#097
★メイプルキティの冒険★
12/24
「ええっ!?」

 トレーニングルームでメニューをこなしていたガブリエラは、驚きに灰色の目を見開いた。目だけでなく、口もぽかんと開いている。
「うん。お願い、ギャビー。迷惑だと思うけど……」
「迷惑といいますか、しかし、私の能力は……」
「だから頼んでるの」
 真剣な目で見つめてくる楓に、ガブリエラは、おろおろとした。

 楓が頼んできたのは、ガブリエラの能力をコピーさせて欲しい、ということ。
 そしてそれを使いこなすことによって自分の能力制御を覚えたい、ということであった。

「まず私は、人に触っても能力をコピーしないようにしなきゃいけない。オンとオフを自由にできる。これが私の具体的な“能力制御”だよね」
 その通りなので、ガブリエラだけでなく、その場で話を聞いていた全員がそれぞれ頷く。
「この間、ギャビーの能力をコピーした時、ギャビーの能力を発動させずにお父さんに触れたでしょ? あの感覚がそうだと思うの。あれをしっかり自分のものにしたい」
「しかし、私の能力で練習するというのは。危ないです」
「でも、周りは危なくない。危ないのは私だけ。だからいいの。ギャビーも言ってたでしょう? 出来なきゃ自分が死ぬってなったら、なんでも出来るって」
「むう、確かに言いました」
 しかしそれはお前だけだとライアンに怒られたのです、とガブリエラは更に困った顔をした。

「……実際、そうだもん。ギャビーの能力で自分が危なくなって、私は初めて能力を操作するコツがつかめた。自分が危なくない能力の時は、暴走させてばっかりだったのに。──私って、すごく自分勝手だったんだって」
「人間は皆そうですよ」
 少し俯き加減に言う楓に、ガブリエラはやはりあっけらかんと言った。そのドライさが楓には新鮮で、そしてどうしようもなく興味を惹かれる。
「そうかな」
「そうですとも」
「じゃあやっぱりギャビーの能力がいい。お願い」
「う、……タイガー! タイガー、なんとかしてください、あなたの娘が危ないことをしようとしています!」
 ガブリエラは、彼女の父親に泣きついた。しかし楓の後ろに立っていた虎徹もまた、途方に暮れた様子の、困った顔をしている。
「俺だって止めたよ。心を鬼にして怒りもしたよ。でも聞かねーんだもん」
 他に代替え案があるわけでもねえし、と虎徹もまた弱り切った調子で言った。

「むうううう。──ライアン!」
「お前ら、なに小学生に論破されてんだよ……」
「なぜなら私はおバカちゃんなのです!」
 その発言に、娘に論破されている虎徹が「うぐぅ」と潰れたようなうめき声を出す。ワンコと虎のワイルドおバカちゃんコンビね、と事態を見守っていたネイサンがぼそりと呟いた。
「しかし楓はとても賢い! 勝てません!」
「自分で言うなっつーの」
 呆れ果てた様子で、トレーニングウェア姿のライアンはのしのしと歩き、楓の前に立った。ヒーローズの中でアントニオに次いで背の高い、しかも体格の良いライアンは、楓から見るともはや巨人である。しかし楓は、あえて見下ろしてきているのだろうライアンの金色の目を、まっすぐに見返した。
 小さな少女の決意が篭った強い目に、ライアンは片眉を上げる。

「お嬢ちゃん。もしお嬢ちゃんの言うとおりにして何かあったら、コイツがどうなるかはわかってる?」
「どうって……」
「SSの子供を預かって死なせたヒーロー。まず刑事罰対象だ。刑務所に行くなり、賠償金なり。もちろん、ヒーローは続けられねえな」
 ライアンはあえて直接的で強い言葉を使い、はっきりと言い切った。
「しかもコイツはNEXT差別撤廃のアイコンになりつつある、世界から注目されてるサポート特化ヒーロー・ホワイトアンジェラだ。それが子供死なせたとくれば、その影響はシャレにならねえ。能力のことだけ見れば確かにコイツの能力は周りに迷惑かけねえけど、お嬢ちゃんがコイツの能力で死んだら、迷惑どころの話じゃなくなる」

 ズバズバと事実を突きつけてくるライアンに、楓はぐっと詰まる。
「何よりお嬢ちゃんが死ねばオッサンは再起不能だろうし、子供殺したっていう事をコイツに一生背負わせることになるわけだけど。そのことは考えたか?」
「考えたよ」
「へえ? 考えた上で頼んでるって?」
「そうだよ。でも私は死ぬ気で頑張るし、──ギャビーは私を死なせたりしない」
 試すような笑みを浮かべて見下ろしてくるライアンに、楓ははっきりと言った。ガブリエラはライアンの影で、きょとんとした表情を浮かべている。

「ギャビーはすっごく優しくて、すっごく頼りになるヒーローだもん。私がちょっとぐらい暴走しても、ギャビーは絶対助けてくれる。実際この間はそうしてくれた。お父さんだって、ギャビーは信頼できるヒーローだって言ったもん」
「……えー。堂々と甘えてきたなあ」
「そうだよ。だって私子供だもん! 甘えるしワガママも言うし、周りの大人に頼りまくるよ!」
 胸を張る楓に、ライアンは目を丸くした。そして一拍間を置いて、ぶは、と噴き出す。

「大人を頼る、ヒーローを信じる、ってか。あー、そーだな。確かに子供の特権だ」

 受け入れなきゃ、大人の、ヒーローの沽券に関わる。そう言って、ライアンは笑みを浮かべた。見れば、虎徹が頭を抱えている。──反論が見つからないからだ。
「参ったな〜、こんな脳筋タイプとは思ってなかった。こーゆーとこ、ばっちり父親譲りじゃん」
「俺だけじゃねえよ。友恵……楓の母親も、まさにこんな感じでこれと決めたら絶対譲らなかったし、独特の変な理屈でゴリ押しモードになるんだよ。俺はいっつも押し負けてて……」
 弱りきったような、しかしどこか嬉しそうでもある複雑な表情で、虎徹が言った。
「マジか。お淑やかないい子ちゃんかと思ったら、頑固と脳筋のサラブレッドかよ」
「むっ……」
 ライアンのその評価があまり気に入らなかったのか、楓が頬を膨らませる。ライアンは笑いながらその場でしゃがみ込み、楓と目線を合わせた。

「んで、どうしてもコイツじゃなきゃダメか? お嬢ちゃんの意思は尊重したいけど、危険もなるべく避けたいっていう、パパや俺らの気持ちもわかるだろ?」

 見下ろされるとかなりの迫力を感じるライアンだが、こうして彼が姿勢を低くして顔を近づけてくれると、猛獣を思わせる金色の目にきらきらとした柔らかい緑色が混じっていることや、下睫毛の目立つ垂れ気味の目尻、猫のように口角が上がった愛嬌のある口元がよくわかる。
 近づけば近づくほど、彼が優しくて理性的で、相手が子供でも平等、そして対等に話をしてくれる稀有な人物であるのが実感できる。ゴールデンライアン、ライアン・ゴールドスミスがそういう人間であることを、楓は既に理解していた。だからこそ彼に甘え、頼る作戦に出たのだ。

「……うん。でも、ギャビーがいいの」
「なんで?」
「勘」
「勘か〜」
「あと、ルーカス先生にも聞いた」

 生物の全ては、己が生き延びるために身体が順応する仕組みになっている。
 NEXT能力者は特にその能力が高く、劇的な変化も珍しくはない。ならば周囲に影響の高い能力よりも、自分の命に危険がある能力のほうが制御を覚えるのが早いというのは、理屈にかなっている。
 楓がメールで送った相談に、ルーカス医師は即日のレスポンスではっきりと答えてくれた。

「うえ、専門家にも根回し済みかよ。……つーかあのオッサン、アンジェラの能力だけはコピーしないようにってわざわざ注意してたくせに」
「そうだけど、NEXT能力者の勘はばかにできないから、本人がこれだと思ったらそこから取り掛かってみるのは悪くないって言われた。あとギャビーの能力は色々まだわからないことがあるから、私がコピーして体感したことをレポートしてくれたら、色々協力もしてくれるって」
「あのMadめ……」
「これ、そのメール!」
「書面まで用意とか。うわっ電子署名コード入ってる。ガチじゃねーか」
 脳筋思考で、頑固な決断力。しかしそのためにとる手段は理論的で隙がない。ルーカス医師からのメールをプリントアウトしたものを突き出してきた少女の賢さと抜け目なさに、ライアンは片眉を上げた。
「ライアンさんが言ったんでしょ。具体的にやれって」
「言いましたねえ。うわ怖い、子供怖い。あっという間にスゲー成長する超怖い」
 ライアンが半眼になって言ったそれに、虎徹が心底わかるというふうにうんうんと頷いている。

 そして「うーん」としばらくルーカス医師からのメールのプリント用紙を眺めていたライアンは参ったように後ろ頭を掻き、後ろにいるガブリエラを振り返った。
「ワリ。俺も論破されちったわ」
「むうう、なんということでしょう」
 にやにや笑って振り返ったライアンに、ガブリエラは深刻そうな顔で首を振った。

「ならばしかたがありません。私も覚悟を決めましょう」

 ガブリエラはライアンの影から進み出て、楓の前に立った。
「わかりました、カエデ。あなたが死なないように、私が死ぬ気で制御を教えます」
「ありがとう、ギャビー。私も自分が死なないように、死ぬ気で頑張る。ギャビーと私でお互いにそうすれば、大丈夫だよね?」
「む?」
 ガブリエラは首を傾げ、数秒思案した。そして、なるほど、と目を丸くして手を打つ。
「おおっ、確かにそうです。カエデは本当に頭が良いですね!」
「……あー、なんかやっぱり心配になってきた……大丈夫かこれ……」
 脳筋だがそれを押し通す知恵もあるという厄介なまでに賢い楓と、それに簡単に論破された挙句に丸め込まれ、本気で感心しているガブリエラに、ライアンと、そして周囲にいた皆が一気に不安になる。

 それはまるで、少々お馬鹿な狼犬を連れたおつかいを、小さな子供に任せるような。つまり、危なっかしくてはらはらする。
 だが危なっかしいものをどうにかするのがヒーローであり、可愛い子には旅をさせるのが親である。なるべくふたりには誰かついているようにしよう、とヒーローたちはこっそり耳打ちしあい、父親の虎徹は「うちの娘がほんとすまん」と頭を下げた。
 つまり、子供の面倒を見る大人たちとして健全なやり取りが交わされ、少女の我儘はこうして通ることになったのだった。

「頑張りましょう、カエデ」
「うん、頑張る。よろしくね、ギャビー……、師匠!」
「ししょう」
 新鮮な呼び名にガブリエラは目を丸くし、「ししょう……師匠ですか……」と、満更でもない様子で何度か頷く。そして背筋を伸ばして、まっすぐに楓を見た。

「わかりました! 全力を尽くします! 師匠ですので!」

 こうして、話がまとまった。
 更に法的な書類もちゃんと提出し、楓はガブリエラについて能力制御を学ぶことになったのだった。






「はいどうぞ、カエデ!」
「う〜……」

 腕を広げて待ち構えるガブリエラに、楓はまるで崖から飛び降りる覚悟を決めるかのような顔でじりじりと構えを取った。

 楓の立場上、そして能力制御を学ぶ上での安全上、楓はガブリエラと一緒に行動する、というよりも、彼女と暮らすことになった。
 つまり楓は荷物をまとめ、ガブリエラの部屋に転がり込むことになったのである。
 行動力の塊であるガブリエラは、早速ユーリのところに駆け込んで事情を話した。結果、ルーカス医師が用意した書面が大いに効力を発揮し、あっという間に長期の一時管理人資格認可証が発行された。
 会社にも連れてくることになるアスクレピオス側はといえば、この忙しい時に、と主にスケジュール管理担当のドミニオンズが頭を抱えたが、ダニエルを除いて実質ヒーロー事業部トップのライアンが許可を出せば、話は割とすんなり通ってしまう。妥協点として、クリスマスの数日前まで、と期限が設けられはしたが。

 そして今、まずはガブリエラの能力をコピーした状態になるために、他のヒーローたちがはらはらと見守る中、彼女たちはトレーニングルームで向かい合っていた。
 しかし楓はそうぐずぐずともせず、ぎゅっと目を瞑ると、思い切って彼女に向かって足を踏み出した。

「うう、……えい!」
 楓の身体が、ばふ、とガブリエラの細い身体に受け止められる。青白い光が放たれ、楓がガブリエラの能力をコピーしたのがわかった。
 しかし無菌室だった以前と違い、今はトレーニングルーム。しかも、ヒーローたちが周りで息を呑みながら見守っている状況である。
「うわ、……うわ、う、う、やだ、やだ」
「だ、大丈夫か!? やっぱりやめとくか!?」
 ガブリエラの能力がもたらす、自分のエネルギーが他のありとあらゆる生命体に引きずられ、吸い込まれそうになる独特の感覚。地球上で絶対的な非捕食者、生きとし生けるもの全てに貪り食らわれる存在に落とし込まれるその恐怖と戦い始めた楓に、虎徹がおろおろと言った。
「落ち着いて、カエデ。私は手を離しません。私とくっついていれば大丈夫。わかりますね?」
「わ、わ、わかる」
 そして以前のように同じく能力を発動させ、ガブリエラがそのエネルギーを循環させ、楓が自分のエネルギーを使い果たしてしまうのを防ぐ。抱きついているというよりはしがみついてくる楓を、ガブリエラもまた固く抱き返した。
「そうですか。カエデはやはり賢いですね」
「おい、アンジェラ……」
「大丈夫です、タイガー」
 空に浮かせた手を心配そうに泳がせる虎徹を、ガブリエラはまっすぐに見た。吸い込まれそうな灰色の目に、虎徹が息を呑む。

「私はサポート特化ヒーローです。困っている人を助けるヒーローです」
 ガブリエラは、はっきりと言い切った。
「生き延びさせることが、私の力で、仕事です。私はおバカちゃんですが、これだけは、誰よりも、とてもできるのです。ご存知のはずです」
「……ああ、そうだ。そうだったな」
 彼女はそういうヒーローで、そういう人間だ。たとえ自分の命を極限まで削っても見知らぬ92人の命を救ったその姿を、虎徹はその目で見たのである。これ以上、説得力のあることはない。
 サポート特化ヒーロー、ホワイトアンジェラ。難局にある英雄に奇跡を授けてその力を引き出す力天使のように、何かに立ち向かう者、危機にある者を支え、助け、生き延びさせるプロフェッショナル。
 ガブリエラは、微笑みを浮かべて言った。
「私はカエデを死なせません。必ずです」
「……わかった。信じるぜ」
 聖女、天使と呼ばれるにふさわしく見えるその姿に、虎徹は眩しいものを前にしたかのように目を細めて頷いた。

「ありがとうございます。さあカエデ、気持ちをしっかりもって。恐ろしいのはわかります。ですが立ち向かって。私がここにいます」

 いつになくきびきびと声をかけてくるガブリエラに、楓はなおもしがみついている。
 ガブリエラの能力を得たことで、空気中の小さな黴や菌、部屋の隅の綿埃に潜んだ小さな虫の気配もわかる。そして心配そうにこちらを見守っている、つい先程まで朗らかに話していたはずのヒーローたちが、楓にとってはひどく恐ろしい存在に感じられた。
 それら全ては等しく命であり、そしてこの星に生きる生命として楓が今持っている力を貪る性質のものなのだということが、理屈でなく理解できる。出来てしまう。楓を食べず、そして奪うのではなく与えてくれる者は、同じ存在であるガブリエラだけだ。
 楓はへっぴり腰になりながら、必死に彼女にすがりつく。乳を求めて、母の腹の毛に潜る小さな獣のように。

「ちゃんと立つのです、カエデ。手を繋ぎましょう。抱きついていなくても、手を繋いでいれば大丈夫です」
「で、でも、でも」
 その指示は楓にとって、死にたくなければ腹を空かせた猛獣の群れの隙間を縫って走り抜けろ、と言われているようなものだった。
「背筋を伸ばすのです! 怯えない! 腰抜けから死ぬのです!」
「ひぅ……」
 いま楓がすがれるのは彼女だけだというのに、投げかけられた言葉は厳しい。「スパルタでござる……」と、イワンが恐ろしげに呟いた。今死なせないっつったじゃねえかよう、と虎徹もまた泣きそうな顔をしている。
 楓も若干半泣きになりながら、ガタガタ震える膝を奮い立たせ、勇気を出して背筋を伸ばす。そして彼女の胴からゆっくりと腕を浮かせ、差し出された手を強く握った。はああああ、と、いつのまにか止めていた息が喉から漏れる。
「おお、その調子です! やはり、出来なければ死ぬとなれば出来るのです! えらいですよ、カエデ! やはりカエデは賢い! 生きています! えらい!」
「うん……うん……」
 晴れやかな顔をして手放しで褒めるガブリエラに、楓は若干青くなりながらこくこくとなんとか頷いた。

「ではタイガー、カエデはお預かりします」
「……頼んだ」
「頼まれました!」

 非常に不安そう、しかし何かに耐えて振り切るように言った虎徹に大きく頷いたガブリエラは、両手で自分の左手に縋るようにしている楓を連れ、逆の手で楓のトランクを持つと、そのまま彼女を牽引するようにしてトレーニングルームを出ていった。

「……あ〜」
「心配しすぎよ。ちょっとはギャビーと楓ちゃんを信用したら」
「信用してないわけじゃねーけどよぉ……」
 呆れた様子で声をかけてきたカリーナに、虎徹は弱りきった表情と声で言った。
「大丈夫よ。というか、ギャビーに預けるってすごく良いアイデアだと思うわ」
「……なんで?」
「だってギャビーってすごく甘いけど、すごく厳しいから。ね」
「うん」
 カリーナの問いかけに、パオリンが大きく頷く。
「はあ? 甘いのに厳しいって何だよ」
「ギャビーってああいうキャラだから、いつも誰かから教えられたり、面倒見られてるイメージ強いかもしれないけど……。いいお姉さんなのよ?」
 その言葉には、重い実感がこもっていた。

「ギャビーって、基本的に他人のこと全肯定なのよね。相手の考えとかあり方を絶対否定しないし、ちょっとでもいいと思ったらすごいって褒めまくるの。上から目線どころか、下からめちゃくちゃ持ち上げてくれる感じっていうか……。しかもお世辞とかおだてるとかじゃなくて、完全に素」
「確かにそれはありますね」
 そう口にしたのはバーナビーだが、これには全員同意で、それぞれが頷いている。
「でも、それ以外の所は結構容赦ないっていうか、厳しいのよ。責任感があるのはもちろんだけど、すごい現実主義だし、なんか独特の哲学みたいなのも持ってるし」
 本人に自覚があるのかないのかはわからないけどね、とカリーナは言った。

「さっきのやり取りだってそうよ。すっごくニコニコして、賢い、その調子、出来た、えらい、っていちいち褒める。しまいには、生きてるだけで褒める勢い。けど肝心なところでは、やらなきゃ死ぬぞって立たせる、あの感じよ」
「……まあ、容赦ないところがあるのは知ってるけど」
 ガブリエラの猛犬注意な格闘実技の面倒を見、そして先日楓に能力の使い方を指導した場面にも居合わせている虎徹は、深々と頷きながらそうつぶやいた。
「甘やかす所はとことん甘やかすけど、本人がやるって言ったこととか、ここは甘えたらダメって所はむちゃくちゃ厳しいってこと。……褒める時も厳しい時もあのニコニコ顔だから、最初は面食らうんだけど……」
「うん、わかる。ボク、ギャビーのああいうところすごく好きなんだ」
 パオリンが頷いた。

「頑張りたい所でちゃんと厳しくしてくれたり、余計な手を出さずに応援だけしてくれるから。ニコニコ顔なのに厳しいのは最初びっくりしたけど、慣れるとあれも心強いよね。なんか、このまま頑張っても大丈夫なんだって思えるから」
 だから出来た時は本当にちゃんと出来たって思うし、ギャビーもすごく褒めてくれるから、とパオリンは笑顔を浮かべた。
「そうなのよね。悩んだ時は、真剣に話を聞いてくれるし」
「すっごく真剣に聞いて、どうすればいいでしょう、って一緒に悩んでくれるんだよね。解決策が出ないこともあるけど、それは自分で考えることだし」
 ヒーローの中で唯一ガブリエラより年下の少女ふたりは、心底わかるといった様子で頷き合っている。

「ギャビーはその、すっごく賢いとかじゃないけど。でも誰よりも真剣に、一緒に悩んでくれるし、心の底から応援してくれるから。とにかく頑張ろう、なんとかしなきゃって気持ちになるんだよ」
 パオリンが、熱を込めてそう言う。
「ギャビーはあんな感じだから、自分がしっかりしなきゃっていうのもあるしね」
「……ま、まあ、確かに」
 はっきり言うパオリンに、カリーナと、そして他の面々も苦笑いをした。

「私もよくわかんないけど……。大事なのは、危ないものからとことん守ったり、何もかも手取り足取り教えてもらうことじゃないんじゃないかしら。……これは勝手な想像だけど、楓ちゃんも、だからギャビーを選んだんじゃない?」
「へ?」
 カリーナの言葉に、虎徹がぽかんと間抜けな顔をした。
「特にNEXT能力に目覚めるって、想像もしてなかった感覚を身につけるってことだもの。目で見たり、匂いを嗅いだり、音を聞いたり、歩いたり、……でも実は空も飛べたんだ、って突然わかるみたいな感じでしょ。五感以外の感覚があるのに気付く感じ」
 この例えには、キースがうんうんと深く頷いた。
「つまり、新しい場所に冒険に出なきゃいけないようなものよ。それなら、父親のあんたや、バーナビーや、過保護な大人に囲まれて、口先でああだこうだ教えてもらうより……、自分で色々試すのを変に手を貸さずに見守って、遠慮なく厳しいことを言ってくれて、でも同じ立場に立って、一緒に悩んでくれるギャビーのほうに気持ちが惹かれるのは、正直わかるわ」
「なるほどねえ。子供の冒険には、保護者は邪魔よね」
 納得した様子で、ネイサンが言った。
 そして、初めて親元を離れて見知らぬ場所へ大冒険に飛び出す少年少女にとって、忠実で、底抜けに愛嬌があって、どんな時も必ず自分を助けようとしてくれる狼犬は、かけがえのないパートナーになるだろう、とも。
「些細な事でもすごいすごいって褒めてくれるコだから、自信もつくだろうし」
 ネイサンのその発言に、そうそう、とカリーナとパオリンが強く頷く。

「……わかってるよ。可愛い子には旅をさせろってんだろ」
「まあ、結局のところはね」
 がくりと肩を落とした虎徹に、ネイサンが淡々と言う。
「あっでも、あんたたちがしたことが悪いとか言ってるんじゃないのよ!? 周りがすごく心配してくれて、過保護になってくれて、愛されてるって思えるのはすっごくいいことだわ。というか、それがないとむしろ厳しくしなきゃダメだってこともわからなかったと思うし……」
「ああ、うん、それもわかってる。……ありがとうな」
 慌てて言い募るカリーナに、虎徹はふにゃっと笑った。カリーナは「わかってるならいいけど」とつぶやき、膨れっ面に近い表情を背けた。が、その頬は赤い。

 とにかくカリーナやパオリンが言いたいのは、成長することを望み、自立心を強く持っている者にとって、ガブリエラはとてもいい存在だ、ということであるといえよう。
 そしてその意見に反論する者は、誰もいなかった。──ちょっとハードすぎやしないかという、保護者たちの心配だけはやはりどうしても漂ってはいたが。

「まあ、いいんじゃないのか。色々危険はあるだろうが、アンジェラが面倒見るんなら、命の保証に関してはこれ以上なくあるわけだし」
 そう言ったのは、アントニオである。
「それはそうですが……、それ、アンジェラがいつも言う“死んでいなければ治せます”と全く同じ考え方ですよ」
「うっ」
 バーナビーの指摘にアントニオが唸った。が、周りの面々もぎくりとした表情をしている者が何人かいる。アントニオと同じように考えていたのだろう。
 そしてバーナビーが今思い出しているのは、数日前に自然公園に行ったボランティアのことだ。

 とても自然に子供たちと同じ目線で遊ぶことができ、実際に遊び相手として大人気だった彼女は、叱るとか怒るとか、危険から遠ざけるとか、そういうことをほとんどしなかった。
 本当に命にかかわることであればさすがに止めるが、そうでなければほぼ放置。何かを教えるのも言葉を用いるのではなく、実際にやってみせたり、やらせたりする方法を取る。──そして実際のチャレンジで怪我をしたら、それを完璧に治した上でチャレンジを讃え、次はどうしたらいいかと本人に問いかけるのだ。
 実際に見たわけではないが、その時子供がどういう選択をしても、彼女はそれを受け入れるのだろう、とバーナビーは思った。
 例えば怖気づいてもう二度とチャレンジをしなくなってもそれはそれと受け入れるし、別のことに興味を持てば、それを応援する。そして懲りずにまた挑戦するのであれば、もちろんそれを応援する。非常に危ない目にあい、実際に怪我をした子供は、おそらく効果的な改善策を打ち出すこともしやすいだろう。
 それは、少なくとも安全な所で子供を育てることが常識である都会では考えられない、非常に危なっかしいやり方だ。しかしこうして考えてみると、自立心が高くタフなパーソナリティを育てるには、これ以上ない方法であるような気もしてくる。

「……まあ、アンジェラの能力があってのやり方だけどな。大怪我したら普通は取り返しがつかねえんだから、危ねえことから遠ざけるのは親として当然のことだろ」
「そ、そうですね……」
 実際に父親であり、そしてたった今娘をガブリエラに預けるということをした虎徹の重々しい言葉に、バーナビーも、そして他のヒーローたちもウッと詰まりながら冷や汗を流した。
「ブルーローズとキッドはもう大きいし、ほんとに危ないこととかもわかってるからいいけどよ。もっと小さい子とかは、アンジェラに預けるの怖いだろ」
「うーん、それはわかるけど。でも楓ちゃんはかなりしっかりしてるし賢い子だから、大丈夫ってことにならない?」
「うっ……まあそうかもしれねえけどさ……」
 ヒーロー最年少のパオリンからぐぅの音も出ない反論をされ、いくつになっても娘がかわいい虎徹は情けない顔をした。その脇では、“もう大きい”などと完全に子供扱いされたカリーナが、面白くなさそうに膨れっ面をしている。

「まあ、天使ちゃんと行動するってことは側にしょっちゅう王子様もいるってことだし、大丈夫なんじゃない? 彼、天使ちゃんの“やりすぎ”にストップかけるプロでしょ、もはや」
 ネイサンのその言葉に、今までのどんな発言よりも“そういえばそうか”と全員が納得した空気が流れた。
「ライアンさんも、アンジェラさんとはまた別に器が大きい方ですもんね」
「よく考えたら、楓ちゃんの面倒見るアンジェラのさらにその面倒を見ることになるわけだから、相当だよなあ」
 イワンとアントニオが頷き合う。
「そうだろうね。私も以前、ジョンがどこかから子猫を拾ってきた時はなかなか大変だった。ジョンはやる気に溢れていたがやはり不慣れだし、やる気満々の彼から子猫を取り上げて私が面倒を見るのもはばかられるし。はらはらしながら見守ったものだ」
 腕を組み、うんうんと真剣に頷きながらキースが言う。

「でも、愛があれば大丈夫さ!」

 きらりと白い歯を煌めかせながら、キースがやけに堂々と言った。ヒーローたちは皆中途半端な笑みを浮かべるしか出来なかったが、そもそも彼らが今すぐできることなど元々ない。
 ちなみに、近所の家の飼い猫だったと判明した子猫は数日後にもとの家に戻っていったが、今でもジョンのいい友達である。
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BY 餡子郎
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