(6)トイストーリー・マニア
「……え? トイストーリー? アトラクションがあるんですか?」
「何だよ、知らなかったのか?」
「ちょっと忙しくて、あまり下調べはしていなかったので……」
あからさまにそわそわしているバーナビーに、ライアンはにやりとする。
「ジュニア君、もしかしてトイストーリーファン?」
「えっ、いえその、ファンというほどでは。施設の子たちに付き合ってシリーズは全て観ましたので普通に好きですが、ほら海底2万マイルと違ってやはり子供向けですし」
「子供にも人気だけど、大人もトイストーリー好きっていうの多いぜ?」
「……そうなんですか?」
あっけらかんと言ってくるライアンに、バーナビーはおそるおそる返した。
「つか、シーでメッチャクチャ人気のアトラクションだぜこれ。パーク入る時、走ってる奴結構いただろ」
「そういえばいましたね」
ボードまで持って注意を促しているキャストを思い出しながら、バーナビーが頷く。
「あれ、トイストーリー・マニア狙いだから」
「え、あれが?」
「できたばっかりの頃はすごかったみてえだぜ? ファストパスは一瞬でなくなるし、フツーに並んで500分待ちとか」
「ご……!?」
バーナビーが、素っ頓狂な声を上げた。アンドレアも、「並んでるだけで1日終わっちゃうじゃないの」と呆れている。
「実際ほら、今日すげー空いてるけど結構並んでるし」
ライアンが指し示した通り、トイストーリー・マニアに並んでいるらしい列は、隣にあるタワーオブテラーの前まではみ出さんばかりのものになっていた。ファストパスはまだあるが、かなり時間が遅いものになっているようだ。待機表示は、90分。
だがこれでも、奇跡的なほどに空いている方らしい。混んでいるときはエントランス近くまで延々列が続くという。
「すさまじい人気ですね……。え? それなら僕らもあれに並ぶんですか?」
「ちょっと、勘弁してちょうだい。それなら私どこかで時間潰しとくわ」
さすがにあれに並ぶのはちょっと、と難色を示したふたりに、ライアンはにやりと笑った。
「安心しろよ。秘密兵器があるから」
そう言ったライアンは自分のパスケースから、パークチケットでもドリンクチケットでもない、また他のチケットを取り出した。
「フリーのファストパス! 時間指定無しで好きなアトラクションに入れるぜ」
「そんなものが」
「フリードリンクチケットもそうだけど、これもバケーション・パッケージの恩恵だな」
そういえば、とバーナビーは思い出した。事前にいちど、「ちょっと高くなるけどいいか?」とライアンから連絡が来たのだ。バーナビーとしては金よりも休暇を有効に使うことのほうが重要と思えたし、金額も彼らとしてはそこまでではなかったので、軽く了承したまま忘れていたのである。
「確か、ショーやパレードも場所取りなどせずに座席で見れるんですよね」
「そうそう、それ。で、比較的取りやすいアトラクションはふつーに並んだりファストパス取ったりして、トイストーリー・マニアみたいな超人気のアトラクションにフリーのファストパスを使うわけ」
「なるほど、色々と合理的なシステムですね」
「金で時間が買えて手間が省けるんだから、買わねえ手はねえだろ」
「それはそうね」
頷いているセレブたちを眺めながら、ガブリエラは先程ワゴンで買ったブラックペッパーポップコーンを頬張った。彼らは当然のように言っているが、バケーション・パッケージの値段は決して安くない。一般的な価値観ならば、かなり奮発したレジャー資金になる。
長く貧乏暮らし、というにもはばかられるような底辺生活を送ってきたガブリエラはそれを理解していたが、アンジェロ神父の妙な教育のおかげで、計画的であれば使える金は使ってしまう価値観も持っている。
それに、稼げるようになった金を使って楽しく過ごすのは幸せなことだというのも知っているので、セレブたちの金遣いに口を出したりはしない。
「お金があるのは素敵ですねえ」
ガブリエラはにこにこしながら、ポップコーンバケットを抱え、彼らとともにトイストーリー・マニアのファストパス・エントランスに並んだ。
「わ、入り口がウッディの顔に!」
「中もかわいいのですよ! おもちゃ箱になっているのです!」
トイビル・トロリーパーク。ライドする前から、アニメどおりでありつつ遊び心いっぱいの装飾に、バーナビーは浮足立った。
「す、すごい。アンディの部屋そのままじゃないですか。自分がオモチャになったようですね!」
「そうでしょうそうでしょう!」
「テンション高いわねえ……」
ガブリエラは元々として、明らかにテンションの高いバーナビーを見て、アンドレアが数段低いテンションで呟いた。そしてそんな彼らを見て、ライアンが言う。
「ジュニア君、そいつと乗れよ」
「え?」
「ガブのほうがピクサー系好きなんだよ。せっかくなんだから、ジュニア君も同じくらいのテンションの奴と乗ったほうが楽しいって」
「いえそんな、アンジェラほどのテンションで好きというわけでは……」
「バーナビーさん、トイストーリーがお好きなのですね! ぜひ楽しみましょう! 3D眼鏡をどうぞ!」
やや恥ずかしそうにしたバーナビーに対し、輝くような笑顔で、ガブリエラが紫色の3D眼鏡を渡してくる。
「はっ! バーナビーさんはすでに眼鏡をかけています! 眼鏡の上から眼鏡を!?」
「……まあ、そうなりますね」
「ものすごくよく見える感じです!」
「そういうわけではないと思いますが」
ガブリエラを軽くあしらいつつ、バーナビーは3Dメガネを手に取った。
「眼鏡はジャパニーズで? メガネ? オー、メガネ on メガーネ!」
「ぶふっ」
近くにいたゲストに単語を習ったガブリエラの発言と、バーナビーがいつもの眼鏡の上から紫のプラスチックの眼鏡をかけたタイミングがちょうどぴったりだったためか、アンドレアが噴き出した。ライアンはすかさず端末を取り出し、その姿を写真に撮っている。
「何撮ってるんですか! 眼鏡かけてると普通にこうなるんですよ、別に笑うところじゃないです」
「いやじゅうぶん面白いって。ほら後ろの人も笑ってるし」
同じくファストパスを持っているゲストたちが、くすくす笑っていた。ガブリエラはすぐ前に並んでいる子供に話しかけ、また「タノシー!」のハイタッチをしている。
「……これ僕が笑われてるんですかね。主にアンジェラのせいだと思うんですけど」
もしくは、ごつくてでかいイケメンのくせに上から下までミッキーをリスペクトしすぎたスタイルのライアンのせいだ、とバーナビーは二重の眼鏡の下から彼を見る。
3D眼鏡のせいで若干ぼやけていたが、ライアンがにやにや笑っているのはわかった。
「あんまり気にすんなよ、あいつといると毎日だいたいこんな感じだから」
「毎日? ちょっと日頃からテンション高すぎないですか」
「割と慣れる。おかげさまで毎日楽しいぜ?」
貫禄のある笑みを浮かべて、ライアンは堂々と惚気にも取れることを言った。
「まーまー、いいから。列詰まらせると悪いから行けって」
笑いをこらえている様子のライアンに背を押され、バーナビーはぴょんぴょん跳ねているガブリエラの後を追った。
「さあライドビーグルに乗るのです! メガネは決して外れないように!」
「そうそう外れませんよ」
「割れないように!」
「もっとないです」
「まずは練習です!」
「わ、す、すごいですね! ウッディたちが飛び出して見えます!」
「メガネ on メガネの力ですね! 準備オッケー! あっポテトヘッド! ポテトヘッドがいます!」
「うわっ、わっ」
「狼をやりました! アー! バーナビーさんはあの灰色のリスを! リスですか!? 500点のリス!」
「わ、わかりました!」
「私はあのブタをやります! ブタ……ハム! ハムめ! あっアヒルが全滅しました! やった!」
「あっ、レックス!」
「溶岩です、溶岩を狙うのです! あっバーナビーさん隕石! 隕石をー!」
「よし! 僕は高得点担当ですね!」
「私は普通のほうを全滅させます!」
「了解しました!」
「がしゃがしゃがしゃがしゃー!!」
「すごいすごい、うわ、皿が」
「2000点! 2000点の皿を!」
「割れた!」
「イエッサー!!」
「イ、イエッサー!!」
「バズー!!」
「バズ!! あははは」
「グリーンメン! グリーンメンが……ジェットパック! バーナビーさんはジェットパックを!」
「5000点! やった!」
「やりましたね! ぼーなす!」
「あははは、飛んだ!」
「あろはー!!」
「You've got a friend in me♪」
「歌うんですか」
「ジェシー!」
「アンジェラ、上です!」
「アアー! トロッコ……トロッコが、わー!」
「うおおおおお!!」
「連打ー!! だだだだだだだー!!」
「You've got a friend in me♪」
「You've got a friend in me♪」
「イェー! ウッディ! イェー!!」
「上から2番目!」
「得点は、……あっすごい! バーナビーさんすごいです!」
「あっはっはっはっ! すごい!」
そうしてライドビーグルから降りてきたバーナビーは、満面の笑みだった。
「バーナビーさん! タノシー!」
「ははは! タノシー!!」
ガブリエラとハイタッチをしている彼のテンションは、乗る前とは比べ物にならないものになっている。
「何なのこれ……」
アンドレアは、呆然と言った。ライドビーグルは背中合わせだったので、バーナビーとガブリエラの声も後ろから薄っすらと聞こえてきていた。
最初はテンションの高いガブリエラについていけない様子のバーナビーであったが、ステージが進むごとに彼のテンションも高くなり、大声で笑ったり、キャラクターの名前を叫んだり、しまいには歌ったりしていた。
「子供とか犬とかと一緒に遊ぶと、テンション引きずられるよな」
「……それが狙い?」
ちなみに、アンドレアはアンドレアで、ライアンが下手くそだの何だのといちいち煽ってくるので、それなりにムキになってやっていた。
「あっ、あれは……? スリンキー・ドッグのギフトトロリー?」
「トイストーリーのグッズを売っているのです。パスケースやファンキャップもあります!」
「へえ……トイストーリーのものもあるんですね」
そう言いながら、バーナビーはカラフルなワゴンに近づいていった。
「うわ、すごい。どれもデザインがいいなあ。あっ、キーホルダー……」
「買う?」
後ろから近づいてきたライアンが、朗らかに言った。
「え、あ、でも荷物になりますし……」
「大丈夫ですよ! 買ったものはホテルにすべて届けてくれます!」
「そうなんですか?」
にこにこと言うガブリエラに、バーナビーがまたそわっとする。
「たくさん買っても大丈夫です! それに、パーク内で売っているものは普通の外のディズニーストアでは売っていませんし、通販もやっていないのです。ここでしか買えないのです!」
「ここでしか……!」
ごくり、とバーナビーが息を飲んだ。
「しかもジャパンのディズニーグッズは、すてきなデザインが多くてですね!」
「そうなんだよな〜。他のパークのグッズはもっとあからさまに子供向けなんだよな、どれもこれも。あと使われてるイラストも微妙だったりするし、ぬいぐるみもなんか全然かわいくねえし……。見ろよこれ」
「うっ」
そう言ってライアンが見せてきた端末の画面を見て、バーナビーは思わず呻いた。
表示されているのは、コンチネンタル方面のディズニーワールドにあるキャラクターグッズの画像である。ただしライアンが言ったとおりその出来はお世辞にも良いとは言い難く、ただイラストをプリントしただけのマグカップなどはまだしも、ぬいぐるみなどは可愛くない以前に何のキャラクターなのかわからないようなものも多い。
「えっ、こっちが本場というか、元祖なんじゃないんですか? ひどすぎるでしょう、これ」
「国民性だろうなー。その点、ジャパンのはすげーいい感じのグッズ多くて、大人も使えるアイテムも普通にあるしな。グッズ目当てにトーキョーディズニーリゾートに来るファンも結構いるぜ」
うんうん、と頷きながら、ライアンが解説した。
そう言われてバーナビーが改めてワゴンを見ると、確かに、目の前に並んでいるアイテムは先程の画像と比べて、いや比べなくともかなり出来が良い。
使われているどのイラストも完璧で、ぬいぐるみ類も素材を考慮して絶妙のデフォルメをかけることで再現率が高く、格好いいキャラクターもちゃんとぬいぐるみらしく可愛くなっており、かわいいキャラクターは更に愛らしさを増している。普段使いが出来るグッズはデザインもおしゃれで高級感があり、大人が使用してもおかしくないものが揃っていた。
「欲しいんなら買えって。チャンスは今だけだぞ」
「今日を逃したら買えないのですよ!」
「結局使わなくてもいいじゃねえか、こういうのは気持ちだし。経済回そうぜ」
ディズニーマニアふたりが、片やにやにやと、片やにこにこと煽ってくる。バーナビーは、カラフルなトイストーリーグッズを見渡して、やがて顔を上げた。
「そうですね。買いましょう」
スッ……と何か憑き物が落ちたような清々しい表情で、バーナビーはきっぱりと言った。その美しい笑顔に、ワゴンのキャストがついきゅんとした顔をする。
「とりあえずキーチェーンをひとつずつ。あ、そちらもいいですね」
「バーナビーさん、おもちゃもあります!」
「おもちゃですか……うーん……」
ガブリエラが指し示すのは、ゼンマイ仕掛けのおもちゃだった。成人男性にとって実用性はまったくないが、元のキャラクターがおもちゃそのものであるだけに、ファンとしては非常にそそられるものがある。しかも、見るからに作りがいい。さすがのジャパンクオリティである。
「持て余したら、施設の子にあげたら? トイストーリー好きな子いるんだろ?」
「それもそうですね!」
ライアンのひとことで、バーナビーはあっさりと全種購入を決めた。完全にタガが外れた瞬間でもあった。その勢いで、つい今しがた楽しんできた、トイストーリー・マニアのシューターをモチーフにした空気銃のおもちゃも購入する。
その他、サイズの合わないスマホケースなど、本当にあってもどうしようもないもの以外のグッズをほとんどすべて購入したバーナビーは、清々しい笑顔で購入したものをホテルに届ける用紙に記入した。
「しかしここはワゴンなので、品数が少ないですね。明日行くディズニーランドはトイストーリーのもっと大きいお店があるので、そこでもっとたくさん買えますよ! 服やマグカップなどもあります! バズの武器のおもちゃもたくさん!」
「本当ですか! 明日はぜひお店を教えて下さいねアンジェラ!」
「もちろんです! あっバーナビーさん、パスケースとファンキャップがありますよ!」
ワゴンの側面にずらりとぶら下げられた、トイストーリーのキャラクターのパスケースやファンキャップ。ガブリエラがにこにこして示すそれらに対し、バーナビーも晴れやかな笑みを浮かべた。
「わあ、たくさんあって迷いますね」
「えっちょっと、買うの? え? 買うの?」
「はい」
怪訝な顔で言うアンドレアを全く振り返ることなく、商品をじっと見ながら、バーナビーは当然のように即答した。アンドレアが信じられないような顔で一歩退く。
結局、バーナビーはぬいぐるみのようにもふもふしたタイプのリトル・グリーンメンのパスケースを首から下げ、ウッディの帽子を再現したファンキャップをためらいなくかぶった。
「どうでしょう」
「とてもお似合いです!」
決めポーズまでしたバーナビーに、ガブリエラが笑顔で拍手する。ワゴンのキャストも拍手をしてくれた。絶世のハンサム外国人がやることだったからか、なぜか周りにいたゲストも拍手をしている。バーナビーはノリノリでウィンクまでキメた。
「ちょっと、髪型崩れるとか言ってたあなたはどこに行ったの」
「むしろこの帽子に僕のこのヘアスタイル、とても合うと思うんですよね」
「なんなのこわい。何の洗脳なのこれこわい」
アンドレアは完全に引いている。
「アッハッハッ、完全に魔法にかかったな〜」
ライアンが、朗らかに言った。アンドレアがジト目になる。
「いつものキャラはどうしたのよ……」
「いいじゃねーか、本人楽しそうだし」
しれっと言うライアンだが、確かにバーナビーはとても楽しそうだった。ガブリエラは元からものすごく楽しそうであるが。
「つーか、こういう場所ではノッたほうが自分も周りも絶対楽しいって」
「ノリが良くなくて悪かったわね」
「いやあ? お前も時間の問題だと思うよ」
「は? そんなわけないでしょ」
眉をしかめるアンドレアに、ライアンはにやりとした。
片眉を上げて口の端を吊り上げたその表情は、まさにディズニーキャラクターの、特にヴィランズの悪い笑みに似ている。
「……前から思ってたけど、あんたの顔つきってなんかディズニーキャラっぽいわよね」
「えっそう?」
嫌味のつもりがやはり喜ばれて、アンドレアは投げやりなため息をついたのだった。