このままオフィスに行ってもいいのだが、と思いつつ、ライアンは会議室に向かった。スケジュールどおりなら、今頃ケルビムのホワイトアンジェラ専用チームの定例会議が、そろそろ終わる頃だろう。
先程の実験のときにスタッフに言ったとおり、今回、ゴールデンライアンのヒーロースーツが、完全にライアンの個人所有になった。
法的な手続きにここ数ヶ月掛かったし、一等地の別荘を買うほうがまだ手軽という金額だったが、ライアンは躊躇わなかった。あの天才メカニック・斎藤の独自の技術がふんだんに使われていることを思えば、その手間も金額も格安、申し訳ないほどだ、とライアンは評価していた。
そもそもこれは、メトロ事故の救助活動に無償で協力する交換条件として成立したやりとりだ。本来ならば、買い取りという交渉自体難しい。斎藤が作ったヒーロースーツとは、それほどのものなのだ。
そしてもちろん、買い取って装着するだけ、とはいかない。メンテナンス、消耗部品の調達と、買ってからも金はかかる。しかし今回アスクレピオスに雇われるにあたって、パワーズとケルビムが、ヒーロースーツの管理と維持、メンテナンスを請け負ってくれるという項目が契約書にある。ライアンがこの会社に雇用されることを決めた、大きな理由のひとつだ。
更には医療技術に特化したアスクレピオスの技術も盛り込み、バイタルデータとも連携したシステムなどを加える予定である。
きちんとした契約の上とはいえ個人所有のものの面倒を見てもらうのだから、自分が直接よろしくお願いしますと言ったほうがいい。
フリーのヒーローとして、口調は軽いがそのあたりの筋はしっかり通す癖の付いているライアンは、迷いのない足取りで会議室に向かっていく。そして想定通り、白衣の面々が、ぞろぞろと会議室から出てくるところに出くわした。
「──あ! ライアン! おはようございます!」
「おー、オハヨ」
白衣の群れの中から駆け出してきたのは、もちろんガブリエラだ。どんな時でも、彼女はいち早くライアンに気付く。随分伸びた赤い髪を翻し、灰色の目をきらきらさせて駆け寄ってくるその様は、飼い主を見つけた犬そのものだった。
会議について聞くと、ガブリエラはちゃんと端末を見ながら、会議で決まった内容を伝えてくる。少々たどたどしいが、要項はきちんとまとまっている。その中に自分も協力すべき案件を見つけたので、影のように彼女に付き従っているアークのひとりにそれを伝えた。
「それと、ルーカス先生がたまには顔見せに来いっつってたぜ」
「……マイヤーズ先生が?」
主治医からの伝言を忘れず伝える。すると、ガブリエラの表情が僅かに強張った。
「おう。なんかデータも取りたいからって」
「私の主治医はシスリー先生です」
ぷい、と顔を反らし、静かな声でガブリエラが言う。
「いや、でも」
「私のデータはシスリー先生がお持ちです。シスリー先生に聞いてください」
「つったってさあ」
「ゴールデンライアン」
顔を反らしたままのガブリエラに訝しげな目を向けるライアンに、シスリー医師が口を出した。
「ドクター・マイヤーズは男性ですし、何の研究のための呼び出しなのかわからないと、アンジェラも不安なのでしょう。私がまず内容を聞いて、必要であれば出向かせます」
「……まあ、ドクター同士がそれでいいならいいけど」
ごり押ししても仕方がないので、ライアンは素直に引いた。
そして、もしルーカス医師のところに行く必要があるなら、シスリー医師か、そうでなければ懇意にしている他の女医が同行するということになると、ガブリエラがころりと笑顔になる。
「……ったく、ルーカス先生はお前の大ファンだってのに、お前はつれねえな。なんで?」
ライアンは、首を傾げた。
ルーカス・マイヤーズがホワイトアンジェラの大ファンであることは有名で、貴重なNEXT医師、しかもその権威とくればアスクレピオス側から声がかかるのは当然だったが、彼はその声がかかる前に立候補した。その熱意は相当なもので、いかに彼女のファンであるかをアピールする小論文が本1冊分くらいの分量があったことは有名な話である。
──しかし。
しかしガブリエラのほうときたら、なぜかいつもこういう調子なのだ。
相手は熱烈な自分のファンで、しかし無礼な態度も取らない。常に紳士的で、娘か孫に対するような、それでいて一個の人間として尊重する態度も完璧だ。
ガブリエラもそれはわかっているらしく、挨拶は返すし、普通に対応はする。だが他の者たちに向けるような懐っこい笑顔は、彼に対して全くもって向けようとはしない。
自分の主治医であるシスリー医師や、他のドクターたちとの関係は良好で、いつもにこにこと愛想よく、本人の許可が得られればファーストネームで呼ぶ。そのくせ、彼に関してだけは対面すれば表情は固く、いつまでも「マイヤーズ先生」呼びである。
「あんな名医がファンで、何の不満があるんだか」
「ヴー」
「……そこまでか? そんな顔するほどか?」
前歯を出して唸り声を上げたガブリエラの赤毛を、ライアンはぽんぽんと叩く。
「……なぜなら」
「ん?」
「なぜならドクター・マイヤーズは……」
「おう」
「へんなにおいがしますので……」
まるでフレーメン反応を起こした動物のような顔で言ったガブリエラに、ライアンだけでなく全員がぎょっとした。
「おいおい、なんつーこと言うんだお前」
「しかし、何かわかりませんが、嗅いだことのないにおいがするのです。いえ、どこかで嗅いだことがあるような気もするのですが……」
「え? そんなにおいする? 俺別に何も思ったことねーけど……」
振り返って視線で同意を求めたライアンに対し、私もありませんよ、僕も別に、と医師たちがそれぞれ首を横に振る。
「お前の気のせいじゃねえの?」
「むぅ、そうですか?」
ガブリエラは、納得行かない顔をしている。
とはいえ、ライアンも彼女の話を全く相手にしていないわけではない。彼女特有の“におい”とそれによる人物判定がかなりの精度であることは、既にライアンも認めているからだ。──だからこそ、あの有能なかつ朗らかなドクターとの印象がちぐはぐで戸惑ってもいるのだが。
「……女性は男性よりもにおいに敏感ですし、単に少し相性が良くないのかもしれないですね」
シスリー医師が苦笑して言うと、ドクターたちが笑いながら同調した。
確かに、女性は特に異性に対して嗅覚による原始的、本能的な印象判別を行うというのはライアンも聞いたことがある。
「まあ、ドクター・マイヤーズのアンジェラに対する熱意は時々行き過ぎたところがあるので、それについていけないのでは?」
「ああ、まぁ……確かに。デリカシーに欠けるところは否定できねえけど」
ついさっき散々失礼な事を言われたライアンは、苦笑した。自分は相手が有能でさえあれば多少の変人具合は気にならないが、他の人々、特に女性はああいう中年男に苦手意識を持ってもおかしくはないだろう。
だがそれにしても、このガブリエラがそんな普通の女らしい理由で誰かを避けることがあるだろうか、という疑問がまた出てくるのだが。
いつまでも警戒する犬のような顔をしているガブリエラを伴って、ライアンはケルビムの医師たちと別れた。
「おはようございます、みなさん!」
ガブリエラが元気に挨拶すると、作業場にいた全員が、一斉にこちらを見た。
ケルビムの医師たちと別れた後、ライアンは、スローンズに顔を出すというガブリエラに付き合うことになった。
といっても、ちゃんと用事はある。アポロンメディアで乗っていたチェイサーが、今回ヒーロースーツとともにライアン個人の所有になった。それがスローンズに届いているはずなので、様子を見に来たのだ。
「おうアンジェラ!! 待ってたぞ!!」
「おはようございますアンジェラ! 見てくださいこのエンジン!」
「アンジェラ! ○○モータースから、新しいパーツが届いてますよ!」
喜色満面で次々に声を上げる作業着の面々に、彼女の後ろに立っていたライアンはひくりと口の端を引きつらせる。
「ワォ、換装が終わったのですね! あっ、これ、この間発表されたものですか!?」
そう言って作業現場に近寄るガブリエラは、とても楽しそうだった。彼女には好きなものがたくさんあるが、中でも特別なものがバイクだ。亡き親友の面影を追って求めた鉄の塊に、彼女はとても執着している。
彼女が本当に犬であれば、間違いなくちぎれんばかりに尻尾を振っているだろうというはしゃぎっぷりだった。──先程までの、ルーカス医師に対してぴりぴりとしていた態度とは雲泥の差だ。
ガブリエラが声をかけて集まり、当初誰も期待していなかったバイク馬鹿どもは、エンジェルチェイサー、エンジェルライディングという大きな功績を上げたことにより、更に暴走していた。
スローンズのラボは様々な部品や模型、素人にはまるでわからない設備がごちゃごちゃと溢れかえっている。その間をスタッフがせわしなく動き、機械をいじったり、コンピューター上のモデルをぐるぐる回したり、エンジンの出力を計測して、その結果に興奮気味に盛り上がったりしていた。まるで巨大なおもちゃ箱である。
「おう、ゴールデンライアン。おはようさん」
「あ、どーも」
キャッキャと楽しそうなバイク馬鹿たちを棒立ちで見ていたライアンは、スローンズの主任である、アキオ・スズサキから声をかけられた。
「そうだ」
「ん?」
「アポロンにいた時使ってた俺のチェイサー、届いただろ? あれどうした」
「ああ、あれ。あそこに置いてるぞ」
彼が軍手をはめた手で指差した先には、確かに、ライアンがアポロンメディアにいた頃に乗っていた大型チェイサーがあった。
「置いてあるって……」
そして、ヒーロースーツと同じ濃青と金、白のカラーリングのそれは、おそらく本当に“置いてある”だけだった。
「おい、何もしてねえじゃねーか!」
「整備はしておいた。ピカピカに磨いて」
確かに、まるで今から展示会に出すのかというほどピカピカに磨かれている。少しくたびれていたシート部分も取り替えられ、新品同様だ。だが、前と変わったところは全く無い。
「だってなあ、改造……改良しようにも。あれ、出番あるのか?」
「どういう意味だよ」
「もうR&Aといえば、タンデムのエンジェルライディングだろう。仮にそれぞれバイクに跨ったとして、……ゴールデンライアン、あんたアンジェラに追いつけるかい?」
「う」
呆れた様子のアキオ主任に、ライアンは苦い顔で詰まった。
「まあ〜、元々がクルーザータイプだしなあ。しかもあの大げさなチョッパーハンドルとでけえシート。ほっとんど寝そべってんじゃねーか。確かに見栄えはするけどな、それだけだ」
彼の意見を、ライアンは突っぱねることが出来なかった。概ねそのとおりだからだ。
「つーかなァ〜、速くもなくて飛べも跳ねもしないバイクなんか、作る意味あんのかって感じだしなァ〜」
「あるだろ!」
とんでもないその意見に、ライアンは全力でツッコミを入れた。
ライアンも車やバイクは好きだが、どちらかというと見た目の格好良さや乗り心地を重視するタイプである。少なくとも、彼らのようなスピードやアクロバティックライド崇拝主義ではない。
以前バーナビーと組んでいた時はサイドカーモードでばかり使用していて、その時の乗り心地は最高だったし、今も気に入っている。しかし、彼らは全く興味が無いようだ。
「う〜ん、あとはバーナビーと組んでた時みたいに、サイドカーで使うかだが──」
「ちょっと、やめてくださいよ! おやっさん!」
「エンジェルチェイサーにサイドカーつけるなんて、冒涜です!」
スタッフたちが、口々に言い出した。
「そんな邪魔なものつけたら、スピード出せないどころの話じゃないッスよ!」
「ゴールデンライアンが後ろに乗ってるだけでもアレなのに!」
「おい」
ぶーぶーと遠慮無く文句を垂れるスタッフたちに、ライアンが半目になる。その迫力はかなりのものだったが、元々ブロンズでガラの悪い走り屋や暴走族相手に渡り合ってきたメカニック、というよりもバイク屋たちは、全く気にもとめていない。
「だいたいゴールデンライアンが重いから、スピードが……」
「せめて体重が半分ぐらいだったら……」
「あの羽根パーツがなければ……」
「空気抵抗の塊め……」
本人を目の前にぶつくさ言う彼らに、ライアンはさすがに顔をひきつらせる。
「こンのバイク馬鹿ども……」
「褒め言葉だなァ!」
ライアンの苦々しい言葉に、かっかっかっ、とアキオ主任が大笑いし、他のスタッフたちも同じように笑った。
「むぅ、みなさん失礼ですよ!」
高い声が、オイルのにおいで溢れる作業場に響いた。
全員の視線が集まる先では、ガブリエラが腰に手を当てて仁王立ちをしていた。
「いいですか、私はサポート特化ヒーローです! ライアンのサポートをするのが役目です! つまり、ライアンあっての私! ライアンを運ぶためのエンジェルライディング! 確かにスピードは大事ですが、ライアンがいないとあっては、こう……その……元々のあれがええと……」
「本末転倒か?」
「そう! それです! たぶん!」
アキオ主任の助言に、ガブリエラは大きく頷いた。
「ほんまつ、転倒! 転ぶのはダメです! いちばんダメです!」
腰に手を当てて言い切った彼女に、スローンズのスタッフたちが肩をすくめる。
「うーん、アンジェラがそう言うなら……」
「そうだなー。それに、ゴールデンライアン乗せててあのスピードとライディングっていうのもまたロマンだしな」
「それはあるな!」
「なるほど!」
勝手に納得したスタッフたちは、またぞろぞろと作業に戻っていった。
自分の主張がとりあえず受け入れられたせいか、ガブリエラは満足気にうんうんと頷いている。取り残されているのは、呆然としているライアンだけだ。
──彼女は、いつもこうだ。
いつでもライアンがいちばんで、至上で、ライアンあっての全てで自分なのだと、本気で、力いっぱい主張するのだ。
ライアンはナンバーワンのオンリーワンを目指し、自分でもそう振る舞っているし、実際にその自信がある。しかしガブリエラの崇拝ぶりは、ライアン自らの俺様キャラを軽々とぶっちぎって、あまりに徹底している。最近多少慣れてきたが、こうして呆気にとられてしまうこともまだ少なくなかった。
そして、端の目立たないところに置かれているライアンのチェイサーに気付いたガブリエラは「実際に初めて見ました!」と目を輝かせ、ぴかぴかのチェイサーの周りをうろうろし始めた。
指紋をつけないようにそうっと見ようとする様は、宝物を扱うようだ。
「ライアン! あの、その、少し乗ってみてもいいですか!」
「……おう」
「ありがとうございます!」
わくわくした顔でねだってきたガブリエラに、ライアンは、毒気を抜かれた様子で頷いた。ガブリエラは飛び上がって喜び、いそいそとライアンのチェイサーにまたがる。
「チョッパーハンドル、初めて触りました! いちど触ってみたかったのです!」
「そうなのか?」
「はい! シュテルンビルトまで来た時、ヒッチハイクで後ろに乗せていただいたバイクが、このタイプでした。それでとても格好いいと感動して……」
「確かに、ウィルダーネス・ツアーに行く奴はだいたいクルーザータイプだな」
アキオ主任が言った。ガブリエラと違って安全な、ある程度整備された道路だけではあるが、荒野の一部をこのクルーザータイプの大型バイクで数日間走る、というツアーが存在する。広大な荒野を、格好いいバイクで悠々と走ってその景色を楽しむというものだ。
「んんん、やはりこのタイプは見栄えがいいです! 格好いい! これに乗るライアンは、とても! とても格好いいに決まっています! いえ、私の後ろに乗っていていただきたいのもあるのですが、アアー! 悩む! 悩みます!」
「お前が悩んでもな」
ライアンは小さく突っ込みを入れたが、ガブリエラは聞いていないようだった。
「これで荒野を走ったら、とても格好いいでしょうねえ」
「……それは、確かに」
うっとりとしたガブリエラの言葉を想像してみる。砂と岩しかない荒野に、このバイクが堂々と走っていく様は、それはもう格好いいだろう。──どう考えても、そんなことをする機会はないだろうが。
プロモーションビデオとかのネタにはいいかな、と、ライアンは頭の中のメモにアイデアを書き留めた。
「……というかな。真面目な話、どうしても街なかで小回りがきかねえタイプだからな、これ。エンジェルチェイサーがあるかぎり、出番はねえと思え」
「えー……」
はしゃいでいるガブリエラに聞こえないようこっそりと、本当に真面目な顔で言ったアキオ主任に、ライアンは肩を落とした。
「個人で買い取ったんだろ? いっそ普通に乗ったらどうだ? 目立つぞ」
「いやいやいや。さすがにあんなド派手なバイク、街なかで悪目立ちするわ」
「ま、そりゃそうか。じゃあヒーローランドで使うとかはどうだ? パレード用とか。見栄えだけはするし」
「見栄えだけって言うな」
「だって、見栄えだけだろ」
正直、ライアンもそれには同意だ。とても私用で乗れるようなデザインではないし、彼の言うとおりにヒーローランドに預けて、子どもたちのおもちゃにするのがいちばん有用な使い方かもしれない。
しかし、嬉しそうに濃青と金の派手なバイクに跨り、ものすごいテンションではしゃぐガブリエラからこの玩具を取り上げてヒーローランドにやってしまうのは、なんだか気が引けた。
「……じゃあせめて、あの、走りながら能力使える仕様にしといてくれよ。それだと出番も出てくるだろ」
「ああ、なるほどな。いいぜ、予算もあるし」
ごくごくフラット、作業的にそう言って、主任はさっさと自分の作業に戻っていった。
「ブレンダさん、おはようございます!」
「おっはよー」
「おはようございます、おふたりとも」
先日のヒーローランドレポートのロケにもマネージャーとしてついてきていたブレンダ女史が、穏やかに挨拶を返してくる。
「本日の予定ですが──、ゴールデンライアン。これから行う予定だった写真撮影が延期になりました」
聞けば、先日の事件でワイルドタイガー、こと虎徹が壊したのが、“シュテルンビルトで活躍する、新進気鋭の青年実業家たち”というタイトルで本日対談する予定だった店だという。
既に電話では挨拶している店のオーナーはライアンより若く、今回の対談をとても楽しみにしてくれていた。店の損害は保険が効くだろうが、色々と気を落としているかもしれないので、電話をする旨をブレンダ女史に伝える。
「電話? メールではなく?」
「メール打つの、あんまり好きじゃねえんだよ」
ライアンは、肩をすくめた。
メールを打つのが好きではない、というのは事実であるが、こうしてすぐ直接電話をするという彼の癖は、人脈作りにおおいに役立っている。人間誰でも、本当に本人が作成したかどうかわからないメールより、直接声をかけてもらうほうが、“気にかけてもらっている”という気がするものだ。
それに受話器から聞こえる生の声というのは、威力がある。ライアンのように特別なオーラといい声の持ち主であれば、なおさらだ。
「では、そちらはお任せします。というわけで、午前中の予定が空いたのですが──、ちょうどこちらを受け取っておりまして」
そう言って彼女がライアンの端末に送ってきたのは、彼らのトップであるダニエル・クラークからの連絡事項や指示書であった。
「朝早くにベンジャミンさんがドミニオンズにおいでになりまして、渡していかれました」
トーマス・ベンジャミン。ダニエルの専属秘書である。
「……直接渡せばいいじゃん」
「ベンジャミンさんは、ライアンが少し苦手なようですので」
ガブリエラがさらりと言った。事実である。
「あら、そうなのですか?」
「なぜかはわかりませんが……」
まあ、と頬に手を当てるブレンダ女史と、ちらりとライアンを見上げるガブリエラ。ライアンは、片眉を上げて両肩をすくめた。
彼に避けられている理由について、ライアンには心当たりがあった。ライアンに含むところはまったくないしそれほど気にしていないのだが、彼はあまり良く思わなかったらしい。
「……ま、理由に心当たりがねえわけじゃねえけど……。仕事に差し障りはねえと思うし、お互いそのへん割り切ってるから気にすんなよ」
「それならいいのですが」
いつも人当たりが良いが割とドライなところもあるブレンダ女史は、そう言ってあっさりと納得した。
「……なあ」
「はい」
どこか思案顔のライアンに話しかけられ、ガブリエラは再度彼を見上げた。
「おまえ的にアイツどうなの? ヘンなにおいしたりする?」
「ベンジャミンさんですか?」
「そう」
「いいえ、別に。おもしろい感じのにおいです。私は嫌いではないです」
ガブリエラは彼と顔を合わせる機会はあまり多くないが、避けられているライアンよりは多い。彼はその度フラットな挨拶をしてくるし、特に感じも悪くない。深く話したことはないが、気が合うような気がしないでもない。
そんな風なことを貧しい語彙でガブリエラが伝えると、ふうん、とライアンは呟き、そのまま黙った。あのミステリアスな、言い換えれば怪しい秘書には親しげなのに、ルーカス医師にはどうして態度が固いのかと、ライアンはまた首を傾げる。
「ま、とにかく今日の予定は了解。これの処理と、終わったらランチまでドミニオンズの企画書チェックしとくわ」
「そうしてください。午後は予定通りです。私はスポンサーのオフィスに出向してきますので、日中のマネジメントは他のメンバーが向かいます」
「了解」
にっこりと微笑んだブレンダ女史は、ハイヒールの踵を鳴らして颯爽と出ていった。
「で、お前だけどさあ」
「はい!」
ライアンとマネージャーのやり取りをじっと見守っていたガブリエラは、しゃんと背筋を伸ばした。まるで今から命令を待ち望む犬のようなやる気のある目に、ライアンは少し笑う。
冷蔵庫を開けるように指示し、ドミニオンズとパワーズに持っていくようにガブリエラに伝える。ガブリエラが、薄いピンク色と水色とふたつ、綺麗な紙袋を取り出した。
「差し入れですか?」
「ん。ドミニオンズはまた新しい企画進めててご苦労さんっていうのと、パワーズはヒーロースーツの面倒見てもらってっからな」
「……相変わらずとてもマメですね、ライアン」
「だって世話になってるし、常識だろ? ま、挨拶だよ、挨拶」
あっさり言うライアンは、ガブリエラが評価したとおり、とてもマメだ。新しく世話になる者には必ず挨拶をしに行くし、何かというとこうして差し入れをする。
このマメさもまた、彼の人脈作りにおける肝だ。俺様キャラで、ひとつひとつの動作は豪快、悪く言えばややがさつなため、このマメな気遣いとのギャップに皆やられるのである。そしてそれを、ライアンは自覚している上でやっていた。
「ピンクのがドミニオンズで、青いのがパワーズな」
「中身が違うのですか?」
「ピンクは見た目カワイくて映えるやつ。ブルーのは片手で食べられる乾きモン」
そして、送る品もちゃんと相手を見て決めている。ちなみに、ドミニオンズは元々美容部門や広報部門にいた華やかでおしゃれな女性社員が集まっており、パワーズは仕事熱心な研究者が集まった甘党揃いだ。──完璧なチョイスである。
「では、さっそく行ってきます!」
「おー。12:30くらいには戻って来いよ。ランチ行くから」
「わかりました!」
ガブリエラはメットを装着し、ふたつの紙袋を丁寧に持つと、アークたちを引き連れて、意気揚々と部屋を出て行った。
「さて」
オフィスにひとりになったライアンは、自分のデスクに着き、端末を立ち上げた。きちんと仕舞われたキーボードを引き出し、社内のみのローカルネットワーク内メールをチェックする。各部署からの報告書が届いていたので、ひとつずつ確認。添付された資料も目を通す。
ヒーロー・ゴールデンライアンとしてではなく、アスクレピオスホールディングスのヒーロー事業部アドバイザー、ライアン・ゴールドスミスとしての仕事である。
「んー……。あ、これ、どうだったっけかな。──あ、俺俺。おはよう」
ライアンがハンズフリーモードで内線電話をかけたのは、ドミニオンズ。その中でも法律担当の事務員である、ヘザー女史である。
「今送った資料の、マーカー引いてるとこ見て欲しいんだけど」
《少々お待ちを》
通信の向こうで、ヘザー女史が社内ローカルメールを開く。ライアンからパスワード付きで送られてきたメールに添付されたファイルには、追加で付けたとわかる形式で、デジタルマーカーがつけられていた。
「ここんとこ、シュテルンだといいけど、あっちのエリアだと法的にマズいかもしんねーのよ。なあなあでイケるかもだけど、弁護士に見てもらって回答ちょーだい。緊急じゃねーけど、念のためなる早がいいと思う。あとで決定事項に引っかかってきたり、問題になったらめんどくせえし」
《……なるほど。わかりました》
ライアンが寄越した資料は、ドミニオンズが行おうとしている、外部エリアへのマーケティングについてのものだ。
元々アスクレピオスホールディングスは、シュテルンビルトの企業ではない。本部はコンチネンタルのエリアだが、その子会社の“本社”は各国様々にあり、一概にどの国の会社、といえない、巨大な複合企業。
それに加えて、ホワイトアンジェラ事件とも呼ばれるメトロ事故が世界中に放送されたこと、またエンジェルウォッチがネット経由で海外からの注文も多くなってきていることから、R&Aをシュテルンだけでなく外部エリアでも売り出し、主に化粧品のラインを流通させよう、という大きな試みだ。
しかしヒーローという特殊な職業はエリアによって扱いが異なり、法的な仕組みも細かく違う。そもそも、エリアを超えてヒーローが活躍するという実例がまだまだ少ない今、それを踏まえての法律がまだ曖昧なのだ。
例えば、シュテルンビルトでしかヒーローとして活動実績のない者を、外部エリアで“ヒーロー”という名称で売り出すことについて。ヒーローという肩書は基本的に、当人がそのエリアでヒーローとして活動する免許を持っており、実績もある場合にのみ名乗って良いことになっている。
そのため、実際の活動拠点がシュテルンビルト内でありつつ、外部エリアでその商品を売り出したい場合。タレントとしての登録、特別な商標登録、そういう手続きが別途必要になる場合がある。
最近各エリアの司法局が連携し、どのエリアでも共通したヒーロー制度をまとめた“ワールドヒーロー制度”とその免許を立案しようとしているが、まだ成立の目処は立っていない。
「よろしくなー。もー、エリアごと決まりが違ってマジめんどくせえよな。しょーがねえんだけど。早くワールドヒーロー制度出来ねえかな……真っ先に免許取ってやるのに」
《その時は私どもにもお知らせください。では、本件については回答が出次第ご連絡いたします》
「よろしく〜。──っし、次」
軽く言って内線電話を切ったライアンは、また別の案件に目を通し始める。
しかし彼は軽くやっているが、こういう判断や指示は、色々なエリアを渡り歩き、その都度ヒーロー免許を取得し活動してきた経験があるライアンだからこそできることだ。
実際の手続きはもちろん法律家に任せるが、彼らもまた、基本的には自分のエリアの法律の専門家だ。複数のエリアに跨る案件に対し、「ここ問題があるんじゃないの」という指摘は、ライアンでないとできない。
この能力こそが、アスクレピオスホールディングスシュテルンビルト支部代表、ダニエル・クラークが、彼をヒーローとして抱えつつ、“ヒーロー事業部アドバイザー”という役職を任せた大きな理由のひとつである。
「ゴ──ルデンライア──ン!! ちょっとこの、アレ、これ、見てー!」
そう言ってノックもなしにオフィスに飛び込んできたのは、ヒーロースーツ担当のチーム・パワーズのひとり、いや副主任の、バート・オルセンだった。薄汚れた白衣を翻し、何やら色々と資料を持っている。
「おいおい。アポは?」
「取ってない!」
「取れっつってんだろ」
ぬけぬけと言う、自分より10歳は上だろう彼に、ライアンは呆れた顔をした。
パワーズというチームは、ヒーローを抱えた経験がゼロのアスクレピオスで、防弾のフル装甲、パワードもついていながら超薄型という、世界初の試みをふんだんに盛り込んだホワイトアンジェラのヒーロースーツを作り上げた、超有能な天才集団である。
しかし天才となんとかは紙一重、という曲者が揃っているチームでもあり、基本的に常識が通用しないのだ。アポなしの突撃など、日常茶飯事。
ホワイトアンジェラの大ファンでもあるバート副主任は、例に漏れず変人ではあるがコミュニケーション能力がありプレゼンなどにも長けているので、前のハロウィンイベントの時のように、会議などは概ね彼がパワーズの代表として出席する。
「まあいいけどさあ。で、何」
あっけらかんと言うライアンに、突撃してきた彼は、ぱっと笑顔を浮かべた。
成果さえ出していれば、ライアンは多少のことは受け入れてしまう。どれだけぶっ飛んだ常識知らずであろうとも、それに反比例して有能であるならば全くもって気にしないどころか、個性として認め、「しょうがねえな」と笑って済ませてしまうのだ。
変人集団のパワーズはその懐の大きさがいたく気に入ったようで、「いい上司が来たぞ!」「やりたい放題だ!」と大喜びである。
しかしライアンは、彼らを野放しにするばかりではない。どこがどう変人なのかちゃんと見極め、容赦なくフォローを入れる事も忘れなかった。
例えば実際に起きた事例として、研究に没頭して風呂に入らない彼らが、スポンサー会合のため公共の場に顔を出す必要があった。その時、ライアンはアスクレピオス系列の介護スタッフを問答無用で派遣し、パワーズの研究員を風呂にぶち込んで、スーツを手配し、きちんとした身支度をさせたのである。
「どうせ言ったって入らねえだろ」
という彼の判断は正しく、一応告知しておいたにもかかわらず、彼らは会合当日の朝まで、少なくとも5日は風呂に入っていなかった。医療系の研究職、しかも清潔感が売りのひとつであるホワイトアンジェラ、王子様だのお姫様だのというコピーを打っているR&Aのイメージに大打撃を与える危機は、ライアンによって見事回避されたのだ。
その後、いつもあれくらい清潔でいてくれという他部署からの強い要請を叶えるべく、ライアンは更に手を打った。
彼らが不潔なのは、研究に没頭するあまりに自宅に帰らず、研究室の適当な場所で寝泊まりや食事をしているからだ。しかも、きちんとした生活をしないがゆえに場所を汚すことも多く、それなのに後片付けもぞんざい。
といっても、「しなければいけないこと」を告げたところでそれを守る輩でもないことも理解している。でなければ、こんな事態にはなっていない。
そこでライアンは、彼らの不潔さが原因でヒーロースーツに支障が出た実例を示した。
それはごく些細なことではあったが、私生活が最底辺であるかわりに仕事には山より高いプライドを持っている彼らには、効き目抜群だった。それに筋金入りの理系頭の彼らは、理屈さえ通っていれば意外に駄々をこねないのだ。
更に、研究室内にいる時の食事は月極契約でケータリングを手配。配膳から後片付けまで業者がやれば、場所が汚れることもない。パワーズの研究室が発生源だとされていた油っこい害虫も、徹底した駆除をいちど入れて以来、完全に姿を消した。
また寝るだけの仮眠室を作り、風呂に入りさえすれば、そこでどれだけ寝泊まりしても良いと告げた。仮眠室を清潔に保つ清掃業者やケータリングの食事の費用はそれを使うパワーズの職員持ちだが、高給を溜め込むばかりで使っていない者が多く、文句は出なかった。むしろ色々手配してもらって楽になった、と喜んでいるくらいだ。
このように、パワーズを完全にコントロールして周囲への被害を抑え、なおかつ快適な環境を与えることで仕事の効率も上げたライアンは、アスクレピオス社内でまさにヒーロー扱いだった。
「ゴールデンライアンがパワーズの手綱を取ってくれるから、助かるなあ」とはダニエルの言であるが、社内全員の総意でもある。
──閑話休題。
副主任のバート主任は、パワーズの中では元々かなり身ぎれいな方だ。具体的には、服を下着から背広まですべてクリーニング屋にぶち込むということができる。しかし相変わらずズボンからシャツが半分はみ出している彼は、興奮気味に端末を立ち上げ、ライアンに見せた。
「これ見てこれ! アンジェラのスーツの新デザイン! かわいくない!?」
彼が示すディスプレイには、確かに、ホワイトアンジェラのスーツのデザイン画が表示されていた。だが新デザインと言われても、いつも開いている口元が完全に覆われているくらいで、他に変わった所は見受けられない。
「口元隠れてるけど。これ?」
「ふっふっふ」
得意げな顔をしたバート副主任は、また別の資料に切り替えた。ヘッドパーツの犬耳部分と、尻尾の部分のアップ。そしてその内部構造の設計図らしきもの。──とはいっても、流石にライアンが見ても仕組みなどわからないのだが。
「ナニコレ」
「聞いて驚け! なんとこの耳としっぽ! 動きます!」
「えっ」
「アンジェラの脳波とか体温とか、あと視線とかと連動して──」
そう言って、デザイナーは、ディスプレイに表示されたCGモデルを操作した。すると、ヘッドパーツについた犬耳が、ぴこぴこと動いたり、ぴんとまっすぐ上を向いたり、伏せたり、右や左を向いたりと動く。尻尾も同様で、左右に動いたり、膨らんだり、丸まったり。それはまさに、表情豊かな犬そのものの動きだった。
「ほら、ホワイトアンジェラのヒーロースーツをフル装甲にするって決まったとき、揉めたんだよね。天使とか聖女とかのイメージなのに、フル装甲だと笑顔ひとつ見せられないしさ。パニック起こした怪我人に接することもあるのに、あんまり良くないって」
それは、ライアンも知っている。その折衷案として、二部リーグ時代のスーツのモチーフだった犬のデザインを引き継いで親しみやすさを狙い、更に口元を開けたデザインになったのだ。口元が見えていれば笑顔も作れるし、そしてカロリーの経口摂取もできる。
「でも口元が無防備なのは、やっぱりダメだ。マスクは衛生観念の基本だし、実際苦肉の策だしね。そこでこの耳だよ! 脳波と連動して動く犬耳としっぽ! これがあれば、口元が見えてなくても表情豊かに伝えられる!」
「マスクはわかった。……でもあいつ、耳とかなくても表情豊かだろ。今更いるか?」
アンジェラ、もといガブリエラは、リアクションが大きい。
淡々とした敬語口調でもあるが、逆にそれが素っ頓狂で間抜けに感じることのほうが多い。興奮すると抑揚たっぷりにはしゃいで話すし、何より全身で感情を表現する。ボキャブラリーが少ないぶん身振り手振りが大きく、嬉しいときや楽しい時はぴょんぴょん跳ね、困った時は首を傾げ、落胆した時はしょんぼりと肩を落とす。
あのキャラクターなら、顔が完全に隠れていても、感情を伝えるのに何ら問題はないだろう。実際、ワイルドタイガーやスカイハイはそれを成し得ている。
「それは同意するけど。──でも、かわいいだろ!?」
バート副主任は、力いっぱい言った。
「というか、かわいい! あのオーバーリアクションに加えて、ぴこぴこ動く犬耳としっぽ! 絶対にかわいい!」
「いや、まあ……」
ライアンは、想像してみた。
楽しい、嬉しいときにぴょんぴょん跳ねると同時に、頭の上のこの犬耳が、ぴんと上を向いているところ。好奇心いっぱいにわくわくしている時、ぴこぴこと動くところ。しょんぼりと肩を落とす彼女の頭の上で、ぺたんと伏せているところ。そして、後ろではふさふさのしっぽがぶんぶん振られたり、ぶわっと膨らんだり、きゅっと丸まったりしているところ。
「……似合うけどな」
「そうだろう! 違和感がまるで仕事をしない!」
うんうんと、デザイナーは力強く頷いた。
「というわけで、制作の許可と予算をくれ」
「待て待て待て。ヒーロースーツの変更だぞ? 俺だけで許可出せるわけあるか」
ヒーロースーツは、ヒーローにとって顔以上のものだ。ホワイトアンジェラのように、顔出しをしない、しかもフル装甲のヒーローであれば尚更。
それをコロコロ変えて、イメージが定まらずにぼんやりしてしまうのは致命的なことだ。実際、シュテルンビルトでのデビューを機にヒーロースーツを完全リニューアルしたライアンだからこそわかる。
「しかも、何の前触れもなくいきなり変更って。俺とかワイルドタイガーみたいに、会社変えて再デビューのタイミングで、とかならアリだけどさあ」
「なーにを今更。準備期間足りなかったせいで、今もちまちまマイナーチェンジしてるじゃん。エンジェルライディングに合わせて変えたのがほとんどだけど。ここのパーツとか、ほらここも、ここも、ここも! 素材変えたりもあるし! ていうかこのあたりを誤魔化すためにモードチェンジ仕様にしたってのもあるし! まあ逆にウケてるから結果オーライなんだけど」
次々に画像を出しながら、バート副主任は言った。
「変更かけるにしても、ひと目でわかんないようにはしてるけどさ。マニアの間じゃ、間違い探しみたいに何代目のスーツか見極めたりしてるんだぜ。今じゃ、どっか変わったところはないかって見つけるのがディープなアンジェラファンの常識」
「へえ」
ヒーローマニアにとっても、ヒーロースーツは重要なものだ。なるほどそういう楽しみ方になるのか、と、ライアンは素直に感心した。
「イケるって! ワンコキャラ、完全に浸透してるし! 絶対ウケる!」
「だーから、俺に今訴えたって何も出来ねえっての。少なくとも、まずはドミニオンズに話通さねえと」
ホワイトアンジェラ、ひいてはR&Aのビジュアル面全般については、彼女たちの管轄だ。
ゴールデンライアンのシンボルマークがライオンの横顔であることもあって、ホワイトアンジェラのシンボルは、狼犬の横顔になっている。同時に端のところがやや羽根っぽくなっている絶妙なデザインは、ドミニオンズの仕事だ。
「そうか。じゃあ話しといて」
「俺がかよ。自分でやんねーのかよ」
「だって彼女たち怖いもん」
子供のような言い分に、ライアンはさすがに呆れて半眼になった。しかし、彼は嫌だと言えば絶対にやらない。そして自分でやれと突っぱねたところでそれでもやらないし、挙句に勝手に作りたいものを作り始めるのだ。
そしてそんな面倒なことになるくらいなら自分が話を通したほうが何倍もましであることを、ライアンは理解していた。
「わかったわかった。じゃあ俺から話通しとくから、企画書とかデザイン画とか、資料まとめて送っといて。プレゼンの資料作りは自分でやれよ」
「さすがはヒーロー事業部の有能アドバイザー、ライアン・ゴールドスミス! 話がわかる! これだから君のことは好きだよ! 理解ある上司、最高!」
「そりゃ光栄だ」
「イケメンじゃなけりゃ完璧だったんだけど、誰しも欠点はあるよね」
「……それは褒めてる? 貶してる?」
「ただ事実を述べてる」
「あっそう……」
笑顔で親指を立てるバート副主任に、ライアンは脱力して苦笑した。
「……まあ、スゲーもんだってことはわかる」
正直なところ、彼が持ってきたものは、かなり高度な技術が使われている。
元々彼の専門は人間工学で、車椅子や義手や義足などの設計やデザインを生業としてきた。欠損した肉体から電気信号を読み取り、継いだ人工の手足に自然な動きをさせる技術においての第一人者。更に実用性と装飾性を兼ね備えた機能的なデザインで、何度も大きな賞を得ている。つまり複合的な才能を持った天才だ。
また介護用スーツの開発・設計でも才能を発揮していて、ホワイトアンジェラのスーツは、彼が今まで積み上げてきたものの集大成と言える作品なのだ。
だからこそ、彼はホワイトアンジェラのスーツに一切の手を抜かないので、当然といえば当然なのだが。
「そうだろう! わんわんっ娘が嫌いな奴などいない!」
しかし当人はどこかズレたコメントをし、「では、早速資料を作ってくるよ!」と満足そうにオフィスを出ていった。