#093
★メイプルキティの冒険★
8/24
「やあ、やあ、こんにちは」

 無事ハンドレッドパワーに能力を書き換えたものの、SS能力者が暴走した後は医師の診察を受け、ひとまず安全だと証明する診断書が必要になる。
 楓は虎徹と手を繋いでガブリエラと連れ立ち、外で待っていたライアンとバーナビーも合流して無菌室を出た。
 指定された部屋に行くために廊下を歩いていると、そこにいたのは先程までモニタ越しに話していたシスリー医師ではなく、眼鏡を掛けた男性医師。ライアンの主治医でケルビムのもうひとりのリーダーである、ルーカス・マイヤーズ医師だった。

「あれ? シスリー先生は?」
 ライアンが言うと、ルーカス医師は肩をすくめた。
「ドクター・ドナルドソンは元々予定が入っていてね。NEXTに目覚めた子供の初診療なんだけど──時間がおしていたから、僕と交代だ。挨拶ができなくて申し訳ないと伝言を預かっているよ」
「ふーん。あ、大丈夫だぜ。こっちも超名医だから。なんてったって俺の主治医だしな」
 ライアンがウィンクして言う。彼のその様子とルーカス医師の穏やかな人柄に、虎徹と楓、そしてバーナビーはホッとし、笑みを浮かべた。ガブリエラは楓とライアンを交互にちらちらと見る素振りを見せ、無言のままそっと楓の斜め前に立つ。

「そうですか。あ、父親の鏑木・T・虎徹です」
「ワイルドタイガーだろ? 知ってるよ。この間のヒーロー全員の全身エステで、データを見てるからね」
 カウンセラー独特の話し方をするシスリー医師とは異なり、聞きやすくテンポはいいが、次々と言葉を発する話し方。医者というより研究者寄りだというライアンの評価を思い出した鏑木親子は、なるほどこういう人か、と納得した。
「はい。今日はどうも、娘がお世話になります」
「よろしくお願いします」
「はいはい、お安い御用だよ」
 揃って頭を下げる親子に、ルーカス医師は軽く言った。

「というか、診断書と言ってもねえ。カルテを見させてもらったけど、彼女本人の能力自体は暴走した感じじゃないからなあ。触らなければ大丈夫なわけだし。だよね?」
「は、はい」
 矢次早に言うルーカス医師に、楓はなんとか返事をした。
「じゃあ、ちゃっちゃーっと作っちゃうから。時間があるなら、よかったら検査と実験もするかい」
「実験? でも、変に能力コピーしたらまた……」
「いやいや、実際に能力使ってみるんじゃなくてね。NEXT国際管理連盟はまだアナログな試験しかしてないけど、スキャンとか脳波とか、血液検査とかでわかることもいっぱいあるんだよ」
「……そうなんですか?」
 ルーカス医師があっさり言ったその発言に、虎徹と楓、そしてバーナビーが本気で驚いた顔をした。
「どうしても制御できない時は、あんまりおすすめしないけど投薬って手段も」
「薬で抑えられるんですか!?」
 虎徹が大きな声を出し、ライアンが「おっさん、病院、病院」と諌める。いつもならその役割をこなすはずのバーナビーがそれをしなかったのは、彼もまたルーカス医師の発言に驚いて絶句していたからである。
「できるよ。でもまだ薬は高額で、人によっては副作用が強いというのがネックだけどね。でも、制御する手段が全く無いよりはいいだろう?」
「ああ、……そうですね。……そうだ。本当に」
 “最後の手段”があるとないとでは、実際その手段を用いるかは別にして、心の有り様が全く異なる。無意識にホーッと大きく息をついた虎徹の手を、楓もまた無意識にぎゅっと握りしめた。

「それも、ノウハウがあるのがアスクレピオスだけだからなあ。もっと一般的になればいいんだけど。皆で研究したほうが早くいいものが出来るだろうし」
「安全な手段が、早くできればいいですね」
 しっかりとした意思を込めて、バーナビーが言った。
「努力するよ。それで、今日はどうする? 帰るための診断書作るだけにするか、検査して、説明も受けていくか」
「っても、センセーも結構忙しいだろ。ゆっくり話聞けるのって、機会逃したらまた結構先になるんじゃねえの」
 ライアンが口を挟む。ルーカス医師が「そうだねえ、今から予定入れたら年明け以降になるかな」と肯定したため、虎徹は表情を引き締め、手を繋いでいる娘を見た。
「楓、いいか? ……はい。今日、ぜひお願いします」
 娘が頷いたのを確認してから、虎徹は真剣な、そして切実で固い表情をして、ルーカス医師にしっかりと頭を下げた。

「もちろんだよ。出来る限り力になろう」
 ルーカス医師は、にっこりと笑みを浮かべる。
「あ、あと、タイガーも」
「俺?」
「君の能力。ワンミニッツに減退したということだけど、それ、医学的に調べたことは?」
「い、いや」
 全く予想していなかったことを言われ、虎徹は目を白黒させ、首を横に振った。
「減退についても、最近色々なことがわかってきているんだよ。割とポジティブな話だから、良かったら」
「本当ですか?」
 これには、バーナビーが真剣な顔で身を乗り出した。
「うん。だからもし良かったら、タイガーも検査を受けるかい? バーナビーも、興味があれば色々解説できるけど」
「とても興味があります。良かったら詳しいお話を」
「わかった、いいよ」
 ルーカス医師は朗らかに頷き、虎徹たちを設備のある部屋に案内した。



 皆居てくれて構わない、むしろ一緒にいて欲しい、と楓が言ったことで、部屋の中では全員がそれぞれ椅子に腰掛けている。
 虎徹、バーナビー、そして楓は、ルーカス医師の指示に従い、補助員も関わりながらCTスキャナーのような機械に入ったり、血液を採取したりと、小一時間ほどいろいろな検査を行った。
 ライアンとガブリエラは既に何度か受けた検査でもあるため、その間、彼らは先程の騒動の件での警察からの事情聴取を無事に終わらせた。

「じゃあ、お嬢さんから診断結果を伝えようかな」
「は、はい」

 カルテを見ながら言ったルーカス医師に、お茶を持った楓が背筋を伸ばす。そんな彼女に「悪いところはなかったから、気を楽にして」とルーカス医師は穏やかに告げる。
「結論から言うと、異常な所は全く無いね。NEXT能力に目覚めたての人間としては、むしろ非常に安定してるほうだよ」
「そうなんですか?」
 虎徹が、安心していいのか不安、という複雑な様子で尋ねる。
「うん。能力に目覚めたての人間、特に子供は不安定になりがちだ。そもそも身体が成長期で常に変化しているような状態だし、思春期でメンタル面も不安定なことが多い。その点お嬢さんは身体が非常に健康でバランスも良く、メンタル面も健全だ」
「そうですか」
「能力の影響もあるだろうね」
 そう言ったルーカス医師に、全員が顔を上げる。

「能力の影響? どういうことです?」
 虎徹が身を乗り出した。
「脳を含めて肉体というものは、状況や訓練に応じて変化するものだ。日差しの強いところで暮らせば、メラニン色素が肌を守る。毎日重いものを運ぶ宅配業者は、腕力がつく。接客業をしていると、人をうまくあしらえるようになる」
「そりゃ、まあ」
「NEXT能力にもそれがある。能力を使うにふさわしい身体に変化するんだ」

 個人差はあるが、体格が良くなったり頑丈になったり、また五感に次ぐ独特の感覚が芽生えたりと、自他共に実感できるような変化も珍しくないという。
「でもさっきの例えを用いると、普通なら、生まれつき体がついて行かない人もいる。日焼けするんじゃなく肌が真っ赤にただれる、腕力が付く前に腰を壊す、クレーマー対応に慣れる前に気持ちが折れてメンタルを病む。つまり向き不向きというやつだ」
 その説明に、それぞれが頷いた。

「でもNEXT能力者の肉体変化にはそれがない。向き不向き、の“不向き”がそもそも存在しないんだ。能力を使うために、肉体は必ず強化される。だからNEXTという名前がつく前、この能力を“ギフト”と呼ぶ人もいた」

 ギフト、神からの完璧な贈り物。今でも天性の才能などにその形容を用いるのは一般的だ。
「特にハンドレッドパワーなんかは典型的な肉体強化タイプの能力だから、肉体的な変化も顕著なはずだよ。能力に目覚めてから急に背が伸びた、力が強くなった、頭が冴える、運動神経が飛躍的に良くなった、このあたりかな。どう? 覚えがない?」
「……ある」
 虎徹が口元に手をやり、真剣な表情で肯定した。

「俺が能力に目覚めたのは10歳だけど、それまではクラスでいちばんチビだったんだ。でも能力に目覚めてからはぐんぐん背が伸びて、結局いっつも後ろの方でよ」
 家族の中でもいちばんタッパあるんだよな俺、と虎徹は付け加えた。彼の身長は180センチ、人種的に小柄なオリエンタル系としては、背が高い方だ。血筋的にも、特に長身の家系というわけではないのにもかかわらず。
「アントニオもそうだったな。あいつはチビじゃなかったけど、高校で能力に目覚めた途端にバキバキ伸びるし、筋肉つくし」
「俺もだな。それまでは割と華奢な方だったぜ」
 ライアンが言う。
 確かに、先日皆で見ることになった能力に目覚める前のアイドル時代の彼は、ナチュラルにコケティッシュ美少年ポジションを張れる程度には華奢で、ほっそりとした体格だった。
 だが今は、ゴールデンライアンといえば背が高く、どこも厚みのあるマッチョな体格を誰もがイメージする。そしてそれは見せかけではなく、見た目に見合うパワーを有した肉体だ。
「背が伸びたのもだけど、筋トレとかの効果がすげー出やすくなったのもあるな。今までどんだけやっても細かったのは何だったんだよってぐらい」
「えー、それいいなあ」
「お前は?」
 羨ましそうにする虎徹をスルーし、ライアンは隣に座っているガブリエラに話を振った。

「うーん……能力が発動すると同時に、ということですと……背は別に伸びませんでしたが、痩せているのに力は強くなりましたし、疲れにくくなりました」
 当時を思い出すようにして、ガブリエラはゆっくりめに語った。
「あとは視力が良くなったり、においに鋭くなったり……。寝ている時でも気配がわかって目が覚めるようになったので、夜、泥棒に気付いてファーザーを起こしに行ったことが何回かあります」
「番犬かよ」
 ライアンが少し笑う。
「それまではどちらかというと、自分でもボーッとした感じだったので……自分が変わったということはよくわかりました。あとは、急に歌が上手くなったと母に褒められました」
「ふーん? 肉体が変化するってよりは、感覚全般が特に鋭くなったって感じかね。歌は、音感が良くなったってことか?」
「ああ、そうかもしれません。小さい音もよく聞こえるようになりました」
 斎藤の声もマイク無しで聞き取れるガブリエラは、頷きながら言う。しかし程度の差はあれ、五感が鋭くなったというのは彼も虎徹も同じく自覚があった。

「でもお前、結構タッパあるじゃん。単なる遺伝か? 昔からでかい方?」
「いえ、小さい方でした。アカデミーでちゃんとした食事を食べさせて頂けるようになってから、ものすごく背が伸びたのです。アカデミーにいたのは1年ほどですが、その間に20センチくらい。そのあとも少しずつ伸びて、19の時に止まりました」
「女には珍しいな」
「夜、骨が痛くて眠れない日もありました……」
 ガブリエラは、当時を思い出すように言った。シュテルンビルトにたどり着いた時、彼女は15歳だったという。女性としての成長期はほとんど終わりかけの年齢であるにもかかわらず、そんなにも身長が伸びるのは、確かに珍しい。

「アンジェラの場合は、危ない所で長らく暮らしていたからねえ。ほとんどのエネルギーを感覚の強化と能力に回していた所、栄養状態に余裕ができたので突然ガッと背が伸びたんじゃないかな。体が栄養を待ち構えていた感じ」
 彼女の能力では、身体が大きければそのぶん蓄えられるカロリーも多くなるので、本来はもっと体格のいい姿が理想形ではある。しかし環境がそれを許さなかったために現在のような姿に落ち着いたと思われる、と解説された。
「しかも、シュテルンに来てからは毎日ミルクを異様にがぶ飲みしていたそうだから……特に背が伸びたのではないかな。太れないならせめて、という感じで。実際、アンジェラは細い割に骨密度が高くて丈夫だしね」
 ルーカス医師が言い、アンジェラは頷いた。

「それで、お嬢さんはどうかな? 彼らのような症状の実感はある?」
「は、はい。背が急に伸びたし……私も家族も、成長期だからだろうって思ってたんですけど」
「もちろんそれもあるだろう。あとは突然成績が上がったとか、運動能力が上がったとかはない?」
「……あります」
 楓は元々勤勉で真面目な優等生で、それだけに、急にものすごく勉強するようになった、ということはない。しかし、中学生になるにあたって始めた課題は今までの簡単な課題よりもよりすらすらと解けるし、フィギュアスケートのジャンプも驚くほど高く飛べるようになったり、新しい技が最初から出来たりといったようなこともあった。

「……皆さん、そんな実感があるんですね。僕は目覚めたのが2歳なので……」
「ああ、そんなに早いのか。だから安定してるんだね、バーナビーは」
「どういうことです?」
 バーナビーのカルテを見ながら言ったルーカス医師に、当人が疑問符を浮かべる。
「それも後の話につながってくるんだけど、──ひとまず、話を続けよう。そもそもNEXT能力者は、非NEXT能力者とは体の作りが違う。それは知っているだろう?」

 例えば、ハンドレッドパワーを持つ虎徹やバーナビーは、100倍の身体能力を発揮しても壊れない、頑丈な骨肉や心臓。
 他のヒーローたちも、ダイヤモンドに勝る硬度に変化する皮膚や、炎、氷点下の環境、数万ボルトの電撃に耐えられるという肉体、飛行という能力を成し得る独特な心肺能力などを備えている。
 またガブリエラの、飲食したものを非常に早く分解して取り込める高い処理能力を有した内臓機能や、半年経たずに坊主頭からロングヘアになるほどの代謝の良さを発揮しつつもそれで寿命を縮めることのない染色体。

「NEXTになるかどうかは、胎児の時から決定している。脳にその機能が搭載されて生まれてくる。ただしその能力について行ける体が出来上がるのが早いか遅いかで、発現時期がまちまちということだ」

 幼児期までに能力行使のための肉体が出来上がっていれば発動するし、そうでなければ遅い時期の発動になる。だからこそ、能力者の多くは第二次性徴が始まる頃に能力に目覚めるという。
「かなり大人になってから目覚めるタイプは、安定した脳とか、むしろ肉体が衰えることが能力発動の条件だったりする場合だね。だから、素養はあるけど条件が揃わずに死ぬまで発動しなかった、というケースも考えられる。まだ実例が発見できてないけど」
「……なるほど」
 納得したのか、バーナビーも、そして虎徹や楓も頷く。「うまく出来てんなあ」と、虎徹が感心しきりといった様子の声を発した。

「まったくそのとおり。生物は、そして脳というものは、本当にうまく出来ている」

 ルーカス医師は、しみじみと言った。
「まあ、まとめるとだ。能力が発動すると、それに合わせて肉体が変化する。さっき君たちに聞いた体験がそれだし、劇的な変化もあり得る。ゴールデンライアンが、華奢な美少年からゴリゴリのマッチョになったように」
「おい、そこで俺を引き合いに出すな」
「別にディスったわけじゃないよ」
 口を尖らせて年齢に合わない言葉を使う主治医を、ライアンは半目で見た。
 彼もまた、本人の軽妙なキャラクターからあまり知られていないが、少なくともアントニオにベンチプレスで勝つ記録を叩き出す怪力の持ち主である。目前で展開される強力な重力場に自ら引っ張られないようにするためにタフで頑強な肉体が作られ、腕力や脚力などが強化された結果であり、能力発現後の身体変化はこれに伴うものなのだ。

「しかも、だ。能力を使うために強化された肉体は、これだけでも凄まじいものがある。何しろ超常現象ともいえる能力を使いこなすための身体だからね」

 NEXTが持つ身体能力の高さは尋常ではないのだ、とルーカス医師は語る。
「コンピューターだってそうさ。より多くのことが出来るスーパーコンピューターほど優秀な部品が必要だし、機体も大きくなりがちだ」
「“ノアの目録”も大きかったですね」
「ああ、あれ見た?」
「貴重な体験でした」
 あの壮大なシステムを作り上げた第一人者でもあるルーカス医師に、バーナビーが眼鏡の奥の目を煌めかせながら頷く。

「実例をあげるとだね。ドラゴンキッドは雷を操る能力者だが、それと並んで格闘能力の高さも売りにしているよね。でもあの体格と年齢でカンフーマスターなどと言われるほどの格闘家であるというのは、はっきり言って常軌を逸したことだ」
 また折紙サイクロンは擬態というヒーローとして活用しにくい能力の持ち主で、それをカバーするために素地の身体能力を自主的に鍛えているが、それによって得た運動能力はもはや人間離れしたところがある。これを可能にしているのはNEXTだからに他ならず、ロックバイソンが、皮膚硬化能力とは全く関係なく軽トラックくらいなら普通にひっくり返せるのも同じ理由だ。
「まあ、能力に関係のない部分となると、多少の向き不向きとか、本人のやる気に影響される部分は出てくるようだがね。例えばファイヤーエンブレムやブルーローズは、あんまりそのあたりは得意でないようだ。訓練を受けてるから普通よりは腕っ節もあるだろうが、あくまでその程度という感じだ。記録では」
 それを聞いて、楓はつい数時間前のガブリエラの立ち回りを思い出していた。
 あの細い身体で、彼女はわずか数秒で大の男ふたりを“手加減して”死なない程度まで叩きのめした。いくら彼女が治安最悪のアウトレイジな荒野育ちだからといって、ああまで的確に急所を壊せるというのは尋常ではない。

「そこのところ、お嬢さんはどれぐらい身体変化があるか心配で、だから検査しとかないかって言ったんだけど」
「そ、それはどういうことで?」
 不安を感じたのか、虎徹が焦った表情で言う。
「普通なら、ひとつの能力に合わせて体が順応して、変化していく。でもお嬢さんの場合、色々な能力をコピーするわけだ。じゃあ体はどうなる? ってこと。炎にも耐えられて、氷点下の温度でも平気で、空も飛べて、ハンドレッドパワーにも耐えられる骨肉で、寿命のない染色体の持ち主、みたいなことになる。ひとつずつなら超人程度で済んでも、全部となるともう人間離れしてるよね」
 その発言に、本人含め、全員が血の気が引いたような顔をする。
「でも安心してくれ。さっき検査したけど、それはない」
「ほ、本当に?」
 楓が、不安のあまり半泣きで言う。ルーカス医師はにっこりした。
「大丈夫。お嬢さんの能力は折紙サイクロンのものと類似点があるから、彼のデータも照らし合わせて調べてみた。そうしたら、その“NEXT能力をコピー”というのは、その順応した肉体も含めてのコピー能力だということがわかった」
「つまり、……能力に順応した身体能力も含めて、そのときだけコピーする、ということですか?」
「そういうこと。でも限界はあるし、筋力とかそういう問題はどうしても出てくるだろうから、お嬢さんの身体で安全に扱える程度にパワーダウンした発動になるだろうね」
 バーナビーの要約にルーカス医師が頷くと、全員、ホーッと息を吐いて安堵した。
「ま、発動した能力にお嬢さんの身体が耐えられても、周りに及ぼす被害は別だけどね」
 例えばライアンの能力をコピーしてしまったとして、楓の肉体が損傷しない程度の重力しか発動できない。ただし、オン・オフを制御できずに勝手に発動した能力が周りにいる人を押し潰してしまうかもしれないという危険がなくなったわけではない、ということだ。

「というわけでね、お嬢さんは身体的には何ら異常がないし、むしろ成長期を利用しての身体の順応が非常にうまくいっている状態だから、そこは安心していいと思うよ。あとはもうとにかく能力に慣れていくしかないねえ」
「慣れ、ですか」
「身体は勝手に慣れていくから、あとはメンタル、気持ちの問題かな。そのあたりは、ドクター・ドナルドソン……シスリー先生のほうが頼りになると思うけど」
「……念のため聞きたいんですけど、最初に言ってた、薬で能力を制御するっていうのは……?」
 虎徹が質問すると、ふむ、とルーカス医師は指先で自分の顎をこすった。
「あれは制御というより、能力の発動を抑える薬になる」
「抑える?」
「そう。説明したとおり、能力と肉体は常に連動してる。能力に順応して身体が変化し、身体が変化すると能力が使えるようになる、という関係性だ。身体が弱ると能力も発動しづらいのは、実感あるだろう?」
「確かに、二日酔いとか風邪っぽい時とか、疲れが残ってる時とかは、強めに気合入れて発動させる感じだなあ」
 実感を込めた様子で虎徹が言う。反論は出なかった。
「そういうことだよ。つまり、勢いが良すぎる能力を黙らせるために、身体を弱らせて人質にとる薬ってこと」
 肉体の動きを鈍らせれば、能力を使うと危険な状態であると脳が判断し、能力の発動が結果的に抑えられるのだ、とルーカス医師は説明した。
「でもさっき言ったように、副作用が大きい。身体を鈍らせるわけだから、まず筋肉の衰えは避けられない。服用中は入院してベッド生活、良くても車椅子だね。頭もかなりぼんやりするし」
「……あー」
「後遺症は残らないけど、成長期の子が服用するのはおすすめできないものではあるね。本当に最後の手段だよ」
「よくわかりました」
「さて、お嬢さんの診察結果は以上だ。診断書は僕から司法局に出しとくから、話が終わったあとは普通に帰っていいよ」
「ありがとうございます。あの、私も安心しました」
「何よりだ」
 ぺこりと頭を下げた楓に、ルーカス医師はにこにこして返した。

「じゃあ次に、バーナビーだけど」
「はい」
 バーナビーが、背筋を伸ばした。
「ひとことで言うと、理想的。NEXT能力者として完成度が高い」
「はあ」
「NEXT能力者の大多数が、成長に伴って身体の用意が最低限できた時点で能力が発動、その後更に順応して変化していって成熟・安定する、というパターンなわけだけど」
 たった今説明されたことである。皆が頷く。

「そこのところ、バーナビーは2歳というかなり早い時点で能力に耐えられる体ができあがった上、骨肉も脳も柔らかい頃に発動後の適応期を過ごしたから、NEXT能力者としては理想的、いや最高峰のバランスの良さと言っていい」

 その評価に、バーナビー以外の面々が、ホーと感心したリアクションをする。バーナビーは少し照れくさそうに、「それは良かったです」と微笑んだ。
「まあね、バーナビーは改めて調べなくても、ああやっぱりねって感じだけど」
「……すみません。どういうことですか?」
「だってすごいハンサムだから」
「はい?」
 まさかの返答に、バーナビー本人だけでなく虎徹と楓もきょとんとした。するとライアンが行儀悪く脚を組んでそこに肘をつき、彼らしく姿勢を崩して口を開く。
「強力な能力者ほど、ルックスがイケてるのが多いんだと」
「は!?」
「俺も聞いてびっくりしたけど、まあ実際そうだよな」
 ライアンの発言に、目を丸くしたバーナビー、虎徹、楓がルーカス医師を見る。彼はにこにこして、また口を開いた。

「そう。まず全人口に対してNEXT能力者の割合は少ない。レベルが高くなるほど少ない。君たちのような、一部リーグヒーローになれるともなるとほんのひと握り。……その君たちが、揃いも揃って美男美女揃いというのは、なんとも“出来過ぎ”な気がしないかね」

 ルーカス医師が朗々と言った内容に、当の彼らは「そう言われても」という様子である。
 しかし、否定はしなかった。なぜなら言われたとおり、シュテルン7大企業ヒーロー、また外部出向という扱いだが一部リーグヒーローであるR&A、全員が優れた容姿を持っているのは事実だった。
 弄られやすいアントニオとて、例えば俳優だとか、ルックスを武器にした職業なのではと言われるのはよくあることだ。でなければ、あのネイサンが構ったりはしない。
 また二部リーグも、いわゆるスターのオーラのようなものの持ち主は少ないが、一般人基準では少なくとも中の上以上の容姿の持ち主が多い。実際、能力の地味さをカバーするため、ルックスの良さで売っている二部リーグヒーローもチラホラと出てき始めている。

「説明したとおり、NEXTには発動前と発動後、ふたつの肉体順応期がある。単純に、発動前のものを第一順応期、発動後のものを第二順応期と呼んでる」
 皆が頷く。
「まず第一順応期は、とにかくバランスのいい肉体を作ることを目指す。つまり、丈夫な骨肉。特に肉体が変化するタイプの能力者はこの傾向が強い。能力発動後、実際に能力を運用した時に適当な順応変化ができるバランスの良い肉体を作っておくわけだ」
「その結果、容姿が良くなると?」
 バーナビーが質問した。ルーカス医師が頷く。
「そういうことだ。個々の好みや美的感覚は置いておくとして、生き物の肉体として完成度が高いというのは、どういう状態か。答えを言うとつまり、中庸」
 中庸。極端な行き方をせず穏当。片寄らず中正。要するに左右の手脚が同じ長さで、まっすぐで、頭が小さく、腰が高い骨格。偏らずについた筋肉。
「顔だってそうさ。左右ぴったり反転位置にパーツを配置した、シンメトリーな頭部バランス。人間が美形、ハンサムと認識する顔立ちだね」

 その言葉に、皆がついバーナビーの顔を見る。
 目、鼻、口、どれをとっても完璧なパーツが、まるでゲームのCGキャラクターのように均整の取れた配置で備わっている。骨格、つまり輪郭も完璧な形であるため、どの角度から見ても美しい。左右対称な形状は、逆角度で見てもただ反転したかのようにしかならない。
「……改めて見ると、ほんっとハンサムだよなバニーちゃんは」
「ほんと。コンピューターで作ったみたいだよね」
「それはどうも」
 はああ、と似たようなため息を吐く鏑木父娘揃っての賞賛に、バーナビーは眼鏡を押し上げることで応えた。

「強力な能力ほど、バランス良く中庸な肉体である必要がある。だから高レベル能力者ほど、肉体的に優れている人間が多い。その結果、容姿が整っている確率も高いというわけだ」
 もちろん、今までの話のすべてには、両親からの遺伝子情報も反映された上でという前提がつく。しかし、出来得る限り最もバランスの良い状態に持っていこうという働きかけが行われるのが第一順応期だ。
 更にバーナビーのようにごく幼少期に準備が整って能力を発動し、肉体が柔軟なうちに第二順応期を過ごすと、そのバランスの良さを保った成長をしやすくなる。「歯の矯正にも似てるかな。子供の頃にやっておくと、よりきれいな歯並びにしやすい」とルーカス医師は付け加えた。
「第一順応期は、胎児の時も含むんだ。2歳で発動っていうのはだいぶ早いから、お母さんのお腹にいる時点で既にだいぶバランスよく完成されてたんじゃないかなあ。生まれた時、大きめの子だったりしない?」
「……3329グラムでした」
「おお、なかなか大きい赤ちゃんだね。お母さんに感謝だ」
 にこにこして言うルーカス医師に、バーナビーは目を細めて「はい」と頷いた。

「でもこれがそれなりに年齢を重ねてからの能力発動だと、少し違ってくる。何しろ、成長して既にいくらか固まった身体を能力に順応させることになるわけだ」
 発動が遅い年齢だと成長しきって動かせない部分も出てくるので、それをカバーするために、極端に変化する部分も出てくる。それにより、基本的には整っていても、それよりはやや個性が目立つ顔立ち、体つきになりやすいということだ。

「身体のバランスとかもね、同じ能力だから、タイガーと比べるとよくわかるよねえ。バーナビーのほうが身長に対して脚の長さがちょうどよくって」

 世間一般でよく言われる、ワイルドタイガーを引き立て役にしてバーナビーを褒める──ように聞こえるが、ことこれに関してはまったくそうではないその発言に、しんみりとほころんでいたバーナビーの周囲の空気が凍り、ライアンが噴き出すのを堪えた。
「タイガーって、身長に対して脚が長すぎるよね。バランスがあんまり良くないし、よくずっこけたり、がに股気味だったりしない?」
「あー、そうなんスよね〜。脚振り上げるといまいちバランスがとれなくって、だからパンチ技のほうが得意なんですよ俺」
「脚が余ってるんだよねえ。バーナビーはその点いいバランスだ。キック技が得意っていうのもわかるよ」
「今はだいぶ絞ってるけど、食ったらそのぶん肉になる体質なのもいいんスよね〜。身体に関しちゃホントうらやましくって……あでえっ!! なんだよバニー!」
 眼鏡を逆光ぎみに光らせたバーナビーは、身長に対してバランスの悪い、つまりバーナビーより身長が5センチ低いのにバーナビーよりやや長い虎徹の脚を、無言で踏みつけた。全く悪気がなかった虎徹は、ぎゃあぎゃあと喚いている。
「そうですね。存分に羨ましがってください。夜中に連日ビールとピザを食べ続けようと、どんなにマヨネーズを馬鹿食いしようと全く脂肪にならないおじさん」
「何!? 何怒ってんの!?」
 青筋を立てて目を据わらせるバーナビーに、虎徹は本気で疑問符を浮かべていた。そのやりとりに、同じく人間工学的な観点でしか人体を評価しないルーカス医師も首を傾げている。

「あとはゴールデンライアンも典型だね」
「おい、だから俺を引き合いに出すなよ」
 バーナビーの完璧なバランスの脚の長さについて笑いを堪えていたライアンは、下顎を出して抗議した。
 しかしルーカス医師の言う通り、その顔は確かに完璧に整ってはいるが、そういうコミカルな表情が似合う個性的な顔つきである。もちろん、短所どころか長所であり、もっと言えばチャームポイントになっているが。
 能力発動前の彼の姿がルーカス医師の説明にそのまま当てはまっているのも事実で、繊細なまでに整った華奢な美少年が、高校生での能力発現によって顔つき、体つきともに今の非常に男性的で個性的な容姿に変化している実例は、典型的なモデルケースと言っていいだろう。

「でも、なんか納得だな。キッドもかなり整った子だし」
 完全に親目線で、虎徹は頷きながら言った。
「そういえばカリーナも、かなり小さい時に能力が発動したと言っていました。折紙さんも」
「ああ〜。美形だよなあ、あのふたりも」
 ガブリエラの発言に虎徹がまた頷くが、他の面々も納得した様子だった。
 その美少女ぶりで実際にアイドルをしているカリーナは言わずもがな、そしてイワンは本人に何故か自覚がないが、美形が多いと昔から言われるコンチネンタル最北部エリアの系統の、その中でもかなり整った顔立ちである。
 ちなみに、アントニオ、キースの発動時期は高校生の頃。ネイサンはもっと遅く、20代に入ってからだという。

「痩せすぎとか太りすぎとかで、一見わからなくなっている人はいるけどね。職業柄、僕はかなりの人数のNEXT能力者を見てきてるけど、みんな顔立ちが美形だったり、芸術的なまでの肉体の持ち主だったり、容姿が良い人が圧倒的に多い」
 それに、もしわかりやすい美形ではなくても、優れた肉体は機能美というある意味での究極美に達する。美に個性が加わることで、中庸な美形よりも好みが分かれるぶんディープな好意を寄せられやすくもあるだろう。

「これが、NEXT至上主義の選民思想の元にもなりやすいところでもある」

 全人口のうちひと握りしかいない、あらゆる物理法則を捻じ曲げる超能力。
 そして、それに付随する優れた容姿、身体能力、頭脳。
 NEXTを新人類、選ばれし者と考える者たちの思想の根拠はここにある。選民思想に染まってしまう当人、また彼らの力の大きさに心酔して付き従う非NEXT。

「まったくねえ、悲しいことだよ。NEXTが生物として優れてるのは僕も否定しないけど、それを差別に繋げるのはナンセンスだ。NEXTを虐げるのも、無闇に持ち上げて非NEXTを馬鹿にするのも、まったくもって愚かなことだよ」

 世界的にも最先端のNEXT医学における権威であるルーカス・マイヤーズ医師の本気の嘆きに、NEXTたちはただ無言で苦笑する。
「ああ、お茶がなくなった。君たち、もっとたくさんお茶を飲みなさい」
「……センセ、もっとたくさんも何も、そもそもお茶を出されてねえよ」
 呆れた様子で、ライアンが言う。
「あれっ? そうだった? これは失礼」
 超優秀だが医者というよりは研究者寄り、そのせいか色々すっとぼけたところもあるらしい彼のネクタイの上では、中央に輝く星がついた小さな十字架がそっと揺れていた。
★メイプルキティの冒険★
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BY 餡子郎
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