#086
★メイプルキティの冒険★
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 ──12月。
 シュテルンビルトも、すっかり冬。街はクリスマスの装飾に染められ、どこに行ってもクリスマスソングが流れる時期となった。



「おら捕まえたァ!!」
「きゃー! あははははは!」

 芝生が広がる広場で逃げ回る子供を捕まえたライアンは、そのままその子供を小脇に抱えた。しかしその反対側の腕にはすでに他の子供が同じように捕まえられていて、きゃっきゃっと楽しそうに笑っている。
「ライアン、肩車して、肩車!」
「おいコラよじ登んな、やってやるから。おいやめろパンツが脱げる、待てってコラ、──はいダメ! ここからは有料!」
「子供に向かってなんてことを言っているんですか、あなたは」
 腕力がある上に大柄なせいで、やんちゃな子供たちに群がられジャングルジムのようになっているライアンの発言を、バーナビーが呆れた声でたしなめた。

 マーベリック事件からこっち、シュテルンビルトのヒーローたちは皆イメージ・信用回復のため、慈善事業やボランティアに熱心になっているところがある。
 そして今日は、シュテルンビルトの親のない子供たちが暮らす施設や病院などの子供たちを連れて、自然公園にやってきていた。自然公園は以前ライアンやキースらがピクニックに訪れた場所である。もちろん、ボランティアだ。
 主催はアスクレピオスと、協賛する形でアポロンメディア。アスクレピオス系列の病院や施設に所属している子供たちが多いが、バーナビーが個人的に懇意にしている施設の子供達もいる。
 冬の気温は冷たいが、子供は風の子。そして元気いっぱいの彼らに付き合って走り回っているヒーローたちも、身体はじゅうぶんに温まっていた。

「よーし、今度は何して遊ぶ!?」
「まだまだイケるッスよ、ヒーローたるもの体力勝負ゥ!」

 さらに広場の向こうでは、二部リーグヒーロー達が子供たちと走り回っている。引率する子供の人数が多かったため、虎徹が声をかけたのだ。
 二部リーグのあり方が見直されてからというもの、事件時は救助活動中心、そうでないときは主にこうした慈善事業に精を出している。その活動は所属企業のイメージアップにもなるため、最近二部リーグヒーローを抱える中小企業も多くなってきた。
 一部リーグヒーローのようなあからさまに超人的な力を持たない彼らだが、一般人よりは遥かに体力があり、身体能力その他のスペックは高い。パワフルな子供たちの遊び相手としてはうってつけで、子供たちにも、そして普段彼らの面倒を見ている施設のスタッフにも、二部リーグヒーローの施設訪問は非常に歓迎されていた。

「お〜っす、やってるぅ?」

 せっかくの長い脚をガニ股にしてやってきたのは、虎徹である。
「ちょっと虎徹さん、あなたまで。飲み屋じゃないんですよ」
「え? 何の話?」
「よーっし、おっさんが来たぜー! おら坊主ども虎退治だ、行け!」
「わー!! 虎徹だ、コテツー!」
「だっ!?」
 ライアンがけしかけてきた男児に群がられ、虎徹がよろめく。
「こらこらこら、ストーップ! もうすぐ昼飯だぞー! 火とか包丁とか使うから、え〜っと、……10歳以上の子! もちろん手伝ってくれるよなー!?」
「はーい!」
「はぁーい!!」
 元気よく手を上げた子供たちに、虎徹は満足げに頷く。
「よーしよし、いい子だ。じゃあまず材料を運ぶぞー。あ、バニー、女の子グループにも声かけてきてくれ。料理したい子とかもいるだろ」
「わかりました」
 相変わらず子供の扱いが上手い虎徹に苦笑しつつ、バーナビーは子供用のアスレチックで遊んでいる子らに声をかけた。王子様めいたバーナビーに声をかけられた女児たちは頬を赤らめ、「バーナビーのために、おいしい料理を作るわ!」と張り切り、一目散に虎徹たちのところに走っていく。

「さあ、お兄さんとお姉さんたちがランチを作ってくれますから、僕らはこちらで、……あれ? 他の子達はどこに?」
「アンジェラさんと、森の方にいますよ」

 そう教えてくれたのは、引率要員として来ているチョップマンである。気の優しい穏やかな性格のせいか、引っ込み思案な性格の子供によく懐かれている。
「アンジェラと? さっきまで、子供たちとアスレチックにいたと思ったんですが」
「……危ない遊び方をしている子供を止めないどころか、“楽しそうですね!”と一緒になってやろうとしたので……。子供たちとまとめて、施設のシスターに叱られていました」
「それはそれは……」
 バーナビーは、僅かに顔を引きつらせた。チョップマンが言った光景が、ありありと想像できたからである。

 今までバーナビーは虎徹を「子供と同じ目線で一緒に遊べる人」と思っていたが、アンジェラが子供と接するさまを見て、その認識を改めた。
 彼女はとても自然に子供たちと同じ目線で遊ぶことができ、実際に遊び相手として大人気だが、いかんせん、同じ目線過ぎるところがある。つまり、叱るとか怒るとか、危険から遠ざけるとか、そういうことをほとんどしないのだ。
 本当に命にかかわることであれば、さすがにちゃんと止めはする。しかしそうでなければ、ほぼ放っているのだ。何かを教えるのも言葉を用いるのではなく、実際にやってみせたり、やらせたりする方法を取る。
 高い木に登ろうとしている子供を止めるどころか見守っている彼女にバーナビーが慌てると、「いちど痛い目に合えば、次に登る時はうまくやれるようになります」とあっけらかんと言い放ち、更には「怪我をしても治せますし」と言ったときは、思わず頭痛がした。
「今は、おとなしい子のグループの面倒を見てもらってます。そもそもアスレチックで遊ばないような」
 チョップマンは、苦笑して肩をすくめた。バーナビーも、乾いた笑みを浮かべる。

「じゃあ僕が呼んできますので、この子達を頼みます」
「わかりました」

 子供たちをチョップマンに預けたバーナビーは、秋の落ち葉が積もったままの小道を歩き、森のなかに入っていく。そしていくらも歩かないうちに少し開けたところに出ると、木々の間から、白いヒーロースーツが見えた。
「アンジェラ──」
 呼びかけようとしたバーナビーは、しかし、声をつまらせた。なぜならその光景が、思わず声を失うようなものだったからだ。

 ふかふかの落ち葉の絨毯の上に、白と薄金、クリアブルーのパーツで構成されたヒーロースーツ姿。その膝の周りに、子供たちが寄りかかったり、頭をあずけ、ブランケットにくるまって寝転がったりしている。
 そしてその肩や頭には小鳥が数羽止まり、よく見れば子供たちの陰には冬毛でまん丸になったウサギやリスがじっとしている。公園の動物とはいえ野生の生き物が無防備に寝てすらいる様に、バーナビーは唖然とした。
 アンジェラがふと手をのばすと、その細い指先に、青い小鳥がとまった。それを夢見るような顔で見上げているのは、茶色の髪をお下げにした、おとなしそうな女の子。くったりしたピンクのうさぎのぬいぐるみを持っている。バーナビーが懇意にしている施設の子供で、物語が好きな、おっとりした優しい性格の子だ。白雪姫が大好きなあの子にとって、この体験はまさに夢の様なものだろう。
 微笑みを浮かべたアンジェラが、指先を女の子の前に差し出す。そしてその指先に止まった小鳥は、おそるおそる女の子が出した手の上のパンくずを、無防備につつきはじめる。
「わぁ……」
 と、女の子が感動したような声を出したのが、バーナビーにも聞こえるようだった。バーナビーも子供の頃はどちらかと言うと彼女のようなタイプだったので、その気持ちはよく分かる。むしろ、今現在この光景に感動していた。
 女の子や他の子供達が頬を赤くして、興奮気味にアンジェラに何か話しかけているのが見える。アンジェラは口元しか見えないが、微笑みながらそれを聞いているようだった。
 そして、彼女はおもむろに小鳥を彼女の手の上に預けると、地面に手を置いた。すると、青白い光がふんわりと広がる。

「う、わ……」

 バーナビーは、思わず声を漏らした。
 なぜなら彼女の周りから、一斉に、新緑の芽が伸びてきたからだ。真冬の落ち葉の絨毯の下から、みずみずしい葉が伸び上がってくる。子供たちも目を丸くして、自分の足元から広がる緑を呆然と見つめていた。冬場に突然現れたごちそうに喜びを表すように、ウサギやリスがぴょんぴょんと跳ねた。
 伸びた新緑の先に、花が咲き始める。時間を急に早めたように、蕾がつき、ふんわりと花びらが開く。絵本を膝に広げた女の子はあんまり感動したのか、口元に両手を当てて、涙目になっていた。

「あ、バーナビーさん」

 呑気な声に、呆然としていたバーナビーは、しばらく気づくことができなかった。
「……アンジェラ」
「どうなさったのですか? 何かトラブルですか?」
「え、あ、いえ、……あの、もうすぐお昼だと……」
「あっ、もうそんな時間ですか。皆さんで、カレーを作るのですよね。楽しみです!」
 喜色のこもった声を上げるアンジェラだが、バーナビーはまだ呆然としていた。

「……本当に、動物が寄ってくるんですね」

 以前彼女たちがこの自然公園に来た時の写真の中に、アンジェラ、いやガブリエラが手にリスを乗せているものを、バーナビーも見た。
 写真だけでもかなり幻想的な絵面だったが、こうして実際に見ると、本当に絵本の中の世界とか、宗教画の模倣のような光景である。
「はい。動物はわかりやすいですので」
「……わかりやすい?」
 言葉の意味がよくわからずバーナビーは首を傾げたが、しかしアンジェラはおもむろに辺りを見回すと、そうです、と何やら手を合わせた。

「せっかくですのでこのウサギ、いくつか捕まえて」
「やめてください」
「冬のウサギは脂が乗っていて美味しいと……」
「やめてください」
「カレーには、リスのほうが?」
「そういう問題でもありません」
 さも名案というように提案するアンジェラに、急に真顔になったバーナビーは、ふるふると首を横に振りながら否定の言葉を繰り返した。
「私は料理ができないので、代わりにと思ったのですが……」
「材料は揃っています! 気を使わなくてもいいと思いますよ!」
「そうですか? ……そうですね。ナイフを持ってきていないので、捌けませんしね」
 残念そうにするアンジェラに、ナイフがあれば捌けるんですか、とバーナビーはあえて突っ込まないでおいた。
 ちなみに女の子は、今のアンジェラの発言の意味がわからないのかそれとも脳が拒否しているのか、目を白黒させている。バーナビーは、彼女が今のアンジェラの発言を夢だと思って忘れてくれることを願った。

「では、行きましょうか」
「ま、待ってアンジェラ! このお花、ちょっと持って帰るから!」
 女の子は急いで、いくつかの花を丁寧に摘んだ。そして宝物を扱うようにそっとハンカチに花を包み、絵本に挟む。「魔法の花だわ……」とつぶやいたのが、バーナビーにもはっきりと聞こえた。先程のグロ発言は、無事なかったことにされているようだ。バーナビーは密かにホッとする。
「押し花にして、しおりにするの」
「それは素敵ですね。皆さん、お昼ごはんを食べに行きましょう。そろそろおなかがすいたでしょう。私はすきました」
 ごはんごはん、と歌うように言いながらアンジェラは立ち上がり、軽やかな足取りで歩いて行く。女の子や、ウサギやリスを撫でていた子供たちが名残惜しそうに振り返りながら、彼女についていった。
 バーナビーもまた、彼女たちがいた場所を振り返る。アンジェラが局地的に呼び起こした春を、ウサギやリスが一心不乱に貪っているのが見えた。



「今日はお世話になりました」

 子供たちをそれぞれの施設に送り届けた後、深々と頭を下げてそう言ったのは、ボランティアのスタッフとして参加していた女性だ。その傍らには、バスの到着所まで彼女を迎えに来た、しっかりしていそうな男の子がいる。彼女の息子で、来年中学生になるそうだ。
 彼女は能力の減退によりつい最近ヒーロー免許を返上し二部リーグヒーローでもないが。能力減退の件でとても悩んでいたが、しかし再就職先をアンジェラとライアンによって紹介してもらったことで、こうして立ち直れた。
 今では長くヒーローを務めた実績から今も新人二部リーグヒーローにアドバイスをしたり、こうしてボランティア活動に従事したりしている。

「いえ、こちらのほうこそ、ご参加いただいて助かりました。本当にお子さんがいらっしゃる方は、やはり頼りになりますね」
「本当にな」
 バーナビーの言葉に、うんうん、と虎徹が頷く。
「親だということなら、タイガーも同じじゃないですか」
「いや〜、まあ、そうなんだけど。でも、これからもこういうボランティア活動には参加するんだろ? また顔合わせるかもしれねえし、よろしくな」
「こ、こちらこそ! あの、最後に握手して頂いてもいいですか」
「もちろんだ!」
 実はワイルドタイガーファンだという女性に、アイパッチをした虎徹は、力強い握手で応じた。
 虎徹もまた、自分の境遇にも近い女性に大いに共感を覚えている。だからこそ、二部リーグを通じて、もう一般人になったはずの彼女をボランティアイベントに誘うことを提案したのだった。

「お話がまとまって、本当に良かったです。頑張ってください」
「よろしくなー」
「アンジェラ、ゴールデンライアン! 本当に、ありがとうございます……!」
 このご恩は忘れません、と、女性──あのヒーローランドレポートの打ち上げの時の話が成立し、ライアンお抱えの靴屋で働くことになった彼女は、深々と頭を下げた。そんな母を見て、息子も慌てて頭を下げる。
「ゴールデンライアン、ママの仕事を紹介してくれてありがとう!」
「おう。ママがヒーローでいられるよう、お前も手伝ってやれよ」
 笑顔で見上げてくる少年に、ライアンはニッと笑ってみせた。そして少年も、同じような顔で笑い返す。
「ママはいつだって僕のヒーローだよ」
「まあ、この子ったら……。この子も、お店に連れて行って挨拶したんです。そうしたらとても良くして頂いて」
 女性は、蕩けそうな笑みを浮かべて言った。
「靴職人ってかっこいいね! 僕、教えてもらうんだ。靴磨きから」
「オッ、2代目か? 楽しみにしてるぜ」
 そんなやりとりをし、女性は何度も手を振りながら、少年はずっと手を振りながら去っていった。これから店の近くに引っ越しをし、少年はシルバーステージの中学校に進学する予定だ、という。

「……息子だけのヒーロー、か」

 虎徹は少し遠くを見て、自分の後ろ頭の髪をかき混ぜた。






 ──ジャスティスタワー、トレーニングルーム。

「虎徹さん。──虎徹さん!」
「え、おお!? あっゴメン、何?」

 慌てて振り返った虎徹に、彼を呼んだバーナビーは怪訝な顔をした。
「どうしたんです、ぼぅっとして。何かあったんですか?」
「えーっと、いや、何も」
 ただぼんやりとウェイトレーニングマシンに座っていた虎徹は、気まずそうに目を泳がせる。その様に、バーナビーは眉間に皺を寄せた。

「……まさか、また能力が減退したとか?」
「え、いやそれはないけど。相変わらず1分だよ」
「そうですか。ではどこか体の調子が? なんだかんだ言っていい歳なんですから無理はしないでください」
「だっ! 大丈夫だっつーの!」
「本当ですか? では二日酔い? アンジェラを呼びましょうか。それとも空腹?」
「どっちも違ーう! もー何なんだよ!」
 しつこく食い下がってくるバーナビーに、虎徹が声を上げる。バーナビーは、きらりと眼鏡を光らせた。
「あなた、思い悩んでいても素直に周りに相談しないでしょう。今までその癖で、どれだけ面倒臭い事になったか。だからあなたの様子がおかしい時は、遠慮無くこちらから問い詰めることにしたんです。僕は相棒ですからね」
「アーラ、いいバディ愛ねえ。良かったわねタイガー」
 通りすがったネイサンが、ニコニコと言った。
「ハンサムがいれば、老後も安心そうだわね」
「やめてくれよ! 人を手の掛かるジジイみてえに!」
「似たようなもんじゃないの。で、何に悩んでるの? お姉さんにおっしゃい」
 すぐ隣に腰掛け、完全に聞く姿勢をとったネイサンに、虎徹はぐっと詰まる。

「お、何だ? 虎徹はまたひとりでなんか抱え込んでんのか。お前それ悪い癖だぞ」
「ワイルド君、何か悩んでいるのかい? 私にできることはあるかい?」
「ぼ、僕にも何かできることがあれば仰ってください」
「タイガー、大丈夫? 元気出して!」
「ちょっと、水臭いじゃない。なんでも言いなさいよね、な、仲間なんだから」

 アントニオ、キース、イワン、パオリン、カリーナが次々に声をかけてくる。

「ああん? オッサンなんか調子悪いの? 言えよそういうことは」
「心の不調は身体の不調です。いつでも言ってください、治しますよ!」

 そして続けて声をかけてきたライアン、両手を構えるガブリエラである。結局ヒーローズ全員から取り囲まれて、虎徹は目を白黒させた。
「な、何でもねえって……」
「まだ言いますか。誰だって調子の悪い時はあります。心配しなくても、恥ずかしいこととは思いませんよ。うーん、ハゲてはいませんね。加齢臭がひどくなってきたとか? 水虫? それとも便秘ですか?」
「ちっげええ! 楓のことだよ! ……あっ」
 じろじろ観察しながら言ってくるバーナビーについ反応した虎徹は、口を滑らせたことに気付いて、はっと口を押さえた。

「ああ、楓ちゃんのことですか。今度は何をして機嫌を損ねたんです」
「機嫌を損ねたこと前提で言うなよ! ……あー、そうじゃなくてえ、あー……」
 きまり悪そうに後ろ頭を掻いた虎徹は、ちらりと皆を見回した。
「タイガー、あなたもヒーローですが、困ったときは他のヒーローに助けを求めることも必要だと思います」
「天使ちゃん、良い事言ったわ。さ、観念して話しなさい」
 子供のようにまっすぐな目で言ってくるガブリエラと、更にずいと身を乗り出してくるネイサン。そしてもはや全員が自分に口を割らせるまで引き下がらないだろうことを理解した虎徹は、降参したように両手を上げる。──その口元には、緩い苦笑が浮かんでいた。



「あの事件で、楓、NEXT能力に目覚めただろ? しかも結構強いやつだし、今も日常生活で結構苦労してて」
 虎徹は、困った顔で話しだした。
「で、小学校も卒業するし、とりあえず能力レベル検定受けてみたんだけど」
「ああ、言っていましたね」
 バーナビーが頷いた。

 NEXT能力レベル検定とは、その名の通り、NEXT能力の強さや周囲への影響力を測る検定のことである。
 一般の範囲ではABCとレベルが設けられ、Cレベルはほとんど一般人に近い些細な能力、Bレベルは本人の生活に影響を及ぼすもの、Aレベルが自身だけでなく周りに影響があるとみなされたNEXT、ということになっている。
 ヒーローアカデミーへの入学が認められるのは、Bレベルから。二部リーグヒーローの殆どは、Aレベルである。

「まあAでは収まんねーだろうなあ、とは思ってたよ」
「Sだったんですか?」
 Sレベルは、周囲に深刻な影響を及ぼすNEXT、という意味になる。
 これに分類されると、ヒーローアカデミーへの入学、あるいは制御検定を受けることは義務となる。無視すれば法的な違反とみなされ、強制的に連行される時もある、というものだ。
 そして一部リーグヒーローは、基本的にこのレベルである。
「それならまだ良かったんだけどな」
「……まさか」
「……SSだった」
 虎徹は、はあ、と重い溜息をついた。

 SSレベルは、すなわち、特別監視対象NEXTのことである。

 周囲に非常に高い影響をもたらす、それだけならSであるが、制御が効かない、あるいは本人の人格に問題がある、犯罪歴がある、身体的に制御が不可能、または誘拐などに遭い利用された場合に甚大な影響力があるとみなされたNEXTが、このレベルに分類されるのだ。
 そしてガブリエラは最後の理由により、このレベルに認定されている。

「一応、暫定ではあるんだけどな。そもそもまだ制御とか習ったことすらないし、実際今のところは、何も問題起こしてねえし。でもウチはおふくろも兄貴もNEXTじゃねえから、いざ暫定って言葉が取れた時に、保護資格がねえんだよ……」

 特別監視対象NEXTが未成年であった場合、保護者として認められるのは、制御が完璧であるということを示す能力制御認定証を持っているSレベル、あるいはそれを含むヒーロー免許のある法定代理人のみ。そうでなければ、特別監視用の施設で保護されることとなる。
「ってなわけで、もちろん俺が保護者ってことで、とりあえずこっちに呼んで、一緒に暮らすことにしたんだ。施設なんてもってのほかだよ。本人も嫌がったし」
「ということは楓ちゃん、シュテルンビルトに来るんですか?」
「おー、冬休みにも入るし、来週な。……それだけならいいんだけど」
 虎徹は俯き、再度ため息をついた。
「楓が不安がっててなあ。とりあえず俺とクリスマスと年末過ごすつもりで、っておふくろと兄貴には言われてんだけど、それからどうしようって。小学校卒業したら暫定が取れるから制御試験受けて、それで最低限の制御能力に問題なしってなったらヒーローアカデミーに通う、って方向でパンフレットとかは見てるんだけど」
「そうなんですか……」
「でも……もし最低限の制御も効かねえってなったら、俺と暮らすことも、アカデミー入学も出来ねえ、マジで特別監視だ。施設行き。……俺もヤダよ、そんなの」
「そりゃそうよね。私もこの間施設収容されかけたけど、あんなところに小さな女の子が入れられるなんて」
 ネイサンが、おおいに同情を込めた様子で言った。

 以前ライアンがアポロンメディアに所属し、バーナビーと組んでヒーローをやった頃起こった事件の際、ネイサンは事件を起こした犯人のひとりの能力にかかって意識を失った。
 その間、能力の制御が全く効かなくなり燃え盛る炎を出し続けるネイサンは病院から防炎機能のある施設の部屋に収容され、その上、相反する能力を持つカリーナを中心に他のヒーローたちが特別召喚されて、なんとか押さえ込んでいた。
 しかしこのことが原因で、復帰した後も、ネイサンは能力の検定や検査、また制御能力の安全性をかなり詳しく再検定されたのである。それにもし通っていなければ、ネイサンは今頃ヒーローを続けることは出来ておらず、施設に収容されたままになっていただろう。

 そしてこの施設に入るということは、世間から“危険なNEXT”とみなされることと同義であるのだ。
 それはNEXT差別者からの攻撃対象として最も槍玉に挙げられやすく、またもし制御を覚え施設から出られたとしても、特別監視対象であったという経歴のせいで、将来の進学、就職、結婚などに関わる場合も大いにあるのが現実だった。
 そのため、強い能力が発現した時、施設に収容されることを恐れて発現を申告しない者もよくいる。無申告の状態で事件を起こした場合は処罰対象となるため、能力者はもれなく申告するよう呼びかけられてはいるが、なかなかうまく行っていないのが現状だ。

「俺に出来ることならなんだってするけどよお、俺の能力ってコレだろ? 制御ってあんま必要ねえし、教えようにも教えられねえしさあ……」
「そういうことだったの。……大丈夫よ! 私だって能力に目覚めた時は楓ちゃんと同じで暫定SSになったけど、暫定期間中に制御覚えてSになったわ! しかも私の両親はNEXTじゃないし」
 俯く虎徹に、カリーナが力強く言った。
「最初は私も周り全部凍らせちゃって、大変だったけど。でも何とかなったし、普通の学校にも通えてる。楓ちゃんだってなんとかなるわよ。なんだったら私も制御のコツとか教えるから」
「ホントか? ……ああ、すげー助かる。ありがとな、ブルーローズ」
「何よ、弱気になっちゃって! 何でも言いなさいよね!」
 胸を張るカリーナに、顔を上げた虎徹は、柔らかく微笑んだ。その表情にカリーナは赤くなったが、この時ばかりは視線を逸らさず、任せろと言わんばかりに腰に手を当てた。
「ボクも電撃だから、最初は周りに迷惑かけたな。教えられることがあればボクも協力するよ、いつでも言ってね」
「私もだ! 制御が効かないのは心細くて、怖いだろうね。私も高校生の頃に能力に目覚めたはいいが、フワフワ浮いてどこにでも流されていってしまって、知らない土地で迷っては困り果てたものだよ」
 パオリンも身を乗り出し、キースもまた、頼もしげな様子で頷く。

「アタシも、何でも協力するわ。アタシは炎だから、人の命に直結するでしょう? 必死に制御を覚えたものよ。この間施設に収容されかけたところでもあるし」
 優しく、そして力強く、ネイサンが言った。
「アタシもだけど、うちの秘書たちはSレベルも何人かいるから、保護資格もあるわ。もしタイガーが楓ちゃんのそばを離れなきゃいけない時は、ウチで預かれるからいつでも頼るのよ、いいわね?」
「……いいのか?」
「いいから言ってんでしょ、馬鹿ね!」
 気弱な声で言った虎徹の背中を、ばしん、とネイサンが引っ叩く。

「本当に水臭いですね。あなたと同じ能力の僕なら、楓ちゃんの能力でも安心でしょう? もっと気を楽にして構えてください。あなたがつきっきりでなくても、僕がいつでも近くにいます」
「バニー……」
「ん、俺もだな。なんたって固くなるだけだし」
 そう言うアントニオは検定当初はBレベル、今この中では唯一のAレベルである。実は彼が一部リーグであるからこそ、BレベルやAレベルでありながらヒーローを目指す者も多いのだ。
 そしてAレベルの彼ではあるが、取得が大変難しいヒーロー免許保持者で、何より一部リーグヒーローである。暫定SSレベルの子供を預かる資格は充分であった。
「楓ちゃんのことは、生まれた時から知ってるからな。俺にとっても娘みたいなもんだ。なんでも言えよ、虎徹」
「……ありがとな、アントニオ。頼む」
「おう! いつでも言え!」
 アントニオは大きく笑い、ドンと胸を叩いた。
「も、もちろん僕も協力します! 似た能力ですし!」
「折紙、ああ、そうなんだよなあ。……色々聞くかもしれねえけど、いいか?」
「何でも聞いてください!」
 イワンもまた、何度も、そして深く頷いた。

「ふーん? ってか、能力自体がどういうもんなのか、まだよくわかんねえ感じ?」
 そう言ったのは、ライアンだった。
「ん、相手の能力をコピーする能力だってことはわかってるんだけどな」
「へえ……、珍しいな」
「今のところ、同じ能力の例はないらしい。SS認定もそこのところがデカい」
「なるほど」
 ライアンは頷き、少し視線を彷徨わせてから、言った。

「じゃ、アスクレピオスのNEXT研究チーム……ケルビムにアポ取って、能力のこと調べるか? まずは自分の能力がどういうもんなのか客観的にわかれば、制御もしやすくなるだろ」
 非常に具体的なその提案に、虎徹は目を丸くした。
「普段俺らのこと調べてる連中だけど、いいスタッフ揃ってるし。な?」
「はい、ケルビムの皆さんはとても親切です。私もSSで、他に例のない能力なので色々と検査を受けますが、嫌な思いをしたことはありません。女性スタッフもたくさんいますし、カウンセラーもいます。なんでしたら私も付き添います」
 ガブリエラが、ライアンに続いて言う。

 その提案に、このふたりらしいな、とバーナビーは思った。
 先日ボランティアに参加した彼女も、能力減退の件でとても悩んでいたところ、具体的な再就職先をアンジェラとライアンに紹介してもらったことで、ああしてしっかりと立ち直れた。
 悩み相談をされた時、漠然とした精神論などを持ち出さず、非常に現実的な解決案を出してくるのはこのふたりの特徴だな──と、バーナビーは個人的な好感を含んだ感想を抱いた。

「アスクレピオスは、NEXT研究の権威だからな。どこよりもノウハウ持ってるし、他エリアでSS相当の能力者の子供の施設とかも運営してるくらいだから」
「え、そういうのもあるのか?」
 ライアンからもたらされた情報に、虎徹が目を見開く。
「エリアごとに、SSの扱いって違うからな。シュテルンみたいに施設入れるとこもあるけど、監視つけて行動範囲限定するとか、だだっ広い敷地で自由に暮らしてる感じのとこもある。俺も見学したことあるぜ、専用の学校とか」
「ライアンおまえ、詳しいな」
「……まあね」
 虎徹だけでなく感心している面々に対して、ライアンは肩を竦め、口の端を上げた。
「アスクレピオスがやってる施設は、就職先まで面倒見てくれるってよ」
「私の主治医のシスリー先生は、そういうところで長く働いていらっしゃったそうです。制御のきかない子供をカウンセリング指導して、制御できるようにしたり……」
「ああ、そうそう。あのドクターそういう方面でマジの権威だから、頼りになると思うぜ。女のヒトだし、年頃の女の子でも話しやすいだろ」
「へえ……」
 シスリー医師のことはガブリエラが時々話題に出したりするので、少々前情報があるということもあり、虎徹は興味深そうに頷いた。
「だから最悪、シュテルンにこだわらねえって選択肢もアリなんじゃねえの? 留学かなんかだと思ってさ」
「……そうか。そういうのもあるんだな……」
「世界は広いんだぜ、オッサン」
 ライアンは、肩をすくめた。

「それに、コイツ自身がSSだからな。同じ境遇のヤツがいれば、いくらか気が楽になるんじゃねえ? しかも本人、こんなストレスフリーっぷりだし」

 ライアンがそう言って、ガブリエラの赤毛の頭にポンと手を置いた。その下にあるいつもどおりのガブリエラの表情は、確かに“ストレスフリー”という言葉がふさわしい、穏やかなものだ。幸せな飼い犬を思わせるきらきらした大きな灰色の目が、じっと正面から虎徹を見ていた。
「そうですとも。ひとりではないとわかれば、安心していただけると思います」
「ああ……、それは、確かに」
 SSは珍しいと同時に、あまりに大きな力を持っているという証でもあるため、必要以上に恐れられがちだ。そして監視がつくとか施設に収容されるという事実からも、マイナスイメージが強い。
 しかし世間から最も無害なNEXT、聖女だ天使だと言われ、NEXT差別撤廃のアイコンにもなりつつあるホワイトアンジェラもまたSSだというのは、確かに精神的な励みになるだろう、と虎徹は頷いた。
「……みんな、ありがとな。本当に」
「言って良かったでしょう?」
 バーナビーが言うと、虎徹は顔を上げ、笑った。

「おう。……悪いけど、頼りにさせてもらっていいか? ……ヒーロー」

 虎徹のその発言に、もちろん、誰もが笑顔で、そして力強く頷いた。
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BY 餡子郎
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