(7)場所取り
BY 皐月マイ
「ジュニア君の買い物も終わったし、一旦メディテレーニアンハーバーに戻るか」

ウッディの帽子をかたどったファンキャップを被ってはしゃぐバーナビーを眺めながら、ライアンがそう呼びかける。
その言葉に反応したのは横に立っていたアンドレアだけで「戻るの?」と問い返した。

「10:30にはショーが始まっちまうから、そろそろ場所取りに行かないとな」
「…ちょっと待って、あなた『バケーション・パッケージはショーの場所取りをする必要がない』って言ってなかった?」

アンドレアの言う通り、ライアンは確かにそう言った。ライアンは彼女の問いかけに対し、ニヤリと片方の口角を上げて「チッチッ」と人差し指を左右に振って見せた。

「もひとつ、取って置きのショーがあるんだよ。バケパはそっち用に取ってあんの」
「はぁ? いくつも見るの?」
「当たり前だろ。内容全く違うんだし」
「…それにしたってまだ1時間もあるじゃない。そんなに早く行かなきゃいけないの?」

手首につけた高そうな腕時計を覗き込み、嫌そうに言うアンドレア。ライアンはそんな彼女の肩に手を置き、至極真面目な表情で語った。

「甘いな。平日だから、1時間前で済むんだ」
「ってことは」
「これが土日祝とか、ましてや大型連休なら2時間待ち、3時間待ちは当たり前だ」

ライアンは最後に「さっきのトイマニが500分待ちっていう話もしただろ?」と付け加える。
超人気アトラクションの待機列に並ぶよりは、ショーパレードの方は地面に座った状態で待っていられるのだし幾分マシではある。

そして一概に「場所を取る」と言っても、自分の目的に合わせたベストポジションを取ることが何よりも大切だ。
このディズニーシーでは、メディテレーニアンハーバーにある水上のショーエリアで、”バージ”と呼ばれる船がゆっくりと旋回する。それを背景にするような形で、メディテレーニアンハーバー全域に渡りダンサーやキャスト、キャラクター達が踊ったり騒いだり、時にはゲストとコミュニケーションを取ったりするのだ。

一番の人気スポットは、ミッキー広場と呼ばれる広場だ。
基本的にディズニーシーのショーパレードは、このミッキー広場をメインにして構成されている。
真正面には特設の舞台が設けられ、数多くのダンサーやキャラクター達がダンスをする。背景にはキャラクターの乗ったバージ、そしてその向こうにはプロメテウス火山が実によい塩梅で見えるのだ。

人気スポットは数多くあり、大きな半球体のバルコニー構造になった「リドアイル」や、ちょうどリドアイルの反対側に位置する「ザンビーニ・ブラザーズ・リストランテ」というレストラン前からは、水上が良く見えるためバージの撮影をする層に人気の場所だ。ちなみに、バケーション・パッケージの専用指定席があるのもこの「ザンビーニ前」付近だ。

様々な用途に合わせた人気のポジションはまだまだ沢山あるが、今回ライアンとガブリエラが目を付けたのは「ミッキー広場」だった。


「基本的に立ち見と座り見で場所が分かれてる。んで、俺は座り見の最後列か端っこを取るつもり」
「最前列じゃなくていいの?」
「あー。最前はそれこそ、俺たちが使った15分前にインできるやつを使って速攻で場所押さえないと、まず取れねえ」

ライアンは付け足すようにして「それにホラ、俺とかジュニア君が前に座ってたら後ろのやつらが何も見えないだろ?」と言ったが、おそらくそちらがメインの理由なのだろう。
ディズニーそのものやディズニーリゾートを愛しているからこそ、他のディズニーファンも大切にする。その姿勢が見て取れる一言に、アンドレアは感心したように「へぇ」と相槌を打つ。

「確かに。ハンサムはともかく、目の前にあんたが座ってたら、その無駄にむきむきした背中しか見えないわよね。もはや壁よ、壁」
「それ褒め言葉? ていうかそっちのお二人さーん? そろそろ試着は良いんじゃないのー!」

ライアンの呼びかけに反応したバーナビーとガブリエラが、揃いのリトルグリーメンの被り物をそっとワゴンに戻す。
着ぐるみのようにふわふわと立体的なその被り物を見て「あのカウボーイハットがひどく常識的に見えたわ」とアンドレアがこっそり呟いた。

「すみません、つい夢中になってしまって。ああいうタイプもいいですね」
「バーナビーさんはハンサムなので、何でも似合いました!」

未だにトイストーリー・マニアでのテンションを引きずっている二人――と言っても、ガブリエラは普通に通常運転なのだが――に、アンドレアは本気のため息を吐く。その重苦しいため息を見たライアンは何故か、再びあの片方の口角をニヤリと釣り上げたヴィラン顔でほくそ笑んだ。






ライアンとガブリエラの先導のもと、メディテレーニアンハーバーに戻ると、そこはほんの2、3時間前に見た景色とはまるで変わっていた。
人の数が明らかに多くなっている。ライアンが解説したように、1時間前待機というのは決して早すぎる時間ではないらしい。

「さーてと、良い場所は残ってるかー?」
「うーん…ライアン、あそこはどうですか?」

ガブリエラが目ざとく見つけたポジション。花壇のすぐ横の、端の場所だ。
座り見のスペースの中ではおそらくかなり後ろの方だろう、ここならば他のゲストの邪魔になることもなさそうだ。

「よーしよし、いい子だ。上等上等」
「わん!」

まだ辛うじて周囲に人が居ないその場所を押さえるべく、ガブリエラはライアンからリュックサックを受け取り、中からレジャーシートを取り出す。
本来一人用であろう、小さなシートを更に横半分に折り畳み、ベンチシートのように細長いエリアを作った。

そしてライアンはというと、どう動いてよいかわからないでいるアンドレアとバーナビーを引き連れて近くのキャストに声をかけた。

「Ahー、スミマセン」

突然巨大で目つきの悪い外人に話しかけられた小柄な女性キャストは、きょろりと目を大きく見開く。が、すぐにその表情を引っ込めてにこやかに「はい!」と返事をした。

「ソコの場所、取ってもOK? ワタシは体が大きい。から、邪魔になる」

カタコトではあるが、しっかりと意思の疎通が取れる日本語を放つライアン。
いかつい風貌だが、そのたどたどしい喋り方とわかり易いボディランゲージが彼の人柄の良さをアピールしているようだった。
ライアン同様に日常会話程度の日本語ならば操れるアンドレアとバーナビーが、彼が何を言いたいのかを察知し、援護した。

「ワタシ達、ハシッコ…スミッコ? が良い。彼、とても邪魔。カベ」と、ライアンを指さすアンドレア。
「Yes.カベ。ワガママ言って、スミマセン」こちらはバーナビーだ。

しきりにライアンを指して「壁だ壁だ」と言い捨てる2人に、キャストも合点が行ったらしい。
口に手を当て「ふふふ」と笑った後に「OKOK!」とはじける様な笑顔で3人にオーケーサインを出した。

ライアンは「Thank you!」と返すと、さくさくと四人分の場所を確保していたガブリエラにサムズアップして見せる。


こうして無事に4人はお目当ての場所を取ることができた。のだが。


「まさかとは思ってたけど地面に座るのね」
「それ以外無えだろ?」
「しかもここ、すごくデコボコしてるじゃない。お尻が痛くなりそう」

不満をこぼすアンドレアに、ライアンは「マットなら売ってっけど・・・そんだけ肉厚なら平気じゃね?」と言い返す。

「殴るわよ」
「事実だろ?」
「お尻の筋肉ガッチガチなあんたに言われたくないわよ!」

キィー! とヒステリックに言い返すアンドレアだったが、今まで静観していたガブリエラが真っ直ぐな瞳で「いいえアンドレア! ライアンのお尻はどちらかというともちもちです! あの、最近よく見る…人を駄目にするソファのような!」と語る。
両の手をわきわきと動かしながら熱く解説するガブリエラだったが、彼女を除いた3人の表情は一貫して完全なる真顔だった。

「その情報、心底いらなかった。というかあのソファ気になっていたのに使いたくなくなったじゃない」
「俺だって自分の尻の弾力について公共の場で話題にされたくなかったわ」
「ライアン、高評価で良かったですね」

バーナビーの憐れむような視線を感じながら、ライアンはガブリエラの頬を大きな手でムニュッと挟む。こうして口をふさがなければ、いかにライアンの尻の感触が素晴らしいかを声高に語り続けそうだったからだ。
ライアンは陣取った場所の中でも、一番壁に沿った端に座る。その隣にすかさず座ったのは、勿論カブリエラ。すると、レジャーシートのスペースが残り一人分ほど余る。
それを見ていたバーナビーは「どうぞ、アンドレア」と自然な動きでレジャーシートを指して微笑む。実にスマートで、紳士的だ。

「あら、ありがとう。相変わらず優しいわね」
「当然の事ですよ」

さらりとそう言ってのけるバーナビーに、アンドレアは満足げに笑ってレジャーシートに座ろうとする。が、突如ガブリエラが「それには及びません!」と立ち上がる。
突然大声を上げたガブリエラに何事かと目を丸くする3人だったが、ライアンだけは早々に合点がいったように「ああ」と呟く。

「こうすれば全員がシートの上に座れます!」
ライアンが胡坐をかいたその上に、ちょこんと座るガブリエラ。ライアンの体が大きいので、ガブリエラの細い体はその中ですっぽりと納まっている。

「ねぇハンサム、こういう人たちのこと、ジャパニーズで何て言うんだったかしら」
「虎徹さんに教わったアレですね、バカッポゥ」

バーナビーは「バカップル」と言ったのだろう。ただでさえ目立つ外人の口から突如放たれた「This バカッポゥ」という妙に流暢なワード、その意味を理解してしまった日本人ゲストが密かに肩を震わせて笑いを堪えていた。
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