#058
★パパラッチ釣り★
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 スタジオの、外に出るための鉄扉。
 その前に並んだふたりは、ふう、とひとつ息を吐いた。
 私服姿のライアンが、扉のノブに手をかけた。同時に、いつも頭の上に乗せているサングラスを下ろしてかける。ガブリエラは、標準であるケルビム・モードのヒーロースーツだ。

「よーし、行くぞー」
「……むぅ。わかりました」
「OK, Get set」

 ──Go!



「おふたりとも、現在はどういう関係で!?」
「先日のヒーローランドのレポート番組について──」
「コメントを!」
「交際宣言などはなさらないのですか!?」
 ドアを開けた途端、数えきれないほどのカメラ、マイク、録音機器が向けられてきた。すさまじい数のフラッシュが一斉に焚かれる眩しさに、サングラスをかけておいたのは正解だった、とライアンは頷く。アンジェラも、メットの内部の遮光フィルターをさっと下ろした。
 全員、ワイドショー、週刊誌などの取材班。その隙間からは、フリーのパパラッチたちが長いレンズのカメラをまるでスナイパーのように構え、黙々とシャッターを切っていた。
 身体にぶつける勢いで無遠慮に向けられるカメラやマイクによろけるアンジェラをさりげなく支えたライアンは、群がる取材陣をゆったりと見渡す。

「うーん、今日も仕事熱心だねあんたら。そんなに給料いいの?」
 にやりと笑ってそう返したライアンに、若いレポーターがきょとんとし、いかにもベテランといった様子のカメラマンが小さく噴き出す。
「残念ながら薄給です! しかしあなたからコメントが取れればボーナスが出ます!」
「へえ〜。コメントねえ。ヒーローランドについてだっけ?」
「はい!」
 早くも食いついてきたレポーターが勢いのある返事をすると、更にフラッシュが焚かれた。ライアンはその激しさをけろりと受け流し、「うーん」と言って顎を指先で擦った。
「タイガーの辛マヨソースが何にかけてもウマイよ。大人買いしとくのをオススメする」
「そうではなく!」
「なんだよー、ちゃんとヒーローランドについて話したのにィー」
 取材班をおちょくりながら、ライアンはずんずん歩いて彼らをかき分け、ポーターに向かう。大柄な身体が作る道を、後ろにくっついたアンジェラがちょこちょことついていく。

「ホワイトアンジェラ! ゴールデンライアンとはどのような関係で!?」
「貴女のほうは以前から彼への好意を公にしていらっしゃいますが、その真意は!?」
「現在はどのようなご関係で!?」
「え? えーっと、ええと、ええと」
 ライアンの腰のベルトに指をかけ、貨物列車のように彼について歩いていたアンジェラは、矛先が自分に向いてきたことにおろおろとした。

「ええと、牛丼がおいしいです!」

 彼女がそう言った瞬間、ライアンの太い腕が、細い身体をポーターに引き上げた。






「何よこれ」
 ジャスティスタワー、トレーニングルーム。テーブルの上においてあった、特大極太フォントででかでかと“牛丼がおいしい”と打たれている週刊誌を見て、カリーナは呆れた声を上げた。
 ヒーロースーツを脱ぎ、トレーニングウェアに着替えているもののメニューをこなす気力がまだ湧かないのか、ぐったりした様子のガブリエラが「ああ……」と唸る。
「真面目にコメントなど返さなくて良い、何か言うなら適当に食べ物の話でもしておけ、とライアンが……」
「まあ完全にマスコミおちょくってるわよね、アイツ」
「本当にね。これだけ追い掛け回されて、余裕綽々。ここまでくると感心するわよ」
 そう言って、ネイサンが週刊誌をめくった。隣りに座ったカリーナが、ページを覗きこむ。

 シュテルンヒーローランドの3時間レポート番組の撮影以降、ゴールデンライアンとホワイトアンジェラは、こうして毎日ワイドショーやパパラッチに追い掛け回されている。
 そもそも素顔や正体を全て隠して活動しているという前提上、シュテルンビルトの七大企業ヒーローたちはあらゆる意味で健全で、スキャンダルとは無縁である。そこに、非常に珍しいヒーロー同士の、しかも花形の最たる一部リーグヒーロー同士のカップル誕生かとなれば、どの報道会社も、そして大衆も大いに注目するというものだ。

「すごいよね。ジャスティスタワーの下にもワイドショーとかパパラッチ、いっぱい来てたよ」

 ソファに座っているカリーナの後ろから身を乗り出してきたパオリンが言った。彼女も記事を斜め読みし、「ボクも牛丼食べたくなってきた」と呟く。
 ちなみに、カメラを向けられる度にふたりが質問を無視しておすすめの飲食店を紹介するので、紹介されて客が増えた店から、ふたり宛に礼状や招待券などが度々届いている。追い掛け回されるようになって、ほぼ唯一の収益だった。
 しかし、まともなコメントが取れないことでヤケになったのか、途中から本当に牛丼屋に取材に行ったり、グルメ情報もきっちりまとめている記者にカリーナは少し笑い、週刊誌を閉じた。
「もう付き合ってるって言えば?」
「……付き合っていません」
「なんで付き合ってないのかしら、あれで」
 理解不能だわ、とばかりにカリーナは肩を竦める。
「ねえ、本当に付き合ってないわけ? 突然仲良くなっちゃって、びっくりしたんだけど。あのデートの前からちょっと様子変わったでしょ、何があったの? ねえ」
 詰め寄ってくるカリーナに、ガブリエラは、身を起こした。目線を動かすと、ネイサンと目が合う。なにか物言いたげな目線を受け取り、ガブリエラは言った。

「何と言われても、……彼とはキスもしていませんし」
 ただ単にパパラッチに追い掛け回されて疲れているのか、それとも他の原因があるのか、ガブリエラはどこかうんざりしたように言った。
「あ、そ、そうなの」
「そうですよ。私はまだ処女。ライアンとは付き合っていないのです」
「だからそういう事は言うんじゃないって言ってるでしょ!」
 赤くなったカリーナが、きい、と声を上げる。その後ろで、同じく赤くなったパオリンが、すすすとソファの背もたれの裏に引っ込んでいった。
 まともな答えを返してもらえなかったカリーナは「もう!」とソファから立ち上がるとトレーニングメニューをこなしに行き、パオリンもそれに便乗して向こうに行ってしまう。

「まあまあ、ウブねえ。天使ちゃんもやるわね、あんな嘘ついて?」
 呆れた様子で、ネイサンが言う。ガブリエラは再度背もたれに倒れこみ、天井を見上げた。
「嘘などついていません」
「はぁん?」
「キスをしたことは、ありません」
「……それが本当なら、アタシ、あんたの王子様をちょっとウェルダンにしなきゃいけないんだけど?」
「あはは」
 ガブリエラは、首を動かしてネイサンを見た。
「それはいいのです。私は待っているのです。私は“待て”ができる女ですからね」
「まあっ、健気!」
 感動したように、ネイサンはガブリエラを抱きしめた。筋肉質な胸や腕に、ガブリエラの薄い頬が押し付けられる。上品なコロンのいい香りがして、ガブリエラは少し癒やされた。
「でも、都合の良い女になっちゃダメ。辛くなったらいつでも言うのよ」
「心強いです」
「任せて」
「我慢できなくなってライアンに襲いかかりそうになったら、その前に相談しますね」
「あんた本当に肉食ね!?」
「わんわーん」
 腕の中でおどけて鳴いたガブリエラの頭を、ネイサンは笑いながら撫でてやった。

「アスクレピオスはなんて言ってるわけ?」

 普通、ここまで騒ぎになれば、所属会社が指示を出すはずだ。しかし騒ぎが起きてから、アスクレピオスの公式な見解などは一切発表されていない。
「私たちの自主性に任せる、と言われています。ただし付き合うならヒーローとして会社のイメージを崩さないように、真面目な付き合いをとは言われました」
「いい会社じゃないの」
 放任主義ともいうが、とネイサンは思った。超大企業であるがゆえでもあるし、元々アスクレピオスは宣伝に熱心になることで業績を上げるタイプの会社ではないので、その要素もあるだろう。

「それにしても、王子様はともかく、あんたはぐったりしてるわね。大丈夫?」
「うーん、毎日追い掛け回されると疲れます。並んで歩くだけですぐ写真に撮られますし……最近、頭も撫でられないですし……」
 ああそれで元気が無いのか、とネイサンは理解した。パパラッチに追いかけられるといっても、素顔でいる時はそれはない。彼女の元気が無いのはマスコミ対応疲れより、ご主人様に構ってもらえる機会が減ったことによるものだろう。
「ライアンは“振り回されるのなんか馬鹿馬鹿しい。むしろ楽しめ”と言うのですが」
「さすがねえ」
「しかし、楽しめ? これを楽しめと、そうおっしゃる。……うーん」
 はあああ、と大きなため息を吐くガブリエラに、「溜息をつくと幸せが逃げるわよ」と言いつつ、ネイサンは彼女の赤毛を撫でてやった。






「ゴールデンライアン、ホワイトアンジェラ! これからどちらへ!」
「コメントを! コメントをお願いします!」
「おすすめのラーメン店は!?」

 翌日、小さな事件を軽く片付けたふたりは、ポーター前で待ち構えていたレポーターたちに囲まれた。
 しかし、いつもなら質問をはぐらかしながらポーターに引っ込んでしまうふたり──正しくはアンジェラが立ち止まったままなので、ベテラン記者やパパラッチなどはきらりと目を光らせて、何が起こるのかと成り行きを見守った。
「おい?」
 動かないアンジェラを訝しげに思いつつも、ライアンは無理に彼女を引っ張らず、やはりゆったりと記者たちを見回す。
「えーっと、おすすめのラーメン屋はイーストステーション西出口横の『ライライ』って店かな。トンコツスープが最高。あとカエダマっていうシステムがいい」
「ホワイトアンジェラ! コメントを!」
 相変わらずグルメ情報しか答えないライアンに早々に見切りをつけた記者が、アンジェラにマイクを向ける。ラーメン屋の情報をせっせとメモしているグルメ雑誌の記者だけが、満足そうな顔をしていた。

「付き合っていません」

 彼女が初めてはっきりと答えたので、記者たちの雰囲気が変わった。ぎらり、と獲物を狙うような様子になった彼らは、一斉にフラッシュを焚いてカメラレンズを向け、限界まで腕を伸ばしてアンジェラに録音マイクを近づける。
「しかし先日のヒーローランドレポートでの様子といい、その他でも大変仲睦まじそうなご様子ですが!」
「市民は皆ヒーロー同士のカップル誕生と認識しています! コメントを!」
「私はライアンとお付き合いはしていません。なぜなら──」
 アンジェラが一旦言葉を切ったので、全員が一瞬静まり返った。

「なぜならライアンは、愛する女性と暮らしているからです」






 ──大騒ぎになった。

 週刊誌は『ゴールデンライアン、女性と同棲!』と表紙にでかでかとぶち上げ、『同棲相手がいながらアンジェラとラブラブ!』と、SHLレポート番組で食べさせ合いをするふたりの写真を掲載した。
 ゴールデンライアンの株はダダ下がり、というよりは、困惑のほうが大きかった。見た目と裏腹な好青年、というところまでをワンセットとして今まで売ってきたライアンが、まさか今更見た目通りのことを!? というのが概ねの反応である。
 同時に、ワイドショーや週刊誌のでっち上げだ、ヒーローがそんな倫理意識のないことをするはずがない、という意見もかなり上がっていて、ヒーローのイメージアップが非常に上手くいっていることの証明にもなったのは、予想外の現象ではあったが。

「お前、何やってんだ」
「嘘はついていませんよ?」

 大炎上している週刊誌、ワイドショー、ネットのニュースや掲示板類を前にライアンが半目で問い詰めると、ガブリエラはこてんと首を傾げた。
「ライアンが言いました。楽しめと。こうすれば面白いと思いました」
「お前なあ……」
「ブハハハハハハ! いいじゃねえか、面白えよ! 最高!」
「そうね、エッジのきいたジョークだわ。こういうの好きよ、痛快じゃない。ねえ、アタシたちも乗りましょうよ」
 げらげら笑ってガブリエラの背を叩いたのは虎徹、にこにこして言ったのはネイサンである。
「ぷ、そうですね。最近ちょっとやりすぎている感もありますし」
 僕もいちどやり返したいです、と言うのは、顔出しヒーローであるがためにこの中では最もパパラッチに追い掛け回された経験が多いバーナビーだ。

「あははは、なるほどー。じゃ、なにか聞かれたらボクそう答えるね!」
「いいじゃない。私もそうするわ。印象が悪くなるのはライアンだけだし」
 話を持ちかけると、パオリンは楽しそうにけらけら笑って、カリーナはブルーローズの時の女王様めいた笑みを浮かべ、騒動に一枚噛むことを快諾した。

「マジかよー、俺今までアンチ湧いたことないのに。絶対袋叩きになるじゃねーか」
「あんたがギャビーに対して不誠実だから悪いのよ!」
「確かに。まあ、貴方の往生際の悪さが招いた結果といえるでしょう」
 カリーナがぴしゃりと言い、バーナビーもそれに同意して頷き、眼鏡のブリッジを押し上げる。ライアンは苦々しい顔をしたが、更に藪から蛇を出したくないのか、そのまま黙った。

「でも大丈夫かあ? 大騒ぎになるだろ」
「でしょうね。でも、いちど大きく炎上すると沈静化も早いですし……」
 心配そうに言うアントニオと、実感を込めた説得力のあるコメントをするイワン。
「ふぅむ。しかし、いいのかな。皆を混乱させるようなことをして」
 少し困惑した様子のキースが、腕を組んで言った。その肩を、ネイサンが気安い仕草で抱き込む。
「いいのいいの。アニエスみたいにノンフィクションを追求するまっとうな報道マンや局ならまだしも、ワイドショーとゴシップ誌とパパラッチ相手だもの。それが本当かどうかより、皆の注目が集められて話題になるかどうかのほうが、彼らには重要な事なのよ」
「むむむ」
「だからどうせ世間を騒がせるなら、愉快なやりかたのほうがいいじゃない?」
「確かに、それは確かに! わかった、私も参加しようじゃないか。その楽しそうなイタズラにね!」
 キースは笑顔になり、組んでいた両腕を、ばっと上に伸ばすいつものポーズをとった。

「楽しいことになりそうですね」
「おい」
 笑顔を浮かべるガブリエラの赤毛の頭を、ライアンががっしと掴む。しかしガブリエラは、彼を見上げて更に顔を輝かせただけだった。「アラまあ、構ってもらえて嬉しいのねえ」と、ネイサンが微笑ましい目線を向けている。
「お前、俺のイメージ崩したくねえんじゃなかったのかよ……」
「最後にネタバレしますよ?」
「当たり前だろうが!」
「ですので大丈夫です。あなたはとても格好いい人ですから」
 まっすぐ目を見て言うガブリエラに、ライアンはぐっと詰まる。「すげえ」「強いでござる……」「あれは勝てない」と、ヒーローズからひそひそと声が上がった。

「あー、わかったよ。やってやろうじゃねえの。やるからには手抜きはしねえぜ!」

 ライアンが両手を上げたので、皆笑顔で「おー!」と拳を振り上げた。
★パパラッチ釣り★
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BY 餡子郎
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