#059
★パパラッチ釣り★
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「ブルーローズ! このふたりについてはご存じですか!?」
「もちろんよ、アンジェラは友人だし。彼女はライアンがとても好きなんだけど、ライアンはこうでしょ? 誠実な態度を取れって私はいつも言ってるんだけどね。……一緒に暮らしてる彼女のこと? うーん、正直私は苦手。まずルックスがね……」

「ドラゴンキッド! R&Aの関係についてのコメントを!」
「あのふたりについてー? 仲良しだよね。ふたり共すごくいい人だよ。よく一緒にご飯食べに行くんだ! レンアイとかは、ボクに聞かれてもよくわかんないよお。同棲? ライアンさんが? うん、一緒に暮らしてる彼女のことは知ってるよ。会ったことあるし。見た目強そうでかっこいいし、ボクは好きだよ」

「折紙サイクロン! 見切れていないでこちらへ! コメントを!」
「ひい! ……ああ、あのふたりのことでござるか。ええと、あの、ライアン殿はたいへん面倒見が良くマメな方でござるゆえ……。あー、一緒に暮らしていらっしゃる方は拙者も会ったことがあるでござるが、生活していくに手間もお金もかかる方で、この忙しいヒーロー業でそれをこなしているライアン殿は凄いなあと……。アンジェラ殿はその、はあ、受け入れていらっしゃるご様子で」

「ロックバイソン! 人生の先輩としてひとこと!」
「ああん? ……まあ、いいんじゃねえか、本人たちがいいなら。俺がどうこう言う事じゃねえだろ。……オイ誰だ今つまんねえコメントって言ったの! 何だよ!」

「ワイルドタイガー! ヒーローズ唯一の既婚者としてどう思われますか!?」
「ん? そーだなあ、個人的に俺はアンジェラを応援してっけど、あー、えーっと、まあその、3人で仲良くやれるんならいいんじゃねえのか? ああ、ライアンの同棲相手? 俺も写真で見たことあるぜ。見た目はカッコイイけどめんどくさそう。俺はあんまり器用な方じゃねえから、ああいうのと一緒に暮らすのは無理だなー」

「バーナビー! 元コンビとしてコメントを頂けますか!」
「そうですね、ライアンのどっちつかずな態度については僕も遺憾ですが、結局は当人たちが決めることですから……。ライアンの同棲相手? ええ、知っていますよ。ライアンはフリーのヒーローですから、シュテルンビルトではない場所に行くことも度々です。しかしライアンは住まいが変わる度に彼女のための部屋を用意しておいて、部屋が完璧に整ってから彼女を迎えるんだそうですよ。完璧な部屋が用意できなかった時は、豪勢なホテルに泊まらせているそうです。凄いですよね。会ったことがあるか? ええ、あります。物静かで大人しい方でした」

「ファイヤーエンブレム! この件についてはどう思われていますか!?」
「もっちろん、アタシったら人生経験は豊富だし、色々アドバイスはしてるわよぉ? 主にアンジェラにね。なんでって、ライアンの同棲相手の女のことはあまり知らないのよね。写真だったら見たことあるんだけど、まあそうね、ルックスがいいのは認めるわ。身長は180センチあるんですって。ライアンが彼女をすっごく愛してるのも知ってるしそれはしょうがないんだけど、それでアンジェラをおろそかにするのはアタシが許さないわよ! だって、それとこれとは別の話だもの!」

「スカイハイ! あの、ふたりのことについては──」
「応援している! そして応援している! え? どっちを? もちろん両方共だよ。ゴールデン君が一緒に暮らしている彼女は、私も実際に会ったことがあるよ! とても個性的かつ魅力的な女性だったね。アンジェラ君とのことは、ゴールデン君にはっきり聞いたことがあるんだ。アンジェラ君と親密そうだが、いったいどういう関係なのだ、とね。そうしたら彼はこう答えた。彼女は自分にとって、犬のような存在だと!」



 ヒーローズのコメントがワイドショーで取り上げられると、大炎上は最たるものとなった。──主に、スカイハイのコメントは皆に衝撃を与えたようである。

 大衆の反応はともかく、週刊誌やワイドショーはライアンのことを不誠実だ、倫理観に欠ける、などといって叩くのが基本だった。
 更に、以前から密かにあった『ホワイトアンジェラ男性説』を掲げる一派がここにきて主張を始め、ライアンは実はゲイで同棲している女性はカモフラージュであるとか、もしくはバイセクシャルで両方の性別の恋人を囲っているのだ、という説も飛び出した。
 また終いには複数人での恋愛関係も存在するといったフリーセックス推奨説に飛び火し、ライアンとアンジェラのことはそっちのけで、そのような関係性はけしからぬ、となんのために戦っているのかという理論戦争までが主にネットで勃発。もはやわけのわからない大混乱が起こっていた。

「アーッハッハッハッハッハッ! ぶは、ひい、げほッ」
「大丈夫ですか虎徹さん。笑いすぎですよ」

 トレーニングルームのテレビのワイドショーを見て大笑いし噎せた虎徹に、バーナビーがスポーツドリンクを差し出す。しかし彼の頬も、笑いを堪えるためにぴくぴくと引きつっていた。
「ここまで盛大な釣り、すさまじいですね……」
 持ち込んだ自分のラップトップでネットの反応を見ているイワンが、ごくりと息を飲んで言った。あらゆるSNSのホットワードがR&A関連になり、まとめサイトや掲示板スレッドが、数えるのも馬鹿らしいほど多数作られている。
「特にスカイハイさんのコメントからの炎上が凄いです。“スカイハイがこんなことを言うなんて”というのも含めて」
「私は役に立てたかな!? そして役に立てたのかな!?」
「役に立てたっていうかよお……」
 満面の笑みでそわそわするキースに、アントニオが呆れたような目を向ける。
「ぷっ、“チャライアン”だって」
「あはは! 上手いこと言うわね」
 SNSのホットワードで面白い単語を見つけたパオリンとカリーナが、けらけらと笑った。

「んまあ、大成功だわね。ねえ王子様」
「ソウデスネ」

 にこにこしているネイサンに対し、ソファに座り、ふんぞり返るというよりは完全に天を仰いで喉を反らせているライアンが、投げやりな声で言った。
「おお〜……。ここまで叩かれんの初めてだわ……」
 一生分ヤリチンって言われた、と顔を覆うライアンに、ネイサンが「下品な言葉を使うんじゃないわよ」と彼の頭を軽くはたき、バーナビーがすかさずパオリンの耳を手で塞いでいた。
「げ、元気を出してくださいライアンさん! 慣れればどうってことないです! もうすぐ挽回できることですし!」
 ネット炎上に一家言あるイワンが、拳を握りしめて言う。
「おう、あんがとな……。で、俺のスレッドどんだけあんの? うわーすっげえ数。どんだけ俺のことが気になるんだよ。注目度スゲーな、これひっくり返ったらどうなんの?」
「……何よ、割と元気じゃないの」
「ライアン殿、メンタル強いでござる……」
 つまらなさそうなカリーナに対し、イワンは尊敬するかのような目をしていた。

「天使ちゃんのことは……。まあ概ね同情的な感じね」
「そうですね」
 ニューストップのタイトルやホットニュース一覧をスクロールしながらネイサンが言うと、ガブリエラは頷いた。
「しかし、ゆるふわ頭のお手軽女とも書かれました! 天使だけに!」
「なんで感心したみたいなリアクションなのよ」
「アンジェラ殿もメンタル強いでござるぅ」
 イワンが感心する。

「それと、私が男性だという説も面白いですね」
「ギャビー、かっこいいもんね」
「ありがとうございます」
 悪気なくにこにこして言うパオリンに、ガブリエラもにっこりした。その説に伴ってゲイだのバイだの言われているライアンは、遠い目をしている。
「そういえば、折紙も女なんじゃないかっていわれてるわよね? 前から」
「ううっ……その話はやめて欲しいでござる……」
 少し笑いながら言ったカリーナに、イワンが弱り切った様子で肩を落とした。
「アンジェラさんはいいですよ、発言や行動がイケメンだとかエンジェルライディングがかっこいいとかからの男性説じゃないですか。僕のは単になよっちいからとか……見切れだけとか……そういう理由ですし……」
 どよん、と暗いものを背負うイワンの肩を、アントニオがぽんと叩く。
「まあまあ、気にすんなよ。最近お前どんどん鍛えて活躍してんじゃねーか。バシバシ成績残せばそういう噂も消えるって」
「だといいんですけど……。ロックバイソンさんはいいですよね、ヒーロースーツでも明らかに男らしいですし……」
「えっそう!? やっぱそうかな!?」
 はあああ、と重い息を吐くイワンと、まんざらでもない様子のアントニオである。
 その後も皆でネットサーフィンをしながら色々な噂を見つけては笑ったり憤慨したりとわいわいやっていたが、やがて自分の通信端末を見ていたライアンが立ち上がった。

「よーっし、はいはい、もうお開き! 今から行って記者会見すっからな」

 ぱんぱん、と大きく手を叩いて言った彼に、皆の注目が集まる。
「アラ、そうなの?」
「おうよ。とうとう会社に怒られたっつーの」
 半目になったライアンが、たった今届いたらしいアスクレピオスからのメールの文面をネイサンに見せた。
「まあ事前に言ってはいたんだけどな。悪意のない炎上商法ってんで賛成してくれてたんだけど。ちょっとやりすぎたな」
「……アスクレピオス、話がわかるわねえ」
「でも予定より炎上しすぎってことで、今のうちに火消しをな」
「そうね、私もここまでになるとは思ってなかったわ。さっとネタバレしちゃったほうがいいわね」
「そうするわ。ホラ行くぞ」
「はい」
 いつも通りのしのし歩いて行くライアンの後ろを、ガブリエラが小走りに追いかける。その大柄な後ろ姿と細い背中を見送り、ヒーローたちはテレビのチャンネルを、ライブニュースのチャンネルに切り替えた。



 ガブリエラがヒーロースーツに着替えホワイトアンジェラとしての姿になると、ドミニオンズ職員の先導で、ふたりは記者会見のための会場に向かった。シュテルンビルト最大のホテルであるシュテルングランドホテルの、披露宴などで使われる部屋である。
 部屋に入るなりものすごいフラッシュが焚かれ、今回はサングラスをしていないライアンは、眩しそうな顔をした。そしてふたり揃って低いステージのような所においてある会議用机、そこに用意されたふたつの椅子にそれぞれ腰掛ける。そこでもまた、フラッシュが焚かれた。

 質問は挙手の後おひとりずつお願いします、とドミニオンズ職員がマイクを通して言うと、一斉に手が上がる。
《シュテルンゴシップスさん、どうぞ》
「ゴールデンライアン、同棲していらっしゃる女性はどういう方なのですか!?」
「えーっと、モリィっていうんだけど」
 ライアンが答えると、記者たちがその名前を真剣にメモにとる。この時トレーニングルームのテレビで中継を見ていたヒーローたちは、腹を抱えて笑っていた。
「元々モリィは他の男と暮らしてて、あ、俺がコンチネンタル時代に世話になったヒトなんだけど」
「──人妻だったということですか!?」
「……まあ、そうなんのかな。何回か子供産んだこともあるってよ。割といい年だし」
 記者たちがものすごい勢いでメモを取り、フラッシュを焚いてシャッターを切っている。
「でもそのヒトが亡くなったんで、懇意にしてた俺がモリィを引き取ったわけ」
「あ、そうなのですか」
 アンジェラが言うと、またフラッシュが焚かれた。
「そうそう。そのヒトもあっちこっち行く仕事だったからさ、俺の生活にもついてこれるし。言ったことなかったっけ?」
《週間スターマガジンさん、どうぞ》
「ホワイトアンジェラ! ゴールデンライアンがモリィさんと一緒に暮らしていることについてはどうお考えですか!?」
 立ち上がった記者が言うと、アンジェラは首を傾げた。

「どう、と言われても……」
「ご不快ではないのですか?」
「不快? なぜ? 私も彼女が好きです。ライアンともとても仲が良いのですよ」
「は……?」
《シュテルンウィークリーさん、どうぞ》
「ゴールデンライアンは、これからもモリィさんとの関係を続けるつもりですか!?」
「もちろん。彼女が死ぬまで面倒見るつもり」
 ざわ、と皆が騒いだ。トレーニングルームのテレビの前では、虎徹がまた咽ている。
《ライフ&スタイルさん、どうぞ》
「先程子供がいると仰っておられましたが、その子供は? 一緒には暮らさないのですか?」
「どこにいるのか知らねえし。まあいいヒトに貰われてると思うけど」
「モリィは、もう子供を産まないのですか?」
 アンジェラがあっけらかんと質問すると、記者が何人かぎょっとする。
「あー、もう子宮取っちゃってっからなあ」
「そうなのですか?」
「うん、まあポンポン産まれても困るしな」
 この時、有名SNSのサーバーが落ち、掲示板のスレッド数が爆発的に増えていた。

「残念ですね」
「そうは言ってもなあ。すげー数産むんだぜ」
「え、何個ぐらいですか?」

 ──“個”?

 飛び出した単語に皆がポカンとする中、ふたりは記者たちそっちのけで会話を続ける。
「1年に1回、少なくても30個ぐらい」
「そんなにですか」
「だから詰まって死んだりするし。オスがいなくても産むしさ」
「ああ、鶏と同じなのですね。……食べられないのですか?」
「お前……。まあ土地によっては食うとこもあるらしいけど」
「美味しいのでしょうか」
「さあ。あんまり食う気になるようなビジュアルじゃなかったぜ」
《シュテルンピープルウォッチさん、どうぞ》
 マネージャーの声が、静かになった部屋に響く。すると、いかにもベテランといった様相の記者が、にやりとした、しかし眉間にしわを寄せた顔で立ち上がった。

「……おふたりとも。モリィさんは、身長180センチのとても見た目の良い美女だそうですが、お写真などを見せていただくことは出来ますか?」
「おお、写真ね。いいぜ」
「ライアン、あれにしましょう。花のやつ」
「とっておきのやつだな。えーっと」
 ライアンが端末を操作し、アンジェラが横から口を出す。そしてマネージャーがすかさず用意してきたプロジェクターに接続し、後ろのスクリーンに、ライアンの端末にある画像が写った。

「これがモリィだ。どうだ、イケてるだろ?」

 ──でかでかと映しだされたのは、花を食べる、鮮やかな緑色のイグアナの姿だった。










「おふたりとも! 世間を騒がせたことについてコメントを!」
「結局付き合っていらっしゃるのですか!? 誤魔化されませんよ!」
「おすすめの中華食堂を!」
「月刊レプタイルです! ゴールデンライアン、モリィちゃんの取材許可を!」

 ポーターの外から聞こえるたくさんの声に、ソファに座ったライアンは腕を組み、指先でとんとんと自分の二の腕を叩いた。
 ドミニオンズの新しいグッズの写真撮影を終え、ヒーロースーツを脱ぎつつポーターでアスクレピオスに戻ってきた所なのだが、会社の前はこのとおり、待ち伏せのマスコミで溢れかえっていたのである。

「全然沈静化してねえじゃん……」
「ネットでは概ね好意的な反応だそうですよ。楽しかったと」
 ライアンの向かいに座った、私服姿のガブリエラが言う。
 元々大騒ぎしているのはマスコミだけだといわれていたのもあり、ふたりが行った大掛かりなイタズラは、大衆に好意的に受け入れられている──と、イワンからも太鼓判が押されている。
「諦めませんよ、R&A! こっちは薄給なんです! ボーナスよこせええ!!」
「やべえ、鬼気迫ってんな」
「切実ですね」
 記者たちの熱気に、ふたりは真顔で頷きあった。

「……ああ、もう。面倒ですね」
「あ?」
 ライアンが怪訝な顔をしたが、ガブリエラは私服のままホワイトアンジェラのメットだけを手早く装着し、すっと立ち上がった。

「誤魔化すので騒ぎが長引くのです。はっきり言ってしまいましょう、本当のことを」
「ちょっと待てお前、何言う気だ」
「はい、用意はいいですか」
「ちょっと待てって」
「OK, Get set」

 ──Go!

 ライアンが了承していないまま、アンジェラはポーターの扉を開けた。



 扉を開けるなり、ものすごい数のフラッシュ攻撃。
 サングラスをかけていなかったライアンは眩しさに呻き、アンジェラは黙ってメット内の遮光フィルターを下ろした。
「コメントを!」
「ひとこと!」
「おすすめの中華食堂!」
「モリィちゃんキュート!」
 わあわあとお構いなしに叫ぶ記者たちの間をすり抜けて、アンジェラはアスクレピオス社前の広場、僅かに階段になったそこに登る。そして──

 ──ガンッ!!

 地雷を踏んでも残るというブーツの踵で、足元にあった鉄のマンホールを思い切り蹴った。

「お静かに」

 シン、と静まり返った中、高く可憐な声で彼女が言った。蹴りつけられたマンホールの僅かな反響音が、静寂の中によく聞こえる。
「お騒がせしたことについては、申し訳ありません。しかし、私達はひとつも嘘をついていませんし、悪意もありません。ユーモアの範囲での騒ぎ、という認識です。これを機会に、マスコミだけが過剰に騒ぐことについて、しっかりと見直していただきたいと思います。このことはアスクレピオスからも文書でお送りしているかと思いますので、確認してください」
 まるで台本を読み上げるようなスラスラとした長台詞だが、実際にこれは前回の記者会見でしつこくコメントを求められた時のために、ドミニオンズが用意した台本そのものだった。
「それと、中華食堂はシルバーステージの飲茶専門店、『ミンミン』がおすすめです。月刊レプタイルさんについては、ライアン」
「あ、おう。モリィの取材な。いいぜ、名刺ちょーだい」
 ぽかんとしていたライアンは、嬉しそうな爬虫類専門誌の社員から、名刺と、手土産としてのイグアナ用ペットフードを受け取った。彼は満足そうなグルメ雑誌の記者とともに、記者の集団から離れていく。

「続いて私とライアンの関係についてですが、──放っておいてください」
「ええっ、そんなあ〜」
「そんなこと言わずに……」
「うるさいですよ」
 ぴしゃり、とまるで修道院長のようにアンジェラは言った。
「そのかわり、私は嘘をつきません。いいですか」
 鉄の靴底が、タイルの地面をカツンと小さく打ち鳴らす。

「──私は彼を愛しています!」

 ぶっ、とライアンが噴き出し、続いて盛大に噎せた。マスコミたちはぽかんとして、段差の上で腰に手を当て、仁王立ちで堂々と言い切った彼女を見上げている。
「ライアンからは、まだ返事を頂いていません! しかし考えておくと言われています!」
「おいおいおいおい」
 まだ若干噎せているライアンが、冷や汗を流しながら小さく首を横に振った。
 確かに、まごうことなき真実である。赤裸々なほどに。これだけのマスコミの前で、これほど堂々と、ストレート極まりない愛の告白を行った者があろうか。あまりにも直球過ぎて二の句が継げないといった様子のマスコミたちに、彼女は続けた。
「ですのでこの先、私が彼の愛を手に入れることができたら、私からあなた方に自慢して差し上げます。これでもかと。それまで待っていてください、なぜなら私も待っているのです。あなた方の我慢がきかないせいで、私の努力が無駄になったらどうしてくれるのですか。返事は?」
 ぽかんとしている記者たちに向かって、アンジェラはもういちど言った。
「“待て”ですよ! できますね、WAIT! 返事は! わんわん! はい!!」
 高くて可憐な声なのに不思議と迫力のあるアンジェラの剣幕に、気圧された若い記者が「わ……わん」と小さな声で言った。

「結構です。では以上です」

 頷いたアンジェラは、足を踏み出した。
 鉄の靴底が、カツカツと地面を踏み鳴らす。記者たちが道を開け、彼女は悠々とそこを通って行く。まるで、荒野を歩く野生の狼のように。

「あー……っと」

 取り残されたライアンは、イグアナの餌を持ったまま、後ろ頭をばりばりと掻いた。
「そういうわけなんで、悪いけどそっとしといてくれる?」
 ライアンは苦笑し、彼女が広々と空けた道を通って、自分もアスクレピオスの扉をくぐる。

「……俺もちゃんと考えてるからさ」

 ライアンのその言葉とともに、扉が閉まった。






 ──結局。

 この騒ぎは、ヒーローたちが失礼なマスコミを痛快にやり込めたユーモアのあるやり方だったと市民たちに好意的に受け止められ、あのふたりのことはそっと見守ろう、という空気が出来上がった。
 この日のアンジェラの私服がワンピースだったこともあり、『ホワイトアンジェラ男性説』は鳴りを潜めた。しかし同時に、あの直球極まりない堂々とした愛の告白を行った彼女には以前に増して「かっこいい」「アンジェラ」「イケメン」などという評価が高まり、主に女性ファンが増えた。
 ライアンはやはり見た目に反して真面目という評価が以前よりも定着し、さらに「あのアンジェラと付き合うとは器が大きい」という評価もついた。

 残ったのはスカイハイの「犬のような存在」という発言の謎だけであったが、よく訓練されたスカイハイファンたちによる「愛犬家のスカイハイのことだから、犬のようにかけがえのないパートナー、という意味合いに違いない」という的確な予想が受け入れられ、解決となった。



「やっぱり、ライアンがはっきりしないのが悪いんじゃないの」
「そうですね」
 カリーナが言うと、ガブリエラは紅茶を飲みながら、あっさりと肯定した。
「何が“真面目にコメントなど返さなくて良い”ですか。私は真面目に返して欲しくて、こうしてずっと待っていますのに」
「それよね〜。ホントそれ」
 わかるぅ、と、ネイサン、カリーナ、パオリンの3人は真剣な顔で何度も頷いた。
「ですので、少しムカつきました」
「……ちょっと。あんたそれでこの騒ぎ起こしたの?」
 怪訝そうな、しかしどこか面白そうにも見える表情で、ネイサンが訪ねた。
「はい。ムカついたときは爆発させて、しっかり燃やすのが良いです」
「確かに炎上したけど」
「しかし、ライアンの車を燃やすほどムカついたわけではないので……」
「さすがに物理の爆発炎上はやめなさい、っていうか車燃やすって何よ」
 炎の女王様の真顔の突っ込みに、ガブリエラは紅茶のカップを持ってしれっとそっぽを向き、ピチュピチュと小鳥のような口笛を吹いた。
「しませんとも。彼の車は、とても良い車なのです。私も運転させていただいて、愛着もあります。もしもっとムカついていたとしても、あれを燃やすのは、私もしたくありません」
「ああそう……」
「そして彼は、楽しめ、と言いました」
 ガブリエラは、紅茶をひとくち飲んで唇を湿らせる。

「しかし私にとって、ライアンの言うとおりに適当なグルメ情報を答え続けるのは、面白くもなんともありませんでした。ですので、私にとって面白いことをしたい、と思ったのです」

 驚いた顔をしているネイサン、いやカリーナとパオリンも合わせて3人ともに、ガブリエラは目を細めて笑ってみせた。

「私は“待て”ができる女です。しかし、彼が誠実にしてくださるのを待つことと、ムカつくことをされてがまんすることは、別の話です」
「そのとおりね」
 ネイサンが、深く頷いて同意を示した。
「ですので、ムカついたらちゃんと爆発させて、すっきりするまで燃やすのです」
「強いわ……」
「ギャビーかっこいい」
 尊敬するようなカリーナとパオリンの目線に、ガブリエラは悠々と紅茶を飲んだ。ネイサンは、よく言ったとばかりにうんうんと頷いている。

「しかし、私は頭が悪いので、彼の車を燃やす以外の“面白い”考えが浮かびませんでした。ですので、ドミニオンズの皆さんに相談したのです」
「ドミニオンズ? ああ、あんたたちの広報担当の美女軍団ね」
「そうです。彼女たちはとても頼りになります」
 仕事ができると同時に女子力も非常に高い彼女たちは、健気に告白の返事を待っている自社ヒーローが片思いの相手から受けた仕打ちに、おおいに同情してくれた。

「彼女たちは言いました。車が燃やせないのなら、他のものを燃やせばいいじゃないと」
 そうして、営業と企画、販売、情報や印象操作を生業とする有能な美女軍団がたてた計画は、ガブリエラのストレス発散を兼ねた、派手で大胆な炎上商法。
「私はムカついていましたが、彼を痛めつけたいわけではありませんでした」
「言いたいことは、すごくわかるわ。気持ちをわかってほしいだけよね」
「そのとおりです」
 そうよね、わかる、うんうん、と女たちは何度も頷きあった。
「彼女たちもそれを理解してくださって、今回の素晴らしい計画を提案してくださったのです」
 ライアンの評判が一旦落ちるもちゃんと元通りになり、むしろ最終的には少し向上し、元手の掛からない宣伝にもなり、運が良ければ新しい仕事も舞い込み、何より後腐れのない完璧なプラン。
 ガブリエラは、言われたとおりにそれを実行しただけ。──最後の公開告白はガブリエラの独断だが、ドミニオンズの美女軍団からは怒られるどころか「よくやった」と褒められたので、後悔も反省もしていない。

「それで、天使ちゃんは王子様の失言を許してあげるの?」
「許しますとも。私は彼を愛していますので」
 ガブリエラは、教会の聖母像より慈悲深そうな顔でにっこりした。
「それに、ライアンも、最後はちゃんとしてくださいました」
「そうね」
 嬉しそうなガブリエラに、ネイサンは頷いた。あの騒動の最後に「ちゃんと考えている」とマスコミに告げたライアンの、若干引きつった口元を思い出しながら。
 彼は察しのいい男なので、おそらくあの時、命令どおりに良い子にしている自分の飼い犬が実はご機嫌斜めであることを理解したのだろう。「実は今週の水曜日の午後、ふたりで出かける約束もしました」と彼女がにこにこ言っているあたり、ご機嫌を取ることも抜かっていないようである。

「ああ、やはりライアンは誠実な方です。これで私はまた待つことができます」
「頑張って。いつか迎えに来てくれるわよ」
「応援してる!」
「ギャビーがんばって!」

 真剣な顔でエールを送ってくれる3人に、ガブリエラは何の裏もない、何もかもを燃やし尽くして一掃したかのようなすっきりした笑みを浮かべて、それに応えた。
その頃のシュテルンちゃんねる:#058〜059
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BY 餡子郎
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