#096
★メイプルキティの冒険★
11/24
「ライアンさん、言ったでしょ。色んな人の話を聞いて、視野を広げろって」
「言ったな」
「ホントだった。みんなの話を聞けば聞くほど、いろんなことがわかって、目が覚めるみたいな気持ちになる。それに、思ってみれば私、お父さんのことすらちゃんと知らないって気付いたんだ」
 楓は、遠くを見るような顔で言った。もっと遠くには何があるのかというような、好奇心に溢れた目で。
「あー、でもオッサンはなあ。極端に言わねえとこありそうだしなあ」
 後ろ頭に手を遣りつつ言うライアンに、楓は彼がやはり人間を観察し理解する能力が高いことを確信する。
 シュテルンビルトにいた時間自体そう長くもないのに、彼は虎徹に限らず、皆の本質を色々と把握している。彼がひとりひとりの特徴をわかっているからこそ、誰にでも平等に接することが出来るのだ。
 ガブリエラのことをよく理解しているのも、単に一緒にいる時間が長いというのもあるだろうが、彼の能力が高いことも大いにあるに違いない。
「確かにね。でもだからこそ、色々聞かなきゃいけなかったんだよ。……こっちに来てから、お父さんと色んな事話したんだ。それで私って、すごく子供だし、すごく狭いところで生きてたんだってわかったの」
「おそれながらお嬢様、12歳は充分子供だぜ」
 ライアンは、苦笑して言った。あんまり急いで大人になられても困るぜ、と付け加えた彼の言葉が虎徹が言ったことと全く同じだったので、楓は目を細めて微笑む。

「どの人の話もとっても面白いし参考になったけど、そうやって“人の話を聞け”って最初に教えてくれたのは、ライアンさんだから。だから、ライアンさん自身の話をもっと聞きたいかなって」
「ん〜? 俺様をリスペクトしたくなっちゃった?」
「それは聞いてから考えるよ」
「おいおい、そこは素直にヒーローに憧れようぜ」
 あまり可愛げのない返しをした楓に、ライアンは彼女の額の前で“エア”のデコピンをしてから、首筋の汗を拭きつつ、ドリンクサーバーの方へ歩いていった。

「そうだな、自分のこと語るのって、あんまりクールじゃねえから……、ここだけの話ってことで。いいか?」
「わかった。秘密は守るよ」
「信じるぜ」
 にやりと笑ってライアンが突き出してきた拳に、楓は自分の拳を軽くぶつけるフリをした。そしてコップにミネラルウォーターを汲んでソファに座った彼の隣に、楓も腰掛ける。
「……一部リーグヒーローって、ヒーロー免許取ってなかったらSSなのが殆どだって知ってる?」
「うん。お父さんに聞いた」
 楓は頷いた。
 特にカリーナやパオリン、ネイサン、キースはなどはわかりやすいが、イワンの擬態能力もまた、諜報活動などにおいてはかなりの脅威となる。
 能力だけ見れば完全にSS、しかし制御が完璧であるという認定を受け、更にそれを市民のため、正義の為に使うヒーローであると法的な誓約を立てた上で、彼らはSレベルとされてヒーローになっているのだ。

「俺もそうだ。能力だけ見たらぶっちぎりSS」

 重力場発生と、そのコントロール能力。
 全力でやれば、巨大な鉄骨を地中深くまで沈めることも出来、人間などひとたまりもなく、あっという間にトマトのように潰れてまっ平らになってしまう力。
 現在計測可能な範囲だけでも、612倍の重力。60キロの人間なら約37トンになる負荷をかけてなお、ライアンの力は限界に達していない。武器どころではない、兵器といえる規模の力だ。

「シュテルンビルトは、世界でイチバンNEXTに理解のある最先端都市だ。だからこそ、強力な力も認定証を取ったり、ヒーローであることで容認される」
「……コンチネンタルは違うの?」
「違う」
 ライアンは、冷たい水で口を湿らせた。
「知ってるか? NEXTがどうやって生まれたか、っていうの」
「え?」
「もちろん、ホントの所は何もわかってない。遺伝子変異とか、似たようなので病気の一種だっていう説。昨日ルーカス先生が言ってたみたいに、進化の末に生まれた新人類だっていう説。これがいちばん有力」
 楓は頷いた。この説は、“NEXT”という名前の由来のひとつでもある。
「あとは、実は大昔に地球にやってきた宇宙人の末裔だって説まで」
「まさかあ」
「まさかだよな。でも、本気で信じる奴もいるんだぜ。……そのくらいの存在なんだよ、NEXTっていうのは」
 楓は、微妙な顔をした。ライアンは肩をすくめ、話を切り替える。

「俺が能力に目覚めたのは、高校生の時だ。学校行きながら芸能人もやって、部活もやってた。アメフトの、クォーターバック。チームの司令塔、花形だ」
「似合ーう」
「だろ?」
 頬杖をついて言った少女に、ライアンはにやりと笑った。

「それがまあ、突然NEXTになった。残念ながら、そこんとこに特別ドラマティックなエピソードはねえよ。それに俺は姉貴がNEXTだったから予備知識もあって、びっくりはしたけど暴走起こしたりはしなかったし、家族もあんまり慌てなかった」
「へえ、お姉さんもNEXTなんだ」
「レベルBだけどな」
 姉の能力は、たとえ制御できなかったとしても本人も他人も特別困るような内容ではなかったため、本人も特に慌てることはなく、そのせいか使いこなせるようになるのも早かった、とライアンは語った。
「そんな姉貴を見てたせいか気持ちは落ち着いてて、最初から制御は問題なかった。俺様は慎重だから、誰もいない所で、ちょっとずつ能力を試した。で、試すごとに理解したわけよ。“あっこれヤバいやつだぞ”って」
 最初は、芝生がべったり平らに。次に、地面がへこむ。木が折れ、石が割れ、──巨大な岩を粉々にし、放置された廃車を押しつぶして1枚の鉄板にしたところで、ライアンは自分の力の大きさに気付いた。

「だから覚悟はしてたけど、案の定ソッコーでSS認定」
「どうなったの」
「1か月ぐらいは、そりゃ散々だったぜ。まずNEXT検査施設のある病院に、ほぼ軟禁だ。学校も行けねえし、大会が近かった部活の練習ももちろんできない。芸能活動も休止。おまけに、トイレや風呂にまで監視員がついてくる。いたいけな男子高校生の自由とプライベートは完全に踏みにじられたワケだ」
 肩をすくめながら言うライアンの話を、楓は黙って聞く。
「最初はさすがの俺様もへこんだね。強力なNEXTだってだけで犯罪者か危険動物みたいな扱い、しかも俺は制御だって出来てるのにって」
「うん」
 楓が頷く。ライアンは、ひと呼吸置いた。

「いちばん我慢ならねえって思ったのは、──誰もが俺から目を逸らすことだ」

 低く、地を這うような声だった。
 整ったルックス、自然にパフォーマンスが出来るほどの愛想の良さやコミュニケーション能力という、芸能界向きの素質。ライアン自身も、この業界が天職だと幼いころから感じてきた。
 学校でも、部活動のアメフトでも、そしてカメラの前でも、ライアンは自分に注目を集めるのが大好きだった。
 だがSS認定されて施設に入れられてからというもの、ライアンを見る目はがらりと変わってしまった。
「得体が知れない、何をしでかすかわからない、危険かもしれない。人によっては、危険に決まってる、そうに違いない。それこそ、突然やってきた宇宙人みたいな扱いだ」
「ひどい!」
 楓は、まるで自分が受けた仕打ちであるかのように言った。
 いや、実際にそうだ。アポロンメディアで楓を迷惑がった社員たちは、楓のことをただワイルドタイガーの子供、SSレベルの子供ということでしか認識していなかった。
 彼らはいちどとして楓の顔を直視しようとしたことはなかったし、楓の名前も知らないだろう。自分自身のことなど誰も見てくれないやるせなさ、そのことを楓はよくわかっていた。
「うん。当時は俺もそう思った」
 強い共感をもって憤慨する少女に、ライアンもまた色々と察している様子で苦笑を浮かべる。

「でもよく考えてみりゃ、理解も出来る。俺の能力がマジで殺傷能力が高いのは事実だし、一般的に感情に振り回されやすい高校生のガキがそれを持ってるんだ。ボタンひとつで何人も殺せる兵器を持ったガキが、“ボタンは押さないよ、信じて”って言った所で、信じるほうがアホだってのが普通だ」
「でも、ライアンさんはそんなことする人じゃないし、……制御もできてるのに」
 自分とは違って、と楓は暗に言い、うつむく。
「ありがとな。でもつまり、そういう事だよ。俺自身を見て貰えることがなかったって事。俺って人間をわかってもらえればこんな事にはならないのに、っていうのも、もどかしさのひとつだった」
 納得行かない顔をしている楓に、ライアンは柔らかい声で言った。
「実際、俺が受けた仕打ちに家族がスゲー怒ってさあ。もちろん友達やチームメイト、あと芸能界の知り合いとかもな。署名を募ってくれた奴らもいたよ」
「そっか、そうだよね。ライアンさんだもんね」
「そういうこと。俺様はいつだって愛されてるからな」
 いつもの自信満々な顔で笑ったライアンに、楓も笑顔を返した。

「で、力になってくれたのが、ある活動グループでな。NEXTの人権や権利がどうこうっていう団体」
「へえ……」
「団体の代表、っていうか創立者はだいぶ年食った爺さんで、コンチネンタルエリアでも俺が住んでたところよりかなり遠い所の人だったけど、連絡を受けてすぐに話を聞きに飛んできてくれた。俺だけじゃなく、困ってるNEXTから連絡が来たら地球の裏側でも躊躇いなく行くようなスゲー人だよ」
「すごいね」
「弟がNEXTだったんだと。でも差別に遭って、自殺したって」
 少し変わり者だが気の優しい弟だった、と彼は語ったという。そして仕事で遠い外国に行った先で差別と迫害に遭い、当時疎遠だった兄がその状況を知らないまま、彼は自分で命を絶ってしまった。──ペットのイグアナの世話を頼む、というのが遺書だったという。
 だから彼は金銭や法律で彼らを守れる団体を作り、どんなに遠くてもその足を運び、差別や迫害に遭っているNEXTを助けようとしていた。

「このヒト達が、そういう案件に強い弁護士やらネゴシエーターやら手配してくれた。みんなすげー有能で、しかも親身になってくれた」
 今でも付き合いがある、とライアンは言った。
「あの人たちのおかげで、俺は施設を出ることができた。それと、紹介してもらったNEXTたちの話を聞いて、そのアドバイスどおり、宇宙の映像を見まくった」
 そして、いつしかハッと気付いた。自分がいる場所は、宇宙から見るととても小さくて狭い場所なのだと。
「私と同じだね」
「そうだな。同じだ」
 水を飲んで、ライアンは笑った。

 自分の小ささと、世界の広さ。
 助けてくれる人がいること。大事にして、愛してくれる人がいること。
 自分たちは、それを知っている。そして、それがとても幸福であることも。

 目を合わせて、彼らは微笑んだ。

「……で、具体的にどうしたかって話だけど」

 ライアンは、話を仕切り直した。
「施設からは出られたけど相変わらず監視はついてたし、学校も辞めるか辞めないかっていう話し合いが続いてた。それで、俺は考えた。結局自分は何をしたいのかって」
「何をしたいか……」
「そう。監視を外したい。学校に行きたい。アメフトがやりたい。芸能活動がしたい。とにかく自由になりたい。──自分の本当の望みは何だ? 優先順位は? 自由って結局どういうことだ? 全部叶えるにはどうしたら良い?」
「……全部?」
「全部だ。なんで諦めなきゃなんねえんだ、馬鹿馬鹿しい──って、言ったのはあの人たちだけどな」
 上手くやれ、と、彼らは言ったという。そうすれば何だってやれると。

「でもそれを決めるのにも、やっぱり色々話を聞いて、状況を確認しなきゃなんねえ。まず、監視の人間に話しかけてみた。最初はぎょっとされたけど、話してみれば結構いいヒトたちだったし、トイレにまでついてくるのに申し訳ないって言ってくれるようにもなった。学校の友達も心配してくれる奴はいっぱいいたし、チームメイトもそうだ」

 もちろん、手のひらを返すようにしたり、差別や悪意をぶつけてくる者もいた。
 だが家族や友人の愛や心配を受け、沢山の人の話を聞き、様々な価値観があることを学んだライアンは、自分で思っていたよりそのことに傷つかなかった。そういう人間もいる、ならばどう対処すればいいか、と自然に考えた自分にも気付いた。
「ま、結論としてはだ。まず学校は卒業しときたい」
 中途半端で気持ち悪いしな、とライアンは空中を指差しながら言う。
「アメフトは割と未練がなかった。むしろ半分芸能人だった俺がいなくなってから、本気でプロになりたい奴が死ぬ気で齧りついてきてて、チーム全体が強くなってたしな」
「悔しい、とかはなかった?」
「あんまりなかった。してやられたなあって思ったのと、むしろチームが強くなってるのが誇らしい気持ちだった。だから未練がないなって確信したんだけど」
「そっか」
 楓も、フィギュアスケートをやっている。NEXTであると、趣味でやるのは自由でも、公式の大会などでは出場できなくなるのが普通だ。その点は既に楓も宣告されている。思ったよりショックではなかったことにホッとした。
 フィギュアスケートはアメフトのようなチームプレーではないが、同じような経験をしている楓には想像がつく。そんな気持ちが自然と湧いたなら、それがきっとベストな選択なのだろうと。

「あとは、子役から芸能界にいたんで、見られるのには耐性がある。監視の奴らと仲良くなれたってのもあるけど、まあ、風呂とトイレと、寝てる時についてくるのさえなんとかなればな〜、ぐらいの感じ」
「え〜、私は無理」
「ってみんな言うぜ。俺がちょっと特別だろうな、このへんは」
 眉を寄せて無理と言う楓に、ライアンは肩をすくめる。
「じゃ、ここでSS認定の基準。言ってみ」
「え? えっと……制御が効かないのと、本人の人格に問題がある、犯罪歴がある、あと誘拐とかされて利用された時、大きな影響力がある……」
 急に出された問題に、楓は戸惑いつつも完璧に答えた。
「正解。最後のやつは、自発的なもんも含むけどな」
「自発的?」
「自分から犯罪者になって、能力を悪用するってコト」
 楓が、嫌そうな顔をした。大きな力を持っているということに対し、あらゆる悪い可能性ばかりを押し付けられているように感じたのだろう。
「でも逆に言うと、そこをクリアすればSになるってことでもある。──そこで俺が選んだのが、ヒーローだった」

 大陸の違う遠いエリア、その中にあるシュテルンビルトで生まれた、世界初の、NEXTでしかなれない存在。強大な力を、正義を守るために使う者。

「ヒーローは、正義の味方だ。犯罪どころか、煙草吸ってるだけでもイメージダウンになるような商売。芸能人でもある。ファン、アンチ、常にあらゆる人の目に晒されて、毎秒インターネットに目撃情報や意見が書き込まれる。顔出しで売るならもっとだ」

 ライアンは、それを訴えた。徹底した善性の権化でいることを求められる存在であるヒーローになれば、監視員2〜3人どころか、何万という人間の目が自分の監視カメラになると。
 つまり、彼はヒーローになるためにSレベルになるのではなく、Sレベルになるためにヒーローになることを提案したのだ。

「その点、俺は風呂とトイレと寝てる時以外は人の目があっても気にならないタイプだし、むしろスポットライト浴びて注目されるのは大の得意だ」

 本当の自分さえ見てもらえれば。

 そう強く思った時、ライアンは、今まで芸能界で作ってきたキャラクターを捨てることも決めた。
 能力に目覚めてからルックスの印象が変わったことも含めて、本来の自分らしからぬコケティッシュであざとい美少年キャラを演じるのに、いい加減うんざりしていたのもある。そんな苦労の割に実際はいまいち売れていなかった、というしょっぱい実情もあったが。

 皆に受け入れてもらわなければいけない。しかし、あえて妙な演技はしない。
 自由でいて仕事のデキる、カメラの前では俺様だけど、本質はヒーローらしいいいやつなんだぜ、というキャラクター。自分の飾らない本質をそのまま世間に受け入れさせるため、ライアンは努力した。
 人々と上手く付き合っていく工夫を欠かさず、一部の者たちが自分を持ち上げるからといって、妙な選民思想に染まったり、卑屈な孤独感に酔ったりする愚行は犯さない。
 自分に惨めなところなどひとつもないのだから、悲劇のヒーロー気分に浸ったりもしない。いくら才能があっても努力を怠ればあっという間に転落するという現実の厳しさは、今までの芸能活動で充分に理解している。

 ヒーローにさえなれば、多くのファンを得る自信はあった。
 何万という目は監視カメラでもあるが、ライアン・ゴールドスミスという人間、ゴールデンライアンというヒーローの輝きさえ見せつけてやれば、その監視カメラをすべて味方につけることがきっと出来ると。
 自分はちゃんと檻に入っているのだというアピールは、ただ皆と仲良くして、人気者として楽しくやるための歩み寄りであって、屈服でもなければ、プライドのない行為でもないのだと。

 ──俺は、愛されるべき人間だ。

 生まれ持っての人気者。自分はスポットライトを浴びるべくして生まれた男なのだとライアンはずっと感じているし、信じている。

 常に安泰で、余裕綽々。あらゆる意味でリッチで、媚びた演技など一切しない俺様キャラの人気者。それが自分の自然体だ。それが愛すべき、愛されるべき己の正しい姿だとライアンは確信し、そしてヒーローになることを決めた。
 目指すのは、特別格好いい、ナンバーワンのオンリーワン。キラキラ輝くスーパーヒーロー。

「俺はやりたいことが全部できて、お偉方も俺を見張れて安心。しかも俺様はルックスもイケてて、歌って踊れてトークもキレる。ファンができて俺はハッピー、俺がイケてて皆もハッピー。WIN-WIN、誰にとってもいいことずくめの、ベストな状態だろ?」
「……まあ、そうだね」
 相変わらずの自信満々ぶりには苦笑するしかないが、確かにそうだと楓は思った。
 兵器レベルの強大な能力者、それを“兵器レベルの強大な能力を持つ格好いいヒーロー”にしてしまえば、問題がなくなるどころかあらゆる人にメリットしかなくなる。
 そして、自分がメリットを得るために相手を打ち負かすようにするのではなく、むしろ相手やその他の人々、皆にメリットが行き渡るようにするという考え方は、とても良いことであると楓も思った。

「でも、これもなかなか大変でな。俺の能力だとヒーローは無理って言われて」
「え、なんで!? すっごく強い力なのに──」
「だからだよ。ひったくりの犯人捕まえるのに、威嚇射撃もできる拳銃ならともかく、建物ひとつぶち壊せるバズーカ持ち込むようなもんだ」
 その比喩に、顔をしかめて抗議しかけた楓は、振りかぶった拳をふにゃんと下ろした。
「でも、……でも、ライアンさんは、ちゃんと制御ができるのに」
「だからそれからは、ひたすらヒーローになるための資格を取って、訴えかけた。訴えかける間にハイスクールは卒業しちまったのは笑い話だけどな」
 大学に行く受験勉強の代わりではないが、ライアンはヒーロー免許に必要なあらゆる資格、各種免許を死に物狂いで取得した。
 またコンチネンタルのヒーロー免許は軍隊の入隊経験も必要なので、能力制御試験をクリアすると同時に入隊し、大人も泣いて逃げ出す訓練に耐えて実績も作った。──この頃の本格的な訓練が、今の体格を完全に作りあげたのは余談である。
 更にそれだけではなく、芸能界、そしてライアンに道を示してくれた団体が持つコネクションをフル活用して味方を作り、外堀を埋めることも欠かさなかった。更にそれを、監視員からあえて全て報告させる。ライアン・ゴールドスミスは、何も後ろ暗いことなどない、健康で健全で、人間として魅力的で、つまりヒーローとして皆に憧れられるに充分な人間であるのだと。

 ──そしてライアンは、とうとうヒーロー・ゴールデンライアンになった。

「最初はコンチネンタルの、狭いエリアだけでな。所属してた芸能プロダクションのタレントとして、そのままヒーローになった形だ。せっかく顔が売れてるのに、ヒーローの覆面で隠すのは勿体ねえだろ」
「イケメンだもんね」
「よくわかってんじゃねえか」
 にやり、とライアンは不敵な笑みを浮かべた。
 芸能プロダクション発の顔出しヒーローという、二重の意味でコンチネンタルで初めてのタイプのヒーローとなったライアンは、目論見どおり順調にファンを増やした。
 ほとんどローカルアイドルのような、いまいちパッとしない芸能活動をしていた頃より収入はぐんと多くなり、法律家たちと親しくなったことで税金対策をとることも覚えた。その一環、またイメージアップのために投資や寄付をすれば、むしろどんどん金が増え、自分に金策の才能があることも知った。あっという間に資産が増え、セレブヒーローと呼ばれるようになり、人脈も広がっていく。

 そして世話になった例の団体の代表である翁が死去し、遺言状により、彼が世界を飛び回りながらも常に連れていた数代目のイグアナの1匹である、モリィを譲り受けることになった。
 それがきっかけになり、ライアンは芸能プロダクションを辞め、コンチネンタルエリアを出ることにした。かつての翁のように、個性的なペットを連れて広い世界をフットワーク軽く飛び回る、当時かなり珍しかったフリーのヒーローとして。

「後は知っての通りだ。あっちの大陸こっちの島、思い立ったら地球の裏側」

 そしてどこに行こうとも、ライアンは皆に注目されている。そのことを誇らしく思うことはあれど、煩わしく思ったことはない。むしろ、誰にも目を逸らさせてなるものか。どこにいようとも輝くこの姿を心ゆくまで見るがいい、ライアンは常にそういう心持ちでこの星に立っている。

 自分はいつも自然体で、変わらない。
 どこにいても、地球の重力が変わらないのと同じように。特別なのは、違う星の重力を生み出せる自分だけだと。

「悩んだりしたことはないの?」
「細々したもんはあるけど、その場で解決できるようなもんでしかない。俺はいつだって上手くやってきた。惜しまれたことは山ほどあっても、この首を切られたことはねえよ」
 ライアンは自分の首筋をトントンと指先で叩き、大きな猫科の猛獣のようにニヤリと笑った。
「常に順調ではある、けど、まあ、強いて言えば──」
「言えば?」
「しっくりこない、ってとこかな」
 すっかりぐいぐい突っ込んでくる楓に、ライアンは快く答えた。
「新しい土地には、いつもワクワクする。どうやって見せつけてやろうかって考えて、実際それをやり遂げるのは最高に楽しい。──でも、同じ場所にずっといるとな」
「飽きるってこと?」
「簡単にいえば、そうだな」
 ライアンは、肩を竦める。

 どこにいても、変わらないということ。
 それは利点でもあるが同時に欠点でもあるのだと、ライアンは気づき始めた。

「なんか足りねえな、って思うんだよな」

 独り言のような声色で、ライアンはぼそりと呟く。楓は、その端正な横顔をじっと見た。
「ま、困ることはねえけどな。その場所を去るにしたっていつも円満に契約を切ったし、キャリアは次のギャラに繋がるし」
「すっごい年俸だよねえ」
 ゴールデンライアンの年俸は、シュテルンビルトでの再デビューの時にさんざんニュースで取り上げられたので、楓も知っている。
「お父さんもライアンさんぐらいの年俸なら、賠償金も気にならないのに……」
「おいおい、本人の前では言ってやるなよ」
 世知辛いことを容赦なく言う少女に、ライアンは苦笑した。

「ま……、話がとっ散らかったが、要するにだ。視野を広げるのはもちろん、手段と目的を入れ替えたり、見方を色々変えてみるのもひとつのやり方だってこった」

 ヒーローになるためにSレベルになる、Sレベルになるためにヒーローになる。取捨選択よりも、全てを叶えるための順序や組み合わせを考える。監視の目を、注目のスポットライトととらえてみる。ライアンは、そうやって今まで本当に“何不自由なく”生きてきた。──何か足りないものがある気がしながらも。

「あとは、とにかく具体的にやれ」
「具体的?」
「問題を解決するのに精神論だけ煮詰めた所ではっきり言って時間の無駄だし、1セントの儲けにもなんねえってこと」
 ライアンは、本当にはっきり言った。
 しかし確かに、彼は今まで常に具体的な手段を模索し、見出し、そして実際に行動し続けている。今までの話も、いわゆる“気の持ちよう”の話は最初に自分の目的を明確にするところぐらいだ。あとはそのために何の免許を取った、どんな根回しをした、それぞれにメリットが生まれることを考えて行動すれば目的を達成しやすくなる、そんな話ばかりで、要するに自己啓発本などに書いてあるような詩的な精神論は一切口にしていない。
 彼は常に現実的で、それに見合う高い行動力がある。確かな結果を出し、得たものは彼に安定した精神力と自信をもたらし、また実際に行動したことによって打ち立てた目に見える実績は、周囲からも認められている。
 自分の気持ちさえ納得していればいい、という考え方もある。だがやはり現実として、周囲の理解が得られたほうが過ごしやすい、生きやすいというのはどうしようもない事実である。しかも、根深い差別問題と切っては切れないNEXTとして生きなければならない身としては。

「……そっか」
「そーゆーコト。参考になった?」
「うん」
「そりゃ良かった。好きなだけリスペクトしていいぜ」

 大きく笑ってライアンはベンチソファから立ち上がり、中身を飲みきったプラコップを潰し、リサイクル用のごみ箱に投げ捨てる。やや後ろ向きに投げたというのに、潰れたコップは見事にごみ箱に吸い込まれていった。

「上手くやれよ、お嬢ちゃん」






 冬の朝の空気が、頬をひんやりと冷やす。
 その感覚でアラームより先に目を覚ました楓は、ソファの背を倒したベッドから身を起こした。
 シュテルンビルトに来た当初、楓が虎徹のベッドで寝て、虎徹がソファで寝ていたのだが、途中から交代して今に至る。身体の小さい楓はソファで寝ても快適に過ごせるが、細身でも身長180センチの虎徹が寝るには、ソファベッドは窮屈だからだ。
 虎徹は今でも時々渋るが、「身体が資本なんだから、ちゃんと休んで! ずっとヒーローするんでしょ!」と楓が叱ると、嬉しそうな顔でベッドに戻っていく。

 楓はソファから降りて、スリッパを履いた。虎徹が最近気に入っている“ぐったりタイガー”とかいうダレた虎のキャラクターのスリッパだ。楓はあまり好きなキャラクターではないのだが、楓のために良かれと虎徹が用意してくれたものであるし、もこもこで暖かさだけはあるので、しかたなく使っている。
 ぺたぺたとスリッパを鳴らして階段の上のロフトに行くと、そこに置かれたベッドで、虎徹がひどい寝相で寝ていた。楓と寝床を交代したのは、この寝相のせいもある。ソファベッドは狭いので、虎徹が夜中に何度も床に落ちるのだ。

 んごっ、と時々短いイビキをかく虎徹を前に、楓は自分の手をじっと見る。
 いまコピーしているのは、もちろん虎徹のハンドレッドパワーだ。寝ている間に能力を発動してしまっても、1時間に1分間しか発動しないそれならば、寝相のいい楓にさほど問題ない。いちど近くのローテーブルを壊したが、逆に言えばそれだけだ。もちろん、ハンドレッドパワーを発動してやったことなので、楓の手には傷ひとつない。

「……うん」

 楓は手を握ったり開いたりしてから、やがて決意したように顔を上げた。
 具体的にやらなければ。──考える時間は、もうたっぷり過ごしたのだから、と。
★メイプルキティの冒険★
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BY 餡子郎
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