(27)ホーンテッドマンション
BY 餡子郎
「はあ……最高だったわね……」
「良かったですねアンドレア!」

 シンデレラのフェアリーテイル・ホール、またガラスの靴でのショッピングでロマンティックの極地たる雰囲気を味わい尽くしてまだうっとりしているアンドレアに、ガブリエラがにこにこと言う。
「んじゃここからどうする? なんかアトラクション乗るか?」
 ライアンが、スマホの公式アプリを操作しながら言った。バーナビーが頷く。
「いいですね。近いところでは何があるんです?」
「んー、ピーターパンとか、白雪姫、ピノキオ、Winnie-the-Pooh……」
「どういうアトラクションなんですか?」
「そのままストーリーなぞるやつ。豪華な絵本って感じっつーか、ファンタジーランドはこういうチビッコ向けが多いな。大人が乗ってもぜんぜん楽しめるけど、まだ日も高いからちっちぇーのとパパママがいっぱい並んでるっぽい」
 そう言って確かに待ち時間が長めの表示になっているこの3種類のアトラクションの画面を見せたライアンに、なるほど、とバーナビーとアンドレアが納得する。そして小さな子どもたちの列をなるべく邪魔しないように、という良心的な大人かつヒーローらしい考えで満場一致し、比較的大人向けで子供が少なそうなアトラクションを選ぶことにした。

「お、ホーンテッドマンションが13分待ち。やっぱ今日すげえ空いてんなあ」
「ホーンテッドマンション?」
「ホーンテッドマンション! 行きたいです!」

 ライアンの発言にバーナビーが首を傾げ、ガブリエラが喜色を浮かべて挙手する。しかしその反応に、アンドレアが怪訝な顔をした。
「ちょっとギャビー、いいの? 何のアトラクションか知らないけど、まんま“オバケHauntedの館”なんてアトラクション……」
 ガブリエラがどれほどオカルト・ホラーが苦手かは、昨日のタワーオブテラーで証明されている。だからこそアンドレアは怪訝な顔をしたのだが、ガブリエラはにこにこしていた。
「問題ありません! なぜならここはおばけの家ではなく、ジャックやサリーのおうちですので!」
「ジャックとサリー……。……ああ、“The Nightmare Before Christmas”?」
「そのとおりです!」
 ガブリエラは、大きく頷いた。

『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス(The Nightmare Before Christmas)』は原案・原作ともにティム・バートンによるミュージカルアニメーション映画である。伝統的ストップモーション・アニメーション技法に加えて最新のデジタル映像技法を取り入れ製作されており、芸術的にも技術的にも評価が高く、興行的にもかなりの成功をおさめた。
 そしてティム・バートンの個性的な世界観ならではの、他のディズニーキャラクターたちと一線を画してホラーテイストでありつつキュートなキャラクターは公開から時間が経っても根強いファンを獲得し続け、絶大な人気を博している。

「ああ、あの。確かブルーローズが……カリーナが一時期ハマっていましたね」
 確かいくつかグッズを持っているのを見たことがあります、とバーナビーが言った。
「へえ〜? あーでもそれっぽい。わかりやすいプリンセスものよりこういう感じのロマンティック系好きそう」
 男二人が、密かにそんな情報を交わした。

「確かにおばけの映画ですが、ジャックやサリーは怖くありません。彼らはとてもキュート!」
「なるほどね。あれなら怖くはないわね」
「ハロウィンの頃に行ったのが最後です。もういちど行きたいです!」
「いいんじゃない? 私も興味あるわ」

 では決まり、と4人はスキップせんばかりのガブリエラに続いて歩き始める。
 しかし最後尾のライアンは、にやりとヴィランそのものの笑みを浮かべていた。



「これがホーンテッドマンションですか、雰囲気たっぷりですね」

 そう何分も歩くことなくたどり着いた建物を見上げ、バーナビーがほうと感心する。
 雰囲気満点の洋館は、荒れ果てて伸び放題といった様相の樹木や植物に囲まれ、更に前庭のようなところには数々の墓石が建てられている。
 人気アトラクションのひとつなので混み合う時はかなり並ぶのだが、本日は非常に空いているため、待ち時間表示がされているのみで、あえてファストパスは発券されていないようだ。
「本当に空いてますね。13分待ち、……あれ? 待ち時間って5分刻みじゃないんですか?」
「そこはほら、ホーンテッドマンションだから」
「……そんなところも!?」
 いわゆる縁起の悪い数字、忌み数。とことん細かい演出に、バーナビーが驚愕する。
 ちなみに死を連想させる4分、苦と通じる9分も用いられることがあるが、そもそもここまで短い待ち時間になる事自体がレアなため、目撃するチャンスは少ない。

 空いているがゆえ、列というよりは単に通路に沿って順番に館に入っていくゲストたちに倣い、4人も同じように館に向かう。

「お墓まで作ってあるわ。……あら、名前がいろいろ面白いわね」

 例えば“M. T. Tomb”は“Empty tomb(墓には何もいない)”など、簡単なアナグラムで意味を成すたくさんの墓。猫は9つの命を持つという伝説から、9つの没年が書かれたフラッフィという猫の墓。
 またシャルル・ペローが執筆した有名なホラー童話『青髭』の墓もあり、墓標には彼が娶った7人の妻たちの名前も彫られている。しかし最後の妻の没年だけが空欄になっており、よく読むと「7人目の花嫁を娶らなければ、彼は死なずにすんだのに」と書かれていた。
「いちいち細かくてすごいなあ」
 バーナビーが苦笑気味に言った。彼が見ている墓はアヒルのもので、「Shouldn’t Have Visited The Neighbors Before Dinner(夕食の前に近所の家へ出掛けるべきではなかった)」という死因が彫られている。

「でも、ナイトメア・ビフォア・クリスマス関連のものはないのね?」

 きょろきょろと辺りを見回しながら、アンドレアが言った。
 確かに、キャラクターはもちろん作品に関連するものがなにもないというのは、今まで見てきた施設のセンスからすると違和感がある。
「む? そういえばそうですね。以前に来た時は、門にジャックの飾りがあったり、カボチャが飾られていたりしましたが」
「……そりゃ、あれだろ。ハロウィンだったからだろ」
 ライアンが、どこか笑いを堪えるような様子でぼそりと言った。ナイトメア・ビフォア・クリスマスは、ハロウィンとクリスマスをテーマにした作品である。だからその時期は派手な飾りがあったのだという彼の注釈に、「なるほど、そういうことですか!」とガブリエラは納得し、そのまま進んでいく。

 禍々しいガーゴイル像が左右についた門をくぐると、屋根がついた通路が陰って急に薄暗くなる。進めば進むほど、鬱蒼と茂った木々の隙間からの木漏れ日も少なくなり、石造りのせいか気のせいでなく空気もひんやりしてきていた。
 相変わらず目に見えないところからも演出が完璧な仕様に感心しつつ、キャストの女性の静かな誘導で4人は先に進んでいった。

「ここのキャストの制服、可愛いわね」

 アンドレアが言った。
 ホーンテッドマンションのキャストはほとんどが女性で、その衣装はいわゆるメイド服である。しかしあえていかにもメイドらしい白いフリルエプロンは着けず、深緑の、シンプルだがゴシックな詰め襟のエプロンドレスが安っぽくない。マスコット風のコウモリの意匠がついたヘッドドレスがディズニーらしくてキュートだ。
「はい、キャストの衣装の中でも人気のコスチュームです!」とガブリエラが頷く。
「印象的なコスチュームもですが、……こちらの方々、なんだか他と雰囲気が違いませんか?」
「あー、無愛想だろ。笑わないし」
 少し怪訝そうなバーナビーに、ライアンが同意を返す。
 バーナビーが指摘した通り、ホーンテッドマンションのキャストたちは独特の雰囲気を醸し出している。他の施設のキャストたちが全員まっすぐ前を向いて元気にニコニコしているので、伏し目がちで無表情、声も抑揚の少ないキャストたちのほの暗さが目立つ。
「不快なわけではないんですが、他のキャストと真逆の雰囲気なので驚きました。そもそもジャパンのサービス業の方はとても丁寧ですし」
「だな。でもこれわざとだしな」
「やはり、そういう演出で?」
「そーゆーこと。ホーンテッドマンションだから」
「なるほど。そういうことならこの無愛想さもむしろワクワクしますね」
 興味深げに、バーナビーはそのセリフに違わない表情で頷く。

「そうです、むしろご褒美です」
「……それは正しい表現なのかしら……?」

 ふんすと鼻息を噴きつつのガブリエラの言葉に、アンドレアは微妙な顔をした。



 通路の奥の両開きの重厚なドアが開き、他のゲストたちと共にぞろぞろと暗い部屋に通される。
 クラシカルな壁紙が貼られた部屋は陰鬱な音楽が低く流れていて、もはや演出は完璧だ。
「あら、絵が……」
 壁にぽつんと飾ってあるのは、男性の肖像画。隣の人の顔もあまりよく見えないような暗さにもかかわらず、その絵だけが、光っているようでもないのになぜかはっきりと見える。
「あっ、歳を取りました」
 バーナビーが言う。その絵は、まばたきをする間に少しずつ年老いていた。
「すごいわねえ。絶妙に変わるから境目がわからないわ」
 アンドレアも感心する。最初は青年だった肖像画は、今やげっそりとやせ細った老人になりつつあった。

《扉ひとつない部屋で、身の毛もよだつ不気味な響きが館の中に広がる……蝋燭の炎が 風も無いのに揺れ動く。ほら、そこにもここにも亡霊達が……》

 不気味な男性の声が、どこからともなく聞こえてくる。

《諸君の恐れおののく姿を見て、彼らは喜びの笑みを浮かべているのだ……》

 肖像画が、とうとう骸骨になった。

《紳士ならびに淑女の諸君、ホーンテッドマンションへようこそ。私はこの館の主、ゴーストホストである》
「……そんなキャラクター、ナイトメア・ビフォア・クリスマスにいたかしら?」
「うーん……? オリジナルのキャラクターでしょうか」
 名乗りを上げたゴーストホストに、アンドレアとバーナビーがひそひそと言う。そしてその後ろで、ライアンがなぜかにやにやしていた。
《フフフフフ……。さあ、もっと奥へ。後ろの方のために、もうちょっと詰めてもらえるかな》
「……タワーオブテラーのハイタワー3世もそうだったけど、怖がらせようとするくせに妙にこういうところ親切よね」
「ホラーであってもディズニーのホスピタリティから逃れられないところ、何か和みますね」
 ゴーストホストのそんなセリフと共に部屋を移る。円形に近い多角形の部屋は方向感覚を狂わせ、入ってきたドアを閉められるとどこから来たのかもわからなくなってしまった。
《もう、引き返すことは出来ませんぞ? 全てはここから始まる……。まずは、私の一族を見るがいい。この魅力的な姿を》
 そして、不思議な現象が起こる。なんと、だんだんと部屋が縦に伸びていくのだ。

「え? これ上に伸びてるんですか? それとも床が下がっている?」
「え、どっちかしら。もう入ってきた方向もわからなくなっちゃったわ。それより見て、変な絵ばっかり」

 アンドレアが言う通り、部屋が伸びると共に多角形の部屋の四方に現れた絵は、どれもこれも奇妙なものだった。
 頭の方から現れたそれらは最初こそ普通の肖像画に見えるが、下部が見えてくるに従って、どれもこれも不穏な場面になる。大きく口を開けたワニが待ち構える川の上で綱渡りをする女、導火線に火のついたダイナマイトの樽の上に立っている男。3人の男がトーテムポールのように肩車をしており、しかしそこはQUICK SAND(流砂)と書かれた底なし沼のようなところで、このまま下の男から砂にのまれて死ぬのだろう絵。
 そんなあからさまに死の直前と言った様子の3枚に対し、最後の1枚は、一見普通の絵に見える。一輪の花を持ち、微笑みを浮かべて墓石の上に座っている老婦人の絵だ。しかし墓石の胸像の頭部には斧が荒々しく突き刺さっており、この墓の下の住人がどうやって、誰によって死んだかを否が応にも想像させる、ある意味最も不穏な絵になっていた。

 不気味な絵、そして入り口が全く消えて部屋から出られなくなり驚くゲストたちに、ゴーストホストが高笑いをする。

《私ならこうやって……》

 ガァン!! と雷が落ちる音とともに、部屋が真っ暗になる。
 そして絵を見るために見上げていた視界に入ったのは、天井からぶらんとぶら下がって揺れる首吊り死体。きゃあ、とゲストの誰かが叫んだが、それももはや演出の一部と化していた。

 ──ギャアアアアアアア…… ガシャン!

 人なのかそうでないのかわからないすらわからない悲鳴と、何かがひっくり返る音。そしてまた僅かな明るさが戻ってきたと思えば、あの首吊り死体は嘘のように消え去り、なにもない多角形な天井があるのみだった。
《これは失礼! 脅かすつもりじゃあなかったんだが。フッフフフ……》
 もはや完全に悪霊そのもののゴーストホストが、わざとらしく言う。

「えっ、本当にすごい。どうなってるんでしょう……というか、結構本格的にホラーですね。ディズニーで首吊り死体を見ることになるとは……」
「そうね、これは小さい子は無理ね。……それもだけど」
「はい?」
「ナイトメア・ビフォア・クリスマスは? どう考えても毛色が違うんじゃないの?」
「……そうですね」

 演出の凄さに完全に忘れていたが、確かにこれらの内容はかの作品と全く関連がないものだ。そう思ってふたりが振り返ると、そこにあったのは、首吊り死体があった天井を見上げて目も口も真ん丸にしているガブリエラと、口を押さえて笑いをこらえているライアンの姿だった。
「……昨日も見た光景な気がするんですが」
「ちょっとライアン。どういうこと」
 半目になったアンドレアが呆れ気味に言うと、ぶくっ、とこらえ切れなかったらしい噴出を経て、ライアンは笑いながら言った。

「いや、これな、通常バージョン」
「通常バージョン?」
「ナイトメア・ビフォア・クリスマスバージョンのホーンテッドマンションは、ハロウィンとクリスマス限定なんだよ」
「ああ、なるほど……」
 確かに、あの作品はハロウィンとクリスマスを題材にしたものだ。バーナビーが納得して頷く。
「ということは、季節ごとでアトラクションの内容が変わるんですか? すごいですね」
「だろ? どっちも人気だけど、今はシーズン外だから普通のやつ」
「で、ギャビーが行ったのは限定バージョンだったわけね。……ちょっとギャビー、大丈夫?」
 アンドレアが問うと、ガブリエラは目も口も真ん丸にした表情のまま、ぶるぶると震える。

「ジャック……ジャックは……? 先程の部屋は、ジャックが挨拶をする部屋で……、やあ! とおっしゃっていた部屋で……」
「ジャックはハロウィンとクリスマスしかいねえ」

 ライアンがとうとうはっきり言うと、ガブリエラは「認めたくなかった」とでもいわんばかりにぎゅっと目をつぶり、下唇を前歯で噛み締めた。

「つまり……、つまりここは……」
「ん?」
「……知らない人の家です!」

 苦渋の表情で言うガブリエラに、ライアンがまたぶはっと噴出した。
「知らない人の家! ジャックの家ではない! 間違えました!」
「そうだな。間違えたな。じゃあ行くか」
「知らない人の家に行くのですか!? 先ほどの知らないおじさんの家に!?」
「ゴーストホストな」
 またへっぴり腰になっているガブリエラを、問答無用でライアンが引っ張っていく。「アー!」と完全にビビり倒した弱々しい声を上げながら連れて行かれるガブリエラを、「これ昨日も見たわね」「見ましたね」などと言いながら、アンドレアとバーナビーはもはや突っ込みを放棄して生暖かく見守った。



「ウ、ウウ……ジャックがいません……知らない人の家です……!」
「人っていうかオバケの家だけどな」
 情けない顔で列に並ぶガブリエラに、ライアンがにやにやしながら言う。「言わないようにしていたのに!」と、ガブリエラが泣き言を言った。

「ホーンテッドマンションは、特に原典となるようなアニメや映画はないんですか?」
 ふと、バーナビーが言った。
「オリジナルだな。でも逆輸入で実写映画になってるぜ」
 監督はライオン・キングやスチュアート・リトルを手がけたロブ・ミンコフ、主演はエディ・マーフィである。
「へえ、知らなかったな」
「まあ確かにマイナーめではあるな。お、順番来たぜ」
 見れば、乗り場にはドゥームバギー(Doom Buggy/死の車)と呼ばれる2〜3人乗りの黒くて丸いライドが流れてきており、ゲストが次々に乗り込んでいる。
 ちゃんとコウモリ柄になっている動く歩道からライドに乗り込むのは、少しコツが必要だ。しかしアンドレアとバーナビーはさすがの運動神経でひらりとライドに乗り込み、そして次にビビり倒しているガブリエラを半ば抱えるようにして、笑いっぱなしのライアンが乗り込む。

《セーフティーバーに触ってはいけない。それを引くのは私の役目……》
「ひい!」

 バーを下ろそうとした、というよりは眼の前のものに縋ろうとしたガブリエラは、後頭部あたり、耳元から聞こえるようなゴールトホストのおどろおどろしい声にびくつき、椅子から尻を跳ねさせた。ハロウィン・クリスマスバージョンであれば陽気なジャックの声が聞こえるところであるせいか、余計に驚いたようだ。

 無表情なキャストに見送られて、一行はホーンテッドマンションの冒険に旅立った。



 ホーンテッドマンションの前提設定は、999人の亡霊が住み着いているこの館の住人たちが、ゲストを1000人目の住人にしようとあの手この手で誘致をかけてくる……というものである。
 ガブリエラは隣のライアンの腕にしがみつきつつ、次々と現れるオバケにいちいちリアクションをかましてビビり倒し、そしてライアンはげらげら笑い続けていた。
 そしてバーナビーとアンドレアは、ホラーといえどディズニーらしく愛嬌たっぷりで剽軽なゴーストたちを楽しみつつ、盛大にリアクションしているだろうにガブリエラの悲鳴が殆ど聞こえないというドゥーム・バギーの防音設計に感心していた。

「アビャー!!」

 唯一最後、鏡に映ったお化けに対するガブリエラの珍妙な悲鳴だけが聞こえた。本来ならふたりのゲストの間に映るはずのゴーストだが、ライアンにしがみつくばかりにガブリエラがほぼ中央に寄ってきていたため、バッチリ自分に重なるようになってしまい恐怖がひとしおであったらしい。

《Hurry back, Hurry back. Be sure to bring your death certificate, if you decide to join us. Make final arrangements now. We've been, hmm hmm, dying to have you. hmm hmm hmm hmm...》
「も、戻りません! 手続きもご遠慮します!!」

 最後に現れる女性、リトル・レオタと呼ばれる不気味な小人が「早く戻ってきて」「私達の仲間になる決心がついたら死亡証明書を持ってきて」「今ここで手続きをしてもいいのよ」などと歌うように言うのを通り抜けながら、『DEAD END! Prepare to Exit to the Living World(ゆうれい立入禁止! 人間の世界へあと少し)』と書かれたゲートをくぐり、ドゥーム・バギーがようやく出口に辿り着く。

「ウ、ウウ……やっと出てこられました……」

 ぐったりしてドゥーム・バギーから降りたガブリエラとライアン。無論、ガブリエラはビビり倒したリアクション疲れであり、ライアンは笑い疲れである。ライアンは大きな体躯を若干折り曲げて文字通り腹を抱え、小さく「ヒー」と引き笑いを漏らしていた。
「お、おばけはもういないですね? 立入禁止と書かれていましたのでいませんね? ね?」
「どうだろうなあ。オバケだからルール守らねえやつもいるかもな」
 外に向かいつつまだへっぴり腰のガブリエラに、ライアンがにやにやしながら言う。「ヒッ!」と声を上げて青くなったガブリエラはょろきょろ辺りを見回した。
 そしてふと彼女の目に入ったのは、小さく会釈してゲストを見送っているメイド服のキャスト。

「あ、あなたは、おばけではない?」

 おそるおそる、おっかなびっくり。
 このキャストが英語に堪能でなくても理解できるシンプルな質問。
 話しかけられた彼女は、ガブリエラにも、投げかけられた質問もすぐに理解した。そしてどう答えたかと言えば、──それは言葉ではなかった。
 入り口にいたキャストと同じくスンと無表情だった彼女だが、ガブリエラの質問に対し、にこりと笑みを向けたのだ。
 それは他のキャストと比べると非常にささやかな微笑だったが、下手になにか言葉を返すより、ホーンテッドマンションというアトラクションの世界観を完全に理解しきったそのリアクションにライアンは「おおー」と感心し、そしてガブリエラは案の定青くなった。

「アワ、アワワワワワ」

 微笑んだままのキャストから、青ざめたガブリエラは後ずさりしながら出口に向かう。背を向けるのが恐ろしいらしい。
 デキるキャストは、そんなガブリエラに小さく手を振ってくれた。






「ホラーはホラーですけど、楽しかったですね。本当によくできていて」
「ええ。本当に小さい子はダメかもしれないけど、ある程度大きい子なら楽しいわよね。私はあのダンスホールが好きだわ」
「あの、墓場で大合唱するところとかとても愛嬌がありました」
「ディズニーらしかったわね」

 次いで降りてきたバーナビーとアンドレアが、感想を言い合っている。
 ちなみに今植込みの柵にぐったりともたれかかっているガブリエラは、透けた幽霊たちがパーティーをしているダンスホールで「ひいい……見つからない……見つからないようにしずかに……」とガクガク震え、幽霊や動く墓石像たちが愉快に大合唱する墓場を抜ける時は、震える声で同じ歌を歌いながら自分の存在を誤魔化そうとしていた。

「あー面白かった」

 そして笑いがやっと一段落したらしいライアンは、ふうと息をつく。
「あなたが面白かったのは幽霊ではなくアンジェラでしょう」
「ひどい男ねえ」
「そうですよ! ひどいですよライアン!」
 半目になって言うバーナビーとアンドレアに、ガブリエラがちゃっかりと便乗する。

「騙しましたね! また私を騙しましたね!」
「何回でもあっさり俺に騙されるクソチョロいお前が好きだぜ」
「ご、誤魔化されません! しかしもういっかい言って!」

 やたら笑顔のライアンにたじろぐガブリエラに、「喧嘩が秒で茶番になったわ」とアンドレアがホーンテッドマンションのキャスト並みの無表情になった。

「……いいえ! いいえだめです! これは次は私の好きなアトラクションに乗らなければだめです! おばけに打ち勝つにはもっと楽しいものに乗らないといけません!」
「あら、次はギャビーのおすすめに行くの?」
「いいですね」
 ライアンのおすすめと僕の希望と、アンドレアの希望でシンデレラ城に行ったところですし次は彼女のおすすめに行きましょう、と同調したバーナビーに、ガブリエラはうんうんと頷く。
「おう、じゃあそうするか。どこ行きたいんだ?」
「ウエスタンランド!」
「いいよ」
「わーい!」
 先程まで怒ったようなリアクションだったはずが、行き先を肯定されて笑顔全開で跳ねているガブリエラは、バーナビーとアンドレアから見てもクソチョロかった。
● INDEX ●
BY 餡子郎
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