーは、早々にガイドマップへと視線を戻した。
「あ、見てくださいアンドレア、公式ホームページにスーベニアグッズが載ってますよ。カップとプレートと、先ほどのスナックケースと…スリーブもあります」
「スリーブ?」
「先ほど貴女が入手していた、カップに装着するスリーブです。ダッフィーとシェリーメイのもあるみたいですよ」
ゴンドリエ・スナックで手に入れたスナックケースとスリーブはジェラトーニのみだった。だが、やはりダッフィーフレンズとして展開しているのだから、全員分欲しいのがファンというものだ。
バーナビーが持つ携帯電話の画面をのぞき込むアンドレアは、ジェラトーニ同様にフワフワの布でできたスリーブを見て「三人揃うと…なんて可愛いの…」と口を覆いながら呟く。そして、携帯電話をバーナビーに付き返し「さあ、早く行きましょ!」と高らかに言った。
意気揚々と歩き出したアンドレア。その後姿には、昨日までの気だるげな雰囲気など微塵も残っていなかった。
***
予定通り、ケープコッド・クックオフでデザートとスーベニアグッズを入手したアンドレア。少量なので店内ではなく外で食べることにしたらしい。ダッフィー関連のショップを一望できる場所に2人とも腰掛けている。
ほくほくとした満足げな表情で、ムースとチョコレートケーキを半分ずつ楽しんでいるアンドレアとバーナビー。今まで買ったフードメニューの大半をガブリエラとライアンに食べて貰っていたおかげか、2人とも小さめのデザートをぺろりとたいらげてしまった。
アンドレアは一緒に購入したドリンクを飲みながら「美味しかったわねぇ」と言った。ちなみに、カップにスーベニアスリーブはついていない。自分のドリンクとバーナビーのドリンクと一緒に購入したダッフィーとシェリーメイのスリーブは未開封のまま、ジェラトーニのスリーブと共に彼女のバッグの中に仕舞われていた。
先ほどからスーベニアグッズを連続して入手しているからか、段々と圧迫感が増してきたアンドレアのバッグ。
アンドレアは自身のバッグをじっと見つめ、そして突然立ち上がった。
「ハンサム、ちょっとここで待っててくれる? 10分で戻るわ」
「え? ええ、わかりました」
アンドレアは数時間前に既に買い物をした、ダッフィーフレンズのグッズ専門店「アーント・ペグズ・ヴィレッジストア」へと入っていった。
そして宣言した10分が経過しようという頃、彼女はバーナビーの元へと帰ってきたのだ。
「ハァイ、お待たせ」
「どうしたんです、いきなり」
「やっぱりダッフィーのスマートフォンケースが欲しくて、もう一度行ってきたのよ」
「え、貴女スマートフォンでしたっけ?」
バーナビーの問いかけに、首を横に振るアンドレア。彼女もバーナビーと同様の折り畳み式携帯を使っているのだ。スマートフォンケースを使う機会は無いと思われる。
「そうなんだけど、データ通信用に一台契約しようかと悩んでいたのよ。ちょうどいい決め手になったわ」
「…ダッフィーのケースを使うために契約するんですか?」
「違うわよ! もともと悩んでたの!」
確かに、折り畳み式携帯よりもスマートフォンの方が画像や動画の記録には向いている。操作も直感的で簡単な為、シュテルンビルトでは主に「機械に弱い層」への人気が高い機種でもある。
「それと、お買い物ついでにスーベニアグッズもホテルに送ってもらったのよ。ステラが狭そうだったから」
そう言われてみれば先ほどまでグッズでぎゅうぎゅうだったバッグが、余裕のあるフォルムに戻っている。
バッグから頭と手だけを覗かせているステラ・ルーも、幾分居心地がよさそうに見えた。
「このショップで購入したものでなくても、一緒に送ってくれるんですね」
「素晴らしいわよね。本当に助かるわ」
バーナビーに預けていたドリンクに口をつけてから、アンドレアはふと疑問を口にする。
「ねえ、さっきから気になってたけど、あの大行列はなにかしらね?」
「あれですか? 僕も気になって、貴女を待っている間に調べてたんです」
アンドレアの指さす方には、平日とは思えないほどの行列ができていた。この周辺にはアトラクションは無い筈だけど…と首を傾げているアンドレアに、バーナビーは自身が調べた情報を得意げに語った。
「ヴィレッジ・グリーティングプレイスという施設で、ダッフィーとグリーティングができるらしいですよ」
「なんですって!?」
背後に雷が落ちたかのように、驚愕の表情で声を上げるアンドレア。先ほど、ショーの最中に遠くから見ただけであんなに可愛らしかったダッフィーに、まさか間近で会えるチャンスがあるなんて。
「それから、僕たちがデザートを買ったケープコッド・クックオフのイートインスペースには、ダッフィー達のショーを観ることができるエリアもあるそうです」
「ショー…ああ、フードを買う列とは別に行列があったわね。あれはショーの順番待ちだったのねぇ」
列の進み具合や人の多さからして、あれではショーを観るまでに何十分かかるかわからない。
グリーティングプレイスの方も同様だろう。ロストリバーデルタにある、ミッキー、ミニー、グーフィーとのグリーティングも短いもので30分ほどだったくらいだ。
「ねぇバーナビー」
「無理ですよ。グリーティングもショーも、とてもじゃないですけど集合時間までに終わりませんよ」
「だってそこにダッフィーがいるのよ?」
「無理なものは無理です。ホラ、ここにいたら羨ましくなるだけですから、別のところに行きましょう」
「ダッフィー!」
悲痛な叫び声を上げながら、アンドレアはバーナビーに引きずられるようにその場を後にした。
ライアン、ガブリエラとの集合時間が徐々に近づいているので、2人は集合場所の付近にあるウォーターフロントパークへとやって来た。
午前中に訪れた時にはクラリスと遭遇したこの場所。あの時はウォーキング教室で大騒ぎだったが、今度は落ち着いてイースターの装飾を眺めることができそうだ。
そこかしこに鮮やかなフラワー・アレンジメントの装飾が配置されている。そのひとつひとつを眺めて回るアンドレア、おもむろにバーナビーが携帯のカメラで撮影する。
「フォトジェニックな一枚が撮れましたよ」
「あら、一枚と言わず何十枚でも撮っていいわよ。一番写りが良いのをあとでシェアしてちょうだい」
アンドレアはカメラマン・バーナビーを引き連れてウォーターフロントパークを一周した。石畳から噴き出すタイプの噴水や、アリエルのデザインのイースターエッグと共に撮った写真はどれも、完璧なまでに自然体に見える。長年モデルとして培ってきた能力なのだろう。
ウォーターフロントパークの中でも定番人気なフォトスポットである、タワーテラーを後ろに背負ったポジションでの自撮りを終えたアンドレア。時間まで少し休憩しよう、と2人はフロントパークの隅に配置されているベンチへと向かって行った。
その時だった。
バーナビーが「ああ!?」と素っ頓狂な声を上げたのだ。アンドレアは怪訝な顔をして、バーナビーを見つめた。
すると、アンドレアが背後から両肩をポンポンと優しく叩かれる。
ビクリと肩を弾ませたアンドレアが後ろを振り向くと、そこにはくすんだピンク色のクマ――シェリーメイが、可愛らしい顔をコテンと傾かせながら立っていた。
「シェリーメイ!」
驚いたアンドレアが咄嗟に名前を呼ぶと、シェリーメイは「そうよ、私のことを知ってるのね!」とでも言うように、頷きながら嬉しそうにパタパタと両手をぱたつかせた。
このウォーターフロントパークでは、一日のうち何度かシェリーメイの整列グリーティングが行われるのだ。
決まった時間にキッチリ現れるわけではないので、シェリーメイ狙いで待機するか、幸運に恵まれて遭遇するかのどちらかしかない。
先ほど、ダッフィーのグリーティングプレイスから泣く泣く離れたアンドレアは、感極まって中々言葉が出てこないらしい。両手で口を押さえ、シェリーメイを凝視している。
そんな彼女を見かねて、バーナビーがゆっくりと「彼女、キミが、スキ」とシェリーメイに伝える。すると、シェリーメイは「まあ!」と両手でほっぺたを押さえ、そして硬直しているアンドレアをぎゅっと抱きしめた。
突然現れたシェリーメイのあまりの愛らしさに、アンドレアは「ダイスキ、カワイイ…カワイイ!」と、ガブリエラ顔負けの片言になっていた。
キリッとした風貌の美女が、とろとろに蕩けた表情でシェリーメイを称賛している。その様子に、彼女とバーナビーの後ろに整列した他のゲストもほんわかとした表情になった。
シェリーメイとふれあい、写真撮影も済ませた2人は、名残惜しみながらも次のゲストへと順番を明け渡した。
アンドレアだけでなくバーナビーまでもが、ぽわぽわとした高揚感を噛みしめながらウォーターフロントパークを後にする。
「かわいかったわ…ファッショナブルイースターとは服が違って…あれも可愛いけれど、この衣装も似合ってた…」
「ふわふわでしたね…」
本日二度目となる、ガブリエラの「ハートとハートでお話するのです」という一言を理解した瞬間だった。