(3)起床、ディズニーランドホテルロビー待ち合わせ
ピッピッピッ!
遮音性の高い静かなホテルの一室に、ピリリと耳を刺すような甲高い音が響く。
朝の6時にセットしておいたアラームが鳴ったのだろう。と、半分寝ぼけた頭でバーナビーが薄く目を開いた。
彼は断続的に鳴り響くアラームを手探りで止めると、そのままサイドテーブルに置いておいた眼鏡を手に取る。
寝癖でくしゃくしゃになった金髪を顔から払い除け、バーナビーは立ち上がるとシャワールームへと覚束ない足取りで向かっていった。
未だに寝ぼけ眼の彼が、シャワールームで熱いシャワーを頭から浴びていたその時だった。
ビー!ビー!と、彼が常に手首に着けている通信機器「PDA」がけたたましく鳴り響く。
普段は有事の際に使われるもので、ヒーローやその関係者しか使うことのできない専用回路となっているため、基本的にこれが鳴るのは緊急事態の時だ。
ジャパンに来ている自分に通信が入ったということは、現地トラブルにでも臨時で呼び出されるのか。そう考えながら、バーナビーはPDAを通話状態にする。
『ハァイ、ハンサム。ちゃんと起きたかしら?』
「アンドレア? 何かあったんですか?」
そこから聞こえてきたのは、明るい口調で喋るアンドレア・ビークインの声だった。
緊急事態ではなさそうな様子に、バーナビーは「今、シャワーを浴びているところだったんですが」と答える。
『あら、せっかくだしインスタグラムに”マイステディのバニーボーイがシャワー中”って投稿していい?』
「やめてください。また大炎上しますよ」
『炎上させるのが目的なんじゃない。広告宣伝費のかからないコマーシャルよ』
バーナビーは「それに巻き込まれて、パパラッチがわんさと押し寄せる僕の身にもなってください」とため息交じりに返す。
「というかあなた、随分と早起きですね」
『まぁね。モーニングコールしてあげようと思って』
「僕はちゃんと起きましたよ。しっかり眠れましたか?」
『バッチリよ。まぁ、多少無理しても今回の旅行はギャビーがいるしね』
当初、四日間あるイースター有給休暇をバリかどこかのエステツアーで消化しようとしていたアンドレアが、ガブリエラの能力による最高峰のエステが受けられるならば、とディズニーリゾートでの旅を承諾したのだ。その権利を思う存分使ってやるわ、と意気込んでいるように見える。
「あまり無理させてはいけませんよ。彼女、言われた通りにするでしょうし」
『そこらへんは飼い主付きだし、ちゃんと加減はさせるでしょ。それに、これからテーマパークへ行くのよ? 高カロリー食の宝庫じゃない』
「まぁ、そうですね・・・では、一度切りますね。また後程エントランスで」
『7時にはギャビー達と合流するんだから、二度寝しちゃダメよ?』
プツリと通信を切ったバーナビーは、柄にもなくはしゃいでいるアンドレアの声を思い出し「・・・早めに行ってあげよう」と早々にシャワールームを後にした。
***
午前7時という早い時間にも関わらず、シャッキリとした様子で待ち合わせ場所へと訪れたバーナビーとアンドレア。
バーナビーはシュテルンビルト外でのオフだというのに、普段と変わらない恰好をしている。
これではバーナビー・ブルックス・Jr.がいる! と騒ぎになりはしないかと感じるが、このジャパンという国ではそうはならないようだ。
ジャパンではこの国独自のヒーローがシェアの大半を占めており、シュテルンビルトであれだけ人気爆発したバーナビーでさえあまり知られていない。
認知度としては、ヘヴィーなヒーローマニアが海外からグッズやら映像やらを取り寄せている程度、だからこそ彼は堂々と顔出しで行動できているのだ。
しかし、そんな事を差し引きしたところでバーナビーとアンドレアが目立つことに変わりはなかった。
何せどちらも、すこぶる整った外見をしている。いや、整っているだけではなく、非常に華やかなのだ。
バーナビーは持ち前の金髪とヒスイ色の瞳を惜しげもなく晒し、長い脚を優雅に組んでいる。
まるで映画に出てくる王子様のような外見に、過ぎ行く人々が遠巻きに凝視していくのも頷ける。
そして彼の隣に佇むアンドレアも、元々スーパーモデルとしてワールドワイドに活動していただけあって、常人離れしたスタイルと美貌の持ち主だ。
今はヒーローが本業であるため、極限まで肉を落としたモデル体型ではなく、鍛え抜かれたしなやかなグラマラスボディをしている。
筋肉質でありながら、女性としての魅力的なボディラインは微塵も失っていない。そんな彼女は顔を覆っていたサングラスを頭の上に引っ掛け、あたりをキョロキョロと見回した。
「すごいわねぇ・・・」
「ええ、驚きました。ライアンから『結構リーズナブルなホテル』と聞いていたのですが、とてもそうは見えませんね」
同行予定のライアンとガブリエラとの待ち合わせ場所に指定された、このホテル。
ディズニーランドホテルという名の通り、ディズニーランドの正面に位置する場所に建っているホテルだ。
ヴィクトリア朝様式のエレガントな造りの中に、これでもかと言わんばかりにディズニーキャラクターがちりばめられている。
足元を見れば絨毯の模様の中にミッキー。ちょっとした照明器具の傍にはティンカー・ベル。展示品はもちろんディズニー作品にまつわるもの。
極め付けに、館内に流れている音楽は当たり前のようにディズニー映画のBGMだったり主題歌のアレンジだ。
エントランスは吹き抜けになっており、30メートルほどだろうか、頭上にはきらびやかで巨大なシャンデリアが煌々と輝きを放っていた。
「事前にここの宿泊費を見てみたけど、確かに安かったわよ。こんなに凝ってるなんて知らなかったわぁ」
「アンドレア。あなた、ミッキー踏んでますよ」
「アラ、ごめんなさい」
ひょこっ、とアンドレアが足を除けると、その下からは確かにミッキーが顔を出す。
「油断も隙もないわねぇ」
「踏んでしまうと妙な罪悪感を感じますよね」
二人揃って笑いながら、ほのぼのと話し込むバーナビーとアンドレア。
そして、ふとアンドレアが周りを見てからバーナビーにヒソヒソと話しかける。
「それにしても、皆あのカチューシャとか帽子被ってるのね。浮かれてるわぁ」
「テーマパークですからね。ほら、あそこに小さなプリンセスが」
バーナビーの視線の先には、薄い水色をしたシンデレラのドレスを身にまとった少女が居る。
少女は、王子様のような風貌のバーナビーと目が合って恥ずかしいのか、もじもじと母親らしき人物の影に隠れてしまった。
そんな可憐なプリンセスににっこりと微笑み、手を振ったバーナビーは「可愛らしいですね」と口にする。
「あーあ。アナタ今、あの子の初恋奪っちゃったわよ?」
「それは大変だ。僕を超えるボーイフレンドを探すのは至難の業ですよ」
「・・・・・・今の、ジョークよね?」
「当たり前でしょう。何恥ずかしいこと言わせるんですか」
和やかに雑談を交わす二人だったが、ようやく待ち合わせ相手のライアンと思わしき金髪頭がヒョコヒョコと歩いてくるのを見つける。
人の群れの中に居ても、必ず頭一つ飛び出ている彼は非常に見つけやすい。そして、十中八九彼の隣にはガブリエラも居るので合流は容易かった。
「ライアン、おはようござい・・・」
バーナビーは手を上げながら声をかけた。途中までは。
人の群れが徐々に分散し、ライアンとガブリエラの前進が露になるにつれて、バーナビーとアンドレアはピタリと動きを止めた。
それもそのはずだ。生まれながらのキンキンの金髪と縦にも横にも大きな、誰が見ても「マッチョだ」と言う体形のライアン。
そしてすぐ傍を歩くガブリエラも、熟れきったイチゴやトマトのような鮮やかな赤毛にすらりと細長い体躯。
ただでさえ目立つ風貌の二人が、揃いのミッキーTシャツを着て、首にはパスケースとミッキーの形をしたポップコーンバケットを下げているのだ。
ライアンは更に、背中に背負っているリュックサックもミッキー、よく見るとピアスも普段つけている物ではなくミッキーに変わっている。
ガブリエラに至っては、赤地に白いドット模様の入ったおなじみのリボンが付いたミニーカチューシャを着けていた。
「よーう、ちゃんと寝れたか?」
「おはようございます!」
朗らかに挨拶をする二人に、バーナビーもアンドレアも「え、ええ」と狼狽えながら返事をする。
まさか、誰よりも浮かれ切ったこの二人と二日間を共にする羽目になるとは。そう、バーナビーとアンドレアの瞳が物語っている。
「ライアン、忘れものですよ」
「サンキュ。そういや俺、コレ外してたんだっけ」
顔を引きつらせて沈黙するバーナビー、アンドレアにかまわず、ガブリエラはライアンにとある物を手渡す。
ライアンはそれを受け取り、自然な流れで自身の頭頂部に装着した。
ミッキーの耳の間に真っ青な三角帽子に月と星の模様が入ったそれは、いわゆる「魔法使いミッキー」と呼ばれる種類のカチューシャだった。
「屋内で着けるとアッチコッチにぶつかっちまってさぁ、とりあえず外してたんだよね」
「ライアンは大きいですし、ジャパンの建物は小さいですから」
「これでようやく準備完了、完全体! って感じ? そんじゃ先ずは、全員分のチェックイン手続き済ましちまうか」
今度こそ完全に表情を無くし、スッ・・・と真顔になったバーナビーとアンドレアは「ええ」と機械的に返事をして、出来るだけライアンとガブリエラと距離を保って歩き出した。
このディズニーリゾート内で、カチューシャやファンキャップの類を身に着けていない方が少数派である。という事を知らない二人は、チェックイン・カウンターへ向かいながらもウキウキと話しかけてくるライアンとガブリエラから逃げるようにガイドマップを大きく広げた。