#090
★メイプルキティの冒険★
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「ひえっ……」

 楓が虎徹とバーナビーに連れられてアポロンメディアにやってくると、目が合った男性社員が、顔を引きつらせて足早に去っていく。
 しかし、思わず声を上げたのだろう彼が目立っただけで、見渡す限り他の者達の多くも似たようなものだ。目を合わさないように、距離を取ってそそくさとその場を離れようとする人々。
「……気にすんなよ、楓」
「ううん」
 顔を顰めて低い声を出した虎徹に、楓は苦笑して返す。
「やれることは、全部やってるんだもん。それでもだめなら、しょうがないよ」
 楓の逆の手を取っているバーナビーは険しい顔をして、顔は覚えましたよとか、NEXT差別撤廃を謳う企業が嘆かわしい、抗議をして会議の議題に上げなければ──とぶつぶつ言っていた。

 ヒーローの街であるシュテルンビルトは、世界的に見てもNEXTに対する理解の深い街だということは間違いない。
 しかしSSレベルのNEXTともなれば、差別は良くないと普段は訳知り顔でもっともらしくのたまう人々も頬を引きつらせる、それが現実なのだ。皆が好意的で警戒心を抱かないSSレベルNEXTなど、それこそホワイトアンジェラぐらいのものである。

 ヒーローふたりに連れられてこうして楓がアポロンメディアにやってくるようになってからというもの、社員たちの反応は様々だが、ぴりぴりとした緊張感は拭えない。
 皆、いつ楓が暴走するか、物を壊すか、人を傷つけるかと、そう危惧しているのだ。

「SSなんか施設に入れておけばいいのに」
「なんでこんなところに連れてくるの」
「タイガーの子供だから? 特別扱い? こっちはたまったもんじゃないわ」
「子供ったってNEXTだろ」
「NEXT差別撤廃を掲げてるからって、やりすぎだ!」
「私たち社員はどうなってもいいってこと? 労災下ろしてよ」
「いやいや。あの子が暴走したとしても、それがこの仕事を選んだ私たちの運命なのだから受け入れなければ」
「そこまで仕事命になれないわよ」
「かわいそうじゃない。SSなんかになって、つらいのは本人なんだから……」
「壊し屋の子供? マジ勘弁してくれ」
「怖い」
「迷惑」
「せめてこっち来ないでほしい」

 ハンドレッドパワーが不意に発動してしまった時、楓は周りを僅かでも傷つけないように、目を閉じて、指先ひとつ動かさずじっとするようにしている。しかしじっとしているがゆえ、今度は100倍に強化された聴力が、多くの人が壁の向こうで不安げに話す言葉を拾ってくる。
 たかが1分、あるいは5分。それなのにやけに長く感じるその時間が、ただ過ぎるのを待つ。ここ数日、楓はそんな日々を過ごしていた。

 毎日の過ごし方としては、だいたいは虎徹の部屋で寝泊まりし、手を繋いでアポロンメディアに出社。仕事を片付ける虎徹とバーナビーの横で宿題や問題集を片付け、終われば昔のHERO TVを見たり、ふたりにコーヒーを淹れたりする。楓が来てから虎徹の仕事がとても早いらしく、気難しそうな事務の中年女性が、とても楓に親切になった。
 午後からは、まちまち。昼食は虎徹とバーナビーと摂るが、それから一緒にジャスティスタワーのトレーニングルームに行くこともあるし、彼らと別れ、迎えに来た他のヒーローと一緒に行く時もある。
 アポロンメディアで妙に無表情でじっとしている楓がヒーローたちしかいないジャスティスタワーに行くと笑顔になって一緒に運動したりしているのに気付いたのか、虎徹が午前中に仕事を片付けるスピードは日々上がっていた。

 ジャスティスタワーにはいつも誰かしらがいるものだが、それぞれが毎日いるわけではない。
 未成年のパオリン、そしてイワンはそこまで仕事が多くないらしくトレーニングルームにいる比率は高かったが、パオリンは教育番組の収録やら自主的に行っている救急救命講習に出かけて行ったりするし、イワンはラジオの収録やテレビの仕事でいないことがあった。
 カリーナは未成年であるがアイドルとヒーロー、高校生と3足の草鞋を履き、ある意味最も忙しい。ネイサンは言わずもがなオーナー業が多忙であるし、アントニオも最近長年の積み重ねが認められ、ベテランヒーローとして扱われ仕事が多い。
 キースもさすがのKOH、ポセイドンラインの意向もあって今は仕事を選んでいるが、そうでなければ寝る暇もないだろうと言われるほどだ。

 虎徹とバーナビーは、言わずもがなである。
 今日も真っ黒のスケジュール表を、楓は指でなぞった。










「すごい。実際に見学できるなんて」
 バーナビーが、興奮気味に言う。眼鏡の奥の明るい緑の目を少年のようにきらきらさせながら彼が熱心に見ているのは、様々な機械類。
 そんな彼の様子に、白衣を着た研究員はにこにことした顔で頷く。
「そう言っていただけるとうれしいですねえ。自慢の設備なので」

 ──ここは、シュテルンヒーローランド。
 その象徴のひとつ、巨大天球儀が設置されたセレスティアル・タワーの中にある観測所だ。
 つまりアスクレピオスホールディングスの子会社のひとつ、航空宇宙研究所・オピュクスの施設である。また年明けに打ち上げられる予定の探査機シャイニングスター、それに関わる研究施設でもあった。

 ライアンとガブリエラがここヒーローランドでのクリスマスイベントの打ち合わせをしている間、バーナビーと虎徹、そして楓は、彼らのコネでこうして設備を見学させてもらっているのだ。
 元々は先日の「宇宙とかスケールの大きいものを見るといい」というアドバイスをしたライアンが、ちょうどいいものをアスクレピオスで作っているから見学してはどうだ、と言い出したのがきっかけだった。
 そこにそういった分野に深い興味を持っているバーナビーが食いついてきて、虎徹も成り行きで同行することになり、現在に至る。

「このシャイニングスターって、宇宙人を探すロケットなんだよな? 夢があっていいねえ」
「宇宙人って、虎徹さん……」
「ははは、間違いではありませんよ」
 のほほんとした虎徹の発言に呆れた目を向けたバーナビーだが、案内を請け負って彼らを出迎えた研究員は、朗らかに笑った。
「未知の生物を探す、という意味ではね。ワイルドタイガー、年明けに飛来するオリオン流星群はご存知で?」
「あー、アレですよね、アレ。すっげーいっぱい流れ星がくるやつ」
 間違いではない──が、貧弱な語彙での説明にバーナビーが頭痛をこらえるような仕草をし、楓が小さくため息をついた。
 当の虎徹はいつもどおり全く意に介していないが、研究員もそんな彼の態度や知識量のなさを不快に思うでもなく、先程からいちいち穏やかに受け止め、わかり易い言葉で解説してくれている。夏休みのこども電話相談室なんかでいいコメンテーターをしそうな人だな、と楓は思った。
「それであっていますよ。地球から観測すると、ちょうどオリオン座のラインをなぞってやってくるようにみえるので、このような名前がつけられました」
「ふんふん」
「そしてこの流星群は、今まで我々が観測できなかったエリアから流れてくることがわかったのです。──我々以外の生物がいるのではないか、と長年議論してきたエリアでもあります」
「おお〜……」
 これには虎徹だけでなく、バーナビーも身を乗り出す。

「つまりこの流星群を調べれば、そこに生物がいるかいないかわかるかもしれない、ということです。いるとすればバクテリアなどの微生物、菌。あるいはその死骸などになるでしょうが、何かひとつでも見つかれば、歴史に残ることになるでしょう」

 そう言って、研究員はディスプレイを立ち上げた。
 リアルなものではないが、3Dモデルの映像。地球からシャイニングスターの模型とわかるモデルが打ち上げられ、軌道に乗って地球の周りを回り始める。そしてポイントまで来ると、少しずつやってくる流星群と接触するための小型ポットを射出。
 そのためシャイニングスターには、流星群のサンプルを採取するロボット、凄まじい速さで飛来する流星群と接触してもダメージを受けない新素材の外装など、さまざまな新技術がふんだんに使われている。ちなみにこれらは、ホワイトアンジェラのヒーロースーツにも一部流用がされている。
 しかし世間から注目されているのは、もっと別のものだ。

「“ノアの目録”も、ここにあるんですか?」

 わくわくした様子で、バーナビーが言った。
「ノアって、聖書に出てくるノアの方舟、のノアですか?」
「おや、よく知っているね」
「うちの子賢いんですよー」
 疑問を投げかけた楓を褒めた研究員に、虎徹がでれでれと言う。楓がじろりと虎徹を睨んだ。

「そう、そのノアです。このシステムには、地球上で発見されている全ての生物のデータがインプットされ、それを元にあらゆる生態データを解析するスーパーコンピュータが搭載されています。新天地に向かうため、世界じゅうの動物を乗せたというノアの方舟のように」
「そのデータベースだけでも、素晴らしいものですね」
 先程から最もテンションの高いバーナビーがやや早口で言うと、研究員は深く頷いた。
「仰るとおり。元々は生物学の分野で作られたデータベースですが、このプロジェクトにあたり、アスクレピオス系列のあらゆる研究所と協力して完成させました。特に、生物情報のデータ化にはドクター・ルーカス・マイヤーズに多大なご協力を……」
「ルーカス・マイヤーズ……ああ、高名な脳科学者で、NEXT医学博士の」
 顎に手を当てて頷きながら、バーナビーが相槌を打つ。

「ご存知でしたか。ええ、その方です。今はアスクレピオスのヒーロー事業部でヒーロースーツやシステムにも関わりつつ、ゴールデンライアンの主治医も兼任なさっておられますが」
「そんな名医が主治医とは、羨ましい限りです」
「アスクレピオスは、有用だと判断したものには資金はもちろん何もかもに糸目をつけませんからな。これもヒーロー事業部、ひいてはゴールデンライアンとホワイトアンジェラがそれほど重用されているということでしょう」
「ますます羨ましい……」
 スキャンダルや不祥事続きで経営的に厳しいアポロンメディアのヒーローは、難しい顔で唸った。後ろにいるもうひとりのベテラン・ヒーローはといえば、話の内容に興味を失ってきたのか、欠伸を噛み殺して娘に肘で小突かれているが。

「シャイニングスターの話に戻りましょうか。このノアの目録をどのように活用するかというと、ですね。まずノアの目録の機能は、大きく分けて3つ。先程申し上げた膨大な“データベース”、そして対象の“スキャン”、そして新たに開発した超広範囲の“サーチシステム”です」

 指を立てながら説明した研究員に、3人が顔を見合わせる。
「ぜひ実際に体験して下さい。こちらへどうぞ」
 研究員が歩いて行く後ろ姿に、3人は続いた。
 自動ドアをくぐり、また何やらたくさんの機械が所狭しと設置された小さな部屋にやってくる。導かれたのは、その中央にある機械の前だった。

「この部屋全体が“ノアの目録”です。正しくは、シャイニングスターに搭載しているもののバックアップのひとつですが」
 機械というよりは、建造物の規模。巨大なコンピューターを見上げ、3人がホーと息をつく。
「リアルタイムサーチモード、範囲は──と。さ、やってみましょう。面白いですよ」
「はあ」
「ちょうど親子揃っていらっしゃいますし、お嬢さん、どうぞ」
「えっ、わ、私?」
 指名された楓はおっかなびっくり進み出て、研究員が指示する通りに、装置に手を置いた。するとコピー機のスキャニングのような動きで、白い光が楓の手を通り抜ける。
《スキャンシテイマス》
「わわわ」
 ディスプレイに、様々な情報が表示される。
 楓はもちろん、虎徹やバーナビーが見てもちんぷんかんぷんな情報だ。しかし二重らせん構造の遺伝子塩基配列モデルがあっという間に構築され、「お嬢さんのですよ」と研究員が告げたので、よくわからないまま、3人はホーと感心した声を出して画面を見つめた。

「これがノアの目録の機能のひとつめ、“スキャン機能”。今までは長い時間と手間がかかった遺伝子情報解析を、超短時間で実行することができます」
《──スキャン完了。生物分類、ホモ・サピエンス。遺伝子情報把握。類似生体反応ヲサーチシマス……》
「そして、これがふたつめ。“サーチ”ですね」
 機械音声がそう告げると、大きな画面に、シュテルンビルト全体の地図が表示される。その地図の上を、十字のラインがうろうろと動くこと、約10分。

《──類似生体反応発見》

 ピコンと音がして、ディスプレイにまたも雪崩のように情報が流れてきた。最後に先程の楓の塩基配列モデルと、もうひとつ似たようなモデルが構築されて表示される。
 ふたつ並べられたモデルの多くの場所には赤く色がついていて、専門知識が何もなくても、そこがふたつのモデルの類似箇所であるということは、すぐに理解することが出来た。
《──座標、シュテルンビルトシティ、パシフィックオーシャンエリア◯◯ー◯◯◯◯》
「僕達が今いる住所ですね」
 バーナビーの言う通り、十字のラインの交差点は、ヒーローランドがある場所を示していた。
《──解析シテイマス……。終了。対象ガサンプルト親子デアル確率、99.8パーセント。データベースニアクセスシマス……、国際NEXTデータベースニテ情報一致。対象、鏑木・T・虎徹》
「うぇっ!?」
 機械音声に名前を呼ばれた虎徹は、ひっくり返った声を上げ、目を丸くした。しかしその間にもディスプレイはまた目まぐるしく動き、虎徹の顔写真や、プロフィールなどが表示されていった。
「え、え、これどういうこと!?」
「面白いでしょう。これがみっつめ、“データベース”」
 ぽかんとしている3人に、研究員はドヤ顔ともいえる様子で笑った。

「これがノアの目録の機能です。まずお嬢さんの遺伝子データを“スキャン”して読み取って、親子関係にある生体反応という指定の元、シュテルンビルト市内を“サーチ”。最後に“データベース”と照らし合わせて個を特定」

 現在は、親子か同父母の兄弟であれば本人以外の対象のサーチが可能である、と研究員は説明する。
「探す対象は生きている状態でなければいけませんが、スキャンするサンプルは髪の毛とか、遺伝子情報がわかるものなら大丈夫です。つまり行方不明中の本人を探すとか、遺留品の持ち主が今どこにいるか探す、今したような親しい血縁関係の方を探すといったことが出来るわけですね」
「へえ〜! 人探しはイッパツだな!」
 虎徹が、感心していることをありありと表すような様子で言った。
「はい。既に、スキャン機能とデータベースのみで、逃亡中の犯罪者を探すシステムとして数年前から実用化されています。空港で見たことがありませんか?」
「あ、見たことある! 修学旅行の時、くぐりました。あの、金属探知機よりごっつい感じのやつですよね?」
 国際警察の人が横に立ってて緊張しました、と楓が言う。

「それです。あれは空港に来た人をスキャンして、犯罪者データベースに登録されている遺伝子情報と照らし合わせています。しかもNEXT医学の権威でもあるドクター・マイヤーズの協力により、全身整形はもちろん、NEXT能力によって姿かたちを変えていても特定できる仕様になっています」
「それはすごい」
 バーナビーが、目を見開く。
 NEXT能力による擬態や変形は、人の目や機械を欺くからこそ脅威である。それを技術によってクリアするというのは、相当画期的なことだ。
「ただ、サーチの範囲には限界があります。今いるこのセレスティアル・タワーからですと、サーチ範囲はシュテルンビルト市内が精一杯」
「それでも凄まじいですよ。──これ、市内で事件が起きた時、犯人の居場所を特定するのにも役立つのでは?」
「あ、なるほど! そりゃいいな!」
 バーナビーの指摘に、虎徹が手を打つ。ヒーローらしい発想を真っ先にしたふたりに、研究員は頷く。
「はい。空港での運用で実績ができたこともあって、司法局から申請が来ていますね。採用されれば、犯罪者データベースに登録されている対象なら数分で見つけ出すことができるでしょう。あくまでシュテルンビルト市内で、ですが」
「素晴らしい」
「まったくだ。採用はいつなんだ? 裁判官さんなら知ってっかな」
 真剣な顔で頷くふたりを、伺うように楓が見上げる。

「どうでしょう、そのあたりは私は担当ではないのでなんとも。──そう、それで、シャイニングスターに話を戻しますが」
 研究員が仕切り直したので、脱線しかけていたヒーローふたりは背筋を正した。
「さきほど、サーチ範囲はシュテルンビルト市内が精々、と申し上げましたけれども。実はこれ、宇宙空間だとほぼ無限に範囲を広げられるのですよ」
「む、無限?」
 実感の沸かない単位に、虎徹がふわふわした声色で言う。しかしバーナビーも、驚いた様子で目を丸くしていた。
「はい。ほぼ、と言っているのは、計算すると137億光年を遥かに超える数値となるため実質無限に近い、という意味ですが」
「……えっと、どういう意味?」
 楓が、首を傾げた。
「諸説あるけど、宇宙は137億年前に誕生したと言われてる。宇宙はどんどん大きくなっているけど、いまのところ137億年かかって光が進む距離、つまり137億光年までの宇宙しか、地球からは観測できないんだよ」
 バーナビーが解説すると、楓は「多分なんとなくわかった」と頷き、虎徹が「わかったようなわからんような」と唸る。
「まあ、そのへんは重要なところではないです。全てではないけれどもものすごく遠いところまでサーチできる、と考えていただければ」
「了解でっす! ったく、バニーもこういう説明でいいのに」
 研究員に愛想よく返し、相棒の説明にケチをつける虎徹に、バーナビーがむっとした顔をした。楓が苦笑する。

「それで、ですね。宇宙空間だとどこまでもサーチ範囲を伸ばすことが出来るのに、地上であるとシュテルンビルト市内がせいぜいになってしまうのは、まあざっくり言うと空気があるからなんです。しかも都会は塵などの不純物、細かいゴミが大気に多いですからねえ。サーチの精度が格段に落ちる」
「なるほど。宇宙空間ならそもそも大気自体が存在しないですからね」
「そういうことです」
 やはり理解の早いバーナビーに、研究員は微笑みながら頷いた。

「この3つの機能を持った“ノアの目録”を搭載して、シャイニングスターは打ち上げられます」

 研究員が手元の装置を操作すると、ディスプレイに、最初に表示されたシャイニングスターの打ち上げ3Dモデルが表示された。
「実は、シャイニングスターは2度別れる仕組みになっています。打ち上げ後、地球の周りを周回する軌道に乗りましたら、1度目の分離。分離した部分は流星群に向かい、サンプルを採取。完了したら更に分離し、採取したものを乗せた小さいポッドが地球に戻ってくるようになっています」
 画面の中で打ち上げられたシャイニングスターのモデルがふたつに別れ、説明通りの動きをする。
「そして最初に軌道に乗って空に残った機体は、宇宙空間に向けてこのサーチを広げつつ、地球の周りをぐるぐる回ります。そして、探すのです。この宇宙の果てに、我々と同じように生きている、“ノアの目録”に一致するような存在がいないかどうか。──なので、タイガーが最初言った“宇宙人を探す”というのは間違いではないのですよ」
「おっ、ほら、やっぱりそうじゃねえか。いやあ、いいねえロマンがあって」
「ええ、私もそれが高じて研究者になりましたしね」
「そうそう、そうだよ。男はロマンを追い求めなくっちゃあ」
 なんだかんだ、中年同士で意気投合している虎徹と研究員に、バーナビーと楓は不意に目を見合わせ、同じように肩をすくめてみせた。

「それで、ロマンを追うのもいいのですが、現実的な部分ももちろん考えられています」
 空港に設置した犯罪者サーチシステムのように、と研究員は説明する。
「“ノアの目録”を搭載して地球の周りを回るシャイニングスターのサーチを、外ではなく内側、つまり地球に向ければ、先程言った人探しにも使えます。上空がサーチ拠点となるので、範囲もかなり広くなりますしね」
 大陸まるごとぐらいの範囲なら可能と試算されています、という研究員の説明に、3人はもはやホーッと感心して頷くしか出来ない。

「本当なら、生体反応のないものや、親子兄弟以上の血縁関係のある対象も探せるようにしたいのですが、まだそこまでは開発できていません。これができれば流星群の解析もぐっと進みますし、地球上でも、例えば化石や遺跡などの発見にも役立ったり、本人のサンプルがなくても近親者をサンプルにして手がかりを探したり──行方不明者のご遺体なども探せますから、研究は進められているんですが」
「……なるほどなー。そっか、そういう使い方もできるんだな」
「早く完成するといいですね。応援しています」
「ありがとう。チームの皆にも伝えておきます」
 ヒーローふたりの激励に、研究員は頼もしげに頷いた。






「よっ、どうだった?」

 セレスティアルタワーのキャスト用通用口で待っていたのは、ライアンとガブリエラだった。ひらりと手を振るライアンとその隣にいるガブリエラに、楓が小走りで駆け寄る。
「すっごく面白かった! あと……、スケールの大きいものを見るといいっていうの、ホントだね。なんだか気が楽になったっていうか、大丈夫な気になってきた」
「そっか、そりゃよかった」
 前向きなことを言う楓に、ライアンも笑みを浮かべてみせた。

「ライアン、ありがとうございます。楓ちゃんのこともですが……、元々、このシャイニングスターのプロジェクトは個人的にかなり興味を持っていたので」
「俺はあんま知らなかったけど、実際見てみたらスゲー面白いな! ワクワクしたぜ」
 少年のような様相で言うバーナビーと虎徹に、ライアンは肩を竦める。
「どーいたしまして。ま、元々イメージキャラクター候補だったってコネと、あとは主治医のドクターのコネでな」
「ああ、ドクター・マイヤーズですね」
「そうそう。説明されたかもだけど、あのヒトこのシャイニングスターにもかなり協力してるから。っていうか、ノアの目録に関してはあのヒトがだいたい作ったようなもんらしいし」
「凄まじいですね」
「まったくだ。本人は愉快なおっさんだけどな」
 興味深そうにしているバーナビーに、ライアンは肩をすくめた。

「今日の朝の診断の時、ついでにお嬢ちゃんの話もちょっとしてみたんだけど、いつでも力になるって言ってくれたぜ」
「それはすごい」
「すげえ名医なんだろ? ありがてえな」
 ライアンの報告にバーナビーは純粋に驚いて目を見開き、虎徹は言葉通り、感謝の滲んだ笑みを浮かべた。
「私も、今朝シスリー先生に話をしました! いつでもどうぞ、とのことです!」
「シスリー先生って、ギャビーの主治医の女の先生だよね?」
「そうですよ。話しやすくて、優しい方です。とても頼りになります」
 ガブリエラは笑顔のまま、楓に向かって大きく頷いてみせた。
「ドクター・マイヤーズは名医ではあるんだけど、医者というよりは研究者寄りで、ちょーっとデリカシーが足りねえところがあるからなあ。緊張しそうだったら最初にシスリー先生のカウンセリング受けたりしてから、ドクター・マイヤーズに話聞きに行く、とかでもいいかもな」
「そっか。ふたりとも、何から何までありがとな」
「ライアンさん、ギャビー、本当にありがとう」
 揃って感謝を述べる鏑木父娘に、ふたりは無言で、どうということはない、という意味の笑顔を浮かべた。

「それにしても、アスクレピオスは本当に研究所中心の企業なんですね」
 バーナビーが、重ね重ね感心するような調子で言った。
「医療系と、生物学系が中心だけどな。オピュクスも、打ち上げるロケットとか機械の部分に関してはまた別の企業だし。打ち上げも全然別のところだしな」
「オピュクスはシステム開発と分析という感じでしょうか」
「そういうこと。宇宙だけじゃなくて、海洋生物研究とかもやってるぜ」
「詳しいなあ、お前」
「いやおっさん、自分の所属企業だからな?」
 感心した様子の虎徹にライアンは半笑いで言い、バーナビーがため息をつき、楓がジト目になった。

「だっ! 何だよ! じゃあバニー、アポロンが出してる雑誌とか番組とか、全部把握してるってのか!?」
「細かい内容までは流石にカバーできませんが、誌名や番組名くらいなら当然」
「えええ」
 あっさり返され、虎徹がたじたじになる。そこで、ガブリエラが腕を真っ直ぐにして、ぱっと挙手した。
「タイガー! 私はアスクレピオスの子会社や研究の内容について、よくわかっていません!」
「あ、そうなのか?」
「はい! 私は少々おバカちゃんなので!」
 元気よくはきはきと言い切ったガブリエラに虎徹は情けない顔をし、その顔を両手で覆って俯いた。ライアンが生暖かい目をして、その肩をぽんと叩く。

「しかし、私は研究に協力することもあります。この間はお花を咲かせました!」
「あ、南極で見つかった白い花ですよね。ニュースで見ました」
 ガブリエラの発言に、バーナビーが食い気味にのってくる。ジュニア君ほんとこういう話好きだねー、とライアンがのほほんと言う。
 彼らが言っているのは、南極で見つかった化石に含まれた数万年前の種子をホワイトアンジェラの能力で発芽させ、当時の生態系などを把握するかなり重要な資料になった、というものだ。
「そうそう、アレ。例によって肩こりだの眼精疲労だの治して回った上に、他にもコイツの能力で研究が進んだっていうのが細々あってさあ、そのおかげでアスクレピオスの医者連中だけじゃなくて、研究員とか博士たちにもアンジェラファンが増えまくってて」
「難しいことはよくわからないのですが、みなさん宇宙人や恐竜を見つけたり、良い化粧品を作ったりする研究をしてらっしゃるそうです。これからも協力させていただくつもりです!」
 虎徹と似たような認識らしいガブリエラに、バーナビーがひそかに苦笑する。

「しかし、あの化石の花が咲いたときは嬉しかったです。しかも、私の名前がつくかもしれないのです!」
「えっ、すごいね!」
「増やすことが出来たら、そのうち花屋に並ぶかもしれません。きれいな花ですし、とても楽しみです」
 にこにこしているガブリエラに、楓も「楽しみだね」と笑い返した。
「ちょっとこれ羨ましいよなー。俺ガキん時、恐竜の化石発見して自分の名前つけるのが夢だったんだよな」
「あ、わかります。僕も新しい星を見つけて、自分の名前をつけたいと思っていました」
 口を尖らせて言ったライアンに、バーナビーが乗る。

「いいねー。あの“ノアの目録”の装置が完成すりゃ、どっちも夢じゃねーかもよ」
「そうですね」



「じゃ、お嬢ちゃんは預かるぜ」
「今日はよろしくお願いします、カエデ」
「よろしくお願いします!」

 ライアンとガブリエラに、楓は軽く頭を下げた。
 ヒーローランド、キャスト専用駐車場。うまい具合にゲストたちからは見えなくなっているそのエリアに、彼らはいた。
 本日の予定は、午前中にライアンとガブリエラがクリスマスイベントの打ち合わせをしている間に虎徹とバーナビー、楓はセレスティアル・タワーの観測所見学。そしてそれがこうして終われば、逆に虎徹とバーナビーがヒーローランドでのイベントの打ち合わせに駆り出され、午後はジャスティスタワーにて待機命令に従うライアンとガブリエラが、楓を預かることになっていた。

「へー、これライアンの車?」
「あなたらしい車ですね」
 いかにも高級車という感じの巨大な愛車を見て、虎徹とバーナビーが言った。
「まあな。乗り心地は保証するぜ」
「……ありがとうございます」
 楓は、ホッとした笑みを浮かべた。
 虎徹かバーナビー、もしくはアントニオ。つまりコピーしても危険のないNEXT能力者とずっと手を繋いでいられれば、空いた電車や人とぶつからない程度の道に限って徒歩移動もできるが、そうでない場合、楓は下手に動くことが出来ない。
 車移動は、楓が安心して移動できるほとんど唯一の移動手段である。そのことを知っているライアンは、当然のように自分の車を出した。

「ヒーローランドに来たんだから、ホントは遊べたら良かったんだけどな」

 虎徹が、苦笑しながら言う。
 ヒーローランドのチケットは日にち指定の事前予約が基本で、当日券は規定人数の2割のみ。そのため現在かなりの倍率であるが、ヒーローとして、そして協賛・スポンサー企業権限で、楓ひとりのチケットを用意するのはさほど難しいことではない。
 しかし能力が安定していない楓にとって、たくさんの人が行き交うテーマパークで過ごすなど、危険極まりない行為でしかない。せっかくのシュテルンビルト、せっかくのヒーローランドとコネがあるのに、楓はこうしてスタッフ専用の通路にいる。
「しょうがないよ。でも普通見学できない所見せてもらったし、逆にラッキーでしょ?」
 楓が、肩をすくめて明るく言う。
 ライアンが楓にセレスティアルタワーの見学をプレゼントしたのは、少女のこういう不憫さを考慮してのものでもあった。
 現在あの研究所は一般に公開されていないし、見学も受け付けていない。非常にレアな体験で、バーナビーが喜んでいたのも当然のことだったのだ。

「……ま、そうだな。今度来るときは、ちゃんとチケット用意して遊ぼうな。お父さんも一般客として来たことねえし」
「えー、お父さんと行くの……?」
「嫌なの!?」
 不満げな顔を見せる楓に、ショックを受ける虎徹。もはや最近お決まりとなりつつあるやり取りに、バーナビー、ライアン、ガブリエラが笑った。

「ではカエデ、どうぞ」

 内側がファーになっている黒いコートを着たガブリエラが、後部座席のドアを開ける。楓は少し高いステップに足をかけ、座席に腰掛けた。車のシートとは思えないふかふかの座り心地に、わあ、と思わず声が漏れる。
「んじゃ、今日は頼むな」
「まーかせとけって」
 運転席でサングラスをかけたライアンが差し出した拳に自分の拳をぶつけ、虎徹は車から一歩離れた。

「──お父さん! お仕事、頑張って。バーナビーも!」

 楓は窓を開け、出来る限り大きな声で言う。
 この間から楓は、虎徹と別れるとき、欠かさずそう言うようになった。
 それは忙しい彼らに自分ができることは何かと考えた結果であり、またそれが虎徹が最も嬉しそうに笑ってくれることだからだった。

「おう、パパ頑張っちゃう! 楓はムリすんなよ!」
「ありがとう、楓ちゃん」

 そして今日も虎徹は満面の笑みを浮かべ、バーナビーも優しい笑顔を浮かべて、楓を見送ってくれたのだった。
★メイプルキティの冒険★
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BY 餡子郎
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