(1)イースター休暇の使いみち
BY 餡子郎
「イースター休暇?」

 きょとんとして復唱したのは、バーナビー。その両隣には、ワイルドタイガーこと鏑木・T・虎徹、そしてハニーネオンことアンドレア・ビークインも同じような表情で立っている。
「そう。ブラック企業撲滅キャンペーンの一環でね」
 アポロンメディアヒーロー事業部長、アレキサンダー・ロイズは、自分のデスクに肘をついて言った。

 彼曰く。
 報酬に合わない、あるいは明らかに肉体的・精神的なキャパシティをオーバーした労働を社員に課するブラック企業を撲滅する、というキャンペーンが盛り上がっている流れで、最近無視されがちな休暇を復活させよう、ということらしい。
「イースター、復活祭。新入社員が増える春先に休暇を復活させる、っていう感じでかけてね」
「ははあ」
 わかりやすい駄洒落に、虎徹がなるほどと頷いた。
 マーベリック事件、シュナイダーの騒動と不祥事が続いたために、よりクリーンなイメージを取り戻すことに熱心なアポロンメディアとしては、この流れに乗らない手はない。そして何より企業の顔であるヒーローに復活祭休暇をとらせることで、そのアピールをしようということであるらしかった。

「といっても、まる4日間ヒーロー全員に休まれても困るから──」
 他の企業のヒーローのスケジュールとも合わせて、常に半数はシュテルンビルト待機ができるようにしつつ、なおかつこのアポロンメディアヒーロー3人も、ひとりずつばらばらか、あるいはひとりとふたりずつなどで分けて休暇申請してくれ、とロイズは事務的に告げた。
「早い者勝ちなとこあるから、何かしたいことがあるなら早めのほうがいいよ」



「突然そう言われても困るんですけどね」

 有給も余ってますし、と、他のヒーローたちが既に申請している休暇日程を見ながら、バーナビーは呟いた。
「虎徹さんはどうするんですか?」
「俺? あー、実はちょうど法事があってさ」
 日程表を持った虎徹は、椅子の背を反らせながら言う。
「ホウジ?」
「えーと、命日とかとはまた別で、死んだ人を供養する日っつーか。ここ何年か、ちゃんとした日にやれてないからさ。ちょうどいいから、今年はちゃんとしようかなと思って」
「そうですか。いいことですね」
 バーナビーは、厳かに頷いた。
「サンキュ。法事は1日で終わるけど、あとは楓とどっか行こうかな」
「いいですね。でも楓ちゃんの予定も事前にちゃんと聞かないとだめですよ。この間も勝手に予定を決めて怒られたでしょう」
「だっ!」
 しっかり釘を差された虎徹は苦い顔をしたが、実際同じことをやりかけていたため、ぶつくさ言いながらもバーナビーの言うとおりにした。しかし今の時間学校にいるだろう娘にもたもたとショートメッセージを作って送ると、「事前に聞いてくれるなんてすごい! えらい!」と褒められたので、虎徹はあっさりと気を良くしつつ、久々の娘とのデートの約束を取り付けた。

「アンドレアはどうするんです?」
「私はどこでもいいから、みんなが決まった後に適当なところで取るわ」
 手鏡でメイクをチェックしながら、アンドレアはすぐに答えた。
「それでいいんですか?」
「4日間あるし、適当にリゾートエステにでも行こうと思ってるんだけど。それなら別にこの日じゃなきゃダメっていうのじゃないし。休みたい日が決まってる人に譲ったほうが合理的だわ」
「なるほど」
 例えばイワンは前から行きたかったというコミックの大イベントに行くと決め、誰よりも早く日程の申請をしている。そういう予定を組みたい者に譲るということだろう。
「あなたはどうするの? イベントごとに顔を出したいなら早い者勝ちになるわよ」
「はあ」
「4連休なんてなかなか取れないんだから、旅行にでも行ったら?」
「旅行……」
 復唱するバーナビーだが、どうもぴんときていない様子である。そんな彼に、アンドレアは半目になり、生暖かい表情になった。
「……バーナビーも大概社畜よね。あなたこそちゃんと休んだほうがいいんじゃない」
「ぐっ……」
 やれやれといわんばかりのアンドレアに、バーナビーは苦い顔をしつつも言い返せなかった。普段何よりもヒーローという仕事を優先する虎徹でさえさっさと休暇の使い道を決めているというのに、バーナビーは何をどうしたいのかさっぱり思いつかないのだ。
「あとは友達と出かけるとか」
「他のヒーローとなるべく休みがかぶらないようにと言われたじゃないですか」
 何を言っているんだ、と言わんばかりのバーナビーに、アンドレアは「ヒーロー以外の友達いないのあなた」といつもの辛辣かつ今回は的確な突っ込みが口をついて出そうになった。が、アンドレアもまた人のことは言えない交友関係なので、ぐっと口をつぐむ。
 アンドレアにもモデル仲間の友人はいるが、それは常にマウントを取り合うような、いわゆる強敵と書いて友と読むような具合のライバル関係でもあるので、仲良く旅行に行くような関係性ではない。きゃっきゃと他意なくはしゃぎながら遊べる友人というと、本当に数少ないのである。

「え? いやいるだろバニー、友達。忘れてやるなよ」
「え?」

 楓との予定を組み終わったらしい虎徹の発言に、バーナビーはきょとんとした。
「ヒーローだけどさ。シュテルンのヒーローじゃないし」
「……あ」
 そう言われ、バーナビーはなるほどと手を打った。






《はいはーい、ジュニア君!? めずらしー》

 ビデオ通話の画面に映っているのは、同製作者であるためかバーナビのヒーロースーツとやや似たデザインの、金色と群青色のフル装甲スーツ。だがモニタに映る彼のその背景は、不自然なほどに何もなかった。
「お久しぶりです、ライアン。ちょっと話があるんですが、……ええと、今本当に南極にいるんですか?」
《おう》
 通信端末を動かしたのだろう、画面に映る風景が動くと、真っ白な大地と山が映り込んだ。その白い大地が映える真っ青で広大な空の美しさに、画面越しとはいえバーナビーは絶句した。後ろにいた虎徹とアンドレアも、ほうと感心して画面に見入っている。

 ゴールデンライアンとホワイトアンジェラ。史上初のカップルヒーローはふたり揃ってシュテルンビルトを離れてからというもの、最初はシュテルンビルトの向こうに広がる荒野から、主に赤道直下付近で地雷除去や内戦後の難民の救助活動などを行っていた。
 主に暑い地域での、戦争の爪痕という人的被害からの救済。そしてそれが一段落した後、過酷な活動をこなした本人たちへのメンタルケアの意味合いもあり、今度は寒い地域に行って自然保護活動に従事している。

「絶滅危惧種の動物の保護活動、でしたっけ?」
《そうそう。よく知ってんなあ》
「あなたたちのSNSアカウントをチェックしているので」
《そーいやジュニア君、時々likeくれるもんな。サンキュ》
 世界各地を飛び回ってヒーロー活動をするR&AのSNSアカウントは世界中で有名で、記録的なフォロワー数を有している。文章はいつもひとこと程度だが更新頻度は多く、カメラマンとしての才能もあるライアンが主に撮影した写真は社会的メッセージとしてもアートとしても注目度が高い。
 バーナビーも最初は友人であり良きライバルである彼らの活動をチェックするために見ていたが、現在は単に興味深く閲覧している。

「今はそこで何を?」
《これ》
 ライアンがまた端末を動かすと、たくさんのペンギンの群れ──しかもふわふわのヒナばかりのコロニーの中心に、ホワイトアンジェラが膝を曲げて三角座りをしているのが映った。アンドレアが思わず口を押さえ、「か、かわいい」と呟く。
《この種類のペンギンは、「保育所」を意味するクレイシというヒナだけのコロニーを作り、狩りに行った親を待ちます》
「なんでナレーション風に」
 微笑ましさと可笑しさが混じった声色でバーナビーが言うと、ライアンはペンギンや保護スタッフたちを映しながら《編集してドキュメンタリーにするから、練習?》と笑いながら返した。彼がカメラを向けると、もこもこの防寒ウェアを着てカメラや色々な機材を構えたスタッフたちが笑顔を向けてきたり、サムズアップしてきたりする。

《おい、そっちどうだ》
《とてもあたたかいです……》
 布団の中で微睡んでいるような台詞とともに映ったアンジェラは、三角座りになった膝の下にも上にもふわふわのヒナがみっちり集っていて、確かにとても暖かそうだった。
 そして集まっているヒナも、アンジェラの能力が心地よいのかつぶらな目を閉じてまったりしていたり、かと思えば膝の上を取り合ったりしている。後ろから登ってくる仲間に押されたヒナがころり、ぽてん、と膝から落ち、そしてまたよちよちと登ってくる、といった、延々見ていられるような動きを繰り返していた。
《トウゾクカモメという大きなカモメがクレイシのヒナを攫って食べるのですが、最近このカモメがとても多くなってしまって……。ですがヒナは無抵抗で食べやすいだけで、カモメの食べ物は他にもあるのです》
《まあ、食いやすいところから食われるのは自然の成り行きだからしょうがねえんだけどな》
《しかしライアンがいれば! きらきらの大きな翼のおかげでカモメが怖がってまるで寄ってきません!》
 アンジェラがどや顔で言うが、ライアンが畑の鳥よけそのものの役割を果たしていると聞いた3人は、思わずそれぞれ噴き出した。アンドレアが笑いながら、「あんたの図体と無駄な眩しさも、たまには役に立つのね」と言う。

《うるせえよ。ってかペンギンってあんまり警戒心なくてさあ、二足歩行同士で仲間だと思って人間にも寄ってくるし。ヒナなんかもうマジでぬいぐるみだよホラ》
 そう言って、ライアンは足元にいたふわふわのヒナを両手で拾い上げ、自分の顔の前に持ってきてカメラに映した。その可愛らしさに、アポロンメディアヒーロー3人の顔がつい蕩けそうになる。
《ここ毎年ヒナが食われたり親の狩りの成果が良くなくて数が激減してるってんで、こーやって、俺が護衛でアンジェラが保育士やってんの》
 よく見ると、ヒナに群がられているアンジェラはぽわぽわと青白く光っている。つまり、ヒナが猛獣に食べられないようにライアンが護衛をし、親が帰ってくるまでにヒナが飢えないよう、アンジェラが能力でもって面倒を見ている、ということだろう。

《で、どした? ペンギン見に来たのか?》
「それも興味がありますが、今回は休暇の件で」
《休暇?》

 ペンギンのヒナを地面に下ろすライアンに、バーナビーは今回のイースター休暇について話し始めた。



《おー、いいじゃんいいじゃん! 俺らもその頃には一旦仕事終わってバカンスの予定だし! 一緒に遊びに行こうぜ》

 軽く、あっさり、そして乗り気で了承したライアンに、バーナビーは密かにほっとした。
「バカンスって、どこに行く予定なんですか?」
《ジャパン》
「おっ、いいねえ」
 横から、虎徹が顔と口を出した。彼は正しくは日本生まれではなくこちらのオリエンタルタウンの出身ではあるが、ルーツであることには違いない。
《荒野だの山岳だの、しばらく僻地ばっかりだったからさ〜、安全な都会で過ごそっかなって》
「なるほど」
《つーわけで、ジュニア君も来いよ、ジャパン》
「ええ、いいですね。いちど行きたいとは思っていました」
《じゃあ決まりな! ジュニア君の休みと合う頃っつーと……》
 ライアンは端末を操作し、スケジュールを確認しているようだ。放ったらかしになったカメラに興味津々で寄ってきたペンギンのヒナがアップで映るので、全く退屈しない。
《なるべく平日がいいよな。4月のこのへんとかどう?》
「あ、いいですね。皆さんの休みともかぶらなさそうです」
 ライアンが示したのは、4月の半ばの平日ど真ん中の4日間だった。

《OK、ここだと……、お、ディズニーリゾートの予定だわ》
「……ディズニーリゾート?」
《おう。トーキョーの》
「ええと、……それは、僕が同行するのはさすがにお邪魔なのでは」

 ディズニーリゾート。世界各国にいくつかある、ディズニー作品、最近はピクサーの作品も取り扱ったテーマパークの総称である。ジャパンのトーキョーにはディズニーランド、ディズニーシーのふたつのパークが隣接して建設され、トーキョーディズニーリゾート、と銘打たれている。
 夢いっぱいのテーマパークは子どもたちにも大人気だが、カップルの、しかもどちらかというとバカップル度合いの高いデートスポットの王道でもある。
 そこに元々ふたりで行く予定だったというライアンとガブリエラに、自分がひとり混ざっていくのはどうにも具合がよろしくないのではないか、とさすがにバーナビーでも察するというものだ。

《俺らは気にしねえけどなあ》
「あなたがたが気にしなくても、僕が気になりますよ!」
《そう? じゃあアンドレアも来いよ。男2女2なら気になんねえだろ》
「は?」
 突然引き合いに出されたアンドレアは、ネットでおすすめのリゾートエステをリストアップしていた手を止めて振り返った。
「ちょっと、何勝手なこと言ってるわけ?」
《連休ったって、お前のことだからどうせがっつりエステ受けに行くとかそんなんだろ》
「それの何が悪いのよ」
 ぴったり言い当てられたのが気に食わないのか、アンドレアが眉間に皺を寄せる。すると、ヒーロースーツのマスクを取らなくともにやりと笑ったのがわかるほど表情豊かな声で、ライアンが言った。
《別にィ? どこのエステに行こうとお前の自由だけど、ここに史上最強のエステティシャンがいるってのに勿体ねえな〜、って思っただけ》
 ライアンがカメラを向けて映したのは、もちろんアンジェラである。ただし、触れる表面積を増やすためか横向きに寝転がった彼女はふわふわのペンギンのヒナにほとんど埋もれ、こんもりとしたふわふわもふもふの小山になっていたが。

「う……」
 アンドレアが唸る。確かに、アンジェラことガブリエラの能力によるケアは彼女が今まで受けてきたどんなに高価なエステよりも効き目抜群だった。医療分野においても奇跡のレベルで最強の治癒方法という扱いであるのだから、当然ではあるが。
《アンドレア、エステを受けたいのですか? お会い出来るのなら私が全身いたしますよ》
「行くわ」
 ペンギンに埋もれながら気軽に言うアンジェラに、アンドレアは真顔で返答した。《ハイ決まり〜》と、ライアンが間延びした声で端末に予定を入力する。

《そうそう、俺らは4日間みっちり行くけど、お前らどうする? 飛行機の時間もあるし、3日はキツい? 2日?》
「……ちょっと待ってください。テーマパークですよね? 4日?」
《あ、ジュニア君もしかしてディズニー行ったことない?》
「えっ、ああ、はい」
《あそこはなあ、1日や2日で回りきれるようなところじゃねえんだよ》
 美術館とか博物館でもあるだろそういうところ、と、ライアンは妙に重々しく言った。
「……そうなんですか?」
《そーなの。俺らはまずジャパン着いてから下見兼ねてがっつり4日行ってえ、何日か温泉とか入ったりしてまったりしてからまた2日か4日行くつもりなんだけど、ジュニア君たちはこの時一緒する感じでいいんじゃねーかな。それだと俺らも案内できて効率的に回れるし》
「ええと……」
「あんたに任せるわ」
 何やら大事になってきた話にバーナビーが首を傾げていると、横からアンドレアが口を出した。ライアンは頷き、《りょーかい》と返事をして端末を操作する。

《ホテルとパークのチケットも一緒に取っちまっていいか? パークのチケットとホテルの予算あわせて、だいたいこんくらいでどお?》
 ライアンが示したのは、海外旅行のツアー代金として考えれば、まあまあ常識の範囲内と思われる価格帯だった。ヒーローとしてそれなり以上に溜め込んでいる収入をたまの海外旅行で気前よく散財するのも悪くないし、手配をすべてしてもらえるのであればむしろ楽だと、ふたりは申し出をありがたく受け、ライアンにすべてを丸投げした。
《じゃあ飛行機だけ自分で取って。せっかくだし、なるべく早く着くやつ》
「わかりました。色々ありがとうございます」
《俺らも取るついでだし。たぶん前日の昼過ぎとか夕方頃着くだろ? 適当に観光したり飯食ったりして、ホテル泊まって、翌日の朝に俺らと一緒にインパークって感じでどう? 帰りはまあその時の気分で?》
「いいと思います」
 さすが旅慣れているせいか、手際よくプランを組み立てていくライアンに頼もしいものを感じつつ、バーナビーは頷いた。

《よーし、じゃあ来月楽しみにしてるぜ。うお、アザラシ来た!?》
《お会い出来るのを楽しみにしています! あっライアン、後ろにヒナがまだ──》

 ──ぶつん。
 氷の大地で動物にまみれた友人カップルとの通信が、慌ただしく切れる。
 そしてその翌日、彼らのアカウントにペンギンのヒナにまみれるアンジェラやら、穴に落ちたアザラシの赤ちゃんを引っ張り上げるライアンやらの写真が多くアップロードされ、凄まじい数のlikeとシェアがなされたのだった。
● INDEX ●
BY 餡子郎
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