(28)カントリーベア、ビッグサンダーマウンテン、ウエスタンリバー鉄道
BY 餡子郎
「こちらがウエスタンランドです!」

 先頭に立って三人を引き連れ、ファンタジーランドを突っ切ったガブリエラは、ふんすと鼻息を噴きながら紹介した。
 他のエリアよりも木目がはっきりした素朴な建材を用いたコロニアル建築や、山小屋をイメージするログハウス風の建物、遠くには赤茶色の岩山。BGMはカントリー・ウェスタン・ミュージックが流れている。いかにも西部開拓時代という雰囲気である。
「へえ、いいですね。こういうモチーフもわくわくします」
「男は好きよね、こういうの。ていうか、あなたの被ってる帽子のウッディのイメージじゃないの」
「そういえばそうですね。彼はカウボーイですから」
 バーナビーとアンドレアがコメントした。バーナビーは笑顔で頷き、ウッディの帽子の角度を直した。
「他のディズニーリゾートだと、ウエスタンランドじゃなくてフロンティアランドって名前なんだけどな」
 ライアンが、恒例のディズニー雑学を披露した。
「そうなんですか? なぜジャパンだけ?」
「フロンティアって言葉にあんまり馴染みがないからだって。逆にマカロニ・ウエスタンとかでウエスタンって言葉がメジャーだから」
「なるほど」
「で、お前のプランは?」
 目をきらきらさせているガブリエラに、ライアンが尋ねた。ガブリエラは腰に手を当て、薄い胸を張る。
「先程のうさたまパレードのとき、ビッグサンダーマウンテンのファストパスを取っておきました!」
「そういえば、チュロスのついでになにかファストパスとってくるって言ってたわね」
 思い出した、という様子でアンドレアが頷いた。
「ビッグサンダーのファスト? 取れたのか? ほんとすげーな今日の空き具合」
 ビッグサンダーマウンテンはTDL開園初期からある歴史の長いアトラクションだが、現在においても未だファストパスが早めになくなる超人気のジェットコースター系アトラクションである。
「はい! しかしファストパスの時間までまだあるので、先にカントリーベアシアターに行きましょう!」
「なかなかいいプランじゃん」
「ふふん!」
 ライアンに褒められ、ガブリエラはこれでもかというドヤ顔で更に胸を張った。

「カントリーベアシアター? シアターっていうからには舞台を鑑賞する系かしら」
「そのとおりですアンドレア! キュートな熊が歌を歌いますよ!」

 テンションが高いガブリエラに案内されるがまま、一行は赤っぽい岩山の手前辺りにある、周りと比べるとやや華やかな木造の建物にやってきた。
 雨除け付きの広めの入り口には、青い蝶ネクタイをつけ、演目の書かれたメニューを持って直立している熊の姿が彫り込まれた柱。見上げれば、ギターを持ってシルクハットをかぶった熊の像がついた可愛らしい木彫りの看板。描かれているのは、もちろん『COUNTRY BEAR THEATER』という飾り文字だ。

「あと10分ほどで始まりま〜す」
「おっ、ちょうどいい時間だったな」
 カントリー風の刺繍が施された衣装を着たキャストの声に、ライアンが言う。
「そうですね。……しかし、この部屋にあるものも本当はじっくり見たいのです……」
「気持ちはわかる」
 切実な様子のガブリエラに、ライアンがウンウンとうなずく。

「……なるほど、このクマたちが演奏を披露するステージなのですね」

 ガブリエラが「じっくり見たい」と言ったその待合室の展示品をざっと見渡したバーナビーが、心得たという様子で言った。
「そのとおりです。カントリーベア・バンドはとてもいいバンドなのです!」
「まあ、レコード100万枚突破記念のゴールド・ディスクですって」
「実力派なんですね。期待が高まります」
 アンドレアが見つけたトロフィーを見て、バーナビーがコメントする。もはや「そういう設定なのだな」というような野暮なコメントをする者など誰もいない。
 カントリーベア・バンドがかつて行ったツアーのポスターやプライベートショットと思しき愛嬌たっぷりのクマたちの写真類、また木に爪で五線を彫ってどんぐりで音符をつけた楽譜、そしてそれらに紛れた隠れミッキーなどを見ていると、あっという間にキャストが開演案内を告げてきた。
 まだ見切れていない展示類に名残惜しさを感じつつも、一行は他のまばらなゲストたちと一緒にシアターに入場する。

「空いているので、どこでも座れますね」

 傾斜のついた観客席を見て、バーナビーが言う。
 カントリーベア・シアターは大ホールとまではいかないが、そこそこ座席数がある上に回転率が高いため、混雑時でもそこまで待つことはない。そのうえ全体的な入場者数が劇的に少ない今回のような日なら、両手で数えられるほどしかゲストがおらず、どの席でも好きに選べる状態だった。
「やっぱり最前のアリーナ席のほうがいいのかしら?」
 席をきょろきょろと見回すアンドレアの言葉に、ガブリエラがぴくりと反応する。
「それもいいですが、私のおすすめは真ん中あたりです! なぜなら上から」
「え? 上から?」
「……お楽しみです!」
「あらそう。じゃああとにとっておくわ」
 言いたいが言わない! という感じのガブリエラに苦笑を浮かべつつも従うことにした一行は、彼女のおすすめ通り、前後左右ともほぼ真ん中あたりのベスト・ポジションの席に腰掛けた。



「いいステージでした。カントリー・ミュージックもいいですね」
「そうね。レトロだけど、たまに聴くといいわね」

 そう長くないステージのあと、ぞろぞろと建物から出ながらバーナビーとアンドレアがコメントした。ステージ中、大きすぎない声で一緒に歌ったり拍手をしながら夢中になっていたガブリエラは、ラストナンバーだった“come again”をまだ口ずさんでいる。
 ディズニーの技術力の粋を集めたオーディオ・アニマトロニクスを搭載した個性豊かな18頭の熊たちが、生きているとしか思えない動きで歌い、楽器を演奏し、カントリー・ミュージックの演奏会を披露するこのステージは、彼らが昨日鑑賞したBBBやマーメイドラグーン・シアターなどの派手でエンターテイメント性溢れる傾向のものとはまた異なり、愛嬌のある熊たちのほっこりしたカントリーミュージック・コンサートだ。
 演奏されるナンバーも誰もがどこかで聞いたことのあるものばかりで、そしてそれを安定した確かな歌唱力とディズニーらしいカートゥン的効果音混じりの伴奏で歌い上げるカントリーベアー・バンドは、ガブリエラの言う通り確かに「いいバンド」で、期待通りの「実力派バンド」だった。

「ここ来ると落ち着くよな。でもけっこうバリエーションあるんだぜ? 今回は通常バージョンの“カントリーベア・ジャンボリー”だけど」
「夏になると“バケーション・ジャンボリー”、冬は“ジングルベル・ジャンボリー”になります!」
 曲目ももちろんそのタイトルに沿ったものになるのだ、とディズニーマニアなカップルが解説する。へえ、とバーナビーとアンドレアが感心した。
「それに、壁の3人……人? 彼らも、季節ごとに違うことをします」
「ああ、あの壁の彼らね……」
「ステージにばかり気を取られていたのでかなり驚きました、あれ」
「存在自体がブラックジョークだよなあいつら」

 ライアンのコメントに、確かに、と皆が苦笑した。






 西部開拓時代。
 ゴールドラッシュで一攫千金を求める開拓者たちは、金塊が眠るというビックサンダー・マウンテンで採掘を始めた。
 ビッグサンダーマウンテンは、先住民たちによって「精霊や神々が住む山であり、昔から超自然的な力が存在するため、うかつに掘り続ければ災いが起こる」とたびたび警告をしていた山でもあったが、開拓者たちは警告を無視して掘り続け、ついには鉱山会社“ビッグサンダー・マイニングカンパニー (Big Thunder Mining Company) ”を設立し、さらに企業的な採掘を始める。
 ところが、そのうちに鉱山では謎の事故が多発、そして機関士がいないのに鉱山列車が暴走しているという噂が立つほどになった。それ以来ビッグサンダー・マウンテンは、勇敢な開拓者ではないと入るのが難しい危険な鉱山だとされているのだ──……

「で、こちらがビッグサンダー・マイニングカンパニーの事務所で〜す」
「ここから鉱山列車に乗りますよ!」

 ビッグサンダー・マウンテンのファストパス列をさくさくと進みながら、ライアンとガブリエラが恒例のアトラクション解説を終えて振り返る。毎度毎度詰まりもせず説明するものだなあ、とバーナビーとアンドレアは呆れと感心が半分半分で小さく拍手をした。
「危険だと言われている鉱山列車にわざわざ乗りに来たってわけね?」
「危機管理がなっていないですね」
「俺たち、勇敢で恐れ知らずの開拓者だからな!」
「だからな!」
 クールなコメントを寄越すふたりに、すっかり設定を取り入れてテンションを上げているディズニーマニアふたりがウィンクとサムズアップをしてみせる。ただし、ガブリエラはウィンクができないのでぎゅっと両目を瞑っているだけになっているが。

 やたら陽気なウェスタン音楽やそれらしい展示品を見ながら短い列に並んでいると、あっという間に順番がやって来た。ライアンとガブリエラ、バーナビーとアンドレアがそれぞれ乗り込む。
「さあ、見つけるぜ金塊! 一攫千金!」
「目指せ、お金持ち!」
「あなたたち、既に充分でしょう! 特にライアン、あなたカードの限度額ないくせに!」
「図らずも強欲の権化みたいになってるわね」
 拳を振り上げるライアンとガブリエラにバーナビーとアンドレアが突っ込みを入れつつ、鉱山列車が走り出した。

 ビッグサンダー・マウンテンは縦回転や急降下などがなく、スピードも比較的遅めの、ジェットコースターとしては緩やかな作りである。
 しかし遠心力がよく掛かる急カーブ、岩山をくり抜いたトンネルコースなどが多く、走っている最中は山の中の光景以外のものが見えないということもあり、屋外コースターにありがちな“遠くの施設が見えて気分が素に戻ってしまう”ということもなく世界観に浸れるアトラクションである。
 そのせいか緩やか目のコースでありつつ爽快感は凄まじく、また途中で現れるリアルな動物たちのアニマトロニクスや半分埋まった恐竜の化石など、見どころも多く飽きが来ない。降りた途端に「もう1回!」と言いたくなるアトラクションである。

 4人も、きゃあきゃあと笑顔で叫び声を上げつつあっちに何があった、こっちを見てください、あれを見ろこっちになにかありますよ、ギャー!! などと言いながら、約4分の鉱山列車アドベンチャーを大満足で終了した。


「この辺りの赤い岩山の感じ、私が故郷からシュテルンビルトに来たときにもよく見た感じの山で懐かしいです」
「っていうか、お前が歩いたルートだとまんまゴールドラッシュ時代の廃鉱山じゃねえの?」
「おお、そうだったのですか。行ってみたらこういうトロッコがあったかもしれませんね」







































































● INDEX ●
BY 餡子郎
トップに戻る