(10)セイリングデイブッフェ
BY 皐月マイ
クラリス、ファンカストーディアルと立て続けに遭遇し、そのパフォーマンスを目一杯楽しんだライアン達。
彼らはポートディスカバリー方面に向かって行ったカストーディアルを見送りつつ、逆方向のアメリカンウォーターフロントへと歩き出した。

時刻はちょうど正午になった頃。これから、ライアンが予約を取った「セイリングデイ・ブッフェ」というレストランに向かうのだ。

「12時丁度か。こっからゆっくり歩いてきゃ、10分前には着くな」
「良い時間帯ですね」

朝食べたパンや、先ほど摘まんだミートパイ、アプリコットパイが中々に美味だったことで、レストランに対する期待値も上がっているらしい。バーナビーとアンドレアもウキウキとした様子で歩いている。

セイリングデイ・ブッフェは、S.S.コロンビア号と呼ばれる船のすぐ横にあるブッフェスタイルのレストランだ。
その名の通りセイリング――船出の日に開かれた、貨物ターミナルでの祝賀会、というコンセプトらしい。
このディズニーシーでもかなり人気の高いレストランで、完全予約制ということもあり、うかうかしていると予約の枠はあっという間に埋まってしまうほどだ。

ちなみにライアンはこの旅に備えて「キッチリ一ヶ月前に予約取ったぜ」とドヤ顔で言っていた。

「見て、列ができてるわよ。あれ予約してる人たちでしょう?」
「ジャパンのディズニーリゾートは、少しでもスムーズにゲストを案内できるように工夫されているが…ゲストも早め早めに行動して、キャストに迷惑かかんないようにするんだよな」

アンドレアが指さす方、セイリングデイ・ブッフェの入り口横には既に案内待ちの予約客が列を作っている。
予約しているのだから時間ぎりぎりにつけばいい…という考え方ではないらしい。ライアンは何故か誇らしげにウンウンと頷いた。

「美味しいごはんを早く食べたくてソワソワしてしまう気持ち、すごくわかります!」
「そうですね、沢山歩いてお腹も空きましたし」
「あ、ちなみにここは先払い制で、一人3,090YENな」

ライアンがそう声をかけると、アンドレアもバーナビーもハッとした顔で財布を開く。

「カードと一番大きい紙幣しか持ってないわ」
「僕も同じく」
「ハイハイ、予想はしてたけどな」
「ライアン! 3,090YENです! ちょうど! 持ってます! 褒めて!」

ピョンピョンと代金を差し出すガブリエラだったが、ライアンの「まぁ、正直割り勘は面倒クセェし、俺が出すぜ」という一声にシュンとその手を引っ込める。

「ちょうど持ってたのに…」
「そうだな、ちょうどだな、エライエライ」
「えへへ」

どうやらライアンに褒めてほしかっただけらしい。ガブリエラは頭を撫でられ、ふにゃんと嬉しそうに笑った。

「一人3,090…四人で12,360YEN? 安すぎない? 一人あたりそのくらいかと思っていたんだけど」
「ええ、先ほどからすべてのお店でカード使用可能ですし、せっかく替えてきたユキチ・フクザワの使い道がありませんね」

このディズニーリゾートは、バーナビーが言ったように殆どのお店でクレジットカードが使用できる。
唯一使えないショップというと、ペットボトル飲料やアイスキャンディーのワゴンと自動販売機くらいだ。
しかも今回の旅はバケーション・パッケージで予約している。朝、ライアンから渡されたフリードリンクチケットで飲み物は賄えてしまう。
これは本格的に現金などいらないかもしれない、とバーナビーとアンドレアは思った。

4人が列に並んでこれからの予定を相談していると、あっという間に予約の時間になった。キャストが次々とゲストを案内し、そこそこ伸びていた列がみるみるうちに消えていく。
連携の取れたキャストの動きに、バーナビーは「結成したばかりの僕と虎徹さんよりもよっぽど動きが良いですね」と自虐的なコメントをした。



「S.S.コロンビア号の出航を記念した祝賀パーティにようこそ! お料理やお飲み物はご自由にお好きなものをお取りください。お帰りの際はこのチケットをお近くのキャストにお渡しくださいね!」

キャストのゆっくりとした説明に、頷きながら相槌を打つ4人。説明を終えたキャストがテーブルに置いて行った伝票代わりのチケットは「この祝賀パーティが終わったらS.S.コロンビア号に乗って旅立つ」という演出なのだろう。

「さあて、とりあえず一周してくるか」
「はい! 行きましょうライアン!」

意気揚々と立ち上がるライアンとガブリエラに続き、バーナビーも席を立つ。
だが、アンドレアだけが何やら考え込んだ顔でそのまま座っている。

「アンドレア、どうしました?」
「ステラ・ルーをどこへ座らせようかと思って。テーブルの上はお行儀が悪いでしょう?」

片腕に抱いていた薄紫色のウサギの女の子、ステラ・ルーの腕をピョコピョコと動かしながらそう言うアンドレア。
別に人形がテーブルに乗っかっていても気にはしないが、ここでのステラ・ルーは人形ではなくウサギの女の子なのだ。女の子がテーブルに座るのは、確かにマナー違反だ。

すると、どこからともなく先ほどのキャストが現れ、にっこりと笑いながらキッズ用の高い椅子を差し出してきた。

「ステラちゃんはこちらにどうぞ!」

キャストの言う通りにキッズ用の椅子にステラ・ルーを座らせると、驚くほどにピッタリで、可愛らしかった。
しっかりとテーブルについたステラ・ルーの「ワタシの好きなニンジンやフルーツはまだ?」と心待ちにしているかのような瞳の輝きに、アンドレアは声にならない声を上げる。

「カワイイ…!!」
思わず携帯を取り出してパシャパシャと写真を撮るアンドレアに、バーナビーは微笑ましげな笑みを向けた。

「それじゃあ料理を取りに行きましょう。ライアンが教えてくれたのですが、中央のカウンターではローストビーフをカットしてくれるそうですよ」
「まあ、美味しそうね」

ステラ・ルーの椅子の位置も決まり、アンドレアはようやく席を立つ。そして料理がたっぷりと並んだカウンターへと目を向けた。
カウンターはサラダ類、スープ、おかずもの、デザート、とエリアが分かれており、そのどれもがぎっしりとカラフルな料理で埋め尽くされている。

「見て、シェフのおすすめスープですって。ビスクかしら、良い香りがするわ」
「これは…IMO−MOCHI…モチ? 老人が喉に詰まらせて生死の境を彷徨うリスクを負いながらも、食べることをやめられないというあのモチでしょうか」
「何それ恐ろしいわね、ひとつ取っていこうかしら。ミッキーの形してるじゃない」
「周りのチーズも全て星形にカットされてますよ、こんなに細かいのに!」

「あ、ステラにもフルーツか何か持って行ってあげましょう。リンゴとパインがあるわね」
「サラダ菜も良いんじゃないですか?」

「せっかくだしローストビーフも頂いて行きましょ」
「和風ソース、一体どんな味なんですかね」
「さぁ、食べたことないけど、きっと不味くはないわよ」

まるで子供のように、一品一品の見た目を楽しみながら料理を選ぶアンドレアとバーナビー。
二人がプレートを埋めて席に帰ると、そこには既に食事と飲み物を準備したライアンとガブリエラが待ち構えていた。

「よう、遅かったな」
「早くいただきましょう!」
「ちょっと待って、あなた達、いったい何品持ってきたのよ」

アンドレアが唖然として問いかける。二人の大食いは知っていたが、流石にテーブルを埋め尽くすほどの料理を持ってくるとは思っていなかったのだろう。
だが、ライアンもガブリエラも極々当たり前の顔で「全種類ですよ」「ああ、とりあえず一周って言ったろ」と返した。
勿論二人とも、プレートに山盛りに料理を盛るようなみっともない取り方はしていない。だが、決して少なくはない量で全種類の料理を持ってくるとなると、皿の数も凄いことになる。

「まあ、冷めないうちに食べましょう。どれも美味しそうですし」
「そうね」

バーナビーの一声で、アンドレアもため息をつきながら席に着く。
フルーツと少量のサラダ菜が乗った小皿は、目をキラキラさせたステラ・ルーの前に置かれた。

ガブリエラが発した「イターダキマス!」というジャパン式の食事の挨拶を皮切りに、各々自分の持ってきたプレートにフォークをつけた。

「ン〜〜! おいしい! とってもおいしいです! ミッキーおいしい!」
「あら、それイモモチよね。私も持って来たわ」
「ハイ! アンドレアもぜひ食べてください、おいしいですから! モチは美味しいし柔らかいしカロリーもすごく高いので大好きです!」
「そ、そう…すごく高いの…覚悟しておくわ…」

ガブリエラの放った聞き捨てならない言葉を受け流し、アンドレアはミッキーシェイプの芋もちを齧る。
温かい芋もちはムニムニとしたふしぎな食感で、ジャガイモの風味に塩味がよく合う。
材料自体はフライドポテトのそれと何ら変わらないが、何故かもっと優しい味に感じるのはこの形のせいだろうか。

アンドレアはまず野菜類を平らげてからローストビーフを口に運んだ。その柔らかさと、しょうゆベースの風味豊かなソースの美味しさに、つい掌で口を覆った。
その隣ではバーナビーも同様に「おいしい…」と驚きの表情を浮かべている。

「おいしいわ、これ」
「ええ、正直テーマパークのレストランですし、あまり期待はしていなかったんですが」
「和風ってソイソースベースだったのねぇ。あまり馴染みのない味だけど、あっさりしてて好きよ」

アンドレアとバーナビーが和やかに食を進めていると、両者の向かいに座っていたライアンとガブリエラが「次行くか」「はい!」と席を立つ。
急いた食べ方はしていないはずなのに、口が大きなライアンは恐ろしいスピードで料理を片付けていく。ガブリエラはそこまで口は大きくはないが、何故か早い。
二人のあまりのペースに、アンドレアもバーナビーもポカンとした顔で固まった。
普段、普通のレストランで共に食事をすることはあるが、こういったブッフェスタイルでの食事は珍しいのだ。いつもは次々に運ばれてくる料理の数々を呆然と眺めているだけだが、こうやって席を立って料理を持ってくるスタイルでの食事だと、彼らの食べるペースの速さが際立ってしまう。

「次は一緒にデザートも選びましょう!」
「おっいいねぇ、ミニーちゃんのシフォンケーキも出てきてるぜ」
「あ! リボン付きの! ミニーちゃんのリボンが乗ったやつがいいです!」

キャッキャとはしゃぐ二人を見送ったバーナビーとアンドレアは「私たちは自分のペースを大事にしましょう…」「そうですね」と一言だけ交わしてから食事を再開した。



ひとしきり食事をとり終えた四人は、思い思いにデザートやフルーツを摘まんでいた。

「はぁ…こうやって沢山歩いてお腹いっぱいになると、眠くなるわね」
「そういえばアンドレア、寝不足は大丈夫ですか?」
「え? 寝不足なんですか?」

ガブリエラの問いかけに反応したのはバーナビーだった。昨夜は自分と同じ時間帯にホテルに入り、就寝した筈。アンドレアは部屋に入ってから長々と携帯をいじるタイプでもないし、どうしたのだろうと彼女の方を見た。

「ええ、アンドレアは今朝、4時に起きてTangledを観ていたので」
「ちょっとギャビー」

Tangled――邦題は「塔の上のラプンツェル」だ。2010年に公開して以来、常に人気の高いプリンセス作品だ。
かなりメジャーどころの作品だが、アンドレアはまだ観たことがなかったらしい。

「へぇ、それでさっき俺が『ユージーンに似てる』って言った時にすぐ分かったのか」
「あんたとユージーンを一緒にしないでちょうだい。…ちょうど、映画配信のアプリで気になってて、ブックマークしていたのを思い出したのよ」

それにしても、旅行当日の朝に映画一本観るとは相当に気になっていたようだ。もしかしたら、どこかで予告映像でも見たのかもしれない。――名場面の、ボートにラプンツェルとユージーンが乗っている灯篭のシーンとか。

「Frozenは雪国のプリンセスのお話で、Tangledはお花がいっぱいでカラフルで、すごくきれいなプリンセスだとオススメしたのです」
「それで気になっちゃったワケね」
「なによ! いけない?」

ニヤつくライアン相手にプリプリと怒るアンドレア。ライアンはゆるく首を振りながら「いや、ここまでハマってくれるなら嬉しいもんだぜ」と言った。

「そのだらしないニヤケ面をどうにかなさいよ」
アンドレアはそう言い残して、再びデザートが並ぶコーナーへと歩いて行く。その後姿を見ていたガブリエラは「やっぱり似ています…クラリスに…」と、アンドレアのお尻を目で追った。

「ていうかアイツまだ食べんの?」
「ライアン、貴方がそれを言いますか…まあ、普段セーブしてますし、良いんじゃないですか?」
「じゃあ私も! もう一皿行ってきます!」

こうして四人は、休んでは食べ、休んでは食べを繰り返し、若干食べ過ぎた程度の頃に漸くレストランを出たのだった。
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