#075
★バイクと自転車と馬の話★
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《さあ──始まりましたHERO TV! ヒーローたちが追いかけるのは最近シュテルンビルトを賑わす車上荒らし・希少車窃盗団! 今回はとうとう白昼堂々ジャスティスタワーの駐車場に進入し、ヒーローたちに正面から喧嘩を売ったとのこと!》

 マリオの実況が響く中、フォオオオオン!! という、クリアなエンジン音をマイクが拾い上げた。
《おっと、今回は最初からR&Aが登場だ! おっ!? 本日は仕様が違──えっ、なんと! 今入った情報によると、今回の盗難でアンジェラの私物のバイクも盗まれている、とのことです! ドライバーとライダーの敵! しかも私的な恨みもある犯人たちに対し、彼女は今回どんな走りを見せてくれるのか──ッ!?》
「カメラ、R&Aに寄って! 今回はこのふたりメインになるわよ!」
「OK!」
 アニエスの指示に、スタッフたちが動く。カメラがズームになり、疾走するエンジェルチェイサーを映す。スイッチャーのメアリーが、R&Aのマイクに接続を切り替えた。

「見よ、星が生まれし約束の日が来る……罪人を断ち滅すために来る……罪人に天の星はその光を放たず、太陽は出ても暗く、月はその光を輝さない……」
「いやいやいやまだ明るいからなー。今日超いい天気だからなー。落ち着けー」
「天使の激しい怒りの日に天は震え地は揺り動いてその所を離れ」
「OKわかった、息継ぎしようぜ! 大きく息を吸ってー! 吐いてー!」
 ぶつぶつと暗い聖句を唱えるアンジェラと、それを白々しいほど明るい声で宥めるライアンの声。それをマイクが拾い上げた途端、中継車の中のスタッフたちの表情が微妙になった。
「……アニエスさん、これ放送してもいいやつですかね」
「…………様子を見ながら、臨機応変に行きましょう」
 珍しく言い淀んだアニエスに、スタッフたちは「了解」と静かに答えた。

「近付いて重力──は、くそ、バイクが潰れっかな〜。ダメか。どうしよ」
 ライアンは、ため息をついた。
 もうそろそろ追いつきそうな窃盗団は、まず大きめのトラックと、その周りをライダーたちが走っている。ライダーの乗っているバイクは、皆窃盗に遭った希少車ばかりであった。
「やっぱボクの電撃?」
「そうなりそうだな。頼むぜ」
「オッケー! いつでも言って!」
 やる気満々なのは、ドラゴンキッドである。

《今回は、ドラゴンキッドがサイドカーで同乗しています!》

 マリオの実況通り、彼女はエンジェルチェイサーに急遽取り付けられた、サイドカータイプになったライアンのチェイサーに乗り込んでいた。
 今回は自分の能力だけでは心許ないのではという危惧、また妹分のドラゴンキッドがいればアンジェラもいくらか冷静さを保てるのではないかという希望的観測、また単純に、サイドカーがついていて3人も乗っていればスピードが出せず、物理的に無茶も出来まい、とライアンは考えたのである。
 使うとなるとサイドカー運用が主になるが、そうなるとスピードが出せないので出番が無いだろう、とスローンズに言われていたライアンのチェイサーが、今回の状況ゆえにさっそく出番を獲得したわけである。
 そして以前からエンジェルチェイサーに乗りたいというドラゴンキッドの希望で特製の専用ウェアを作っていたオデュッセウスコミュニケーション、という条件が揃い、彼女は初めて、サイドカーとはいえ、エンジェルチェイサーに同乗することになったのだ。

 ライアンはといえば、本来彼のものであるサイドカーにはあえて乗り込まず、いつもの様にアンジェラの後ろにタンデムしている。
 相手は大型のトラックなので、いつもの超スピードが発揮できなくても問題はない。もし万が一その必要性が出てきたら、ドラゴンキッドが乗ったサイドカーをパージしていつもの仕様にできるように、との考えだ。

「ん〜、でも下手に電気流すとバイクがダメんなるし、犯人に感電……、お、そうだ」
 いい考えを思いついた、と、ライアンは身を乗り出した。
「──ガブリエラ」
 2秒だけマイクを切って、ライアンは耳元で呼んだ。風の音に邪魔されない至近距離での低い声に、白い装甲の肩がぴくりと震える。
「いいか、俺にいい考えがある。周りを走ってんのは、お前のバイクみたいに盗まれた希少車だ。それをぶっ壊すのは持ち主に忍びねえ。わかるか?」
「……わかります」
 まともな返事が返ってきたので、ライアンはほっとした。
「だろ? 俺のやり方なら、バイクも無事だし犯人たちも死なねえ。だから俺の言うとおりにしろ。──できるな? 返事は?」
 フーッ……と、アンジェラが大きく息を吐く音がした。
「……わん」
「OK、良い子だ」
 そのやり取りを、サイドカーからドラゴンキッドが眺めている。
「じゃあ飛ばせ! まずライダーどもを無力化するぜ!」
 ライアンの指示通り、アンジェラがスピードを上げた。

《おおっと、エンジェルチェイサーが犯人グループに近づいていきます。既に外された希少パーツやより価値の高いバイク、車上荒らしによる盗品は真ん中のトラックに積まれているとのこと! 近づいてくるチェイサーからトラックを守るために、希少車に乗った犯人ライダーが後ろに下がってきます! 全員、鉄パイプやナイフを持って待ち構えているッ!》
 見るからに高級とわかる車種、大事にされているのだろうぴかぴかに磨かれた車体、わかる者が見れば希少なパーツが組み込まれたバイクたち。それらに安っぽい格好にヘルメットだけ被った犯人たちが勝手に跨っている様に、アンジェラはメットの下で盛大に眉を顰めた。
「そろそろいくか。頼むぜ、キッド!」
「よぉし、任せて! いっくよー!」
 ドラゴンキッドが腕を伸ばし、サイドカーのハンドルを握りしめた。

「──サァーッ!!」

 ドラゴンキッドの気合の声とともに、チェイサーから道路を伝い、電気が広がっていく。いつか出番があるかもしれないから、とライアンが新たに取りつけさせた、エンジェルチェイサーと同じ、走りながら能力が使える仕様のおかげである。

《ここで電撃ーッ! 犯人を感電させるのが目的か!? いやしかし、──おおっ!? すべてのバイクからものすごい煙が上がっています! ライダーたちのスピードも目に見えて落ちている! こ、これは──》

 実況とともに、カメラがズームになる。
 そこに写っていたのは、もれなく凄まじい煙を上げて走るバイク集団と、それらが走った跡。また道路に残された黒いタイヤの軌跡は、あまりにもくっきりとしすぎていた。
 そして煙が上がり、その跡がつき始めてからというもの、ライダーたちのスピードが目に見えて落ち始めたのだ。それどころかまともに走ることもできなくなった様子でやむなく停止し、タイヤから上がった煙を吸い込んで激しく咳き込んでいる者もいる。

《──ああっ、なるほど! 熱! 電熱です! タイヤはゴム製! 電気を通しませんが熱では溶けるッ! ドラゴンキッドの電撃を道路に通すことでタイヤをだんだんと溶かし、ライダーたちを無力化すると同時に安全に足止め! タイヤは犠牲になりますがバイク自体は無事! パァ──フェクトッ! ゴールデンライアン、素晴らしい頭脳プレー!》
「すっごーい! 大成功!」
「素晴らしいです、ライアン!」
「はっはァ! ココの出来が違うっつーの」
 ドラゴンキッドとアンジェラからの賞賛に、ライアンは自分のこめかみを指先でコンと叩きながら声を上げる。

 以前ふたりでドライブした時、タイヤを削る技を披露し謝った彼女に対し、「タイヤなど消耗品だから構わない」と返した時のことを思い出しての作戦だった。
 犯人を完全に確保したわけではないのでポイントの入りがあまり良くないが、それでもこの人数である。ポイント評価方法が変わった現在なら、全くポイントが入らない、というわけではない。
 逃げ場のない高速道路、後ろから警察や他のヒーローたちもついてきているので、犯人のライダーたちを逃がすこともないだろう。

「よーっし、あとはトラックだけだね!」
 ドラゴンキッドが気合を入れる。バイク軍団という守りがなくなったこともあり、トラックは全速力で逃げ続けていた。
「お前のバイク、さっきの中になかったよな?」
「はい、ありませんでした。おそらくあのトラックの中です。私のバイクは元々中古車で、有名な車種でもありません。パーツもほとんど入れ替えているので、買った当初とは別物になっていて、そういう意味での価値はありません。しかし入れ替えたパーツはとてもいいものなので、おそらくあの中でパーツを外し、ぶ、分解して、ぶぶぶ分解」
「よーしわかったわかった落ち着け。ヤなこと聞いたなー、よーしよし」
 せっかくまともな状態になりつつあった彼女をうっかり刺激してしまったライアンは、棒読みで言った。

「大丈夫だよアンジェラ! こんなスピードで、揺れまくってるもん! そんな中で精密作業なんかできるもんか!」
「そう! キッドいいこと言った! その通り!」
「そ、そ、そ、そうでしょう、か」
「そうだよ! だから早く捕まえようね!」
 健やかな声に「はい」とアンジェラが頷く。その光景に、ライアンは、ドラゴンキッドがとんでもなくいい子であることと、彼女を乗せてきて良かったということを、心の底から思った。

「んじゃ、あとは我慢比べか。タイヤ溶かして止まれば突入、犯人が焦れて飛び出してきたら応戦って感じで──」
「ねえライアンさん。さっきから電撃送ってるんだけど、あのタイヤ、全然溶けてないよ」

 困惑した様子のドラゴンキッドの声に、ライアンは言われたとおり、トラックのタイヤを観察した。確かにドラゴンキッドの言う通り、巨大なトラックのタイヤは全く溶けておらず、道路に黒い跡もついていない。

「……あのタイヤ。◯◯モータースが最近開発した、セラミックス混合タイヤです」
 アンジェラが、静かに言った。因みに、◯◯モータース社はホワイトアンジェラのスポンサーのひとつで、エンジェルチェイサーにも技術提供を行っている。
 そのためエンジェルチェイサーのタイヤも厳密にはゴムではなく、防弾仕様で、もちろん熱にも溶けにくく、おまけにNEXT能力を通すという特別仕様だ。そのため先程からのドラゴンキッドの電熱を受け続けていても、走行に影響はない。
「セラミック……あー、じゃあ熱ダメか」
「削れにくく、それでいて柔軟性も維持。熱した鉄板の上も走れるという謳い文句です」
「そんなとこ走る機会ってあんの?」
 技術者ってホントそのへん無駄にやりすぎるよなあ、とライアンは呟きつつ、策を練った。

 電撃はダメ、重力もダメ。
 しかもこのチェイサーの弱点は、乗り手と同じく燃費が悪いというところにある。満タンに給油しても、全速力で走り続けていられるのはせいぜい2時間もない。ひたすら付き纏って追いかけ回す持久戦だと、確実に逃がしてしまう。

「……しゃあねえか。あんまりヒーローっぽくねえけど」
「構うものですか」
「おー!」
 ドラゴンキッドが声を上げると同時にアンジェラはスピードを上げ、トラックの助手席側に回った。スピードだけでいえば、前に回りこむこともできる。
 しかしこの巨大トラックとチキンレースをするのは、危険過ぎた。運転手が急ブレーキをかけたとしても、この重量の車がトップスピードから急に止まれるわけはなく、慣性の法則でそのまま突っ込んでくるか、スピンして大惨事になりかねないからだ。
「えーい! サァ!」
 ドラゴンキッドが電撃を飛ばし、助手席の窓を割った。運転席から、「うわああ!」という叫びが聞こえると同時に、チェイサーが後ろに下がる。
「──くそっ!!」
 そんな声を上げて、助手席から男が身を乗り出してきて、大きな銃を向けてきた。しかしすぐにライアンがアンジェラに覆いかぶさり、能力発動用のハンドルを握る。ドラゴンキッドもまた、小柄な身体をサイドカーの防弾シールドの影に押し込めた。

 ──ダラララララララッ!!

《犯人、銃を乱射! しかしゴールデンライアンの能力により、完全に無効化!》
「は、俺に銃は効かねえぜ」
 小範囲に展開された重力場により、飛んできた銃弾はすべて地に落ちて、全く意味を為さなかった。
 ライアンの能力は、本来こういった防御に徹すれば無敵に近い。だからこそ、彼はアンジェラの護衛に選ばれたのである。

「……あの男」
「ん?」
 ぼそり、と呟いたアンジェラに、ライアンが耳を寄せた。
「あの男、あの紫のスポーツカーに乗っていた男です」
「え、マジで? ハロウィンの時の?」
「ええ」
 言われて、ライアンはあの時のことを思い出す。HAPPY HALLOWEENのカラフルな旗がかかったフロントガラスの向こうに見えた間抜け面は、なるほど確かに、今サブマシンガンを乱射した間抜け面と同じ顔だった。
「なーるほど? あいつらも高級車ばっかり狙ってるっつってたもんな。セコいイタズラからセコい窃盗に河岸替えってか」
「あの時に懲りればよかったものを……」
 アンジェラがぎゅっとハンドルを握りしめるのを見て、ライアンは、まったくもってそのとおりだ、と思った。

「んじゃとにかく、この調子で煽ってこう。パニック起こさせない程度に」
「んー、まどろっこしいなー。ボクが窓から飛び込もうか?」
「危ねえからダメー」
「むむー」
 ドラゴンキッドは膨れたが、彼女の装備はサイドカーに乗るためにいつもより頑丈なスーツになっているとはいえ、フル装甲というわけではなく、ヘルメットすら装着していない。
 そんな格好でもし大コケしたらとんでもないことであるし、無事トラックに飛び移れたとしても、トラックがそのまま事故を起こせば大惨事だ。
 幼くともヒーローではあるし、他に手がないというのならまだしも、わざわざ危険な選択肢を選ぶ意味は無いと、ライアンは彼女の案を却下した。
 それに最後の手段というなら、やはりライアンの能力である。巨大トラックであろうと、ライアンの能力を使えば、中のバイクや犯人たちのことを度外視する必要があるとはいえ、地面に縫い止めることなど訳はないのだから。

「しょーがないか。じゃあ今度、後ろっ! サァッ!!」
 ドラゴンキッドが長い杖を伸ばし、今度は後ろの荷台の扉に電撃をぶつける。焦げ跡がついた。
「お、いけそう? あの扉が開けば状況変わるかもな──よっし、その方向で!」
「りょーかい! えい、えい、えーい!」
 ライアンから指示を受け、ドラゴンキッドが何度も扉に電撃をぶつける。鉄扉にばちばちと雷光が広がり、その度に焦げ跡はどんどん濃くなり、歪んだ扉の間に隙間ができてきた。
「よしよしよし、その調子! かませ!」
「サァ──ッ!」
 大きめの電撃が、鉄扉を襲う。扉を占めている閂は動いていないが、それを止めているネジが焦げ付いて緩み、バン! と扉が開いた。

「──ラグエルッ……!!」

 アンジェラが、掠れた声を上げた。
 扉の向こう、10台程度のバイクやたくさんのパーツの山。そして4人の男の後ろにある黒いバイクは、確かに、大地を走る馬のペイントがされた彼女の愛車だった。

「うわああ、ちくしょう! 食らえっ!」
「げっ」
 犯人のひとりが、バイクを1台引きずり出してきて、荷台から蹴りだしてきた。めぼしいパーツを取り去って骨のようになったバイクが飛んで来るのを、ライアンが重力場を展開して防御する。
「──っく! な、なんてことを、なんて」
 バイクに対する仕打ちが許せないのだろう、ぎり、と歯を鳴らしたアンジェラが、絞り出すような声で言った。
 その後も彼らはパーツを剥いだ悲惨な状態のバイクを蹴り出して、チェイサーを退けようとした。
 もちろんライアンの能力とアンジェラのライディングテクニックで退けられて全て無駄に終わったが、彼らが何か投げつけてくる度にアンジェラがひたすら「災いなるかな、災いなるかな、災いなるかな……」と繰り返し、しかも言う度に声が震え、歯がガチガチ鳴る音が響くので、ライアンは気が気ではなかった。

「く、くそぉ!!」
 そう言った男の行動に、ライアンは血の気が引いた。なぜなら犯人のひとりが、機械油まみれの軍手をはめた手で、ぴかぴかの黒いバイクのパーツを掴んだからだ。
 既に分解しようとしていたのか、緩んで取れかけていたそのパーツはバキンとどこかが割れた音を立てて外れ、そしてこちらに投げつけられた。
 しかし激しいカーチェイスをしながら暴投されたパーツはあらぬところにすっ飛び、遠く後方でカランカランと虚しい音を立てただけである。

「……ヴ、ア、アア、ヴア、この、……この、お、お」

 ぶるぶる震えた声が、流れる風に溶けていく。
 その中で、ライアンは、ブチッ、と何かがちぎれるような音を聞いた気がした。

「──この、◯◯◯野郎オオオオ◯◯◯◯◯!! ◯◯◯◯◯◯剥◯◯◯って◯◯◯◯◯◯◯◯◯の◯◯◯から生◯◯直◯◯◯◯轢◯殺◯!! ◯◯◯◯◯◯◯◯やる◯◯◯ヴヴヴヴヴヴア゛ア゛ア゛アアアアアアアアア──ッ!!」

 ガラスを刃物で思い切り引っ掻いたような絶叫を上げたアンジェラに、ライアンは黙って、ただ急いでマイクを切った。
 彼女の故郷の言葉は何を言っているのかほとんど聞き取れなかったが、絶対にろくでもないことに違いない。ネットに上がって解析でもされたら大炎上間違いなし、イメージダウンもいいところだ。──ヤンキーのファンはまた増えるかもしれないが。
 ドラゴンキッドは驚きのあまり硬直し、無言である。ドン引き、と言い換えてもいい。

「ヴ、ア、◯◯◯◯◯◯……、ヴ、◯◯◯◯◯燃◯◯◯◯……」
「あー何言ってんのか全然わかんねーけどなー燃やすのはナシなー約束したなー?」
 フーッ、フーッ、と荒い息を上げながら、聞き取れないせいでもはや悪態というより正真正銘の呪いの言葉を吐き続けるアンジェラに、ライアンはなるべく穏やかな声をかけた。──無駄なことだとは思いつつ。

《ちょっと、ゴールデンライアン》
 中継車、アニエスからの通信に、ライアンはため息をつきつつ応答した。
「はいはーい。マイク切ってすんませぇん、でもさあ」
《……いえ。こっちにアンジェラの地方の方言が多少わかるスタッフがいるんだけど、ものすごくハードな言葉だったみたい。視聴率は上がるかもしれないけど、それ以上のクレーム必至よ、むしろよく切ってくれたわ》
「あ、そう……」
 ははは、と、ライアンは乾いた声を上げた。
《これから音声ナシでいくけど、アンジェラのテンションが下がったら入れてちょうだい。タイミングはあなたに任せるわ》
「信頼いただきどうも」
《あなたはテレビってものをよくわかってる。よろしくね》
 あくまで仕事優先のキャリアウーマンは、無情に通信を切った。
 ライアンはため息をつきつつ、改めて前を見据える。荷台の男4人は、アンジェラの剣幕に完全に気圧されている。まるで怒り狂った猛獣に吠えられたかのように、腰を抜かしてひっくり返っていた。

《──ライアン! 先ほどのライダーたちは確保済み! いま全員で港で待機してます! スカイハイさんがそちらに向かっていますので、彼と協力してこちらに誘導してください!》
「よっしゃあ! ジュニア君ナイス!!」
 バーナビーからの通信に、ライアンは片手でガッツポーズをした。確かにこの辺りは海に近く、高速道路を降りればそのまま海だ。メット内ディスプレイで展開したマップで、バーナビー達がいる場所と現在地を素早く確認する。

「やあ、やっと追いついたよ!」
「スカイハイ!」
 上空に現れた頼れるKOHの姿に、ドラゴンキッドが弾んだ声を上げる。
「よし、てなわけでサイドに回れ、追い込んでどうにかすんぞ。スカイハイ! 右側から風で押してくれ! 行くぜキッド!」
「了解、そして了解だ!」
「わ、わかった!」

 ライアンはアンジェラになんとか指示を伝え、チェイサーをまたトラックの横につかせた。そしてスカイハイのサポートを受けつつ、ドラゴンキッドの電撃と己の重力で、トラックの進路を多少無理やり変えていく。
 トラックを追い詰めさえすれば、ヒーロー全員でどうにかできる。そもそもあのままトラックの尻に張り付いていたら、犯人たちがアンジェラのバイクを蹴りだしてきかねない。そうなったらアンジェラが今度こそ何をするか、もはやライアンにもわからなかった。

「ヴヴ、わ、災いなる、かな、◯◯◯◯◯◯◯◯、わ、わ、わ、災いなるかな◯◯◯◯」
「ん? おーよしよし、頑張ってんじゃねーか。偉いぞ! その調子!」
 ガチガチ歯を鳴らしながらもまた聖句を唱え始めた──つまり理性を取り戻そうとしているアンジェラを、ライアンは手放しで褒めた。そしてそのやり取りに、ドラゴンキッドが「ライアンさんすごい……」と感心している。

 そして彼らの努力は実り、トラックは無理やり高速を降ろされて走り、倉庫街のある港に突進した。
★バイクと自転車と馬の話★
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BY 餡子郎
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